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14-2


青々とした木々の葉は、葉脈を流れる生命力が可視化出来そうな程に生き生きとして風にそよぐ。

合宿でお世話になった森に比べれば人の手が入っていて程よく開けているようだ。

光をよく通す木々の足元では、木漏れ日と戯れるようにちょこちょこ動く小鳥達や切り株にしがみつく名も知らない虫達がセミの声をBGMに生を謳歌していた。


頬を擽る風は知らない匂いをしていて、私は宝石のようにキラキラした世界の中でそっと安堵の息を吐く。

まだ私の心には冷たい森の記憶が居座っているけれど、ここは間違いなく暖かい…いや、暑いくらいだ。


気持ちを切り替えつつ、隣と言うには少し遠くに佇む人物に目を向ける。

絵本から飛び出してきたような姿をした彼の周辺を切り取って見ると一気にファンタジー度が増すというか…泉とか妖精とか添えたくなるね。

舞台の一幕のように日光のスポットライトを浴びる当人はしれっとした顔をしているけれど…果たしてあれは暑くないのだろうか。


さて、何故私達はこんな森にいるのかといえば、三神の"子供は好きか?"という問いに是を返した途端にさくっと連れて来られたのである。


目的地は今いる場所より少し下。お椀の底のように周りをなだらかな崖(というかほぼ坂)と明るい森に囲われたそこには、教会に似た…しかしそれを示すシンボルを持たない古そうな建物が一つ、静かに立っている。


それこそ物語に出てきそうなそれは趣のある外見だ。

とはいえ手入れ自体はきちんとされているようで、立派な佇まいは少しも損なわれていなかった。

近付くにつれて滲む荘厳さに自然と気が引き締まるくらいには。


「三神、ここって?」

「僕が受け持っている孤児院ですよ。暇そうでしたし、読み聞かせでもして子供達の相手になってもらおうかと思いまして。…まさか、"記録者"ともあろう方が自分の言った言葉をお忘れでしたか?」

「失礼な。ちゃんと覚えてるよ」


初対面の時、何冊かの絵本を渡されると共にいつか読み聞かせをして欲しいと言われ、私は確かに是を返した。

それはしっかり覚えているけど…まさかその"いつか"がこんないきなり来るとは思わないじゃないか。


…なんて、ね。分かってる。

たぶんだけど、あの合宿以降引きこもり傾向が顕著な私に気でも遣ってくれたのだと思う。三神の性格を考えると意外ではあるけれど、さすがにタイミングが良すぎるからね。


それにしても、と私は孤児院をじっと見つめる。

何かが頭の片隅に引っ掛かっている気がするのだ。

既視感というか、何というか…

ただ、こうも曖昧なら少なくとも"記録"にはない事だろう。

となると、『ソノヒ』よりも前に…


「木の真似して突っ立ってないで、行きますよ」

「えっ!?あ、待って!!」


すたすたと私を置いて行く三神へ小走りになりながら…クソッ、足が長い!

