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幕間:ある昔話(モヌメントウム)


「ホゥ、ホゥ」


合宿の騒動を終え、闇深く仕事人すらも寝静まった夜陰の刻。

廊下の窓も入り口の扉も開いていなかったにも関わらず、図書室には一羽の侵入者があった。


暗闇の中でもぼうっと光っているように見える純白をまとうソレは、藤と黄金が日暮の空のように混ざった目をゆっくりと瞬かせながらくるりくるりと首を回す。


「ホゥ」


お面のように平たい顔には大きな目が二つと下向きに尖った嘴一つ。

世間的に言えば、ソレはフクロウと名の付く鳥に相違ない。


しかし、ソレをただ見た目通りフクロウと呼ぶには…あまりに異質であった。


ソレは鋭い猛禽の爪が付いた枯れ枝のような足をぴょこぴょこと跳ねるように動かし、悪夢に魘されているこの部屋の主…綴戯栞里の元へと近づいていく。

少しの羽毛を舞わせながらばさりと僅かに羽ばたいて簡易ベッドに飛び乗ると、鉤爪でしっかりベッドの枠を掴まえながら…酷く人間くさい仕草でため息を付いたのである。


フクロウがため息などつくのか?という疑問はあるが、この後に続くイレギュラーを前にすれば実に些末な話だ。


「ホーゥ。まったくえらい目にあったのぅ。よもや、『転移』の恩恵にあずかろうとして…」

〈げっ鳥!?デカ!?わー!来るな来るなシッシッ!あっち行け!俺は羽毛アレルギーなんだっ!ックシュ!ずび、お前のせいで能力が失敗でもしたら…殺される!〉

「…あんな理由で追い払われるとは思わなんだ」


もぞりと羽を動かして、酷使した羽根を労るようにはむはむと啄む。

さて、十人が十人なんて???と口にするだろうが、今の台詞は間違いなくソレ…鳥類の嘴から出た言葉である。

さも当たり前のような気軽さでもって、平然と喋ったのだ。


幸か不幸かそんな驚きの光景を見聞きするものはいなかったが。

唯一気付けたかもしれないこの部屋の住人も、悪夢に苦しむのみで目を覚ます様子は無い。


「…ぅ……ご、め……ね…っ…マオ、ちゃ…切…くん」

「ホホゥ、やれやれ。ぬしが謝る必要なぞ無かろうに。難儀な子じゃ」


器用にも羽根で溢れる涙を拭ったソレは、ふくふくとした羽毛100%の腹を慰めるように栞里の頬へ押し付けた。

その暖かさからか彼女の表情が少しばかり緩む。


「ホゥ。ぬしは何を悔いておる?…否、恐れておるのか。よもや、己というイレギュラーがこの悲劇を手繰り寄せた…などと思ってはおるまいな?」


くるりくるりとソレは、首を回す。

不思議な色合いの目が光もないのに冷やかに煌めいた。


「逆じゃ。逆なのじゃよ」


嘴をそっと栞里に擦り寄せる姿は愛情に溢れ、確かな慈しみをもって大きな目は瞬く。

そしてソレは、短くホゥと一鳴きした。


するとその声に呼応するように、虚空にふわりと豪奢な装飾のなされた分厚いハードカバーの本が現れたではないか。

装飾はまるでカラクリのようで、一定の速度でカラカラカチカチと歯車が回る様は時計を透かして見ているよう。


そんな機械じみた装飾と金属で覆われたあめ色の本からバツンと止め金が外れたかと思えば、ゆっくりと百科事典に勝るとも劣らない量のページが開かれてアコーディオンのベローように咲いていく。


「ぬしは誇ってよい。本来なら"此度の件"はこの程度の犠牲では済まなかったのだからのぅ」


バラバラと流れるページの中から一枚がヒラリと剥がれ、不規則な軌跡を描きながら栞里の体に落ちると…すぅと吸い込まれるようにして消えた。


途端、外からは見えない変化が彼女の身に起こる。

血にまみれた悪夢が"何か"に食い潰され、塗り替えられていったのだ。


栞里の浮かべる表情が変わったのを見届けて、ソレは彼女の傍らで羽根を休めるべく目を閉じた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…ん?んん???」


瞬きの間に変貌した視界に、栞里は思わず変な声を上げる。


床は勿論壁から天井まで血が飛び散り、ぴたりぴたりと赤が滴っているロッジと中に転がる死体…そんな光景が広がる悪夢にいた筈なのにと混乱し、夢の中で頬をつねるというベタな事をしてしまった。当然痛くはない。


