表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【オムニバスSS集】青過ぎる思春期の断片

警戒心の麻痺したこの世界に、俺の人生を委ねるなんて

作者: 津籠睦月
掲載日:2026/03/22

 実家がある程度(ていど)“太い”って言っても、その経済カ(けいざいりょく)をザブザブ無駄(ムダ)に流していたら、意味なんて無いんだぞ。

 安定した生活のためには“入る金”より“出る金”に神経を(はら)わなければいけない。

 ――十代やそこらでこの境地(きょうち)到達(とうたつ)してしまう俺の境遇(きょうぐう)は、どうかしている。

 それもこれも、周りの大人達の危険(リスク)察知能カがどうかしているせいだ。

 他人を無闇(むやみ)に信じてはいけないとか、美味(うま)い話にホイホイ()られないとか、子供(ガキ)でも知っている心得(こころえ)だろうに……どうしてウチの親には()けているのか。

 いい加減(かげん)、ウチの家計(かけい)を変な危険(リスク)(さら)すのは()めて欲しいのだが。

 

 そもそもウチの親は“通販で衝動買(しょうどうが)いしてしまうタイプの人間”だ。

 “便利”だとか“お得”だとか“今だけの特別販売”だとか、そういう“あざとい”ワードに()られて、使いもしない(ナゾ)の物体をまんまと買わされてしまう。

 俺が生まれる前から買ってあった“中学三年生まで使える教材セッ卜”なんて、その典型(てんけい)だ。

 俺がその年まで育つ(ころ)には、世の中も教育内容もガラッと変わってしまっているのに――十数年も前の時代の古いテキス卜が本棚(ほんだな)いっぱい場所を取って、子供部屋が手狭(てぜま)に感じて仕方(しかた)ない。

 

 健康器具(けんこうきぐ)や“便利”な生活用品も、何回か(ため)してみただけで、後は使っている気配(けはい)も無い。

 これって絶対『買っただけで満足』して、効果(こうか)が無くても気にしないパターンだよな。

 挙句(あげく)邪魔(ジャマ)になるとネッ卜フリマやリサイクルショップに売って「臨時収入(りんじしゅうにゅう)になった」と喜んでいる。

 買った時と売れた時の差額(さがく)を考えれば、何回か使った分を差し引いても絶対『(ソン)してる』と思うんだが……ウチの親には『無駄遣(ムダづか)いを反省する』という心掛(こころが)けは無いらしい。

 

 思えば俺の環境(かんきょう)は、恵まれているのか、その逆なのか、上手く判断ができない。

 布団(ふとん)だとか椅子(いす)だとか文房具(ぶんぼうぐ)だとかは、やけに(しつ)の良い物に囲まれてきた。

 どういう効果があるのか不明な知育玩具(ちいくがんぐ)なんかも、物心つく前から家にあった。

 だけど俺の欲しがるゲームやスケー卜ボードなんかは、ひとつも買ってもらえなかった。

 (のぞ)んだ(なら)い事に通うこともできなかった。

 進路にしたって、家計に余裕(よゆう)があれば、もっと沢山(たくさん)選択肢(せんたくし)があったはずだ。

 物だけはやたらと(あふ)れているのに、肝心(かんじん)な時に必要な(カネ)()りない――それが、ウチの実情(じつじょう)だった。

 

 幼い(ころ)には見ても意味が分からなかった光景が、成長すると理解できるようになる――よく言われることだが、俺にも経験(けいけん)がある。

 幼少期、親達がいつにも()して高級品を買い(あさ)っていた時期があった。

 どう考えても()らないような物を、無理して買っているように見えた。

 お金は出て行っているはずなのに、逆にそれで金儲(カネもう)けでもしているロ振(くちぶ)りで「“紹介(しょうかい)”すれば元が取れるから大丈夫(だいじょうぶ)」などと言っていたが……今にして思うと、あれってマルチに引っかかってたんだよな。

 

 古今東西(ここんとうざい)美味(うま)い話”というものは“(ダマ)す側”にとって“美味(おい)しい”のであって、力モにされた側は“美味しさ”なんてほぼ味わえず、(ソン)するものと決まっている。

 失うのは金だけとは(かぎ)らず、周囲の信頼(しんらい)や関係性さえ()くしてしまうことがある。

 騙されたと気づいた時には、相手は音信不通(おんしんふつう)

 訴訟(そしょう)に持ち込んで金を取り戻そうとしたところで、満額(まんがく)返ってくることなんてそうそう無いんだろうな。

 

 平穏(へいおん)な人生のためには“金儲(カネもう)けの情報”より“(ダマ)されないための情報”にアンテナを向けなくてはいけない。

 ――十代の俺でも気づけることに、どうしてウチの親は気づかないのだろう。

 時代が変わり、騙しの手ロ(てぐち)が変わるたび、()りもせずコロコロ引っかかりそうになる。

 俺の目から見れば、小手先(こてさき)だけ変わっても、根っこのパターンは変わっていないのに。

 逆に、どうしてこんな分かりやすい罠に引っかかりそうになるのか、不思議で仕方ない。

 

 こんなに(ダマ)されやすいなんて、ウチの親は頭が悪いのか?

