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雨の章 その18 訣別


どれくらい走っただろう。

馬の速度が徐々に落ちてきた。

(だい)の大人ふたりを乗せているのだから、つぶれてしまってもおかしくない。

追っ手もこない様子なので、趙雲は馬の足を止めさせた。

暗くてよくわからないのだが、ひっそり寝静まった民家のそばである。

井戸があったので、そこにもたれかけるようにして潘季鵬(はんきほう)を置く。

そうして、闇の彼方を振り返る。夏侯蘭は無事だろうか。

「……」

潘季鵬が、ちいさくうめき声をあげた。

趙雲は、駆け寄り、血と泥で汚れた顔を覗き込む。

「潘季鵬、おれがわかるか?」

「……」

唇が、言葉を作ろうとするのだが、声がでない。

趙雲は、井戸の水を()み、潘季鵬に含ませてやった。


過去のいざこざも、これほどまで無残な姿を見れば、どこかへ吹っ飛んでしまう。

着物はぼろぼろ、あちこちに鞭打たれた傷があり、それが癒えないまま(さら)されていたために、皮膚が変色している。

虫にたかられている箇所すらあり、水を飲ませながらも、趙雲はその姿に涙した。

公孫瓚(こうそんさん)の元へと導いてくれたときの、故郷の民謡を大声で唱和していた明るい男の面影がなくなっている。

この男は死ぬのだろうか、と趙雲は考え、悲しみのあまり、また涙した。

死んでほしくない。

たとえ(たもと)を別った相手とはいえ、道を示してくれた恩人であることに変わりはないのだから。


ちかくの民家の納屋があり、そこの扉が開いていたのを幸いに、趙雲はそこに潘季鵬を運び込み、出来うる限りの手当てをした。

夜が明けると、雨は止んだものの、易京(えききょう)の町はものものしく、城を襲った賊に心当たりがある者に対し、報奨金をあたえるとの触れが出回っていた。

逆にそのことから、夏侯蘭がうまく逃げおおせたらしいことがわかった。


趙雲は、兵士たちの目を盗むようにして外に出て、夏侯蘭との連絡を取ろうとしたが、叶わなかった。

代わりに、かつて潘季鵬に恩を受けたという男が見つかり、その男と協力して、潘季鵬を運び出した。

男は、懇意にしているという医者を呼び、潘季鵬の手当てをした。

趙雲もおなじく、看病をつづけた。

潘季鵬の顔色は徐々によくなっていく。

言葉は発せられないものの、数日後には、わずかに意志を示せるまでに回復した。

医者の見立てでは、左腕の(けん)と筋が切れており、もう使い物にならないだろうとのことだった。

身体中に残る傷の痕は残るだろうが、危険な状態からは脱け出せているから、これから悪化して、命を失うようなことにはならないはずだ、とも言った。


趙雲は、潘季鵬が歩けるようになったら、共に易京を出て、常山真定(じょうざんしんてい)に連れて行こうと考えた。

すくなくとも、いまだに袁紹(えんしょう)軍の兵士たちが警戒を解かない易京にいるよりはマシである。

潘季鵬のほうは、まだうめき声ていどしか声を出せないでいた。


さらに数日後、潘季鵬は上半身を起き上がらせることができるまでになった。

左腕は、医者の言うとおり、もう言うことをきかなかったが、利き腕である右手は無事で、軽いものなら、普通に掴めるまでに握力が回復した。


ふと見れば、潘季鵬の口が動く。

またなにかを訴えようとしている。

(かす)れた声が出る。

うめき声ではない。

はっきりとした言葉だ。

趙雲は(そば)に寄り、その言葉に耳をかたむけた。




翌朝、趙雲は、与えられる限りの路銀(ろぎん)を、自分と同じく潘季鵬の面倒をみてくれていた男に預け、単身、易京を後にした。

二度と振り返らなかった。

二度と戻ることもないだろうも思った。

空はふたたび曇天につつまれる。

はるか彼方の地平では、雷雲が大地に稲光(いなびかり)を落としているのが見えた。

怒りはない。

ただ、むなしい。


うせろ、うらぎりもの。


潘季鵬のかすれた声はそう告げて、趙雲を突き放した。

おのが夢に(そむ)いた子に対する、最後の言葉がそれであった。

以後、趙雲は潘季鵬の消息を知らない。


つづく

今回より、読みやすいように、一話分の文字数を減らしています。

その代わり、内容が濃くなるように努めてまいります(^^♪

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