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2-4


「いやさ、ついついうっかり威力ミスったの!」

「うっかりで済む訳無いだろう…!!」

「はー…面倒くさ。ごめんって」


全く反省の色がないソイツを、離れた場所からゴミを見るようにジトリと睨む。

…人を怒らせる天才だな。うん。


おかげさまで一ノ世の前に仁王立ちしている七尾さんから出ちゃいけないオーラが出てる気がする。

もしそのオーラを絵で表現するなら、ベタに般若の形してそう。

取り敢えずゴゴゴゴゴって幻聴は聞こえるよ。


「はわわわ!一ノ世さん、凄かったですね!!」

「いや凄いというか怪異の被害より一ノ世さんによる被害の方がデカいの笑えないっていうかあれだけやってうっかりで済ませるの怖すぎでしょ」


ほんと、それな。


「…もはやアイツが怪異だよね」

「はわわわ!それは勝てないので嫌ですね!…あ!?」


そうだね。熊ヶ峰さんの言うとおり。

アイツには人間が束になっても勝てなかった。

だからこそ世界は滅んだのだから。


と、熊ヶ峰さんがしゅーんと落ち込んでいることに気付き、慌ててわたわたと手で否定を示す。


「ごめんね、そんな顔しないで!大丈夫だから」

いけないいけない。

会話の延長というか、冗談のつもりだったけど…私が言うと冗談にならないのを忘れていた。

強がりじゃないことが伝わったのか、彼女はホッと息を吐く。


「あ、あの…お姉さんは二菜達の事…こ、怖くなかったですか…?」


今は巻き直したマフラーの奥。鉄球の収納場所であるチョーカーのあたりを気にしながら、熊ヶ峰さんはおずおずと私を見た。

彼女の問いに、九重さんもビクリと体を固くしたのが見える。


「…正直、怖くないって言ったら嘘になる」


"記録"と同じ得物。幾度となく一般人を、そして私を殺した凶器。

その痛みも恨みも苦しみも全部覚えている。

記憶力云々を除いても忘れることは絶対に無いだろう。


「けどね、今日一緒に過ごした記憶が信じさせてくれたんだ…"ソレ"はきっと、私にはふるわれない筈だって」


思い出される1日。

初めは互いにぎこちなく、私はまともに人も街も見ていられなかった。

けれど二人はそんな私を急かすでもなく、寄り添うように共にいてくれたから…

だから、時間と共に一緒に笑えるようになったんだよ。


これは、新しく刻まれた…とても優しい"記録"だもの。


「だから…ちゃんと大丈夫だったって言える。かっこよかったよ、二人共」


言いたい気持ちを言葉にして笑えば、二人は揃って顔を俯かせてしまった。

あれ?どうしたんだろう。

何か気分を害してしまっただろうか。

心配になって覗き込み、ぎょっと目を丸くする。


「ちょっと小生嬉しすぎてキャパオーバーなんで少し待ってもらって良いですかっていうか不意打ちとか良くないですよ本当に」


九重さんは顔を真っ赤にしてぐるぐる目を回していたし。


「ぐすっ、よか、よかったです…っ!!二菜、二菜…!嬉しくて…あの!ずびっ」


熊ヶ峰さんはへにょへにょな顔で笑いながら、ぽとぽとと涙を落としていた。


あぁ、もう。本当に真っ直ぐで可愛い人達なんだな。

昔は知らなかった、知ろうともしてこなかった彼女達の事を、今は確かに知りたいと…そう思える。

これって我ながら凄い進歩だよね。

私は、まだ変われるんだ。


「ね、お願いなんだけど…」

だからもう少しだけ勇気を出してみよう。


「二菜さんと至さんって、呼んで良いかな」


恥ずかしさと恐ろしさが半々で、きゅっと目をつむってしまう。

こんな臆病な私が歩み寄ることを許してもらえるのならば…


「その、"あっち"じゃそんな風に呼んだこと無いから…私の中で区別に、なったら良いなって」

"こちら"と"あちら"に線を引く為の手助けをして欲しいんだ。


しんと静まってしまった空気に耐えきれず、そっと目を開く。


「「…」」

「わっ!?」


そして、鼻が触れそうな至近距離にいた二人に驚いた。

独特な色合いの瞳をまぁるくさせて私をじーっと見つめていた彼女達は、次の瞬間ぱぁっと弾けるように、蕩けるように破顔する。


「お姉さん!!二菜は"さん"より"ちゃん"がいいです!!!」

「え、あ、二菜…ちゃん?」

「はわわわわわ!!!嬉しい嬉しい嬉しい!!!」


えへえへと頬に手を当てて喜ぶ彼女はまるで恋する乙女みたいで、こっちまで照れてしまう。


「小生も"さん"とか堅苦しいっていうか慣れないからもっと砕けた感じが良いんですけどどうですか」

「えと、じゃあ、至…くん?」

「…」(コクコクコクコク)


