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すななよ4W「どこで」「誰が」「誰と」「何をした」シリーズ

憑かれたヒートは静かに暮らしたい

作者: suna

 ウッカリンダンジョン――入手した情報によると、そこは「踏破した者の願いを何でも叶えてくれるダンジョン」……らしい。

 この世界を創ったと言われる全能の神『ウッカリン』の名を冠するダンジョン――その最奥には「創造神その者が待ち受けている」という説もあるが……さすがに、それは無いだろう。

 ウッカリンは「世界に加護を授ける六大神を創りし神」として、その名を神話に残すのみで――その実在性すらあやふやなのだ。

 それ故に、信仰の対象として敬われる六大神と違い――わりと雑に扱われているような気がする。

 万能の象徴として『ウッカリン』の名を借りるアイテムが、そこかしこに溢れているくらいだ。

 だから俺は――「どんな汚れも落ちる!『ウッカリン洗剤』!」みたいなノリで、名付けられたダンジョンなんだろうと思っている。

 何にせよ、眉唾ものの話だが――俺は藁にも縋る思いで、そのダンジョンに足を踏み入れた。



 ***



 俺の名前はヒート。

 男三人(なかま)とパーティを組んで、ドラゴンを討伐したり、某国の危機を救ったりしたこともある――この大陸では、そこそこ名の知れた冒険者だ。

 【火炎魔法を付与した剣(フレイムソード)】で、モンスターを焼き切る戦闘スタイルから『炎の刃』と呼ばれている。

 ……俺が知っているだけでも、五人の同業者が『炎の刃』と呼ばれているが――同業者に限らなければ、どこかの国の騎士団長が名前まで俺と一緒だった気もするが――それはさておき。

 仲間の一人が「結婚を機に冒険者を引退する」と言い出したのをきっかけに、パーティを解散したのが――ちょうど五年前のこと。

 三人とはたまにやり取りをしているが、今も冒険者稼業を続けているのは俺だけだ。 

 そして、所帯を持つどころか、彼女の一人すらいないのも――俺だけだった。

『ぷぷっ、本当に惨めよね!』

 俺の“独白”(モノローグ)を遮るように、頭の中にキンキンした声が響き渡る。

 珍しく静かにしている(・・・・・・・)と、思っていたのだが――。

「うるさい! 誰のせいだと思ってるんだ!」

 俺は大声で叫んだ。石造りの通路に俺の声だけが反響する。

『え~? 顔も頭も悪いアンタのせいでしょ?』

「お前のせいだよ! ナニカ(・・・)……!」

 ――ナニカは、実体のない『何か』だ。ナニカ自身も、自分が何者なのか理解していないようなので、便宜上『ナニカ』と呼んでいる。

 幽霊でも魔法生物でも無いナニカ(・・・)に――俺は三年前から取り憑かれているのだ。


 安宿のベッドで寝こけていた俺を、聞き覚えの無い声が揺さぶった。身体ではなく――頭の中を。

「ねえねえ、いつまで寝てるつもりなの? わたし、超ヒマなんだけど~」

 耳障りな目覚ましコール、これが最初に聞いたナニカの声――だった気がする。

「誰だ!?」

 ベッドから勢いよく跳ね起きて、部屋をぐるりと見まわしても――誰の姿も見当たらなかった。

「……何者だ!? 【念話】で俺に話しかけているのか?」

「【念話】? そんなの知らないし、わたしもわたしが何なのか(・・・・・・・・)分かんない(・・・・・)。う~ん、アンタが起きないと、わたしが退屈ってことだけは――分かるわ!」

 ……一体、俺の身に何が起こっているんだ? 

