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15章:再開


「遅い」

「は?」


問。自分のテリトリーに無断で侵入し、あまつさえ勝手に飲み食いしている不届き者にかける言葉を答よ。

なんて…


「帰れ」


一択だわこんなん。

何で一ノ世がここにいるわけ??海外にいるって言ってなかった?


学園につくなりさっさとどこかに行った三神と別れ、満足感と幸福感の混ざる心地よい疲労を携えながら図書室の扉を開いたらこれである。


貸出カウンターに行儀悪く足を乗せ、寮母さんからいただいた秘蔵のクッキーをボリボリ遠慮なく頬張る一ノ世に出迎えられるなんて誰が思う?

いったい私が何をしたというのか…一瞬で顔が死んだ自覚があるよ。

神はいなかった。知ってたけど。


というか、勝手にティーセット持ち出して使ってるけど…クッキーもティーセットも私のプライベートスペースに置いてある筈なんだよね。

つまり…コイツ、入りやがった。信じられない。


「はー…うっざ。せっかく来てあげたのにさ、開口一番で帰れとか酷くない?」

「呼んでないし!!っていうか、海外は!?」

「飽きたから帰って来た。十三束が頑張ってるよ、たぶん」


コイツを上位役職につけた人、切実に考え直した方がいい。

さすがの私でも十三束が可哀想だと思ってしまったぞ。


「…あ、ちょっと!クッキーのカスをこぼすな!ガキかお前!!」

「そーだ栞里ぃー、蜂蜜どこ」

「は?棚の右下…じゃなくて!!オイコラ入るな!!」


マイペースにも程があるだろ。

本棚によって仕切られている私の居城へ何食わぬ顔で侵入する一ノ世に青筋を立てるも、当の本人はそんな私を見て首をかしげる始末。一応は女性の部屋だぞお前。


もしもしポリスマン。どこの交番に行けばコイツの落とした良心は届けられていますか?あ、最初から未所持でしたかそうですか。

なんて、現実逃避の茶番が脳内で繰り広げられる。


「つーかさ、俺がつまんない海外旅行してた間そっちはどこ行ってきたわけ?」

「どこって…孤児院だけど」

「こじいん?あー…ハイハイ、孤児院か。ひじりんとこね。ほーん?」


何故かぶすっと不機嫌な様子で尋ねてきた一ノ世に気圧されつつ答えると、少し首を捻った後納得したように三神の名前を出した。


「ひじりんがあそこに他人を入れるなんてめっずらしー」

「らしいね。モノックさん…スタッフの人にも驚かれたよ」

「栞里が女だから余計にでしょ。ひじりんさ、短期間の手伝いですらあそこに女を入れたことないよ」

「短期間でもダメなんだ…難儀だね」

「あはっ、ホントにねー」


今更ながら孤児院に連れていってもらえた幸運を噛み締める。

しかも次も許してもらえたとか、思ったより貴重な権利をもらったんじゃなかろうか。


カラカラと笑った一ノ世はまた一つクッキーをつまんで口に放り、美味しそうな咀嚼音をたてながら私の顔を見つめてくる。

その不躾な視線による不快感で眉をひそめた私は悪くない。


「…何?」

「べっつにー?随分楽しんできたんだと思ってさ」

「そりゃ楽しかったけど…え、顔に出てんの私!?」

「ぶはっ!あっはははは!!」


慌ててもにもにと顔を手で押し潰したりつまんだりと弄っていると、一ノ世が盛大に吹き出した。


「何一人でにらめっこしてんのさ!ぶっさいく!!あははははははは!!!」