心中で悪態をつきつつ付いていくと、建物正面の大きな扉の前までやってきた。

そびえ立つそれは建物本体に比べると少し新しそうで、ここだけ後から取り替えたのだろうことが察せる。


とはいえ古いことには変わりないらしく、ギィィといかにも雰囲気のある音を立てながら三神二人分くらいはありそうな扉は開かれた。


「わぁ…!」

瞬間、目に飛び込んだ光景に感嘆の声をもらす。


まず眼前に広がっていたのは荘厳な聖堂だ。

何列にも並ぶ木製の会衆席は独特の艶を損なうこと無く佇んでおり、高い窓から注ぐ光でどこか神秘的に光っている。

そんな会衆席を左右にしたがえて伸びる真っ直ぐな通路の先には主祭壇があり、左側には小ぶりながらも立派なオルガンが鎮座していた。

うーん…今にも讃美歌の一つでも聞こえてきそう。


しかし私が感動した一番の要因は、それらよりもずっと上にあるものだ。

あいにく私は宗教学に詳しくないから、それが何を表しているのかはよく分からない。

けれど、そんな私でも目を奪われ心が震わせられるような…美しく神々しいステンドグラスが、正面の壁にはめこまれていた。


差し込む光が色とりどりに装いを変えて出迎え、まるで祝福でもされているような暖かさが心にともる。

夏を取り込んだそれは眩しいくらいではあるものの、目にも楽しく鮮やかな色のハーモニーはため息が出るくらいに素敵だ。


よく一つの絵画のようなという表現を見るけれど、成る程…納得したよ。きっと今こそその表現がピッタリだろう。

そのくらいに感動的な光景なのだ。


それにしても、この造りを見る限りやはり建物の外見通り元は教会だったのだろう。

その証拠にステンドグラスグラスの更に上には、うっすらとそこにシンボルマークが飾られていたのだと物語る日焼け後が刻まれている。


ステンドグラスに見とれていると、パタパタパタ…といくつもの軽い足音が奥の方から聞こえてきた。

何だろうと思いつつオルガンの反対側…向かって右側の奥に備え付けられた扉の方へ目を向けると、突如としてのそれがバン!と乱暴に開かれたではないか。

そして、勢いで跳ね返った扉をもう一度押し退けるようにしながらわらわらと子供達が雪崩れ込んできた。


『いんちょー!!いんちょーだー!!』

『おっかえんなさーい!!!』


「おっと…こら、人に飛び付いてはいけないと言っているでしょう。ほらほら、貴方も服を引っ張らない。貴女は足を踏まないでください」

一人の女の子が飛び付いたのをきっかけに僕も私も続き、瞬く間に三神は子供達に囲まれてもみくちゃにされ始める。見事にお団子状態だなぁ…


抱きつかれ、べちべちと叩かれ、体をよじ登られ、服を引っ張られ、足を踏まれ…

止めた方がいいのかと心配になるくらいに好き放題されながらも、彼は見たことも無いような慈愛の表情を浮かべていた。


持ち上げかけた手を下ろし、呆気にとられながらその様子を眺める。

それは、私の知る"アイツ"からも彼からも到底想像がつかない…あまりにも穏やかな暖炉の火に似た暖かさ。

純粋に幸せを形にして写し取ったような光景だった。


"記録"に焼き付けるようにその姿を見つめていると子供達は私の存在に気づいたようで、大きな瞳を各々ぱちりぱちりと瞬かせる。


「いんちょー、しらない人がいるよー?」

「おねーさんだぁれ?」


すすすと三神の影に隠れてしまった子供達に私はひっそり感心した。

知らない人への警戒をよく言い聞かせてあるのだろう。小さな子達は好奇心を宿しながらも無闇にこちらへ駆け寄ったりはせず、大きな子達は小さな子達を隠すように前に立って品定めするような眼差しを向けている。


そんなに子供達を相手に、私は迷うこと無くその場にしゃがんで床に膝をついた。

体はあまり伸ばさず出来る限り目線を合わせて、勿論笑顔は忘れずに。


「初めまして。お邪魔してます。私は栞里っていうの」

「シオリ、おねーさん?」

「うん。今日は院長さんに誘われて遊びに来たんだ」

そういった途端、子供達の目がぎょっと見開かれて私を突き刺す。

え、何!?何かまずいことを言っただろうか…?


「おねーちゃん、いんちょーのともだち!?」

「え?」

「院長ともだちいたの!?」

「し、知らなかった…院長にも友達がいたなんて…!」


え、そういう驚き???

三神お前…子供達に友達もいない寂しい奴だと思われてんの??

