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14-3


冷蔵庫内に身を潜めてまだほとんど時間は経っていないが、私には深刻な問題が発生していた。


「えへへ!ドキドキするねー!おねーちゃん、ぎゅー!」

「ん"!…ぎゅー!」


そう、胡来ちゃんが可愛すぎるという大問題である。どうしよう、私の心臓持つかな…

冷蔵庫なので扉を閉めてしまうとしっかり密閉されるそこは真っ暗で、彼女の表情はほぼ見えていない。けれど、きゃらきゃらと笑う胡来ちゃんは花も恥じらうくらい可愛い顔をしているに違いなかった。

滅茶苦茶見たいと思う反面、見たら間違いなくだらしない顔を晒すだろう事を思えば暗くて助かったともいえる。とても惜しいけど。


「あのね」


少しだけ遠慮をにじませた声がくっつきあっている胸に響き、彼女が言葉を引っ込めてしまわぬよう優しく背を撫でて先を促す。


「いつもはね、まっくらで少しこわくて…おじさんにお話してもらうの」

「そうなんだ。確かに、心細い…えっと、寂しくなっちゃうよね」

「うん。…でもね、今日はおねーちゃんがいるからぜんぜんこわくないの!」


恥ずかしいのだろうか。少し上ずったような声はどことなく擽ったそうで、私は思わずその小さな体を再びぎゅむっと抱き締めた。だってこんなに可愛いんだもの!


「私も胡来ちゃんが一緒で心強いよ。胡来ちゃんのお陰で怖くない」

「ほんとう!?じゃあじゃあ、おねーちゃんはココが守ってあげるからね!」

「ふふっ!ありがとう。じゃあ私は胡来ちゃんを守るね」

「わーい!」


抱き締めたままサラサラとした髪を鋤くように頭を撫でれば、もっととねだるようにグリグリとすり寄ってくる。

…きっと、本当に心細い思いをいつもしていたんだね。

なら隠れ場所を変えればいいとも思うけど、胡来ちゃんには胡来ちゃんの意地があるのだろう。

そんな風に解釈しつつ、せめて今日くらいは不安な時間にならないようにと私は無音を避けるように会話の入り口を探した。


「ね、いつもはおじさんとどんな話をしているの?」

「えっとね、おヒメさまのお話!でもね、いっつもとちゅうから変になるんだよ!」


お姫様というと…童話とかかな?

調理中に絵本を取り出すわけにはいかないだろうから、きっと途中からうろ覚えになって変になってしまうのだろう。


「この前はね!ガラスのくつのおヒメさまが泡になってきえちゃったの!」

「混ざってるなぁ…」

胡来ちゃんの若い脳はそのお話をしっかり覚えていたようで、どんなおかしな物語だったのかを語ってくれた。


あるところに継母と姉たちに虐められていたみすぼらしい姫様がおりました。

舞踏会に行きたいと願った姫様は、魔法使いに頼んで自分の声と引き換えに綺麗なドレスとカボチャの馬車とガラスの靴をもらいました…いや、既に混ざってるな。対価のわりに魔法使いさん結構な大盤振る舞いだし。


舞踏会については童話通りに進んで王子に見初められ、深夜0時…舞踏会の帰りにガラスの靴を残した姫様は魔法が解けて人魚の姿になってしまったそう。…あれ?冒頭じゃ人間だったのにな…?魔法使いさん魔法ミスりました?

もうバッドエンド確定だよね。だって足…無いし。


そして陰ながら王子の人探しを見守っていると、なんと隣国のお姫様の足にガラスの靴がジャストフィット。…まぁ、同じ足のサイズの人くらい普通にいるよね。

その場で結婚宣言した二人に姫は涙を流しながら泡になって消えたそうな。…いや、魔法使いさん一言もそんなペナルティ言ってなかったよ?悪質すぎない??しかも姫様既に足無いから王子刺し殺しに行くことも出来ないじゃんか。