 俺は寝起きの頭をフル回転させてみたが、そもそも宿に泊まった記憶がない。

 宿の主人に尋ねても「はあ……来た時は随分くたびれた様子で、冒険帰りに見えましたが……どこに行っていたのかまでは、聞いていませんね――」とのことだった。

 それから、宿帳に記された日付を目にした俺は驚愕した。

 俺の記憶は、一週間前に――ここではない別の町で――酒を飲んでいたところで途切れていたからだ。

 ……つまり、目を覚ます前の一週間分の記憶が、俺の頭からすっぽりと抜け落ちていたのだ。

 その後、魔法や何やら色々と試してみたが、記憶の復元は叶わなかった。

 ――だから、俺はどうしてナニカに取り憑かれたのか、未だに分かっていない。

 宿があった町は、ちょうど大陸の真ん中辺りに位置していたので、一週間もあれば大陸の端からでも辿り着くのは難しくない。

 それに、高位の【転移魔法】辺りが絡んでいたら、海の向こうの国どころか、世界の果てから辿り着いても――おかしくない。

 ――俺は、ナニカの出どころと正体を探ることを、早々に諦めた。


 それから、頭の中で四六時中しゃべり続けるナニカをどうにかする為、俺は大陸中を奔走した。

 神の愛し子と名高い聖女も、かつての仲間の呪術師も、優秀な魔法医師も――「ナニカの存在の感知すら出来ない」と、揃って匙を投げた。

 コネを駆使して何とか面会にこぎつけた聖女は「貴方に、霊や魂の気配は一切感じられません」と、静かに告げるのみだった。

 ならば――と、今は魔法アカデミーで教鞭をとっている呪術師のカースン(かつてのなかま)の元へ出向いた。

 しかし、丸一日を費やして俺を調べたカースンは、力なく首を横に振った。

「……ヒートが呪われている可能性は皆無だ。君の魔法や呪いへの耐性を考えたら、余程の力でなければ呪えないはずだからな。――それを、僕が見落とすはずがない。実体のない魔法生物の線も考えたが、それらしき魔力の気配は見つからなかった。――気になるのは、記憶の件だが……そちらも、魔力が介入した形跡がないんだ。……もしかしたら、疲れて幻聴の類が聞こえているんじゃないか? 知り合いの魔法医師を紹介するよ。彼ならきっと、君の力になってくれるんじゃないかな――」

 役に立てず申し訳ない――と、頭を下げるカースンに「いや、十分だって! ありがとな!」と感謝の言葉と報酬を残した俺は、紹介状を手に魔法医師の元に向かった。

「脳に――いや、身体のどこにも異常はありません。精神状態も良好です。――もしも、その……ナニカ(・・・)でしたかな? その声が、貴方の作り出した妄想の産物だとしたら、それは聴こえる(・・・・)はずなのです。ですが、何も聴こえない(・・・・・)……。貴方が私を揶揄っている可能性も考えましたが……【嘘感知】の魔法は、貴方の言葉が真実だと告げています。……ですから、本当に不思議で仕方ないのです――」

 時間をかけて研究すれば、何か分かるかもしれません――魔法医師がそんなことを言い出すものだから、俺は礼もそこそこに――もちろん礼金は払った――その場を後にした。

 魔法医師が俺に向けていた視線は、実験動物(モルモット)を見る目そのものだった。あのままあそこにいたら、全身を切り刻まれてもおかしくない。――考えるだけで、ゾッとする。

 ……それに、ナニカに時間をかけている暇はないのだ。

 俺はさっさと冒険者を引退して、可愛い嫁さんをもらって――静かにのんびり暮らしたい……!


 ――そう思っていたのに、三年も経ってしまった。

 ナニカの所為で、彼女の一人も出来やしない。

『責任転嫁なんて、カッコわる~い。そんなんだからモテないのよ?』

「お前がいるから、みんな俺から去ってくんだよ! 幼馴染のジミーナとは結婚の約束までしてたんだぞ!?」

『はいはい、何度も聞いたわよ。――村を出る時に約束したんでしょ? 『アイツは俺をずっと待っているはず(キリッ)』って、いつも言ってたもんね。……でもさぁ、他の女はともかく、ジミーナはアンタが村に戻った時には、とっくに結婚してたじゃない』

「お前がいなければ、アイツが結婚する前に村に戻れてたんだよ! 『十年は、待ったんだけど……』って、目を逸らされた俺の身にもなってみろ! ……っていうか『他の女は』って……お前やっぱり、わざとフラグをへし折ってるだろ! 絶対許さないからな!」

『え~? ジミーナのことが本当に大切だったんなら、パーティを解散した時に、村に戻れば良かったでしょ? 一人でフラフラしていたアンタを、健気に待ってたジミーナの方がよっぽど可哀想……今頃きっと『アンタみたいな甲斐性無しと結婚しなくて良かった』って、思ってるわよ』

