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15-5


捻木side


機械達の息遣いと俺っちの奏でるキーボードの音だけが響く暗い作業室。

明かりってもんの必要性を感じないせいで天井に張り付いたライトはただのお飾りと化し、ディスプレイの発光だけを頼りに成り立った城だ。

その中に、どっかの誰かさんみたく配線コードに足を引っかける…なーんて間抜けな真似をすることなくやってくる足音が一つ。


そいつの正体が誰かなんて分かりきってる俺っちは、コトリと手元に置かれたもんを確認するでもなくただ礼を告げた。


「コーヒー、あんがとさん」

「いえ。いつもの事ですわ、マスター」


うんうん、見なくても分かるぜ。

きっと、どっから仕入れたのか未だに分からんクラシカルなメイド服に身を包んだ俺っち愛しの"彼女"が労るように柔らかい笑顔でこっちを見…


「マスターが気味の悪い妄想をしていると推測。直ちに止めてください不愉快です」

「おーまーえーさーん。もうちょっとさぁ、愛想とかあっても良くない?俺っち今ので大ダメージよ??」

「そういった無駄なものはインストールされておりませんので。ごめんあそばせ」


タイプミスでエラーを出しながら恨みがましく顔を向ければ、服装こそ予想通りであるものの顔は一ミリも笑っていない"彼女"がきちっと指先まで伸びた手を腹の前に重ねて添えながら立っていた。


「おーおー、相っ変わらずのクールビューティーだこって。俺っち自慢の"娘"はよぉ」

「はぁ…。我が生において、"親"と位置付く存在がマスターであることは最大の汚点かもしれませんわ」

「ねぇ、今そんなこと言う!?俺っち褒めただけだよね!?ナンデ!?」

「ワーイウレシイナー」

「ひどい棒読みだわ…」


今度は贔屓目なしに誰もが見惚れるだろう笑顔を浮かべ、ガンガン俺っちのハートを抉ってくるコイツは俺っちの"娘"。

誤解の無いよう言っておくが、こう見えて人間じゃなくアンドロイドだ。


ツルリとした滑らかな人工皮膚に毛穴などなく、強めに巻いたレモンイエローの人工毛も傷みとはまるで無縁。

透き通った青い眼の奥では、今も忙しなくカメラが動いてることだろうよ。


彼女は型番をrc-04a:xxx、名をルクレシア。

俺っちの最高傑作と言える万能型アンドロイドだ。

生活能力も戦闘能力も俺っち以上っつー最高に可愛くて自慢の子なんだわ。…性格は、どうしてかこんなだが。


断じて俺っちの趣味じゃないぞ!違うからな!

どちらかと言えば俺っちは、母ちゃんみたいな包容力でヨシヨシしてくれる…


「マスターから不埒な気配を察知。速やかに煩悩をクリーン致しますわ」

「いやぁまてまてまて!お前さん、その特大ハンマーじゃ煩悩どころか俺っちの記憶丸っとクリーンされちまうから止めようなぁ!?」

「ちっ」

「こら!舌打ちしねーの!!」


まぁったく、このバイオレンスな思考はどっから来るのかねぇ…わからん。


俺っちの全力拒否を受けたルシアは至極残念そうにため息を吐きつつ、使われることのなかった物騒なハンマーを内部ストレージに収納した。


「いいか、ルシア。何事も暴力で解決すんのは駄目だぞ?俺っちの力じゃルシアにボロ負け間違い無しなんだからな」

「それではマスター、提案です。どこか程よい泉へ旅行に行きませんか」

「何でだ…魅力的な誘いのはずなのに嫌な予感が…。一応聞くが、何しに?」

「マスターを沈めて、泉の精霊様に綺麗なマスターをいただこうかと」

「困ったなぁ…目から汗が出てきそうだぜ」


コイツ…俺っち秘蔵の旧時代漫画コレクションあさったな?

