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雨の章 その13 それぞれの行方



空き家を出てから、趙雲はひと晩中、夏侯蘭(かこうらん)の姿をもとめて夜の新野を歩きまわったが、ついぞその姿をみつけることはできなかった。

一夜が明け、屯所(とんしょ)で軽く朝食を兵士たちとともに摂りながら、熱くなっている頭を冷ましつつ、これから為さねばならないことを考えた。

 

夏侯蘭。

そして、斐仁(ひじん)

斐仁は、あの屋敷から逃げ出した。

ふつうに考えるなら、あの女の客が斐仁だったと思うのが自然だろう。

だとすると、娼妓(しょうぎ)と斐仁とのあいだでなにか(いさか)いになり、斐仁が女を殺してしまったのではないか。

しかし、夏侯蘭の話では『狗屠(くと)』という者が下手人で、そいつは許都(きょと)でも数人の娼妓や夜道を歩いていた女を殺しているという。

一方の斐仁は、趙雲の知る限り、ここ数年は新野を離れたことのない男だ。

一ヶ月と家を空けたことがないし、暇をやった覚えもない。


とすれば。


斐仁は、非番なので、娼妓を買い、空屋敷に連れだって入った。

ところが、そこへ『狗屠』が、いかなる理由か、襲ってきた。

斐仁は、からがら逃げ出すが、女は逃げられず、殺された。

そこへ『狗屠』を追って、許都からやってきた夏侯蘭があらわれる。

ついで、何者かの歌声につられた趙雲があらわれ、これと戦うことになった。


しかしなぜ、斐仁、そして娼妓が襲われなければならなかったのか。

『狗屠』の本命は娼妓殺しで、斐仁は巻き添えをくらっただけなのか?

そして、趙雲が聴いた歌を唄っていたのはだれだったのか?




趙雲は、このまま自室に戻っても眠れないことはわかっていたので、さっそく斐仁の屋敷に行くことにした。

また雨が降りそうだ。

いまにも泣き出しそうな、重苦しい雲が空を包んでいる。

雨を歓迎するような、蛙の声が、どこかの水場から聞こえてきた。

おぼえず、つい早足になりながら、趙雲は斐仁の屋敷に着いた。

しかし、趙雲を待ち受けていたように家令(かれい)がやってきて、あるじは、熱を出して寝込んでおり、とてもではないが、だれとも会えそうにない、と言う。

しばらくねばったが、家令の態度はかたくなで、とても斐仁に会えそうにない。

登城してきたところを捕まえるしかなさそうだ。


『おれが来ることを予想していたな』

趙雲は思った。

斐仁は(さと)い男だ。

空屋敷から逃げ出すおのれの姿を、趙雲に見られていたことに、気づいていたのだ。

そして、趙雲が屋敷に詮議に来ることも予想していた。

『しかし、付け焼刃だぞ』

家令がいつまでも門扉(もんぴ)から去らないでいる屋敷を振り返り、思った。

たとえ直接、手を下したのではないにしろ、女を見殺しにした、その事実はかわらない。

もし登城してきたら、さっそく斐仁を捕らえて、それなりの処罰を加えねば、と思った。


それにしても、斐仁の屋敷は立派である。

門構えといい、囲いの向こうに見える屋根の大きさといい、とても一介の部将のものとは思えない。

もともと斐仁は、劉備ではなく、劉表の配下であった。

劉備が新野(しんや)に入ったのとあわせて、劉表が劉備に『贈った』兵のひとりであったのだ。


かつての主である劉表の待遇は、それほどに良かったのだろうか。

なので、蓄えが、たくさんある?

そう考えて、斐仁とおなじ環境にあって、劉備のもとにやってきた兵士たちの屋敷を思い出し、否定してみせる。

斐仁だけが特別に金を持っている様子だ。

いまままで気に留めてこなかったことだが、これほど金を持っている男が、どうして自分のところに異動しようと思ったのだろうか。


斐仁は、江夏郡(こうかぐん)の出身で、劉表の配下であったときに、怪我をして、片足がうまく()かなくなった。

しかし、数字につよいところを買われて、官給品の支給に向いているから東の蔵の管理をしたいと志願してきた。

そして、官給品の管理も仕事にもっている、趙雲の部隊に異動となったのである。

副将の陳到(ちんとう)とならぶほどに特長のない男だが、そういえば、子沢山だと、いつだったか酔ったときに言っていた。

ともかくもの静かで、目立たぬ風貌の男である。

ひとたび親しくなれば、口を開くのであるが、時にびっくりするほど無表情になるため、何を考えているかわからないという向きもある。


ともかく、斐仁は屋敷に籠もっていることはわかった。

これは、あとで捕まえる。


さて、問題は夏侯蘭だ。

新野は、さほど広い都市ではない。

それに、七年もの歳月を新野にて過ごしてきたために、住人も趙雲となじみで、情報をあつめやすい。

どこに隠れているかは知らないが、仮にそれが旅籠(はたご)であれば、すぐに見つけられる。

妓楼(ぎろう)であっても同様だ。

とはいえ、あの風体では目立つし、あまり金がない様子であったから、もしかしたら、昨日のような空き家に潜んでいるのかもしれない。

ともかく、夏侯蘭をつかまえ、『狗屠』という正体不明の娼妓殺しの下手人の情報を引き出さねばなるまい。

第一、曹操の部下を新野で好き勝手にさせておくわけにはいかない。

たとえ動機が何であれだ。


つづく…

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