16-3
メイリーの先導で坂を下り、市街地までたどり着くと…そこに先程までの自然豊かな良い意味での田舎の風景というものは跡形もなくなっていた。
東京までとはいかず高層ビルこそないけれど、建ち並ぶ建物とよく舗装された道は都会と言っても遜色ない。
夏休みシーズン故か人が溢れ、その近代的な街並みを溺れさせていた。
行き交う人々は十中八九海水浴客なのだろう。
ビーチサンダルをアスファルトで擦り、カラフルな水着をまとい、肩に浮き輪をかけ、サーフボードを抱え…そんないかにもな装いがどこを見ても目に入る。
「おかあさーん!かき氷食べたーい!!」
「今日は良い波が来そうだぞー!」
「いけない!空気入れ忘れちゃったよ!?」
「アタシぃ、この水着の為に3kg減らしたんだぁ~どぉ~?」
「なーなー、あの子いけてね?声かけちゃう?」
「兄ちゃん!はやくはやくー!!」
眼鏡の薄いレンズ越しに見る世界はそこかしこで懐かしい"普通の生活"が乱反射して…プリズムのように煌めいていた。
あの中にかつての自分は埋もれていた筈なのに、今はどうにも遠い気がして寂しくなる。
多いのは人だけではなく車もまた同じく。数珠の如く連なる車体が道路を埋めて、吐き出される排気ガスが空気を濁らせていた。
"あちら"で空気の汚さに慣れてはいるけれど、『楽園』の澄んだ空気が身近になったおかげもあって些か息苦しい。
人波にさらわれないよう気を付けながらチラリと斜め前を歩くメイリーを見る。
「これはこれは…思いの外にぎやかなものだね」
しゃきりとした姿勢で涼しげに歩くその姿は老若男女問わず注目の的だが、本人は慣れたものなのか視線など気にもならないらしい。
「…ん?どうかしたかい?」
「えっと、人気者だなーと」
「そうかい?それを言うなら栞里も負けていないと思うよ?」
「いやいや…それは無い」
他愛ないやり取りをしつつ、心内では小さく安堵の息を吐く。
道すがら、てっきりあの"記録"について何かしら話題に上がるかと思っていたけれど…メイリーはまったく触れてこなかった。
ありがたいことだけど、やっぱりモヤモヤしてしまう。
「あの、メイリー…さっきの…」
「栞里。無理しないでおくれ。貴女が話せると思った時でかまわないのだからね」
「それは…」
「確かに個人としては気になるけどね…ボクにも『開示』されていたのだと知った時の貴女は、酷い顔色をしていたんだ。さすがにそれを見て無理に聞こうなんて思わないさ」
曰く、紙のように真っ白だったそう。
その気遣いが優しくて、申し訳なくて、けれども心の準備が出来ていないのも本当で…
私は言葉に表すのも難しい感情を奥歯で噛み締めた。
「まぁ、あの久夜がその正体を知った上で貴女を放置しているんだ。つまり、害にはならないってことさ。あんな奴でもこういった事については信頼できるからね」
少し茶化しながらもキッパリとしたその表情を見れば、その言葉が心からのものだと分かる。
何だかんだ人望厚いよね、アイツ。
…敵も多そうだけど。
「…わっ」
「おっと、危ないよ。レディ」
話しに夢中になって人にぶつかりかけた私の肩を抱き寄せたメイリーに、ドキッと心臓が跳ねた。
この然り気無い紳士っぷりが凄い。
…これで"同性"なんだもんなぁ…恐るべし。
見るからに胸はあるし、自己紹介でも"年が近しい同性"と言っていたから女性で間違いはないのだろうけど…
それでも、紳士と称させてもらおう。
佇まいも振る舞いも貴族か騎士か執事かと思うくらいに見事なんだもん、この人。
当たり前のように道路から私を遠ざけ、その上僅かな段差でもエスコートを欠かさず、先程のように人とぶつかりそうになったら然り気無く肩を抱いて誘導…
腰にまわされた手からは一切のやましさも感じさせず、むしろ守られているという安心感だけが体温と共にじんわり浸透していくのだ。
それらを自然にそつなくこなすとか…もはや何者??どこを目指しておられるのか。
