表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/114

幕間:ある片割れの『ソノヒ』


〔……ニテ未確認ノ怪異発生。又、付近ニ一般人ヲ確認シタタメ、ランク未確定デアルガ速ヤカニ対応サレタシ。繰リ返ス…〕

「…アラート?」


その少女…熊ヶ峰二菜が怪異発生の警報を聞いたのは、補習の真っ最中だった。


学園の様子が変わっても、クラスメイトとの関係がかわってもなお、彼女の頭の出来は変わらない。

()()()()()()()()今、わざわざ学園に赴く理由もないけれど…彼女は失ったものと虚しさを認めたくなくて、ここで補習をうけながら日常を待っていたのだ。


そんな願いを嘲笑うような警報に熊ヶ峰は昔より少し痩けた頬を膨らませる。


「どうせ学生は免除だもん。しぃらない」


担当教師の苦笑を目蓋で閉め出し、ちんぷんかんぷんな数式に侵された頭を休めるべく机に突っ伏した…その時だった。


〔索敵部隊ヨリ通告。"千葉県凪祇市"周辺ニテ未確認ノ怪異発生。又、付近ニ一般人ヲ確認シタタメ…〕

「…え?」


彼女の耳が、現実(絶望)を拾ったのは。


千葉県凪祇市。熊ヶ峰の故郷。

そこには彼女の…"世界"がいる。


「…っ!!!」

「あ、ちょ、熊ヶ峰さん…!?」


頭がそれを認識するより早く、熊ヶ峰は椅子を蹴り飛ばし、机を踏み倒し、教師の声を振り切って駆け出していた。

脳内を占めるのはもはや数式などではなく…


(弌菜…!!弌菜、弌菜、弌菜、弌菜弌菜弌菜弌菜弌菜!!!どうか、どうか無事でいてっ!!)


何より大切な己の"妹"の無事を祈る言葉の羅列であったのである。


「どこにいるの、弌菜…っ!!」


運良く…いや、半ば強引ではあったものの『転移』の能力者を捕まえた彼女は、すぐに見慣れた街を駆け回った。懐かしさに浸る余裕など皆無で、開ききった瞳はただただ一人を探してギョロリギョロリと忙しなく回る。