憐れみを込めて目を向けると、彼は心底嫌そうな顔をした後一つため息をついた。


「どういう意味です皆さん…前にも一人連れてきたでしょう」

「あれはかいじゅーさんだっていってた!!」

「自分で"あー…ハイハイ、俺は怪獣でーす"って!!」

「久夜…そう言えばそうでしたね」

「合ってる合ってる」


成る程一ノ世ってば自分のこと分かってるじゃないか。

まぁ私に言わせれば、あれは怪獣というか災害か何かだと思うけどね。


「すごいすごーい!いんちょーのともだちだぁ!」

「良かったー!」


どうしよう。純粋無垢でキラキラした瞳が眩しいと同時に痛い。

友達がいることを小さな子達に喜ばれるって…三神が不憫でならないのだけど。

というか、私と三神が友達と呼べる関係でないことをどう訂正しようか。

肯定も否定も口にするだけなら簡単だけれど…前者は三神の心情を考えると憚られるし、後者は子供達をガッカリさせてしまうだろう。


去就に迷っていると、彼は小さく息を吐いて足にしがみついていた子供の一人を抱き上げて代わりにと口を開いた。


()()()()()。ですから、目一杯遊んでもらいなさい」

『わーい!!!』


チラリと私を見た炎色は何を悩むのかと言いたげで、ただでさえ穏やかじゃない心内が尚更波立っていく。

友達だ、と彼の口から明言されたワケではない。

けれど…その場凌ぎの詭弁だとしても、だ。

三神がそれと認めるような発言をするだなんて思わないじゃないか。

驚くなという方が無理な話でしょ?何せ女嫌いを豪語している人物なのだから。

例え嘘にしたって嫌でたまらない筈なのに…何で私よりケロッとしてるのコイツ。


悩んでいた自分も、ちょっと嬉しく感じた自分も馬鹿みたいだ。まったく。


まぁ三神の思惑通り…かは知らないけれど、結果として"院長の友人"というレッテルのおかげで警戒を解いた子供達が一気に壁を取り払った。

その顔は喜色に溢れていて、確かにこの表情を引き出すためなら多少の誤解なんて些事かもしれないと思ってしまう。


「じゃあじゃあ、おねーさんとあそんでいいんだよね!?」

「やったやった!!」

「遊んでくれるんだよね!?おねーちゃん!!」


三神によって冬の日本海のように荒れた心を無理やり静め、私は期待たっぷりの顔でくいくいと服を引っ張り始めた子供達を優しく撫でた。


「勿論!遊んでくれると私も嬉しいな!」


その言葉で花を咲かせるように顔を輝かせた子供達に、今度は私が囲まれる番となる。

さすがによじ登ってくる子はいなかったけれど、ぎゅむぎゅむと四方からかかる圧によりおしくらまんじゅう状態だ。


「遊ぼ!遊ぼー!!」

「なにするー?」

「ずるい!わたしがさきだもん!」

「おねーちゃん抱っこ!」

「あっちにね、おもちゃがいっぱいあるんだよ!」

「行こう!お姉さん!」


おぉっと、最初から元気いっぱいに飛ばすね…

果たして私の体力が最後まで持つのか不安しかないのだけれど、一先ずは皆に手を引かれながら大人しく付いていくことにした。


歩きがてら三神が教えてくれたけど、ここはやはりというか元教会だったのだそう。

先程いたのが元主聖堂。そこから裏へ続く扉をくぐり、元懺悔室だという部屋の前を通りすぎた先には中庭とそれを囲う廊下が続いていた。

おそらくではあるが、"凸"という文字を逆さまにしたような形をしているのではないだろうか。


一階は元々教会として使われていた時代の部屋を改装したらしく、元小聖堂を子供達のプレイルームとして使い、元食堂はそのまま食堂として使っているそう。他の細々した部屋はもっぱら倉庫にしているとのこと。

