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後編




 甘い言葉にアリーナが身を任せた夜。



 目覚めたアリーナは、身体に掛かる心地良い重みを感じながら、ぼんやりと頭の中の記憶を引き起こす。


 場所は、今、アリーナを抱き締めている彼に任せるままに来てしまったので、何処で夜を過ごしたのかは、彼女自身には分からない。

 程よく引き締まった身体に抱き締められたままのアリーナは、「苦しい」と言わんばかりに身じろぐと、自分が誰に身を任せたのか、確認しようと重みから逃れる。


 昨夜。

 キスがしにくいからと、仮面を外したのはアリーナだけで、相手は一晩中、仮面をつけたままだった。



 エスコートもダンスも、夜の営みも、何もかもがスマートで、そんな人がいつまでも独り身のままでいるわけがない。

 彼の温もりを感じていた途中から、つい余計な事を考え始めてしまったアリーナは、自分の初めてを捧げてはしまったが、彼にとって本当に一晩の相手でも、割り切った関係でもいいと決めていた。


 互いに夢の様な時間を過ごせたのだから、それで十分ではないか。


 けれど、せめて相手の顔だけでも。



 男の腕の重さから逃れたアリーナは、上半身を起こし、まだ眠っている男の顔をみようと、彼の顔に掛かる長い髪を優しく耳に掛ける。




「え?」



「……おはよ」



「何で?」



「何でって。何が?」



 アリーナの頭は目の前にいる人物の処理が追い付かず、言葉を失う。

 だが、彼はそうではないようだ。



「何で……ディラーゼフがいるの?」


 横たわったままの弟は平然とした顔で、アリーナが慌てる姿を眺めている。


「何でって。俺が昨夜のアリィの相手だから」

「え?待って。いつから?」

「いつからって。アリィは面白い質問をするね。多分、貴女の頭の中に思い描いた男は、この俺。そして」

 気怠そうに横たわっていたディラーゼフは身体を起こし、自身の裸を見られまいと、かけていたブランケットで身体を覆う姉の正面に向き合う。


「アリィと一晩を共にしたのも、俺だよ」


「え?」


 自分は弟と身体を繋げてしまったのか、と、アリーナの頭は混乱する。


「アリィ、言ってましたよね。「身体を捧げた人と結ばれたい」って。というより、婚姻関係結ぶ前に身体を繋げちゃうとか。普通ならそんなことしちゃったら、余計にお嫁の貰い手ないでしょう?もし、今、貴女の隣にいる相手が既婚者だったのならアリィは不倫相手だ。もし、すごく年の離れたおやじでも、貴女はその人と結婚するの?」


「え……と」


 早口で詰めてくるディラーゼフにアリーナは反論する声を失う。



「だから、観念して俺のお嫁さんになりなよ」



 ディラーゼフはアリーナがブランケットを持つ反対側の手を取り、その薬指にちゅっと口付ける。



「アリィは知ってるでしょ?俺たち、本当の姉弟じゃないって」



「え?」



 いつだったか。

 自分の両親だと思っていた人たちの話を、自分の意に反して盗み聞きしてしまった事がある。

 その時に偶然知ってしまったのだ。


 アリーナはアイネトゥフ伯爵家の人間ではないことを。


 だから、早く家から出たかったし、育ててくれた恩返しをしたかったのに、何故かいつまで経っても嫁の貰い手がなく、アリーナは半ば結婚することを諦めていた。

 最近は街へ出て、将来の自分の棲家を探す為に動き回っていたが、なかなか自分の思い描く様になってくれない。



「勿論。仕事を探しに外へ出たり、あわよくば結婚相手でも見つかれば、なんて目的で街へ行っていたのも知っていますよ」


「え?どうして?」


 誰にも話していないことを言い当てられ、アリーナはディラーゼフを真正面から見据える。


「俺にも色々な繋がりがありますからね」

「……」

「でも、誰も引っかかってくれなかったでしょう」

「な……んでそれを?」

「お姉様は無駄に行動力があるから、もし国外にまで足を伸ばされてしまったら、俺も動く算段がつきませんでした。だから、まだこの辺りの街で止まっていてくれて良かったですよ」