「~~~っ!!う、うるさい!!」


カウンターを乱暴に叩きながら笑う一ノ世に合わせ、衝撃で揺れるティーセットがガチャガチャと合いの手を入れる。

その中では色味鮮やかな紅茶が波立っており、溢してくれるなよと念を送りながら震源を睨んだ。


それが届いたのかは知らないが、笑みの名残を引き摺りながら手を止めた一ノ世はそのままの流れで足をカウンターからどけて立ち上がる。

ダメ押しにもう一枚クッキーを口に投げ入れたかと思えば、モゴモゴしながら奴はこちらへ向かってやってきた。


「んじゃ、とりあえずさ…行くよ」

「よし!お出口はこちら!さくっと帰れ!」

「はー…うっざ。何嬉しそうな顔してんのさ。栞里も来んの」

「え?なんで??」


てっきり一ノ世が帰るのだと思ってホッとしたのに…喜びを返してほしい。

だいたい一ノ世とどこかに行く用事なんて私には心当たりがないんだけど。


だというのに、一ノ世はまるでやれやれと言いたげに肩をすくめて呆れた様子を見せるではないか。何故だろう、凄く嫌な予感がしてきたぞ。


「何でって…行くんでしょ?研究所にさ」

「それは行くけど…え?あ、まさか…」

「そ、俺が案内人。はー…面倒くさ」

「嘘でしょ小鹿ちゃんは!?」


あのふわふわした癒し系小動物(但し私よりは大きい)な彼女との再会を楽しみにしてたのに…まさかの一ノ世と一緒、だと?

いわゆる青天の霹靂である。

いや、まて綴戯栞里。まだ一ノ世と二人だと決まったわけじゃない。小鹿ちゃんをプラスした三人かもしれないじゃないか。


「小鹿…?あー研究所の…どいつだか分かんないわ。とりあえずさ、今日栞里を迎えにくる予定の奴に用事が入ったらしいんだわ。で、仕事切り上げて暇してた俺が代わりを頼まれたワケ。はー…俺ってばやさしー」

「そんなぁ…」


なんてこったい。

ショックで座り込みそうなのを堪え、しょんぼりと肩を落とす。


嫌な予感が当たってしまった。こんな当たり要らないからポケットティッシュとかと交換してほしい。

小鹿ちゃん(癒し)に会えないのもショックだし、一ノ世と行かなくてはならないというのもショックだし…二重の悲劇に子供達が無性に恋しくなった。もう一回孤児院行きたい…


「ぶはっ!あっはははは!!すっごい嫌そう!!」

「そりゃね…でも、疲れてんのに引き受けてくれたんでしょ?それは…ありがとう」


ピタリと一ノ世の笑い声が止む。


「何その顔」

「…別に?」


嘘つけ。鳩が豆鉄砲食らったような顔してたぞ。

そんなに意外だった…?でも、いくら嫌いだってお礼くらい言うでしょ。

…気を遣ってもらってるんだから。


予定をフイにして戻ってきたという一ノ世だが、かなりの疲労を蓄えているのがしばらく見て分かったのだ。たぶん気まぐれだけが帰って来た理由ではない。


そりゃ一ノ世とセットは不服だよ?だけど…そんないかにも休みたいだろう状態のクセにわざわざ面倒事を引き受けてくれたのは事実だから。

厚意かそれこそ気まぐれなのかはわからないけどね。


ふいっと私から顔を背けた一ノ世は、そのまま私の横を通り過ぎて図書室の扉を開ける。


「…何してんのさ。置いてくよ」

「あ、ちょ…!待ってよ!」


肩越しにそう言ってさっさと出ていく姿にはっとなり、慌てて私も扉をくぐった。


ずんずんと進んでいってしまう背を、もはや小走りになりながら追いかける。クソ!足長め!!