見た目からは想像つかないが、漫画とアニメが大好きだからなぁルシアは。

…って、ちょっと待て?

そういえば今のネタが出てくる漫画を置いた棚には…!!


「他所の会社が作ったアンドロイドのカタログをエロ本よろしく隠す薄汚いマスターは、早急に綺麗になっていただくべきだと進言しますわ」

「いや待て!待ってくれ誤解だ!!俺っちはただ、あの会社の滑らかな曲線のラインを研究したくてだな…!」

「舐め回すように見ていた、と。やはり、マスターのフォーマットが必要ですね。まっさらにしませんと」

「外見コレで中身零歳児は誰も得しねぇんだわ!!ヤメテ!!」


またしても鈍器を取り出したシアを必死で宥め、とりあえずカタログを早急に処分することで話を付けた。

くぅ…あの会社の生み出す曲線ホント俺っち好みだからモノにしたかったのに…!

ところでルシアさんや。モーニングスターは止めような。それ、フォーマットどころか物理的クラッシュになるんだわ。


お馴染みとも言える戯れを終え、ぐっと伸びをして椅子を回す。

息抜きもしたことだし作業の続きといきますかね。

再度パソコンに向かい合おうとした俺っちはふと、物言いたげにこちらを見つめるルシアに気づいて、キーボードに乗せた手を膝に戻した。


「なになに?俺っちのイケ具合に見惚れちゃった?」

「いいえ。ただ…珍しいマスターが見れたなと思いまして」

「否定が早い…。んで、珍しいって何がよ」

「マスターが…自ら手掛けた機械()を人に譲る、だなんて」


ルシアの言葉に合点がいき、あぁと生返事を返して椅子を軋ませながらもたれ掛かる。

手を伸ばせば丁度良い位置に置かれたマグカップが指に触れ、そのままつまんでコーヒーを喉の奥に流し込んだ。ん、さすが。うまいわ。


「…普通なら、まぁ相手が誰だろうか御免だわな」


島に出回っている機械のほとんどは設定された設計図を元に同じく機械が組み立てている。

けど俺っちはコレでも開発のトップなだけあって、設計図を完成させる為に試作品やら何やら色々自分で作ってるんだわな。


成功も失敗も勿論ある。けどな、どんなもんであれ俺っちが手ずから組み上げたもんを他人にくれてやることなんざまずないのよ。

貸してやることくらいはあるけどな。


そーゆー性格だからこそ量産型の機械は製造ラインを丸ごとプログラミングして、俺っちの手を加えることなく生まれたもんを流すようにしてんだわ。

んで、その仕組みじゃ製造が難しい複雑な…例えばマリアンヌ型のアンドロイドなんかは俺っちが一から組み上げてる。

だからアイツらは貸し出しって形で、合宿やら訓練の時だけ俺っちの手元から離れるんだ。ちゃぁんと返してもらう。


一方でバウワウはあれで量産品。

だからいつもならホイホイっと学園にくれてやってるんだが…"アレ"は遊びがてらって言っても俺っちが自ら作り上げたモンに変わりない。

だからなぁ、絶対に譲らないつもりだったんだわ。


けどな………


〈トキさん、この子の修理を…わ、こきや!待づれ!?〉

〈ばう!ばうばう!〉

〈な!?どうしたお前さん!?傷だらけじゃねぇの!?戦ったのか!?んな機能ついてないってのに、何で…っと、とにかく待ってろ!今直して…〉

〈ばう!!!ばう!!!〉

〈あぁもう!なんだなんだ!?頼み!?〉

〈ばーうぅぅぅぅ!〉

〈わかった聞く!聞くからまず落ち着けっての!!〉


一部はひしゃげ、ボロボロな状態で帰って来たソイツを見た時、最初に湧いたのは怒りだ。

戦闘機能の一つも付いちゃいないソイツがこんなになるなんて、盾か囮にでもされたんじゃないかって疑ったんだよな。


けどよ、実際は全然違ってたんだわ。

必死に何かを訴えかけ、懇願するソイツに仕方なく修理の手を止めて耳を傾け…俺っちは己の耳を疑った。


守りたい人が出来た。

この傷はその人を守るために負った。

自分はその人のナイトになりたい。

だから、力をくれないか。


そりゃもう驚いて椅子ごとひっくり返ったぜ。

んな行動をおこすようなプログラムを組んだ覚えなんざねぇのに、ってな。

だってバウワウよ?本家は学生を獲物として追いかけ、齧ることしかしない単純思考のあれよ?