「ぐっ……」

 俺は言葉に詰まった。ジミーナの気持ちに甘えて、あっちこっち飛び回っていたのは図星だったからだ。 

 だが、ナニカをどうにかする手段を探している間――並行して嫁探しをしていた俺を、ナニカが邪魔していたのは間違いない。


「……だ、黙れ! 今日こそ、お前とオサラバしてやるからな!」

 傍から見たら俺は『虚空に向かって独りで叫ぶヤバい奴』にしか見えないだろうが、ダンジョンには人語を解さぬモンスターしか居ないのだから、気にする必要はない。

 ……いや、人語を解するモンスターも居るかもしれないが――どうせ焼き切るのだから関係ない。

 パーティを組んでいた頃なら、盗賊(シーフ)のシャドウに「ダンジョンで大声を出すなんて馬鹿なの? 死ぬの?」と、呆れられただろう。

 俺だって、閉鎖空間で――それもダンジョンのような、何が起こるか分からない場所で――大きな音を立てることの危険性は、重々承知している。

 今だって、俺の周りを照らす【空飛ぶランタン】の光の届かぬ前方から、ドタドタと忙しない足音が近づいているのだから。

 ――何なら、既に通り過ぎたはずの後方からも、バサバサと耳障りな羽音が迫っている。

『ねえ、ヒートくん――ダンジョンで大声を出すなんて馬鹿なの? 死ぬの?』 

「似てねえ物真似すんな! 不意打ちの可能性が減るから良いんだよ!」

 剣を持つ右手に力を込めると、瞬く間に紅蓮の炎が刀身を包んでいく。

 ――ちなみに、ここに来るまで俺は何度も、ナニカに向かって叫んでいる。声や音に反応する類の罠は、今のところ見つかっていない。

 石――に見える物質――で造られたダンジョンの壁や天井は、うっすらと魔力を帯びているが、それは『強度を増す為の力(安全なもの)』だと、【感知のペンダント】が教えてくれている。老朽化した天井が崩落する心配も無さそうだった。

 この先、声に反応する罠が出てくる可能性はあるが、そんなものは見つけた時に対処すればいい。

 単身で初見のダンジョンに潜っているのだ。――当たり前だが、それなりの準備はしているし、警戒だって怠っていない。

『ホント~? 【罠感知】も【罠解除】も、殆どマジックアイテム頼みなのに……【魔力遮断】の罠があったらオシマイじゃない? アンタの自慢の【火炎剣(フレイムソード)】だって、魔力が無ければただのなまくら(・・・・)でしょ?』

「バーカ! そんな初歩の初歩みたいな対策、してるに決まってる……だろっ!」

 俺は喧しいナニカに文句を言いながら、前後から迫りくるモンスターを、まとめて薙ぎ払った。

 


 ***



「ほほう……こやつは、なかなか……」

 ()はダンジョンの最深部から、炎を纏わせた剣でモンスターを薙ぎ倒していく冒険者の男を眺めていた。

 このダンジョンを作って――ええと、何年だったか……とにかく、最初の頃は我も我もと冒険者が押し寄せてきたが、ここ数百年の間は十年に一組来るか来ないか――という、過疎っぷりだった。

