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18章:叡知の鳥籠


夏休みと呼ばれる期間も残りわずかとなった頃。

未だ和らぐ兆しのない夏の暑さが我が物顔で地を焼く外では、乾ききった地面の上でゆぅらりと蜃気楼が踊っている。八月の始めとまるで変わりない風景だ。


青い空にまだ秋の気配は遠そうかい?と問いかけてみようか。

当然答えは返ってなど来ないだろうけれど、きっと"是"なのだろう。

だって、朝の時点で温度計が35℃を越えていたからね。


私は殺人級の陽光降り注ぐ屋外を当たり前のように避け、今日も今日とて図書室にこもって読書に勤しんでいる。空調って素晴らしい。

何ものんびりしてるわけじゃないよ?

たまにはちゃんと"復讐"に役立ちそうなものを探して読んではいるからね。

能力者の関わってる歴史書だとか、過去の怪異事件に関する新聞記事のスクラップだとか。取り敢えず能力者について少しでも知れたらなって。


まぁ、割合的には趣味八:探り二程度だけど…如何せんそれらしい資料が少ない。一般の図書館よりはあるんだろうけどね。


二菜ちゃんと至くんは宿題の追い込みといういかにも学生らしい戦いに身を投じているらしく、ここ数日はすっかり図書室から足が遠退いている。たぶん、本気で余裕がないのだと思う。


私は七月に詰め込んで八月はゆっくりと休暇を謳歌するタイプだったけれど、親友は残り三日で泣きついてくるのが常だったっけ。


そんな日々を懐かしく思いながらページをめくる。

と、隣でくぅくぅと寝ていたみにばうくんが寝返りをうった拍子に椅子から落ちて飛び起きた。


「ばばう!?ばう……??」

「ぷっ、あはははは!!大丈夫、みにばうくん?…っふふ!」

「ばぅ…ばーうぅ」


誤魔化すように短い手で顔をくしくしするみにばうくんに更に笑いが込み上げてきて、私は本を閉じて可愛い子をえいやと撫でまわす。


「なぁにー?恥ずかしがってるのー?このこのー!」

「ばうばばばー!」

「わ、こら!くすぐったいってば!」


しゃがんだ足に飛び乗り、みにばうくんは腹に顔を埋めてきた。

それで隠れてるつもりなのかな?はー可愛い!


笑ったせいか少し汗ばんでしまった肌を冷やすべく服を軽く扇ぐ。

子供じみたやり取りを見守る本達をぼんやりと見つめ、ゆったりしたそれらの息吹に合わせるように深く呼吸をした。クールダウンだ。


平穏の素晴らしさを噛み締めていると不意にガチャリと扉の開く音がして、私はみにばうくんを抱えながら立ち上がる。


買い物に行ってくれていた門倉くんが帰ってきたのかな?

そう思って扉の方へ目を向けた私は、己の目に映っ人物にぱちぱちと瞬きを繰り返した。


「こんにちはですの」

「…ぇ?あ、こんにちは…?」


はて?何やら見知らぬ美人が立っておられる…??


白地に金糸で繊細な模様が描かれたローブのような見慣れぬ服をまとい、私よりも長いドーンミストの髪を下の方で緩く一纏めにしたその人は、ローシェンナの虹彩に縁取られたベビーピンクの瞳をおっとりとしならせて微笑んでいた。


いや、本当にどちら様…??


「突然すみませんの。綴戯栞里さんで合っておりますの?」

「はい、あっておりますです…」


ゆるゆるに気を緩めていたところへの奇襲に未だ平静を取り戻せず、つい言葉遣いがおかしくなる。

そんな私を彼女はクスクスと笑った。


「ふふー。そんなに固くならないでほしいですの。此方は…」

「シッオリー!!!」


女性が何かを言い終えるその前に、乱暴に開かれた扉から聞きたくもない声が遮ってくる。

私の表情がひきつったを察してか、ぐるるとみにばうくんが小さく唸り声を上げた。

うちの子賢い!


