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花の章 その3 東の蔵と兵卒たち

また、東の蔵か、と陳到はうんざりした。

東の蔵は、斐仁(ひじん)が担当していた、軍の備品を保管している蔵である。

調練場の東側にぽつんとある、幽霊が出るとかいう噂の絶えない蔵で、日の差さない室内は薄暗く、ねずみすら見かけない。


孔明は非常に細かいところを見せて、官給品の管理は完璧しておくようにと厳命していた。

斐仁はそれによくこたえて、東の蔵につきっきりで、同じく細かく在庫管理をしていたものである。

陳到(ちんとう)としては、斐仁が文句ひとつ言わず、あの蔵に入りびたりだったことがふしぎでならない。


みんなが斐仁の代理を務めるのが嫌な気持ちはよくわかる。

薄暗い蔵の闇をじっとみつめていると、闇が()って形をつくり、じっとこちらを見つめているような気配をおぼえるのだ。

だれかがいる。

だれかに見つめられている。

それも、恨みのこもった目線で、見られている気がするのである。


いちど、陳到は斐仁の代理でひとり蔵の中に入ったことがある。

思わず、だれかいるのか、と呼び掛けたが、もちろんだれもいない。

だが、戦場に立った時のように、数千の敵を前にしたような、全身の毛穴が開くような感覚をおぼえ、おそろしくなって外へ飛び出した。

それを言えば、みなは莫迦(ばか)にするだろうと思って、誰にも言っていない。


東の蔵の当番は、これまで斐仁がやっていたので、当番の押し付けあいによる喧嘩などなかった。

ところが、その斐仁がいなくなったので、だれが当番をするかでもめるようになってしまったのだ。

新米(しんまい)を怖がらせるために、古参兵(こさんへい)がやたらと幽霊のことを吹聴したのもよくない。

余計に東の蔵の当番をする者がいなくなっていた。


部下によく聞いてみると、喧嘩は、東の蔵の当番を古参兵に押し付けられつづけていた新米が、とうとう我慢できずに古参兵に殴りかかったということであった。

困ったやつらだと思うのと同時に、それも当然かと、陳到は思う。

先輩の顔を立てなければと思う気持ちよりも、あの東の蔵に関しては恐怖が上回るのだ。

新米のこころがよくわかる。





部下に案内させながら兵舎に向かうと、新米と古参兵が、まだ殴り合いの喧嘩をしていた。

ほかの兵卒たちは無責任に、

「いいぞ、もっとやれ」

「ほら、たがいにがんばれ」

などとけしかけたり、励ましたりしている。


兵舎の一室はすっかりめちゃくちゃで、卓や敷物があっちこっちに跳ね飛ばされ、ひどいものでは壊れたりしていた。

「莫迦か、おまえたちはっ。趙将軍が留守のときこそ、品行を正せっ」

陳到が腹の底から声をあげ、叱る。

しかし、陳到の真の実力を知っている古参兵の一部だけが気まずそうに静かになっただけで、新米と、頭に血が上っている当事者の古参兵は、まだわあわあ騒ぎ、暴れつづけていた。


(ほこり)が立つ。

家具が壊れる。

掃除が面倒。

いいことはひとつもない。


頭にきた陳到は、つかみ合いの喧嘩をしている二人のあいだに割って入った。

まず新米の繰り出す拳をうまくいなす。

新米は、田舎拳法そのままの単調な攻撃を仕掛けてくる。


陳到は、その拳をひょいひょいと身軽に避けていき、時機をみはからって足をのばして新米の足を跳ね飛ばし、床に転ばせた。

新米のからだが一瞬、ふわっと浮いて転がったうえに、床に叩きのめされるしても音も、ほこりもほとんど立たなかったので、みなには、陳到が仙術でもつかったかのように見えただろう。

おおっ、と野次馬たちから歓声があがる。

「しばらくそこで寝ておれっ」

新米は、いったい自分がどうやって転がされたのかわからなかったらしく、信じられないというふうに目を見開いたまま、床にあおむけになった。


古参兵のほうは、まだ収まらないらしく、寝っ転がっている新米に向けて、椅子を叩き下ろそうとする。

血の気の多い奴だ。

陳到は、椅子持って振りかぶった古参兵の胸めがけて蹴りを入れた。

古参兵は、ぐぇっ、とカエルのような声をあげてそのまま後ろにつんのめった。


動きをとめた古参兵の隙をのがさず、陳到は一気に拳を古参兵の体に浴びせかけていった。

連打、連打、連打、のくりかえし。

古参兵は反撃するいとまも与えられず、防戦一方になる。


つづく

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