同性だろうがドキドキしっぱなしだよこっちは。
今までお付き合いなどしたことがない私にも、これが最高にイイ男な振る舞いだと分かるぞ。
マジで物語から出てきたのでは??なんて、当然冗談だけど思いたくもなる。
「…メイリーはいつもこんな感じなの?」
「はて?こんな感じ、とは?」
「えぇと…エスコートしてくれたり、とか」
「…あぁ、そうだね。ボクは女の子を大切にしたい性分なんだ。ふふっ…もしかして、勘違いさせたかい?」
「あはは、それはないけど…勘違いする人は多いと思うよ?刺されないうちに控えた方がいいんじゃないかな」
「おや、残念。しかし、控えるのは難しいな。振る舞いは身に染み付いたものだし、趣味でもあるんだ」
「趣味…???」
「ふふっ、皆可愛い反応をしてくれるものだから…やみつきになるんだよ」
「ひゃぁっ!?」
艶を帯びたひくめの声が耳のギリギリ…息がかかるくらいの距離で囁かれ、私はゾワッとした耳をおさえながら飛び退く。
カッカと火照った頬を暑さのせい暑さのせいと誤魔化しつつメイリーを睨めば、彼女は好青年じみた笑みの向こうで肉食獣らしいギラギラした光を垣間見せた。
なんて人だ、まったく。
「…オオカミだ」
「きひっ!オオカミさ。その通り」
男はオオカミだ、なんて言うけれど…性別など関係なくオオカミは息を潜めているものらしい。
「あー、もしかして八丸くんと同じタイプだったりする…?」
「いや、それは違う!ボクは戯れで記憶に爪跡を残すのは好きだけど、牙を立てたり食い散らかすのは好まないんだ。グルメなものでね」
「うーん…遊ぶって意味では同じでは?」
「おや、手厳しい。きひっ、まぁ女の敵だって言われる回数は八丸とどっこいかもね。…軽蔑したかい?」
弧を描いた水面に浮かぶワインレッドが楽しそうな色を湛えて私を覗き込む。
こう、人をからかって楽しむところはさすが一ノ世の同期って感じだね。
だから私は意表返しを込めて目に入ったネクタイをぐいっと引き寄せ、前のめりになったメイリーの耳元でキッパリ告げてやった。
「ありえないね」
「…っ!?」
先程の私と同じようにぱっと身を引いた彼女に鼻を鳴らせば、驚きに彩られた顔がみるみるうちに不敵な笑みへと変わっていく。
「これはこれは…ボクとしたことが、一本取られたね」
「あ…はは、それはどうも…」
やっばい。肉食獣が舌なめずりしてるしてる幻覚が見えたぞ…
勢いに任せてやったことだけど、墓穴を掘ったかもしれない。
そんな会話を楽しんでいると、ふと立ち止まったメイリーがすんっと空気の臭いを嗅いだ。
ちょこちょここうしているのは二菜ちゃんの臭いを辿るためらしいけど…
「ねぇ、メイリーは何の能力を持ってるの?」
「うん?あぁ、ボクの能力は『獣化』だよ。体の一部を獣のそれに変えられるのさ。言うなれば限定的な『変化』ってところだね。結構もっている能力者は多いのだけど、モチーフとなる動物はかなりバラけているから面白いよ。海獣だったり鳥だったりね」
「なるほど…メイリーはオオカミ、なんだよね?」
「その通り。ちなみに、基本的には先程見たように全身を変えるのは無理だよ。骨格を変えるための負荷が凄いからね」
基本的には、か。どうりでメイリーとあの時のオオカミじゃ目の色彩が逆だったわけだ。
フムフムと聞きながら彼女の鼻を見る。
オオカミらしさを感じる黒の逆三角形…ではなく、一般的な人間のそれがそこにはあった。
その違和感に首をかしげる。
「機能だけ使う…とか、器用な事も出来るの?」
「機能だけ…?あぁ、なるほど。いや、嗅覚に関しては能力というより特異体質なのさ。夜目も利くよ」
特異体質。なるほどそれなら納得である。
至くんの耳が敏感であるのと同じように、メイリーも能力が必要ないくらいに嗅覚が鋭敏と言うわけだ。
「勿論、オオカミの鼻に変えてその機能を使うことも出来るけど…これはまた人と感じ方が違うというか、入ってくる情報量が多くて扱いにくいんだよね」