主人公ハードモード過ぎる物語にはドン引きだけど、むしろこれはこれで面白いと思う。

でも、純粋に夢の詰まったお姫様の物語を求めている胡来ちゃんにしてみればブーイング不可避だよね。


「あとね!おじさんお話へたくそなの!おヒメさまのこえかわいくない!」


おっと手厳しいぞ。外からガチャン、カランと音が聞こえ、どうやら件のおじさんが動揺しているらしいと苦笑した。

子供の正直さは時に残酷である。

ナレーションは練習すれば上達するだろうけど、おヒメさまの声ばかりは容赦してあげて欲しい。


しかし…そっか、いつもは童話を話してるのか。

それならとても都合がいい。


「じゃあ、今日は私がお話をしようか」

「ほんとう!?」

「本当!ね、胡来ちゃんの好きなお話はなぁに?」

「えっとね、えっとね…!じゃあ、月のおヒメさまのやつ!ちゃんとしたお話がききたい!この前おじさんにお願いしたらね、お話のとちゅうでおヒメさまが男の人三人とおにたいじに行っちゃったの!」

「何それ気になる」


正直おじさんの混合話の方が面白そうだし、私が聞きたいところだ。

まぁ、今は我慢するとしよう。

こほんと改まったように咳払いを一つこぼし、私は頭の中で本を開いた。


「…むかしむかし、あるところにーーー…」


お決まりの序文を口にしながらふと思う。

いつかあの地獄の日々も…こんな言葉で始まりを飾る昔話のように語られる日が来るのだろうか。

…いや、何を考えてるんだ私は。もう"あちら"にはそれを語り継ぐべき"人間"なんてどれ程探しても見つからなかったじゃないか。

人類の生存は絶望的。唯一存在する私ですら人間と呼ぶにはギリギリのラインだしね。


けれど、そうだな…

もし、もしも語り継ぐ事が叶う時が来るというなら…

"アイツ"らの恥ずかしいとこ、秘密、尻にあるアザの数まで言いふらしてやるんだから。

…なんてね。


下らない考え事をしながらでも"記録"頼りの物語は恙無く私の口から流れ出て、やがて主人公たるお姫様は月へと帰っていった。


「…めでたしめでたし」

「すごいすごい!おねーちゃんお話じょうずだねー!」

「そう、かな?喜んでもらえて良かったよ」

調理場のおじさんのように下手くそと辛口評価をもらったら泣くところだったよ。


ホッと胸を撫で下ろした私の肩をぽすぽすと胡来ちゃんが叩く。

「おねーちゃん!つぎは?つぎのお話は?わたし、もっと聞きたい!」

どうしたのかと尋ねる前に、本人の口からそんなおねだりが飛び出してきて…暗闇の中でひくりと笑顔をひきつらせたのだった。



「…めでたしめでたし」

「わー!よかった!おヒメさましあわせになれたー!おねーちゃん!つぎは?つぎは?」

「あはは…ちょっと、タイムで…」


胡来ちゃんから次の話、次の話とねだられること三話。最初と合わせて四話目を話終えたところでさすがに待ったをかける。

ぶーぶーと不満そうに抗議する彼女に、カラカラな口から苦笑をこぼした。

子供ってよく気に入った事をエンドレスループするよね。分かってはいたけど…これは以外とキツイ。


その時、コンコンと外から扉が叩かれた。

一瞬見つかったのかと二人で身を寄せて体を硬くしたが、聞こえてきたのは子供の声ではなくほんわかしたおじさんの声である。


「やや、話のキリも良いみたいだし出ておいで。もうそろそろ時間だよ」

「ほんとう!?やった!おねーちゃん、わたしたち勝ったよ!!」

「凄い凄い!胡来ちゃんとっておきの隠れ場所のおかげだね!」


童心に返ったように一緒になってはしゃぎ、喜びを分かち合いながら重みのある扉を開けた。

中が本当に真っ暗だったせいか、久しぶりの明かりに目が眩む。人工の明かりなのに外でギラつく太陽みたいだ。


「うー!まぶしい!」

「胡来ちゃん、ムリに開けちゃダメだよ。ゆっくりね」