二階部分は後から増築したもので、二三人グループで割当てられた子供達の寝室があるみたいだ。


ちなみに、三神の生活空間となる院長室は元主聖堂で私達がくぐった扉の反対側…オルガン側の扉の先にある元香部屋を改装して使っているらしい。


子供達との会話に紛れてそんな説明をもらいながらたどり着いたのは、元小聖堂ことプレイルームだ。

会衆席など元々あったものは悉く取り払われ、代わりにとでもいうのか転んでも痛くなさそうな敷物が床を覆い尽くしている。

そこにはもう教会の面影はほぼほぼ無いけれど、窓代わりにはめられた小さなステンドグラスだけはその存在を主張していた。


「おねーさん!かくれんぼしよー!」

「ダメ!おねーちゃんはおままごとするの!」

「ご…ご本を、読んで、ほしい」

「はー?わかってねーな!鬼ごっこに決まってんじゃん!」

「中庭で木登り!きょうそーしようよ!!」


聖徳太子って凄かったんだなぁと現実逃避しながら、揉める子供達を眺めて苦笑する。

まさか私なんかが取り合いされる日が来ようとは…

いや、大変ありがたい名誉だけれど。


皆でふくふくな頬を膨らませながら言い争う様子は、真剣な彼らには悪いもののとてもほっこりしてしまう。子供の元気な姿ってやっぱりいいなぁ。


『おねーちゃん!!どれがいい!?』


なんて余裕をこいていたのが悪かったのか、皆にずいっと詰め寄られてしまった。

少し考える素振りを見せた後、私は人差し指を立ててありきたりな提案を一つおとす。


「じゃあ、じゃんけんで決めよっか」


言った瞬間に真剣な顔つきになった子供達は誰からともなく輪になって、元気いっぱいに声を揃えたのだった。


『じゃーんけーん…ポン!!』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おねーさんは"タマ"ね」


熾烈(?)なじゃんけん大会の結果、スタートを飾ることになった栄誉ある遊びは女の子の定番…ズバリ、おままごとである。


「"タマ"…?」

「ねこちゃんだよ!」

「ペットのねこちゃん!!」


おっと最初の配役から既にハードルの高いものが来たぞ。まさかの人外。

というか、犬ならまだよく聞くけれど…お猫様か。まぁ、好きだからそこは構わないんだけどね。


「んっふふふ!!ここでもペット扱いとは」

「"も"って何!?」

「さすがは僕の自慢の子供達ですね。見る目がある」

「ちょっと!スルーするな!」


クツクツと笑う三神を問いただしたいのは山々だったけど、準備を終えたらしい女の子勢が早く早くと急かすので結局不穏な言葉の真意は有耶無耶になってしまった。


えっ、私って周りからどう見られてんの??一ノ世のペット??冗談じゃない!!

…でも確か、松ヶ崎とかいうあのオッサンもアイちゃんを"飼っている"って言い方してたっけ。

もしや"記録者"ってそういう認識なのだろうか。それは…なんとも嫌な話だ。


考えたら気が沈みそうだったので一度頭を振って不快な思考を追いやり、私は目の前の可愛い子供達に集中することにした。


「じゃあ、パパが帰って来る所からね!」

「いっくよー!さん、にー、いち…始め!」


パチン!とカチンコ代わりに手を叩いた子の合図で皆が動き出す。

役のない子達が三神の足元に集って監督のように腕を組み、ワクワクとした視線を向ける先にあるのはカラフルな色使いのレジャーシートだった。そここそ此度の舞台である。


床に広げられたシートの上には木やプラスチックで作られた小さな包丁やまな板、マジックテープで半分同士がくっついた丸っこい食材がころころと転がっていて大変可愛らしい。


うさぎさん柄のエプロンを身にまとったお母さん役の子は、その中から包丁、まな板、人参を手に取った。器用に猫の手で食材をおさえながら、トンと…実際にはシャリという音ではあったがそこは想像力でカバーしつつそれを切ってお鍋に入れていく。


そして私は、そんなお母さんの隣で何故か手渡された毛糸玉を膝上にて転がしながら正座待機している。

丸くなって寝てていいよ!と言われたのだけれど、丁重に遠慮させていただいた結果だ。

ごめんね私、猫ちゃんみたいに綺麗に丸くなれるほど体柔らかくないんだ…

と、毛玉を弄りながらボゥっとお母さんの手元を身ていると、レジャーシートに一人の男の子が近付いてくる。


「たーだいまぁ」

「あら、おかえりなさい!」


間延びした声をかけてきたのはお父さん役の子。

お母さんはそれにサッと立ち上がり、どこか弾むような足取りで彼を出迎えに向かった。


「あなた、今日はおそかったのね」

「あぁ、のみかいがあってなぁ」

「あら、じゃあご飯はいらない?」

「やだ。たべるもん」


お父さんが最後若干子供に戻ったけど、二人とも演技力凄くない??

フリで鞄を押し付けスーツを脱ぐお父さんに、同じくフリでそれらを受け取る母さん…息があったやり取りは見えない実物まで見えてきそうである。


そんな仲睦まじい夫婦のやり取りをしながら、お父さんは我が家…つまりレジャーシートに足を踏み入れた。

さてと…お猫様役を賜った私であるが、ここはどういうアクションが正解なのだろうか。


犬ならまず間違いなく帰って来たお父さんに駆け寄ることだろう。所謂出迎えというやつだ。

対して猫はどうか?さすがに犬のように駆け寄るイメージはないけれど、一応は出迎える…ものなのかな?