よ、喜んでくれてるのはわかるのだけど、壊れたオモチャみたいになってしまった彼が首を痛めないのか心配になる。

とりあえず、拒否されなくてよかった。

…なんて、一番他者を拒絶してるだろう私が言うのは虫のいい話かな。


「何三人で仲良くなってるのさ。ずるくない?」

「こっち来んな災害」


自分でも分かるくらい、すんっと表情が消えた。


「何で君に指図されなきゃなんないのさ。はー…うっざ」


頭にドでかいタンコブをこさえた一ノ世が、さも不機嫌ですと言いたげな顔で私を覗き込む。

いつの間にか説教は終わっていたらしい。


「さ、災害って部分はスルーなんですね」

「馬鹿黙ってなよ今巻き込まれたら最悪すぎるんだから」


熊ヶ…二菜ちゃんの口を素早く塞ぎ、至くんはさささっと距離をとった。

うん。寂しいけれど、仕方ないよね。

自衛って大事だもの。


「近い」

「ほーん?見惚れた?」

「拳骨で頭おかしくなったんじゃない?」


あぁいや、元々か。

嫌悪でふんと鼻を鳴らし、仕方無いので私が一歩足を引く。

一ノ世はそれ以上近づいては来なかった。


「はー…君さ、可愛げないね」

「そんなもの、とうに死んでる」

「あっそ」


可愛げなんてものがあっても腹の足しにすらならないからね。

大体、コイツ相手に必要性を感じたこともない。


「それでさ、東京観光(プレゼント)は楽しんでもらえた?」

「…っ!!トラウマ直撃したに決まってるでしょう!!」

「えー?感動の再開もあったでしょ?嬉しくない?」

「…本当に最っ低!!」


彼女までコイツの計算の内だったなんて、まるで掌の上で転がされていたみたいで心底気分が悪い。

コイツはどこまで私の地雷を踏み荒らせば気が済むのだろう。もれなく全部ぶち抜いてくる勢いだ。

ある意味天才だよホント。


「はー…面倒くさ。君さ、なんでそんな怒るの?」

「マジで言ってるのお前…!?」


方法もタイミングも落第点どころかマイナス点をあげたいくらいだよ。

まだろくに気持ちの整理もついてないのに、無理矢理現実叩きつけられたんだぞこっちは。

二菜ちゃんと至くんが居なかったら間違いなく壊れてた。

だと言うのにこの男…本当に不思議そうな顔するじゃん。こわ。人の心が無いの??


その子供みたいな表情を見て、なんとなく怒りが萎えた。

たぶん私がどれだけ不満を叫んでも理解しないのだコイツは。

疲れるだけだ。冷静になろう。

深呼吸をして、伝えたいことだけ言ってしまおうと口を開く。


「はぁ…とにかく、嫌な思いはした。滅茶苦茶ね。…でも、楽しくなかったとは言わない。だから…外に出してくれた事には、感謝してる」

その課程はどうであれ、ほんの少しでも地獄が塗り変わったのは確かだから。


私がお礼を言ったのが意外だったのか、彼の瞳が満月のように丸くなり、パチリパチリと忙しなく瞬いていた。

それが何だか居心地悪くて、そっぽを向く。


「ただし!最後の怪異はやっぱり最悪!」

「…あっはははは!!いやさ、あれはさすがに予想外だからね!」


むしろそこまで計算内だったら完全に人でなしだし、サイコ過ぎる。


「ちゃんと助けに来たんだしさ、ノーカンでしょ?」


唇を尖らせるなムダにあざといのムカつく。

と、一ノ世は何かを思い出したようにあ!と声を上げる。


「ところでさ」

ニヤリと意地悪く笑ったその顔に悪寒が走った。


「俺、あん時怒鳴られて傷付いたんだけど。謝ってくんない?」

「は???」


いきなり何を言い出すんだコイツは。

傷付く?誰が??まさかとは思うけれどメンタルオリハルコンなご自分の事じゃ無いよね??え、マジで言ってるの?


