花の章 その4 仲裁(?)完了
当初は怒りで真っ赤だった古参兵の顔色が、蒼くなってきた。
陳到の攻撃の速さに、あまりにもついていけないことがわかったからだ。
『遊びすぎたかな』
そう思いつつ、陳到は頃合いをみて一気に古参兵の右頬に、おのれの拳をがつんと入れた。
拳を受けた古参兵は、ふらふらとのけぞり、そのまま白目をむいて倒れてしまった。
古参兵がどたんと倒れたのと同時に、やかましかった兵舎の兵卒たちが、しんと鎮まりかえってしまった。
みな、陳到のあざやかな手並みを目の当たりにして、すっかり驚いてしまっている。
趙子龍にくっついて、適当なことばかりやっている男。
そう揶揄されていた陳到が、これほどに腕の立つ男だと、とくに新米たちは思っていなかったらしい。
古参兵たちの顔には称賛の表情が、新米たちの顔には恐懼の表情が、それぞれ浮かんでいた。
「まったく、世話をかけさせるでない」
ぶちぶち文句を言いつつ、陳到は自分を案内してきた部下に言った。
「罰として、十日間、両者に厠と豚小屋の掃除をさせろ。
それから、東の蔵の当番は、おまえがやれ」
とたん、ふだんは勇敢なその部下は、死の宣告を受けたかのような顔になった。
「ご冗談でしょう、叔至さま。
なぜ、この者たちに蔵の当番をさせないのですか」
情けない、と思いつつ、陳到は重ねて言う。
「なんだ、いやなのか。斐仁はあそこに毎日通って、備品の整理をしていたのだぞ」
「そのために、おかしくなったのでは」
つぶやいたのは、その部下ではなく、部屋の中にいた誰かであった。
誰がつぶやいたのかははっきりとわからなかったが、斐仁が趙雲らを裏切ったのは、東の蔵の幽霊の祟りではないかと、みなが思っているのが知れた。
「まったく、どいつもこいつも臆病者め。気持ちはわかるが、勇気を出せ!
よし、こうしよう。ひとりで仕事をせよとはいわぬ、三人で一組になって、一気に仕事を終わらせよ。
それならば、怖くなかろう」
「そ、それならばお引き受けいたします」
部下が返答すると、ほおっ、とその場の全員が安堵したのがわかった。
やれやれ、趙将軍は偉大だ。
この腰抜けの部下たちを精鋭に鍛え上げ、まとめようとなさっているのだから。
のびていた新米を、古参兵と果敢に戦っていた新米が助け起こしている。
叱責しようとして、おや、と思った。
そのふたり、顔がよく似ていたのである。
「おまえたち、兄弟なのか」
はい、と悔し涙を浮かべて、喧嘩を続けていたほうの新米が答えた。
のびていた新米は、頭を振り振り、起き上がる。
「名前は」
たずねると、のびていたほうから答えた。
「麋伯亮と申します。弟は、麋仲亮です」
麋、と聞いて陳到は思い出した。
趙雲が、だいぶ前に麋竺が養子にした子を預かっていたのだ。
どうして叔父の麋芳の部隊に入れないのかと趙雲がたずねると、麋竺は、
「ひいきをされてしまうだろうから、この子たちのためにならない」
と答えた。
思慮深い麋竺らしい答えである。
したがって、陳到も容赦はしない。
「脅かされたのは気の毒であったが、喧嘩は喧嘩だ。
よいか、豚小屋の掃除をしっかりするのだぞ。
あそこの掃除をやればやるほど、おまえたちのこころも磨かれるのだからな」
良いことを言った、と陳到は満足したが、麋竺の養子たちは、引きつった顔をするばかりであった。
つづく




