15-2
「み…みに、ばうくん!?」
「ばう!ばうばうばう!!」
正解!と言葉が聞こえてきそうなほど嬉しそうに鳴き、体全体を私に擦り寄せて甘えるそれを震えそうな腕で抱き締める。
黒光りする硬い金属の体をもつこの子は間違いない…あの合宿を共にした小さなサイズのバウワウくんこと、みにばうくん(私命名)であった。
あぁ、キミは生きていてくれたんだ…!
なんて、再会を喜んだのも束の間。
電流のようにビリビリと肌を撫でた殺気に慌てて振り向けば、今にも死体の一つや二つ作りそうなほど冷ややかな金色と目が合う。
喉の奥が潰れて変な音が鳴った。
「おーい、一ノ世。んな警戒しなくても危ないもんじゃねぇよ。いや、警戒ってかそれ威嚇か?」
「うっせぇ」
「心が狭いねぇ」
「うっせぇ」
威嚇…?まぁ確かに凄く敵意を感じる。
いや、それにしたって何でこんな機嫌悪くなったの??バウワウくん(オリジナル)に嫌な思い出でもある、とか?
私が困惑を露にするみにばうくんを守るように抱え直すと、更にムッとするものだから訳が分からない。
「で?何、ソイツ」
「み、みにばうくん…」
「栞里とどんな関係なわけ?」
「関係…?合宿で仲良くなった…友達、かな?」
「ほーん?…あっそ」
聞いたクセして一瞬で興味を失ったらしく適当な声を出した一ノ世は、もうすっかり殺気を霧散させていた。
はぁ…助かった。私に向けてじゃなくてもコイツの殺気はキツすぎる。現実と"記録"が曖昧になるくらいにはトラウマなんだよこちとら。いい加減理解しろ。
と、大きな手がわしっとみにばうくんをつかんで持ち上げた。
剥がされるように離された小さな体を追って手を伸ばすも寸での所で空振ってしまう。おのれ身長。
「ちょっと一ノ世!乱暴にしないでよ!」
「あー…ハイハイ。つーかさ、コレ小さいだけでただのバウワウじゃね?」
「そうだよ。だから"みにばうくん"って呼んでるの」
「だっさ」
「うるさい!もう返して!!」
端的にネーミングセンスをバカにされ、イラッとしながらつるりとしたボディを取り返す。
すると、きゅんきゅん甘えた声で鳴きながら小さな四肢でしがみついてきたではないか。
はー可愛い!これだよこれ。このアニマルセラピーが欲しかった!!
生憎ふわふわな手触りとはいかないものの、ツルツルボディも慣れてしまえばこれはこれで良い。
機械の熱で少しばかり暖かい気がするみにばうくんに頬を寄せると、お返しとばかりに体をこちらへぐいぐいと寄せてくれる。サービス最高。頬にかかる圧が若干痛いけど最高。
「はー…うっざ。何だらしない顔してんのさ」
「良いじゃん別に。何?羨ましいの?」
「は?バ、バカじゃないの!?羨ましいとか…そんなわけないし!」
「ちょ、うるさい!何で叫ぶわけ!?」
「…ッチ。とにかくさ、顔がキモい」
「百歩譲ってだらしない顔は分かるとして、キモいは酷くない!?ただの悪口じゃん!」
「おーい、お二人さん。そろそろ俺っちの存在を思い出してくれや」
「「あ」」
そうだった話の途中…どころか話すら始まってなかったわ。
腰を折ってしまった事に謝罪すべく口を開こうとしたけれど、またしても泣き真似を始めた捻木さんに言葉含めて引いた。
めっちゃ使い回すじゃん。
一ノ世に同意したいわけじゃないけど、髭面の草臥れたおじさんのこれは…確かにキツい。
一部には需要があるだろうけど、大衆的にはちょっと、ね。
「…何か今、俺っちの心が見えないとこで抉られた気が…」
「すみません!」
「謝っちゃうのかー…それって認めるってことなんだよなぁー」
白衣のようにヨレヨレ…いや、しおしおになりながらディスプレイの端末をおもむろに弄りだした捻木さんは、コーヒーとだけ打ち込んですぐ手を離した。
どこかに注文を飛ばしたらしい。
「ま、俺っちの心の傷は置いといて、だ。ちょっとしたサプライズがあるんだが…お前さん、ソイツの"目"を見てやってくれや」
「目…ですか?」
みにばうくんに目なんかついていただろうかと首を捻る。
記憶を軽くあさってみてもホチキスのようなフォルムに痛そうな牙、それと小さく短い手足をもつみにばうくんに目は無かった筈だけど…
「みにばうくん、顔をよく見せてくれる?」
「ばう?ばーう!」
ずっと私にすりすり体を寄せていたみにばうくんが待ってましたと言いたげにその体を離し、私を見上げた。
