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婚約破棄

冷徹の聖女が人々を癒す

作者: 騙すカラス
掲載日:2026/07/28

 聖女である私が神殿で午後の紅茶を飲んでいると、神官の制止を振り切って太った男が入ってきた。男は50歳ぐらいで髪が薄くなりかけている。

「なんですか、騒がしいですね」と私は紅茶のカップを置いていった。

「すみませんオリビア様、この方が強引にあなたに会わせろと言ってきて」と神官が私に謝罪する。

「あんたが聖女様か?」と闖入者が私に尋ねる。

「そうです。私が聖女オリビアです」

「わしの息子を生き返らせてほしい。金ならいくらでも出すから」

「藪から棒ですね。私は忙しいのでそういう頼み事はすべて断っています」

「わしは大富豪のアルツハイマー伯爵だ。裏社会の者たちに顔が効く。もしわしの頼みをことわったら、あんたは困ったことになるだろう」

 アルツハイマー伯爵は表向きは商人だが裏ではマフィアと通じているのだ。彼の言う困ったことと言うのは、街のごろつきを使って私に危害をくわえるぞという脅しなのだろう。

 私は、はあとため息をついて、

「仕方ありませんね、話をうかがいましょう」

「わしのひとり息子が森でモンスターに襲われて重傷を負ったのだ。たまたま通りかかった冒険者に助けられて街までは帰り着いたが、そこで息絶えてしまった。あんたは死者を生き返らせることができると聞いた。どうか息子のナポレオンを助けてほしい」

「ナポレオンが襲われたのはどこの森ですか?」

「東にあるロメロの森だ」

「あそこは冒険者以外立ち入り禁止のはずですよ。なぜそんなところにナポレオンは行ったのでしょう」

「そんなことはわしは知らん」

 私は腕を組んで考えた。そしてアルツハイマーに言った。

「息子さんを生き返らせることは可能ですが、その代わりにあなたには支払っていただきたいものがあります」

「なんだ? カネならいくらでも出すぞ」

「お金ではありません。あなたに支払っていただきたいのは、あなたの魂です」

「魂だと?」

「そうです。死者を生き返らせるために、その代償として別の魂が必要なのです」

「つまりわしに死ねというのか?」

「かわいい我が子のためなら、老い先短い自分の命を差し出すぐらい安い物でしょう」

「そ、それは・・・」

 アルツハイマーは顔をゆがませて苦悶の表情になった。このまま諦めて帰ってくれるかと思ったが、彼は「少し時間をくれ」と言い残して神殿から出て行った。


 そしてしばらくしてから、また戻ってきた。

 今度は、ひどい暴力によって顔じゅうを傷だらけにした若者を連れてきた。

「こいつはわしの息子を死なせた冒険者のルークだ。こいつの魂を使って息子を生き返らせてくれ」

「違う。僕は森で襲われているナポレオンをモンスターから助けて街まで連れ帰ったんだ。それなのにこのおっさんは僕のせいで息子が死んだなんて言って・・・」と冒険者のルークが言う。

「黙れ! お前がもっとしっかりしていれば息子は死ななくてすんだはずだ! 息子が死んだのはお前のせいなのだ。罪を償うために、お前の魂を使って息子を生き返らせる」

「そ、そんなの無茶苦茶だ」

「わしに従わなければお前の家族は皆殺しだぞ。そのかわり、お前が息子の身代わりになってくれたら、お前の家族には一生楽して暮らせるだけのカネを渡す」

「本当、なんだな?」

「わしは商人だ。絶対に嘘は言わん」

「わかった。僕の家は貧乏で食べる物にも困っていたぐらいなんだ。僕の命で家族が楽な暮らしができるなら・・・」

 ルークはナポレオンを生き返らせるために自分の命をささげることを承諾した。

「話はまとまったみたいですね」と私は言った。「ナポレオンの死体をここに運んでベッドに寝かせてください。そして、この仕事の報酬は10億ゴールドですがいいですか?」

「じゅ、10億! うぐぐぐ、こっちの弱みに付け込んで大金を吹っ掛けやがる。なんて女だ、それでも聖女なのか?」

「あなたにとっては安い値段でしょう」

「よし、いいだろう。10億はらう。しかし、もしも息子が生き返らなかったら、あんたは無事では済まないからな」

「商談成立ですね。さあ、これから死者をよみがえらせる神聖な儀式を行うので、ここから出て行ってください」


 アルツハイマーが出て行き、部屋には私とルーク、そしてナポレオンの死体だけが残った。

 ふたりきりになるとルークは苦虫を噛み潰したような顔で、

「アルツハイマーは極悪人だ。麻薬の密売や人身売買までしているゲス野郎なんだ。息子のナポレオンだってそうだ。強盗や強姦は日常茶飯事の不良なんだぞ。そんな奴を生き返らせて金を受け取るなんて、あんたは本当に聖女なのか?」

