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17-6


弌菜side


「はっ…はっ……っ、クソ…!」


視界は四方八方化け物だらけ。

逃げ場はその気色悪い連中に閉ざされ、鳥居は見えているのに遥か彼方にあるみたい。

ドロドロした化け物共の僅かな隙間を縫うようにして逃げるのが精一杯だ。


化け物がノロマだから今のところはなんとか無事だけど…スペースも体力も奪われてく一方なウチらが圧倒的に不利じゃん。

何より…


「…っ……は、ふ………ぅ…はっ…!」

「ちょ、お姉さん大丈夫?体力無さすぎでしょ」

「あ、はは…面目な、い…」


共闘者が既にフラフラで、正直に言ってしまえばお荷物な状態だった。

ウチに諦めるなって発破かけてたクセにこれだもんなぁ…カッコ悪い、ってか頼りない。


でも、ま…それでもこの人を見捨てるなんて選択肢は無いんだけどね。

だってお姉さんは、ウチが立っているために必要な人だから。


「こっち!!」

「わわ…!」


ご飯食べてんの?って聞きたくなるくらい細い腕を引き、化け物の一撃を空振りさせてから三日月蹴りを放つ。

…変わり果ててしまったカナとテツに、昔教わったものだ。


【Oooooooooo!!!】

「うげっ、うるさ…」


耳障りな声を上げながらバランスを崩して倒れた化け物に眉を寄せる。

あー、もう、気分悪すぎ。


足に伝わるぐにっとした感触がキモいのは勿論だけど、教えてもらった力を教えてくれた存在にふるわなきゃいけないってのは…なんか不愉快だ。モヤモヤが腹で渦を巻いてる。


「っ、ふぅ…弌菜ちゃん、ありがとう」

「…別に」


知らず震えていた手に添えられた温もりを辿れば、申し訳なさそうな顔で…けれど強い光を微塵も弱めることなく瞳に宿したお姉さんがいた。

その光がウチから余計な弱さを喰らうんだ。


「二菜の奴…おっそい」

「ふふっ…!道に、迷ってるのかもね」

「あり得る。…でも、来るんでしょ?」

「来るよ。必ず」

「ん。…知ってる」


言い聞かせる響きじゃない。

スカスカの慰めでもなければ、ヤケクソな願望でもない。

それはまるで当たり前の事だと言わんばかりの音で、曇りのない自信に溢れていた。


それがウチを支えてくれてる。

だからこそ、こんな絶望を形にしたような最悪な状況でも立っていられる。


お姉さんは確かに足手まといだ。

だけど、ウチが二菜を信じるためには…諦めないためには絶対に必要な人だから。

見捨てるなんてあり得ない。

それはイコール、ウチが生きることを諦めるってことだから。


とはいえ、キツいものはキツいなぁ…


「…ぁ、弌菜ちゃん!!」

「え…?」


ほんの一瞬。

弱音を内心で呟くのと同時に少しだけ気を緩めた、その瞬間。

狙い澄ましていたかのように三体の化け物がウチに腕を伸ばすのが見え…あぁ、これは終わったと思って目を閉じた。


ドン、と横からの衝撃が体を飛ばす。

けれどどうしてかそれ以上の痛みはやってこなくて…代わりに、生暖かい"何か"が頬に落ちた。


「…っく…だ、大丈夫…?」

「…は?」


すぐ近くで聞こえた声と鼻をくすぐる血の匂いに音がしそうな勢いで瞼を持上げると、ウチを守るように覆い被さる彼女と鮮やかすぎる赤が視界に飛び込んでくる。


脂汗を滲ませながら、それでも安堵の色を浮かべて笑う瞳はそれまであった無粋な眼鏡が取っ払われて…見たことない程綺麗な藤色を煌めかせていた。

どうして、どうしてそんな風に笑えるのよ…!