「あぁ…確か犬やオオカミは人の1000倍以上匂いを感じ取りやすいっていうもんね」
話しながらも迷いなく脇道へそれていく彼女を見失わないようぴったりと後に続く。
行くべき方向へ導いてくれる姿に頼もしさを感じつつ便利だなぁと呟けば、小さな笑い声がメイリーの背中越しに聞こえてきた。
「確かに便利なんだけどね…香水や食べ物、体臭にゴミの臭い、その他もろもろを全部ちゃんぽんした臭いに吐き気を催すって事に目を瞑れれば」
「代償が凄い…」
訂正。気軽に便利と言えるほど良いものではないらしい。
「特異体質なんてそんなものさ。基本は生活にマイナス補正がかかるんだから。まぁさすがに対策はしているし、何だかんだ慣れたけどね」
特異体質はマイナスという台詞には同感だ。
不老不死なんて、良いものじゃない。決して、ね。
地元民しか使っていなさそうな細い横道を歩いていくこと暫く。
大通りから離れていくにつれて周囲の様子はどんどん様変わりしていった。
賑やかな街並みは落ち着いた田畑へ。
建ち並んでいた新しめの建物は消え、人の姿もほとんど見えない。
古い造りの家がポツリポツリと点在し、白鷺が案山子の真似事をするその光景は…喧騒とは真逆の姿である。
アスファルトの代わりに焦げ茶色の土が靴を汚した。
ほんの少し道をそれただけなのに…凄く不思議な気分だ。どこかでワープでもしたんじゃないかと疑うくらいには。
きっと、本物の凪祇市の姿はこちらなのだろう。
大通りが張りぼてとまでは思わないけれど、何となくこの長閑な景色の方がしっくりくるような気がするから。
おっと、いけない。風景に気を取られている場合じゃないよね。
「メイリー、二菜ちゃんの居場所はどう?」
「ん…近いよ。もうすぐだ」
彼女の家が近いのか、それとも私達を置き去りにしたことに気付いた彼女が探し歩いてくれているのか…どうだろう。
気分的には後者の方が嬉しいんだけど。
「…見つけた」
「…え?あ、メイリー!?」
急に走り出した彼女に驚きつつ、私も足をもつれさせながらその背を追った。
「今丁度そこの角を曲がったね。おいで」
「へぁ!?」
言うが早いか、私の手を握ったメイリーにぐいっと引かれて二人同時に角を曲がる。
一瞬あまりの強さで体が浮いたし肩が外れるかと思ったよ…
そして曲がってすぐ、誰かの後ろ姿が視界に飛び込んできて…頭が考えるより先に口が動いた。
「…っ、待って!二菜ちゃん!!」
「…は?」
返ってきたのは明らかに不審がる音が一つ。
その冷たさと言うか声色の違いにあれ?とハテナを浮かべながら、改めて己が呼び止めた人物を見やり…さぁっと血が引くような心地を覚えた。
それはそうだろう。だって…
薄桃色ではなく人工的な明るい金色に染められたボブカットの髪を揺らし、マフラーではなく首に大きなヘッドホンをかけた…焦げ茶色の目の少女が怪訝そうに眉を寄せてこちらを睨んでいたのだから。
「「…あれ???」」
二菜ちゃんじゃ、ない。
「何、アンタ達」
じりっと後退して端末を取り出した少女に"通報"の二文字が浮かんだ私は、慌て体の前で両手を振った。
「ご、ごめんなさい!!人違いだったみたいで…!」
「人違い…?ふぅん…」
「ふむ、すまない。かなり似た匂いだったものだから…間違えてしまったようだ。しかし、成る程確かに少し違っているね。貴女からは彼女に似た花のような香り以外にも、タバコや甘ったるい香水の移り香も…」
「ちょ!?メイリー!!」
「は?に、匂い…??うわ、キモ…やっぱヤバい人じゃん」
一度は緩みかけた警戒がメイリーの嫌に詳しい匂い解説で元に戻ってしまい、私は抗議を込めてその羨ましいくらいに細い腰をどつく。
だって、少女の反応は当然だ。私だって彼女の立場なら絶対同じ顔をするし通報する。
「…ツレが迷子だか何だか知らないけど、こっちには来てないと思うよ。誰にも会ってないし」
「ええと、迷子というか…その、私達が置いていかれちゃって」