 さらに、殆どのパーティが最奥(ここ)に辿り着く前に力尽きるか――途中で引き返していったので……我は、暇で暇で仕方なかった。


 それでも、願いを叶える機会を窺って――ずっと、待ち続けてきたのだ。

「こやつなら、我の(・・)願いを叶えてくれるやもしれぬ……」

 冒険者は、徒党を組んでダンジョンに潜ることが多い。

 ――それは、人の子が寄り集まって生活するのと似ている。か弱き存在は、群れねば生きていけないのだ。

 ここに一人で辿り着いた者は、今まで――多分……おそらく……いなかった気がする。……もしかしたら、一人くらいはいたかもしれないが、覚えていない。

 ――とにかく、殆どの人間がパーティを組んで、このダンジョンに挑んでいた。


「一番多かったのは、どこぞの国王に派遣された五十人だったか……あれは酷かった……」

 我の元に辿り着いた『一人だけ(・・・・)』が、願いを叶えられる――そのことを知らずに来た者は、彼らだけではなかった。

 願いを叶える権利を得る為に、同士討ちを始める者も――彼らが初めて……という訳ではない。

「…………」

 百人でダンジョンに挑み、最奥に辿り着いた五十人の――先頭に立つ十数人に「願いを叶えられるのは一人だけ」と、伝えた時のことを思い出す。

「よくよく思い出すと、後ろの三十人は最奥に到達していないな……」

 我が部屋の端に寄って、ぎゅうぎゅうに詰まっても――せいぜい二十人くらいしか、入らなかった気がする。

 その状況だけでも、十分酷い有様なのに――王命を果たそうとする者、自分の願いを叶えようとする者、後方の人間に情報を伝えようとする者、この場から逃げ出そうとする者、パニックに陥り暴れ出す者――とにかく、何かもう全てがしっちゃかめっちゃかだったことだけは、よく覚えている。

「結局、あの時は誰の願いも叶えずに終わったんだったか……」

 それから『一度に入れるのは六人まで』という制約(ルール)を追加した気がする。

「この男が駄目なら……難易度を調整して、ソロ専用ダンジョンにしても良いかもしれん……挑戦者が増えるように、広告でも出すか――」

 我は物思いに耽るのを止めて、四~六人用に調整してあるダンジョンを、一人でサクサク攻略していく男に視線を戻した。

 男はちょうど、この部屋の鍵を持つマンティコア(ダンジョンボス)を焼き切ったところだった。



 ***



 俺が止めを刺した瞬間、マンティコアは光の粒子となって消えていく。

 今まで出てきたモンスターは――コイツも含めて全て――倒すと塵も残さず消えていった。最初は幻術による疑似モンスターかと思っていたが、おそらく高度な遺失魔法――【再利用】(リサイクル)が用いられているのだろう。