演技派な二人に触発されて真剣にお猫様問題に悩んでいると、私が答えを出すよりも先に場の空気がガラリと変わった。


「ちょっと…!あなた!!!」

「あ?なんだよきゅうに大声出して…」

「なんだ、じゃないわよ!!」

「ちょっ!?まっ…ぐぇ」


突如お母さんがキンキンな怒鳴り声をあげたかと思えば、なんとお父さん子の胸ぐらに掴みかかったではないか。ヤンキーも真っ青な勢いにお父さんも訳がわからず目を白黒させるのみ。

外野の子達はなんだなんだと目を輝かせて体を前に倒している。


え、本当に何事??お猫様について悩んでいる場合ではないぞ私。流れについて行けてない。

考え事をしている間に一体何があったの??


皆を混乱に突き落としたお母さんは次の瞬間、片手は未だ胸ぐらを掴んだままにビシィ!と効果音がつきそうな勢いでお父さんの襟元を指差した。


「これ!ココよ!!」

「く、首がどうし…」

「とぼけないで!この、チューした跡!どういうことよ!!」

「はっ!?ま、まってくれ…!これには深いわけが…!」


いや、内容!!

途中"チューした跡"とか妙に可愛らしい表現入ったけど、ベッタベタの修羅場じゃないか!!


私は猫は猫でも宇宙猫になりながら三神へと目を向ける。

ちょっとおたく、どういう教育をしてんのかな?と問いかけた視線に対し、彼はそっと目を背けた。おいこら、知らんぷりするな。

何?昼ドラでも見て育ってるの?ここまでベタなやつ、むしろ昨今では見かけなくない??


「あなたはいつもそればかりじゃない!…もうイヤ。あなたなんか知らない!でていって。…でていってよ!!」

「まって…!話を、話をきいてくれよぉ!!」


すがり付くお父さんを振り払い、とりつく島もなく背を向けたお母さんはふんす!と鼻息荒くレジャーシート(舞台)から退場していった。

手を伸ばしても届かず、やがて膝から崩れ落ちるお父さん。これがステージなら明かりが消えてお父さんにスポットライトだね。


「あ、あぁぁぁ…っ。こんな、こんな筈じゃなかったのに…!」


お母さん役は勿論だけど、お父さん役の子もノリノリだな…

舞台上には項垂れながら嘆くお父さんと、どうすることも出来ずに毛糸玉を手に固まる()だけが残された。いや、マジで置物になるしかないでしょ。

あの修羅場中ににゃあと甘えに行ける猛者がいるか!?それが出来るのは本当のお猫様くらいだよ!!


「う…う"ぅ…タマぁ…おれは、これからどうすれば…」


おっと噂ををすれば…

タマにもスポットライトが当てられてしまった。どうしろというのか…こっちが聞きたい。

…えぇいままよ!悲しみにくれるお父さんの手にちょこんと指を乗せ、私は羞恥を押し殺しながら口を開いた。


「にゃ…にゃあ?」

「ん"っっっっふ!!!」


おのれ三神め…!!思いっきり笑いやがったな!!