瞬間、交わった視線をたどった私は思わず目を見開くこととなる。
黒い体の中にちょこんとついた同じ黒色のそれは…
「それな、実は…」
「マリアンヌさん!!?」
「「は?」」
何かを言いかけた捻木さんには申し訳ないけれど、それどころではなかった。
「凄い凄い!みにばうくん、マリアンヌさんの目をもらったの!?」
「ばうー!ばうば?」
「勿論、似合ってるよ!!可愛い!」
何言ってんだコイツと突き刺さる一ノ世の視線も驚きを隠すことなく私を凝視する捻木さんの視線もどうでもよくて、私はみにばうくんについた黒真珠のようなくりくりした目に顔を近づけた。
うっすらと透けて見えるカメラや歯車はソレが機械であることを雄弁に伝えてくるけれど、その視線は決して無機質なものではない。
好意に溢れたみにばうくんの更に奥で、あの森の中で最期まで私に注がれ続けた母のような暖かさがまた同じように流れ込んでくる。
あぁ、やっぱり間違いない。間違える筈もない。
これは、マリアンヌさんの目だ。
私はつんと痛んだ鼻の奥と熱くなる目頭を誤魔化すようにみにばうくんへ額をぴったりくっつけた。
「…まだ言えてなかったね。おかえり、マリアンヌさん」
「きゅうん」
言えなかった言葉を今更ながら口にして、もう一度その目を覗き込む。
そこには蕩けるような喜びの色と共に、ただいまと語りかける穏やかな光がちらついた気がした。
「ほへー…よく分かったなぁ。確かに内部のパーツはそのまんま使ったが、形も何も全然違うだろうに」
感心半分と驚き半分を言葉に混ぜながらデスクに頬杖をついて私を見る捻木さんに、ぱちぱちと目を瞬かせて首をかしげる。
「当たり前ですよ。形がどうとかじゃなくて…私はこの眼差しを間違えたりしません。だって、私を守ってくれた目ですから」
「ばう!ばーう!」
「ほーん?俺にはさっぱり分かんないけどさ、ソレ…マリアンヌのパーツなんだ?」
パーツって…間違ってはいないけど身も蓋もないな。
みにばうくんもお気に召さなかったのか、目を覗き込もうとした一ノ世からぷいっと顔を背けた。
「は?なにコイツ生意気。おーい、パーツ見せろって」
「う"ぅ"!」
「パーツじゃなくて"目"ってちゃんと言えば良いと思うよ」
「はー…面倒くさ。つーか俺が見たところでパーツの違いとかわかんないわ。飽きた」
だろうなと思いつつ、言葉の通り興味を失ったように瞳から温度を消した一ノ世に口をつぐむ。
奴から意識をそらすべく、代わりというのは失礼だがぽかーんとしながらこちらへ視線を固定している捻木さんに向き直った。
正面に見ると、まだ彼に慣れていないせいもあってかじわじわと"記録"の本が開こうとしてくる。
けれどみにばうくんを抱く腕に少し力を込めた私は、刺激されて疼く"記録"を今だけは蹴っ飛ばしながら…心からの笑顔を浮かべた。
「…みにばうくんに、この"目"にまた会わせてくれてありがとうございます」
「お、おう…まぶし…。いや、まさかネタばらしする前に気付かれるとは思わなかった。俺っちのサプライズ計画が白紙だわ…」
「あー…なんか、すみません」
「いんや。喜んでくれて良かったよ」
十分サプライズではあったのだけど…本来の計画はどんなものだったのだろうか。ちょっと気になる。
少しばかり残念そうな捻木さん何となく眺めていると、彼の奥から誰かがトレー片手にやってくるのが見えた。
「はぁい、おまたせ♪コーヒー持ってきたわよぉ♥️」
「おーおー、サンキューな」
ピクリ、と体が反応して僅かに震える。
探るようにその姿を観察して…すぐ関心と視線を外した。
違う。
去っていく背を目で追う気にもなれず、視界の隅で大あくびをした一ノ世に呆れてため息をつく。
そこに混じってしまった寂寞に気付いたのか、みにばうくんが隙間を埋めるようにくっついてきて小さく笑みをこぼした。
ありがとう。やっぱり良い子だ。
「あー…とっきーさ、早く用事済ましてくんない?このためだけに呼んだワケじゃないんでしょ?」
どうやら話に飽きたらしい一ノ世が不機嫌な光を瞳に湛え、バンバンと手のひらでデスクの天板を叩き始める。
仕草は子供の駄々だけど、威力はまったく可愛くない。デスク割れそう。
そんな一ノ世に捻木さんはマグカップから口を離し、ひくりと口端をひきつらせた。
「お前さんはコーヒーも飲ませてくれんのかまったく…しゃーない、なるべく手短に話すとしようかね」