「ぅぐ、っ…!」

「お姉さん!?し、しっかりして!!」


ただでさえ負傷していた所に追い討ちをかけたかのように肩のあたりを化け物の腕が貫通している。

しかしそれはすぐに無遠慮に引き抜かれ、お姉さんは苦しげな声を漏らしながら倒れこんだ。


慌てて体を起こし、お姉さんを抱えてその場から離れる。

どこ行っても化け物の壁だけど、少しでも時間を稼ぐべくあまり手入れされていない茂みの中へ体をねじ込んだ。


その間にも、お姉さんから溢れ出る血は止まらない。

どうしよう。どうしたらいい…?だって、血が、こんなに…!

最低だ。ウチの大馬鹿者。何が足手まといだよ…!こんなの、ウチの方がよっぽど…!


「へ、いき…だよ、このくらい。だから…落ち着いて、弌菜ちゃん」


荒事なんて知らなそうな指がウチの唇をそっと撫で、それでようやく自分が唇を噛み切っていた事に気付いた。

口に入った血の味とお姉さんの血臭でくらくらしてくる。


「う"ぅ…いったいなぁ、まったく」

「あ…!お、お姉さん…無理に動いたら!」

「今は無理しなきゃ、でしょ」


起き上がろうとする体を慌てて支えたところで、ゾワッと背を抜けていった悪寒にお姉さんを抱き込んで地面を蹴った。

地面に突き刺さる腕に口がひきつった笑みを浮かべる


あっぶな…間一髪じゃん。


そのまま茂みから飛び出せば、もう辺りは数える気すら起きない程びっしりと化け物が犇めき…隙間も見つけられないような有り様だった。

逃げ道なし。お姉さんは大怪我。で、ウチも満身創痍…か。


「こーら、そんな顔しない」

「で…も、だって、もう…無理じゃんこれ。二菜は…!」

「来る」


来ない、とウチの口からこぼれてしまう前に静かな…しかし否定を許さない強い声が遮った。そして、驚かされる。

お姉さんの目は…まだ少しの絶望も諦念も映していなかったから。


「どう、して…?やっぱ、おかしいよ能力者って…こんな、こんな状況で、なんで…!」

「逆だよ、弌菜ちゃん」


笑うように転がされた言葉。それは、どういうことかと問うウチの視線に答えるように続く。


「能力者だからじゃない。私は自分の弱さのせいで、挫折も後悔も山のように味わったの。一回全てを失った弱者で…敗者なんだよ。だから、まだ戦える。だってまだこんなの、絶望じゃないもの」


この状況を"こんなの"って…そう言えるお姉さんは、じゃあ一体どんな絶望を味わったのだろう。

あまりにも平淡に紡ぐ彼女が、そのくせ瞳の奥に暗い焔を燻らせる彼女が恐ろしい。

けれど、それはすぐに覆い隠された。


「それに…負けた次は、勝ちたいものでしょ?」


痛みも苦しみも、何もかもを飲み込んで…彼女は花街一の艶葩のように強かに笑って見せたのだ。


それがウチにとってどれ程衝撃的だったのか…きっとこれっぽっちも知らないんだろうね。

ウチは、初めて力じゃない強さを見た。

初めて知ったんだ。


それは今までがむしゃらに求めていたものよりずっと美しく、強烈に憧れを抱かせるものだった。


一つ呼吸を飲み込んで、ウチはお姉さんの前に仁王立ちする。

改めて冷静に見てみれば、うぞうぞと蠢く化け物共はいつこちらを仕留めようかと様子を窺ってるのが分かった。

あぁ、これ…遊ばれてるんだ。


すぐに潰せるアリを追い立て、右往左往する姿を嘲笑うような陰湿な遊び。

怖い。でもそれ以上に腹が立つ。


ウチってばさ、逃げっぱなしの負けっぱなしじゃん。

コレに尻込みして絶望して、もう無理だと諦める、なんて…昔自分がダサッと吐き捨てた、仲間にいたぶられて遊ばれて打ち捨てられた破落戸とおんなじだ。


〈運命なんて、クソくらえだ〉


その通りだね、お姉さん。こんなのを運命って認めるのも、それを飲み込んで諦めるのもクソだった。ウチも、こんな現実に負けたくなんかないや。


だから、()()()()()ことにするよ。


お姉さんは未来でも見越してるみたいに二菜は来るって信じてるみたいだけど、ウチはその未来を待つのを止めにする。

待つんじゃなくて…自分から、掴みにいってやるんだ!!!