慌ただしい足音は当然聞こえているだろうに、少しもこちらを気にする素振りを見せないのが尚のこと腹立たしい。

ただでさえヘトヘトな私と一ノ世の距離は縮まることなくむしろどんどん開いていき…息があがってきた私はたまらずに叫んだ。


「ちょっと!!…つ、付き添いのクセに…ぜぇ…おいてくなぁ!!!」

「は?…うわ、めっちゃ遠いじゃんウケる。はー…面倒くさ。どんだけ歩くの遅いのさ。栞里ってさ、亀だったの?」

「うっさい!!足の、長さ…考えろバカ!!…あ」

「あ、し…?」


きょとんと瞬いた一ノ世は私と自分の足を見比べ、不機嫌そうな様子を吹き飛ばすように表情を変える。


「あ、あー!!ごっめーん!ぶはっ!あっはははは!!」

「わ、ら、う、な!!!」


余程ツボだったらしく、吹き出した一ノ世はそのまま腹を抱えて笑い転げた。

言った後凄まじい自虐ネタであることに気付いて恥ずかしくなった私だが、奴の機嫌急降下も足も止まったので結果オーライと思うことにする。

自爆ダメージが凄いけど…。笑いすぎだちくしょう。


「はぁ…ふぅ…!おい、ついた…」

「あはっ!その小さいあんよで頑張りまちたねぇー!あっはははは!!」

「あぁ、もう…!う、るさい!!笑うな!!」


息を切らせつつやっとの思いで追いついた私を馬鹿にしつつ、一ノ世はまた歩き始める。

しかし今度は先程より抑えてくれているのか、ガッツリ置いていかれるとまではいかない程度の速度だった。

それでも私はほぼ競歩状態だけど…まぁ、あの一ノ世が少しでも気にしてくれているという奇跡に拍手を送るべきだろう。


そんな調子で歩くこと少し。校舎を出てやっとの思いで校庭を抜け、森の手前にさしかかった所で一ノ世が立ち止まる。

私もそれにならって数歩後ろで歩みを止め、膝に手を置いて呼吸を整えた。

そんな私の有り様を見て、一ノ世は呆れたような憐れむような顔をしながらため息をつく。


「あの速さでもダメとかさ、栞里ってカタリツムリより遅くない?」

「ほっといて…日常じゃ、困らないし…ふぅ」


なんとか呼吸のリズムと暴れていた拍動を落ち着かせたところで、ぐるりと辺りを見渡した。

すっかり日が暮れた中、星と月明かりに薄らと照らされた森がぼんやりと広がっているだけで、人影の一つも見当たらない事に首をかしげる。


「ねぇ、『転移』の人、とかは…?」

「は?いないけど」

「え"っ」

学園と北区にはあのぶっ飛びリニアもどきの走る線路はない…いや、走っていたとしても乗りたくはないけども。

とまれかくまれ、北区に行くには己の足か『転移』を使うしかないわけで…てっきり私は『転移』で行くものだと思っていたのだ。


勝手に期待した私が悪いけれど、まさか歩きとは…一気にどっと疲れがのし掛かってきた気がする。まだ歩いてもいないのにね。

正直に言うと、とても嫌である。


というか、『転移』するわけでもないのなら何故こんな思わせぶりな所で立ち止まったのだろうか。

内心八つ当たりぎみにそうぼやいていると、おもむろにこちらへ体を向けた一ノ世がにっこりと効果音がつきそうなくらいに笑み崩れ、薄い唇をもったいつけるようにゆっくりと動かした。


「徒歩…なーんて、嫌だよねぇ?俺もイ・ヤ・だ♥️でもさ、いい考えがあるんだ」


蜜のような甘ったるさでもって脳を溶かしてくる声にぞわぁと全身に鳥肌が立つ。

嫌悪感が凄まじい。今なら蕁麻疹が出ても驚かないぞ。

客観的に言うなら、声だけで何人の女性が腰砕けになるだろうって声だった。あ、あれだ、耳が孕むとかそんな表現をされるやつ。


しかし私が注意を引かれたのはそんな表面的な糖衣ではなくその中身…甘さの中に隠された毒と言うべき嫌な予感の方である。

気持ち悪い例えをすると、飴玉の中にムカデ的な虫が蠢いてる感じ。

とにかく、食いついてはいけない何かであることは確かで、キュンするどころか普通に危険を感じたのだ。


「ね、だから大人しく身を任せ…」

「あー!あー!今私すっっっっっごく歩きたい気分だから丁度よかったなー!あ、あははー!さー歩くぞー!」

「ぶはっ!あっはははは!!超棒読みじゃん!露骨すぎでしょ!…遠慮すんなよ」


ド低音で紡がれた言葉と同時にひらりと一ノ世の手が宙で踊れば、たちまち私に襲いかかる浮遊感。

ジェットコースターを下っている時の感覚に近いそれは、一ノ世の能力…『重力』によって私にかかる重力が弄られた結果だ。


「ちょ、ちょっと待って…待って待って本当に待って!!!」

「はー…面倒くさ。待たない、よ!!」

「ぅひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??!」


わぁ…おそらきれい……じゃなくて!!!


「おっし、方向も加減もバッチリじゃん。はー…俺ってば優秀優秀」

「一ノ世の馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


心の準備をする暇もなく、いつぞや学園に向かってぶん投げられたのと同じように私の体は宙を舞う。掴んできた手にトラウマが刺激される暇もない早業である。


絶叫しながらヤケクソで吐いた暴言に、遠退いていくクソ野郎は腹を立てるでもなくむしろにっこにこの顔で手を振っていやがった。ほんっとアイツ嫌い!!!


