表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/475

花の章 その15 趙雲の困惑

「眠らずともよいのか」

趙雲がたずねると、花安英(かあんえい)は、鈴のようにころころと、高い声で笑った。

「その言葉、そのままあなたにお返ししますよ」

「おれは軍師を待たねばならぬ。

だが、おまえは寝る時間であろう。子供にはもう遅い時間だ」

「ふん、あなたも子供扱いですか。いいですけれどね、たしかに子供ですし」

「わかっているなら眠るがいい。おれを一人にしてくれ」

「わたしと話をするのはいやですか」

「いやというか、その気になれん」


きっぱり言っても、花安英はその場から動かない。

鈍い、というわけではないだろう。


「話したいというが、なにか特別な話でもあるのか。それなら、軍師にすればよい」

「いやですよ、あのひとになんて」

「なぜ。どうもおまえは軍師を嫌っているようだが、なぜだ」

「なぜもなにも」

そう言って、花安英は、みずからのほつれた髪の束を指先でもてあそぶ。

「以前に程子文(ていしぶん)に、おまえは諸葛孔明に似たところがある、と言われたのです。

冗談ではない、わたしはわたしですよ。失礼な話だと思いませんか」

「誉め言葉だったのかもしれぬぞ」

「どうだか。程子文は、変な意味ではなく軍師どのに惚れ込んでいた。

ああいう、率直で誠実そうな人が好きなんです。

ほんとうに誠実かどうか、わかりませんけれどね」

「誠実だと思うぞ」


趙雲は、孔明がいかにして新野(しんや)で人々のこころをとらえたか、話してやろうと思ったが、やめた。

深夜に、子供相手に話しこむのは不健康だ。

しかし、花安英は趙雲が話に乗ってきたと判断したらしく、篝火(かがりび)のした、さらに満面の笑みになって言ってきた。

「やっぱり、おひまなようですね。面白い話があるんです。聞きませんか」

「明日ではだめなのか」

「日が高くなったら、だめですね。

ちなみに、あなたは、程子文を殺したのは、ほんとうは誰だと思ってらっしゃいますか」


問われて、趙雲はことばに詰まった。

蔡瑁(さいぼう)か、あるいはそれに雇われた者、あるいは『壺中(こちゅう)』。

そう思っているのだが、確証がないので、子供にうっかりしゃべるわけにはいかない。


黙っていると、意外なことを花安英が言い出した。

「程子文を殺したのは、蔡一族なんかじゃありませんよ」

「では、だれだ?」

「さて、それを教えてほしければ、わたしに付き合ってくださいませんか。

こんなところで、突っ立っていたら、いくら夏とはいえ、冷えてきます」

「付き合うだと、どこに?」

「黙ってついてきてください。

そうすれば、あなたがたに有利になりますよ。おいやですか?」


趙雲は戸惑った。

このどこか得体のしれない美少年のことばを信じて、この場を離れてよいものか。

もし孔明になにかあったら、駆け付けられるのだろうか。


「ああ、そうそう。もうひとつ言っておきますが、程子文を殺したのは、あの地下牢の人ではありませんよ。これは絶対です」

趙雲はおどろき、目の前の、篝火に姿を浮かばせている少年をまじまじと見た。

趙雲の注意が自分にまっすぐ向いたので、少年は満足そうに、にっこりと笑う。

「そんなの、ほんとうはみんな知っていますよ。

しかし、あの部屋にいたというだけで捕らえられたのです」


「おまえが、最初にあの部屋に駆け付けたと言っていたな」

「ただしくは、わたしの従者が最初に部屋に入りました。わたしは二番目です」

「あの場には、斐仁(ひじん)と、おまえと、その従者のほかにだれもいなかったのか」

「程子文の亡骸と、それから、斐仁と。

ほかは、お話ししたくありません」


妙な言い回しをする。


「自分たちの仲間を殺した人間が、ほんとうはだれなのか、それを知りたいとは思わないのか?」

「思いませんよ。だって、子文を殺した人間が、万が一、身内だったらどうするのです。

そのほうが、恐ろしいじゃありませんか。

よそ者が下手人だということで、この城の人間はみな、落ち着いていられるのです。

程子文が死んでから数日になりますけど、とりたてて城の内部に変化はないし、このままでよいのではとすら思っているのですよ」


趙雲はめまいをおぼえた。

この少年は、本気でどうでもいいと言っているのだろうか。

この城では、人ひとりの命があまりに軽い。

仲間が死んだことよりも、自分たちの面子や、生活が変わってしまうことのほうが、ここの人間には重要なのか。


「おや、顔色がよくありませぬな」

そうだな、と趙雲は力なくつぶやいた。

だいたいが狂った時代であるが、この城のずれは気味が悪い。

どこよりもまともそうに見えていながら、内実は腐敗している。



つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