「はぁい」

「やや!随分お嬢さんと仲良くなったね、胡来ちゃん」

「うん!聞いておじちゃん!おねーちゃんはすごいんだよ!!」


彼は、宝石のようにキラキラと瞳を輝かせてあのねあのね!と服を引く胡来ちゃんを優しくポンポンとなだめながら、へにゃりと小粒な瞳を緩ませた。


「聞きたいところだけど…"続き"はいいのかい?」

くぅるくると大鍋をかき混ぜ、その鍋からコンソメの香りを湯気と共に吐き出させたおじさんが言った言葉に、私は首をかしげる。


「"続き"…?」

「あ!そうだった!おねーちゃん、みんなの所にいこう!第二ラウンドがはじまるよ!」


第二…??えっと、第二ラウンドって何??

かくれんぼにそんなに奥行きあったっけ?


整理がつかないまま胡来ちゃんによってぐいぐいと引っ張られていく私を、調理場のおじさんはにこにこしながら手をふって見送ってくれた。

というか、タイミングを逃してついぞ彼の名前を聞けなかったな…


「胡来ちゃん、第二ラウンドって何があるの?」

小走りになりつつ付いていきながら私を引っ張る彼女に尋ねると、くりくりした目がパチリと瞬く。


「あのね、いっつもかくれんぼが終わったらね、みんなでいんちょーさがしするの!」

「院長探し…」

ということは、院長もとい三神を皆で探そうということか。


「いんちょーってすごくてね!いっつも見つけられないの!ずぅっとココたちの負けー!」


ぷぅっとお餅のように頬を膨らませた胡来ちゃんがぶんぶんと繋いでいる手を大きく振る。

その拗ね方に可愛いなと癒されつつ、本人はきっと本当にご機嫌斜めだろうから顔には出さないよう努めた。


それにしても…確かにやたら自信満々だとは思っていたけど、十数人いる子供達の目を持ってしても見つけられないとはね。

大人気ないけど凄いと思う。


「あのね」


疲れたのか気が治まったのか…

腕を振り回すのを止めて私の隣に並んだ胡来ちゃんが、言葉を探すように間を置いてゆっくりと口を開いた。


「わたしね、きょうは平気だったけど…見つけてもらえなかったとき、さみしいなって思うことがあるの」


その気持ちは分かるかもしれない。

もうずっと昔な気がする子供時代。

さすがに記憶が曖昧ではあるけれど、私も小さい頃かくれんぼをして…最初は見つからないって事が嬉しくて得意気な気分になるんだけど、だんだん時間が経ってくるにつれて"どうして見つけてくれないの?"って不安や苛立ちがむくむくと膨らんで来るのだ。


今思えば理不尽ながら、お父さんが見つけてくれない、捨てる気なんだ…なんて公園で泣き叫びながら文句言ったこともあったっけ。


「だからね!きっといんちょーも見つけてもらえないの、さみしいとおもうの!」

「…そっか。じゃあ頑張って見つけてあげないと、だね!」

「うん!!」


ふくふくと笑う胡来ちゃんには悪いけど、正直に言えば三神がさみしいとか感じるタイプか?と首をかしげたい気持ちではある。

それにしても、かくれんぼと言うにはあれだけど…


《ふ…ふふふふ!あぁ、こんなところに隠れていましたか》

《ひっ…!!く、くるな!!何で…何でここが…!!?》

《隠れ場所など…視点を変えればいくらでも察しがつくものですよ。さぁ、一人で寂しかったでしょう?すぐに皆さんと同じ灰にして差し上げますよ》

《や…やめ…っ!あ、あ"ぁ、あ"あ"あ"あ"づい"!あ"づい"よ"ォ!!!》

《ふふふふふふ!!さぁ!!穢らわしいその身を浄化してしまいましょう!!もう逃げ隠れる必要はありません!皮も魂も恐れも苦しみも…すべて、等しく灰になってしまえばいい。ふ、ふふふ!》


"アイツ"は隠れている人を探すのが異様に得意だった。

凄く嫌な特技ではあるけれど…これって裏を返せば自分が隠れるのが得意だから、ということにならないだろうか?