しかもソイツに至っては敵だの獲物だのって思考すら組んでない、もはやペットみたいなもんなのに…それが、ナイトだってよ。はは…マジかー…


〈マスターの"子"にはバグがあるのがデフォルトですから〉

側に控えていたルシアに苦笑混じりでそう言われ、ぐうの音もでなかった。

ホント、何でか俺っちの手掛けた"子"はみぃんな予想外の挙動を起こすんだよなぁ…理由はさっぱり分からん。


〈はぁ…んで、守りたい人って誰よ〉

〈ばばばう、ばう!〉

〈…マリアンヌを、見ろって?〉


何度尋ねてもマリアンヌに教わっての一点張りで、俺っちはただでさえ無造作な髪を更にぐしゃぐしゃにする。

そこまで頑なに言われちゃ、調べるしかなかったわな。…仕方なく。


俺っちはさ…正直なところ、あんな無惨な姿になったマリアンヌ()を直視したくなかったんだよ。

もう直しようの無いそれは、機械に愛を捧げる俺っちにしてみりゃバラバラ死体を見るよりグロい。


だから、ずっと目を背けてきた。マリアンヌが七尾に連れてこられた時からずっと。

人間じゃねぇその体は腐ることなんてないからよ、決心付いた時に弔ってやろうと思ってたんだけどな…

重い腰を上げるってのはまさにこの時を表す言葉なんだと思ったね。


案の定、ミニバウワウと共にマリアンヌが安置してある場所に入った途端…俺っちは一回吐いた。

ホント、どうしてこんな事になっちまったんだよ…なぁ…我が子。

理不尽に自分のガキが殺されて、悲しむなってのは無理な話だろ。いくら能力者の俺っちでも、最低限の家族愛は持ってらぁ。


マリアンヌが運び込まれた時、七尾に頭を下げられたのを覚えてる。

ショックで名前までは覚えちゃいないが…誰かを逃がすためにこんなになるまで頑張ってくれたんだと。

だが、そん時の俺っちは当然冷静とは程遠くてよ。七尾の感謝と謝罪を素直には受け取れなかった。


〈あぁ…可哀想に。最低な奴に使われちまって…お前さんは命令されたら断れねぇもんな。こんなに酷使するような輩だ、さぞイイ性格してたんだろ。なぁ、可哀想な我が子〉

〈捻木さん〉

〈んぁ?〉

〈その言葉は、許せません。撤回してください〉

〈…〉


やなこったと無言を貫いた俺っちに七尾は何を言うでもなく、頭を下げて出ていった。


今ならアイツの言葉の意味を理解出来るさ。

マリアンヌの記録を覗いたらそこに答えがあったからな。

ありゃ、秒で自分の暴言を撤回できる。いや、させてくれ頼むから。


で、そのマリアンヌの記録だが…見るまでがホント大変だった。

ミニバウワウにせっつかれ、吐き気を堪えながらマリアンヌから取り出した記録媒体に驚かされたのなんのって…

なにせ、俺っちでも引くくらいとんでもない量のロックがガッチガチにかかってたんだからな。


まるで、これは自分のモノだと…誰にもやらんと主張するようなソレは当然俺っちの組んだプログラムには存在しない代物だった。

マリアンヌが、何がなんでも守りたいと願った結果だろうよ。


かなり複雑に弄られたプログラムのせいで、ここに保存された記録を他の媒体に移植することはもう望めなかった。

そうなることくらい分かってただろうに…

いや、むしろそれを望んでたのかもしれん。

あの記録を見た今なら…マリアンヌの独占欲がよぅく分かるからな。