「お前さぁ…!扉壊す気か!!」

「はー…うっざ。折角この俺が遊びに来てやったのにさ、第一声ソレ?」

「はいはいはいはい、頼んでないからクーリングオフで」

「ヤダ♥️」


にっこりと底意地の悪い笑顔を張り付けてぶりっ子する乱入者に危うく汚い言葉を並べそうになった口を寸でで閉じ、代わりに腕を組んで苛立ちを表すように床を爪先で叩く。


まぁ、こうして見るからに不機嫌ですと見せたところで、奴はどこ吹く風でカウンターに尻を乗せるのだが。

ホント、行儀も悪けりゃ性格もクズだな。


「あらあら…相も変わらず粗暴なお方ですの」

「あ"?」


鈴を転がすような、しかしどこか冷ややかな声に客人の存在を思い出す。

うわ、危ない…罵詈雑言を飲み込んだ過去の私グッジョブ。


「礼儀知らずもここまで来ると才能ですの」


まだ名前も知らない彼女はヒラヒラした長めの袖で口許を隠しているけれど、柔らかそうな目元に反してさぞ歪な笑みの形をしているのだろう。

そう予想出来るくらいに声に嫌悪…というか、悪意が滲んでいる。


私も大概奴に対しての態度が悪いと自負しているが、石を投げる感じの私とは違って彼女はこう…タールを投げつけている感じ。取り敢えずねちっとしてて黒い。


「はっ!礼儀知らずぅ?じゃあ、君はなんなのさ…(フミノ) 想架(ソウカ)。珍しく穴蔵から出てきたらしいって聞いて、まさかと思って来てみれば案の定。…俺の許可なく、なんで"ここ"に来た?」


ジリッと肌がヒリつく。

どうやら"遊びに来た"というのは嘘で、一ノ世は初めからこの人に用があって追っていたみたいだ。

けど…許可?図書室に来るのにそんなものが必要だなんて初めて聞いたぞ。


「あらあら、その許可をいつまでもくださらないのはそちらですの。そちらにその気がないのなら、無理矢理にでも出向く他ありませんの」

「はー…うっざ。絶対安全の保証があるからって図々しい」


ガンッと踵でカウンターを蹴り、一ノ世はそこから降りた。

ここの備品は年代物ばかりなんだからもっと丁寧に扱ってくれないかな?


「あー…栞里。一応教えとくと、コイツは叡智の鳥籠(ノークトゥアム)の責任者ってやつね」

叡智の鳥籠(ノークトゥアム)って確か"記録者"がいる…って、責任者!?」


日本随一の情報を有する機関の責任者ってことはかなりの上役なんじゃ…ヤバイ、椅子の一つも出してない。

内心冷や汗をかく私とは裏腹に、彼女は一ノ世に対して毒を吐いていた時とはまるで違う様子で穏やかに笑みを浮かべた。


「改めまして、此方は書 想架。そこの野蛮なお方のご紹介通り、叡智の鳥籠(ノークトゥアム)の取りまとめ…つまるところ責任者という肩書きをいただいておりますの」


口元を隠していた手を下げ、親しさすら込めてこちらを見つめる女性…書さんは私と同年代くらいの見た目でありながら、その落ち着いた雰囲気はずっと年上の人を相手にしているように思わせる。


