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15-3


データ採集はものの数分…本当に機械だけによってスキャンやら粘膜採取やらを行われて終わり、捻木さんはデータを処理するためにみにばうくんを連れて奥の部屋に籠っている。


ちなみに、小鹿ちゃんが言っていた通り注射はなかった。代わりに指先を少し切って血を一滴機材に落としたけど…あれで済むとか凄いな。


登録が完了するまで待っているよう言われた私は、退屈そうにしながら捻木さんの椅子でくるくると回っている一ノ世へ目を向ける。

二人きりは正直嫌だけど…丁度良い機会と思うことにしよう。


「ね、一ノ世。聞きたいことがあるんだけど」

「ほーん?俺に?はー…面倒くさ。でも良いよ。どうせ暇だし」


回るのを止め、少しも揺らいでいない目でこちらを探るように見つめられた。

カツン、カツンとデスクを端を指で叩く一ノ世は快諾とはいかなかったものの、今の虚無時間が続くよりはマシだと思ったらしい。

パソコンのディスプレイから発せられる青白い光にぼんやりと照らされた二つの月が、問いを促すようにゆっくりと瞬いた。


「えっと…あのさ、"女王"って何なの?」

「は?国を治めるふんぞり返った女」

「それはまぁそうだけど、そっちじゃなくて!!」

「あっははははは!!分かってるって。わざわざ俺に聞いてきたってことはさ、能力者が言う"女王(レジーナ)"でしょ?栞里が知りたいのは」

「そう。そっちの"女王"」

「にしてもさ、随分いきなりじゃん。誰かに聞いたの?」

「聞いた、というか…ハロルドにも世ノ守って人にもそう()()()()から」

「あー…ハイハイ。それで気になったワケ…って、ハァ!?世ノ守!!?栞里、アイツに会ったの!?」


世ノ守という名前に過剰なくらい反応して、ガタン!と椅子を倒しながら身を乗り出した一ノ世に悲鳴を飲み込む。


「大丈夫だった!?何かされてない!?されてたら言って潰してくるから!!」

「ちょ!!ま、待って待って!!大丈夫だったから!!」


頼むから落ち着いてくれ。肩を掴もうとしないでくれ。あと、これ以上の接近も勘弁してくれ。

そう思いながら両手のひらをつき出せば、幸いにもそれに従うだけの理性はあったらしく伸ばしかけた手は引っ込めてくれた。


「世ノ守さんには何もされてないし、むしろ良くしてもらった…んだと思う。話はまったく噛み合わなかったけど」

「それはいつもの事」

「そうなんだ…あ、あと一ノ世はかくれんぼが好きとか何とか変な情報くれた」

「はー…うっざ。いつまでかくれんぼの話題引きずってんのさ。栞里、アイツの言ったことは気にしなくて良いから」


別に気にしてなかったしするつもりもないけど…一体どういった経緯で二人の間にかくれんぼの話題があがったのかは地味に気になる。

何だろう、昔は一緒に遊んでた…とか?


「…そう言えば、親戚って聞いたな」

「俺と世ノ守?まぁね」


居心地悪そうにムスッとしているわりにはさほど機嫌は悪くなさそうで、口癖のように出てくる"潰す"などの物騒なワードも紡がれないとは珍しい。

本人が頭でどう思っているのかは知らないけど、思いの外嫌いじゃないんだろうな。


「俺ん所の一ノ世が本家で世ノ守は分家。年は離れてるけど…まぁ、ガキの頃は面倒見てもらったんだわ」


四葉さん達からうっすら聞いてはいたけど…本家とか分家といったリアルなワードが出てくると改めて一ノ世が良いとこのお坊っちゃまなのだと現実を突きつけられる。何度だって思うけど、世も末だな。


確か能力者だけで成る一族だとかなんとか。

…あれ?でも、それって変じゃない?

能力者って遺伝は関係ない筈で、だから四恩さん達の家は養子という形で繋いでいるのに…けれども彼らは一ノ世を自分達とは違う形だと言った。


…なら、一体どうやって?

