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3-2


「…~~っぅ~!!!」

「え…あ、だだだだだ大丈夫!?」


派手に転んだ男の子に慌てて駆け寄ると、泣くまいと必死に堪える顔と目があった。

怪我を確認すると…うわ、結構酷い。

両膝からはダラダラと血が流れているし、転んだときについたのだろう手も擦りむいて真っ赤だ。


私はキョロキョロと辺りを見渡し、近くに公園があるのを見つけた。


「傷口、洗いに行こう?立てる?」

自分の頼りない腕に少し悩んだけれど、自力で立ち上がろうとする男の子を見て慌てて支える。

抱き上げられれば負担を減らしてあげられるのに…悔しいなぁ。

いや、とにかく今は出来ることをしよう。


「至くん。絆創膏と傷薬、お願いできるかな」

小さく呟けば、近くの木がかさりと揺れた。


やっとの思いで公園に辿り着き、水道までやってくる。

正直私の方がヘトヘトだけど、それを表に出すヘマは出来ないと腹に力を入れた。

本格的に筋トレを考慮した方がいいかもしれない。


「今から水で流すよ。少し沁みるけど、大丈夫?」

「へ、いき…」

「そう。強いね」


ずびっと鼻を啜る男の子の頭を撫でて、私は出来るだけ優しく血と砂を洗い流していく。

うーん、手はまだしも膝はやっぱり酷いね。


「っ!…ぃ」

痛みに顔をしかめる男の子はやっぱり泣こうとしない。

強い子だ。でも、少しだけ損な子だ。


「大丈夫。もう少しだからね。頑張れる?」

「…ん」

そう問いかけて顔を覗き込むと、浮かぶ涙はそのままにちょっとだけ笑って頷いた。

…ん?どことなく既視感があったような…気のせいかな?