「有り体に言えばはぐれてしまったんだ」
「えぇ…アンタ達が迷子なの…」
呆れたようにため息をついた少女の雰囲気に、私は幾度かテンポの早い瞬きを繰り返した。
着崩された制服や耳に光るいくつものピアス。学生だろうに引き連れているタバコと香水の混ざった背徳の気配。
ツンと尖った印象を受ける口調や斜に構えた態度、どこか影の落ちたつり目がちな眼も相まって不良の二文字を連想させる子だ。たぶん、間違ってはいないだろう。
けれど…その瞳の奥にはとても素直にこちらを気遣う色が見えた。
それこそ、二菜ちゃんにそっくりな真っ直ぐな色が。
「…もう、海…ってか大通りまで案内しようか?こっちこのまま行っても民家しかないし、もしツレがこっち来てても引き返してると思うしさ」
「ふむ…気持ちはとてもありがたいよ、レディ。しかしボク達の探し人は地元の人間でね。彼女の家に向かうところだったんだ」
「レディって…うわ」
顔をひきつらせてまた一歩距離を取った少女に、メイリーとの相性悪そうだなと苦笑をこぼす。現実主義なのかな。
ふと、私は思い付いた。
この子は地元の子だろうし、二菜ちゃんの家を知ってるかもしれないよね。ならば…
「あの、私達二菜ちゃん…熊ヶ峰二菜って子の家を探してるの。どの辺り、とか知らないかな?」
「熊ヶ峰…?」
「うん。家にお呼ばれしててね、帰省する彼女に着いていく形で遊びに来たんだけど…ご覧の有り様でして…」
"熊ヶ峰"って珍しい苗字だし、直接の知り合いでなくとも表札とか印象に残ってたりしないかな、なんて。
そんな希望的観測込みでの質問だったのだけど…
「は???」
「えっ??」
彼女は予想外に大きな反応を返してきた。
半目気味だった目をこれでもかとまん丸にかっ開いて、私とメイリーをガン見してきたのである。
え、あれ…??私変なこと聞いちゃった??
あ!いきなり他人様の家を教えてくれっていうのはさすがに怪しかったかな!?
ヤバい、そこまでは頭から抜け落ちていた。
通報だけは何卒勘弁願いたい…っ!
「えっと、あの…!私達怪しい者じゃなくて…!本当に彼女の知り合…」
「二菜の、知り合いってこと…?」
「…へ?」
「そう言えばウチを呼び止めた時も二菜って言ってたもんね…」
一人冷や汗をかいて弁明を考えていた私だけれど、最悪の展開は彼女の口から紡がれた言葉でもってあっさりと否定された。
「じゃあ、まさかアンタ達…能力者!?」
「え!?」
「おや?そんな事まで知っているのかい?」
「そりゃ…」
メイリーの問いに言葉をつまらせ、すこぶる言いにくそうにむぐむぐと口を動かした彼女であったが、すぐ諦めたようなため息と共に衝撃の事実を打ち明けたのである。
「だってウチ…二菜の家族、だし」
「「えぇ!?」」
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思いがけず出会った彼女は二菜ちゃんの妹さんだった。
名前は弌菜ちゃんというらしい。
こんな偶然があるものなんだね…
「じゃ、とりあえず案内するから。ついてきて」
「あ…!ちょっ…」
驚きの波が引く前に背を向けた彼女を慌てて追いかける。
なんというか、サバサバとした子だ。
迷い無い足取りとこちらを振り向かないしゃきっとした背に、いつぞやテレビで見た歴戦のキャリアウーマンを重ねてしまったのは内緒である。
でもそっか…二菜ちゃんの妹さんか。
どことなく心の距離を取られてるのは感じているけど、せっかくだし話してみたいな。
そう思った私が足早に隣に並ぶと、チラリとこちらを見た彼女は少し眉をひそめ…しかし意図を汲んでくれたのか彼女の方から口を開いてくれた。
「お姉さん、若そうだけど多分大人…だよね。何歳?」
「えっと、一応25…かな」
「一応?ってか、マジで大人なんだ…」
体の年齢は永遠の22歳だけど、と言う言葉はいらない情報なので飲み込んでおく。
ところで、そんなに驚くことかな??