コトンとカップを置いた彼は真顔で私を見つめる。どんな真剣な話がくるのかと緊張と共に生唾を飲み込んだその時、突然両手の人差し指をダウジングのようにして私へ向けた。
真面目な顔で何してんのこの人。
というか人を指さすなってば。まったく能力者ってやつはどいつもこいつも…
チョップでも落としてその繊細そうな指にダメージでも与えてやろうかと思ったけれど、そんな苛立ちは次の捻木さんの台詞でくるっと手のひらを返すこととなる。
「ソイツをお前さんに託そうかと思ってな」
「え!?ほ、本当ですか!?」
「おーおー、良い反応。ホントのホントさ。だってよ、妬けるくらいお前さんにゾッコンだからなソイツ」
「うげ、ブラックじゃんこれ。にっが」
平然と捻木さんのマグカップに口をつけた挙げ句舌を出していちゃもんをつける一ノ世は無視して、私はみにばうくんを顔の高さに持ち上げながら向かい合った。
そして、あの時冗談で言った言葉を今度は確かな願いを込めて口にする。
「みにばうくん、うちの子になる?」
「っばう!!!」
今回はなんてね、と誤魔化す言葉はいらない。
見つめたつぶらな瞳に二人分の気持ちが弾けるのが見えた。
その奥にいたのは写り込んだ私だったのか、それとも"彼"だったのか…
ともあれ、みにばうくんは勿論!と言わんばかりに力強く鳴いて承認してくれたのだ。
プロポーズは成功ととらえて良いのだろう。
「…っ!やったぁ!!」
「ばうばうばー!」
小さくて硬い体をぎゅっと腕に閉じ込め、配線に足を取られないよう気を付けながらも喜びのままに一回転。
きゃっきゃとはしゃぐみにばうくんが可愛すぎる!皆さんこの子うちの子になるんですよ!可愛いでしょ!!
しかし、浮かれてはいるものの一つ気になることがあり、上がったテンションを早々に落ち着かせてそろりと捻木さんに視線を向けた。
「ところで、あの…みにばうくんは是非ともうちの子にしたいですが…私、持ち合わせが無いんです」
「急にリアルな話ぶちこんできたなこの子…」
「何?栞里ってばそんな事気にしてんの?」
「そりゃ気にするでしょ」
だって、ほとんど機能が無いとは聞いているけれど超高性能AIを搭載した上にここまで自然な動きを可能にしているのだ。
それだけでそこらのロボットとは比べようもない性能であるのは明白で、みにばうくんを一体生み出すのにどれ程の費用と技術力を要するのか…想像もつかない。
いくら何でもポッと出の私がタダでもらえる子ではないはずだ。
しかし色々と考えた私に帰ってきたのは、酷くあっさりした答えだった。
「あーいらん、いらん。んなこたぁ気にせず連れ帰ってくれや」
へらへらと笑って背もたれにだらしなく体重を預けた彼に肩透かしを食らったような気分で棒立ちしてしまう。
あ、一ノ世にコーヒー飲み干されたの気付いてしわくちゃな顔になった…って、そんな事はどうでも良い!
現実逃避しかけた己を叱責し、納得しかねると小さく首を振った。だって…
「さすがに申し訳ないです…」
「いーのいーの!元々は壊れたバウワウの修理中にいらんパーツで組んだだけの遊びなんだわ。ジャンク品って言ってもいいくらいのもんさ。だから…」
「それでも…捻木さんにとっては大切な"我が子"の筈です」
「…っ」
物凄く一方的ではあるけれど、私は少なからず"捻木十機和"という人物を知っているから。
あの狂った瞳の中に機械への愛情があったことも、自分で組み上げた機械を"子"や"友"と呼んでいたことも、機械を壊されたら取り乱しながら悲しんで…周辺一帯を焦土に変えたことも知っている。
"アイツ"にとって機械とは家族だったのだと思う。そのくらい目に見えて大切にしていた。
その思いはきっと…今目の前にいる捻木さんも変わらないと思うんだ。
まぁ、最後に挙げた例ほど過激な思いは正直もっていて欲しくないけれど…
「…お前さん、俺っちのファン?なーんでそんな事知ってるかな…そこの坊から聞いたのか?俺っちがどういう奴かってよ」
「あのさ、俺がそんな面倒な事すると思うわけ?」
「そりゃあ思わんけど…じゃあ何だって言うんだ?こんな短時間のやり取りで察した…なんて軽い感じの言葉じゃ無かったぜ」
怪訝な様子の捻木さんにおや?と内心首をかしげる。
もしかしてこの人は私の事を…私の持つ"記録"を知らないの?