持っていたハンカチで傷口を拭き、公園のベンチへ並んで腰かける。

と、それを見計らっていたかのように、男の子のいる反対側でカサリとビニール袋が手に触れた。

咄嗟にお願いしちゃったけど、さすが至くん。仕事が早い…

わぁわぁきゃあきゃあと遊ぶ子供達を眺めていた男の子の肩をちょんとつつき、私は至くんから貰った袋を掲げる。


「手当て、してもいいかな?」

男の子はゆらゆらと瞳を揺らしたあと、少し恥ずかしそうにコクリと頷いた。



「……ん!これでよし!」


まだ出血のある両膝には真っ白いガーゼ、掌へは絆創膏。

曲げ伸ばしに問題が無いことをチェックして、満足のいく出来に私は男の子へ笑いかけた。

怪我の手当ては…嫌な記憶ではあるけれど、あの世界でとても慣れているからね。


「あの、ねぇちゃん…ありがとう」

「どういたしまして。大丈夫そう?」

「うん!もう痛くねーよ!」


ふわりと笑った顔にまた既視感を感じながら、私は涙の跡が残るもちもちのほっぺを優しく撫でた。ふくふくと笑うのがべらぼうに可愛い。


「でもさ、ねぇちゃん何で助けてくれたんだ?」


知らない人なのに、と純粋な瞳を向ける男の子からの予想外の質問できょとんとした顔をさらす。

何で、か…うーん何でだろう。

少しだけ悩んで、私は彼の怪我を指差した。


「それ、痛かったでしょう?」

「え?あ、うん…」

「そうだよね。私も、そんな風に転んだことがあって…すっっっごく痛かったのを覚えてる」


小さい頃だけじゃない。

あの地獄の最中でだって何度も転んだし、怪我もした。

当然のように痛かった。

そう、いつだって痛かったんだ。


「傷を見たら、私も痛みを思い出す。それが…嫌だったんだと思う」


映像のフラッシュバックと同じように、傷の痛みもまた忘れるなと言いたげに私を蝕むのだから。

男の子の傷をガーゼの飢えからそっと撫でて、私の話を一生懸命理解しようとしているまあるい瞳を真っ直ぐに見た。


「私はね、私の痛みを消したかったんだよ」


狡いよね、と笑う。

そりゃ勿論心配もしたし、可哀想とも思った。それだって理由の一端には違いないのだろうけど…

私の根底は、そんなに美しくはなれない。


いつだって痛みに怯える臆病者だ。

自分以外の傷にすら怯える根性なしだ。

だから、見過ごせなかったのだ。


「ねぇちゃん」


ポツンと落ちた声に体が震えた。

私ってば、子供に何を言ってるんだろう。

優しい台詞ひとつ吐けないのか。まったく情けない。

あぁもう…変なこと言う大人だって思われたかな。


そんな自己嫌悪でうつ向いた私を彼は覗き込み…


「すげーね!」

「…え?」


にぱっと輝くような笑顔を咲かせた。


「むずかしいことは分かんなかったけど…ねぇちゃんは、すげーやさしいから…だから、痛いんだろ?」


面食らって処理落ちする私を余所に、男の子はキラキラとした顔で続ける。

優しい??え、今のどこが???


「この前レッドがピンクにそう言ってたぞ!そんで、たにんの痛みを分かれるやつはすげーんだって!」


レッド、ピンク…あ、もしかして休日の朝に定番な戦隊もの?

今時の戦隊ものって妙に深いこと盛り込んでくるよね。


「だからねぇちゃんはピンクみたいにやさしくてかっけーって事だ!」

「いや、それはたぶん違…」

「あのな!痛いの分かってくれて、いっしょに痛がってくれて、そんで痛くなくしてくれて…ありがとう!」


否定する隙すら与えず、男の子は怒涛の勢いで私を凄い人認定してしまった。

違うよ、私、そんな出来た人間じゃない。


でも…


光を集めたようなキラキラした瞳が、希望を詰め込んだ笑顔が、あまりにも眩しくて尊い。

手を伸ばしたその先が"失われなかった"のはいつ以来だろう。

触れた頬が冷たくないのは…もう随分昔の話だったな。


ねぇ、私。

少なくともこの瞬間、目の前の男の子の笑顔は守れたんだよね?だから今くらいは…


「…どう、いたしまして!」

このエゴを、"人助け"と呼んでもいいだろうか。


「そーだ!ねぇちゃん、お名前なに?」

「え、名前?」

「そ!まだ聞いてなかった!あ、おれはね…」

「ストップ!」


元気に動く口に人差し指をぴっと添える。


「知らない人に名前を教えないの」

「ヤだ!おれ、ねぇちゃんと友達になるんだもん!!」

「ええぇ…」


ぷっくぅと頬を膨らませやだやだと繰り返す男の子に困っていると、公園の入り口から女性の声が響いた。


「こら、大樹!!!」

「「!?」」


私が言われたわけじゃなくとも、思わずビクッとなる声量。

げっと顔をひきつらせた男の子は逃げようと体を捩らせたが、ベンチから降りる前に頭を鷲掴みにされていた。


わぁ、お姉さん…お母さんかな?足早すぎ。

あと掴み方がワイルド…


「学校から帰ってこないから心配してたら…何人様に迷惑かけてるの!もう!」

「いてててて!はなせよ架純ねぇ!!」

「あああ、あの、迷惑とかじゃないですから!大丈夫です!」

「あら?そうでしたの?」


ぱっと男の子から手を離してこちらに向き直った美人さんに自然と背筋が伸びる。


「ねぇちゃんはな、転んだおれをたすけてくれたすげー人だぞ!」

「転んだ?…まぁ、手当てまで!!うちのがすみません。御迷惑をおかけ致しました」

「いえ、とんでもないです!!本当に簡単な処置しかしてないので…!」


丁寧に下げられた頭に、私は慌ててベンチから立ち上がってわたわたと手を動かす。

あぁもう!少年ってば良い笑顔しちゃって!

慌てる私が面白かったのか、少しして目の前の女性からクスクスと笑い声が聞こえた。


「ふふふ、ごめんなさい。あ、私この子の保護者で成宮(ナルミヤ)架純(カスミ)と言います。この度は本当にありがとうございました」

「あ、わ、私は綴戯栞里です。その、頭を上げてください」

「あー!!!架純ねぇずりー!おれが先にねぇちゃんの名前聞きたかったのに!!」


ぶぅぶぅと口を尖らせた男の子がぐいぐいと成宮さんを押し退け、私の前に仁王立ちする。

怪我の跡も相まって大層やんちゃそうな相貌のその子供は、にぱっと笑って口を開いた。


「あのな!おれ、七尾(ナナオ)大樹(タイキ)!8歳だぞ!」


ぱちり、とピースが嵌まったような感覚。

ずっと誰かに似てるとは思っていたけど、まさか…


「な、なお…?え、あれ?成宮じゃ…」

「おれ、お父ちゃんが忙しいから架純ねぇのとこにいそーろーしてんの!」


え、それ、そんな笑顔で言い張ること??

