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Escape 1

 事態が差し迫っていることは容易に察せられた。手荷物を用意する時間さえ惜しんで、屋敷を抜け出さなければならなかったからだ。


 しかも、普段は決して使われることのない地下の抜け道を、全力で走らされるという憂き目に遭った。


 いや、全力で走ることは不可能だった。


 オカダ家の令嬢として育ったリリが着るような服は、そもそも走れるようには出来ていない。裾の長いスカートが邪魔で、速く走ろうとすると転びそうになる。


 それでも最大限のスピードを要求され、リリもそれに応じるしかなかった。


 ここで走ることを諦めたら、後ろから付いてくる強面の大男に抱きかかえられてしまうだろう。オカダ家の護衛なのだから決して悪い男ではないのだが、出来れば遠慮したい。


 リリの前を行く青年は振り返りもせず、走るペースを緩めてもくれない。時折、「もう少しです、お嬢様」と声を掛けてくれるものの、その「もう少し」からが長かった。


 緊急脱出用という他に用途の見当たらない無機質な通路に、三人の足音だけが木霊する。


 枝分かれはしていても、行く先を示す案内表示があるわけではない。通路の存在が世間に知られていないということは、携帯地図にも情報がないという意味だ。


 つまり、リリは完全に護衛たちの判断に身を委ねなければならないのだ。


 日常生活において、欲しい情報が得られない、などということは全くない。少なくともリリは、そういう不自由を感じたことはなかった。


 しかし、今は違う。


 目的地こそ伝えられているが、現在地すら確認できない。これは、不安なことだ。


 オカダ家の護衛を信頼していないわけではないが、もう少し安心して道は歩きたいものだ。


 強制的に走らされた経験も、リリにとってはなかった。


 とは言え、泣き言を口にしたからと言って状況が好転するとも思えなかったので、リリは敢えて何も言わなかった。喋れば、それだけ疲れる。


 それに、心配なのは父の安否だ。リリの父親は、百万級宇宙都市L403SUZAKUの国家元首である。その父が、なんらかの事件に巻き込まれたらしい。リリまでが、なぜ逃げなければならないのか。詳しい事情を聞いている暇はなかった。


 L4独立国家群のゼロナンバーは、地球圏で言うところの東洋系民族が多い。リリもそうだ。ただし、純血種ではない。東洋系の顔立ちだが、瞳の色は青みがかっていた。


 混血だからだろうか。リリの父親が混血だから、「純血種優位論」を唱える宗教団体「月天」に疎まれたのだろうか。「月天」の創立は、十万級宇宙都市が誕生した頃だと言われているから、百年ほど活動していることになる。興味は、なかった。我が身に火の粉が降り掛かるまで、よくある宗教のひとつだとしか思っていなかった。政府と「月天」の対立などと言われても、今ひとつピンと来なかった。


 しかし、いきなり現実感が襲ってきた。


「お父様と連絡は取れないのですか?」


「ここは電波遮断区画ですから。宇宙に出れば、シャトルの通信機が使えるようになります。それまで御辛抱ください。総帥なら、きっと御無事です」


 一般には知られていない、要人専用の宇宙港に着くまで、たっぷりと20分くらいは走らされることになった。どうせなら屋敷の真下からシャトルが出ていればいいのに、という思いが頭をよぎったが、さすがに口にすることは憚られた。


 宇宙港、と称するには小さい、格納庫のような場所に着いた。逆に、シャトルは思ったよりも大きかった。数人しか乗れないような小型艇を、リリは想像していたのだ。


 既にハッチが開かれていて、その前には操縦士だという男が待ち構えていた。


「リリ様、さあ、早く」


 シャトルに駆け込むと、客間とも言えるような個室に押し込まれた。ここまで連れてきてくれた護衛の青年が、リリにシートベルトを装着させる。有無を言わせない、そんな感じだった。


「発射まで少し時間が掛かるかも知れませんが、このまま待機していてください。我々は、外を見張っています」


「あなたたちは乗らないのですか?」


 不安になった。


「我々は、外からシャトルを守らなければなりません。もし、シャトルの発射前に攻撃を受けたら、防ぎようがありませんから」


「分かりました。呉々も無理はなさらないでください」


「お嬢様も、どうか御無事で」


 別れ際になって、名前すら知らない青年が、少し格好良く思えた。護衛の名前なんて、いちいち覚えてはいられない。顔は、これで覚えた。

「L2」を「L4」に変更。

ろくに調べもせずに書いたので、ミスりました。

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