「違う、こっちも違う、違う、違う、違う!!」


その間にもアラートは止むことなく、むしろ目を疑うような速度で怪異を示す点が増えていく一方。

始めは、そんなもの無視しようと思った。


しかし、実家にも行きつけの店にも学校にも"世界"の姿はなく連絡にも返事が来ない。

そうなると頭に浮かんだのは…"巻き込まれたのでは?"という恐ろしい仮説。

一度考えたらもうダメで、恐怖に囚われた熊ヶ峰はがむしゃらに駆け回るのを止めて武器を構えたのだ。


それが良かったのか悪かったのか、誰にも分からない。


とにかく熊ヶ峰は、"世界"が巻き込まれてやいないかとご自慢の鉄球を振り回して片っ端から怪異を潰し回った。

けれども、どこへ行っても見知らぬ子供の遺体が転がっているだけ。

"世界"がいない落胆と安堵、けれどもまた沸き上がる恐怖に突き動かされて別のポイントへ行って…その繰り返し。


精神はヤスリで削がれていくようだったが、それでも彼女は足を止めなかった。

否、止められなかった。


「弌菜、弌菜っ、お願い…お願い…っ!!」


中学に上がってから関係が拗れ、昔のように笑ってくれなくなった彼女の"世界(片割れ)"。

けれど、例え疎遠になってしまっても、例え仲良しであれなくても…せめて同じ空の下で、明日も明後日もずっと"世界"と一緒にいたい。


その願いが溢れ落ちてしまわないように、ただただ必死だったのだ。


けれど、皮肉にもその願いは…神の住まう場所によって壊されることとなる。


どれだけの怪異を相手にしたのかわからない。どれ程の距離を駆けたのかも分からない。

すれ違った能力者から撤退を勧められる程酷い顔をした彼女は、色濃い疲労と思考を蝕む焦燥を携えて"そこ"にたどり着いた。


「こんなとこにも、いるなんて」


海間坂神社。

そこは数年前まで己の半身と大好きなアニメキャラクターのごっこ遊びをしていた大切な場所だった。

しかし、"世界"との思い出が沢山詰まった場所は文字通りに踏みにじられ、今は見るも無残な有り様となって熊ヶ峰の眼前に広がっている。


割れた石畳にへし折られた杉林、朱色の鳥居はそうと分からない程にぐしゃぐしゃで、社など残ってすらいない。


そんな空間で奇声をあげながら蠢く三体の怪異に彼女の怒りが爆発したのは、当然の流れだっただろう。


「虫けらが…虫ごときが…!!二菜達の思い出の場所を…荒らすなぁぁぁぁぁ!!!」


狂ったようにふるわれる鉄球はこれまでになく苛烈で、大切なオモチャを壊されて癇癪を起こす子供のそれだった。


見境なく、自分の怪我すら省みない。

理性なき獣はまるで、神社の(思い出の)残滓すらも砕くようで…幾度も幾度も鉄球が怪異へ叩きつけられていった。


「っは…はぁ…く…っはぁ」


神社にあるべき静寂が戻ったのはそれからかなり時間がたった後。

真上にあった太陽は傾き始め、夕方に片足を突っ込んだ頃のことである。


いつの間にかあれほど五月蝿かったアラートも消えていて、熊ヶ峰はそれと未だ沈黙を続けるメッセージアプリをぼんやり見つめながらずるりとボロボロの体を引き摺った。


「…弌菜、弌菜を、探さ…ないと…はやく…弌菜、を…」


幽鬼のように体を揺らし、彼女は未だ怪異が消えぬうちに神社から背を向ける。

しかし、その時だった…


【………二…ナ…】

「え?」


ずっとずっと探していた、しかし今この場で聞こえる筈のない声が聞こえたのは。


【…二………ナ…】

「弌菜…?弌菜なの?どこ、どこにいるの!?」

【…い……タ…い………二ナ……】

「…っ!?まさか…」


同期のクラスメイトほど耳が良くない彼女でも、何回も聞こえてくる声を辿るのは難しくない。

だからこそ焦りが生まれた。

だって声は…後ろから聞こえるのだ。先ほどまで派手に怪異と戦いを繰り広げた神社から。


あぁ、聞こえなければ良かったのに。

あぁ、振り向かなければ良かったのに。

けれども何より大切なその声を彼女が無視できる筈などなく…


熊ヶ峰は、振り返ってしまった。


「…え?」


元は賽銭箱があったと記憶する場所。

無尽蔵に『増殖』を続けた二体の怪異とは一味違う、『怪力』をもった厄介な薄桃色の怪異を下した場所。


隕石でも落ちてきたようなクレーターの真ん中には、己が潰した怪異がいる…筈だったのに。


そこには何故か、彼女の"世界"が…体のほとんどをぐちゃぐちゃに潰された状態で倒れていた。


「う…そ……なん、で…?」


興奮で廻っていた血が一気に引く音がする。

目には確かに写っているのに、頭が情報を拒絶していた。

しかし、熊ヶ峰の足は導かれるように…呼ばれるようにそこへ近付いてしまう。


【…二……ナ…い、たい…よ…】

「…ぁ…う、そだ…嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だっ!?」


近付いてしまったから、より鮮明に現実が襲いかかった。

ぐちゃぐちゃな肉塊になってても分かるのだ。

僅かに残った顔が、微かな声が、何より目に見えない繋がりが、逃げようのない真実を灯す。


今、体の端から光となって消えていく存在が二菜の"世界(片割れ)"…鳥羽添弌菜である、と。


【二ナ……二…ナ…】

「違う、違う、そんな筈ない!!!だって、だってここにいたのは…っ!」


怪異の筈だった。だから潰した。

でもそこにいるのは潰された"世界"で…


だとしたら今この惨状は()()()()か?