結局私は北区まで吹っ飛ばされ、木に引っ掛かっているところを遅れてきた一ノ世に爆笑されながら救出されたのである。もういっそ殺せ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


色々ありはしたが一応は無事(?)にたどり着いた北区を少し歩いた先。

目の前に現れたのは真っ白な塔に似た建物だった。

夜の中でも存在を主張するいかにも人工的な白と、窓から漏れ出るこれまた人工的な明かり。

チカチカしてきそうな見た目のそれは不思議な構造をしていて、別世界にでも迷い込んだような錯覚を覚えた。


大きくそびえ立つ長方形の塔を中心として、その周囲にはいくつもの四角い棟が横に倒した観覧車のゴンドラのような状態で繋がっている。

それが三層ともなれば中々の規模だ。

見上げていたら首が痛くなってきたよ。


近付くにつれて微かに肌がピリピリする感じには覚えがある。

昔どこかの研究施設にも張り巡らされていた防犯用の電気膜の類いだろう。

スイッチ一つで範囲内の熱源全てに超高圧電流を浴びせさせる代物だ。強さは雷レベルと言うのだから恐ろしい。

もれなく黒焦げになった誰かを見てしまった"記録"が蘇り、不快感に頭を緩く振った。


「厳重だね」

「ホント。門が四つもあるとかさ、人を招く気無さすぎだよね」

「その門を玄関感覚で通り抜けといてよく言う…」


そう、電気膜の他にもかっちり閉ざされた巨大な門が侵入者を拒んでいるのだ。城か何かかここは。

まぁそこまでされていると余程能力者にとって重要な施設であることは想像に容易いわけで…本当に私入って大丈夫なのこれ??

正直今すぐに回れ右したい。


一人ビクビクする私を余所に、一ノ世は四つ目の門についていた門番?守衛?とりあえず制服を来た人へ声をかけていた。


「ねぇ、話通ってるよね?開けてくんない?」

「はっ!一ノ世様とそのお連れ様ですね!少々お待ちください!指紋と静脈認証をさせていただきます!」

「はー…うっざ。同じ事四回させるとかさ、イライラしてくるよね」

「ひっ、も、申し訳…」

「あー…ハイハイ。そーゆーのいいから早くして」


一ノ世の機嫌フリーフォールに顔を青くしながらも、彼はささっと機械で認証を済ませて門の管理室に消える。

怯えながらも仕事はきちんとこなす根性はさすが門番(キーパー)といったところか。

前三つの経験上、ここからロック解除までは約三分。どんな複雑怪奇なプログラム組んだらそうなるのか…

この待ち時間以外はスムーズなんだけどね。


やがて門が重い音を立てながら開き、奥に続く道が現れる。


「はー…面倒くさ。ここってさ、入るまでが遠すぎると思わない?」

「思う。門の度に強制で休憩入ってるからまだマシだけど、正直普通に歩き疲れた」

「だよねぇ。まぁこの後も滅茶苦茶面倒なんだけどさ」

「え…まだなんかあるの??」


両脇に機関銃と思われる物騒な装飾品をぶら下げた門を抜けながら尋ねると、一ノ世は答えることなくうんざりした顔で目前に迫る建物を見上げた。

何その意味深な感じ…ますます帰りたくなったんだけど。

まぁ、後ろの門はバッチリ閉められているから無理なんだけどね!


さて、嫌々ながら白壁にたどり着いたは良いけれど…扉はどこ?