「すぅっ…二菜ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!さっさとこっちに来ぉぉぉぉぉい!!!」

【【!!】】


あー、運動会で応援合戦してた頃を思い出すなぁ。どっかのお馬鹿を止めるために声を張らなきゃだから、地味に大声が特技だったんだよね。

当時の熱血教師にお墨付きをもらったこともある声は自分でもドン引くくらいに響き、化け物共さえも目に見えて怯んだ。


けど、怯むのなんてせいぜい一瞬だ。


【Aaaaa!!】


刺激された化け物共は様子見を止め、明らかにウチに狙いを定め…


嫌な気配が纏わりついた。

死ぬかな、とも思った。


けれど、さっきのように目をとじてしまおうとは思わなかったんだ。

己のその選択を、ウチは心から称賛する。


【A"、A"aa!?】

【O"!?】

「「っ!!?」」


化け物が飛び掛かってきたその刹那。

一陣の風が吹くと同時に、目の前に迫っていた化け物が…その奥で何十と犇めいていた同位体と共に薙ぎ払われた。

汚い叫び声を上げて、まるで幻だったかのように消えていく。


そうしてぽっかりと空いたウチらと化け物の間に、見間違えるはずもない薄桃色が立っていたんだ。

そこにスポットライトが当たっているように…キラキラと煌めきながら。


「…おまたせ、弌菜。呼ばれて飛び出てくまがみね!!!なーんて…えへへ!来たよ!…ううん、()()()よ!!」

「二菜…っ、二菜!!!」


待ち望んでいたその瞬間を見逃さなかった自分を褒めてもバチは当たらないよね。

ぱっと花が咲く笑顔を、こんなに穏やかな気持ちで見るのはいつぶりだろう。

こんなに嬉しいのは、誇らしいのは…こんなに、愛おしいと思えるのは。


「…はは、やっば。まんま"くまがみね"じゃん、二菜。カッコ良すぎ」

「えへへ!そう?じゃあきっとそれは…弌菜のおかげだね!」

「…は?ウチ…?」

「うん!弌菜が呼んでくれたから、弌菜がいてくれるから…二菜は、"くまがみね"になれるんだ!」


ブォン、と振るわれる…何あれ、鉄球?

ウチらの苦労は何だったのかと思いたい程あっさり、それこそ紙でも破るようにソレが化け物を消していく。


「だからね、弌菜…二菜を呼んでくれて、ありがとう!!」


泣きそうな笑顔に頭を殴られたのに似た衝撃を覚え、ウチは唐突に"くまがみね"のワンシーンを思い出した。


くまがみねが力任せに一人で暴れ、森の住民達に避難された時…一羽の鳥、後に相棒となるトリトウさんとやり取りをする伝説のシーンを。


〔おう、クマ公。おめーって奴は一体何がしたかったんだ?〕

〔…皆の為に、悪い奴をやっつけたもん。くまぁは皆を守りたくて…〕

〔あぁ、確かに悪い輩はいなくなった。皆守られた。だがな、その代わり…皆で作った家も、皆の憩いの広場も、皆で世話してた畑もみぃんな壊された。なぁ、これで平和になったって喜べっての?感謝しろっての?そりゃ勝手すぎやしねぇか?〕

〔でも…でも、じゃあ、どうすればよかったもん…?誰かを助けたいって思ったくまぁは、間違ってたもん?〕

〔英雄だか救世主でも目指してんのか?ならよぅく覚えとくこった。そういうのはな、一人じゃなれねぇもんなんだよ〕

〔一人じゃ、なれない…?〕

〔誰かが助けてくれって伸ばした手を掴んで、誰かを助けたいと伸ばした手を掴んでもらって…そんで初めて本物の人助けになる。独りよがりじゃねぇ、"誰かの為"になれんだと…オレは思うぜ〕