そこそこ複雑な事情をぶちこまれた気がするのだけど…

チラリと成宮さんに目を向けると、少し困り顔で笑っていた。


「お父ちゃんはな!悪いのをやっつけるヒーローなんだぞ!」


これは、もしかしなくても七尾さんのご子息なのでは…?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「それでな!ここでブルーが…!」


あの衝撃的な自己紹介から暫く。

私は何故か気に入られてしまったらしい大樹くんにガッツリつかまっている。

なんなら膝に座られている。

どうしてこうなった。

いや子供は好きだし、楽しそうにあれこれ話してくれるのは可愛いのだけれど…


茜色に染まりつつある空に、カァともの寂しい鳴き声が響く。

沢山いた子供達も大半が帰路について、今は高校生くらいの数名が青春っぽく並んで駄弁っている程度だ。いいな、あれ。


そんな公園を眺め、今まで微笑ましく見守っていた成宮さんがおもむろにベンチから立ち上がった。


「大樹。そろそろ帰りましょうか」

「えー!やだやだ!まだ栞里ねぇちゃんと遊ぶー!」


体全体で抱き付いてくる大樹くんをぽすぽすと撫でる。


「ごめんね大樹くん。私もそろそろ帰らないと」

「う"ぅ~~~!!!」


一応監視対象だし、あまり遅いと一ノ世にあれこれ嫌味を言われそうな気がする。

それに、至くんもずっと待たせてしまってるからね。

しかし力強くない?遺伝かな??

私の貧弱な体がミシッて悲鳴を上げてるんだけど。


「ほら、大樹。お姉さんを困らせたいの?嫌われちゃうわよ?」

「…っ…それは、ヤだ!」


大樹くんは瞳いっぱいに涙を溜めながら、名残惜しそうに私から離れた。嫌われたくないと書かれた顔を見るに、かなり素直な性分らしい。

彼は私の代わりにぎゅうっとランドセルを抱きしめると、上目遣いでこちらを見た。


「…っ!またな!!」


それだけ叫んで、小さな背中は風のように駆けていってしまう。

あらら、また転けてしまわないと良いけれど…


「まぁまぁ…うふふ。ごめんなさいね。案外いじっぱりなのよ、あの子」

泣き顔を見せたくなかったのねと笑いながら、成宮さんも1つ礼をしてその後を追っていった。


しん、と一気に静かになった公園に息を吐く。

既にカラス達は帰り終え、たむろっていた高校生達も居なくなっている。

よくよく空を見つめれば、星達も顔を出し始めていた。


また、か。叶えてあげられるかな。


「綴戯さんお疲れ様っていうか体力大丈夫ですか」

「…あ、至くん。ごめんね、待たせちゃって」


いつの間にか側にいた彼が心配そうに眉を下げている。

私の体力は正直RPG的に言えば赤ゲージだ。

今すぐ帰って眠りたい。

と言うか、座っていたら本当に寝そう。

眠気覚ましと自分を奮い立たせる為にペチリと頬を叩き、ベンチから立ち上がる。


「よし、帰ろうか!至くん」

「…」(コクリ)