 ……このダンジョンを造った者は、相当の使い手に違いない。

 どんな仕組みで願いを叶えるのかは未だ分からないが、否が応でも期待が高まってくる。

「ふぅ……コイツが、最後の敵(ラスボス)だな……」 

 マンティコアと入れ替わるように出現した鍵が、キィンと小さな音を立てて俺の足元に転がった。――これで、部屋の奥の扉が開くのだろう。

 倒したモンスターの種類は違えど、ここに来るまで何度も見てきた光景だ。

『……何で、今のが『最後』(ラスボス)って、わかったの?』

「ははっ、長年の勘……ってヤツだよ」

 今まで出てきたモンスターと、明らかに格が違った。後は――遠くからの目視でも分かるくらい、奥の扉が豪奢な作りをしているからだ。

 ――まあ、次の階層に待ち受けているのが古代竜……とでもいうのなら、コイツが前座でもおかしくはないのだが。

『――そうなんだ。ドラゴンが出て来たら、笑ってあげるね』

「へいへい――この鍵にも、罠はなし……か」

 ダンジョンの作りが思っていたよりシンプルだったので、俺は肩透かしを食ったような気分だった。

「最初から全てダンジョンマスターの手の中、夢の中――って、可能性もなくはないが……考えても、仕方ないか」

 ……一応、脱出用の手段はいくつか用意してある。元々、自分一人の手に負えない場合は出直すつもりでいたのだ。


「さて、行くか――」

 俺は拾った鍵を手に、奥の扉へと歩き出した。

『むぅ……ドラゴン出てこーい!』

「お前はちょっと黙ってろ!」

 扉に罠が掛かっていないことを確認してから、鍵穴に鍵をさし込んで回す。ガチャリと小気味いい音が、静かな部屋に響き渡った。

 ――ふと、シャドウがよく『鍵を開ける時の音が好きだ』と言っていたのを思い出した。あれは、ピッキングが上手くいった時の話だったのかもしれないが……。

 仲間たちとつるんでいた頃の記憶が蘇ってきて、何となくノスタルジックな気分になってしまう。

「…………」

 ……ナニカが「早く開けろ」と急かしてくると思ったが、何も言わないな。

 これから俺が願いを叶えることで、自分が消えることを――恐れているのかもしれない。

 ――ああ、別に消えてほしいと願っている訳じゃない。俺に纏わりつかないでくれさえすれば、それでいいのだから。

 ……そういえば、具体的な願いの文言を決めてなかったな。曲解されて、おかしなことになっても困る。ええと……。


「――慎重になる気持ちは分からないでもないが、そろそろ入って来てくれぬか?」

「!?」

 扉の向こうから男の声が聞こえた瞬間、俺は反射的に飛び退っていた。

「あ、あなたは……?」

 じりじりと後退しながら、扉の向こうにいる『誰か』に向かって問いかける。

 十中八九ダンジョンマスターだと思われるが、彼(?)が俺に敵対しない保証はない。

 それに、大陸共通語を話してはいるが――古代竜である可能性も否定できない。

『本当にドラゴンだったら面白いわね。せっかく呼んでくれてるんだし、早く開けなさいよ!』

「お前……他人事だと思って……!」

「何をぶつぶつ言っているのだ。やたらと独り言が多い男だとは思っていたが……ん……? お主……独り(・・)ではないな?」

『わたしの声が聞こえるの!?』

 俺が息を呑んだ瞬間、ナニカが叫んだ。一拍置いて、扉の向こうの『誰か』が話を続ける。

「――そういえば、名乗っていなかったな。我が名はウッカリン。この世界の創造主にして、このダンジョンを造った者よ。さあ、早く扉を開けて我が元へ来るが良い。……ずっと扉越しに会話を続けるつもりか?」

『ちょっと、わたしの話を無視しないでよ! ……聞こえていないのかしら?』

「創造神、ウッカリン……」

 この扉の向こうに居るのが、本物の創造神なのか、その名を騙る別人なのかは分からない。

 ……だが、ここまで来て、扉越しに不毛な会話をして終わり――という訳にはいかない。

 俺はゆっくり歩を進めると、扉を開けた――。



 ***



 ギィィときしんだ音を立てて、扉が開いていく。

 この扉が開いたのは――何十年ぶりだろうか。

 冒険者の男が油断なく周囲に気を配りながら、ダンジョンの最奥(この部屋)へと足を踏み入れた。

 我は部屋の中央に立ち、男を待ち受けていた。こうして対面してみても、他の存在の姿は見えない。

 ――しかし、かつて相まみえたことがあるような……どこか懐かしい気配を纏わせている。

 『何か』が、この男と同じ座標に存在しているのは間違いない。

 この世界において万能である我が、その正体を看破出来ないのは歯がゆいが――「早く来いと急かしておいて待たせるのか」等と文句を言われては、面子が立たない。

 我は男を見据えながら、厳かに口を開いた。

「……我がダンジョンを攻略した、勇気ある冒険者よ。汝の願いを叶えよう――」

「うるさい! 俺はこれから大事な話をするんだよ!」

「えっ」

 思わず間抜けな声を出してしまった。……保ったはずの面子が、潰れていないと良いのだが。

 我の姿を前にして――開口一番「うるさい!」などと叫ぶ人間は、初めてだった。

 動揺してしまうのも、仕方ないだろう。我に落ち度はない……はずだ。

「あっ、すみません……ナニカ(・・・)がうるさくて……あなたに言った訳じゃないんで……だーかーらー! ちょっとお前は黙ってろ! 話が進まねえ!」

 ――成程。こやつの言う『ナニカ』とやらが、我が薄ぼんやりとしか感知できない『何か』なのだろう。

「ふむ……」

 我が手の届かぬものは、大きく分けて二つある。

 それは、『世界の外より入り込んだもの』と『世界創造時に入れ忘れた要素』だ。

 この世界と同化している我は、その在り方故に『世界の理から外れているもの』に干渉するのが難しい。……とはいえ、不可能という訳ではなく、遣様はいくらでもある。

 前者ならば在るべき元の世界へと帰し、後者ならば掬い上げたいところだが……今の我には、優先すべき事柄があった。

「……改めて問おう。冒険者よ、汝の願いを言うが良い――」

 さて、この男は……我の願い(・・)を叶えられるのだろうか――。



 ***



『――ちょっと、おじさん! わたしの声が聞こえるの? 聞こえてて無視してるの? 聞こえてるなら何か言ってよ! ねえってば!』

「うーるーさーいー! だーまーれー! ……って、今のは願いじゃないですよ! ナニカに言ったんです! ……お前なあ、『黙れ』が願いだと勘違いされるかもしれないだろ! 頼むから黙っててくれ……! ……あっ、そうだ! ウッカリン様にはナニカの声が聞こえていますか? さっき言ってましたよね、俺が『独りではない』って――」