このやり取りの後、トリトウさんはくまがみねと共に森の皆へ頭を下げた。

口下手なくまがみねの代わりに彼の思いを伝え、ストッパーになれなかった自分も悪いなどと住民の怒りの矛先すら肩代わりして。


トリトウさんはくまがみねを守ったのだ。

小さくて力の無い鳥である彼が、大きくて強い熊であるくまがみねを。


自分の肩身だって狭くなるだろうに、トリトウさんは笑ってくまがみねの背を次は頑張れよと押した。

そんなトリトウさんにくまがみねが言った言葉…今ならはっきりと思い出せる。


「あんな大声だしたら狙われるのは確実だったのに、それでもあそこで二菜ちゃんを信じられるなんて…弌菜ちゃん、キミは"強い"ね、すっごく!」

〔キミは"強い"もん、すっごく〕


ストンと心に何かがおちる。

あぁ、そうか。二菜の隣に立つために必要な強さって力なんかじゃなくて…"こういうの"で良かったんだね。


「…ありがと、お姉さん」

「え、何で私…?」

「なーんーでーもー!」


ウチを撫でてくれてる手にぐりぐりと頭を押し付けて、二菜の部屋みたくごっちゃごちゃな気持ちを無理矢理落ち着けた。


「…んん?あ!あ"ーーーー!!!!」

「「わっ!?」」


柔らかな手を甘受していたところへ突然割り入ってきた叫び声に体をすくませる。

大声に反応したした化け物が一斉に音源…二菜へ飛び掛かっていくのが見え、一歩間違えれば二菜の場所に自分がいたかもしれなかった現実に今更恐怖が沸いてきた。


「二菜ちゃん!大丈夫!?」

「ほいっと…大丈夫ですよぅ!…って、そうじゃないです!お姉さん怪我!!めっちゃ怪我してるじゃないですか!!っく、邪魔ですよぅ虫けら!!!」

「わ、危ない…!二菜ちゃん!私は大丈夫だから集中して!」

「いやいやいや、大丈夫って…それ本気で入ってます!?絶対大丈夫じゃ…」

「あぁもう!!二菜!お姉さんはウチが見とくから、さっさと終わらせて!ほら、右から来てるよ!!」

「え…っ、うわ!?」


余所見をしてたせいで反応が遅れた二菜だったけど、ウチの声で反射的に体が動いたらしく間一髪でかわす。ったく、危なっかしいんだから。


「うーん…弌菜がそう言うなら。でも、早くって言ってもこれ…キリがないよぅ」

「言ってる場合かっての!!次、上から来てるよ!!」

「うぅ…はぁい!!」


戦いの喧騒に負けないよう声を張り上げれば、二菜はきっちりそれを拾って攻撃を避ける。

でも…二菜の言うとおりだ。キリがない。

ってか、倒しても倒しても湧いてきてるじゃん…


とんとん、と肩を叩かれる感覚にはっとする。いけない、また弱気になりかけた。

戦場からお姉さんに視線を移せば、彼女は色の悪くなっている唇を小さく開けて浅い呼吸を繰り返している。状態は…正直良くなさそうだ。


「お姉さん、横になろ?ウチが守るから、ね?」

「ふふ、頼もしいけど…まだ、大丈夫。それより、弌菜ちゃんの声を借りたい、んだけど…いいかな?」

「え、声…?」

「うん。二菜ちゃんに、伝えてほしい事が…あるの。私はさすがに大声出すの、キツいから。それに…弌菜ちゃんの声、なら…絶対届く」

「…ん、わかった。任せてよ」


ウチのこと凄いって言うけど…やっぱこの人の方がずっとずっと凄いと思う。自己評価イカれ過ぎ。


何がお姉さんをここまで強くしたんだろ。

気になって、知りたいと思って…でもどうしてだろう。とても恐ろしくて口をつぐんでしまうんだ。


「二菜ちゃんに、この怪異の事を…伝えたい。情報だって、立派な矛に、力になるから」


傷なんて知らないと言いたげにそこにいる彼女は、夜の海に似た匂いがした。

覗いてはいけない、背筋が凍るような黒い水面のようで…ウチはたまらず藤色から視線をずらす。

その代わりに二菜へ目を向けて、ウチはお姉さんからの伝言を聞き終えると同時に肺を大きく膨らませた。