その時何故か至くんが寂しそうに見えて、私は内心首をかしげた。


すっかり暗くなってしまった道を2人で歩く。街灯があるとはいえ東京程の明るさはなく、少しドキドキしてしまう。

今怪異とか出たら絶対容赦なく悲鳴あげるよ。


「ね、至くん。さっきの子って…」

「はいお察しの通り正真証明七尾先生のお子さんですっていうか小生も直接見るのは始めてですけど取り敢えず遺伝子って強い」

「あはは、本当にね」


一度気付いたらもうそうとしか思えないくらいにはそっくりだった。

というか、私会ってしまって大丈夫だったんだろうか。


「問題ないと思いますけど一応報告はしますすみません」

「いやいや!それが至くんの仕事でしょう?大丈夫、気にしないから」


しゅーんとしてしまった彼を宥めるように手を伸ばそうとして…止まってしまう。

耳鳴りのように高周波のあの音が頭の中で鳴り響いたのだ。


カタカタと震える手を隠すように胸の前で握る。

大樹くんには何ともなく触れられていたから油断していたけど、私の心が成長したわけじゃないのだ。


「…至くん。ごめんね。私が、そんな顔させてるんだよね」

「…!」


彼が慌てて顔を覆う。

暗いからと油断していたのだろうけど、私は案外夜目が利くんだ。

至くん…凄く悲しい顔をしていた。

そりゃそうだろう。だって、彼が悪いわけじゃないのだから。


今感じているのは"記録"の気持ち悪さではなく、狡い自分への吐き気だ。

このまま、私が手を伸ばせるようになるのを待ってくれる彼らに甘えようとしている自分が…凄くカッコ悪い。


〈ねぇちゃんはピンクみたいにやさしくてかっけーって事だ!〉


だから、見たことの無いピンクさん。勇気を貸してください。

さっき貰った言葉を噛み締めて、私は息を大きく吸った。


「至くん!小指出して!」

「…!?」


思ったより大きな声に内心驚きながら、同じく目を丸くしている彼をじっと見る。

そして、指切りのように形を作る私の手を真似ておずおずと差し出された至くんの小指に、己のそれをそっと触れさせた。


「っ!」

私の指が震える。

けれど、離してしまわないようにきゅっと指先に力をいれた。


「ちょ綴戯さん顔色も呼吸もやばいですって無理してないで離してください」


耳の奥に不快な音と悲鳴が渦巻き、目蓋の裏に鮮血と四肢が散る。

違う。それじゃない。

…それは、"至くん"じゃない!


「っは!!…ふぅっ!」


詰めていた息を吐き、目を開ける。

呆然とこちらを見る彼の小指に私の小指が弱々しく絡んでいるのが見えて…安堵した。

なんとか、自分から触れた、みたい。

でも、これが今の限界…かな。


「約束する」


極度の緊張で痺れる指先を離し、つうっと流れる冷や汗の不快感を振り払って笑ってみせる。


「いつか…頭わっしゃわしゃに撫でるからね。覚悟しておいて」

「…小生も熊ヶ峰も待ってますしむしろこっちから予約しときますのでその時は目一杯お願いします」


ちっぽけな決意表明だったけど、笑った彼が心底嬉しそうだったから…頑張ろうと思えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


九重side


羨ましい。そう思った。


本屋から帰る道の最中、すぐ側で子供が転んだ。

小生はだから何?って感じだったんだけど… と言うか、もはや石が転がったかなってレベルで気にしてなかった。


でも、綴戯さんが駆け寄ったから。


彼女は小生にとって他の有象無象とは違う。

興味の対象だし仲良くなりたい対象だし助けてあげたい人だ。


能力者というものは大半が両極端。

感情の向け方が0か100しかないとさえ言われるくらいだ。

いや、さすがにそこまでじゃないとは…思いたいけど。

まぁ要するに、そのへんの人間なんて総じて背景。

逆に、興味にさえ引っ掛かったなら人並み以上に構いたくって仕方なくなる。そんな感じ。


一ノ世さんなんて特にそれが酷い典型だ。

ちなみにあの人は下手すれば人と蟻と石の区別がついてない。

もうシンプルにヤバい。

まぁ"仲間"って区別した存在にはちゃんと目を向けてくれる人ではあるけどね。


そんな訳で、小生にとって特別枠な綴戯さんが手を貸すのならば無視なんて出来ない。

それに綴戯さんは小生を頼ってくれたんだ。

それはもう物凄く嬉しかったよね。


だけど…


彼女の手が当たり前のように子供に触れた瞬間、どす黒い気持ちが渦巻いた。

だって小生達は触れてもらった事無いんだよ?

"別の自分"たちのせいで、あの人に触れてもらうことが叶わないってのに…!

なのに、あんなただの子供がさぁ!!頭まで撫でてもらうなんて狡いよ、狡い!狡い!!


