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花の章 その5 門前の再会


襄陽(じょうよう)の城市は新野(しんや)のそれとくらべものにならないほど大きく、人でにぎわっていた。

大きな戦を十年以上にわたり経験していないことも関係しているのか、行きかう人々の表情もおだやかでおっとりしている。

叔父につれられて襄陽に入ったときと同じ感想を孔明は持った。

別天地のように平和な場所だなと。


街路樹のした、のんびり散策している者もいれば、友人と語り合っている者、急ぎ足で用事をすませようとしている者、疲れた顔をしてとぼとぼ歩いている者、どこかへ向かう牛車や、走り去る馬車など、さまざまだ。


軍師として劉備に仕える以前から、孔明は襄陽の城市にはなじんでいた。

どこにどんな家があり、角を曲がるとどこに行きつくか、川を行きかう商船の活気、友人知人の家族構成から性格まで、すべて知っている。

かつて崔州平(さいしゅうへい)徐庶(じょしょ)とともに、春には節句のちまきを食べ、夏には七夕にあわせて夕涼みをし、秋には色とりどりの紅葉を楽しみ、冬には家にこもって政治談議をしていた。

そんな懐かしい思い出のつまった城市でもある。


漠然と、このまま平和がつづくことはないと不安を抱きながらも、戦が起こるのはまだ先のことだと誤魔化しながら日々を楽しんでいた青春時代。

孔明は一片(いっぺん)の疑いもなく、徐庶や崔州平も同じところを見ているのだと信じていた。

未来を託せる徳の厚い人物に仕え、かれが天下に号令をかけるその補佐をする。

もしそんな人物が目の前にあらわれなければ、隠棲して一生を山でおだやかに過ごす。

ありかなしかの二択しかない、世間知らずな夢をみなも同じように抱いているのだと。


しかし、自分と同じだと思っていた親友たちは、いずれもいまは全く違う進路を歩んでいる。

もしかしたら、みんな同じだと信じていたのは自分だけで、かれらのこころの中には思いもよらぬ闇が隠れていたのかもしれない。

とくに、崔州平のこころの内側には。

それを見抜けなかったのか……


壺中(こちゅう)』とはなんだ?

麋竺(びじく)とどうつながりがある?

斐仁(ひじん)ともつながりがあるのか?

借財とはなんだ?

どこへ消えたのか?


それぞれを崔州平にじかに問いただしたかったが、親友はすでに手の届くところにいない。

不安だけが、孔明のなかに(うず)巻いている。


「おまえのほうが熱があったような顔をしているな」

襄陽城の門前にきたところで、趙雲が沈黙を破り、声をかけてきた。

孔明は馬から降りつつ、あえて笑って見せる。

「いろいろ考えることがあるからな。なにか心配があるなら問題ないぞ。

劉州牧(りゅうしゅうぼく)(劉表)も、まさかいきなりわれらを捕らえるような真似はすまい。

危なくなっても、うまく口でまるめこむさ。

だから、あなたは大船に乗ったつもりでいてくれ」

「底が抜けていそうな大船だな」

「憎まれ口を叩けるくらいなら、じゅうぶんに回復しているな。

ならば言うが、ほんとうに危なくなったら、なんとしてもあなただけはここを抜け出して、新野へ向かってくれ。

そして、わが君に応援を頼むのだ」


趙雲はそれを聞くなり、小さく震えた。

「やめてくれ、そんな事態にならないことを祈るばかりだ」

「祈るばかりではだめさ。最善を尽くさなければ」


伊籍(いせき)門衛(もんえい)におのれの名を告げて、通行の許可をとっている。

それを待っていると、視界に意外な人物の姿が入ってきた。

白い綿(わた)のようなみごとなひげをたくわえた、瓜売(うりう)りの老人が、旅装して城の前に立っていたのだ。

向こうも孔明に気づいたようで、はっとした顔になると、そのまま拱手(こうしゅ)して、さらに頭を下げてくる。


孔明は老人に声をかけようと足を踏み出したが、趙雲がとどめた。

「どうした、だれか知り合いでもいるのか」

「ああ。新野で会った瓜売りの老人だよ。

わたしの叔父と旧知だったと言っていた」

趙雲は慣れたもので、いまにも老人に走り寄りそうな孔明に、首を横に振った。

「むかし話をしたいだろうが、いまはそれどころではない。残念だろうが、あとにしろ」


たしかに趙雲の言うとおりである。

孔明はしぶしぶ老人に背をむけ、伊籍らとともに襄陽城の中に入っていくこととなった。

ちらっと振り返ると、表情こそよくわからなかったが、老人がじいっと自分のほうを見ているのだけはわかった。

あの老人も、叔父上の話をしたかったのではないかと孔明は思ったが、いまは緊急事態である。

後ろ髪をひかれる思いで、城の内部に足を向けた。


つづく

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