なんて気になりはしたけれど、あの兄弟ですら口を揃えて闇が深いと言ったところを好んでつつく気にはなれなかった。だって、絶対まともな理由じゃないでしょ。


「…一ノ世の面倒見るとか凄い人だね」

「それどういう意味さ。まぁ規格外な奴ではあるけど…って、俺らの話はどうでもいいでしょ」


ぺちぺちとやる気無く手を打ち鳴らし、一ノ世は顎に手を添えて僅かに首をかしげた。


「"女王"の話に戻るけどさ、世ノ守なら確かに栞里()()呼ぶだろうね」

「世ノ守さんならって…なんで?」

「敏感だから」


付け加えられた言葉の意味が分からず当惑の眉を顰めた私に、どうやら気分がノっているらしい彼はにんまりと笑う。

「んじゃ、お勉強の時間ね。栞里はさ、能力者の始まりって知ってるわけ?」

「ええと、一般教養の範囲でなら…一応」


それは小学校の教科書にも記されているくらいごく一般的な歴史の話。


ーー昔あるところに一人の冒険家がいた。未だ誰も到達していない未知の大陸を夢見ていたその人は、事あるごとに船乗り達に頼み込む。船に乗せて欲しい。船に乗せて欲しい、と。

しかしお前の夢物語に付き合っている暇はないと毎回のように断られ、その人は一人決意を固めた。


ならば自分一人で海に出よう、と。


思い立ったが早いか、その人は子供の工作のような小さな船にありったけの食糧を積み込んで…本当に一人で広い海原へ漕ぎ出したのである。


初めは意外にも順調な旅路だった。

しかし一週間ほど優しい顔をしていた海は一転、突如として荒れ始めたのだ。

自然とはそんなものと頭では分かっていたが、平和を享受していたその人は突然の見たことも無い大嵐を前に狼狽えることしか出来なかったという。

そしてその人は山のような波に飲まれ、暗く冷たい海の中で意識を失ったのである。


しかし、神の気まぐれか悪戯か、はたまた祝福か…その人は死ななかった。


奇跡的に命を繋ぎ止めたその人は、どこか分からない島に打ち上げられた状態で目を覚ましたのだ。

とはいえ船も食糧も失った状態は最悪に他ならず、酷い乾きと飢え、そして波に揉まれてあちこち痛む体…と満身創痍。

それでも諦めの悪さを発揮したその人は、水溜まり、木の実一つ、あわよくばネズミの一匹と願いながら島の中へと進んでいった。


その、島の奥で…冒険家は出会ったのである。

人智を越えた未知の存在に。


偶然見つけた洞窟の最奥。

見た目だけで言えば、ソレは年若い女性の姿をしていた。

しかしソレは人間と言うにはあまりにも…異常だったのだ。


ソレは瞬きの一つで冒険家の傷を癒し、手の一振りで千切かけの布切れを引っかけただけだった服を新品顔負けの状態に戻した。

かと思えば、踵を返した足の一歩で冒険家を近くの港まで飛ばしたのである。


冒険家の顔馴染みの者達は笑った。

なんだ、しばらく姿を見なかったからてっきり本当に一人で海に漕ぎ出したのかと思ったが、結局怖じ気づいたのか…と。

そう言って肩を叩かれるくらいに綺麗な身なりで立ち尽くしていたのだ。

まるで、何事もなかったかのように。ーー


…と、こんな感じの話だったかな。

こんなものは序章で、この後も続きはあるのだけど…まぁ、お約束の展開とも呼べるものだ。


この不思議体験を人々に話した冒険家は頭のおかしい奴と指差され、証明してやるから今に見てろと再び海に飛び出してあの島を目指し、なんやかんやあって再会した"ソレ(彼女)"と交流を深めていく…といった感じである。

間のあれこれは資料によって千差万別だけど、最後はどれも冒険家をきっかけに"ソレ"と人間が歩み寄って今に至ると締め括られていた筈だ。


「…って話で合ってる?」

「十分。15XX年…その話に出てくる一般人(冒険家)って奴とハジメマシテしたってのが最初の能力者…いわば始祖サマってやつね。その始祖サマが元々"女王"って呼ばれてたのさ」


ふと一ノ世の言葉に引っ掛かりを覚えて、私は内心首を捻る。

"記録"ではなく記憶の話だから思い違いなのかもしれないけど…


(15XX年って、私がテスト用に覚えてた西暦より…()()()()…?)