不思議な人。浮世離れしているという言葉が合うかもしれない。


「それにしても、まさか後を着けてくるなんて…本当にケダモノですの」

「あー…ハイハイ。俺にはさ、頭イカれてる連中から栞里を守る義務があるんですぅー。ね、栞里」

「いや…ね、って言われても…初耳だし」

「あらあら、頭がおかしい人の筆頭が何を言ってますの?」

「あ"?」

「ふふー!」


うわ、うわぁ…何この人達、バチバチじゃん。

みにばうくんなんて怯えて隠れちゃったし。

もうどっちも帰ってくれないかな…というのが正直な気持ちである。

喧嘩するなら他所でやれ。


私は溢れ出そうなため息を堪えつつ、この状況を収めるべく一ノ世と笑顔で睨み合っている書さんへ向き直った。


「書さん?私にご用とは何でしょう」

「はー…面倒くさ。何で聞いちゃうのさ」

「取り敢えず話聞かなきゃ進まないでしょ」


ムスッと年に似合わない幼い表情をしつつ、一ノ世は人のプライベートスペースへ我が物顔で侵入していく。

そして今日のおやつであるクッキーを目敏く見つけてくると、私が文句を言うより早く戻ってきて適当な椅子に腰を下ろした。


一連の動作に迷いがないことにもはや呆れる他ない。

ただ本棚で囲っているだけとはいえ、一応は乙女の居城だぞコラ。


まぁ、寮母さん特製のクッキーで大人しくしてくれるなら安いものか…と思ってしまうあたり、私は大分毒されている気がする。


「あらあら、まるで猛獣使いですの」

「その称号は大変不本意なので要らないです」

「ふふー、失礼しましたの」


またコロコロと笑う彼女にそっと目を細める。

叡智の鳥籠(ノークトゥアム)の責任者、ね。そんな人物が私に用などあるものだろうか。


少なくとも司書としての私に用はないだろう。だって、情報が集まるとされる施設の長が今さら図書室に置かれているレベルの本に用があるとは思えないから。

だとすると…


「用事というのは単純ですの。綴戯栞里さん、あなたを叡智の鳥籠(ノークトゥアム)へ勧誘に来ましたの」

「チッ!」


一ノ世の鋭い舌打ちが響く。

私を勧誘、ね。"記録者"に用があるのだろうと察してはいたけれど、招かれるところまでは正直予想外かな。


だって、その意図が読めないのだ。

古今東西あらゆる能力者達の記録や情報、歴史が集められ、ほんの一握りの者しか立ち入りを許可していない程の重要施設。そこに"私"という異物を入れたがる理由は何だ?

普通に考えるならば、素性も不明瞭な私などもっとも入れたくない存在だろうに。


「あらあら、そんなに警戒しないでほしいですの。きちんと理由もお話いたしますの」


あからさまに逆立った私の気配などものともせず、彼女は変わらずふんわりとした空気のままだ。

どうにも調子が狂うというか…まるで子猫にでもじゃれられてますって雰囲気であしらってくるなこの人。


「そもそも、本来"記録者"は叡智の鳥籠(ノークトゥアム)に属するものですの。これは例外なく決まっていること、ですのに…」


口の笑みだけはそのままに、書さんは一ノ世へ犯罪者でも見るような白い目を向けた。


「そこの獣が勝手を働きましたの」


私に対しての態度と温度差が半端ないな…こわ。

というか、一ノ世の呼称がどんどん酷くなっていくな。もはや人の扱いすらしていない。


まぁ一ノ世も慣れてはいるのかそれほど気分を害している様子もなく、それどころか飄々とした笑みすら浮かべて肩をすくめて見せたけど。どう見ても相手をバカにしている姿だ。


「そりゃさ、どうせ俺のものになるんだから別にそっちを通す必要ないでしょ?むしろ手間を減らしてやったんだから、俺ってばちょー親切じゃん」

「そういう問題ではありませんの。これは規則ですの」

「はー…面倒くさ。規則とかどうでもいいっての。キミさ、随分栞里にこだわってるみたいだけど…それって何でなワケ?わざわざ責任者が出向いてくるなんて普通じゃないだろ」

「…綴戯さんが凡庸な能力者であったなら、此方だって目を瞑りましたの。ですが…()()()()()()

「…え?」


二人の言い合いをどこか他人事のように眺めていた私を、これまでの柔らかさを排した無機質なベビーピンクが絡め取った。


「彼女は、特殊ですの」

「…っ!」


肺を絞られたような息苦しさを覚え、思わず一歩後退る。

親しみがある?とんでもない勘違いだ。


殺気とはまた違う異様な空気は、"あちら"での"記録"が存在しない人物にも関わらず近寄りたくないと本能が訴えてきた。


「はー…うっざ。何栞里を怯えさせてんのさ」

「あらあら、そんなつもりはありませんでしたの」

「白々しい。つーかさ、そのつもりがなくても君の能面怖いんだよね」

「女性に対して酷い言い種ですの」


不満を溢しながらもにもにと…それこそ粘土でもこねるように顔をもみ、元の柔和な顔つきに戻した書さんに私は悟る。

この人の表情が全て作り物である、と。


はぁ…まともそうだと思ったのに、蓋を開けてみればこれである。ホント、能力者って…


「此方の顔は気にしないで欲しいですの。元より表情のないタイプですの」


大変気になりますと言いたいところを飲み込んで、取り敢えずこの話題には口をつぐんでおいた。話が進まなくなる。


そして書さんは作り直した表情を携え、改めてと言うようにはっきり要求を口にする。


「とにかく、此方は栞里さんをお迎えしたいですの」

「いえ、もう私はここの司書として雇われて…」


そう断ろうとした私を何故か一ノ世が手で制した。


「じゃあさ、見学ってのはどうよ」

「「見学??」」


私と書さんの声が重なる。得意気に鼻を鳴らす一ノ世に、どういう心境の変化かと問う視線を向ける。さっきまではあんなに私を書さん…いや、叡智の鳥籠(ノークトゥアム)から離そうとしてたくせに。