【…どう…シ…て……ウ…チ…を……殺シ…】

「あ、あぁ、ああ"ぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!??!」


熊ヶ峰は理解した。

彼女が、自ら"世界"を潰したのだという現実(絶望)を。


どうせなら早くこの場から立ち去って、何も知らないままなら良かったのに。


「くま子……君も、なのかよ…」


翼をもがれる鳥のような慟哭の中、乾ききった呟きを溢したのは果たして誰であったのだろうか。


廃人(セペリオ)』の烙印をおされたものの、熊ヶ峰は"施設"には送られなかった。

彼女に特別な何かがあったわけじゃない。

単純に"施設"側が手一杯で、新しい収容者を迎えられなかっただけだ。


代わりに厳重に封じられた自室に閉じ込めらた彼女は、寄る辺のない孤独な獣のように頼りなく、寒そうに体を丸めて踞る。


空虚な瞳はテレビが吐き出すチープな子供向けアニメを見つめ、大好きだった筈の主人公ではなくその隣…小さな鳥を追い続けていた。


「ちがう…ちがう…わたしじゃ、ない…わたしがひなをつぶすわけがない。ちがう、ちがうの、ごめんなさい」


そんな自己暗示か懺悔か分からない言葉をひたすらに吐いて、やがて胃液も吐いて、吐いて、吐いて、吐いて…


やがて彼女の部屋は吐瀉物まみれの魔境と化した。


それでも気にせず、彼女の目だけはひたすらにアニメを見続ける。

どうしようもない穴を埋めるように小さな鳥を求め続けたのだ。


けれどそんなものが無意味であることも分かっている。


だから彼女はぼんやり理解していた。

自分はこのまま心に半分空いた穴から、もぎ取られた翼から血を流し続けて…そして、近いうちに死ぬのだろう、と。


「ねぇ、虫の駆除に行かない?」


『ソノヒ』、見覚えのある青年がやってくるまでは。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


右も左も上も下もないまっさらなノートのように何もない空間に、とんでもなく雑な字で"ふくしゅー部屋"と書かれた張り紙の貼られた扉があった。


「…はい?」


その扉の前にはきょとんと首を傾げた少女が一人。

名を"熊ヶ峰二菜"という。


「あれあれ?なんですかね、これ?」


好奇心を孕んだ淀んだ目で辺りを見渡すも、やはり扉以外は何もない。

熊ヶ峰はほんの少しだけ悩んで、けれどもあっさりとやたら装飾の凝ったドアノブへ手を伸ばした。

自分は"死んでいる"筈なんだから、どーせ何が起こっても問題ないよね!と楽観的に考えながら。


「…はぇ?」

「おう、来やがったな」

「ま…待ちくたびれた、よ」


扉の先には大画面のテレビと適当に置かれたソファやクッション。

常識外れな量のお菓子や飲み物が山のように積み重ねられた大きめのローテーブルがその中心に鎮座しており、しかし空き缶やら空き袋だけはきちんと掃除されているらしく小綺麗ではあった。


そして…ソファに身を預けてぷしっと新しい缶ビールを開け、この異様な空間を満喫している知り合いの男。名を"七尾晴樹"。

背もたれを使わず手前にちょんと座り、甘そうなネクター片手にチョコを摘まむこちらも慣れたようにそこにいる先輩。名を"五月雨祈"