ともあれ、俺っちは何重にもかかったロックを一つずつ丁寧にはがし、やっとの思いで記録の断片を手に入れたんだわ。

抜き出したデータはほとんどが破損していて砂嵐だったが、特に丁寧に守られてた所は幾つか見れた。


そこで…ミニバウワウの言う守りたい人を、"彼女"を見つけたんだわ。

どこまでも綺麗に歪んだ変わり者を、な。


〔…う"う"ぅ"!ばう!ばうばう!!〕

〔ど、どうしたの、みにばうくん?〕

〔シオリちゃん、後ろにいて頂戴〕


始めに見つけたデータは、そんな音声から始まっていた。

次いで砂嵐から一面の緑が画面に、マリアンヌの視界に映り込む。

たぶん合宿地の森だろう。どうやらマリアンヌは二人を背に庇い、"何か"を警戒しているらしかった。


その"何か"の正体はすぐに現れる。

怪異だ。一ツ星の、ハエみたいな怪異。

俺っち程度でもバチッと片手間にやっつけられるソレはしかし、彼女には…"記録者"には十分な驚異になりうる。


きっとマリアンヌの後ろでガタガタ震えてんだろう。そう思いつつ、何でかテンションの高いミニバウワウと一緒にボーっと映像を眺めた。だが、退屈を感じられたのはほんの少しだったけどな。


〔【jiiiiiiiiiiii!!!】〕

〔ばう!ぐるるる!!〕

〔んま!?あの子っ〕


なんとまぁ、俺っちの隣で画面にかじりついてる末っ子が…無謀にも怪異に飛びかかったじゃねぇの。


〈は?はぁ!?おま、何やってんの!?〉

〈ばう!〉

〈ドヤ!じゃねぇ!褒めてねーんだわ!!〉


ビックリなんてもんじゃない。

攻撃機能なんざこれっぱかしも…従来のバウワウが持つ"噛みつく"ってプログラムすら抜いてある上に、戦うなんて思考プログラムも組んでないんだぞ??


つまり、この末っ子は…"自分の意思"で動いたんだ。


なんせ彼女は"戦え"とも"自分を守れ"とも命令してないどころか、このお馬鹿さんを止めようと必死じゃないの。

マリアンヌは…


〔…あの子も男の子なのね。好いた子を守りたいだなんて…ぐす、泣かせるじゃないの!〕


言ってる場合か!!!


彼女の制止を振り切り、マリアンヌに見守られながら怪異に食らい付いてたミニバウワウだったが、まぁ分かりきってた結果というか…


〔【jiijijiiiiiiiii!】〕

〔ガ!?ギャ!ギャウ!!ギギ!?〕


あっさり怪異から反撃をくらったソイツは締め上げられ、強化ボディーでもないその体はみるみるうちにひしゃげていく。


ちらっと一瞬画面から本物の末っ子に目を移し、反省でもしてるのかしょんぼりと影を背負ったその体を見やる。

あぁ、成る程。こん時の傷なワケね。把握。


しかし結果として無事なのは分かってても見ていて気持ちの良いもんじゃない。

苦しむ末っ子の声と姿を吐き出すディスプレイからそのまま目を背けようと思ったが、そんな俺っちにまた信じがたい光景が飛び込んできた。


〔っ、やめて!!!〕

〔シオリちゃん!?〕


マリアンヌの視界に彼女が映ったかと思ったら…なんと、怪異に小石を投げやがった。

いやマジか…

軽い音を立てて当たったソレに、一ツ星の注意がミニバウワウから彼女に移っちまったじゃねぇの。あーらら…


〔んもぅ!おバカちゃん!!〕


ホントそれな。怪異に小石って…バカか?バカなのか??