すると一ノ世は、見つめ返す視線に私の瞳ごと喰らうような熱を一瞬込め…しかしすぐ何事もなかったかのようにそらして書さんに指を突きつけた。


「実際に叡智の鳥籠(ノークトゥアム)を見て、その上で栞里がそっちを望むなら…君に預けてやってもいいよ」


そんな提案にぴくりと彼女の眉が動き、笑顔が挑発的なものへと組み換えられていく。


「へぇ?一応聞きますけど、綴戯さんが望まなければどうなりますの?」

「当然今のままさ。合理的だろ?」


空調なんて弄っていない筈なのに、どうにも室温が下がっている気がしてならない。

気休めで腕をさすろうとしたけれど、ついっとこちらへ流れてきた二人分の視線に縫い止められてそれは叶わなかった。


「まぁ…此方としても無理強いはしたくありませんでしたから、構いませんの。どうせ結果は見えていますの」

「ほーん?大した自信だこと」


口元を隠すだけでは隠しきれない自信にギラついた光はしかし、一ノ世の満月にもまた同様に映っていた。


「そーゆー事だからさ、栞里。準備しなよ」

「当人置き去りに話を進めといてよくもまぁ…というか準備って、まさか今から行くの?」

「後回しとか面倒臭いじゃん」


結局はお前の都合かよ。

行儀悪くも鳴らしかけた舌を上顎からなんとか引き剥がし、代わりにため息で憤りを外へ逃がす。

毎回の事ながらコイツといるとストレスが凄い。


「ま、自分の目で見るいい機会と思いなよ。はー…俺ってばやっさしー」


誰が優しいだ、誰が。

けど…強引なのはいつもの事だけど、一ノ世がこういう選択のチャンスを寄越してくるのは珍しい気がする。

今までは好き勝手に決めて、文句ある?って感じだったのに…


栞里は俺のモノ、俺のモノは俺のモノ…って某ガキ大将的な思考回路でさ。いや、まず私は一ノ世のモノではないのだけれども。


「…変なものでも食べた?」

「は?何で??」

「いや、らしくないなと思って」

「はー…うっざ。あのさ、俺だってちゃんと考えてるよ?…あっち(鳥籠)の方が安全だし待遇が良いのは確かだから、栞里が、その、望むなら…って、さ」


もごもごと台詞の尻を濁していく一ノ世の顔は、何というか…自分の意見を飲み込んだ大人の顔であり、それと同時に我が儘をこらえた子供のようでもあった。


玩具()を取られたくないくせに、気を遣ってるんだ。

まさかこの前海の時に言ってた…自分のせいかもって考えまだ引き摺ってる、とか?


「お前…変なとこ繊細…」

「…自分でもわかってるし」


互いにどうしていいのか分からない微妙な空気は、幸か不幸かパチンと手を叩いた書さんによって有耶無耶に散っていく。

私も一ノ世も鏡写しのようにホッと揃って息を吐いた。


「そうと決まれば善は急げですの。紹介したい場所が沢山ありますの。『転移』の者は外に待たせていますから、早速向かいますの」

「え、ちょ…!?」


怯んだ隙を見計らったように腕をぐいっと引かれ…予想はしてたけれどこの人も見た目によらず力が強い!


