雨の章 その5 趙雲の過去
※
常山真定で義勇軍の募集がおこなわれたとき、趙雲は家を飛び出すようにしてこれに参加した。
当時の気風にのって、大恩のある漢王朝をおたすけするのだと義憤に燃えていた。
おなじく義勇軍に参加した少年たちのなかには、幼なじみもおおくいた。
だれもが熱い気持ちで燃えていた。
と同時に、小さな町から、大きな世界を見に行けるという期待もあったことは否めない。
だれもが、まだ町の外でくりひろげられる凄惨な現実を知らなかった。
常山真定のなかでも、趙家は名家のほうであった。
そのため、少年の多い義勇軍のなかでも、自然と趙雲はかしらのようになっていた。
義勇軍は、なんの疑いもなく、冀州の英雄で名家袁氏の軍門に連なった。
だれもが、栄えある袁一族のいちばんの英雄である袁紹に味方をするのはあたりまえだと信じ込んだ。
それどころか、劉氏に代わって袁紹が天下を取る可能性すらあると思い込んでいた。
また、そういう雰囲気が河北を中心にできていた。
情報の乏しいなかで、趙雲も雰囲気に押されるように袁紹のもとへ行ったのだ。
勢いのある名家のもとであれば、功名を立てられる機会も多かろうという、単純な理由もあった。
しかし、義勇兵への古参兵による態度は、あからさまに冷たく侮蔑に満ちたものだった。
食事がちがう、寝る場所もちがう、名前では呼ばれない、などというのは当たり前。
調練をするという名目での、しごきもあった。
いや、しごきというには苛烈すぎた。
あれは一種の私刑であったと、趙雲はいまも恨みに思っている。
なかには、あまりにむごく扱われすぎて、戦場に出る前から命を落とした者さえいたほどであった。
世間知らずの少年たちは、軍というものは、そういうものなのだろうかと疑問に思いつつも、ただ従うしかなかった。
袁家の軍があまりに巨大すぎるため、末端では、袁紹の直属の将兵の目がいきとどいていなかった。
そのために一部の思いちがいをした兵が、上級将校の目のとどかないことをよいことに、好き放題していたのだ。
その状況に巻き込まれてしまったのだと、田舎から出てきたばかりの少年たちにはわからなかったのである。
状況は好転しなかった。
戦場に赴くまえから、ろくに食事も与えられないことから、病に倒れ、つぎつぎと脱落していく同年代の少年たちを目の当たりにした。
たしかに、このままでは死ぬかもしれないと、趙雲は危機感をおぼえはじめていた。
自分の身体を見ればわかる。
鍛えられているどころか、痩せ細っているではないか。
このまま戦場に出たら、なにもできないまま、敵に殺されてしまうにちがいない。
そんなとき、潘季鵬と出会った。
潘季鵬は、公孫瓚の意をうけて、中原に埋もれた人材をさがす旅をくりかえしている男だと名乗った。
痩せぎすで、しっかり鍛えられた体つきをしており、ていねいに手入れのされた泥鰌髯をたくわえている。
潘季鵬は、うまく少年たちをまとめている趙雲に可能性を見出し、自分とともに、北で名を馳せている公孫瓚のもとで働かないかと誘ってきた。
趙雲は考えた。
このまま、袁紹のもとに留まっていても、意味のない暴力に日々耐えるばかりで、芽が出ることはない。
公孫瓚は袁家ほどの名族ではない。
しかし、それでも自分たちを買ってくれるのであれば、そちらへ行ったほうが、いまよりマシではないのか。
結論した趙雲は、仲間たちと相談し、賛同してくれた者たちとともに、公孫瓚のもとへと向かうことにした。
あとは順調であったと思う。
趙雲は、その容姿のよさを公孫瓚によろこばれ、弱冠十五で、公孫瓚の虎の子部隊である白馬義従の一員に抜擢された。
白馬義従とは、公孫瓚の自慢の部隊であり、はえぬきの精鋭ばかりをあつめた突撃騎兵隊である。
部隊の者は、全員が純白の衣裳をまとい、白い駿馬にまたがり、敵を襲う。
敵とは、もっぱら北の夷たちである。
血風の吹きすさぶ戦場を駆けぬけ、蛮族をしりぞける白い集団は、たちまち天下の噂となり、だれの口からも、公孫瓚といえば、白馬義従という名がすんなりと出てくるほど、有名になった。
この白馬義従のなかで、趙雲が得意とする攻撃が、弓での攻撃であった。
趙雲は、むかしは、弓は嫌いではなかったのだ。
むしろ、得意であったと言っていい。
狙いを定めて、弓を引き、射る。
風を振るわせる、大きな蜂の羽音のような音がして、敵は倒れる。
ひとり、またひとりと、おもしろいほどに、ばたばたと人が倒れていく。
とくに、馬上から放たれる趙雲の矢は、百発百中というので、異民族はとくに趙雲をおそれるようになった。
やがて、趙雲が姿を見せただけで、かれらは背中をむけて逃げ出すようになった。
趙雲は、その背中にも、容赦をしなかった。
弓をつがえ、ぴんとはった弦に矢をつがえる。
狙いをさだめて、射る。
趙雲が出る戦は、負けることがない、というので、仲間たちの評価も上がっていった。
上からは評価され、下からは慕われる。
順風満帆であった。
なにも問題はなかった。
戦場はいい。
自分の実力が、目に見えるかたちではっきりとする。
戦場は、趙雲にとっては、居心地のよい場所であった。
袁紹の軍で味わった屈辱の日々も、自分の手で築いた栄光に打ち消され、昔の悪夢のひとつにすぎなくなった。
恐れるものはなにもない。
そんなとき、趙雲の耳に、公孫瓚の命令で情報収集のため放浪しちえた潘季鵬が、戻ってきたというしらせが入った。
趙雲にとっては、潘季鵬は、命の恩人だ。
もしも潘季鵬に拾われていなかったら、趙雲はだれにも名前を知られることなく、干からびるようにして死んでいたかもしれない。
かれが姿をあらわしたとき、まるで幼子が父に駆け寄るように、慕わしさを満面にうかべて、趙雲は潘季鵬に駆け寄った。
潘季鵬は、いまの自分をどう見てくれるだろうか。
武将として、認められるようになった、自分の姿をみてほしい。
故郷の常山真定では、老齢の父は、趙雲に愛情をしめすことがなかった。
すでに老耄の症状がつよく出ており、末っ子であった趙雲が、自分の子であることすら知覚できないほどになっていた。
それだけに、趙雲にとっては、命の恩人であり、道を示してくれた潘季鵬は、父親にもひとしい存在だったのである。
白馬義従として、みじかいあいだに名声をえていた趙雲は、少年らしく、自分を誇りに思っていた。
潘季鵬も、これを喜んでくれるにちがいない。
そう思った趙雲であるが、ひさしぶりに対面した潘季鵬の顔は、固かった。
つづく