いやそれより、コイツ本当に"記録者"か?

臆病者のレッテルどこやったよ。

マリアンヌもこれにはかなり動揺したらしく、視界がぐらぐらとアラート混じりに揺れていた。


〔チャンスだったのに、何で注意引いちゃうのよぉ!〕

〔チャンスも何もないですよ!だって、みにばうくんを返して貰わないと!〕

〔シオリちゃん。あの子はね、機械なの。アチシもあの子も作り物。死んだりしないのよ。だって、修理できるんだもの。でもシオリちゃんは…〕


諭すように言い聞かせる声。

機械を愛し機械に愛された男(自称)としては物申したいところではあるが、まぁマリアンヌの言ってることは正しい。


人間の体なんざ金属より軽くて脆いもんなんだからよ、大人しく守られときゃいいだろうが。

そもそも、お前さんの為に末っ子もマリアンヌも体張ってんだぞ?それを無駄にすんじゃねぇ。

ディスプレイの前で苛立ちを露にテーブルを指で叩いた俺っちだったが、次の瞬間ピシリと体が動かなくなった。


〔なら、私だって変わらない〕


女がマリアンヌの制止を振り払い…ゾッとするような目をしやがったんだ。

なんだ、あの目…?

ぬくぬくと安心安全を享受してる気楽な"記録者"に出来る目じゃなかったぞ。

瞬きで無理矢理視線を引き剥がしたが…危ねぇ。見入っちまいそうな深淵(やみ)だったわ。


だが、こんなもんは序の口。

俺っちはこのすぐ後に"彼女"の異様さを思い知ることになった。


〔シオリちゃん。アチシ達はロボットなの。生きてるように見えても生きてはいない。心臓の鼓動もないし血潮もない。体温もないし、痛みも苦しみもない。あなたが情をもつ必要はないの。…ね?分かって?〕

〔だから、何ですか〕

〔…え?〕

〔聞きますけど、今あなた方は無感情に命令で動いてるんですか〕


人間なら、ガツンと頭を打たれたようなって表現がぴったりなんだろう。

マリアンヌにとってその台詞はかなりの衝撃をもたらしたらしく、視界がエラー表示で埋まったのだ。


Q.己は命令を遂行しているか?


エラー:解答不能

エラー:説明不能

エラー:理解不能

エラー:意味不明

エラー、エラー、エラー………


狼狽えながらも必死に思考を巡らせるマリアンヌは、エラー警告の上に行動ログを並べたウィンドウを開く。

流れてく暗号化された文字列を追っていけば七尾から受けたらしいオーダーが見つかった。


"彼女を守れ"…ね。


マリアンヌ自身もそのログを見つけたのか、更にエラー表示が増えていく。

そうだよなぁ。おかしいよなぁ。

だってコレが命令だってんなら…ココで悩んでなんかいない筈なんだからよ。


そのオーダー通り動いてるなら今頃、彼女を連れてさっさと戦線離脱してる筈なんだわ。

それこそ、怪異を認識した瞬間にな。それが"機械"ってもんだ。

だがマリアンヌはどうだ?彼女の意思を無視せず向き合ってるコイツは…プログラムじゃなく己の"意思"で動いてるじゃねぇの。

それを、彼女は突きつけたんだ。


〔マリアンヌさんもみにばうくんも、ただのお人形じゃないでしょう。ちゃんとここに"在る"…生きてるじゃないですか〕


〔誰が決めたかも分からない枠組みなんてどうでもいいです〕


〔私は今、目の前に"いる"存在を尊重します。あなた達が認めなくても、私があなた達を生きていると認めます。ちなみに、同じものが五万とあっても私と一緒にいてくれたマリアンヌさんとみにばうくん以外認めません〕