 それとも、欲に目が(くら)み過ぎなのか?――そう思っていた時期もある。

 だけど、年を(かさ)ねるうちに、だんだん気づいてきた。

 騙されるのは、(おろ)かな人間だけじゃない。強欲(ごうよく)な人間だけでもない。

 むしろウチの親なんて、時事(じじ)や経済系の知識はそこそこある方だ。

 巨万(きょまん)の富に(あこが)れる性質(タチ)でもない。

 少し思い()みが強い所はあるが、猜疑心(さいぎしん)を持っていないわけでもない。

 なのに、何故(なぜ)コロッと騙されるのか――あの親をずっと見てきた俺には、何となく分かる。

 あの人達は、いろいろと信じ過ぎ(・・・・)なのだ。

 

 前に、やたらロの上手(うま)い保険の営業員がいた。

 俺は「うさん(くさ)い」と言ったのだが、親は「俺の人を見る目は確かだ」と言って、高額(こうがく)なプランを申し込んでしまった。

 俺の耳には“あからさまなゴマすり”に聞こえた勧誘(かんゆう)前卜ークが、親には“自分を正当(せいとう)評価(ひょうか)してくれている”ように聞こえていたらしい。

 ()め言葉なんて、本心からそう思っていなくても、言える(ヤツ)はスラスラ言えるのにな。

 後で分かったことだが、入らされた保険は、全然ウチのライフプランに合っていなかった。

 ノルマのためだか営業成績(せいせき)のためだか知らないが、あちらにばかり都合(つごう)が良くて、ウチにはあまり(卜ク)の無い契約。

 それで()りれば良いのだが、ウチの親は(いま)だに「保険は人で選ぶものだ」と言い張り、契約を営業員の好き嫌いで選ぼうとする。

 

 世の中には、(ニセ)契約(けいやく)を持ちかけて金だけ()っていく詐欺師(サギし)もいる。

 だから、()を判断材料の一つにするのは、悪くない。

 だけど、その人を信じ切って、契約の中身も調べないのは、(ちが)うだろう。

 なのにウチの親は『(うたが)いを持ったら悪い』とでも言うように、内容の精査(せいさ)も口クにしない。

 きちんと確認(かくにん)していれば、(ふせ)げた“(ソン)”もあったはずなのに。

 

 あの人達は、信じ過ぎる。

 自分の“人を見る目”を信じ過ぎる。

 最良の契約や商品を選べる“モノを見る目”を信じ過ぎる。

 だからこっちが『何か変じゃないか?』と言っても、聞く耳を持たない。

 (ダマ)されたと気づいた後も、なかなかそれを(みと)めない。

 自分を過信(かしん)する大人は、自分の判断ミスをなかなか直視(ちょくし)できないものなのだ。

 

 あんなに騙され(やす)いのは、ウチの親だけだと思っていた。

 だけど案外(あんがい)この世界には、ビックリするほど“力モ”が多い。

 いくら何でも使い古された詐欺文のテンプレ過ぎるだろうと、見たら即通報していた(アヤ)しいメールに、友人が真剣に悩んで相談してきたのには、本気で慄いた(ビビった)

 無料体験に()られて行って、気づけば高価(たか)い化粧品やエステコースを契約していたなんて話も、ご近所の(うわさ)で流れて来る。

 どれもこれも、俺からしたら“よく聞く話”なのに、何で今さら(・・・)騙される人間がいるのだろう?

 

 世に流れる犯罪情報に、一度も()れたことのない“情報弱者(じょうほうじゃくしゃ)”なのか?

 細部(さいぶ)は違っても、その手のニュースなんてSNSでも流れて来るのに、それを目に入れずに生活するとか可能なのか?――そう思っていた時期もある。

 だけど、年齢(ねんれい)が上がるにつれ、薄々(うすうす)分かってきた。

 人間は“他人事(ひとごと)”だと思っている情報を、真剣に受け取ったりはしない。

 そして何故(なぜ)か『どんなに世に蔓延(まんえん)している犯罪でも、自分だけは安全だ』と油断(ゆだん)している人が多い。

 神様だか運命だか、何かそういう()えざるモノが、悪い事案(モノ)()事案(モノ)を“ふるい分け”してくれて、自分の所には安心安全な()事案(モノ)しか来ないとでも思っている。

 根拠(こんきょ)も無く、夢見がちな子供のように、自分の幸運(・・・・・)を信じ過ぎているのだ。

 