「そういう弌菜ちゃんは?」
「ウチは二菜と同い年で高三」
「あ、じゃあもしかして双子?」
「そ。まぁ、二卵性だけどね。双子のクセに全然似てないでしょ。見た目もだけど…ウチは普通の一般人で、能力者の二菜とは何もかも違う」
自嘲気味に笑う弌菜ちゃんに胸の辺りがざわつく。言い捨てられた台詞は酷く乾いていて、感情が覆い隠されたように不透明だった。
…双子であっても能力者と一般人に分かれちゃうものなんだね。二卵性だとはいえ不思議なものだ。
「…全然似てない、とは思わないかな。例えば…」
「ふむ、鼻や輪郭、耳の形も非常に良く似ているよ。それに髪質も同じ…おや、色も元は同じだったんだね?根元に二菜と同じ綺麗な桃色がのぞいているよ。あと身長も…」
「ヒッ!?な、ななななな…っ!!?」
私の言葉を体で遮るようにして間へ入り、美術品にでも触れるが如く丁寧な手つきで髪に触れてきたた美丈夫に弌菜ちゃんは肩を跳ねさせる。
そして彼女はすぐさま私の影に隠れ、毛を逆立てた猫のようにメイリーを威嚇した。
うん、まぁ今のは驚くよね。気持ちは分かる。
「何なのこの人コッワ…!!お姉さんさ、一緒にいて大丈夫なの!??」
「だ、大丈夫だよ!これでも凄く良い人だから!!」
「ふふっ、お世辞でも照れるね。ありがとう、栞里」
「いやいや、本当にそう思ってるよ!…ね?優しそうな人でしょ?」
そう伝えてみても弌菜ちゃんの警戒はちっとも緩まなかった。
むしろ疑いの目で私達をじとっと睨んでいる。
「…お姉さんて変な壺とか買わされそう」
「えぇ…なんで…??」
「気を付けた方がいいよ」
「えっと、大丈夫だから…」
「なーんか信用できない」
「うぅん…」
唐突に心配そうな声で言われてしまっては何というか…座に堪えないな。
私に向けられた疑いの目はどうやら、コイツ大丈夫か?といった方向性のものだったようだ。解せない。
「はぁ…分かってるつもりだったけど、能力者って変な人ばっかだよね」
それはそう、と同意の台詞を言いかけて言葉を飲み込んだ。
いやね?私だって皆の事、クセ強いなぁと思ってはいるけれど…今肯定したらブーメランが自分に刺さる。
弌菜ちゃんから見れば私もれっきとした能力者だからね。
「そういえば、いつも来てる人達…今日はいないんだ?」
「あぁ、至くんと祈ちゃんかな?今回は予定が合わなかったみたい」
「ふぅん?名前は良く分かんないけど…あの人達もかなりの変わり者だよね」
おや、どうやら顔見知りらしい。
毎年呼んでるって二菜ちゃんが言っていたし、当然と言えば当然か。
…あの二人って、弌菜ちゃんからはどう見えるのだろう。
私は少しの好奇心に擽られた。
「ね、弌菜ちゃん。よく遊びに来る人達ってどんな感じ?」
「んー…男の方は置物か?ってくらい静か。でも、そいつといると二菜が馬鹿みたいに一人で喋ってんの。しかもずっとね。だから何か、超怖い」
「あー…」
彼と出会った当初の頃を思い出して苦笑する。
今でこそ私の為に声を出してくれているけれど、至くんは元々『振動』の能力を応用した骨伝導でコミュニケーションを取っていて…つまるところ喋らないのだ。
触れてる当人にしか音は伝わっていない。
だから二菜ちゃんと至くんは二人で会話しているつもりでも、弌菜ちゃんからすれば二菜ちゃんが一人で喋っているようにしか見えないわけである。
うん…何も知らずに見れば、それはさぞ不気味なことだろう。
しかも至くん、あれで結構おしゃべりだから…必然的に会話量が多くなって余計に、ね。
