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Escape 2

 どれくらい待っただろうか。発射の合図があった。リリが座っている場所からも、モニターは見える。先程の操縦士だった。


 カウントダウン。ゼロで、急激なGを感じた。最初の加速は大きかったが、しばらくして1G程度に落ち着いた。訓練を受けていないリリが乗っているので、あまり大幅な加速はしないのだろう。3Gまでならリリも体験したことがあるが、そのときは気分が悪くなった。


 加速が終わるまでは席を立てないので、リリはじっとしていた。


 20分ほどこの状態が続いただろうか、不意に身体が軽くなった。加速が終わったようだが、操縦室からは何も言ってこない。少し待って、リリはシートベルトを外した。少し身じろぎしたら、身体が浮いた。


「しまった」


 シートベルトを外す前に靴を履き替えるよう言われていたのだった。


 通称『Vシューズ』。どんな接地面だろうと吸着できる、無重力下で歩き回るための靴だ。なんでも、19世紀の物理学者ヨハネス・ディーデリク・ファン・デル・ワールスが発明した靴なのだとか。


 少し苦労して靴を履き替えると、漸く通信が入った。扉の脇にある小さなモニターに、リリは近付いた。


 どうも様子がおかしい。画面が、赤い。最初はモニターの不具合かとも思ったが、程なくして、それが血の色であることにリリは気付いた。


「どうなさったのですか!」


 応答が、ない。事故だろうか。怪我をしていることは間違いないようだ。


 どうしよう。どうすればいい?


 リリは焦った。


 落ち着け。落ち着け。落ち着け。三度、口の中で繰り返した。


 中型以上の都市間航行シャトルには、医療設備があったはずだ。道具さえ揃っていれば、手当は出来る。大丈夫。落ち着いて、やれることをやる。


 リリは深呼吸をして、部屋を出た。


 操縦室の扉を開けると、赤いものが浮いていた。血だ。それも、かなりの量だ。壁や床にも、赤い染みが出来ている。


 操縦室には三名いた。みんな、ぐったりとしている。生きているのだろうか。少なくとも、ひとりは息があるはずだ。


「いったい何があったのですか?」


 何があったか、よりも息のある人間を助けるほうが先だ。思い直した。


 左側の男が、少し動いた。血まみれだ。


 リリは、駆け寄った。


 隣の男の胸には、深々とナイフが刺さっている。もう息はないだろう。もうひとりは、不自然な体勢で脱力している。目は、見開いたままだった。


「私が分かりますか? 自分の名前を言えますか?」


「リリお嬢様。なぜ、こんな場所に」


 黒い、憂えた瞳だ。


「何を言っているのですか。あなたが呼んだから、来たのです。医務室へ運びます」


 リリは、男の靴を脱がせようとした。靴が床に吸着して、邪魔だからだ。


「モニターで、この惨状を御覧になったら、まず保身を図るべきです。私の身元を確認し、少しでも不審な点があったら、部屋から出ない。それくらいの用心をしていなければ、命が幾つあっても足りませんよ。御自身の立場を弁えて」


「少し黙りなさい。あなたも、自分が怪我人だということを弁えてください。名前だけは伺います」


「ササ・サライ。身元の照合を」


 年齢は、二十代半ばだろうか。


「手当が終わったら、します」


 リリは、ササ・サライと名乗った男の靴を脱がせ、有無を言わせず引っ張った。無重力下なら、身体の小さなリリでも、成人男性を運ぶことは可能だ。怪我人を動かしても、身体に力が入らない分だけ、傷口も広がらない。


「たぶん、もう助からないでしょう。だいぶ血が流れました」


 サライは、まるで他人事のように語る。死にかけているというのに、冷静だ。


「サライ、あなたの血液型は?」


「A型ですが」


「それは良かった。私もA型です」


 リリは、サライを医務室へ運ぶと、ベッドに乗せ、ベルトで身体を固定させた。

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