その違和感に思考が持っていかれる前に一ノ世が続きを語り出したので、疑問は一度頭の隅に追いやることにした。


「んで、始祖サマの没後その"女王"ってのは強い女の個体から()()()に選ばれてったのさ」

「自動的…?選ばれる…?」


これは一ノ世にも理屈は分からないらしいが、一般的に言うところの女王とは違い、"女王"というのは血筋も他者の推薦も一切関係なくある日唐突に"そう"なるらしい。


一説には死んだ初代"女王"の魂が次代を選出しているというオカルトな話もあったみたいだけど…そこは能力者クオリティ。

深追いするほどの興味がないため、"とりあえずそういうもの"だという適当な結論で終わっているそうだ。

いや、誰か一人くらい追求しなよ…自分達のルーツでしょうが。


「ええと、つまり…能力者のトップに立ってるのが"女王"って呼ばれる人なの?」

「まぁね。けど実際そんな単純じゃなくてさ、"女王"って…一人じゃないんだわ」

「へ?」


"女王"が一人ではないって一体どういうこと?

支配者(トップ)が複数いるなんて不都合でしかないような気がするけど…


「勿論最初は"女王"の席には始祖サマ一人だったよ?その後もしばらくは"女王"に選ばれるのは一人だったんだけどさ…能力者が数を増やして各地に散らばっていくにつれて"女王"も増えていったんだわ」

「そんな簡単に増えるものなんだ…」

「あはっ、簡単ってのはどうだろうね。増殖ってより分裂…いや、分割かな。増えた分だけ"女王"の力は弱まっていったんだからさ」


今では各国に一人づつ"女王"が選出されているレベルだと聞いて驚いた。

結果として"女王"のもつ力というものはほとんど無いに等しいくらい薄まっているそうだけど…当たり前だよね。

一ノ世の言うとおり力が分割されているのだとしたら、一枚のクッキーを粉々にしたようなものなのだから。その一欠片なんてたかが知れてる。


ちなみに、当然ながら日本にも一人"女王"がいるらしく『楽園』で大事に大事に守られているらしい。

いくら力が弱まろうと"女王"という存在は旗印のようなものみたいだ。


「って、それなら私が"女王"って呼ばれるのはおかしいよね?だって国に一人なら、ここにはもう…」

「あっははははは!!栞里さ、マジで言ってる?」

「…え?」


いきなり笑い出したかと思いきや、すぐにそれをかき消して真剣な声色に変えた一ノ世。

思わず息をつまらせ、私は僅かに体を引く。


「確かにさ、ここにはもう"女王"がいるよ。でも栞里。栞里のいた"あっち"では…違うでしょ?」

「っ!?」


言われて、ハッとした。

自分が別の世界から来たことを忘れていたつもりは無いけれど…盲点、だった。

まさか、まさか…私が?


「…ぇ、じゃ、じゃあ…何?わた、私…"あっち"では"女王"、だったってこと…?」


心は一般人であるのだと自負する己がキリキリと締め付けられるような…認めたくない現実。


「ん?そりゃそうでしょ。なぁに当たり前の事言ってんのさ」


それを一ノ世は、あまりにも軽く肯定した。

まるで今日も良い天気ですねというありきたりな言葉に返すかのように。こっちの気持ちも知らないで。


「だってさ、"あっち"にはもう()()()()()()()んでしょ?」

「…!?」


"女王"とは強い個体が自動的に選ばれていくと一ノ世は言った。

ならば、選ぶための選択肢が無いのだとしたら…どうだろう?


答えは成る程単純だ。残り物の私が"そう"なるのは必然、ってこと。

反論の余地もない答えに、私は事実を飲み込むしかなかった。


「…自覚とか、ないんだけどな」

「ほーん?普通は分かるみたいだけど…まぁ栞里(イレギュラー)だからね」


今絶対人の名前に失礼なルビふっただろ。


「しかも栞里ってさ、たった一人の"女王"って事になるでしょ?だとすると…"女王"の力をかなり受け取ってる筈だよ。ま、世界が違うせいか俺らにはなんとなく程度にしか感じとれないけどさ」