「二菜!その化け物は『増殖』って力を持ってんだって!本体叩けば他は消えるってお姉さんが言ってる!」

「ひょわっ…と。そっか、『増殖』かぁ。どうりで…って、コレ三ツ星ってこと!?」

「よく分かんないけど、核になってんのはたぶん二体だって!」

「わかった!弌菜もお姉さんもありがとうございます!…でも、この中から探すなんて…出来るのかなぁ…自信ないよぅ」

「もー!すぐ泣き言言う…ほら!シャキッとしなよ!」

「だって…っ、うぐ!?」

「二菜!?」


ぐずぐずと文句を言っていた二菜が死角からの一撃をくらってよろめく。

よくよく見てみれば、二菜はどこから攻撃が来るのか分からない状況に集中を欠いているようだった。

あの子…注意力散漫なとこ全っ然治ってないじゃん!!


ぽた、ぽた、と二菜の赤が境内に落ちる。

あぁもう!!見てらんないんだけど!!

でも…お姉さんを置いて突撃なんてできない。

分かってるからこそもどかしい!!


「二菜ってば、これでよく今まで無事だったね」

「…あぁ、そういえば二菜ちゃん、あまり集団戦は、得意じゃないって…だから、こういう時は至くん、に、カバーしてもらっ…」

「は?ダレ、その男」

「え"、あー…二菜ちゃんの、クラスメート、です」

「ふーん」


毎年家に来てたあの無口男かとあたりをつけ、要注意リストに入れた。

今までは譲ってあげてたけど、そのポジション(二菜の隣)は返してもらうから。


「二菜!!」

「はい!!」


…ある"鳥"は言った。

自分は小さくて弱っちい。この貧弱な足とふわふわの羽じゃ肩を並べて同じことなんてとても出来やしない。


〔けどな、隣に"在る"ことはできる〕


大きなお前が見落としたものを、小さな自分は拾ってやれるだろう。

強すぎる力が意味のない暴力になってしまう前に、弱くとも自分はそれを間違いだと糾弾してやれるだろう。

時には力を奮う理由にだってなってやれるだろう。


〔だから、どうか頼っちゃくれないか?〕


お前を恐れず、お前と在れる心こそが…自分の誇る一番の"強さ"なのだから。


「ウチは二菜の"トリトウさん"だ!ウチが、一緒にいる!!」


〔オレを連れてけ。オレの羽は幸運に導く…幸せの青い羽なんだ〕


「あいにくウチは平凡な色だけど、それでも二菜に幸せの羽をあげる!だから…思う存分、前見て暴れていいよ!何も…何も恐れなくていい!」

「…うん。うん!!分かったよ弌菜!弌菜の羽があるなら…二菜はもう怖くない!どこまでも飛べるよ!!」

「ならまず左見る!!」

「はいっ!!」


絶望の世界にそっくりな二つの笑顔を咲かせたウチらを、夏の木漏れ日がスポットライトのように照らしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


熊ヶ峰side


「っの!!」

【Aaaaaaaaaaaa!!】


鉄球をふるえばいとも容易く怪異は潰れ、黒い体液を撒き散らしては消える。

絶命の叫びが休符も無しに続く境内は頭が痛くなるくらい五月蝿くて、至くんがいなくて良かったなぁと的外れなことを考えた。


「コラ!!集中!!後ろから来てるよ!」

「ぅわ、ゴメン!!」


それでも…どんなに周りが五月蝿かろうが聞き逃したりしない声に導かれ、その場でグリンと一回転。


ぐちゃりと鎖から手に伝わる肉を潰す感触。何度経験しても気持ちのいいものではないそれに一瞬顔をしかめつつ、小さく息を吐き出した。


どうにも視野が狭くなりがちな私はこういう乱戦があまり得意じゃないけど…弌菜のアシストが本当にありがたいや。


それにしても、と小休止のつもりで周りを見渡してうんざりする。

もー…全っ然減ってないよぅ!!

あっちもこっちもみぃんな潰しまくってるのに、気付いたら減らした筈の数が元に戻ってるんだもん!!ズルいズルい!!


