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花の章 その14 宴をよそに


劉琮(りゅうそう)を中心に、孔明を歓迎する宴が、ほんとうに開かれた。

ひとが一人、暗殺されたというのに、宴もなにもないものだと趙雲は苦り切る。


劉琦(りゅうき)が言ったとおり、劉琮は新野(しんや)の様子をこころから聞きたく思っているようだ。

宴の支度ができたと知らせに来た使者が孔明をせっつく様子には、やはり落ち着いているといっても劉琮がまだ子供なのだということを思わせた。

孔明はしぶしぶであったろうが、そこは表情には全く出さずに出かけていった。


新野城のそれとはちがい、襄陽城(じょうようじょう)の宴ともなると、なんとも典雅なものであるようだ。

夜風に乗って聞こえてくるのは、優美な詩歌。

それも、節回しの複雑な詩曲ばかり。

ときどき笑い声が起こっているのがわかる。

孔明がここぞとばかりに話術を発揮して、場を沸かせているのだろう。

おそらく、卓にならぶのは、山海の珍味ばかりで、酒もめったに呑むことのできないほどの上等なもが用意されているにちがいない。


趙雲にも、劉琦から、ささやかな食事が用意された。

酒もついていたので、すこし口にする。

さわやかな口当たりの上質な酒で、その心地よさにつられるかたちで、趙雲は夜風にあたるために、待機していた部屋から廊下に出た。

酒で上気した頬に、風が心地よい。

外に出ると、なおいっそう劉琮のひらいている宴の場から聞こえてくる声がはっきりした。


一方で、まるでおびえるようにぴったりと扉を閉め切って部屋にいる劉琦たちのことが思いやられる。

かれらは、あの笑い声を、歌声を、どのように聞いているのだろう。

蔡瑁(さいぼう)が宴に出ているのかどうかは、趙雲にはわからない。


蔡瑁のことは、趙雲もよく知っている。

野心がそのまま脂になって外ににじみ出ているような男で、表向きの態度こそ丁寧なのだが、その眼つき、しぐさ、端々の言動で、劉備を軽蔑していることがわかる、嫌な奴であった。


しかし、趙雲には、蔡瑁が『壺中(こちゅう)』を組織しているということがぴんと来ない。

たしかに悪知恵のはたらく男だと聞いている。

だが、『壺中』なる正体不明の凶悪な組織を主催できるほどの器の男なのかどうか。

そこがどうも違和感をおぼえるのだ。


どちらにしろ、この城のどこかに、『壷中』がいるのだ。

どれだけの規模のものなのか。

なにが目的なのか。

そうして、なにを恐れているのか。


いままで判ってきたなかで感じるのは、『壷中』という組織の、異様な繊細さである。

七年間も職務に忠実であった男を切り捨て、その家族を虐殺し、あげく、暗殺の罪を男になすりつける。

その過程は、莫迦がつくほど丁寧で、容赦ない。

愚直なまでに徹底して、邪魔者を片づけていく、この冷酷さはどこから生じるものだろう。

なにを守ろうとすれば、これほど残酷になれるのか。

組織というのは、なんらかの利権を守るために組まれるものだ。

襄陽がその拠点、というのであれば、この城の利権を守るため……それはごく一部の人間のための、特化された利権であろう。

見た目はすばらしく清雅なこの城も、抱える闇はとてつもなく濃く、重い、ということか。


「わからんな」

つぶやくと、それに応えるように、そよそよと、闇に浮かび上がる白い花が、風に揺れた。

「なにを悩んでいらっしゃるのです」

涼やかな声がして、振り向くと、例の小うるさい少年、花安英(かあんえい)がいた。

昼間はつんけんしていたが、いまは愛想よく微笑みを浮かべている。


孔明に突っかかっていた様子を知らなければ、趙雲はこの少年に魅せられていたかもしれない。

それほどに、男女問わず気を惹きつける美貌であった。

しかし趙雲は花安英が孔明を嫌っているのを知ってしまっているので、さほどその美しさを前にしても幻惑されない。

なるべくならば、あまり近づきになりたくない人物であるが、無用に敵を作るわけにもいかないだろう。


つづく

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