いつの間にか彼女がいたのは、どこかつまらなそうな空気が流れる部屋の片隅。

中央を占領する長い机の上には何枚もの書類が広げられていて、それを囲うように数名の人影が困惑に呻きながら顔を向かい合わせるように座っていた。

顔と言っても黒い鉛筆でグシャグシャに塗りつぶされているようで表情はまるでわからず、ただただ気味が悪い。

そんなわけで人物はさっぱりであったものの、栞里はこの部屋に見覚えがあった。


「学園の会議室…だよ、ね?いやいや何で?」


先程までは珍しく正しい意味での悪夢を見ていた彼女は、一変したコレがただの夢ではなく"記録"であることを本能的に理解している。

伊達に常日頃夢代わりに己の"記録"に蝕まれていないのだ。


勝手に『開示』され、その中を彷徨っているのもその自覚があるのもいつものこと。言ってしまえば普段通りに戻っただけではあるのだが…今回ばかりはどうにも様子がおかしい。


「…こんなの、"知らない"んだけどなぁ」


まったくといって覚えのない"記録"が『開示』されるなど有り得ない筈。

けれど目の前に広がる"記録"を、栞里はいくら頭の中をひっくり返して探しても見付けられなかった。


僅かに警戒を滲ませたものの、所詮は夢…というより精神世界。

自分そのものに害はないし、あったとしても死ぬことはないだろう。

何より、これは大丈夫だという根拠の無い自信がどこかから湧くのだ。


「なら、まぁいいか」

どうせ出来ることもないのだ。いつもの『開示』だって自分では止められないのだから。


栞里が静観の姿勢をとったのを見越したように、止まっていた"記録"が動き出した。

ガサリと書類の束を手に取った誰かが声を発する。


《…では、被害者についてですが…中等部一年、瀬切・猫,担任の槝木。行方不明者として門倉。

高等部一年、蘭・郷本・宮脇・谷田部・野々瀬・フェリーエ,担任の藤江。

高等部二年、綿貫・真鶴・ラウヴィス・花ケ崎,担任の燕,実習生の久木。

それと、見学として各クラスに同行していた小学生、入野・潮田・川根・ロールス・笹平・田所・新山・棗・桃ノ本・丸目・成松・兼原…以上、に、二十八名…です》

《に、二十八だと!?》


栞里はそのつらつらと流れていった名の羅列にまさかと書類を覗き込み、ひゅっと息を飲んだ。

そのあまりの多さに、だけではない。

すべての名に聞き覚え見覚えがありすぎたからである。

瀬切、猫、槝木は勿論のこと、それ以外もすべて。


まず見学として同行していたという小学生。

そのうち、入野・潮田・川根・ロールス・笹平の五人は今回被害にあった中等部三年生の名前だ。

田所・新山・棗は現中等部二年生。

桃ノ本・丸目・成松・兼原は現中等部一年生。

栞里が合宿用にと渡された名簿で見た名前とまったく同じだった。


更に教師陣の名前も皆合宿用の名簿で見た名前に相違ない。

ただし、受け持っていた学年はさすがに違っていた。

燕先生は現中等部三年生、藤江先生が現中等部二年生、久木先生が現中等部一年生の担任である。


そして、最後に学生の名前。

高等部に連ねられた名前はすべて、合宿では引率者の欄に書かれていた名前だったのだ。

中等部三年生の引率者として蘭・郷本・宮脇。

谷田部・野々瀬・フェリーエは中等部二年生の引率者。

中等部一年生の引率者に綿貫・ラウヴィス。

そして高等部二年生の引率者…殺されていた青年は真鶴。花ケ崎は槝木に追い払われてそのまま島に帰った者だ。


これは、どういうことか。


栞里はうるさく鳴る心臓を抑えながら書類見出しに目を向ける。

書かれていたゴシック体の文字は、実にシンプルなものだった。


"合宿被害者リスト"