推定三ツ星でも動きはおっそいし一体一体の力もすっごく弱い。

体だって硬くはないし、潰すだけなら荷物に入ってるあの…えっとプチプチなやつを潰すくらい簡単なのに…これじゃ埒があかないよぅ。

でも…


「二菜!大丈夫!?」

「うん!平気!」

「ゴメン、まだ核?親玉?みたいなの見つかんなくて…」

「大丈夫、分かってるよ!とにかく数を減らしてみるね!」


弌菜がいる。

弌菜がいてくれてる!

たったそれだけで疲れも苛立ちもなかった事になるんだ。


まぁ…ようやくまともに話せたのがこんな危ない戦場ってのは最低だけどね。

出来れば家の縁側でスイカ齧りながらが良かったなぁ…って、贅沢言ってられないか。文句言っても状況は好転しないもん。


けれど、そんな喜びと同時にゴーヤを生で食べたみたいな苦さが私を責める。

弌菜を危険に晒してしまった…いや、進行形で危険に晒している自分が心底憎くて許せなかった。

もっと早く駆けつけてあげられたなら…そう思わずにはいられない。


〈弌菜、弌菜、弌菜、弌菜、弌菜、弌菜、弌菜…!!どこ!?どこにいるの!?〉


どこに行ってもどこに行っても弌菜は見つからなくて、血塗れぐちゃぐちゃな死体や怪異の発生通知が増えていく一方。

最悪ばかりが頭を回って、気持ち悪くなって、何度も路地で吐いて…


足元が今にも崩れそうだった。

世界がモノクロに喰われるように色褪せていく。


"世界(弌菜)"を、失うかもしれない。


あまりの恐怖に私は呼吸すら下手くそになって、まるで断崖の縁から真っ暗な夜の海を覗き込んでいるみたいだったよ。

…ううん。私はたぶん、その(絶望)に飛び込んでしまっていたんだろう。


けれど、そんな私をあの声が…あの叫びが引き戻してくれたんだ。


〈二菜ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!さっさとこっちに来ぉぉぉぉぉい!!!〉

〈ぇ…弌、菜…?〉


弌菜の声。

間違えようがない"世界"の声が、私を呼んでいる。

あぁ、"世界"はまだ…そこにある!!


深く沈んだところから水面に顔を出したみたいに視界も音も一気にクリアになって、息が出来た。


錆がとれたかの如く回り始めた頭が声の方角を導き出し、そこで一つの可能性にたどり着く。


〈…そっか。神社だ。あの神社だ!!〉


いつの間にか怪異発生のマークが付いていた場所。きっと弌菜は…ここにいる。

直感だけどほぼ確信した私は直ぐ様地面を蹴っ飛ばし、自分史上最速で神社まで辿り着いたんだ。


そこに広がってる景色が、まさかこんな酷い状況だとは思わなかったけどね…!


