夢の章 その4 崔州平からの呼び出し
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やがて、昼餉をみなでなごやかにとったあと、午後の仕事に入った。
そこへ、補佐の者が書簡の束を持ってくる。
「お手紙が届いております」
陳情の手紙が何本か。
それと……
手紙の束をたぐっていって、孔明は、はっとして手をとめた。
束に交じって、なつかしい友の筆跡でつづられた手紙が二本あったのだ。
もしかしてと、孔明は急いで手紙を読み進めた。
一本目は、親友の馬良からのものであった。
馬良。あざなを季常。
司馬徽の塾で同窓だった人物だ。
きわめて優秀で、めずらしいことに、眉の毛が白いことから、「白眉」のあだ名で世間から呼ばれていた。
馬家には五人の兄弟がいるが、そのなかでも、世間は「白眉もっともよし」と評している。
馬良が、五人の中で、人格、風格、才覚、ともに抜きんでている、というわけだ。
孔明は、以前から、親友に、ともに劉備のもとで働かないかと呼び掛けていた。
その返事がいまきたのだ。
色よい返事を期待していた。
しかし。
「あまりよい内容ではなかったようだな」
劉備が心配して声をかけてくるほどに、孔明は落胆していた。
手紙の内容は、孔明が新野でうまくやっているか心配しているという内容で、そこまではよかった。
だが、つづく内容がよくない。
馬良曰く。
自分も新野に行って手伝いをしたかったのだが、親族に不幸があったので、服喪しなければならない。
残念だが、しばらく仕官はできそうにない、とのこと。
じつは、馬良を当てにしていた孔明だけに、かれの一族に不幸があったことに関しては、残念としかいいようがなかった。
そのことを劉備たちに説明すると、かれらも、がっかりしてため息をついた。
孔明は気を取り直し、もうひとつの手紙に手を伸ばした。
「まだもう一本あります。こちらはよい手紙かもしれませぬ」
「だれからだい」
「崔州平からです。ご存じですか」
劉備はすぐに思い当たったらしく、両方の眉をあげておどろいた。
「おお、おまえと徐庶の親友だという、富豪の子息か。
たしか、父君はわしとおなじ琢県の出自であったな」
「そのとおりです」
孔明は応じつつも、州平の名を出すと、やはりいまでも、みなは金と結び付けて思い出すのだなと、友の気持ちになって悔しく思った。
崔家は大富豪で、後漢王朝の今上帝の父・霊帝が官位を売りに出したさい、大金をはたいて大臣の位を買った。
崔州平の父は戦乱で命を落としたのだが、そのことも同情されず、世間はかれら一族を「銅臭」がする、といって忌み嫌った。
だが、孔明と徐庶は世間の評判とかかわりなく、崔州平を認め、付き合った。
付き合ってみると、崔州平はふだんはとぼけた顔をして人を茶化すようなことばかり言っているが、実際は真面目で責任感のつよい人物で、おなじく真面目な孔明や徐庶とウマが合った。
孔明は、徐庶が曹操のもとに去ってしまったあと、崔州平に、新野へ来ないかと誘っていたのだ。
その返事が手紙に書かれている。
はやる気持ちをおさえつつ読むと、そこには、短く、
『大事な話があるから、新野の酒店で会おう』
とあった。
落ち合う日付は、ちょうど今日であった。
「関羽を連れて行くといい」
劉備のことばにおどろいて、孔明は言った。
「関将軍がわたしの随行など、もったいない。
それに、指定された酒店は、城とは目と鼻の先です。
問題なく、ひとりで行って帰ってこられます」
「しかし、このところ曹操の細作や刺客の動きが活発だからな。
おまえもこのあいだ、襲われかけただろう」
「すぐ捕まりましたし、問題はありません」
「それだって、子龍がそばに控えていたからだろうが。
ちょっとの油断が隙を招く。悪いことは言わない、関羽を連れていくといい」
しかし、と尚も言いつのろうとする孔明に、いいから、いいから、といなす劉備。
どうやら、孔明が遠慮をしているのだと勘違いしているらしい。
孔明としては、ひさびさに親友に会うのだから、ふたりきりで語り合いたいと思っていたのだが。
「おおい、雲長」
と劉備が声を張り上げると、近くで控えていたらしい関羽が、のっそり姿をあらわした。
孔明を軽く超える高身長の武人は、現れただけで周囲を圧倒した。
「お呼びでしょうか、兄者」
劉備は関羽に、かくかくしかじかなので、孔明といっしょに城下の酒店へ行ってきてほしいと説明した。
孔明は、誇り高い関羽が、孔明の主騎のまねごとをするのは嫌だというかなと予想していた。
だが、意外にも関羽は素直に、
「わかり申した」
と応じてくれる。
そこでさっそく、ふたりで城下へ行くこととなった。
※
関羽は目立つ。
城の正門から孔明と関羽が出てくると、町の人々の視線はいっせいに関羽のほうに向いた。
通りで遊んでいた子供たちは、関羽を見ると喜んで奇声をあげて、酒店への道中、ずっとあとからついてきた。
「関将軍、関将軍、どちらへ行かれるのですか」
そんな声をあげながら、きゃっきゃ、きゃっきゃとはしゃんいで、じゃれついてさえくる。
関羽も子供たちになつかれているのがまんざらではないようで、
「遊びに行くのではないのだぞ」
と言いつつも、ひげで囲まれた口元はゆるんでいる。
じつは、新野に来て以来、孔明ははじめて関羽とふたりきりになった。
なにを話してよいのかわからず、じつに気まずい。
どうやらようやく自分を認めてくれたようだ、ということはわかっているのだが、それにしても、この武人の鑑のような人物と、どんな話をすればよいのやら。
まったくの二人きりであったなら、孔明も自分の態度を決めかねて、困っていたかもしれない。
だが、関羽のあとから洟をたらして追いかけてくる子供たちのおかげで、場が殺伐としたものになるのは避けられた。
子供たちは、
「劉豫洲の義弟の雲長さまだ」
「赤兎馬の関将軍」
などと片言で叫んだり歓声をあげたりしながら、酒店までついてきてしまった。
関羽はかれらに愛想よく駄賃をあげて、追っ払う。
思いもかけない駄賃を得て、歓声をあげて去っていく子供たちを見る関羽の目は、びっくりするほどやさしかった。
つづく
1部・臥竜的陣からサブタイトルをつけることにしています。
しかし、内容を的確に示すタイトルをつけるのが、意外にむずかしいですねー。
悩んでいます。
そして、「夢の章」自体がプロローグです。
まだちょっとつづきますので、お付き合いいただければ幸いです。