「その、"女王"の力って何なの?」

「あー…今となっちゃ独特の存在感程度しか残ってないけど、元々は始祖サマが持ってた特別な力だね」


一ノ世が言うには、始祖と呼ばれる"女王"には自分の能力とは別に不思議な力が備わっていたらしい。

例えば病を寄せ付けないだとか、遥か彼方まで見える目だとか、能力がなくても水中で呼吸が出来るとか…少し特異体質のそれと似ているかも。

ただ、他人の腹の子に力を流し込むことで100%能力者を産み出せるというのは…聞いててゾッとした。廃れてくれて良かったよ。


それが今では存在感なんてふわっとしたものしか継承出来ないと言うのだから、相当力が薄まっているという事実は私ですら想像に容易い。


「というか、存在感って…それ、ほぼ何もないのと一緒じゃない?」

「あはっ!確かにね。でも案外さ、その存在感が重要ではあるんだわ」


存在感が重要…?

いまいち想像がつかずにぎゅっと顔を中心に寄せると、余程面白い顔をしてしまったらしく一ノ世は小さく吹き出した。笑うなコラ。


「んふっ…あー、こほん。栞里は根っからの能力者じゃないからピンと来ないだろうけどさ、"女王がいる"ってだけで能力者にとっては精神安定に繋がるんだよね」

「せ、精神安定…ね」

「オアシスっての?近くにいると生き返るってか、居心地良くて落ち着くんだわ。基本不安定な能力者にとってその安心感ってのはすっごく大事なワケ。だから本能的に欲するし、そのオアシスを守ろうって思うのさ」


本能的に守りたいと思う、思わせる。

成る程まるで女王蜂や女王蟻のようじゃないか。

"女王"って呼称は適当なものではないらしい。


けれど、それなら…


「…皆からの好意って、作られたもの…だったのかな」


私が"女王"だから、良くしてくれた。

それが理由だったのだとしたら…凄く虚しいのと同時に申し訳無いや。


「はー…面倒くさ。なぁに辛気臭い顔してんの?言っとくけどさ、その予想は大ハズレだから」

「でも本能的にって…それってつまりは理性とか感情とは別の話じゃん」

「あー…ハイハイ。そう聞こえるかもだけど、実際はんな自我を失うような衝動とか無いから。そりゃ、なんか気分楽だなとかは思うけどさ…ソイツを好きか嫌いかはまた別の話。実際俺、日本の現女王マジで嫌いだからさ。アイツを好きになれとか反吐が出るね」

「うわ…」


顔を歪めて鼻にシワを寄せながら吐き捨てられた言葉に嘘はなく、それどころかいっそ殺気に近い嫌悪感が滲み出ている。いや、こっわ…どんだけ嫌いなんだよ。

おかげさまで信憑性は抜群だけども。


「つまりさ、心は自由なの。言ったでしょ?存在感()()ってさ。確かに重要な力ではあるけど、薄まった今じゃ所詮は目印なんだよ」

「軽っ!?そんな適当でいいの?」

「いーの。ま、昔は忠心っての?"女王"に心まで捧げてて凄かったみたいだけどさ。拠り所っつーか神様みたいなもんだったみたいだし」


滅茶苦茶過激じゃん。宗教団体かな??

…で、それが今では一部に反吐が出るとまで言われてる始末、と。

時代の流れが残酷過ぎてビックリだわ。


「力と一緒にそういうのも薄れてったんだね」

「んにゃ、それに関しちゃ一番の原因は"世界"さ」

「"世界"…?え、なんで?」

「忘れた?能力者にとって"世界"こそが心の中心で最強の安定剤じゃん。だから"女王"って拠り所は必要無くなってったの。ま、一説には女王の気配が弱まった結果"世界"が必要になったらしいけどさ。興味無いから詳しくは知らねーわ」


うーん、成る程。理にはかなっている。

元々は"女王"がいるってだけで満ち足りていたけれど、それがどんどん薄まって足りなくなっていって…結果能力者達は生きるために自分で自分の安定剤を定めるようになったってことだよね?