「女の、先輩って人の方は…私に"かわいい"って連呼して構ってきたりするけど、絶対に"可愛い"のニュアンスじゃないし…髪の隙間から見える目が滅茶苦茶怖い」
「そ、そっか…」
祈ちゃんに関しては…目が怖いって感覚は分かる気がする。
あの騒動の後、何かの拍子に彼女から聞いた話だけど…両親と和解する前の祈ちゃんはどうやら、自分より弱い存在に強く執着していたらしい。だから最初から私に好意的だったのだそう。一応理由も聞いた。
そんな彼女にとって一般人である弌菜ちゃんはさぞ"かわいく"映ってしまったのだろう。
でも、今はもう大丈夫なはずだ。
愛してやまない両親と和解した今、その歪んだ執着はなりをひそめた…と思う。
何故か私への恋愛感情らしき執着は残ってるけどね…本当に何でだろう…
今頃はご両親と温泉でのんびりしている頃だろうか。
密かに温泉まんじゅうをお土産に期待しつつ祈ちゃんの家族が仲直り出来て本当に良かったなと口元を綻ばせていると、弌菜ちゃんが私をじっと見つめていることに気付いた。
「…お姉さんは何か違うよね。すっごく…何だろ、普通っていうか…」
「普通…」
「あ!褒めてるからね!?男の人みたいなホラー引き起こす置物でも、女の先輩みたいにそのものがホラーみたいな怖い人でも、二菜みたいなシンプル変人でも、そこの人みたいな変態でもない…安心感がある的な意味の、普通だから!!」
「う、うん。わかった…言いたいことは分かったよ、ありがとう」
皆凄い言われようである。
やはり能力者のスタンダードは一般人的にはヤバい人に区分されるらしい。
けど…これでも皆まともな方だと思うんだよね。それを言ったら彼女はどう思うだろう。
私はまぁ、皮は能力者でも中身は生まれのまま一般人だからね。普通と言われて納得ではある。むしろその評価で安心した。
取り敢えず、つまらない人って意味の普通じゃなくて良かったよ。
「…ん?」
不意にメイリーが不思議そうな声をあげたのが聞こえ、そちらへ視線を向ける。
すると、彼女はらしくないほど間の抜けた表情で弌菜ちゃんを見つめたまま…子供のように首をかしげた。
「失礼、レディ。今、もしかしてボクを"変態"と言ったかい?」
「言ったけど」
「聞き間違いではなく?」
「言ったけど」
「…きひっ!きひひひ!!これはこれは…驚いたな。同期達ならまだしも、一般女性に"そう"言われたのは始めてだよ。八丸の専売特許だと思っていたのに…心外だな」
質の良さそうな手袋に包まれた手を指先まで揃えて胸に添えて大層悲しげに眉を下げるその姿は、今までの凛とした様子とのギャップも相まって物凄く罪悪感を煽ってくる。
ついでに、泣きそうに歪む美人の顔とか背徳感も凄い。
が、騙されてはいけない。私には分かるぞ。
瞳にはまったく感情の乗っていないそれが、わざとやってる演技だって事がね!
そして私だけではなくどうやら弌菜ちゃんも感じるところがあったのか、不快そうに片眉を上げた。
「…アンタは、あれだ。散々女に期待させといて、いざとなったらあっさり切るタイプでしょ。バーとかホテルの辺りにいっぱいいるよ、そういう奴。たち悪いよね」
「おや、八丸みたいな事を言うね。ボクはただ、女性を大切に愛でているだけだよ。まぁ…本気にはならない、というのは確かだけれど」
「ちょっと…メイリー、その辺で…」
ぱっと手品の如く悲しげな表情を消して悪びれなく…いっそ悪戯な顔で笑うメイリーに嘆息する。
そうかな、とは思っていたけど…弌菜ちゃんを完全に誤解させている。
むしろわざと煽って反応を楽しんでるなこれ…
というか、弌菜ちゃんも弌菜ちゃんでどうしてそんなにスレた部分にお詳しいの??