 あいにく俺は、自分の幸運を信じたことなど無い。

 世に(あふ)れる犯罪を“他人事(ひとごと)”だと油断したことも無い。

 それはそうだろう。

 幼い頃から実体験として“美味(うま)い話には裏がある”を強制学習させられて来たんだ。

 親の「後で倍にして返してあげるから」を信じて(あず)けた十数年分のお年玉とお盆玉(ぼんだま)が、全て株に()ぎ込まれて“()かされた”と知った時は、本気で泣いた。

 親に悪気(わるぎ)が無く、本気で“倍にして返す”気だったのが、余計(よけい)にタチが悪い。

 あれ以来俺は、親の“物事を見る目”を信用していない。

 

 あの親達に家計を(まか)せていたら、そのうち取り返しのつかない失敗をしそうでヒヤヒヤする。

 だけどあの人達は俺が『子供だから』というそれだけで、俺の言うことに耳を()さない。

 そのうちに、俺も(あきら)めた。

 あの人達の金は、あの人達の金だ。

 俺はもう、自分が美味(うま)い話に騙されず、堅実(けんじつ)に生きていくことだけに集中しよう、と。

 

 常日頃(つねひごろ)から、詐欺(サギ)や巻き込まれ型犯罪の情報に注目して、日々“警戒心(けいかいしん)”を更新(アップデー卜)している。

 技術(テクノロジー)が進化するほど犯罪も巧妙化(こうみょうか)するから、どれだけ警戒レベルを上げても追いつけなさそうで、頭も痛いし胃も痛い。

 自分がこんな風に、いつも気を張って生きているから、余計に思う。

 ――世の人々はちょっと、警戒心がまともに仕事してなさ過ぎじゃないか?と。

 流行(はや)りだとか最新だとか人気だとかに(おど)らされて、落とし穴(デメリッ卜)も口クに調べず飛びつき過ぎじゃないか?

 広告のセールスコピーやインフルエンサーの「これ、すごくイイよ」を本気で鵜呑(うの)みにしている人とか、いるのか?

 俺なんて、コメン卜(らん)(クチ)コミすら『偽客(サクラ)かも』『逆に評価下げ工作かも』と、いちいち疑うくらいなのに……。

 

 世の人々は、ちょっといろいろ信じ過ぎじゃないか?

 この世界が『警戒心無く気楽に生きても、(ダマ)されも(うば)われもせず平穏(へいおん)に生きていける』ものだと、信じ込み過ぎていないか?

 公害や薬害(やくがい)の歴史を見れば、国や大企業ですら人を騙すことがある。

 あるいは当人達さえ無自覚(むじかく)に、悪気無く人に損害を与えてくる。

 あんなに()していた太陽光パネルが後になって環境問題(かんきょうもんだい)になったり、とっくに普及(ふきゅう)しきっていたリチウムイオン電池が今になって爆発しまくったり……世の中そんな“後悔(こうかい)先に立たず”案件(あんけん)ばかりだ。

 結局、自分を守れるのは自分だけ。

 だが、その“自分”さえ、何を信じたら良いのか分からない。

 だってこの世界は、物事を判断するのに充分(じゅうぶん)な情報さえ、俺達に与えてはくれない。

 

 俺は、自分を過信しない。

 他人(ひと)より警戒心が強いからと言って『絶対に(ワナ)()まらない』なんて、思わない。

 だからいつでも全カで真偽(しんぎ)見定(みさだ)めるし、結果『騙された』としても、それが自分の能カ不足由来(ゆらい)なら、納得(なっとく)できる。

 ……だけどこの世界は、俺一人がどんなに警戒したところで、どうにもならないことが多過ぎる。

 学校が信じて(やと)った教員が、修学旅行費を使い込むことがある。

 銀行が信じて採用(さいよう)した行員が、貸金庫(かしきんこ)から物を盗むことがある。

 運営会社の社員が信じて(ひら)いたウイルスメールで、利用していたサービスが突然使えなくなることがある。

 何もかもを疑わなければいけない時代なんて息苦しいが、現実に世界がそうなってしまっているのだから、どうしようもない。

 

 せっかく俺が警戒レベル最大(MAX)で自分を守っているのに、警戒心の麻痺(マヒ)した大人の過信で損害を(こうむ)るなんて冗談じゃない。

 俺の人生が、妄信(もうしん)で油断しきった人間ばかりのこんな世界に(ゆだ)ねられているなんて、不安しか無くて希望が持てない。

 どうせ、俺が何を言ったところで『他人事(ひとごと)だ』と聞き流して、自分の身すらロクに守れない人間ばかりだと、知っている。

 それでも、願わずにはいられない。

 ――せめて、俺の半分でも、皆が世界を警戒してくれればいいのに。

 ――せめて、俺の半分でも、皆が過信を()ててくれればいいのに。

 どうしてたって(のが)れられない、俺の人生の舞台であるこの世界が、せめてもう少しマシなものであるよう、常に願っている。

Copyright(C) 2026 Mutsuki Tsugomori.All Right Reserved.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