それって、まるで進化みたい。

使わなくなった…"要らなくなった器官(女王への敬意)"が退化するってところまでね。


うーん、まだまだ能力者のシステムは知らないことばかりだな。情報量が多くて思考が絡まっちゃってるわ。後で整理しないと。


それにしても私が"女王"、か…皮肉だな。ホントに。

憎むべき連中の旗頭になってただなんて笑えない。

まぁ、自分に一ノ世の言う特別な何かがあるようには思えないけどね。


「あ"ーめっちゃ喋ったわ。はー…俺ってば親切親切。色々言ったけどさ、栞里のソレは尚更うっすいから気にするだけムダだよ。もうね、ただの酸素レベル」

「…あ、そう」


酸素なら必要不可欠だろ、という大人げないツッコミは止めておいた。私って懸命。


とりあえず、人間関係や感情に影響が出るほどのものではないということは分かった。

まだ謎は多いけれど、その事実が知れただけ十分だと心から安堵する。


「んー…本当に不思議なくらい薄いよね。"女王"の格で言えば最強格なのにさ」

「嬉しくないなソレ…でも、薄いって言うわりに一ノ世も世ノ守さんもよく気づいたよね」

「俺とか世ノ守は護衛でよく"女王"に会うせいか他の奴らより遥かに敏感だからね。そうじゃなきゃ感じ取るのは無理無理」


敏感と豪語する一ノ世に薄い薄いって言われるとか、本当に微々たるものなんだね…いや、別にいいけど。


ハロルドも分かったって事は、アイツも"女王"の近くにいたのだろうか。

今となっては知ることは叶わないし、ぶっちゃけ大して興味もないけどね。


「ま、バレないなら気を張らなくてもいっか」

「あー…それはどうかな」


楽観的に呟いた私に対し、一ノ世は煮えきらない顔でがしがしと己の自由に跳ねた癖っ毛を更に乱した。


「もし俺らより敏感な奴がいたり本来の(あっち仕様の)"女王"の力を感じ取れる奴がいたら普通にヤバイからさ、今度四恩サンに抑制剤頼んどいてあげる。はー…俺ってばやっさしー」

「え!?いや、別にそこまで…」

「ほーん?新興宗教立ち上げられたいの?」

「抑制剤、よろしくね!」


何だ新興宗教って。

あぁいや、昔は女王を神様扱いしてたって言ってたなそう言えば。

え、祭り上げられんの私…?絶対にお断りだ。


とりあえず変なことには巻き込まれたくないので、いらないと言おうとしたところを秒でくるっと手のひら返した。

気だるげにハイハイと返ってきた返事に本当に薬とやらを頼んでくれるのかと不安になったものの、重ねて言うのは止めておく。機嫌を損ねそうと私の勘が感じ取ったのだ。


いい加減話に飽きてきてるだろうしね。まぁここまで長々と我慢してくれたのが奇跡か。

って、何で私は一ノ世の気分の浮き沈みを読んでるんだか…しかも微妙に自信まである。

いや、こんなスキルいらんわ!!

落ち着け私。磨く場所を完全に間違えているぞ!!