 視線をウッカリン様(仮)と明後日の方向の間で行きつ戻りつさせながら、俺はナニカを宥めつつウッカリン様に問いかけた。

 願いを叶える存在に迂闊な発言をして、チャンスをふいにしたり破滅したりする――なんて、笑い話のお約束みたいな真似はしたくない。

 ……これで、黙ったまま消えられたら俺は泣く。

『ヒートくん、泣いちゃうの? 泣いてもいいんだよ?』

「うむ……順番に答えようか。まず、『黙れ』は我に向けられた言葉ではなかった。――故に、願いとしてカウントすることはない。それから、お主の言う『ナニカ』についてだが――現時点では『この世界の理から外れたもの』としか答えられぬ。もしも、その正体を我に問いたいのであれば――それは、お主の『願い』と見なす」

「……分かりました」

 ナニカの声が聞こえているのか否か――今の話を聞く限りだと後者っぽいが、敢えて情報を伏せることで、俺の好奇心を煽っている可能性もある。

 ナニカの正体が気にならない――と言えば嘘になるが、正体を知ったところで、現状が変わらないのなら知る必要はない。


 ……少し、試してみるか。

 俺は簡素なローブを纏った平凡なおじさん――というにはまだ若いか。俺と同じか、少し上くらいに見える――ウッカリン様の顔を見つめたまま、心の中でそっと呟く。

(ナニカ……そこにいるおっさんの悪口、もっと言ってくれないか?)

 ウッカリン様の表情は変わらない。

 俺がおっさん呼ばわりするくらいでは動じないのか、心までは読めないのか――もう少し、様子を見たいところだ。

『え~! それで、わたしに何の得があるのよ! わたしの声をずっと無視してるならムカつくけど……何も聞こえてないなら、喋っても疲れるだけじゃない!』

(うーん、そうだな……ナニカの願いが叶えられるか、聞いてみたらどうだ?)

「――先に言っておくが、ここに辿り着いたもので願いを叶えられるのは、一度に一人と決まっている」

「!」

 俺の頬を嫌な汗が伝うのが分かった。今のは偶然なのか、それとも――。

「もしも、ナニカの正体を――ナニカ自身に問わせようとしているのなら、お主の願いは叶わぬ。だが――」

『はいはいはーい! わたし、わたしの身体が欲しい! ジミーナみたいな……えーと、可愛い人間の女の子になりたい! ヒートくん以外の人にも見えて、声を聞いてもらえる存在になりたい!』

「早っ! ふざけんな! 俺はナニカと離れて静かに暮らしたいです! ウッカリン様! ナニカは人間じゃないですよね!? それなら『一人』じゃないですよね? ここで願いを叶える権利があるのは、俺だけですよね!?」

