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夢の章 その6 関羽と行商の老人


関羽が、市場に寄っていかないかと誘ってきたので、孔明は従うことにした。

崔州平とわかれた酒店からほど近いところにある東市には、たくさんの露店が出ていた。

往来もひっきりなしにあって、店をひやかすもの、取引をする者、ゆっくり吟味している者など、さまざまである。

しかしかれらも、孔明の背後にひかえる関羽を見ると、驚いたように顔をあげて、まじまじと見るのであった。

関羽のほうは、遠慮ない人々の視線に慣れているようで、山のように堂々としている。

たいしたものだなと孔明が感心していると、ふと、妙な気配を感じた。

だれかが、じっとこちらを見ている。

当初は、関羽を見ているのだろうと思った。

ところが、視線の主を探して目を向けると、青物や果物を売る一角で、(うり)売りの老人が、わざわざ身を乗り出して、真剣な顔でこちらを見ているのだった。


はて、知り合いだったかな、と思い出しながら、老人に会釈をすると、老人もまた、ぎこちなく会釈をかえしてきた。

ヤギのように真っ白いひげをした、品のよさそうな老人である。

孔明が挨拶したのが目に入ったらしく、関羽が言った。

「軍師、みなに差し入れを買っていかぬか」

「そうですね、悪くない」

答えつつ、老人をどこで見たのだろうかと思い出そうとする。

しかし、どれだけ頭を探っても、記憶を引き出せなかった。


そんな孔明をよそに、関羽はのっそりと老人に近づいていく。

「じいさん、この水瓜はうまいか」

関羽に呼びかけられて、老人は夢から覚めたような表情になった。

「ええ、もちろん。丹精込めて作った瓜でございます。まずいわけがない」

言いつつ、じいさんは水瓜をひとつ包丁で割って、切り分けたものを関羽と孔明に差し出した。

食べてみると、なるほど果汁があふれてうまい。

関羽も同じく水瓜を受け取って、うまそうにほおばっている。

「たしかにおいしい。おじいさん、この瓜をすべて城へ運んでくれないかい」

孔明の申し出に、瓜売りのじいさんは目を白黒させている。

「全部でございますか」

「うむ、みなに食べてもらいたいからな。代金はすぐ払うよ。どうだい」

「ありがたいお申し出です。すぐにここをたたんで、城へ行かせていただきます」

じいさんは降ってわいた話に喜んで、瓜を台車に乗せはじめる。


こうして話していても、やはり、思い出せない。

お互いに人違いをしたのかなと孔明が思っていると、瓜を食べながら、関羽が妙なことをじいさんに言った。

「失礼だが、ご老体、武術をたしなんでおられるのか」

じいさんは、照れたように笑った。

「武術というほどではありませぬが、すこしだけ。

なにせ、物騒な世の中ですから、こういう商売をやっていましても、たまに危険に遭いますので」

「関将軍、どうしてわかったのです」

孔明がたずねると、関羽は即答した。

「なに、武器を持つ者特有のタコが手にあったからな」

「さすがの観察力ですね」

感心して言うと、関羽は、なんてことはない、と答えたが、ぶっきらぼうな口調とはうらはらに、口元は、またゆるんでいた。


「ところで、軍師さまは徐州(じょしゅう)の出身ではありませぬか」

老人のことばに、孔明はおどろいて、目を見開いた。

「どうしてわかったのかな。訛りでもあったかい」

「いいえ、以前に知り合いだった徐州の男と、軍師さまが似ていらしたので、思い付きを言ってみたのです。

当たっておりましたか」

「わたしは瑯琊(ろうや)の出なのだよ。そのひとは、どこの人だったのだい」

「同じです。諸葛玄(しょかつげん)という男でしたが、ご存じですか」

孔明はそれこそ、手にしていた水瓜の残骸を落としそうになるほど、おどろいた。

「知っているもなにも、諸葛玄は、わたしの叔父だ」

「おお」

老人もまた、おどろいて、あらためて孔明の顔をまじまじと見た。

そこに、旧知の面影を探そうとしているかのように。

「諸葛という姓はめずらしいので、まさかと思っておりましたが、あの諸葛玄の甥御でしたか。

それはおどろいた。いやはや、いやはや」

「ご老人、叔父とはどういう知り合いだったのです」

「十年以上も前になりますが、ともに劉州牧(りゅうしゅうぼく)のもとで働いたことがあるのです。

真面目で陽気で、優しい男でした」

「ええ、そうです。叔父はそういう人でした。

ご老人、こうしてお会いできたのもなにかの縁。

どうかこれから一緒に城に来て、叔父の話をしてくださいませんか。

叔父を知る人はいまは少なくなってしまったので、思い出話をできる相手も限られていたのです。

あなたがいろいろ教えてくださるとうれしい」

孔明は丁寧に頼み込んだが、しかし、老人は悲しげに首を横に振った。

「この汚れた年寄りが城になど」

「ご遠慮なさるな、ぜひお話を聞かせてください」

「いえ。申し訳ありませぬが、諸葛玄については、いまはお話しすることはできませぬ」


おかしな言い回しをするなと不思議に思いつつ、孔明は老人になおも城へ来てくれるよう誘ったが、老人は頑として、うんといってくれなかった。

背後の関羽がじりじりしはじめたのが気配でわかったので、孔明もあきらめて、城へ戻ることにした。


つづく

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