序章 黒鴉の爪痕 その10 臥龍、ふられる
同時に、徐庶は新野でうまくやっていたのだな、よかったと、感傷的になってくる。
趙雲がこれほど親身に徐庶の面倒を見てくれていたというのがわかるのも、ありがたかった。
徐庶はどれほどこの城に残りたかっただろうか。
つくづく、憎らしいのは曹操である。
ふるさとの徐州を血と炎で穢し、さらには実の兄のように慕った大事な兄弟子を奪っていった。
『ゆるせぬ』
その怒りは、そのまま正体のわからぬ『黒鴉』に向かう。
ぐっと拳をにぎり、空を睨みつける孔明に、趙雲が言う。
「貴殿に最初から『黒鴉』のことを教えなかったのは、わが君が貴殿を過度に怯えさせたくないと配慮されたからだ」
孔明は驚いて、趙雲をあらためて見た。
「わが君は、ご存じなのですか」
「もちろん。知っていて、悔しがっておられたよ。
どうして元直(徐庶)どのを守り切れなかったのだろう、いち早く潁川の元直どのの実家に言って、母御を新野に迎えておくべきであった、と」
「そうですか」
残念だったなと、孔明はまたも、しんみりとしてしまう。
こころに空いた穴は大きい。
それほどに、徐庶と言う男は孔明にとって、信頼できる友であった。
「今宵は、わが君らと酒盛りをすると聞いているが」
趙雲が水を向けてきたので、孔明はうなずく。
「そうです。子龍どのも、一緒にどうですか」
誘われて、趙雲は、ちょっとうれしそうに笑ったが、すぐに首を横に振った。
「ざんねんだが、寄るところがあるのでな」
おや、色男め、女遊びか、と思いつつ、たずねる。
「どちらへ?」
「色っぽい所へ行くわけではないぞ。行神亭という、酒家に行くのだ。
あそこの料理は抜群にうまい。閉門までには戻ってくる予定だ」
また行神亭か、みごとにふられたなと思いつつ、顔に出ないように気を付けて、孔明は言った。
「そうですか、残念ですね。では、またの機会に呑みましょう」
趙雲は、そうだな、と応えて、孔明を自室まで送り届けると、そのまま背を向けて城下に行ってしまった。
つづく
本日はキリの良さ優先で、短めの更新です。
明日から、またいつもの分量になりまーす(^^♪