私が視線をさまよわせていると、一ノ世が壁の一部にペトッと手のひらをくっつけた。

何をしているのかと問うより先にピピと電子音が聞こえ、人工的な声が壁から聞こえてくる。


〔ヨウコソ、イチノセ、サマ〕


直後、彼のすぐ横で風に似た微かな音を立てながら壁がスライドし、ガラス張りの入り口が現れたではないか。

重さを感じさせない滑らかさで口を開けたそこは始め真っ暗だったが、すぐにこちらを歓迎するようにパッと明かりが点った。


「うっわ、すご…」

「あはっ!無駄に凝ってるよね」


私は一連の流れについていけず、ポカンとするばかりである。

確かに技術は進歩に進歩を重ね、昔の夢物語が現実に変わっていく世の中だ。

しかし、ここに来るまでのセキュリティなんて大企業にでも就職しないとお目にかかれないレベルの近代技術パレードであり、私にとってはまったく現実味がない。


「栞里さ、こっから先絶対に俺から離れないでね」


そんな地に足つかない思考の私を見抜いたように、一ノ世が珍しく真剣な声を出した。

意外さに一拍理解が遅れたが、言われた台詞を反芻して…思わず顔をしかめる。


「王道な台詞が似合わなすぎて鳥肌たった」

「はー…うっざ。そこはさ、素直に頷けば良いと思わない?ホント可愛くない」

「そりゃどうも。だいたい、一ノ世の歩くスピード次第じゃん。迷いたくないし、一応は頑張ってついてくけど…」

「そっちじゃなくて、フラフラすんなってこと。ここってさ、ランダムな転送器とか毒矢とか落とし穴とか…とにかくトラップがそこら中に仕込んであんの」

「ダンジョンかよ」


カラクリ教会跡地の次はダンジョン研究所の攻略とか…どこのRPG??

もう私お腹一杯なんだけど。


転送器はまぁ、分かるよ?近代トップクラスのハイテクな発明品で、大企業や大きな大学には普及してるから。私の大学にもあった。

ちなみに『転移』のような空間移動では勿論なく、対象を保護膜で包んで機械間に繋がれた通路を光速で吹っ飛ばすという乱暴な物だ。保護膜の耐久性の問題で短距離限定だけどね。


それに比べて毒矢って何?落とし穴って何??いきなり殺意高いのと前時代的な罠が出てきたぞ?


「しかも日替わりね。機械が勝手に組み換えしてるらしいよ」

「うわ…そんなトラップだらけとか、研究員はどうしてるの」

「一応はさ、その日の安全ルートって奴が通達されるらしいよ。俺なら面倒過ぎて無理」


それって万一チェックを怠ったらアウトということでは?鬼畜かよ。

そんなの一ノ世じゃなくても面倒臭いと思うことだろう。少なくとも私は思う。

というか、そんなスリルと隣り合わせとか…研究員の神経化け物すぎない?


一ノ世は端末を弄って地図らしきものを呼び出すと、入り口の先に伸びる廊下を睨み付けた。

気になって空中に投影されている地図を背伸びしながらよく見てみると、どうやらこの施設の見取り図らしい。

マス目まできっちり書かれたそれには建物の構造と共にドクロマーク、二重丸、黒い三角形にバツ印と多種多様なマークがちりばめられており…え、まさかこれ全部トラップ!?


地図と現物を見比べると地図に書かれたマス目と床の継ぎ目がまったく同じ事に気付き、顔をひきつらせる。


「えーと、そこが毒矢で隣が槍、あっちは…はー…うっざ。いつ来てもややこしいわ」

「やば…何もない場所の方が少ないじゃん」

「そりゃね。安全ルート以外はドボンだからさ」


徹底し過ぎだと思うのは私だけだろうか。

誰かとすれ違うとき地獄じゃない?


「というか、一ノ世なら『重力軽減』でショートカットとか出来たりしないの?」

「あー…ココさ、能力探知機と赤外線センサーもあんの。おかげで前にやってみた時蜂の巣にされかけた」

「うっわ」

「まぁ、ムカついたから建物半壊させてやったけどさ」

「うっっっっわ」


トラップもトラップで悪質だけど、一ノ世も一ノ世である。

こんなテクノロジーの塊みたいな建物を半壊だなんて…被害額を想像しただけで恐ろしいというか、いっそ想像つかない。


「ズルは出来ないし、ここの連中は毎回この地図覚えて作業してるんだってさ。よくやるよね」

「文句出ないのが凄いね…やっぱり研究者って変わり者が多いのかな?まぁ覚える事に関しては自信あるけど」

「…あー!!そうじゃん!!」


"記録"があるからなぁと思いながら呟くと、一ノ世が二つの満月をキランと光らせる。

一秒前までは面倒だ面倒だと機嫌を順調に下へ傾けていたクセに…そんな様子を嘘だったかのように吹き飛ばし、むしろ右肩上がりに機嫌が急上昇しているのが目に見えて分かった。乱高下が激しいわ。