小生だって手を握ってほしいし撫でてほしい。

まぁ一番は、小生があの人を抱っこしてずっと持ち運んでいたいって希望があるんだけど…それは割愛。

勿論、どんなに願っても無理強いはしないよ。

特別枠だからこそ大切にするっていうのは能力者にとって常識だ。


だって如何なる形であれ失ってしまったら…常人より辛い思いをするから。

思いのかけ方が普通と違うんだから当然でしょ。


能力者がお気に入りの友人1人失くすのは、一般人からしたら最愛の伴侶を失うのと同等なんだ。


だから、彼女を気に入っている小生や熊ヶ峰は物凄く気を遣って接してるの。

近付いただけであんなに怯えさせてしまうんだから…慎重過ぎても足りないくらいだよ。


…あんな"記録"が現実だった世界にいたんだ。

断片だけど、小生は彼女が何度も誰かに殺されている場面を見た。


そんな酷いことした奴らと同じ顔した小生達に怯えるのは当たり前で、触れなくて当然。

むしろよく喋ってくれるな、とすら思う。

彼女はいつも自分を責めているように見えるけど、小生は凄く強い人だと思うよね。


強くて、優し過ぎる人だ。


だからあの人は、誰かの痛みにまで敏感になれるんだ。

誰よりも痛みを知りすぎているから…

小生達には一生出来そうにないね。

だからこそ尊敬する。


で、あの子供はそんな優しい綴戯さんに取り入った訳だけど…

あーあ!子供って本当に狡いよ。狡い狡い。


いいよね彼女のトラウマでも何でもないって免罪符があるから甘え放題じゃん弁えろ。

うっかり手が出そうになるくらいムカついた、んだけどね…


あることに気付いて、誰にも見付かっていないのを良いことに物凄く間抜け面を晒した。

ついでに冷や汗流した。


あれ?小生がうっかり殺意向けそうになったあいつ…写真で見たことあるっていうか毎日見てる顔に滅茶苦茶そっくりじゃん。


「…と、そういうわけで先生の息子さんと気付きまして静観を決定その後綴戯さんにより完璧な処置をされた彼はその人柄に惹かれて彼女をお気に入り認定ちなみに無事保護者に連れられて帰宅したのを確認してます」

「まてまてまて!」

「あっははははは!!!!」


学園の職員室。

帰るなり一ノ世さんに捕まった小生は、一切の偽りなく今日の報告をしていた。

偽る必要あること綴戯さんはしてないから問題無いでしょ?


むしろ、能力者から見たら聖人君子も真っ青な善行しかしてないよあの人。

ちなみに小生は本屋の店主に隠密バレた罰で明日の補習が決定した最悪。


正直、公園の子供達が五月蝿すぎて頭痛くなってるから本当は喋りたくないし、能力使って報告したかったけど…一ノ世さんだけじゃなく七尾先生もいるから諦めたよね。

いや、出来なくもないけど両手に男とか絵面ヤだし。


「取り敢えず、だ。…九重テメェ人の宝物に手ェ出そうとしてンじゃねぇよ!!!殺すぞ!!ア"ァ!?」

「いやいやいや無茶言わないで下さいよ小生顔は知っててもあそこにいるなんて知りませんってかピンポイントで会うなんて思わないでしょう」


これで怒られるの理不尽。

思考だけで実害なかったんだから良くない?


「ついでに一ノ世!!わざと会わせた訳じゃねェだろうな!!」

「はー…面倒くさ。んな訳無いでしょ。俺にメリット無いもん。つーかさ、アイツ引き運つっよ!あっははははは!!!!」


一ノ世さんはこの前の綴戯さんの親友さんって前科あるから、疑われるのは分かる。

まぁメリット無いって言った顔がマジだったから信じて良いと思うけど。


一回噴火して落ち着いたのか、七尾先生が長いため息をついて項垂れる。高低差凄すぎ。


「はぁ…いや、手当ては本当にありがたいが…そうか、気に入られたのか…」

「キラキラした目でヒーロー扱いされていましたっていうかあんな風に綴戯さんに優しくされておいて気に入らないとか無いと思います」

「つーかさ、丁度良いじゃんセンパイ。例の件、頼んじゃえば?」


例の件?何だろうかそれは。

難しい顔で悩みだした七尾先生はしかし、どこか満更でもない感じだ。


「…良いのか。綴戯をそんなにホイホイ外に出して」

「べっつにー?人付ければ良くない?だって、ずっとここにいても仕方ないじゃん。いっつも図書室の本弄ってるだけだし」


口をつんと突き出し呟く一ノ世さんは、今日見た子供のように己の感情に素直だよね。

気に入らない、納得いかないと雄弁に語っている。

なんでそんなに不機嫌そうなんだろ?


