表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

87/475

花の章 その29 悲報

夏侯蘭(かこうらん)は旅の途中で女と出会い、結婚をしていた。

右も左もわからない都会暮らしのはじまりで、若い夫婦には、仕官にさいし、十分にしたくできるほどの手持ちの金が少なかった。


妻はそれを心配し、遠い親戚のところへ行って、したくを手伝ってもらうように頼んでくるといった。

すでに日が落ちかかり、各門も閉ざされようとしている。

夕暮れ時は危ないから、朝になったら行くとよいと夏侯蘭は言ったが、妻は、こういうことは早いほうがいい、それに、親戚の家は目と鼻の先だから、といって家を出ていった。


それっきり、妻は帰ってこなかった。


いつまでも帰ってこない妻が心配になった夏侯蘭は、夜道を探しに行った。

すると、夜道に、妻のくつが片方だけ落ちていた。


心臓を(きり)で突かれたような痛みと恐ろしさが襲ってきた。

妻の身になにかあったにちがいない。


あわてて屯所(とんしょ)へ向かい、妻がいなくなったと申告した。

許都の下っ端役人は、最初は家出したのではないか、あるいは、どこかの男と逃げたのでは、などと言って、ろくに夏侯蘭の訴えを聞いてくれなかった。


ところが、朝になって妻の悲惨な亡骸が路地で発見された。

どうやら、ひとりで歩いていたところを拉致されて、殺害されたうえで路地に投げ捨てられたらしい。


そこへきて、はじめて夏侯蘭は、このところ許都に『狗屠(くと)』という謎の下手人による娼妓(しょうぎ)ごろしが発生していたことを知った。

くらりと目の前が揺れたような気がした。

もし、それを知っていたなら、殴りつけてでも妻を外に出さなかった。


妻は親戚の家に行こうとしたところを襲われたのであり、娼妓だから殺されたのではない。

夏侯蘭は何度もそう訴えたのだが、役人たちは真面目にとりあわず、夫の金を工面するために春を売ろうとしたにちがいないと、きめつけた。


あまりにその横柄で横着な態度に腹を立て、夏侯蘭は役人たちに殴りかかった。

もともと、役人といっても、下っ端も下っ端で、歴戦の勇士である夏侯蘭の敵ではなかった。


逆に、それがいけなかった。

役人たちは一方的にぶちのめされ、夏侯蘭を深く恨み、あることないこと上役に訴え、かれを牢に入れさせてしまったのだ。


牢でも夏侯蘭は暴れたが、首枷、手枷、足枷をつけられてしまい、動きがとれなくなった。

ろくろく水も食料も与えられず、放置された状態で、ときおり、ぶちのめした下っ端たちが牢に見に来る。

そして、

「こいつは自分の女房を寝取られた男だ。それを俺たちに八つ当たりしたのさ」

と、的外(まとはず)れな嘲笑を浴びせかけた。


夏侯蘭は徐々に朦朧(もうろう)として行く意識の中で、茣蓙(ござ)のうえに寝かせられた冷たい妻の姿を何度も思い出していた。

青白い妻の顔からは、味わった恐怖も、悲しみも、怒りも、なにも読み取れなかった。

死んでしまうとは、そういうことなのだと痛感した。


同時に、いままで自らの手で、何も考えずに(ほふ)ってきた敵たちのことをも考えた。

これは報いなのか。

だが、敵を討たねば、自分が、味方が死ぬ。

どうしたらよかったのか。



思考の袋小路にはまっていたとき、そいつが現れた。

品の良い身なりをした、若い男だった。

彫りの深い顔立ちの、少しばかりきつい目をした男で、なぜだか夏侯蘭を見て、笑みを浮かべていた。


その男は、名乗らず、牢に転がされている夏侯蘭に語り掛けてきた。

「妻の名誉を回復させたいとは思わないか。仇を討ちたいとは思わないのか」

夏侯蘭はあらためてその若い男を見た。


どこぞの若君であろうことは、牢屋番がおとなしくしていること、下っ端役人が面会の邪魔をしに飛んでこないこと、そして、青年の上質な衣服の光沢で知れた。


「この牢を出る力になろう。だが、君もわたしに力を貸してほしい」

どうすればいい、とかすれた声で夏侯蘭が問うと、青年は答えた。

「『狗屠』は荊州(けいしゅう)にいる。荊州へ行って、やつを討つのだ」


つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