隠れる場所に心得があるからこそ、自分が隠れるならどこに?という観点から探せるのだ。…たぶん。


胡来ちゃんと共に歩くこと少し。元主聖堂に辿り着くと、そこには子供達が勢揃いしていた。

かくれんぼ第一ラウンドの鬼だった子は胡来ちゃんと私を見て悔しそうな顔をしていたものの、すぐに意識を切り替えたらしい。

院長を見つけてやるのだと鼻息を荒くしてリベンジに燃えている。


「おねーちゃん!わたしたちあっちを見にいくけど、いっしょにいく?」


あっち、と先程入ってきた扉を示す胡来ちゃん達に、私は少し考えてから首を横に振った。

一緒に行きたい気持ちはあるけれど、子供達は子供達でわいわい探し回った方が楽しいだろう。それに、三神を本気で探すなら一人でじっくり考えたい。


「誘ってくれてありがとう。私はこの辺りを探してみるよ」

「そっかぁ…わかった!またあとでね!」

少し残念そうではあったけど、彼女は元気一杯にぶんぶんと手を振って他の子達と団子になりながら元主聖堂を後にした。


さて、と。私はどう探そうかな。


そもそも、毎回のように子供達の目から逃れられる隠れ場所とはどんなところだろう。

あれでいて子供は大人よりずっと鋭い部分があり、私達では予想もつかない場所まで細かく見ていたりする。

"遊び"というなら尚更全力で探すことだろう。

そんな彼ら彼女らから常に逃れるなんて至難の技ではなかろうか。


むむむ、とりあえず考えろ…三神が潜んでいそうな所。

そうだな…ベタに天井なんかはどうだろう。

その考えは上を見て直ぐ様否定した。

他の部屋もそうだけど、この建物は基本的に天井が高い。隠れ場所として現実的ではないだろう。


ならばと次は床下に目を向ける。床下収納なら可能性はありそうだと思うものの…見える限りの床にそれらしい細工は見当たらず、白と黒がチェス状に並んだ大理石の床があるだけ。