「もっと好きに過ごせば良いのにさ。アレじゃつまんなそうじゃん。…なんかヤだ」


一ノ世さんはがりがりと頭をかいて、なんて事無いようにそう言った。


…んん?

…え?あれ?小生の気のせい?

もしや今の、綴戯さんの事気遣った…???

嘘でしょあの一ノ世さんが!?天変地異?


「お前…」

「何、センパイ?変な顔してさ、うっざ」

「…いや、なんでもない。取り敢えず考えとく」

「ほーん?まぁ好きにしなよ」


ええぇ…マジかよ無自覚かよ…。こわ。

いや夢か夢だったのかさっきのそうだそうしようだって怖いし。

小生はこれ以上報告することが無いのを理由に、その場から離脱した。


「…」


自室までの暗い廊下を歩きながら、ふと自分の小指を月明かりに晒す。

綴戯さんが、無理をしてでも触れてくれた場所。

小生と約束を交わした場所。


「…」


あぁ、嬉しい。

あの人は小生を見ようとしてくれている。

小生の存在を肯定してくれている。


"別の"小生なんて直ぐに塗り替えて見せるから…もっと小生を、小生だけを見てほしいな。


小指にマスク越しのキスを1つ。

きっと今の小生は…酩酊したようにだらしない顔をしているのだろう。


ブブッ


「…チッ」

不粋な着信はいつだって小生を暗闇に突き落とす。

あぁ、大嫌いだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


しゃがんでいた姿勢からぐぐっと腰を伸ばすと、近くに居たらしい鳥がちぃちぃと鳴きながら飛び去った。


中庭をぐるりと見渡し、日課と化している虫干しに苦笑を溢す。

その辺に本が立ち並んでいるって光景に慣れてきたのが悲しいよね。


「えっと…今日は二菜ちゃんも至くんも居ないんだっけ」


そろそろ昼時だけれど…今日は1人ご飯かな。

二人が居る時はまるでピクニックのように中庭で一緒に食べてるんだよね。


まぁ、最初に二菜ちゃんが三段重ねの重箱持ってきた時は驚いた。

寮母さんに作ってもらってるらしいのだけど、それを全部1人でペロリと食べちゃうんだよね。

毎回の事だというから驚きを隠せない。


対して至くんはパン一個とかおにぎり一個。

嘘でしょ足りてる?って心配になった。

私、男子高校生って常に丼を平らげてるイメージだったんだけど…


取り敢えず、二人の対比が毎回凄い。

ちなみに私は、東雲さんプロデュースのお弁当を職員食堂の人に作ってもらっている。


…殆どペースト状だったり、消化に良いものばかりだから、病院食って皆に言われるのが何となく虚しいけど。美味しいから大丈夫。


日陰はすべて虫干しに使っているので、眩しいくらいの日光が差し込むベンチへ腰を下ろした。

と、カツリと靴が石畳をたたく音がして振り返る。


「あれ、七尾さん?お疲れ様です」

「お疲れ。綴戯、今いいか?」

「え?あ、はい。構いませんよ」


七尾さんが私に用事?

内心首をかしげながら是を返せば、七尾さんは少し離れた場所に立って罰が悪そうに頬をかく。


「あー…この前は、うちの息子が世話になった。ありがとう」

「…あ!大樹くん!あの後大丈夫でしたか?」

「はは!おかげさまでな。ピンピンしてるそうだ」


先日の元気な子供を思い出し、ついつい頬が緩む。

大事無いみたいでひと安心だ。


柔らかい七尾さんの表情は確かに1人の父親らしさを感じさせ、最初に意外だと思っていた自分はもういない。


「義姉に聞いたが、お前に会いたいと大騒ぎしているそうだぞ」

「え!?」


てっきりもう記憶の彼方に押し流されていると思っていた。

たかが数時間の付き合いだし、子供って日夜色んなものを吸収して学んでいるから、私の記憶なんて埋もれててもおかしくないじゃないか。


と言うか、成宮さんは七尾さんの義姉さんだったんだね。聞けば奥さんのお姉さんだそうだ。


「あー…それでだな。少し頼みがあって」

「頼み、ですか?」


改まってどうしたのだろう。

…もしかしたら、もう会わないでほしいって言われちゃうのかな。

だとしたら少し悲しいけど…

緊張しながら次の言葉を待っていると、七尾さんはこほんと喉の調子を整えてから言葉を紡いだ。


「大樹の授業参観に出てくれないか」


…ん??なんて?