かの親友の為に走った男よろしく激昂するも、まだレジャーシートの上(舞台上)にいる私が怒鳴り付けることは出来なかった。

単純に、話が進んだためだ。


「タマ…!教えてくれ。おれは…おれは、どう…っどうしたら…!」

「に"ゃ…にゃごにゃ…」


お母さんにしたのと同じようにすがり付いて、ぎゅっと服を掴むお父さんに顔をひきつらせる。

いや…あのね?猫にドロドロした家庭の相談されても困るのだけど…

これが本家のお猫様ならにゃあと一鳴きしてそっぽを向くなり、そんなことよりご飯寄越せと甘えたりするのだろうが、さすがに今はそんなリアルさを求められてはいない。


そう考え至った私はリアリティの追及を隅っこに捨て、こちらの心を締め付けてくる演技派なお父さんの頭をポンポンと慰めるように撫でてみた。

すると、まるで立場が逆転したかのように彼は私の手にすりすりと自分からすり寄って来たではないか。何それ可愛い。


そして満足したのかゆっくり顔をあげたお父さんは、撫でていた私の手をきゅっと健気に握りしめた。

ちょっとお父さん、お父さんの皮をどっかに落としてきてますよ。


「タマ!!」

「にゃあ…?」

「おれにはもうタマだけだ!タマ…おれと遠くにいこう!!」

「に"ゃ!?」

予想の斜め上をいかれ、私は持っていた毛糸玉をポロっと落とす。どうしてそうなった。


さぁさぁと引っ張ってくるお父さんにうながされ、困惑しながら立ち上がろうとした…が、ぐいっと反対側の腕が思い切り引かれてバランスを崩し、中途半端な体制のままで振り向いた


「ふざけないでちょうだい!!タマは…タマはわたしの子よ!!!わたすものですか!!」

お母さん包丁!!!包丁置いて!木製だけど!!

違うドラマ始まっちゃうから!!


「家はでてく。しかしタマはおれがもらう。タマはおれの方がすきなんだ。さっきも撫でてもらったしな」

お父さん火にガソリンぶちこまないで!!なんでマウントとりにきた!?


「きぃぃ!!タマはぜったに渡さないわ!あなたはひとりで出ていきなさいよ!!」

「なんだと!!」

「なによ!!」


わぁ…どうしようコレ。お二人さん、タマ()で修羅場加速させるのは止めていただきたい。

もういっそ"私の為に争わないで!"って言葉を期待されているのか?と思わずにはいられない。

というか…


『…』(じぃーーーー)

「ん"っ!…ん、ふっ!!……ふ…ふふふっ!」

視界の端でワクワクした目を向けてくる子供達(観客)がいるのは座に耐えないし、三神お前は笑いすぎだ。隣の子が不思議そうに見てんぞ。


「「タマ!!どっちとくらす!?」」


外野にかまけている暇はなかった。

来るだろうとは思っていたが、いざその時になってみると心の準備も対処法の準備も出来ていない現実にぶち当たる。

一周回ってもうどうにでもなれという心境になった私はすぅ、と息を吸い…


「にゃ…タマは、タマは旅に出ますにゃ!野生に帰らせていただきますにゃ!!」

「「え!?」」


逃げた。それはもう分かりやすく逃げた。

ほら、"どっち付かず"が私の個性みたいな所あるし!

そんな謎理論を言い訳にしながらレジャーシート(舞台)から飛び出した私に、二人が手を伸ばして悲しみをいっぱいに顔へ張り付ける。


「ま、まって…!タマ!!!」

「おれが、おれたちがわるかった!!タマ!いかないでくれ!!!」

「「タマぁーーーーーーー!!!」」


わっと巻き起こる子供達の拍手ときゃあきゃあ響く楽しげな声に遠い目をして、いつの間にか壁際まで転がっていた毛糸玉を拾った。

大仰に礼をするお父さん役とお母さん役はとてもやりきった顔をしている。


…おままごとって、なんだっけ???


「んっふふふ!良かったですよ、タマ」

「引っ掻いてやろうか」

にまにまと馬鹿にした笑みを張り付ける野郎に毛糸玉をぶん投げたけれど、当然当たらなかった。チッ!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あの後も他のグループにもおままごとに誘われたものの、タマでメンタル削れた私は丁重にお断りして観客に回った。

そのどれもがドロドロした愛憎劇だったのは如何なものか…


お父さん役とお母さん役が仲睦まじくあーんと食べさせ合いをしているのかと思いきや、本妻役が般若を背負って乱入した事で不倫現場だと気付かされたり…


社内恋愛もので二股どころか五股していたと発覚した男が女性陣に復讐されたり…


AくんはBちゃんが好きで、BちゃんはCくんが好きで、CくんはDちゃんが好きで、DちゃんはAくんが好きで、BちゃんとDちゃんは姉妹で、AくんとCくんは親友…という矢印過多な四角関係が繰り広げられたり…