当たり前のように手を振っている二人が一際異様なものに映る。


「な、何でお二人がいるんです??だって、あれ?死んだ筈ですよね、二菜達…??ええぇ?何で??」

「ケッ!ンなこと、俺達だって知るかよ。テメェと同じで気付いたらここだったんだ」

「と…取り敢えず、座った、ら?」


もう会うこともないと思っていた者達とのやり取りに気持ち悪さと懐かしさがごちゃ混ぜになりつつ、熊ヶ峰はグゥゥゥゥゥと獣が唸るような腹の音を轟かせた。


忘れていた空腹を思い出し、彼女は諸々の疑問を頭の隅に追いやって五月雨の隣に座る。

そして手近なスナックを開け、ザラザラと口へ流し込んだ。


「むんんん~!おいひぃ~!!」

「「うわ…」」


二人分のドン引いた視線などおやつの前では足元に転がる石に等しく、彼女は次なるスナックへと手を伸ばして…


《ウチは二菜の"トリトウさん"だ!ウチが、一緒にいる!!》

「………ぇ?」


石にでもされたかのように動きを止めた。

そして、今まではお菓子と旧知に気を取られていて気付かなかったテレビへと見開いた瞳を向ける。


《あいにくウチは平凡な色だけど、それでも二菜に幸せの羽をあげる!だから…思う存分、前見て暴れていいよ!何も…何も恐れなくていい!》

「う、そ…なん…で…」


そこに写っていたのは見間違える筈もない…ずっと一緒に在りたかった彼女の半身だった。

いや、それだけならどれだけ良かったか。


「な、んで…なんで…どうして…!?」


熊ヶ峰とは似ても似つかない焦げ茶色の瞳の先。半身が言葉を向けている相手に、彼女はテーブルをひっくり返す勢いで立ち上がって牙を剥き出しにした。


《…うん。うん!!分かったよ弌菜!弌菜の羽があるなら…二菜はもう怖くない!どこまでも飛べるよ!!》

「なんで、二菜(わたし)が…笑ってるの!?」


そこにいたのは他でもない、己自身。

自分より少し大人びている気がする"熊ヶ峰二菜"が幸せそうに笑っていたのだ。


(そんな資格ない、クセに…っ)


