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夢の章 その7 徐庶からの手紙


記憶のかなたに埋もれそうなかすかな夢の記憶。

叔父の諸葛玄(しょかつげん)の死の直前の夢。

それに合わせるようにして、諸葛玄を知る者と遭遇した。

なにかの縁だったのかもしれない。

もっと強引にでも誘えばよかったかなと、城の私室に戻った孔明は考えた。

だが、あの老人を無理に城に連れてきても、歓談できたとは限らない。

『おかしなことを言っていたな。いまは話せない、と。

では、いつか話してくれるのだろうか』


その「いつか」を待つしかないか。

同じ町にいるのだから、また顔を合わせる機会があるだろうと考え、孔明は目の前の手紙を書くことに集中することにした。


文机のうえには、まっさらな紙がある。

そこに、孔明は許都(きょと)にいる徐庶(じょしょ)にあてて手紙を書こうとしていた。

崔州平(さいしゅうへい)のことを伝えるためだ。


すでに日は暮れて、燭台(しょくだい)のちらちらと揺れる明かりが部屋を照らす。

夕餉(ゆうげ)の膳の片づけをしている奴婢(ぬひ)仕女(しじょ)たちの気配が、外でしている。

行ったり来たり忙しいかれらの影が、部屋の障子に映っていた。


あの大金持ちの崔州平が、いまは借金で首が回らなくなっているなどと書いたら、徐兄(じょけい)はどんな顔をするだろうかと孔明は想像する。

心配させるのも悪いが、かといって、知らせないのはもっと悪い。

徐庶は私塾に通っていた時代には、崔州平の屋敷のとなりに住んでいたほどで、ふたりはとても仲が良かった。

孔明は、塾が終わると、酒店には入らず、まっすぐに徐庶の家に行って遊んだものである。

天下のこと、世間のこと、それから、ほんのすこし女人のこと。

さまざまなことを論じては、合点したり、反対したり、互いの差におどろいたり。

あれほど楽しく無邪気な時代は、もう二度と戻ってこないかもしれない。


感傷的になりすぎる自分をたしなめつつ、孔明は最初の一行を書こうとした。

そのとき。

劉備からの呼び出しがかかった。

至急の件であるという。

すぐに行くと返答し、孔明は、劉備の元へと向った。


すっかり陽は落ち、夜空には満点の星が輝いている。

燭台を手にした案内係を先頭に、孔明は夜気を切るようにして進んだ。

劉備が至急の件を伝えてくるなど、めずらしいことであった。


部屋に行くと、扉を開く前から、緊迫した空気が流れているのが知れた。

「何かありましたか」

うむ、と頷いた劉備の目は赤く、孔明はとっさに、具合が悪いといっていた麋竺(びじく)の身に何事かあったのではないかと想像した。

蝋燭の灯された部屋には、劉備と、関羽、そして、旅装の、中肉中背で、目が大きく鼻の丸い青年がいた。

見たことのない男である。

細作(さいさく)でもないようだ。

薄汚れた旅装をしている。

三人の面差しは、一様に深刻で、暗いものであった。


「どうなさったのです」

孔明が(うなが)すと、劉備は、文机の書簡を、孔明に差し出した。

読め、というのだろう。

そうして、同情を(たた)えた眼差しで、劉備は孔明を見る。

なぜそんな目で見るのだろう。

孔明が書簡を受け取ると、劉備は言った。

「徐庶からだ」

孔明は、息を呑んだ。

すると、三人目の旅装の青年が、こくりと頷いた。

徐元直(じょげんちょく)(徐庶)さまに託されたものでございます。

主公と、貴方様へ、と」

書簡を開く前から、孔明は、まるでおのれの心の臓をぎゅっと掴まれたような、つよい痛みをおぼえた。

書簡にところどころついている、この黒い染み。

これは、血ではないのか。

震えるおのれの手を叱りつけ、慎重に、孔明は書簡を開いた。