「栞里がいれば覚える必要も、いちいち立ち止まって地図を確認する必要もないじゃん!いぇーい、ラッキー」

「うわ…まぁいいけど…ちなみに、それって私が覚えちゃって大丈夫なの?」

「ぶはっ!さっき勝手に覗いてたクセにさ、今更心配すんの?別に(部外者 )に送ってくるくらいだし平気でしょ。まぁ文句言われたら俺が潰すからさ、安心していいよ」

「何一つ安心出来ないけど…いいならやるよ。端末貸して」

「ん」


本当にあっさりと手渡された端末に少し気後れしたものの、道中一ノ世に癇癪を起こされるより平和な道を選ぶことに決めた私は映し出される画面に集中する。

よく見れば十を越えるページがあると示唆する表記を見つけ、確かにこれは嫌にもなるなと顔をひきつらせた。


それにしても…凄いなこれ。

どのマップもマインスイーパーの答えを見てる気分だ。つまりトラップだらけ。

能力とか無しでこれを頭に入れてるとか…やっぱ研究員化け物すぎる。


"あちら"では不本意ながら研究施設に何度も入った事があったけど(勿論自主的にではない)、ここまでのセキュリティというかトラップは見たこと無いぞ。

まぁ高度なセキュリティを維持している余裕なんて無かっただろうから、当たり前と言えば当たり前だけど。

能力者って本当にやることなすこと極端だよね…


「あはっ、やっぱ俺の"記録者"は優秀優秀。そりゃ俺の、だもんね」

「…ん?何?何か言った?」

「何も?」

「…あっそ。まぁいいや。それで、目的地はどこなの」

「あー…ハイハイ。赤丸ついてる所があるでしょ。そこに行けばとっきーの研究室に転送されるってさ」

「とっきー…わかった、赤丸ね」


視線を地図に戻した後チラリと一ノ世の顔を窺うも、いたって普通な様子だ。いや、機嫌はすこぶる良さそうだから普通でもないのか?にまにましてる。

うーん、さっき一瞬ゾワリと背筋を撫でるような、うっとりという表現が似合いそうな声色で何か呟いていた気がするんだけど…はぐらかされたな。


気にはなるけど、一ノ世は引き際に気を付けないとすぐ機嫌が悪くなる。

はぐらかされたのなら追及は止めておいた方が良さそうだ。

どうせナビがいてラッキーとかくだらないものだろう。たぶん。


疑問を頭の隅に追いやって気持ちを切り替え、私は一ノ世に端末を返す。


「お、もうオッケー?」

「行ける」

「んじゃ、道案内よろしくー」


調子のいい奴だとため息をついて、私は覚えたての地図を頭に開きながら研究施設へ足を踏み入れたのであった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


右に行き左に行き、進んでは戻り、時には上の階と下の階を行き来しながら研究室内部を進むこと十分以上。長い…長すぎる。

回り道に次ぐ回り道の連続じゃないか。


うっかり踏んだ床から飛び出た槍に悲鳴を上げ、退屈した一ノ世がわざと引っ掛かったセンサーによって目の前を通り過ぎた矢に腰を抜かし…他にも様々なハプニングをここに来るまでに乗り越えたけど、奴の笑い声と私の怒号をいくら響かせても誰かが出てくる気配はまるでない。いっそ気味が悪いわ。


あまりにも面倒くさかった道中にげんなりしている私の横では、最短記録大幅更新じゃんといつの間にか起動させていたタイマーを片手に一ノ世がケラケラ笑っている。

機嫌が悪くならなくて何よりだよちくしょう。


舌打ちを堪えながら改めて前を向くと、私達の前には一枚の扉が白い壁に張り付いて存在を主張していた。

言わずもがなダンジョンの出口、もとい目的の部屋である。

後はここを開けて入るだけ…だというのに、私の足は一歩を躊躇って床から離れようとしない。


「何してんのさ。入んないの?」

「いや…心の準備がまだ…」


今までは予期せぬ接触が殆どであちらから来るパターンだったけど、今回は違う。

こちらからトラウマを誘発するだろう人物に会いに行くなんて…この先にいるとわかっている分足がすくむのだ。

口が乾いてカサカサとした声で答えた私を、一ノ世は平淡な目で見つめながら首をかしげた。


「ほーん?ま、何でもいいけど俺は入るよ。喉も乾いたしさ」


ふいっと一ノ世の興味から外れたような感覚に何故か捨てられたような心細さを感じてしまった私は、扉をくぐった背を心の準備云々を投げ捨てて追いかけたのである。

だ、だってこんな所に置き去りにされた方が嫌だったし!


