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雨の章 その6 呪詛

※


「子龍、おまえ、あやういぞ」

開口一番に、潘季鵬(はんきほう)は言った。

趙雲は、言葉の意味をつかみかね、戸惑った。

潘季鵬は、まわりくどい言い方をする男ではある。

だが、まず、ことばの意味がわからない。

あやういといわれなければならない部分は、自分のどこにもないように思われた。

公孫瓚のもとに集まった若者のなかでは、趙雲は抜きんでていた。

それは自他ともに認めるところだ。

怪訝そうにしていると、潘季鵬はつづけて言った。

「おまえは殺しが巧(うま)すぎる。殺しが巧いのと、立派な武人であることはちがうぞ」

「殺しがうまい?」

趙雲が鸚鵡(おうむ)返しにすると、潘季鵬は、大きくうなずいて、そのほそくするどい双眸で、射抜くように趙雲を見すえた。

「おまえは弓で人をあやめるときに、あきらかにたのしんでいる。敵に勝つことではなく、敵をほふる、その行為自体を楽しんでいるのだ」


そういわれて、背中がぞくりとした。

戦場では大義名分があるからこそ、人を殺すという行為を平気でこなすことができる。

敵を多く殺すことができ来るものは、すなわち正義を守る者なのだ。

乱れた天下を正し、平安をもたらす。

少年の趙雲はそのための尖兵(せんぺい)として戦っているつもりであったから、大義名分を忘れて、殺しを楽しんでいるのだ、と指摘されて、納得できなかった。


「そんなことはない。俺はいつだって、殺す数が少ないほうがよいと思っているし、こんな世の中は、早く終わればいいと思っている」

趙雲が抗弁すると、潘季鵬は、きびしい眼差しのまま、つよく否定してきた。

「おのれの本性をいつわるな。おまえは殺しが楽しいのだ。先の戦、俺も参加していたのだ。気づかなかったであろう? 戦場でのおまえは、まるで笑いながら、馬を駆っているようであったぞ。おまえは、自分のはなつ矢で、ひとが倒れるたびに笑っていた。まるで悪鬼のごとくにな」


戦場で戦うということは、物を右から左へとならべるような、整然とした作業ではない。

混乱と恐怖のなかでの命がけの仕事となる。

そんななかで、笑いながら人を殺していたとしたら、それは狂人だ。

たとえ命の恩人が相手だとしても、狂人だと指摘されては、趙雲は黙ってはいられなかった。


「それは嘘だ。俺は笑ってなどいない。おなじ場所にいたのなら、俺がどれだけ、敵をまえに」

と、ここで趙雲は周囲をみまわし、言いよどんだ。

そして、だれもいない、だれも聞いていないことをたしかめてから、潘季鵬に向きなおって、言った。

「俺が怯(おび)えていのが、見えていたはずだ」

しかし、潘季鵬は、きっぱりと冷たく、少年のことばをはねつけた。

「いいや。見えなかったな」

「それは、あの乱戦で、あんたが俺を見失っていたか、でなければ見間違えていたからじゃないのか。俺がどんなにこわくても戦うのは、負けたら死ぬからだ。俺だけじゃない。仲間も死ぬ。だから、敵を倒すのだ。俺は必死でやっている。笑ってもないし、楽しいからでもない」

「いいや、子龍。たしかにおまえは、始めは怯えていたかもしれぬ。しかし、おまえは弓矢を敵に向けつづけているうちに、恐怖を忘れ、高揚感を感じていたはずだ。

戦場でのおのれの為(な)したことを、すべて思い出すことができるか? おまえは夢中になって殺していた。じつに見事であった。だが、あれは武人の振る舞いではない。おまえは確かに笑っていたとも。

なにが楽しかった? 敵を殺(あや)めることか? それとも、おのれの才能に自惚(うぬぼ)れたか」


それは、たしかに一部は、真実をふくんだ言葉であった。

極限状態のなかにあれば、記憶は、一時的にでも、吹き飛ぶ。

高揚した戦場の最前線で、笑っていたこととて、あったかもしれない。


趙雲は、ふたたび、ぞっとした。

もし、その記憶が空白になっている、夢中になっていたそのときに、潘季鵬の指摘したような状況であったら、どうだろうと。

それでも、必死に、しかしちいさく、趙雲は抗弁した。

潘季鵬に逆らうことは、実の父親に逆らうことよりもきびしいことであった。

「ちがう。嘘だ」

言うと、潘季鵬は、虎のように吼えた。

「黙れ! この俺に逆らうのか!」

一喝され、白馬義従(はくばぎじゅう)の若き勇士は、子どものように身をすくませ、沈黙した。


潘季鵬もまた、優秀な武人である。

趙雲は、常山真定(じょうざんしんてい)でよい師匠を得られずに、独自に武芸の才を磨いていたが、それを洗練したものに変えてくれたのは、潘季鵬だった。

師に逆らうのかと問われて、そうだと肯定できるほど、趙雲の自我は、まだはっきりと固まっていなかった。

はげしく渦巻くような胸の不満を押し殺し、うなだれた。

「もうしわけございませぬ」

潘季鵬は、納得したらしく、ちいさく息をついて、言う。

「おまえをここに連れてきたのは、俺のまちがいであったかもしれん。早々に薊(けい)から離れ、常山真定へ戻るのだ。それがおまえのためだ」


趙雲は、混乱した。

自分がいままで必死で築いてきたものが、狂人の振る舞いと、なんら変わらぬと否定されてしまったのだ。

それも、心の支えのように思っていた、恩人の潘季鵬に否定されたのだから、たまらない。

それに、いまさら故郷に帰れというのか。

そのことも、趙雲の心を追いつめた。


つづく


ブックマークしてくださった方、ありがとうございました。

引き続きご来訪いただけるとさいわいです。

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