 ニヤリと笑うディラーゼフの頭の中には、この未来が描かれていたのか。


「もう一度言います」


 真剣な顔をした弟は、まるで宝物を扱う様な動きでアリーナの手を自身の両手でくるむ。


「あいしてます。アリーナ」


「……」


 今まで見たこともない弟の一面に、不可抗力にも彼女の心臓は痛い程に脈打つ。


「もう観念して俺と一緒になりましょう。」

「いや」


 切実な。

 すがるような目の前の男の視線と声から逃れる為、アリーナは首を必死に横に振る。


「どうして?姉弟だからですか?そんなのどうにでもなりますよ」


 アリーナの育ての両親は、確かにそうは言っていたが、書類の上では彼女とディラーゼフは姉弟だ。


「アリィは、バーンズ公爵家に子どもがいないの、知っていますよね?」

「え、ええ」

「もし、俺がここの養子になったら?勿論、それはアリィでもいいけど」


 姉弟じゃない。

 なんて思っても彼女は言葉に出来ない。


 昨夜、仮面舞踏会の主催を務めてくれたバーンズ公爵夫妻には、確かに子どもはいない。

 一体、弟が何を言わんとするのか、想像している事を言葉に出されてしまいそうで、アリーナの身体は強張る。


「元々俺たちに血の繋がりがあるとはいえ、それも少しだけ。法律に則っても俺たちは結婚できる」


「……」


 周りから徐々に追い詰められたアリーナに、なす術はない。


「観念してよ。アリィ」

「……」

「もう俺の手中に収まってるんだから。悪あがきしないで」



 身動きの取れなくなったアリーナは、目を瞑って何かをひたすら考える。

 だが、何も思い付かずに、ひとまずブランケットで身体を隠したまま、ベッドから離れた。


「そんなに急いで逃げなくても、帰る場所は同じなのに」


 そして、辺りに散らかった下着やドレスを拾うと、部屋に添えつけられたバスルームに逃げ込んでしまった。


 ディラーゼフはアリーナの背中を追っていたが、最後はその扉に阻まれる。



「ごめんね。もう逃してあげられない」



 弟は真っ白いシーツに残る鮮血の跡を嬉しそうに指でなぞる。

「これでようやく俺の事を意識してくれる」


 昨夜の出来事は、彼がずっと夢見てきたことが、ただ実現しただけ。


 やっと手にした現実に、心が弾まずにいられるだろうか。




「いつでも僕の元に堕ちてきてくれていいからね。アリィ」




 姉が自分を異性として敢えてみようとしていない事は、彼自身も切ない程に分かっていた。

 だからそこ、これから更に本気で口説きにいかないと、彼女はきっとあっという間に他の男のものになってしまう。


 けれど、姉を手に入れる為、自分の両親にしても、何もかも。

 ほとんどの根回しをディラーゼフはしてきた。



 あとは、アリーナが彼の手を取るだけ。


 その為には何でもする、と。

 実際問題、自身に課した課題を全てこなしてきた彼だからこそ、彼女を手に入れる為には必死さを隠した状態で最善を尽くしていく。




 ***



 

 ディラーゼフが学園を卒業するのは一年後。



 一年後。


 アリーナは彼の妻として純白のドレスを身に纏い、祝福を受ける未来が待っているのである。




最後までお読み頂きありがとうございます。


ふ、と、姉を好きな弟の話を書いてみたくなり、思いつくまま書き始めてしまったのですが、思いの外、長くなってしまい、少しずつ投稿させて頂きました。


読みにくい部分もあったとは思いますが、少しでも楽しんでお読み頂けたのなら嬉しいです。


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