今でも手に残る絶望の感触を思い出し、爪が刺さる程手を握り込む。声無き声は血反吐を飲むようにドロリと喉を焼いていくようだった。


半身とテンポ良く言葉を交わしながら見覚えのある()()()怪異を潰していく"熊ヶ峰二菜"は、本当に自分かと疑いたいくらい生き生きしている。

その姿に嫉妬するなと言う方が無理な話だ。


「ヘェ…?アレが熊ヶ峰の"世界"ねぇ?」

「み…見たことあるような、ないよう、な」

「つーか、相変わらず無茶してんなァ。"アイツ"は」

「あ…わ…私活躍して、る」

「何なんです!?何なんですか、これは!!消して…消してください!!こんなものっ、こんな、もの…!!」


見たくない!!と凄まじい怒気が空間を染め上げ、慣れたようにテレビを鑑賞していた二人が熊ヶ峰を見る。

だって、映像は突きつけるのだ。

熊ヶ峰があの二体と一緒に潰した筈のもう一体の怪異がおらず、半身がそこにいる…その意味を。


首に触れ、鉄球が無いことを知った熊ヶ峰はならばテーブルでテレビを壊してしまおうと手を伸ばす。


しかし…


「「だまって座れ」」

「…っ!?」


向けられた二人分の圧に、かつての…学生としてやんちゃしては叱られていた普通の自分が引きずり出され、へたり込むようにソファへ沈んだ。


目を閉ざし耳を塞ごうとしても七尾晴樹の咎めるような視線がそれを許さない。


「なんで…ですか…なんでこんなもの…」

「これが、"罰"だからだよ」

「ばつ…」


たった二文字。けれどもその重さを噛み締めて、熊ヶ峰はまるでホラー映画でも見るようにそっと映像を視界の端におさめた。


やがてヒヤヒヤさせられた戦闘が終わる頃、漸く解放されると息を吐いた彼女に…次の罰が襲い掛かる。


《二菜…二菜は、凄いね。知らなかったよ。これが、こんなのが二菜のいる世界だったなんて…甘く見てた。隣、隣って馬鹿みたいだったよね…こんなの、届きっこないのにさ》

「っちが…」

《…違うよ》


自分と同じ声で、けれどもまったく違う音で紡がれていくのは…ずっとずっと心にしまい続けていた弱音の数々。


《弌菜との繋がりを嫌でも捨てなきゃいけないのなら…こんな力、要らなかったのに!!!》

「止めて…なんで、弌菜に…っ」

《弌菜…弌菜、弌菜ぁ…!私っ…私帰りたいよぅ!!弌菜の隣に帰りたい…!》


半身には知られたくなかったちっぽけな自分が泣いていた。強くなるのだと自分で決めて離れたクセに…あぁ、無様で仕方ないと顔を覆う。

何でもない顔で、笑ってただいまを言うのだと意地を張っていた自分がその涙を嘲笑っていた。


きっと半身もなに言ってんの、カッコ悪っと嘲笑うのだろう。だって彼女は自分よりもしっかり者で、強いから。

それに何より…嫌われてしまっているし。


そう思っていた熊ヶ峰の、半身の事はお見通しなのだという傲慢はしかし…あっさりと砕かれることとなる。


《二菜が離れてくのが嫌だった》

「…え?」


半身は"熊ヶ峰二菜"を笑わなかった。

それどころか、ポロポロ溢れるのは同じような弱音じゃないか。


やがて画面の向こうで熊ヶ峰の"世界"が、鏡で見続けたちっぽけな己と同じ顔をして寂しそうに…弱々しく笑った。


《どうしたって、二菜を本気で嫌いにはなれなかったよ》


ここで漸く熊ヶ峰は己の勘違いを知る。

半身たる彼女も自分と同じだったのだ、と。

離れたくなくて仕方がなかった寂しがり屋。


それなのに、無意識に自分と違う場所にポツンと立たせて…置いていってしまっていたのだ。


「弌菜…ごめん、ごめんね…っ」


知らなかったこと、知ろうとしなかったこと、気付けなかったこと。

運命を分けたのはきっとたった一歩の歩み寄りで、画面の向こうの自分はその一歩を歩み寄れた"もしも"だ。


あぁそれを間違えた自分に見せるなんて…

あまりにも残酷な罰じゃないかと熊ヶ峰は泣きながら笑った。

しかしそこでふと疑問が沸き起こる。


「こんなの…一体誰が…?」

「すぐ分かるさ」

「み…見ててごら、ん」


訳知り顔の二人に不服そうな顔をしつつ、熊ヶ峰は言われなくともと画面に視線を戻した。


《《これからは、ずっと一緒だ!!》》


ちょっとしたトラブルを挟んだものの、二人の影が夕焼けの中で寄り添い合う。

ぐしゃぐしゃの泣き笑いは、ずっとずっと望んでいた幸福の色をしていた。


「…っ、いい、なぁ…」


《ほら、見ているか、大嫌いな"熊ヶ峰二菜"》


「…え?」


溢れ出た羨望に応えるように聞き覚えのある声が響いた。

それは画面の向こうからのような、それとも頭上からのような、頭の中に直接のような…どこからなのかはまるで分からない。


ただ分かるのは…この声の主が"熊ヶ峰二菜"とその半身と共にいて、二人を眩しそうに見つめている"彼女"だということ。


熊ヶ峰にとって"彼女"は害のない虫だった。

笑ってしまいそうな程力がなくて、ただうろちょろと瓦礫の隙間を動き回るだけ。

誰にとっての害にも薬にもならない、けれどもうっかり気まぐれに踏みにじられて殺される。


そんなちっぽけな虫けら。それが"彼女"。


そのくせ一丁前に熊ヶ峰や能力者に突っかかってくるものだから、彼女は自分を棚に上げて馬鹿な人だと見下していた。


しかし…


《この"記録"はお前に送る私からの嫌がらせであり、二菜ちゃんに送る心からの祝福でもある》


その虫けらが、まさに今、熊ヶ峰二菜へ牙を剥いたのだ。

画面に映る世界の中で、"熊ヶ峰"とその半身をいっぺんに抱き締めながら…"そこ"に存在しながら。


弱かった。

しかし弱かった筈の"彼女"は死んだ熊ヶ峰に、ここにいる彼女が掴めなかった未来を側に携えてこう吐き捨てたのだ。


ざまぁみろ、と。


「そっか…私は、こうしなきゃいけなかったんですね」


カッコ悪くても、素直に自分の思いを口にしなくちゃいけなかった。

分かってくれる筈なんて傲慢でしかなくて、言葉にすることこそが大切だったのだ。


「ハッ!どうよ、"アイツ"の復讐は」

「き…効いたで、しょ?」

「復讐…成る程。きゃはは、すっっっっっっっごく、悔しいです!」


ケラケラ笑うのに合わせて抱えたスナック菓子の袋に雨が降る。

けれど、熊ヶ峰の表情は…水平線から顔を出す朝日の如く酷く晴れやかだった。


「あーあ、私、ダメダメだなぁ」

「ば…馬鹿は今始まったことじゃな、い」

「だな」

「酷くないですか!?」


心はとうに壊れている筈なのに、昔みたいなやり取りをして…それがなんだかおかしくて堪らない。


止まらない涙を指で弾きつつ、熊ヶ峰はそっと"彼女"を見つめる。


あの狂った世界の中で、自分は"彼女"がお気に入りだった。

機嫌を損ねると分かってて尚、間違ってるのだと言ってくれる"彼女"が…失ってしまった半身のようで好きだった。


これはそんな"彼女"がくれた最後にして最大のお叱りだ。だから小さく呟く。


ありがとう、ごめんなさい…と。


だって熊ヶ峰二菜は…素直な少女だったから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