ということは、四恩さんと同じくここに来て早々にやらかした私の暴走…アレ軽くに巻き込まれなかった人ということか。
だとしたら言葉選びをかなり間違えてしまった感がある。
そりゃ、初対面かつ対して話してもいない人物に知ったような顔で自分の事を語られたら…警戒するよね。
見た目的には変化を見せず、だらしなく飄々としたままだけど…目だけは刃物に似た冷ややかさを孕んでいる。うん、睨まれて当然だ。
一ノ世め、先に言っとけよ!この空気どうしてくれるのさ!
八つ当たりと理解しつつ一ノ世に非難の目を向けるも、当の本人は知らん顔で耳に小指を突っ込んでいた。
「はー…面倒くさ。理由とか教えるのダルいんだけど。あー、とにかくさ、栞里は俺達の事そこらの奴らより詳しいの」
「いやだから、それが何故かっつー話なんだが…まぁいい。お前さんが気を許してんだ。危険は無いんだろ」
「無い」
迷いの無い即答に捻木さんは目を丸くして、すぐにふっと視線を緩める。
それに気付いた私は軽く彼に頭を下げた。
「すみません。いきなり変なこと…」
「いんや、図星で驚いちまっただけだから気にしないでくれ。むしろ悪かったな、睨んじまって…震えてるぞ」
言われて漸く小刻みに震えている手に気付き、もう見られていると分かっているのに思わず隠す。うーん、頭では"アイツ"じゃないと分かっていても体はやっぱりダメだなぁ。
誤魔化すために笑ったけれど、ずいぶん不格好だったのだろう。むしろ更に気まずそうな顔をされてしまった。申し訳ない。
「お前さんの言う通りだ。どんなポンコツでもガラクタの寄せ集めでも、俺っちが手ずから組んだ機械ってのは大切な家族になる。…だからこそ」
一度言葉を切った捻木さんはそこで始めてへらへらした雰囲気を完全に消し、ただただ真っ直ぐ真摯な色をのせた視線を私へ注いだ。
「その家族が行きたいって思ってる所にこそ、送り出してやりたいのさ。親心ってやつ?何よりお前さんになら…任せられる」
「ばーうばうう!」
「おーおー、当たり前ときたか我が子よ。まぁそうだよな。我が子に接する態度は満点、我が子からの好意はメーターオーバー、更にはマリアンヌの目にまで気付いちまうほどの愛…お前さん以上の適任はいないだろうよ」
あぁ、そうか。この人はずっと私を見極めようとしていたのか。
不真面目そうな態度と気だるげな雰囲気で隠されて気付かなかったけれど、こちらをしっかり観察していたらしい。
さすがは研究職と言うべきかな。
ならば、そうして見極めた上で託しても良いと言ってくれるなら…
「…捻木さん。みにばうくんを、私にください!!」
私は遠慮なくそれを願おう。
「おっっっし!!よく言った!!是非とももらってやってくれ!!」
「ばう!ばう!ばーう!!」
「はいっ!!ありがとうございます!」
「えー、栞里ソイツ飼うの?もっとさ、強そうなのにしたら?」
折角の良い場面だというのにホントコイツ…
一ノ世は行儀悪くデスクに腰掛け、空になった捻木さんのマグカップを指で弄りながら不服そうに口を尖らせていた。
「いいの、強さとか求めてないし。私が欲しいのはズバリ癒し!分かる?い・や・し!どっかの誰かさんのせいでストレスが凄くてねー」
「ほーん?ソレ、誰?今なら俺が潰してきてやってもいいけど?はー…俺ってばやっさしー」
「嘘でしょマジで言ってんの??」
「何が?」
何が?じゃないわ!!私のストレスの最たる原因である誰かさんはイコールお前だっての!!
…なんて、本気でワケ分からないと顔に張り付けているコイツに言うのは無駄というものなのだろう。
ほら見ろ、早速ストレスゲージが上昇したぞ。
「ばう?くぅん」
おっと、もしや私のモヤモヤした心境を察してセラピーしてくれるの?なんて出来る子!!満点!