中に入ってすぐ扉が音もなく閉まる。途端に明度の落差で何も見えなくなった。

部屋が暗すぎるのだ。どうやら照明の一つも点いていないらしい。

光源としてあるのはそこかしこで駆動音を響かせる機械だけという、酷く陰鬱とした部屋だった。


「んぁ?客かぁ?」


ここまで暗いと目が慣れるまでが大変そうだと思いつつ、奥の方…声と同時にパッとディスプレイが光った方を目指してゆっくり足を運んでいく。

見えはしないが、足下がかなりごちゃごちゃしているのは感じた。瓦礫の上より歩きにくいな…


「あ、いたいた。やっほー、とっきー」

「おー来たか、一ノ世。今日は随分早かったじゃねぇの。寝る暇もなかったわ」


名を呼ぶ一ノ世の声とそれに応えた聞き覚えのある…しかし聞いたことのない柔らかさをもった声。

次の一歩が重くなった気がしたが、私が自分を奮い立たせるより先に…


「…って、おまっ!足下っっっっ!!!」

「は?」


ブツン


「あー…」

「あ"ーー!!!!!」


一ノ世がやらかした。きっと今の私の顔は表情の死んだ真顔になってると思う。

一人でシリアスしてるのが馬鹿馬鹿しくなった。いや、別に私だってシリアスな雰囲気にしたいわけじゃないけども。


部屋の奥。私が目印にしていた一際大きなディスプレイは先ほどまでの白っぽい光ではなくアラート表示の赤い光を画面から点滅させており、その光に照らされた二つの影がわたわたと動いているのが見えた。

どうやら一ノ世が何かの配線に足を引っかけ、ブチッと切ってしまったらしい。


「俺っちのデータァァァァァァ!!!」

「はー…うっざ。あのさ、この暗い中足下ごっちゃごちゃにしとくのが悪くない?」


うわぁ…、一ノ世が正論言ってる。


ひっそりと鳥肌をたてながら少しずつ慣れてきた目を足下に落としてみれば、私の周りにも入り乱れた配線が地を這っていた。

これに足を引っかけるなとは…明るくても難しい話でしょ。


「確かに俺っちも悪いが!お前さん、気付いた上で足動かしただろ今!!!」

「当たり前じゃん。何で?」

「何で!?…はぁ……知ってた。俺っち知ってたよ。一ノ世はこーゆー奴だってなぁ。よよよ…」

「オッサンの泣き真似とか需要ないからさ、さっさと用事済まして終わらしてくんね?」

「はいよ。分かりましたよ。まったく今時の奴はユーモアに欠けてんね」

「学長も言ってたけど何?オッサン世代はユーモアって言葉が流行語か何かだったわけ?」

「オッサン世代とか言うなよ傷付くわ」

「はー…面倒くさ」


軽快なやり取りを聞きながら足下に注意してそろそろと進んでいると、急にパッと明るくなる。正確には光の色が赤から白に変わったのだが…どうやらエラーが直ったらしい。


暗さに慣れようとしていた目にとってそれは昼下がりの太陽のように眩しく感じ、思わず手で影を作りながら目を細めた。


「おっといきなりすまんね。ちっと眩しかったか。…んで、彼女が?」

「そ。つーかさ、栞里遅いんだけど何してんの?」

「いや、転びそうで…配線に引っ掛かって何かあったら悪いし」

「え、めっちゃ良い子か???」

「ほーん?ま、いいけどさ。ほら、コレが"こっち"のとっきーね」

「コレとか言うなコレとか…ったく」


下に向けていた視線を上げて二人を視界におさめる。

コレと差された指を嫌そうな顔でペシンと叩き落としたその人は、ズレたメガネを直しながら私にヒラリと手を振った。


「どーも、俺っちが天才発明家(自称)こと捻木(ネジキ)十機和(トキワ)ってもんだ。よろしくなぁ」


まって今自分でカッコジショウカッコトジって言ったぞこの人…


気だるそうににへらっと笑う彼は"記録"の中にいる"アイツ"と同じようにヨレヨレの白衣をだらしなく身にまとい、無精髭を生やし、老竹色の髪もボサボサのままというダメンズスタイル。全てが見覚えある姿と重なった。