私が知らないだけでコレが今時のスタンダードなのだろうか。

そんな事を思ってしまったけれど、途中から三神も顔色を悪くして笑顔をひきつらせていたので違うらしい。

自分の感性が正しかったと安堵すべきか、子供達が吸収してしまった余計な知識を嘆くべきか。

まぁ、恐らく明日にでも昼ドラ禁止令が発足されることだろう。


そんな感じで大人の心に影を落としたおままごとだったが、子供達は満足したのか実に晴れやかな顔で次の遊びをしようと提案してきた。

三神が秒でそうしましょうと返した事に若干引いたよね。気持ちは分かるが勢いのすごさよ…


さて、次なる遊びはズバリ…かくれんぼである。

今度は三神も参戦するらしい。というか…


「何か、ヤル気満々じゃない?」

「かくれんぼで負けるつもりはありませんので」

いや、お前が燃えてどうする。


重鎮集めて会議でもしていそうなキリッとした王子顔で語っているが、その薄い唇を震わせながら滑り落ちるワードは"かくれんぼ"だ。

違和感がひどすぎる。


「よーし!今日こそはいんちょー見つけるからなー!」


厳正なじゃんけんの結果鬼に決まった男の子が、びしっと音が鳴りそうな勢いで三神に指を突き付けて宣言した。

…が、すぐにその指は隣にいた年長の女の子に掴まれ、早急に下ろされることとなる。


私は開きかけた口を閉じて感心した。しっかりした子が多いんだね。

…しかし、指が折られそうな勢いで掴まれていたように見えたけれど…大丈夫だっただろうか。絶対痛かったぞあれ。

今は解放されているが、掴まれた一瞬凄い顔してたからね。


「んふふ、是非見つけてください。…見つけられるものなら、ね?」

「なにおぅ!いんちょーめ!ぜったい見つけるもんね!」

「楽しみにしていますよ」

「大人気ない…」


腹黒スマイルで容赦なく煽る三神に呆れながら、私はぐるりと部屋を見渡した。

かくれんぼ…地の利が無いから大変そうかも。

立ち入り禁止区域は院長室以外無いと聞いたのでそこは安心して動けるものの、だからこそフィールドはそこそこに広い。

どこに何があるかを見るだけでも隠れる為の時間を使い切ってしまいそうだ。


とりあえず、これまでに出入りした元主聖堂やこの場所にはパッと見隠れる場所がないよね…

さてどうしようかと悩んでいるうちにスタートの合図がかかってしまい、皆が一斉に動き出した。

やはりというか、プレイルーム(このエリア)に隠れようという子はいないみたいだ。


「いーち、にーぃ、さーん…」


鬼の子の可愛らしいカウントの声を背にして、私も一先ずはここから出ようと出入口を目指す。適当に目についた扉の先に隠れよう。

プレイルームから出て、さて右に行くか左に行くかと迷っていた矢先、私の手を小さな手がパシッと掴んだ。


「おねーちゃん、こっち!」

「え?…わゎ!?」


そのままぐいっと引っ張られ、勢いに負けた私は訳もわからずその小さな背中についていく。


「えっと、キミは…?」

「あのね!わたし胡来(ココ)っていうの!」

小走りになりながら声をかけると、大樹くんと同じかそれより小さいだろう女の子が、私の手を引いたまま弾けるように笑った。


「うん、よろしく胡来ちゃん。それで…どこに向かっているのかな?」

「とっておきのばしょ!おねーちゃん困ってたから、ココがたすけてあげるの!」

「…ふふっ!そっかそっか!ありがとう、嬉しいな」

「ほんとう!?えへへ!」


どうやら面倒を見たいお年頃らしく、頼りにしているねと言葉を重ねると目に見えるくらいに喜色のオーラを全開にする。

足取りもスキップ手前の弾み具合になりながら先導してくれる彼女の無垢な愛らしさに、私は自分の顔がだらしなくならないよう必死になりながらその背を見つめた。


やがて、さほど長くない道のりの末に一つの扉の前で胡来ちゃんは足を止める。

場所はプレイルームと同じ一階のフロア。逆凸型の建物全体のうち上の辺に位置する所だろう。


「ここは…」

「おじちゃーん!」


何のためらいもなく胡来ちゃんが開けた扉から、ぶわりと一気にお腹を刺激するいい香りが襲いかかってきた。