「…ん?床下…床下…そういえばここって…」

ふと引っ掛かったことがある。私はぐるりと部屋を見渡し、"あるもの"に目を留めた。


「…オルガン」


それは部屋の端にひっそり息づいているどこのメーカーのものかも分からない古めかしいオルガンである。

私はそれに見覚えがあった。


ここではない場所。それこそきちんとシンボルを掲げて信者を抱える教会だった…んだと、思う。

曖昧に濁す理由は簡単で、私は正しい目的でそこを訪れた訳ではなかったというだけの話だ。

その"記録"は私が残党狩りをしていた"アイツ"に連れられて訪れた時のもの。

無遠慮に焼き払われた入り口の先で…私はまったく同じオルガンを見た。


…いや、オルガンだけじゃない。

今改めて"記録"と比べてみると、一部の部屋しか見ていないとはいえこの建物の作りは驚くくらいあの教会に酷似していることに気付く。


《おや?この作りは…あぁ、成る程。"同じ"ですか。ならば簡単な話です》


あの教会に入った瞬間こぼされた"アイツ"の言葉を、"記録"に綴られたその文字を頭の中でなぞる。

そうだ。"アイツ"はその教会内部を不思議なくらい熟知していたっけ。


『ソノヒ』以降一般人がシェルター代わりに使っていたそこに立ち入った時、一見すればもぬけの殻と呼べる状態だった。

にもかかわらず、"アイツ"は迷い一つ無く隠し部屋を次々に見つけては其処に身を隠していた一般人達を焼き殺していったのである。

そう、"隠し部屋"。

教会とは思えないくらい大量にあったそれは、こことまったく同じ作りをした主聖堂にもあった筈だ。


確かめたくなった私はオルガンに近付き、鍵もなにもついていない蓋をかぱりと開ける。

少しばかりくすみと黄ばみのある白黒の鍵盤は、それでも丁寧に使われているのだと分かるくらいには綺麗な状態で並んでいた。

讃美歌の一つでも弾けたなら、それはきっと素晴らしい音で歌ってくれたことだろう。

けれど今回は…違う目的で触らせてもらうね。


「えっと…"アイツ"はどうやってたっけ…あ、見つけた」


嫌なシーンを極力避けながら慎重に"記録"のページを脳内でめくり、お目当ての情報を探しだした。

そして、大変不本意ながらも"アイツ"の行動をなぞっていく。


まず、オルガンの端と端を同時に三回押し込む。少しドキドキしながら並ぶ鍵盤の両端を一回、二回と押して…三回目。


「お?」

何故か音はならずに、これまでより深く鍵盤が沈みこんだではないか。

手応えを感じてそわそわしながら次の手順に移る。

鍵盤を押したまま真ん中のペダルを二回、右のペダルを一回踏んだ。

すると、どこかからカコンと何かが外れる音が響く。


…え、嘘、本当に??正直、凄く軽い気持ちで試しただけだったんだけど…

てててて・ててててーん、とゲーム好きな友人宅で聞き覚えのある某緑衣をまとった勇者のBGMが頭の中で鳴り響いたのを感じつつ、にやけてしまいそうな顔をおさえる。

秘密っぽいものを暴いた罪悪感と高揚感が混ざりながら好奇心を刺激してくるのだ。


そんな子供っぽい感情をもて余す自分を落ち着かせながら、ぐるりと元主聖堂を見渡して変化のあった場所を探してみる。

それは案外すんなり見つかった。出入り口に近いところにある床の一部が浮いていたのだ。


そわそわと浮き足立ちながらそちらへ向かい、浮いていた床板の隙間に指を入れながら持ち上げた。床材は大理石なのに床下収納のように開いたそれは思ったより軽い力で済み、女子供や老人でも容易く動かせるよう工夫がされているらしい事が感じ取れる。


ぽっかりと口を開いた穴は暗く、縁にしがみつくようにかけられた赤錆の浮く梯子の下はよく見えない。

え、こっわ。予想より怖いぞこの感じ。

目の前に現れた現実にワクワクしていた心が萎む。

だってこの感じ…地下牢とかヤバい部屋がありそうじゃない??


実は、過去の私は"アイツ"が隠し扉を開けた所は見ていたものの中には入ってなかった。だからこの下に何があるのかまったく知らない。

理由は分からないけれど、"アイツ"はここの隠し部屋の中にいた一般人をその場で殺しはせずに、ご丁寧に聖堂まで引き摺り上げてから焼き殺していたんだよね。だから"記録者()"というカメラは聖堂に置きっぱなしだったのだ。

地下で『炎』出したら酸欠になるから、かな?まぁどうでもいいか。


下から上がってくる空気はどこかひんやりしていて、尚更不安を煽ってくる。

私が昔拷問やら酷い目にあった時もこう、暗くて人目につかない部屋だったなぁ…なんて。


「…あれ?もしかして、光ってる?」


よくよく目を凝らしてみると、底の方でぼんやりとした明かりが見えた。恐らく底から続く道のどこかに光源があるのだろう。

まったく使われていない…というわけではないのかな。

むしろ明かりがついているなら今現在使われている可能性もある。三神だろうか…?いや、そうじゃなかったら恐ろしすぎるけど。


私は悩んだ。行くべきか、行かざるべきか…

折角道を開いたもののぶっちゃけ一人は怖い。私は幽霊の類い…ホラーが嫌いなのだ。

死人やスプラッタを見なれてるくせにって?あれとこれは別系統!


