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花の章 その9 美少年登場

同時に劉琦(りゅうき)の心情も(おもんぱか)った。

おそらく、劉琦は劉琦で、伊籍(いせき)が自分たちをつれて新野(しんや)から帰ってくるまで、生きた心地がしなかったにちがいない。

斐仁(ひじん)に殺されたという程子文(ていしぶん)のために、劉琦は巻き添えをくって、父への反逆の罪を着せられるのではと怯えきっていただろう。


だが、劉琦は五体満足なうえに自由にふるまっている。

それに、何ら変わりのない城の雰囲気から察するに、斐仁は取り調べにも口を割っていないか、あるいは潔白を主張しつづけているのだ。

なにより麋竺(びじく)も無事なのだろう。

麋竺が囚われて拷問にかけられているのではと孔明は危ぶんでいたが、そうではないとわかって、安心した。



孔明は劉琦に、まずは劉表へあいさつに行きたいと申し出た。

しかし劉琦は、悲しげに首を横に振る。

「父はこのところ、具合がすぐれないらしく、部屋にこもってばかりなのです」

「それはよくありませぬな。お見舞いすら受けられない状態ですか」

「それが」

と、劉琦は言葉をにごした。

蔡瑁(さいぼう)らが、わたしが見舞いに行くのを(はば)むので、中の様子はよくわかりませぬ。

ただ、父は立って歩くくらいのことはできているようです。すぐに回復するかと思いますよ」

「それならばようございました」

孔明は安堵した。


いま劉表に倒れられたら困る。

劉表が明確に後継者を指定しないまま逝ってしまったなら、まちがいなく襄陽城(じょうようじょう)は一方的な殺戮の現場となる。

この場合、劉琮側が虐殺者で、劉琦が被害者となるだろう。

それに巻き込まれて生き残れるかどうかは怪しかったし、なにより、蔡瑁の存在が不気味であった。

劉琦の父への見舞いを阻むほど、蔡瑁の力は強くなっているということか。


思案する孔明に、劉琦は自室ではなく、城の中庭に案内した。

中庭には赤や黄や桃色の花が咲いていて、その上をいろとりどりの蝶やミツバチなどが飛び交っている。

なぜ夏の日差しをまともに受けるこんな開けた場所で話をしようというのか。

戸惑う孔明に、劉琦は声を潜めて言った。

「わたしの話はすべて蔡瑁らの間諜に聞かれております。

ここならば、聞き耳を立てる者もいないでしょう」

たしかに、ぐるりと見渡すと、ほかに人の気配はなかった。

劉琦と、その数少ない取り巻きが、人払いをしたのにちがいなかった。


「恐ろしいことが起きしまいました。なにから説明すればよいでしょう。

ああ、まったく、無知で無力なこの身がうらめしい。

あなたのように丈夫で知恵が回る男でいられたならよかったのに」

いささか芝居がかった口調で、劉琦は孔明の手を握ったまま言う。

こうして自虐的な言い回しを多用するのは、自分の不幸にどっぷりと漬かっている劉琦の癖であった。

「説明は機伯(きはく)(伊籍)どのからうかがっております。

ですが、細かいところがまだ合点がいきませぬ。

まずは、斐仁は生きているのでしょうか」

「生きております。あの男、だいぶ蔡瑁らを困らせているようです」


孔明は違和感をおぼえた。

壺中(こちゅう)』が蔡瑁の主催する組織ならば、斐仁を生かしていく理由がない。

まちがいなく、『壺中』は世間に知られてはならない後ろ暗い組織だ。

斐仁がうかつなことをしゃべれば、立場が悪くなるのはかれらだろう。

蔡瑁が斐仁を生かしている理由はなんだろう。

なにか聞きださねばならない秘密を斐仁が握っているのか。


「斐仁はどこにいますか」

「牢に閉じ込めております」

「話ができますか」

孔明が間髪入れずにたずねると、劉琦がもごもごとことばを濁した。

「どうされました」

「察しの悪いお方ですね。いま、公子のお立場はたいへん微妙なものなのですよ」


辛辣なことばに、劉琦の背後を見れば、小柄な劉琦より、さらに背の低い少年が、こちらをにらみつけていた。

孔明のとなりに控えていた趙雲が、おどろきで息をのんだのがわかった。

孔明は慣れているのでおどろかない。


その少年は、並みならぬ美貌をそなえていた。

蝶のように華やかで、星のように輝く瞳と、ざくろを嚙んだような赤い唇をもっている。

喉ぼとけをみなかったら、きわめてまれな美しさをそなえた少女かと思ったことだろう。

しかしいま、少年は優美な面貌に似合わぬ、嫌悪に満ちた表情をこちらに向けていた。


つづく

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