トントン、ジュウジュウ、グツグツと軽快に弾む音達に歓迎されながら扉をくぐった先は、どうやら厨房だったらしい。

広々としたそこにはしかし一人分の人影しか見当たらず、恰幅のいい男性だけが腕を奮っているようだった。


「おじちゃーん!おじゃましまーす!」

「ん?やや、胡来ちゃんじゃないか」

彼女が一際大きな声で叫ぶ。集中していた男性もさすがに気付いたのか、振り向いて小さな来客を視界にいれると優しく笑って腰を屈めた。


「またかくれんぼかい?」

「うん!あのね!今日はおねーちゃんもいっしょなの!」

「…おね…え、おねーちゃん???」


まるで聞いたことのない言語を聞いたような反応をして、顔の大きさに比べるととても可愛らしいサイズのつぶらな目が私に向く。

普通身長的に胡来ちゃんより私の方が目につく筈なんだけど、どうしてか視線が素通りしてったんだよね…なんでだろうか。

そんな事を思いながらペコリと礼をした私が口を開くより先に彼の黒豆に似た目がぎょっと開かれ、すっとんきょうな声があがった。


「…えっ!?お嬢さん、幽霊じゃなかったの!?」

「なんて???」


予想外の方向に勘違いされてるぞ…??

いやいやいや、何で?見るからに実体だし足だってしっかり地面踏んでるじゃん!?

しかし、深刻そうな顔でブツブツ呟かれた"何故女性が?"という台詞ですぐに勘違いの理由を察した。


これはあれだ…三神の深刻な女性嫌いを知ってる人なんだわ、この人。

知っているからこそ私という"女性"がいる事に驚き、信じられずに現実逃避を図ったのだろう。蕁麻疹でるレベルとは聞いていたけど…三神の女性嫌いはどんだけ酷いんだろうか。


「おねーちゃんはオバケさんじゃないもん!いんちょーのお友だちだもん!!」

「えぇ!?お、おと……友だ…え!?」

「あぁぁ!!あの!説明するので落ち着いてください!!」

胡来ちゃんの悪気ない追撃でとうとう持っていたお玉を落とし、ついでに意識も落としそうな程混乱してしまった彼に私は慌ててここに来た経緯や自分の事を伝えたのだった。


「…成る程。院長が珍しく人を連れてくるとは聞いていたけど…まさかまさか。いやぁ、すまなかったねお嬢さん。取り乱してしまって」

「いえ、大丈夫です。驚くのも仕方ないとは思うので」

「やや、そう言ってもらえるとありがたい。…子供達と遊んでくれてありがとうね。あぁ、そうだ!自己紹介がまだだったね。私は…」

「もー!おじちゃんばっかりおねーちゃんとお話しててずるい!はやくかくれないと見つかっちゃうよー!」


ぷっくぅとおもちのように頬を膨らませた胡来ちゃんにぎゅっと腕へ抱きつかれ、おじさんから遠ざけるように引っ張られる。


「やや、ごめんよ胡来ちゃん。いつものところは変わらず空いているからね。使っていいよ」

「わーい!おねーちゃん、いこう!いこう!!」

「あ、まって!ここで走っちゃダメだよ…!」


走ろうとする胡来ちゃんを窘めながら後を追うと、調理場の奥まった所に鈍い銀色の大きな棚に似た何かがポツンと置いてあった。

随分古いものらしく表面を覆っているメッキはそこかしこが剥がれて錆び付いており、観音開きの扉を留めている金具は見るだけでガタガタだと分かる。


「これね!ずぅっと昔のれーぞーこなんだって!こわれちゃってもううごかないの」

「へぇ…!こんなに立派なのに勿体無いね」


胡来ちゃんの隠れ場所と聞いてサイズ的な不安はあったけど、これなら何の問題もなく私も入れるだろう。

そっと扉を開けてみると、中は仕切りも棚もないがらんどうだった。二人一緒に身を隠すにしても充分なスペースだ。


一先ず私が先に中へ入り、体育座りの形で腰を下ろす。続いて、私にぴょこんと飛び乗ってきた胡来ちゃんを抱っこして…準備完了である。

タイムアップになったら調理場のおじさんが教えてくれるそうなので、あとはじっくり待つだけだ。

私達はしぃと口を揃えながら冷蔵庫の扉を閉めたのだった。


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