石畳が見えないほどに大量の怪異の中、弌菜(探し人)お姉さん(お気に入り)が疲れきった様子で…けれど、決して諦めてなどいない顔でそこにいた。

どのくらい怪異と対峙していたかは分からないけど、よく無事だったものだと思う。


…ううん。違う。分かってる。


「二菜!右から来てる!!」


体を捻りながら叩きつけた鉄球をすぐに引き戻し、弌菜の言葉に従って右側から迫っていた腕を吹き飛ばした。

そして周囲を警戒がてら、二人の方をちらりと窺う。


『増殖』の大元を探してくれている弌菜の後ろ。肩を真っ赤に染めて浅く呼吸しているその人に、私はなんとお礼を言えば良いんだろう。

無事だったんじゃない。無事に"してもらった"んだ。


きっとお姉さんが守ってくれていたから、弌菜はまだ折れないでいてくれてる。体も、心もね。

おかげで私は間に合ったんだ。そのくらい馬鹿な頭でも分かるよ。


だって…そうじゃなきゃ、いくら弌菜でもこんな絶望的な状況で立っていられた筈がない。

そうじゃなきゃ、蟠りを残したままの私を弌菜が呼んでくれた筈がない。


これはお姉さんが繋いだ"今"だ。

あぁ、本当に凄い人だなぁ。

お姉さんはいつだって絶望をひっくり返しちゃうんだもん。


私は彼女がくれたこのチャンスを無駄にしないために、死力を尽くさなきゃいけない。

二人を…守ってみせるんだ。


「弌菜!そっちは大丈夫!?」

「二菜のおかげで化け物のヘイトはそっちいってるから問題ないよ。ただ…お姉さんが、真っ白で」

「…っ、……」


お姉さんが何かを言っている。

弱々しくて聞き取ることは出来なかったけど、どうせ大丈夫とか言って…ああして無理に笑っているんだろうなぁ。


良くないと分かっててもじりっと焦りがにじむ。

早く、この状況を何とかしないと…お姉さんは、きっと…っ!


死んでも生き返るからって、お姉さんは自分の命を屋台のわたあめくらい軽いものだと思ってるだろうけど、私はそうは思わない。


だって、弌菜を守ってくれたのは"今の命"なんだもん。

それを使い捨てになんてさせられるワケがないよね。


だから、私は酷く焦ってる。

あの出血量じゃお姉さんの細い体がいつまで持つのか分からない。

けれど、怪異は…全然減ってくれないんだ。


「もー!!邪魔だってば!!」


鉄球を地面に叩きつけた反動で飛び上がり、怪異の群れのど真ん中に降り立つ。

四方八方からの殺気で体が回されたように気持ち悪くなったけど…全部潰しちゃえばいいだけだ!!


「そぉれ!大車輪ですよぅ!!」


一周、二周と鉄球をぶん回せば、それだけで面白いくらいに怪異は潰れて消えていく。けど…


「バッカ!!上!上!!」

「ふぇ?…っあ"!?」


目が回ってきた、なんて油断してた。

弌菜のおかげで直撃は避けたけど、二の腕を掠めた攻撃にぱっと赤が視界に舞う。

痛みより先に何で気付けなかったんだろ?と自問して、直ぐにその答えに行き着いた。


そっか…同じ怪異による同じ質の殺気が充満してるせいで感覚が鈍ってるんだ。

参ったなぁ…ただでさえ鈍感とかトロいって至くんに言われてるのに、これじゃ尚更じゃん。


とりあえずこの作戦はダメだね。

手っ取り早いけど、相手の動きから注意がそれちゃうや。

っと、今更になって傷の痛みが…


「いったぁ…」

「ちょっと、ソレ…大丈夫なの?」

「へーきへーき!直ぐ止まるから!」


ガリッと奥歯に仕込んである薬のカプセルを砕く。口に広がる苦味に顔をしかめそうになるのを抑えつつ、顔色を悪くする弌菜に無事をアピールした。


さて、怪異の数は…ありゃダメだ。もう戻ってる。

うーん、どうせならもっと大きく振り回せば良かったかな…一瞬でも見通し良くなるだろうし。

やってみる?…いや、いけないいけない。

だってここには、私一人じゃないもん。


一人頭の中で会議を繰り広げていると、弌菜が心配するのももっともなくらい真っ白な顔をしたお姉さんがこちらを見ていることに気付く。


「…もしかして、二菜ちゃん…戦い、にくい?手加減…してるよね…?」

「はぁ!?」

「ぎくっ!」


図星を突かれて顔がひきつるのが分かった。

さ、さすがはお姉さん…鋭い…

お姉さんの指摘通り、私は全力を出せないでいる。


だって、ただでさえ境内は私の鉄球を振り回すには狭いのに加えて、弌菜とお姉さんがいるんだ。

一応は離れているけど、何かあった時に対応出来る範囲…つまり付かず離れずの距離に留まってる。


私という能力者はとにかく加減が苦手だ。それは自分でよぅく分かってる。

だからこそ、もし手違いで二人を傷付けてしまったらって…そんな恐怖が過剰なまでのブレーキをかけてしまっていた。


武器を捨てて肉弾戦でも十分戦えはする相手だけど、さすがにこの数だと…ね。七尾先生ならいけるだろうけど、私じゃキツいかなぁ。


『増殖』の能力、か。

過去の交戦記録で見たことはあったけど…まさか現物がこんなにも厄介だなんて。真面目に読まなかった当時の自分に馬鹿!って言いたい。


あーあ…ここに至くんがいれば、この前話してくれた瞳色反転の『共鳴』でぱぱぱぱー!って出来たんだろうなぁ。

なんて、愚痴ってもしょうがない!