「…っ」


ジリッと電波の悪いテレビ映像のように視界を走るノイズに唇を噛み締める。

落ち着け、落ち着けと念仏よろしく自分へ言い聞かせながら、脳裏にちらつく"アイツ"と彼を失礼承知で再度見比べた。


「んあ?どした?おーい?」

《ひははははは!!無用不用不必要!!人間はスクラップにして廃棄処分だ!!》

「一ノ世、一ノ世ぇー、これ大丈夫かぁ?」

「はー…うっざ。オッサンが狼狽えても鬱陶しいだけだからさ、ちょっと黙ってて」

「辛辣過ぎやしないか???」


ガラガラ、キイキイと耳障りな錆びた金属の奏でる音と狂った笑い声が遠退いていき、私は詰めていた息を細く吐き出す。

もう視界を走るノイズは止まっていた。

だって、見た目こそ"アイツ"そのものだけど、彼の目と雰囲気はまるで違っているから。


"アイツ"は、言い表すならマッドサイエンティストと呼べるだろう雰囲気の持ち主だ。いつも血走った目を彷徨わせ、やれ発明だ研究だと鳴きながらブツブツと小難しい単語を呟いている…そんな能力者だった。


それに比べると彼…捻木さんは自称天才発明家なんておかしな事は言っているけれど、梔子色に浮かぶ次縹の瞳には狂気の影なんて欠片も見えず雰囲気だって穏やか。

いや、むしろ無風と表現すべきかな。

剽軽に見えてその心内はおそらく凪いでいるのだろう。

一応無関心というほど冷たくはないみたいだけど…取り繕うのが上手な人である気がする。


…よし、大丈夫。十分だ。


じっと観察するような目をしていただろう私に不思議そうな顔を向ける彼を…"捻木さん"を改めて見つめ、頭を下げた。


「始めまして、綴戯栞里です。不躾に見つめてしまってすみませんでした」

「はいよ、よろしくさん。気にしちゃいないが俺っちを見て固まるとは…さてはお前さん、俺っちのナイスガイな顔に見惚れちゃったか!?」

「絶対ちげーよオッサン」


何言ってんのこの人と思ったのは私だけではないらしく、一ノ世も呆れた顔をしながら白衣の裾を汚い雑巾でも触るようにつまみ上げた。


「つーかさ、ナイスガイとか世迷い言言う前にその髭とこのヨレヨレでばっちい服何とかしたら?」

「わかってねぇなお前さんは。あと、ばっちくはない」


一ノ世がつまんでいた裾をびっと引いて奪い返し、捻木さんは立てた人差し指をメトロノームを真似て振る。


「あのな、このちょっとした草臥れ具合とかちょっと抜けたようなだらしなさとかを兼ね備えた大人がウケたりすんの!な?」

「ちょっと…?あ、ちなみに私はしっかりした清潔な人の方がいいですね」

「え、なにこの子控え目に見えてガッツリボディブロー食らわしてくるわ」

「ぶはっ!あっははははは!!栞里最っ高!!!」


よよよ、と泣き真似を始めた捻木さんと体をくの字にしながら爆笑する一ノ世を据わった目で見やり、隠すことなくため息をついた。


本題どころかまだ自己紹介しかしていないという事実に頭が痛くなりそうである。

既に疲れたぞ私は。まぁ、元々疲れてはいるのだけど。


それにしても…研究職の人とは気難しい人をイメージするものだが、ここまでのやり取りを見る限りこの捻木さんという人物は実にノリの良い人物らしい。

だからこそ一ノ世とわいわい騒げるのだろうね。


いつの間にか男の魅力について、私からしたら心底くだらない言い争いを始めていた二人へこれ見よがしに咳払いをした。


「あの、そろそろご用件を窺っても良いですか」

「おっとそうだったな。うっかりはしゃいじまったわ」


やり取り自体は面白いのでこのまま見ていたい気持ちはあったが、トラウマ×2に囲まれる精神的疲労と純粋な睡眠欲が体を蝕んでいるので話を進めてもらいたい。

じゃないといろんな意味で落ちる。


「つーかさ、とっきーは何で急に栞里を呼んだわけ?」

「それはだな…ってオイ!」

「ばう!ばう!!」

「わ!?」


捻木さんが何か言うより早く暗がりから何かが勢いよく飛びかかってきた。

どしゃっと尻餅をつく私に、一ノ世の気配が研いだ刃物のような鋭さを帯びる。

辺りに緊張が漂う中、しかし私は空気の悪さを気にする余裕もなく胸にしがみつくソレに目を丸くしていたのだった。


「み…みに、ばうくん!?」



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