え、もしや今時の子って皆こんな感じ…?
「最っ低。女の敵じゃん。尊厳潰されればいいのに」
ギロリと研いだ刃のような視線でメイリーを睨みつつ、私を彼女から遠ざけようとしてくれる優しさに心打たれる。
それと同時に心苦しくもあり、これ以上拗れるのは良くないと判断した私は弌菜ちゃんにそっと耳打ちをした。
「弌菜ちゃん、あのね…多分誤解してると思うんだけど…メイリーもその、女性…なんだよね…」
「……………は???」
たっぷり数秒固まった末にその一文字だけ絞り出した彼女は、信じられないと露骨に顔へ張り付けながらもメイリーを上から下まで観察する。
それはもう、じろじろと遠慮なく。
観察されている当人はバラされてしまったと愉快そうに笑いながらその、不躾ともとれる視線を平然と受け止めていた。
しかし、いくら見ても信じられなかったのだろう。
弌菜ちゃんはメイリーの上半身、というか胸をロックオンしたかと思いきや…
「…失礼!!」
「おっと」
「…わぁ…大胆…」
突然"そこ"を鷲掴むように手を押し当てたではないか。
いや、確かに手っ取り早いかもだけど…下じゃなかっただけまだ良かったと思うべきなのだろうかこれは…
「ふへ!?!?や、やわらかひ…」
「ふふっ、これで納得してもらえたかな?ボクは正真正銘、生物学上女性だよ」
「は、はひぃ…」
宇宙を背負ったような顔で、無意識なのかもにもにと手を動かし続けている弌菜ちゃんは中々に不気味だ。
けれどそんな事をされていても一切揺らがず許容し、凛とした姿勢もまったく崩さないメイリーの方が余程恐ろしい。
寛大とかそういうレベルではないし、何ならニャンコのもみもみを微笑ましく見つめるのと同じ顔してるぞこの人…
しばらくして現実に帰ってきたのか、弌菜ちゃんはハッと手を引っ込めた。
そして、まるで漫画やアニメのように分かりやすく顔に朱を注ぎ、猜疑や敵意の消えた瞳に別の感情を弾けさせたのである。
「…お姉様」
「うん?」
「え?」
「もうこれ、お姉様じゃん。様付け不可避なやつじゃん。え…ヤバ…かっこよ…」
様々な感情渦巻く中、一番顕著に見えたのは…尊敬。
いや、マジか。
手のひら返しが早いというかもはやドリル。
これはあれだ、レディースの総長とか某女性のみの歌劇団の男役に向けるタイプの"お姉様"だ。
「お、お姉様…エスコート!エスコートして欲しい!!」
「えっと…」
その心理が理解出来なかったのか困惑の気配色濃く私にどうしたら?と目配せをしてきたメイリーに、とりあえず付き合ってあげてくれと苦笑と共に一つ頷きを返す。
お望みのようだし、ファンサ(?)してあげて。
「…ふふ、エスコートだね?お安いご用さ…どうぞ、レディ」
やることが分かれば即断即決、切り替えの早いメイリーはさっさと困惑を引っ込めて調子を取り戻した。
その変わり身の早さには舌を巻くけれどそれよりも…
「はわわわわ!!ヤバッ、かっこよ…ヤバ…マジもんの紳士…ヒィ」
差し出された彼女の手にどぎまぎしながらちょこんと手を重ねる弌菜ちゃんはもう、完全に別人である。思わず苦笑通り越して真顔になったよね。
とんでもない温度差でグッピーが死ぬ、ってやつだ。
ちなみにこれ、一度言ってみたかった。
ねぇほら、信じられる?数分前まではバッチバチな敵意丸出しでメイリーを変態呼びしていた彼女が…今や花を満開に咲かせたと言わんばかりの可愛い顔を見せているだなんて。
性別一つでこれだもんね…世の中何が起こるか分からないものだ。
きゃっきゃとはしゃぎながらメイリーの腕に抱きつく少女に、私はたまらず一つ疑問を尋ねた。
「もしかして弌菜ちゃん、男の人が嫌いだったりする…?」
「へ?あー…嫌いってか、面倒って思ってる。ちょっと甘えたり近付いたりで距離感ミスると勘違いされるじゃん。それに、手を出そうとしてくるやつも多いから…嫌でも警戒するっしょ」
とりあえず、彼女の日常が大変心配になる。治安悪くない?
