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雨の章 その1 敗残の国

建安(けんあん)四年。


ぬかるみの道のうえを、趙雲は歩いている。

かつては、袁紹(えんしょう)に早々に見切りをつけ、同郷の若者たちを率い、公孫瓚(こうそんさん)もとへ向かったときに使った道であった。

公孫瓚のもとへ向かうあの行軍は、なんと希望に満ちていたことだろう。

いま、雨にぬれた道の上には、無数の軍馬と兵士の足跡がのこされている。

目的地に近づけば近づくほど、死の匂いは濃厚となり、泥臭さにまじって、耐え難い臭気が漂ってきた。


敗残の国。

それがいまの幽州(ゆうしゅう)である。


兄の死をきっかけに、みずから官を退(しりぞ)き、立ち去った土地とはいえ、たしかにここで、数年を過ごした、思い出の土地でもあった。

それがいまは無残に踏みつけられ、蹴散らされ、かつての姿の面影すら残されていない。

通りには家を焼け出された民の疲れた顔、顔、顔。

雨の中、だれもが途方に暮れていた。


公孫瓚を見捨てたくて見捨てたわけではない。

しかし、それでもおのれを責める痛みと、領民を滅亡の苦難に立ち会わせた、かつてのわが君への怒りとが()()ぜになって、咽喉の奥がひりついてくる。

戦に負け、滅ぼされた国というのは、これほどに無残なものなのか。


公孫瓚は、袁紹を防ぐために、膨大な兵力と人力を使って、巨大な要塞を築き上げ、そこに、幽州じゅうの民から搾り取った兵糧をたくわえた。

大軍を有する袁紹軍に対し、持久戦に持ち込む作戦であったのだ。

籠城し、機を待つ。

大軍の袁紹に対し、隙をうかがって、機会に乗じ、奇襲をかけて、一気に打ち破る作戦であった。


公孫瓚は、おのれの軍に絶対的な自信があったのだろう。

少数精鋭の騎馬軍団を有し、その強さは天下に知られていた。

趙雲も、その一角である白馬義従(はくばぎじゅう)のひとりとして、大いに功をあげたものである。


しかし、籠城は、どう考えても受身にすぎる作戦であったと思う。

加えて、公孫瓚は、おのが軍は、中原(ちゅうげん)でもっとも機動力があると、うぬぼれていたようだ。


いままで公孫瓚が戦ってきた相手というのは、もともとが烏合の衆である黄巾賊、あるいは、戦略を持たずに攻撃を仕掛けてくる異民族が主であった。

洗練された戦術と、指揮系統を持つ、漢の正規軍の後継者たちとは、あまりぶつかったことがなかった。

趙雲は、公孫瓚の下で、白馬ばかりをあつめた、白馬義従と呼ばれる軍団の一員として、おおいに勇名を馳せていた。

その煌びやかな過去も、これまで戦ってきた相手が相手であっただけに、たやすく築かれたものではないかと、自嘲気味に思う。


黄巾賊や異民族などとは比べ物にならないほど、袁紹軍は強かった。

情報を収拾し、戦術を駆使し、見事なまでに兵を動かした。

緒戦で袁紹と実際に矛を交えた趙雲は、いままでとは勝手の違うことに怖じた。

同時に、それでも戦略を変えない公孫瓚のやりように、疑問を感じるようになっていた。


たしかに大軍相手に引けを取らない公孫瓚の軍も、りっぱであった。

しかし、たとえ小競り合いに勝利しても、それは全体の勝利にはつながらない。

すべてにおいて圧倒的な物量をほこる袁紹側からすれば、小さな負け戦など、かすり傷程度のものでしかないのだ。

勝利しても得るものが少なく、将来の展望がまるで見えてこない。

しかも公孫瓚は、異民族に対し、あまりに苛烈にしすぎたために、南に袁紹、北に異民族、と挟まれてしまった。


趙雲は、何度となく、公孫瓚へ、意見した。

異民族への対策をあらため、和睦すべきである。

情報収集に力を入れるべきである。

軍師を採用し、戦略を用いるべきである。

だがどれも、若すぎるうえに、実績もすくない者からの意見、というので、ほとんど無視された。


公孫瓚、という男は、非常にきらびやかな風貌をもつ、いかにも飾り立てて将兵の前に立たせたくなるような、派手な容姿を持つ男であった。

もともとは寒門(かんもん)の官吏であったのが、その容姿によって、太守(たいしゅ)に気に入られ、娘婿となり、その後、どんどん力をつけて、群雄の一人にまで成り上がったのだ。

そのために、人を判断するときに、おのれがそうであったように、観相(かんそう)を用いて、容姿の良し悪しに重点を置いて登用する傾向があった。


趙雲などは良い目に遭ったほうである。

まだ少年であるのに、際立って容姿がよいことから、見事な白馬を与えられ、()え抜きの部下も与えられ、さまざまな場面で引き立てられ、公孫瓚の名を天下に轟かせるのに一役買った。

異民族たちは、趙雲の操る白馬軍団の、見た目の神秘的な美しさと、発揮される力の凄まじさに怖じて、その姿が見えただけで逃げていくこともあった。


だが、あまりに最初が良すぎたのである。

世間知らずな少年であった頃の趙雲は、素直に公孫瓚を尊敬し、その命令に従っていた。

ところが、成長してくるにつれ、主従の間に、不協和音が響くようになっていく。

公孫瓚は、だれであれ、人に意見されることを嫌がった。

一方の趙雲は、意見すべきときに意見しないのは、臆病のあかしと頑なに思っていた。

それでうまく行くはずがない。

趙雲は、次第に、おのれの身の危険を感じるまでになり、兄の死を理由に、腹心の部下を連れて、幽州を去った。



公孫瓚が、とうとう袁紹に滅ぼされた、と聞いたとき、やはりな、と趙雲は思った。

怒りはなかった。

ただ、巻き込まれた民や、公孫瓚の元で、最後まで忠義を貫いて果てた将兵たちが哀れであった。

気づくと、趙雲の足は北へ、と向いていた。

幽州へ。


つづく

雨の章、はじまりです。

長いプロローグだった夢の章から、どんどん物語は広がっていきます。

どうぞおたのしみに!


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