「だってさ、俺濡れ衣だったわけじゃん?酷くない?あー…悲しい悲しい」


そりゃ、確かに…確かにさ、いきなり犯人扱いして怒鳴るとか悪い事したと思うよ?

でもこの顔!全力で人の失態をなじって楽しんでるこの顔見て!!

どう見ても傷付きましたって顔じゃないじゃん!!


「ほらほら。悪いことしたらごめんなさいでしょ?」

「お前が言うか!!」

「はー…うっざ。俺はさ、ちゃあんと七尾センパイに謝ったからね」

「ぐぬぬぬ!!」


あれをちゃんとした謝罪に含んで良いのか甚だ疑問だけれど、まぁ確かに嘘は言ってない。

正直、物凄く謝りたくない…けど。

コイツの悪ふざけは置いといて、失礼な態度をとったのは事実だし…


「…な……さい」

「は?何、聞こえない」

「ご・め・ん・な・さ・い!!!」


たぶんすっごく不細工な顔で私はそう叫んだ。

色々負けた気がして、今すぐ埋まりたい気分だよ。


「ぶはっ!あっはははは!!誠意のカケラもないじゃん!」

「お前にだけは言われたくない!!!」

「ま、いいさ。許してあげる。はー…俺ってば優しー」

「やっぱり嫌いだお前!!!!」

「あー…ハイハイ。どーも」


暫くケタケタ笑っていた一ノ世は、突然くあっと欠伸を溢しながら帰ると宣って去っていった。

本当に何なのアイツ。絡むだけ絡んどいて…気まぐれすぎる。ネコチャンかな。


「はぁ…疲れた」


主に心労が凄い。

震えている自分の手をチラリと見て、自嘲を溢した。

威勢良く噛みついてみせていたけど…私って分かりやすいな。


「お姉さん?座りますか?」

「平気。…少しだけ、待ってて」


負け犬と同じだ。

弱いから、怯えているから、吠えて吠えて吠えて、近付いたら噛み付く。


でも、それだけじゃない。

私が無理にでも一ノ世に突っ掛かるのは…たぶん"違い"が欲しいからだ。

歪んでいる自覚はある。


だって"あっち"の一ノ世とは言い争いなんて…出来たこと無いもの。

声を掛けたとして無視なら良い方、そうじゃなくとも辛うじて会話ができるのは一割、九割の確率で挨拶代わりに痛め付けるか殺してくる。

いや、声をかけなくても気分で殺られるけど…とにかくそういう奴だったから。


だからこそ私はこんな方法で区別しようとしてる。

なかなか儘ならないな。こればかりは時間が必要だ。

"アイツ"という傷は、やはり深すぎる。


「…よし、大丈夫。落ち着いた」

「大丈夫って言っても綴戯さんの顔色見るからに悪いんで早く帰った方が良いと思うんですけどどうですか」

「そうですよ!無理は良くないです!!」

「うーん…無理、させて欲しいな。夕食…行くんでしょう?」


実は怪異が出る前、夕食を食べに行こうかと話に出ていたのだ。

盛大に水を差されはしたけど、まだ有効だと思いたい。


「…っ!分かりました!!すぐに二菜が最高に美味しいラーメンをリサーチします!!」

「いやいやいや小生的には動いて疲れたしお腹も空いたからがっつりとハンバーグが良いと思うんだけど」

「ラーメン!」

「ハンバーグ」

「「ぐぬぬ…」」


にらみ合いを初めてしまった二人に苦笑をこぼす。

正直どっちでも良いのだけど…

チラリと視線を別の方へ投げると直立不動の人影が1つ。


なんかね…私と一ノ世の言い争いからずっと、七尾さんが自分に硬質化でも使ったのか?ってくらい固まっているんだよね。

信じられないものを見ましたって顔で。

何に驚いてそうなったんだろう。謎だ。


結局この後じゃんけんで勝った二菜ちゃんの要望通り、皆でラーメンを食べた。

久しぶりのそれは…ビックリするくらい美味しかったよ。

ただ二菜ちゃん、麺大盛トッピングマシマシを三杯はどうかと思う。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「つっかれたぁ…」


