花の章 その10 花安英
孔明はうんざりした。
この少年は花安英と呼ばれていて、劉琦の学友のひとりである。
つまり、殺された程子文と同僚だった。
年頃は十五くらい。
程子文が孔明と同じ年だったので、少年は一回り下ということになる。
この少年に敵意を向けられるのは、いつものことでもあった。
なぜか嫌われているのである。
「花安英よ、わたしは公子と話をしているのだが」
「公子(劉琦)はお疲れで、うまくお話できないのです。
ですから、代わりにわたしがお話させていただきます。
公子には囚人と軍師どのを会わせる権限はありませぬ」
「なぜ」
孔明の問いに、花安英は、馬鹿者を見る目で見返してきた。
「当然でしょう。斐仁は徳珪(蔡瑁)どのみずからが取り調べをしているのです。
あちらとわが公子の仲が険悪なのは、あなたはご存じのはず。
しかも、死んだ程子文は、あなた方の仲間にそそのかされてかれを殺したのかもしれないのですよ。
そのことを、あちらに気づかれたならどうします。
わが公子に累が及ぶのはまちがいない」
率直な花安英の物言いに、劉琦も伊籍も蒼くなる。
「しいっ、声が高いぞ、花安英っ」
「いまさらなんですか。徳珪どのらには、すでに軍師が登城していると伝わっているのですよ。
その時点で、なにをしに来たのか、向こうには察しがついているはず。
それでもなにも仕掛けてくる気配がないのです。じたばたしても仕方ありません」
「あいかわらず、顔に似合わぬ豪胆さだな、花安英」
感心しつつ孔明が嫌みを言うと、花安英は、ますます顔をゆがめた。
「あなたに褒められてもうれしくありません」
そして、花安英は、趙雲のほうにあごをしゃくってみせた。
「斐仁というのは、そちらの武人の部下なのでしょう?」
「おまえは初めて会うか。趙子龍だ」
孔明が紹介すると、花安英は鼻を鳴らした。
「ふん、だれであろうと構いませんよ。その武人の上役はだれです」
「わたしだな」
「それなら、今回の件、あなたが責任をとってくださるのでしょうね」
趙雲がいきりたち、口を開こうとしたのが気配でわかったので、孔明は手で制した。
「そうするつもりだ。本当に、あなた方にはすまないと思っている」
軍師、と趙雲が抗議の声をあげたので、孔明はそちらに顔を向けた。
「花安英はなにも間違ったことは言っていないよ。
斐仁を監督しきれなかった、われらに非があるのはまちがいない」
「わかってらっしゃるようだ。物わかりのいいところだけは、あなたの美点ですね」
「それはどうも」
「で、これからどうなさるおつもりか」
「徳珪どのと交渉して、斐仁の尋問をするつもりだ」
「あの方がそれに乗ると思いますか」
「乗らせねばなるまい」
「策はあるのですか」
ある、と言いかけたところで、軽やかな声が割って入ってきた。
「策なんてあるのかな。ないなら、わたしが手伝ってさしあげてもよいですよ、軍師」
聞き覚えのある、声変りをしたばかりの少年らしい声に振り返る。
見れば、ほかならぬ劉琦の腹違いの弟、劉琮が、いつのまにいたのやら、たのしげな顔をしてそこにいたのであった。
※
「こ、これは」
伊籍が戸惑いの表情のまま、劉琮に向けて頭を下げる。
すると、あれほどきゃんきゃんとうるさい口を叩いていた花安英も口を閉ざし、それに倣って頭を下げた。
劉琦だけは、あからさま怯えた顔をして、義理の弟を見ている。
孔明は、それほどオドオドしていたら、隠せるもの隠せなくなるだろうにと苦く思った。
劉琮はどこから聞いていたのだろう。
頭を下げつつ、孔明は劉琮に挨拶をする。
「お久しぶりでございます。ご健勝の様子でなによりです」
「孔明どのは変わりがないようですね。趙子龍どのも、あいかわらずだ」
つづく