 ナニカに願いを横取りされるなんて、たまったもんじゃない。

 俺は慌てて叫んだ。


「……最後まで話を聞かぬか。我はナニカの願いを叶えることは出来ぬ。故に、お主の言う通り……今ここで願いを叶える権利を持つのは――お主だけよ」

『何よ……絶対わたしの声が聞こえてないでしょ、このおじさん! 何が全能よ! バーカ! 無能! あんぽんたん!』

 キーキー喚いているナニカを余所に、俺はホッと安堵のため息をついた。

 ウッカリン様は、表情を変えることなく俺を見つめている。

 俺の心中を読めているかどうかは分からないが、少なくとも、ナニカの声は聞こえていないように思えた。

 ……ナニカの声に素知らぬ顔をしているのも、俺の名前を呼ばないのも――全てが計算ずくなら、大したものだが。

 ……まあ、その辺はどうだって構わない。「俺の願いはナニカに邪魔されない」――これだけ分かれば十分だ。

 後は願いを口にするだけ――。

「――お主の願い、しかと聞き届けた」

 ウッカリン様の静かな声が、俺の思考を遮った。

「えっ? 俺……願い、言ってました……?」

 恐る恐る聞いてみる。

『バカ! しっかり言ってたわよ! アンタもコイツも本当に無能! 大っ嫌い!』

「うむ。『ナニカと離れて静かに暮らしたい』――と」

 頭が割れそうなくらい煩いナニカの声にかき消されることなく、ウッカリン様の声が耳に届いた。

 ――言われてみれば、言った気がする。

 ナニカに先を越されまいと、必死で気づかなかった。

 間違ってはいない、いないが――。


 ……願いの文言としては、あまりよろしくない(・・・・・)気がする。

 そう思った瞬間、俺の身体は【束縛】の魔法でも受けたかのように、動かなくなった。

「ふ……くくっ……」

 ウッカリン様が顔に手を当てて、堪えきれないとばかりに笑い出した。

「あっ――」

 これは、どう見ても――バッドエンド間違いなしのパターンだ。

 俺は絶望した。

 数秒もしないうちに、ウッカリン様は高笑いしながら「間抜けな人間め!」とか、悪役じみた台詞を言い出すに違いない。

 そうでなければ、凶悪な悪魔にその身を変えて「永遠の静寂を与えてやる」とか何とか言いながら、俺を頭からバリバリ食らうのかもしれない。

 ――バリバリは静かじゃないな、音もなく丸呑みか……。

「感謝するぞ……我は、お主のような『ふわっとした願い』を口にするものを、ずっと待っていたのだ……!」

「ほらやっぱり! 俺を馬鹿にしだした!」

『バカばっか! バカとバカでお似合いだわ! バーカバーカ!』

 このキンキンした声とも、もうすぐオサラバか……そう思っても、別に感慨深くなったりはしない。

 ウッカリン様は高笑いこそしなかったが、満面の笑みを浮かべていた。その目がふっと遠くなる。

「長かった……」

「あの、そういうの要らないんで、さっさと俺の願いを捻じ曲げるなり何なり好きにしてくれませんか?」

 自分語りを始めたいのだろうが、そんなものに俺が付き合う道理はない。

「えぇ……」

 あからさまにがっかりした顔になるウッカリン様(おっさん)を見て、少しだけ胸がスッとした。

 俺の口が封じられていたら、長い昔話を一方的に聞かされる羽目になっていただろう。


『バカね! これでコイツが機嫌を損ねたら、アンタをもっと酷い目にあわせるかもしれないじゃない!』

「はっ、一方的に良い気分になられるより、ずっとマシだね! おい、おっさん! 神か悪魔か知らないが、俺を陥れたんだ……少しくらいは、後味の悪い思いをしろ!」

「陥れる……?」

 おっさんは首をかしげてみせた。そういう仕草は美少女がやるから良いのであって、冴えないおっさんがやっても可愛くも何ともない。むしろイラっとする。

「見ようによっては、そうかもしれないが……お主にとっても、悪い話にはならんと思うぞ。それから、我は神で――」

「どういうことだ? 手短に言え」

「え……お主の願いは、我の願いを同時に叶えられるもので――」

「迂遠な言い回しをするな。お前の目的は何だ」

 出来ることならコイツを焼き切ってやりたいが、指一つ動かすことすらできない。

「……世界と、我の存在を――切り離すこと」

「それと俺の願いに、何の関係がある?」

 口が閉ざされてしまう前に、少しでも疑問を無くしておきたかった。


ここ(・・)は静かだろう? 我とお主が入れ替われば、お主はナニカと離れることも出来る」

「入れ替わり……? 俺にこのダンジョンで暮らせと言うのか?」

「お主が世界の担い手(・・・・・)になったら、好きにすれば良い。……なってしまえば自ずと分かる。――我はもう、休みたいのだ。この世界は我の一部故、目を閉じることすら出来ぬのでな」

 ――何だか、とんでもないことを言われている気がする。

 俺が世界の一部になる? 狂人の戯言なのかそうでないのか、分からない。

 何か言おうとして……それが叶わないことに気づいた。

「……お主には、本当に感謝している。万能の力でお主が狂ってしまわぬよう、上手くやるつもりだ。これが神として最後の仕事になるのだ。手は抜くまい――」

薄れていく意識と共に、視界が暗闇に塗り潰されていく。


 ……ああ……最期に聞くのが、変なおっさんの声……なんて……嫌、だな……。 


 ナニカ……こんな時に、限って、だんまりかよ……。


 聞こえなくなったナニカの声を、思い出しそうとしたところで――俺の意識はぷつりと途絶えた。

  