「はい、私はこれでも聖女です。それよりもあなた、ずいぶん怪我をしてますね。モンスターにやられたのですか?」

「この怪我はアルツハイマーの部下にやられたんだ。恩をあだで返すってのはまさしくこのことだよ」

 ぶつくさ言うルークに近づいて私はその傷に触れた。そのとたん傷ついていた場所が光り、傷が完治した。

「す、すごい! 傷が一瞬で直ったぞ」

「これが聖女の力です。さあ、儀式を始めますよ」

「本当にやるのか? 僕の魂を使って、ろくでなしのナポレオンを生き返らせるのか?」

「はい、約束ですから」

「あんたは聖女なんかじゃない。悪魔だ!」

「なんとでも言ってください」


×××


「無事に儀式は終わりました」と私は神殿の外で待っていたアルツハイマーに言った。

「なに、本当か? それで息子は生き返ったんだろうな?」

「無事によみがえりましたよ」

「早く息子に会わせてくれ」

「その前にひとつ言っておくことがあります。私が引き受けたのは、あなたの息子をよみがえらせることだけです。その後のことは責任持ちませんよ」

「生き返りさえすればそれでいいんだ」

「では約束の10億ゴールドを払ってください」

「いや、息子が無事に生き返った姿を見るまではカネは渡さん」

「いいでしょう」


 私はアルツハイマーを神殿に招き入れた。

 部屋の中にはベッドの上に横たわったルークと、その横に立っているナポレオンの姿があった。顔色は悪く、目はうつろで、口からよだれを垂らしている。

「おおッ、ナポレオン! 生き返ったか! よかったぞ!」とアルツハイマーは歓喜した。

「さあ、10億ゴールドを払ってもらいますよ」

「がめつい女だ。聖女とは思えんわい。だがわしは商人だからちゃんと金を払ってやる」

 私は彼から10億ゴールドを受け取った。


「ルークの家族にもお金を払うという約束でしたね」と私は言った。

「わしは生きている人間としか取引をしない。よって、死人との約束は無効だ」

「ルークの家族にお金を払わないつもりですか?」

「うるさいな、そんなことあんたには関係のないことだろう。さあナポレオン、家に帰るぞ」

 アルツハイマーは構わずナポレオンの手を引いて帰ろうとした。

「ルークの死体はどうしますか?」と私は尋ねた。

「家族にはちゃんと連絡しといたからそのうち引き取りに来るはずだ」


 アルツハイマーが去ったあとで、ルークの家族が神殿にやってきた。

 やせ細った母親と、松葉づえをついた父親。そしてルークの弟妹である4人の幼い子供たちである。

 母親はベッドの上に横たわるルークを見て泣き崩れた。その周りで4人の子供たちも嗚咽する。父親は涙をこらえ、敵意のこもった目で私をにらむ。

「話は全部聞いた。ルークの命を犠牲にしてドラ息子のナポレオンを生き返らせたんだってな。そしてあんたは10億のお金を受け取った。お前は聖女なんかじゃない! 悪魔の化身だ! この守銭奴め!」

 そう怒鳴られても私は冷静なままだ。

「この10億ゴールドはあなた方にお渡ししますよ。貧乏でお金に困っていたのでしょう。このお金で一生楽な生活ができます。息子さんからの贈り物だと思ってください」

「バ、バカ野郎! こんな金なんか、息子の命に比べたらどうでもいいんだ! こいつは怪我をして働けなくなった俺の代わりに冒険者として働き、家族を支えてくれた。最高の息子なんだ!」

「とてもやさしい子でした」と涙にぬれた顔を上げて母親が言う。

「ルークお兄ちゃん、目を覚ましてよ」

「お兄ちゃんとまた一緒に遊びたいよ」と子供たちが口々に嘆く。


「俺の命を差し出すから、代わりにルークを生き返らせてくれ」と父親が真剣な顔で言った。

「それはできませんよ」

「なぜできない? ナポレオンを生き返らせたじゃないか。金ならこの10億をあんたに返してもいい」

「やれやれ、あなた方はどうやら勘違いをしているようですね」と私は言った。

「え? どういうことだ?」

 その時、ルークがむくりと起き上がった。

「あああ、よく寝た。あれ? 父ちゃん,母ちゃん、なんで泣いてるの?」

「ルーク!」

「死んでなかったのか!?」

「ルークお兄ちゃん!」と家族たちは驚愕し、ルークが生きていたことに喜んで彼に抱き着いた。


「一体どういうことなのか説明してくれ。ルークの魂を使ってナポレオンを生き返らせたんじゃなかったのか?」と父親が質問する。

「私はナポレオンを生き返らせてませんよ」

「けど、ここに来る途中で自分の足で歩いているナポレオンとすれ違いました」と母親が言う。「ナポレオンは最初から死んでなかったということですか?」

「いえ、彼は確かに死んでました。というか、今でも死んだままです」

「わけがわからない」と夫婦は顔を見合わせる。


 私はふたりに説明をする。

「ナポレオンがモンスターに襲われたのはロメロの森です。あそこにはアンデッドがよく出るんです。おそらくナポレオンはアンデッドにかまれて死んだのでしょう。アンデッドにかまれた者は、死後一定の時間を経過するとアンデッドとしてよみがえります」

 父親がはっとした顔をする。

「ってことは、アルツハイマーが家に連れ帰ったナポレオンは・・・」

「そう、あれは生きた人間ではなく、アンデッド化したナポレオンなのです。アンデッドは夜になったら活発化するので。今夜アルツハイマー邸で惨劇が起きるでしょうね」

 私はニヤリと笑った。


 案の定、夜になって凶暴化したナポレオンは父であるアルツハイマーをはじめ、家族や使用人を全員かみ殺した。

 ルークの一家は10億ゴールドという大金を手に入れて、家族仲良く幸せに暮らした。


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