〔大体、ロボット?ぬいぐるみ?人?関係ありませんね。私は、私が大切だと思ったものを…もう奪われたくなんてないんです〕


息を飲んだ。いや、もう…呼吸を忘れた。

なんだよこの子。こんな"記録者"…どころか、こんな"能力者"初めて見たわ。


と、エラーに圧迫されていたマリアンヌの視界にヒビのような亀裂が走り、そのままガラスが砕けるみてぇに映像が粉々になった。

カメラがイカれたとかじゃない。

一枚の分厚いフィルターが砕け散り、新しい世界を映し出したんだ。


彩度の増した映像が、ディスプレイに越しにマリアンヌの喜びを雄弁に伝えてくるようで…俺っちは言い様の無い感情に胸元の服をぐしゃりと掴む。


あぁ、俺っちの"子"は、マリアンヌは…"生まれた"のか。

こんなにもまっすぐに望まれて、認められて。

参ったな…俺っちまで嬉しくなるじゃねーの。これが親心ってか。


けどまぁ現実ってのは非情なもんで、浮かれた気分は切り替わった映像で叩き潰される羽目になったんだけどな。


次に取り出せたデータの始まりは、警告だった。

スリープモードが強制的に解除されましたと表示されたノイズまみれの映像は、上手く抜き出せなかった…と言うより元よりプロテクトが薄く損傷が激しかったんだろう。

プログラムを見るに、どうやらこの後の映像に保護を集中させているっぽいな。


しばらくハッキリしない視界が続いたそれは、ある瞬間から急速に輪郭が明瞭になっていく。

ざわざわした話し声の残滓の後、映ったのは…


〔ま、マリアンヌさん??〕


泣き跡の残る彼女の顔だった。


丸太の積み上がったログハウスと、殺気立ってる七尾…殺伐とした状況から先日島を騒がせた合宿襲撃の文字が頭に浮かぶ。


〔丁度良い!マリアンヌ!!そのまま綴戯を連れて逃げろ!〕

〔任せて頂戴!アチシはそのために来たのよぉ♥️〕


普通ならここで七尾の言葉を命令として受理する…筈なんだが。

オーダー受理の文が視界に入らないまま、マリアンヌは彼女を抱いて走り出す。


俺っちは信じられない思いでディスプレイにかじりついた。

いや、マジか。マジなのか…コレ。

つまり何だ?マリアンヌは自力でスリープモードを強制解除して、七尾の言葉を命令にすることなく"自分の意思"で逃避行を始めたっての?

こっちの頭がエラーで埋まりそうだわ。


道中、損傷により途切れ途切れになりながらも映る断片に残された二人のやり取りは、どこまでも人間らしくて…彼女がマリアンヌを案じる思いもマリアンヌの決意も、映像が伝えてくる喜怒哀楽の感情すべてが本物だった。

その姿は機械と人間でも、ましてや主従でも使役被使役でもなく…互いを思いやる、友人や隣人そのものだったんだ。


だがそんな二人を引き裂こうとする悪魔が現れた。現れてしまった。

いつだってそうだ。幸せを壊すもんはいつだって…人間の形をしてるんだよ。


〔大丈夫。最後まで、守るわ〕


その、絶対に彼女を守るのだという()()こそが…マリアンヌをあそこまでボロボロにした原因だったんだな。…七尾が、正しかったんだ。


〔大丈夫。…シオリちゃんは、この身に代えても守るんだから〕


アイツは、そこが墓場だと知っていた。


あぁ、なんて…カッコいいじゃねぇの。マリアンヌ(我が子)