母は死んだ。

手紙は、いきなり、そう告げた。

怒りと悲しみの解けないうちに書いたのだろう。

文字は震えており、徐庶の受けた苦しみが、(じか)に伝わってくるようである。

孔明は、まるでそこに徐庶の手の温かさが残っているかのように、指先でその字をなぞった。

ところどころぶれて、時には、はげしく乱れ、そして気を取り直し、また、乱れる。

その繰り返しの文字。


徐庶は、過去に剣客だったときに、仲間の仇討ちで人をあやめていた。

そのときにお尋ね者となり、故郷に帰れなくなってしまった。

父は幼少時に亡くなっており、母子二人で生きてきた。

そのために、徐庶の、母への想いは特別なものがあったのだ。

いつかりっぱな主公にお仕えしたあかつきには、母上をわが元へお呼びするのだ、というのが徐庶の口癖であった。


それまでも徐庶は、何度も母を、自分のいる荊州に呼び寄せようとしていた。

だが、母は父の墓を守らねばならない、という理由から、ずっと断っていたらしい。

その事情を知っていた孔明は、徐庶が劉備のもとを去る、と聞いたときも、母親を人質に取られたのでは仕方がないと、素直に納得したほどだ。

孔明とて、もし叔父が存命で、おなじく徐庶のような立場となり、曹操(そうそう)に叔父を人質にとられたら、やむなく曹操に降る決断をしただろう。


つづられた内容は悲愴なものであった。

曹操は、徐庶に対し、新野城(しんやじょう)の情報を教えるように迫ったが、かれは頑として口を開かなかった。

そのために、報復として、母親を殺されてしまったのだ。

それは冷酷な処置であった。

見せしめのためである。

今後、自分が侵攻することで発生するであろう、荊州を()べる劉表(りゅうひょう)および家臣たちへの見せしめのため。

そして、情報をもたらさない人材など、容赦なく切り捨てるぞという脅しでもあった。

さらに陰惨なことには、表向きは自殺と見せかけての殺害であった。

徐庶は表立って、抗議をすることもできない。

酷い話であった。


「曹操も、非道なことをする」

劉備がつぶやいた。それを受けて、関羽が言う。

「苛烈なお方だ。完全におのれに従う者でなければ、容赦をしない。屈せぬ者は、切り捨てる」

切り捨てる? 徐庶を? 

自分をここまで成長させてくれた、恩人とも兄とも呼べるあの男を、曹操は、わが元から奪っておきながら、今度は、まるで意味のないもののように、切り捨てる、というのか。

そんな莫迦(ばか)な仕打ちがあるものか。


徐庶を呼び戻しましょう、と孔明は口にしようとしたが、声が出なかった。

無理に声にしようとすると、滂沱(ぼうだ)と涙があふれて、止まらなくなった。

悲鳴のような声が聞こえた。

それはおのれの嗚咽であった。

たまらず、顔を伏せると、劉備が立ち上がり、肩に手をかけて、(いた)わるように、軽く揺すった。


書簡は最後にこう結んでいたのだ。

おれはもう二度と荊州にはもどらぬ。

曹公に逆らったこのおれが、あとどれだけ生きられるかはわからぬが、母がそうしたように、おれも父と母の墓を守るためだけに、残りの日々を過ごしていく。

おまえに会うことは、もうないだろう。

だが、もしおまえが、いつかおれに語ってくれたように、亡き叔父君の志を受け継ぎ、そしておれの志も継いでくれるなら、きっとおまえが、この国のあたらしい主公の軍師として、おれのいる中原(ちゅうげん)にまで、やってきてくれることを夢見ている。

おまえの語る天下は、だれの語る天下よりも美しく、力強いものであった。

おれはおまえが与えてくれた夢を見て、眠り続けていることにしよう。

かならず起こしに来い。

それまで、さらば、と。


つづく

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