たたらをふんだ私の視界の端でひらひらとやる気なさそうに手を振る姿が見えて、無意識のうちに口が開く。


「い…一ノ世!」

「は?」

「あら?」

「あっ……その…」


一度出してしまった音は戻らない。

咄嗟にとはいえすがるように呼んでしまった名前に、やっぱりなんでもないと言うのはあまりに不自然だろう。


かといってよりによってアイツに助けを求めてしまった己を素直に認めることも出来ず、口の中で言い訳の言葉を組み立てては崩すの繰り返し。

しかしながら、私という人間はとことん分かりやすいらしい。


「あー…ハイハイ。俺も行くわ。良いでしょ書?」

「あらあら、別にかまいませんの。ただ、連れてきた低級の『転移』では定員オーバーですから、追加の手配を致しますの。少し待っていてほしいですの」


私から手を離し、書さんは端末を取り出してどこかへ連絡を取り始める。

そんな彼女から一ノ世に視線を移すと、奴はいかにも愉快そうな顔で私を覗き込んできた。


「いやー、可愛いとこあんじゃん。何?心細かったワケ?」

「……はー、うっざ!馬鹿言わないでよ」

「ぶはっ!あっはははははは!!何ソレ俺の真似?ホント誤魔化すのへったくそ!」

「違うから!」


私は改めて書さんを見やり、通話のためか距離を取っているのを確認してから再度口を開く。


「あの人、敵か味方かいまいち掴めないんだよ。そんな人と二人きりになるよりは…一ノ世でもいた方がマシだと思って、その、咄嗟に…ね」


学園の敷地外なんて私にとっては未だ敵地と同然。

しかも、その中でも重要な施設へ連れていかれるとなれば…警戒するなという方が無理な話である。


「ほーん?珍しくまともな危機感持ってんじゃん。トラブルには首を突っ込んでいくクセにさ」

「一言余計」

「ま、アレが読めないのはいつもの事だけどさ。どうも今回のは急ぎすぎってか、不自然だ。そのまま閉じ込められるってのも考えられるわな」


そのまま閉じ込められる可能性…やっぱりあったんだ。

あり得そうな話だよなと漠然と考えてはいたけれど、改めて言葉にされるとゾッとするものがある。


書さんから悪意が感じられるというわけではない。

でも、もっと別の感情で私を絡め取ろうとしているような…そんな気はした。


「どうする?嫌な予感すんなら止めとく?」

「…いや、行くよ」

「あっそ、まぁいいさ。取り敢えず番犬として使われてやるよ」

「番犬は間に合ってるけど…うん。よろしく」


能力者の事をより多く知る為にも叡智の鳥籠(ノークトゥアム)を見学出来るのは非常に魅力的だ。

罠の可能性があるとしても…このチャンスを逃したくはない。


だから、自分にとって一番の毒であると同時に一番の保険になりうる人物を…一ノ世を頼ったのだ。


そう、決して…決して!心細かったとかではなく!!


「…これが靡くと思ってんだからさ、めでたい頭してるよね。アイツ」

「何?何か言った?」

「べっつにー?ほら、準備出来たっぽいよ」

「お二方、お待たせいたしましたの。追加の『転移』とそこの獣の立ち入り許可がとれましたから、出発いたしますの」


先導する彼女に続こうとしたところで扉がひとりでに開き、そこからひょこりと見知った顔が覗いた。


「…あれぇ?綴戯さん、どこか行くんですかぁ?」

「ばばう?」

「あ!門倉くん、みにばうくん、丁度良かった!ちょっと私、用事が出来ちゃって…()()は夕方でもいいかな?」


門倉くんのぶら下げた袋とみにばうくんの背に薪の如く括られた大量の白い束を見ながら眉を下げる。

わざわざ早めにと買いに行ってくれたのに申し訳ない。

しかし当の本人はそんな私とは対照的に何てことないようにへらりと笑ってみせた。


「僕はかまいませんよぉ。ぶっちゃけ先輩方も余裕なさそうでしたしぃ、やることやってから夕方ぱーっとやった方がいいかもでぇす」

「ん?何ソレ、そうめんじゃん」

「ばうばばばー!」


そう、二人に買い出しを頼んだのは大量のそうめんとめんつゆに薬味各種…つまるところ、流しそうめんに必要な食材だ。


発端は何気ない会話の一片。二菜ちゃんが流しそうめん機を持っているという話題だった。

そこからあれよあれよと話が膨らんで、流しそうめんパーティーでもやってみようと計画するに至ったのである。


ほら、二菜ちゃんと至くんがここ数日萎びたキノコみたいな状態だから…少しでも気分転換になればと思って。


「ごめんね、暑い中買い出しに行ってもらったのに」

「いいえ、むしろ時間が出来て好都合でぇす。やってみたいことがあるのでぇ。ね?みに先輩?」

「ばう!ばう!」

「…?そう、なの?」

「はぁい!なのでお気になさらずぅ」


何だろう。みにばうくんはともかく、門倉くんの笑顔に悪戯っ子の影がちらついてて不安なんだけど…まぁ、いっか。


「ありがとう二人とも。じゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃいでぇす。楽しみにしててくださぁい」

「ばうー!ばっばばー!」


楽しみにしててって何?

聞こうとしたけれど、振り返った時にはもう扉は閉まっていた。

急かすように腕を引いた書さんに連れられて、疑問符を抱えながらも私はその場を後にしたのである。



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