ジュギョウサンカン…授業参観!?

それってあれだよね?子供の授業風景を親御さんが見に行って…まって、どうして私!?


「え、あ、あの??何故、私が???」


頼みが想像の斜め上過ぎて大混乱な私を余所に、七尾さんは困り顔で端末を片手に取り出す。


「義姉さん達の都合が合わないらしくてな。その日は夫婦揃って夜まで仕事らしいんだ。だが、誰も来ないというのは…寂しいだろう」

「えっと、七尾さんご自身は行けないんですか?」

「…仕事を入れるつもりだ」


仕事を"入れる"という言い方に私は眉を寄せた。

暗に、自分は"行けない"のではなく"行かない"のだと、彼はそう言ったのだ。


じっと真意を探るべく目を向ける私に、七尾さんは躊躇いがちに口を開く。


「…大樹の母親。私の妻は、あの子を産んで直ぐ怪異との戦いで死んだ」

「と言うことは…能力者さん?」

「あぁ。…だが、能力というのは遺伝しない。大樹は…一般人だった」


能力者っててっきり血筋とかあるのかと思っていたけれど、どうやら違うらしい

能力は遺伝しない、か…始めて知ったよ。

確かに大樹くんの瞳はよくいる日本人の色をしていたものね。


「能力者の子供というのは危険が多い。私が近くに居れば怪異を引き付けてしまうし、他にもまぁ色々、な」


怪異は能力者を好む。

確かにそれが奴らの性質ならば、七尾さんと共に居れば普通の子供よりも遭遇する確率は上がるのだろう。

色々、と濁された部分はいまいち察せないけれど。


「そんな危険に晒すくらいなら…私など居ない方がいい。私の顔も、親が能力者である事も、何も知らないままで普通に過ごして欲しい。だから、義姉夫婦に託したんだ」


言いたいことは何となく分かる。

けれどそれは…その決意はあまりにも悲しくないだろうか。


「義姉は子供が出来ない体でな。二人とも大樹を大切に、我が子のように可愛がってくれている。私なんて、要らないくらいに」

「…それで、いいんですか?」


不粋と分かっていても、問い掛けずにはいられなかった。

真っ直ぐに立ったまま淡々と述べる七尾さんは、まるで夕焼けに一本だけ伸びる影のように切なかったから。


「…いや。正直辛いさ。面と向かって言いたいことも山ほどある。愛してると伝えたいし、大きくなったと褒めてやりたい。同じものを見て笑いたいし、親子喧嘩でぶつかり合うのも憧れだ。…だが」


一瞬揺れた瞳と諦念の色を覆い隠すように、強い意志の光が灯る。


「あいつは私の宝…いや、"世界"そのものなんだ。絶対に失いたくない。何を犠牲にしてでも守りたいんだよ」


その犠牲が、"父としての望み"だなんて。

今はヒーローと呼ばれる彼。誰よりも大樹くんを大切にしている彼。

でもこれじゃあ…いつか大樹くんに"己を捨てた父親"と言われてしまうかもしれないじゃないか。


《"俺の世界"なんざ、とうの昔に壊れてンだよ。何も出来ねェままな》


ふと、ギラついた瞳の彼が"彼"の姿と重なった。

瓦礫の中に吐き捨てられた言葉は今思えば…

酷く、悲しい音をしていなかっただろうか?


