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序章 黒鴉の爪痕 その17 黒鴉のもたらす混乱

「黒鴉」

思わずつぶやいた孔明に、駆け付けてきた者たちが、つぎつぎと問いかけてきた。

「軍師、子龍、それはなんだ、なぜ孫直(そんちょく)(ふところ)からそんなものが?」

「『黒鴉』と言ったな、どういうことだ」

気づけば、混乱のために泣き伏していた孫乾(そんけん)も、涙と鼻水を流した状態で、孔明の言葉を待っている。

孔明は趙雲を見、つづいて人の輪の中心にいる劉備を見た。

かれらはそれぞれ頷いて、孔明に語るよう、うながした。

「『黒鴉』とは、曹操の放った細作です。

徐元直(じょげんちょく)(徐庶)もそいつのせいで新野を出ざるをえなくなった。

孫直どのも、おなじくなんらかの理由で、『黒鴉』の標的にされ、毒殺されたのでしょう」

「毒とな! なぜ!」

いっせいに、皆の目線が孫直が残した膳に注がれる。

膳には、こぼれかけた(あつもの)、菜っ葉の煮物、鶏の丸焼きが入っていた皿が残されていて、ちょうど孫直のからだのそばに、かじりかけの鶏の丸焼きが落ちていた。


「なんの毒かはわかりませぬが、おそらく鶏の肉に入っていたのでしょう」

「孫直に配膳した者はだれだ?」

しばらく、侍女たちと料理人を含め、その場の皆が、互いの顔を見合わせていたが、やがて白妙(はくみょう)を介抱していた周慶(しゅうけい)が、こわばった顔で申し出た。

「わたくしでございます」

「なんと!」

「でも、わたくしは毒など入れておりませぬ!」

周慶の悲鳴に似た声に、ざわめき、疑いの目を周慶に集める者も多い。

周慶は、弁解するように言った。

「ちがいます、ほんとうです! 厨房で、白妙が孫直どのと話をしているのを見ました」

「話を?」

不思議がる孔明に、周慶は軽くうなずきつつ、答える。

「孫直どのは、ちょくちょく厨房に顔をだすのです。

つまみ食いをするためなのですけれど、今日も厨房に来て、白妙に『美味しそうな鶏肉だね。でも一番いいところは、わが君か軍師どのに持って行ってしまうのだろうな』と言っていました」

「それで?」

続きをうながすと、周慶は、ごくりと唾を呑み込んだ。

「白妙は、それを聞くと、孫直どのが行ってしまったあとに、軍師の皿と孫直どのの皿を入れ替えたのです」

おお、と家臣たちのあいだから声があがった。

なるほど、本来は孔明を狙ったものだったのだが、白妙が皿を入れ替えてしまったために、孫直が毒を食らう羽目になったようである。


早とちりした者たちが、

「では、曹操の細作とは、白妙のことか?」

「可愛い顔をして、とんだ食わせ物だったということか」

と、口々に言いだした。

それを耳にした周慶が、慌てて青い顔で言う。

「お待ちください、白妙が細作(さいさく)だなんて、この子はそんな大それた子ではありませぬ!」

「いや、ドジな娘を演じていただけのことかもしれぬ」

誰かが言うのに対し、また別の者が、

「残された肉に本当に毒が入っていたか、さっきの黄色い犬に食わせればはっきりするぞ」

と言った。


それを聞いて、それまで孫直の吐き出した血の匂いへの嘔吐感をこらえていた孔明は、声を上げた。

「それには及びませぬ。よくご覧ください、みなさまが席を立ったことで、料理に蠅が集まっております。

ですが、孫直どのの膳には、まったく蠅が止まっていない。毒の入っている証拠です」

その言葉に、みなが、ううむ、とうめく。

「ともかく、白妙にくわしい話を聞かねばなりませぬな」

「待て、軍師! 周慶の言うとおり、白妙は人に毒を盛るような娘ではないっ。

取り調べなんぞ、言語道断だ!」

割って入って来たのは、劉封(りゅうほう)だった。

顔を夕陽のように赤くして、両手の拳を固く握っている。

孔明が軍師でなかったら、掴みかかってきていたかもしれなかった。


孔明が反駁しようとするまえに、劉備が口をはさんだ。

「阿封よ、おまえの気持ちはよくわかる。

だが、白妙の潔白を信じるなら、かえって取り調べをしたほうがよかろう。

手荒な真似はせぬとも約束する。なあ、孔明」

「もちろん」

応じつつ、蒼い顔をして倒れたままの娘が、ほんとうに『黒鴉』ではなかったらの話だが、とこころの中で付け加えた。


趙雲が前に進み出る。

「おれが白妙を運ぶ。軍師、どこに連れて行けばよい?」

「そうさな、牢では気の毒だから、どこか寝床の作れる空き部屋に連れて行ってくれ」

分かったと趙雲は応じて、白妙を抱えて大広間を出て行った。


それからは、また大変だった。

まずは孫直の亡骸(なきがら)を城から運び出した。

孫乾は、ふたたび悲しみが込み上げてきたようで、おいおいと声を上げて泣いている。

その悲惨な姿にもらい泣きする者も多数あった。

一方で、

「孫直が死んだのは、軍師のせいではないのか」

という見当はずれの声が、誰ともなしにあがる。

これは、聞きとがめた劉備が怒り出し、発言した者を探せ、と言いつけたが、みなは互いにかばい合ってしまい、誰が言ったかはわからなくなってしまった。


趙雲が戻ってきて、白妙は牢にほど近い空き部屋に、見張りをつけて寝かせているといった。

いまだに目覚めないところからして、相当に愛した孫直の死が衝撃だったのだろう。


つづく

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