けど…けどな。

お前さんは生後一日程度の、まだまだ勉強不足な赤ん坊だったんだぜ。


〔このままじゃ、私のせいでマリアンヌさんが…!〕


お前さんが傷付く度に自分まで傷付いたような顔してよ。


〔どうして!?このままじゃ…!誰かからの命令なら今すぐ取り消してください!…お願いっ〕


お前さんの為に大粒の涙をボロボロ雨みてぇに落としてよ。


〔マリアンヌさん…っ!!嫌、嫌だよ!安全な所までずっと一緒って!最後まで、最後まで私と一緒に居てくれるんでしょう!?〕

〔ねぇ、お願い…!お願いだから…私から…奪わないでよぉ…!!!〕


行かないでと泣いてすがった女を置いてきぼりにして。


〔…"アチシ"の為に、泣いてくれてありがとう〕


あまつさえその涙を喜んじまうなんてよぉ…

バカじゃねぇの。ひっでぇ男だよまったく。


まだお前さんには…"生きて"沢山の経験と勉強が必要だったな、チェリー。

俺っちみたいなイイ男(自称)になる前におてんとさんになっちまいやがって…困った我が子だよ。親不孝者め。


でもな、マリアンヌ。ノイズで視界が潰れるギリギリまで焼き付けるように映していた彼女は…ちゃんと帰ってきたぜ。

お前さんが守ったんだ。すげーよ、ホント。


だから、なぁ我が子。俺っちはお前さんを誇りに思うぜ。


映像が終わる頃には俺っちのデスクも白衣もびっしょびしょのぐっちょぐちょ。身体中の水分顔から出したわ。

けど、一緒にマリアンヌの記録を見ていたルシアはいつものように汚いだの何だの言うことなく、ただ静かに目を瞑っていた。


〈ばーぅ…〉

〈…お前さんは、この子のナイトになりたいんだな〉

〈ばう!〉


もう分かったよ。

コイツもマリアンヌと同じなんだろう。

彼女に望まれて生まれた"命"であり、彼女に惚れ込んじまったクチだ。


正直、その背を押すのが怖くないと言えば嘘になるが…腹括った我が子を応援出来ないほど俺っちは意気地無しじゃないんだわ。


〈…任せろ。お前さんがとびっきりのナイトになれるよう力になってやるよ〉

〈ばう!!!〉


ーー…ま、そんなこんなで紆余曲折。

今日この日にアイツは巣立っていったワケだ。くぅ!泣ける話だねぇ!!


「しっかし…対面してみたら改めてすげぇ子だったわなァ」


コーヒーを喉に流し込んで独り言つ。


最初こそこっちで勝手に手続きしてミニバウワウを送り出すつもりだったんだが、登録に必要な生体データがまるで無かったのを理由に彼女を呼び出したんだ。

出来る限り人との関わりを避けたいタイプの俺っちだが、マリアンヌ達を虜にした彼女に会うのはちょいと楽しみだったんだよな。


で、ワクワクしながら会ってみりゃ…何でか初対面で怯えられたもののビックリするくらいのイイ子ちゃんだった。

一ノ世の専属って肩書きからして癖のある性格してんだろうなと思ってた過去の俺っちが土下座するくらいにはイイ子ちゃんだったんだわ。何あの子、本当に能力者??