「ふむ、それはきっと貴女が花のように美しく可愛らしいからだね。素晴らしい花にほど虫は湧くものさ。悲しいことにね」
「お、お姉様に可愛いって言われ…っ!ふへ、て、照れる…っ」
「貴女がどこぞの虫にとられたら、と思うと…嫉妬してしまいそうだよ」
「ん"ん"っ!だ、大丈夫!!ウチが好きなのは"カッコいい女性"だから!お姉様とかもうドストライクってかお姉様しか勝たん!って感じだから心配しないで!」
「おや…ふふっ!お眼鏡にかなえたようで光栄だ」
あれ?私うっかりホストクラブにでも来てたのかな…??路上タイプの…って、いやそんなバカな。
落ち着け私。ぐりぐりと眉間を揉んだ。
まぁ…カッコいい女の人が好きだと言うのなら、そりゃメイリーにコロッと落ちるのも無理はないよね。
日本人より彫りの深い造形の顔立ちは、三神とは違うベクトルで貴公子然としていて美しい。
その顔立ちを裏切らない見事な立ち居振舞いを身に付けている彼女は、歩き方一つとっても優美で洗練されていた。
そこにスタイル抜群の高身長とそれを包むピシッとしたジャケットを合わせたならもう、罪作りでしかない。
ついでに、そんなメイリーに優しく目を細められてみろ…一種のテロですらあるぞ。
私が男ならメイリーの隣は絶対歩きたくないね。
そのくらい文句無しのイケメン(女性)なのである。こんなの、落ちるなと言う方が無理だ。
「…あ!もうすぐ家、つくよ」
この時間を惜しんでいるのか、少しばかり残念そうな感情が滲む声。
それにメイリーから弌菜ちゃんへ意識を移し、彼女が示した指の先を追う。
その瞬間のこと。
ドゴォッ!!!
「「「!??」」」
丁度目を向けたのと同時に建物の方から凄まじい音が響き渡ったではないか。
襲い掛かる土煙に爆発でも起きたのかの思ったし、メイリーからも一瞬ピリッとした雰囲気を感じたけれど…続いて聞こえてきた声に緊張感はあっさり霧散した。
「あー!!見つけましたよぅ!!」
立ち込める煙の向こうから響いたそれは大層聞き覚えのあるもので、ぴょこぴょこと跳ねるように揺れる影は迷いなくこちらへやってくる。
そして腕の一振で視界を晴らしたその人物は、想像通りの薄桃色の髪を風に揺らしながら屈託なく笑って見せたのだ。
「二菜ちゃ…」
「二菜!!!」
私が声をかけようとしたところで鋭い怒気をはらんだ声が遮った。
肩を跳ねさせながら隣を見れば、弌菜ちゃんが顔をうつむかせながらわなわなと体を震わせている。
どうしたのだろうかと心配…するより先に顔を上げた彼女は大きく息を吸い込んで…
「こ、ん、の、大馬鹿者!!!毎回毎回家の門を壊すの止めろって言ってるでしょ!!いい加減にしてよ!!」
「ひゃん!!?」
ぎゃん、と凄まじい勢いで二菜ちゃんを怒鳴り付けたのだった。
ううん…咄嗟に耳をおさえたけどダメージ入った…
私でこれなら感覚が鋭いと言っていたメイリーは大丈夫だったのかと心配したけれど、どうやら杞憂だったみたいだ。
なにせ、いつ装着したのかゴツいヘッドフォンを耳につけたまま余裕の表情で私にサムズアップしてきたからね…ご無事でなにより。
「ひ、弌菜…!!あの、これは、その…!」
「言い訳無用!!」
「ひぎゃっ!!」
ゴチンと鈍い音がのどかな田畑に響き渡る。
音に驚いたのか、鳥達が一斉に飛び去っていった。