「はー…みにばうくんは可愛いねぇぇぇぇ」
「えー?わっかんねー」
「一ノ世は分からなくて結構!」
「はー…うっざ。つーかさ、ソイツより俺の方が愛嬌あるじゃん」
「え??もしや鏡に映らないのお前??」
「は?バッチリ映るけど?」
「おほん!」
言い争いを遮るように校長先生がするような分かりやすい咳払いが聞こえ、またしても捻木さんの存在を失念していたことに気付いて身を縮めた。本当に申し訳ない。
「何?十機和、風邪?」
「えー…それでだな、嬢ちゃん」
「は?無視?うっざ」
一ノ世を流すことに決めたらしい捻木さんに当然奴は機嫌を損ね、口を尖らせながらデスクから尻を剥がす。そしてうろうろと部屋を物色し始めた。
「…いいんですか?」
「良くないからさっさと話すわ。ソイツの主人としてお前さんを生体登録したいんだが…どこを探してもお前さんの生体データが見つかんなくてな…最低限のプロフィールしか無かったんだわ」
「あ…なるほど。それで私を…」
「そーそー。データ取るために呼んだのよ。面接も出来てちょうど良かったし、一石二鳥ってやつだ」
私のデータか…こちらに無くて当たり前だよね。
確か最初にDNA検査の為に血を採ったとは聞いたけど、それ以降検査らしい検査はしていない。
おそらく…私に気を遣ってくれていたのだと思う。
何せ、過去一般人側の研究施設でモルモット扱いされたことがあると話した時の四恩さん、真顔でキレてたし。あれは怖かった。
実験やらの過程で幾度も死んだと馬鹿正直に言ってしまった私が悪かったのだろうけどね。
「ねー、栞里ぃ」
「びゃっ!!?」
準備してくると奥に向かう背を見送っていると、突然私の目の前に一ノ世の顔がにゅっと現れ文字通り飛び上がった。
油断してたせいもあって奇声を発してしまったじゃないか。
視線に苛立ちを乗せ、後ろから覗き込んできやがったムカつくほど整った顔へと舌打ちをこぼす。
「いきなり出てこないでよ!ショック死させる気!?」
「あー…ハイハイ、ごめんって」
「心の無い謝罪だな…まぁいいや。で、何?」
「いや、緊張してた割にはとっきー平気そうだなって思ってさ。四恩サンと同じ感じ?」
「…残念ながら違う。名前を聞いた時に一回キツいフラッシュバック経験した後だから…少し余裕があるだけだよ」
「ほーん?そういうことね。じゃあやっぱとっきーもダメなんだ」
自嘲混じりに一ノ世へ返すと、彼はひょいと肩をすくめながら姿勢を戻して再びデスクを椅子代わりに腰かける。
いや、長い足は浮いていないので寄り掛かってると言う方が正しいかもしれない。
「つーかさ、名前聞いただけでなったの?栞里の精神ヤッバ!あっははははは!!」
「うるさい。油断してたんだよ…」
ホント失礼な奴だな…
確かに私の精神状態はお世辞にも良好とは言えないけど、別ベクトルでヤバイを極めている一ノ世にだけはメンタルがどうこう言われたくないわ。
「おーい、何の話してんだ?俺っちがダメとか聞こえたが…」
準備が終わったのか、ボサボサの髪を更にわしわしと乱しながら戻ってきた捻木さんが半目で私と一ノ世を交互に見やる。
事情を知らない彼に何と説明すべきかと頭を悩ませるより先に、一ノ世が口を開いた。
…ん?何か今、小声で"任せて"って優しい声が聞こえたような…
いや、まさか…ね?
耳に大豆でもつまったかな。なんて…あはは…
気まぐれ、だよね?深く考えたら負けだきっと…うん。
「はー…面倒くさ。あのさ、とっきー。コイツ訳アリで触られんの無理なんだわ。それでもデータ採るのって出来るわけ?」
「んぁ?あぁ、そういう"ダメ"ね。よかったー、俺っち突然拒絶されたかと思って焦ったわ。硝子のハートが砕けちまうっての。あ、データの方は問題ないぜ。ぜぇんぶ俺っちの愛機がオートでやってくれっから」
「あっそ。ならいいわ。これでいいでしょ、栞里」
「え!?あ、うん。ありがとう…」
えっと、もしかしなくても一ノ世、わざわざ誤魔化してくれた…?
じゃあやっぱりさっきのも幻聴じゃないってこと??
何だろう。最近やたらとフォローというか、助けてくれることが増えたような…いや、気まぐれの範疇なんだろうけど。
調子くるうなぁ…別人でも中に入ってるとか?
「ところでさ、このコード千切れたんだけど」
「あ"ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!またやりやがったぁぁぁぁぁ!!!!」
「うっわ、うるさ」
訂正。
一ノ世はやっぱり一ノ世だった。