…まぁ、実際はただのイイ子ちゃんってわけじゃなかったけどよ。


部屋の奥にチラリと目を向け、今はただスリープモードで静かに佇む巨体を見やる。

ピッチピチのシャツに黒のパンツ。青髭の残る口元と真っ赤なルージュの乗ったぷるぷるの厚い唇。

紫のアイシャドウが煌めき、くるんとカールした長いまつ毛は瞬き一つで風を起こしそうだ。


そう、それはまぎれもない"マリアンヌ"だ。

同じパーツ、同じプログラムで組み上げた正真正銘のマリアンヌ。


だが…彼女はコイツを認めなかった。


ちょっとした出来心だったんだよ。

もし同じ姿や声をしたコイツが目の前に現れたら…どんな反応を見せてくれるだろうかってな。

どうにも研究者気質っつーか、気になったら突き詰めたくなっちゃうんだわ。


だから、インカムの向こうで繋がっていたルシアの制止も無視して、俺っちはあの時マリアンヌにコーヒーを持ってこさせた。


最初に見せたのは当然ながら動揺。これは予想通り。

しかし、彼女の恐ろしいところはここからだった。

マリアンヌの観察を始めた彼女は…すぐにその関心を外して見せたんだ。


()()。と語るように僅かに目を細めて。


ただの一瞬で視線が透明に、瞳が無になった瞬間を目の当たりにした俺っちは震えそうになったね。

マリアンヌは"アイツ"しか認めないときっぱり言いきった彼女を疑ってたワケじゃないが、こうも見事に"外"へ弾き出すとは…恐れ入る。


ただのイイ子?とんでもない。

馬鹿みたいに懐は広いみたいだが、だからこそコイツは…その裏に得体の知れない化け物を飼ってる。俺っちの直感だが、優しいだけじゃねぇってのは合ってると思うぜ。一番おっかないタイプな。


「あぁ、けど…いいなぁ、あの子」

「マスター、気持ち悪いですわ」

「…今のは認めるわ」


けどよ、仕方ないだろ。

誰にも理解してもらえない俺っちの機械愛を共有出来るかもしれない逸材が現れたんだからな!!

あのミニバウワウを可愛いって分かってくれるやつが!!機械を"うちの子"って愛情たっぷりに迎え入れてくれるようなやつが!!壊れたマリアンヌの為に泣けるやつが!!


どっかのバカは昔、マリアンヌを岩の下敷きにして壊した後ケロッとした顔してやがったのに、だ!

彼女は違う。今まで見てきた会ってきた連中とは違う。他の人間とは違う。


そんな子…能力者なら欲しがって当然だろ。

だって、"気に入った"んだからよ。


もうね、マリアンヌとのメロドラマで俺っち落っこちたわ。ドボンよドボン。

あぁ、我が子達はキューピットだったに違いない!!

ひはっ!ひははははは!


いやぁ、一ノ世にも感謝しねぇとな。

あの子を見つけてきてくれてあんがとさんってね。

さぁて次はいつ会えっかな。

貢ぎもんでも組み上げっかなぁ…おっとそうだ、部屋の監視カメラの映像を保存しとかねぇと。上書きされたら彼女(推し)が消えちまうからな。


「マスター…女性遍歴が知れますね。この童貞」

「待って何で?合ってるけど、何でディスった??」

「あぁ、お可哀想な栞里様。わたくしが変態からお守りしませんと」

「よく分からんがその鉈はダメだ…ってオイ!監視カメラを壊すな…あ"ーーー!!」


何故かルシアに監視カメラはおじゃんにされたし、後日一ノ世に彼女と会わせてくれた感謝をみっちり伝えたらキモいの一言と接触禁止令が言い渡された。俺っちは泣いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


NOside


夜明けにはまだ遠く、弧を描く月が世の矮小さを嘲笑しているかのような夜陰の刻。

起きている窓がすっかり減った中、二人の人間が偶然にもまったく同じタイミングで鏡を覗き見た。


そして、それぞれが首をかしげる。


一歩鏡像に近付けば、あちらも寄って距離は二歩分詰められた。

そうしてより鮮明に見ることが叶った己に、やはり二人は首をかしげたのである。


「「なんだ、これ?」」


双子のようにピタリと同じ言葉が零れ出た。


片方は己の藤の周りがぼんやり朝日の如く明るい黄金なっていることに眉をひそめる。

片方は己の月の周りがぼんやり朝焼けの如く神秘的な紫になっていることに口を歪める。


何故か変わった目の色彩。

近付かなければ分からないくらいの変化ではあるが、確かに以前とは違っていた。


とはいえ調子も悪くないし、色以外の変化もない。

病気とも思えないし、まぁ放っておいても問題なさそうだ。


けれど、それにしても、この色はまるで…


「「アイツみたい」」


一人は心底嫌そうに。

一人は心底愉快そうに。


一致した答えと正反対の感情を持て余しながら、二つの人影は夜の闇を部屋に招いてその目を閉じたのだった。



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