「こっち気にして手ぇ抜いてたら二菜も危ないし、結果的に全員ヤバくなるでしょ!気にしなくていいから、ちゃんと全力で戦って!」

「それは…でも…!」


分かってる。弌菜は正しい。

でも、もし…もし私の手で彼女達を傷付けてしまったら…私は、私、は…


囲むように四方から転がってきた怪異を跳んでかわし、空中で体を捻った…その時。

視界の端に弌菜目掛けて腕を伸ばす怪異が映り込む。

心臓が嫌な音をたてた。


うそ、まって…待って!!?


離れた所から他の怪異の間をぬって…それらはあと瞬き一回の時間も無しに、間違いなく私の"世界"を穿つだろう。

弌菜は、その驚異に気付いていなかった。


そこまで頭では分かってしまったのに、体はまるで追い付かない。

スローモーションのような視界の中で、無情に迫るタイムリミット。


ダメだ、この体勢からじゃ…間に合わない!!


【【AaaaaaAaaAaaaa!!】】

【【OooooOooooooooo!!】】


怪異達の呻きが笑っているみたいに鼓膜を揺さぶる。


ふざけるなよ。


虫けらが、虫けら風情が…っ!!

私から弌菜を奪おうというのか!!!

そんなの、許さない!!!


動けよ私!その為に磨いた力じゃんか!!明日も明後日も、弌菜と同じ空の下に居たいんだろ!!なら、それなら…!!動け!!!


「『前借り(ブースト)』!!!」


この後の反動なんて考えていられなかった。だって、今使わなくてどうするの。

瞳色反転(これ)は、"世界(弌菜)"の為に作り上げた武器なのだから。


『前借り』によってシンプルに己二人分の力を得た私は中途半端に構えていた鉄球を引き寄せ、その球を足場に怪異の元へ弾丸の如く飛び出した。

次の瞬間には、海の中でタコに墨でも吐かれたみたいに視界が黒でいっぱいになる。


私の膝で砕かれた怪異は体も、弌菜に向かう途中だった腕も皆黒い体液になって弾け消えた。

でも、まだだ。


さっきまでの私は気付かなかったけど、まだ弌菜を狙ってる虫がいる。

そこにも、ここにも、あそこにも…!全部、だ。全部潰さなくちゃ!


一瞬が凝縮されたスローモーションの中で、私は一匹、また一匹と虫を潰していく。

あと一匹!だけど、相手もただやられてくれる馬鹿じゃなかった。


「…う"っ!?」


体に凄まじい衝撃が走る。

見れば、私の腹に怪異の拳がめり込んでいた。

ここで、注意力散漫…っ!クソ!

弌菜に迫る怪異ばかりに気をとられて、自分に迫る敵を見落としてたんだ。


『前借り』で色々とパワーアップしていたおかげもあって攻撃は貫通していないし、内臓や骨も無事みたい。

けれど、ほんの一瞬だけ私の動きは止まっちゃって…その一瞬が、命取りだった。

怪異への対処が、伸ばした指の関節一節分間に合わなかったんだ。

まずいまずいまずいまずい…!


「弌菜っ!!!」


目の前を通りすぎる腕。

その先で、自分に迫る脅威にようやく気付いて目を見開く弌菜。


「弌菜ちゃん!!」


身を食らうような絶望は…けれど直ぐ様驚愕に変わった。

お姉さんが弌菜の腕を引き倒し、守るように腕に閉じ込めたからだ。

怪異の攻撃がギリギリ弌菜の後ろで空を切る。


動くのもやっとの筈なのに、なんて人だろう…!

でも、ホッとなんてしていられない。

邪魔をされて怒ったのか、大量の怪異から大量の腕が伸びてきていたのだ。


その、標的は…


「「お姉さん!!」」


私と弌菜の悲鳴じみた叫びが重なった。刹那。


「『結界』」


リン、と鈴が鳴るのに似た音を聞いた。








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