私の城となった図書室で、ぐったりとソファに身を沈める。

所々解れたり穴も開いてるけど、元々は上質なものらしく座り心地だけは抜群だ。


今日は色々あった。


チカチカする白熱電球に照らされた薄暗い世界に、ふわりと一冊の本が現れる。


『東京某所』

面白味の無い表題の記されたハードカバーをペラリとめくった。


初めに感じたのは、そう。

ごちゃごちゃしてて、どこを見れば良いか分からない…だったな。

大学に入ってから訪れるようになったそこは、それ程馴染み深いとは言えないのかもしれない。


けれどここで、色々な友達と沢山沢山遊んだ。

親友も私も雑誌やネットでお互いあれこれ調べて、新しい店や気に入った店を沢山見つけたっけ。

いつしかそこは、ぐちゃぐちゃに絵の具が混ざったキャンバスからきらびやかで楽しげな絵画に変わっていた。


ペラリ、ペラリとページが進む。


それは、忌々しい変遷。

坂を転がるよりも酷い急転直下だ。

楽しかった思い出も大切なものもすべて引き裂かれた、『ソノヒ』を記す無機質な文章の羅列。

今までの幸せの反転だと言うには、あまりにも酷すぎる物語。


感じたのは、呆気なさ。

壊れるのは一瞬なのだと、この街が一番最初に教えてくれた。


ペラリ、ペラリといくらページを捲っても、現れる言葉たちが告げるのは地獄と化したそこに犇めく怨嗟と、終わりの無い絶望。

最後には瓦礫と曇天の描写くらいしかないや。


今までは、それで終わりだった。

けれど…


ペラリ、と。終わり間際の数ページを捲る。


それは、それは…

色を無くし、ビリビリに破かれていた絵画の端に、ポタリと落とされた…希望(いろ)だった。


知っている街の知らない景色。

いや、知っていた筈の街の知らない景色。


取り戻した訳じゃない。そんなに甘い話じゃないことは、憎いアイツに教えられた。

だけど、そこはまだ…失ってもいないのだ。


隣で笑っていた彼女はもういないけれど…

ねぇ、私ね、新しい知り合いが出来たんだよ。

まだ勇気がなくて、友達だなんて言えないけど…

そうそう、あのクレープ…また食べたの。

バナナカスタードホイップ増し増し。甘かったなぁ。

ゲーセンでね、初めて和太鼓の鉄人やったよ。酷い有り様だった。

それから、それから…


沢山の人が、笑っていたよ。


絶望のまま終わっていたこの"記録"に…ようやく続きが綴られたんだ。


「…っ」

流れ出る熱い涙を止めもせず、私は本を胸に抱き締めた。


この本だけじゃない。

他にも沢山続きが綴られた本がある。

熊ヶ峰二菜ちゃんのも。

九重至くんのも。

七尾晴樹さんや、一応一ノ世久夜のも。

喜びにくいけど新しく怪異の本だって私の中に生まれた。


何年も変化の無い死んだ世界を彷徨った私が、どれ程"変化"を待ちわびただろうか。

その事実が、どれ程救いだろうか。


「明日は、何が起こるんだろう」


良いことか、悪いことか。

そんなの全く分からないし、不安だらけだけど…そう思える今がなんて尊いのだろう。


震える呼吸が溶けて消える。

私は抱えていた本を消して、届いていた荷物を漁る。

お目当ての物を取り出して、使われるかも分からない貸出カウンターの上へ並べた。


「…よし!」


アンティークな家具がならび、くすんだ背表紙の本が壁を埋め、時代錯誤な剥き出しの電球が照らす…時間の停滞した図書室。

そんな世界に置かれた大量のファンシーなぬいぐるみ達が、空間に馴染まなすぎて笑ってしまう。


ちぐはぐさが私みたいじゃん。採用。


そうして満足した私は、久しぶりに眠気というものを自覚した。

単純だな。気が抜けたみたい。

丁度置き場に悩んでいた巨大な猫のぬいぐるみを抱き締めて、ベッドの代わりにソファへ倒れ込む。


「…ん…なんか、コイツ…色合いが一ノ世みたいで…ムカつ、く…」

そう思っても眠気には勝てず、そのまま泥のように眠った。


この日、悪夢は見なかった。



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