一人脳内で己に突っ込みをしていると、暇をもて余して彷徨き始めた一ノ世がどっかの配線に足を引っかけて引き抜いたのを目撃し、私は捻木さんに合掌を送った。

それが届いたからなのかは分からないけれど、間をおかずにガチャンと奥の扉が開いた音と…


「あ"ぁ"ぁぁぁぁぁぁ!!!おま、お前さん!!またやりやがったな!?」

「はー…うっざ。とっきーが遅いのが悪くね?飽きたんだわ」

「へー!へー!すんませんでしたねぇ!!」


絶叫ののちヤケクソな声が聞こえたのだった。ドンマイ。


疲れたような顔をしながら席にドカッと座った捻木さんは、入れ直したらしいコーヒーに口をつけてはふりと息をつく。


「さてっと、設定は無事に終わったぞ。これでコイツはお前さんの家族だ」

「ばう!!」


彼の腕から飛び出してきたみにばうくんを驚きつつもなんとか受け止め、告げられた言葉を噛み締めながら頭を下げた。


「ありがとうございます!!大切にします!」

「おう、そうしてやってくれや。んで、俺っちからのサービスっつーか嫁入り道具ってことで、ちっとばかし機能も追加しといたぜ。まず…」

「は?まだ続くの??俺さ、飽きたって言ったよな?」

「んぁ?っいででででででで!!!?」


捻木さんが得意気に人差し指を立てたところで、彼の横からぬっと伸びた一ノ世の手がその指を曲げてはいけない方向に曲げようとする。暴君すぎるだろ。

まぁ、一ノ世にしては良くもった方…なんだろうか。さすがに限界を迎えたらしく目が据わっていた。こっわ。


「離せ離せ!俺っちの繊細な指に何しやがる!!」

「は?カサカサで汚いただのオッサンの指じゃん」

「えぇい!夢も希望もない現実を突きつけるんじゃない!!」


ぶん!と奴の手を振りほどいた捻木さんは、薄明かりでも分かる程くっきり鬱血している指に涙目でふぅふぅと息を吹きかけている。

曲げられたダメージより握られたダメージの方が大きいんじゃなかろうか、あれ。こわ…どんな握力してんの。


「っつぅ…すまんけど嬢ちゃん、そこの坊がご機嫌斜めらしいんでこの件は後で書面にして渡すわ」

「あはは…それで大丈夫です」

「ねー、もうさ、終わった?帰っていい?」

「おーおー、帰れ帰れ。とっとと帰れ」

「はー…うっざ」


最初よりもヨレヨレになってしまった捻木さんは最早諦めの顔でしっしっと手を払った。

終始一ノ世のペースにブン回されていた彼の不憫さに苦笑する他ない。


「捻木さん、今日は本当にありがとうございました」

「ばーうばぅ!」

「いいってことよ。何か不具合あったら遠慮せずに連絡くれや。出るかは分からんけど」


にっと笑った捻木さんにもう一度感謝の意を示し、待ちくたびれたのかつま先で配線を弄り始めた一ノ世に終わったぞと目配せをした。


「っし!んじゃさ、俺ら帰るからまたねとっきー。栞里ぃ、行くよー」


高い背を追うように後ろへ続こうとして、ふと足を止める。


「…ねぇ一ノ世。一応確認するけど、こっから学園までどうやって帰る気?」

「は?そんなの行きと同じで良くね?」


けろっとした顔で答えられ、私は血の気が引く音を聞いた。

うっそだろあれをもう一回?冗談じゃない!

そう思った私の行動は早かった。


すぐにくるりと体を回してバン!とデスクに手をつくと、部屋の暗さに驚きが重なって真ん丸になった次縹を訴えるように見つめる。

ありがたいことに、彼に対するトラウマは緊急事態で焦る頭によって隅っこに追いやられて引っ込んでくれていた。


「すみませんが『転移』を!『転移』をお願いできますか!!学園まで!!」

「お、おぉおぅ???そ、そりゃすぐに呼んで手配出来るが…」

「是非!!!!」

「ばぅ?」


コクコクと首振り人形になった捻木さんを見てこれ見よがしにガッツポーズをすると、さすがに露骨すぎたのか一ノ世がおもしろくないと顔に張り付けて子供のようにぶすっと私を睨む。


「はー…うっざ。人の親切心を踏みにじるとかさ、ひっどいよね」

「どこが親切心だ白々しい!お前が楽しいってだけでしょ!」

「あ、バレた?あっははははは!!だってさ、栞里の反応マジで面白いんだもん!!」

「最っ低!!」


もん、じゃねぇわ。可愛い子ぶるな。

だいたいコイツ、いっつも蹴っ飛ばしたり投げたりしやがって…人のことボールか何かと勘違いしてないか?


じろりと一ノ世を睨みながら、うちの子になったみにばうくんに早速癒しをもらうべく抱き締める。


「ごろごろごろ」

「は?何そいつ、猫だったの?」


それに関しては合宿の時からの謎だからツッコまないでいただきたい。

というか、製作者に聞けばわかるのでは?

そう思い至って捻木さんの方を見ると、何故か苦いものでも口に入れたように変な顔をしながら私と一ノ世を交互に見つめていた。


「何、とっきー。視線がうざいんだけど」

「いや、あのな…」


彼は深刻そうに重たい口を開く。

どうしたのだろうかと二人して次の言葉を待つと…


「独身のオッサンの前で痴話喧嘩は止めてほし…」

「「あ"ぁ?」」

「さーせんっした!!!」


捻木さんはぺしゃんこにされかけた。

私は止めなかった。

口は災いの元って言うよね。



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