「…七尾さん。不謹慎だと罵ってくれても構いません。聞き流していただいても結構です」


ならば私は、この人に言わなければならないことがある。

今から話すのは物凄く失礼な話であり、最低な話だろう。


けれど、私だけが…"アイツ"の後悔を"記録"しているから。

真っ直ぐに七尾さんを見つめ、緊張でひきつる喉を叱咤した。


「言いたいことがあるのならば、躊躇わないで下さい。伝えたいときに…その人やあなたはいないかも知れないんですよ」

「…っ!!」


私はこの世界が奇跡の上に成り立っているのだと知っている。

この世界があまりにも呆気なく失われるものなのだと知ってしまっているんだ。


「私も、"アイツ"も…誰かに言いたかった言葉を伝えられないまま、瓦礫に吐き捨てることしか出来ませんでしたから」


これは私のエゴ。分かってる。

善意でも何でもない押し付けだ。


「七尾さんには、そうなって欲しくありません」


けれど、大樹くんと七尾さんを知ってしまった私の願いそのものだから。ごめんなさい。


「…重いな。綴戯の言葉は」

「すみません。凄く、最低な話をしてしまいました」

「いや。他でもないお前が言うからこそ…受け止められる」


私のいた世界には大樹くんはいないのだと言ったようなものだ。

軽蔑されたって当たり前なのに。

七尾さんは静かに目を伏せ、考え込むように中庭の風に髪を揺らした。


「そうだな。…私は、妻にも"愛してる"の一言すら言えなかった。その事に酷く後悔、したはずなのにな」


自嘲と共に開かれた灰色と青で彩られた瞳に、先程とは違う覚悟が見える。


「ありがとう綴戯。…きちんと考えてみる。ただ、授業参観だけは…やはり頼みたい」

「…分かりました。大樹くんの様子、バッチリ"記録"してきますね」


そう自分の目を指差して伝えれば、七尾さんは一瞬きょとんと目を丸くした後、楽しみだと破顔して端末を開く。

見せてもらった日時と学校の場所を"記録"させてもらい、七尾さんとはその場で別れた。


1人きりになった中庭。

そよぐ風に揺れる半開きにした本のページを眺めながら考え込む。


「七尾大樹…成宮…日出路(ヒイロ)市…」


何かが記憶に引っ掛かる感覚が抜けない。

いつからか、と聞かれたら恐らく大樹くんの名前を聞いたその時から。

それが今いっそう強くなっている。


あぁこれ、クレープ屋の時に似てるんだ。


そう気付いて私の記憶を…『ソノヒ』よりも前の事を辿っていく。

どこかで聞いたはずなんだ。その名前を。


ジジッ

〈〔今日のニュースです〕〉


カチリ、とピースが嵌まったように思考がクリアになる。あぁ、思い出した。

頭の中にある無数の本、その1つを捲る。


それは、『ソノヒ』の何年か前に見かけたテレビニュースの記憶だ。


〈〔先日、埼玉県日出路市で怪異事件と思われる事件が発生しました。現場となった廃墟の地下室には大量の血痕、更には子供のものと思われるバラバラの遺体が複数残っており…被害者は…〕〉


あれは、そう。

いつも通りに学校に行く支度をしていた朝の、ほんの数分の話。

珍しくもない怪異事件の報道。


〈〔…ちゃん…くん、そして、3歳の七尾大樹くん。他、血痕のみ見つかった男性は未だ身元不明です〕〉


幼児や子供ばかりが五人も…何故廃墟に?

誘拐でもされていたのだろうか。

どうであれ悲惨な事件だ。

その被害者の中に、彼の名前があった。


〈〔え、あ、速報です。被害者の1人である七尾大樹くんの保護者である夫婦が自殺を…名前は、成宮…〕〉


プツンと無情に消えた映像。

そうか、私は…ただの悲しいニュースの1つと割りきって、テレビを消したのだ。


このニュースで血涙を流し、いやもしかしたらそれすら出来ずに嘆いていた人がいるなんて…考えもしないまま。


「っ…!」


震える体を抱き締める。

キラキラ注ぐ太陽は暖かいはずなのに、身体の芯が凍り付いたみたいだ。

だって、気にしたこともなかった。

こんなにも身近に、さも日常の1ページのように。


"誰かの世界"が、壊れていただなんて。


「で、も…"ここ"ではその事件は起こらずに済んだ」

大樹くんは今8歳。あの事件はとうに過ぎているはずだ。


…本当に?


言い様のない違和感と不安に、私は暫く動けず蹲っていた。



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