しかし、いくら一人が怖くとも子供達は絶対巻き込めない。安全かどうかも分からないのだから当然だ。

では調理場のおじさんを呼んでみる?…申し訳ないけど梯子、折れそう。


「…ええい!女は度胸だ!!」

三神がいるかどうかを見るだけだと腹をくくった私はごくりと生唾を飲み込んで、そろりと梯子に足をかけた。


錆が酷くて途中折れやしないかとヒヤヒヤしたものの、何事もなく無事に一番下へと辿り着く。

そこからは横穴が続いていて、途中ぽつりぽつりと並んだ蝋燭によって薄ぼんやりと頼りなく照らされていた。これ…道標程度で足元は殆ど暗いんだけど。

どうやら上から見えた明かりはこれらしい。


空気は思いの外埃っぽくもカビ臭くもなく、クモの巣らしきものも道には張っていない。

人の手が頻繁に入っている証拠だ。


「こういうのって何て言うんだっけ…?あ、ダンジョン?」


石壁に手をつきながら慎重に足を進めていく。暗いし舗装もされてはいなそうだから、どこで躓くか分かったものじゃない。

うん、確かに松明が欲しくなるね。

洞窟に入る前とかよく必要アイテムだと要求されるみたいだけど、成る程ゲーム内の勇者の気持ちが分かったよ。


一応の光源として置いてあるゆらゆらと炎を揺らす蝋燭は、顔の高さくらいの位置で等間隔にくりぬかれている壁の中にちょこんと佇んでいた。

見る限りどれも背が高く、蝋が垂れた跡も少ない。やっぱり最近誰かが手入れをしたのだろう。


少し探検家的な役に入ったような気分で腕を組み、ふむふむと分析していく。

こうでもして気をまぎらわせていないと怖いのだから許して欲しい。


蝋燭の検分を終えて、私は再び壁に手を添えながらゆっくり道を進んでいった。

…今更だけど、罠とかないよね???


やがてさほど長くもなかった道の突き当たり。罠も幽霊も白骨も、ネズミの一匹に遭遇することすらなくあっさり辿り着いたそこには、一枚の見るからに厚そうで無骨な金属の扉が現れた。

…何というか、嫌な想像を掻き立てる扉だな。

本当、この先に鎖で繋がれた骨があっても驚かないくらいアレだぞ。


ふと、今更ながら本題を思い出して首を捻る。

確かに人の出入りはあるみたいだが…果たしてこんなところに三神がいるのだろうか?

場所自体は"アイツ"の行動を鑑みるに知ってはいるのだろうけど…これかくれんぼの延長なんだよね?どう見てもこの場所はその範疇を越えているぞ。

まぁ、"隠れる"というならバッチリお誂え向きだ。しかしそれにしたってガチ過ぎる。


この先が三神ではなく厄介事の種だったら、もしくはどちらもなアンハッピーセットだったらどうしよう…

そんな思いが次の一歩を戸惑わせた。

そもそもこの場所は何なのか。どうして"記録"の中の教会と同じ仕組みで開いたのか。どうしてこんなところに人の出入りがあるのか…


「…考えたって分かるわけない、か」


頭を埋め尽くした沢山の疑問を振り払うように首を振った。

私はこの孤児院の事も、それを取り仕切る三神の事も知らなすぎる。何も情報が無いのだから悩んだって答えが出る筈がないじゃないか。

それに、ここまで来ちゃったんだし…今更だよね。


扉を開ければ答えは勝手に出てくるのだ。

女は度胸と再度心で繰り返し、私は扉までのあと一歩を踏み出した。


そのまま動きを止めずに冷たいレバーに手を伸ばし、ゆっくりと下へ押し込む。

カチャリと抵抗無く沈んだそれに心臓を跳ねさせながら、緊張を唾と共に飲み込んで…目を瞑りながらえいやと扉を外へ引き開けた。

尚、見た目どおり重かったので勢いよくとはいかなかったが。


さぁ、鬼が出るか蛇が出るか三神が出るか白骨が出るか…

そろり、と目を開ける。


そこには狭すぎず広すぎずといった具合の一人用らしい部屋があった。

道すがらと同じく蝋燭のみを明かりとした室内は、明るいような暗いような…そんな半端な光の加減である。その中にうすらと照され浮かぶのは、質素な木製テーブルと丸椅子、同じく木製の棚が一つと白い布切れがかけられたシングルサイズのパイプベッドが一つだけ。あとは…簡易トイレかな。