 ***



 ――こうして()は、この世界の神になった。

 『ウッカリンダンジョン』は『ヒートダンジョン』に名前を変え、『ヒート』は万能の代名詞になった。

 大陸に名を馳せた冒険者――『炎の刃』ウッカリンは、孫や曾孫に囲まれて百歳まで生きた。

 結婚式と葬式には知人のフリをして出席したが、それなりに幸せな人生を送ったんじゃないだろうか。

 立場を交換して、しばらくの間は――人間の暮らしに、未練を感じることもあった。

 『炎の刃』と呼ばれていた頃の()の縁者が、ウッカリンと仲良くやっているのを見て、複雑な気持ちになったのが――随分、昔のことのように思える。


「千年って……『随分』昔、なのかな?」

「……さあな。まだ人間だった頃の気分が、抜けきってないだけかもしれん」

 神々も人々も『ヒート』と『ウッカリン』が入れ替わったことに、気づいていない。

 ……ウッカリン本人ですら、自分が神だったことを覚えていなかった。

 最初から『ヒート』が創ったかのように、この世界は続いている。

 ――()の役割を担うのは、別に誰でも構わないのだろう。

 世界の運営は、六大神やその従属神が担っている。

 俺はただ、居るだけ(・・・・)で、世界の維持という役割を果たしていた。


「それにしても、世界を無から創り出す力を持っていたのに――何でウッカリンは、お前(・・)を創り忘れたんだろうな?」

「う~ん、やることが……ううん、やりたいことが、他に――いっぱいあったから、じゃない? ……ジミーナを置き去りにしてた、アンタと一緒よ……多分ね」

 ――そう言われると、耳が痛い。

 あと数千年くらいは忘れられそうにない、幼馴染の姿が頭に浮かぶ。

「そうかもな……。十年も待たせたことは、今もすまないと思ってるけど――ジミーナが幸せに生きてくれて、良かった」

「そうね、アンタには勿体ないくらい良い女だった。……今でも勝てない気がして、ちょっと悔しいもん――」

「……拗ねるなよ、ナニカ(・・・)。俺には、お前しかいないんだからさ――」

 俺の肩に寄りかかる妻神(・・)の頭を撫でると、彼女は満足げに目を細めた。

 ――神になった俺は、すぐにナニカの正体を探った。

 人ならざる者に変じてしまった自分が縋れるものは、最早――ナニカしかないと思ったからだ。

 そして、幸運なことにナニカは――創造神(ウッカリン)が創りかけで忘れてしまっていた、伴侶(・・)の欠片だった。

 神と人の座を入れ替えるよりは容易いが、大陸一つを生み出すよりは難しい――力を揮って、俺は何とかナニカを妻神(・・)として世界に掬い上げることが出来た。

 ――俺が創造神らしい(・・・)ことをしたのは、この時だけだ。


『むぅ……わたしは、ウッカリンが忘れてなければ――今頃アンタじゃなくて、ウッカリンの隣にいたかもね』 

 そんなことを言いつつも、俺の腕にしがみついてくるナニカが――たまらなく、愛おしい。

「ははっ、だとしたら……ウッカリンに感謝しないとな――」


 いつかは俺も、永遠に厭いて――ウッカリンと同じように、誰かにこの座を押しつけたくなるのかもしれない。


 ――それでも、今は「ナニカと一緒なら、永遠に退屈しなくて済みそうだ」と思っている。


ななよさんとの合同企画【すななよ4W】で「01_ダンジョンで何かに取り憑かれている人がうっかりやの神様と交換した」をお題として書いた作品になります。

(※お題・企画の詳細は、シリーズページ及び活動報告をご参照ください)


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[一言] 世界の管理者って具体的に何をするんでしょうね システムの維持運用って おおよそシステムの利用者という 管理者を上回る「わがまま」を言う上位存在がいますが 管理者から見れば、 その世界に住む生…
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