非常にシンプルなその作りは綺麗な独房と言われても納得できる程だ。

しかし、それらしい鎖などの痕跡はなかったので違う…と思いたい。

当然地下なので窓はなく、空気が停滞してるためか通ってきた道よりほこり臭さとカビ臭さを感じた。


少しの不快感に鼻へシワを寄せながら更に目を凝らしてみると、ベッドの端っこに体育座りで踞る人影に気付いてぎょっとする。

顔は膝に埋めるように隠されているが、薄明かりでも分かる金色は誰のものかなど疑いようがない。


三神だ。

うっわ、嘘でしょ本当にいたよおい。


私に気付いていないということは無いだろうに、ソイツは一向に顔を上げる気配も無く置物のようにそこにいる。

…えぇい、なんだこの沈黙。気味が悪い

こちらが耐えかねて一歩部屋へ踏み入ったところで漸くもぞりと身動ぎし、ひどく億劫そうに顔を上げた。


んん?随分ぼんやりした顔をしてるけど…え?まさか寝てた??


うすら寒い張りぼての笑みどころかまともな表情の浮かばない顔は空虚で、けれど瞳にだけは迷子に似た寂しさが見える。

おかしな様子に心配になって大丈夫かと声をかけようと口を開いた私だが、言葉を音にするのはあちらの方が早かった。


「…シスター?」

「寝惚けてんのかお前」

「……?…はっ!?」


呟かれた台詞に間髪入れずきっぱり返すと、三神は我に返った…というよりは夢から覚めたような顔をして体を揺らし、慌てたように立ち上がる。

そしてそこらに揺蕩う蝋燭の炎と似た色合いの瞳でもってまじまじと私を見つめ、ふぅと気が抜けたようなため息をついた。


「…貴女でしたか。まったく、人が悪いですね。驚かさないでください」

「いや、そんなつもりは微塵も…むしろお前に驚かされた側なんだけど??」

おいこら何で私が悪いみたいに非難がましい視線送ってきてんだよ。


「というか三神さぁ、見つけてもらう気ある??隠れる場所に本気出しすぎでしょ」

「意地悪は承知ですが、あの子達にこういった隠し部屋や通路を知ってもらうためですよ。僕が不在の際に何かあった時…身を守れるように、ね」

「えぇ…普通に教えればいいじゃん」

「ただ人に教わるよりこういう遊びの中で自分達で見つけた方が印象に残ります」

「スパルタだなぁ…」


言ってることは分からなくもないし、三神も嘘()言っていないのだろう。

子供達を思っての言葉は本物だった。

けど…この小骨がつかえたようなスッキリしない感じは何だろう。勘でしか無いが、何かをはぐらかされた気がする。

たぶん、三神がわざわざここにいた理由は別にあるんだろうな。


まぁ気にしたところで、これまで見てきた三神の性格的に絶対話してくれないだろうけど…はぐらかされた時点でそれは決定事項だよね。

そもそも話してもらえるほど私は彼から信を得ていないし、食い下がっても心象が悪くなるだけだ。…そりゃ、気になるけど。

感じた違和感を暗がりに捨てながら小さく息を吐いた。三神は距離感というか、やり取りがどうにも難しい。


「まぁ、三神の方針に口を出す気は無いよ。けど…もしかして私、邪魔しちゃったかな?見つけない方がよかった?」

「いいえ、構いませんよ。"かくれんぼ"なんですから。…それにしても、よくここが分かりましたね?」

「あー…似たような教会?に同じ仕組みがあったのを思い出したんだよね」


事実ではあるけれど、自分で言ってて"そんなうまい話があるか?"と思ってしまう。

しかし意外なことに三神は怪訝な顔をするでもなく、むしろ成る程と納得の色を見せたではないか。


「この建物を建てた建築家は随分な変わり者だったそうです。一時期"からくり教会"というコンセプトにハマったその人は…余程第一号の出来が気に入ったみたいでしてね。同じ作りの教会を幾つも建てたのだとか。多くはその人が満足すると同時に取り壊されたようですが、ここのように本物の教会として買い取られたものが幾つか残っていると聞いています」

「そ、そうなんだ…」


"からくり教会"というコンセプトがそもそも謎だし、気に入ったものは複数手元にって気持ちはまぁ分かるけど…規模が大きすぎるでしょうよ。

うん。成る程確かに変わり者で間違いない。

いや、職人なんてそんなものか。

殺風景な部屋を彷徨き、更に隠し通路の一つや二つ出てきそうだと思いつつ棚を見つめる。


「そういえば…隠し部屋とかこの建物の事とか随分詳しいんだね」

「それは当然でしょう。院長である前に僕はここ、"太陽の住みか(シエロ)"の出身ですからね」


予想外の言葉にぱちぱちと忙しなく瞬いて、棚を開けてみようかと好奇心で伸ばした手を中途半端に止めた。


まず、三神が孤児院出身ということに驚かされたよ。

…やむにやまれる事情があったんだろう。家族にご不幸があったとか。

まさか捨てられたなんてことは…いや、まさか過ぎるよね。

だって…見た目だけなら超一級品の三神をみすみす手放す親がいるか?

…絶対ちび三神可愛かっただろうなぁ、アルバムとかないのだろうか。


詮索はここらで止めることにして、私にとっての予想外はもう一つ。

いや、予想外というのは違うかな。ただ…ある単語に引っ掛かりを覚えたのだ。


"太陽の住みか(シエロ)"


今更ながら知ったこの孤児院の名前。それに聞き覚えがあるような気がしてひっそりと眉を寄せる。

しかし、記憶をたどろうと思考の海に沈みかけたところで遠くから私と三神を探す子供達の声が聞こえ、はっとシャボン玉のように疑問が弾けて消えた。


「いんちょー!おねーさーん」

「どこー?」

「もうおしまいの時間だよー!」

「…おや、もうそんな時間ですか」


端末を開いて時刻を確認する三神は、蝋燭とは違った青白い光に照されながらちらりと私に目を向ける。


「戻りますよ。まったく、貴女のお喋りに付き合っていたらタイムオーバーしてしまいましたよ」

「え。ご、ごめん…?」

私のせいか?と首を捻りつつ、一応形だけの謝罪だけ口にした。お喋りに興じてしまったのは確かだからね。


こちらの返答など端から気にしていなかったらしく華麗にスルーして、何故か扉ではなくベッドと反対側の壁へスタスタと歩く三神を見つめる。

そこでふと思い出して、私はその背中に声をかけた。


「さっき口出さないとは言ったけど…子供達にあまり心配かけないであげてね。胡来ちゃん、三神が寂しがってないか気にしてたよ」

「胡来が…?ふふ!僕が寂しがっている、か」


〈きっといんちょーも見つけてもらえないの、さみしいとおもうの〉


子供とは時に大人が思うより心の機微に対して鋭いものだ。

…もしかしたら、彼女にはいつも寂しそうな三神が見えていたのかな。


〈…シスター?〉

あの時の迷子に似た表情が何となく頭をよぎった。


「…もし仮に胡来ちゃんの思い違いだったとしても、子供にそんな心配をかけるのはどうかと思うよ。院長さん?」

「…はぁ、言われずとも分かっていますよ」


ふいっと拗ねたように顔を背けつつ、三神は壁に取り付けてある燭台を一・三・一とリズムをつけながら下へ押し込む。

すると壁がガコンと90度回転し、通路がぽっかり口を開けた。

うわ…本当にあったよ隠し通路。しかもベタな忍者屋敷スタイル。

目を付けていた棚ではなかったのは若干残念ではあるけどね。


回転扉に感心している私を置き去りに、三神は迷わずその先へ進んでいく。

なんか…胡来ちゃんの話をしてからそわそわしてるな。子供に心配されて罰が悪くなったのかも。


素直じゃないなと思いつつのんびり歩いていた私が、一足先に通路を出た三神に出入り口を閉められそうになって取り乱すのはこの後すぐの事だった。

騒ぐ私を腹抱えて笑ってた三神は許さないぞ。




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