猫や瀬切の学年を聞いて疑問を感じていたが、書類に記された日付を見て栞里は確信する。

覚えがなくて当たり前だったのだ。何せこれは…


「"あっち"でも起こってたの…?この、合宿の…」


栞里の世界で起きた、『ソノヒ』より一年前の悲劇の"記録"なのだから。


「でも…え?何で…?私、こんなの知る筈無いのに」


当然ながら栞里は混乱するものの、コレが嘘でも何でもないことは痛い程分かっていた。

彼女は"記録者"なのだ。『開示』された"記録"を疑う無意味さは一番に理解している。


一体誰の"記録"なのか。

何故己に『開示』されたのか。


分からないことだらけの中で、栞里は自分を落ち着かせるために深く呼吸を繰り返す。

この"記録"の続きをしっかり刻むために。

このイレギュラーに対し、彼女はチャンスだと…そう思ったから。


知らなかったことを、知れなかったことを知るためのまたとないチャンスなのだ。

呆けているなど勿体ない。

そう己を律した栞里の前で、やり取りは尚続いていく。


《中等部二年と三年は無事だったのか》

《二年は合宿所の不備により途中帰還。三年は一人しか居ないため合宿には不参加でした》


どうやら九重至と熊ヶ峰二菜は途中で学園に帰り、五月雨祈は今回の水季クレアと同様に居残りだったらしい。

故に皆は無事であり、しかしだからこそ…元気に暴れまわって『ソノヒ』を起こしたということになる。栞里は複雑な気持ちになった。


《不幸中の幸い、か。しかし全滅を免れたとてこれは…》

《一日二日でここまでの被害とは…前代未聞だ。"最悪の世代"より酷いぞ》

《それで、犯人は?》


ピタリとわいわい飛び交っていた話し声が止み、最初に被害者リストを読み上げた者へ皆注目するように顔を向ける。

それにビクリと体を震わせた人影はただでさえ猫背気味だった背を更に丸めて、蚊の鳴くような声で残酷な答えを紡いだ。


《…ふ、不明、です。痕跡もなく…追及は、絶望的との事…でした》

《なんと…》

「そんな…」


気の毒そうに顔を伏せる面々に混じって、栞里はショックで口を覆う。

三十人に近い犠牲を出しながら打つ手無し。

そのあまりにも酷い現実に吐き気がしたのもそうだが、黙って受け入れる面々に無意味と知りながら怒鳴り付けそうになったから。


まぁ、彼女の代わりに怒りを吐き出す人物が直ぐそこに迫っていたのだが。


お通夜みたいな空気が流れる居心地の悪い空間の向こう側…廊下の方が騒がしくなったかと思いきや、突然蝶番ごと扉を吹っ飛ばして一人の青年が現れたではないか。


《っ!!ふっざけんな!!!!》


その顔に黒い塗りつぶしはなく、ハッキリと憤怒を湛える人物が見えて栞里はぎょっと目を丸くする。


「一ノ世…?」

感情を剥き出しにした、彼女が知るどの彼よりも幼さの残るその顔は…間違いなく一ノ世久夜その人であった。


《黙って聞いてりゃさ、ふざけんのも大概にしろよ!!二十八人!?二十八人だぞ!!そんだけの仲間失っといて、犯人は分かりません?探せません?それで済むワケねぇだろ!!》

《久夜!落ち着いてください!!》

《うっわ力強っ!?ちょ、暴れるんじゃないのヨ!》


今にも飛びかかりそうな久夜を後ろから三神聖と稲荷田八丸が二人がかりで止めるのを、栞里はただ呆然と眺めるのみ。


「…泣いてんの、一ノ世…?」


仲間思いであることは聞いていたし、ソレが嘘でないことも理解はしていた。

それでも栞里は、感情のままに涙すら流すほどだとは正直思ってもいなかったのである。


まるで別人のような勢いで悲しみ、怒り、悔やんでいるその姿は栞里が知るどの一ノ世久夜とも重ならない。

"あちら"で世界を壊していた彼とは違う。

"こちら"で共に鎮魂歌を奏でた彼ともまた違う。

どの彼よりも強く、感情に熱を帯びているのだ。


《離せ!!お前らだってさ、思うとこあんだろ!!こんだけ仲間が居なくなったんだぞ!!俺らん時より酷いじゃねぇか!クソ!殺してやる!犯人ってのを、惨たらしく潰してやらないと気が済まねぇ!!》


栞里がその顔に手を伸ばしたのは半ば無意識だった。

ぼろぼろと落ちる雫を見て見ぬふりは出来なくて。

たとえその指の先が忌み嫌う"彼"であったとしても…どうせ触れられないことは分かっていたから。分かっていたからこそ手を伸ばせたのだ。

案の定すり抜けたそれを握りしめれば、栞里は言い様の無い痛みと熱を感じた指に奥歯を噛む。


《…はぁ。そうは言っても、手掛かりが無い以上どうしようもない事は貴方だって分かっているでしょう》

《そ、れは…!》


対怪異に関しては双方情報共有や避難経路の確保など歩みを揃えられるくらいの関係を築けている一般人と能力者であるが、人間相手…犯罪周りにおいては決して対等な関係ではなかった。


能力者が一般人の事件を手助けすることはままあるのだが、基本的に一般人の警察組織は能力者の手助けをしてはくれないのである。

特に能力者が容疑者とされる事件の場合、凡人には能力者なぞ手に負えないからという理由で一考の余地もなく断られるのだ。


何かしら目に見える痕跡さえあれば話は違うだろうが、手掛かりが何もないとなると…人手も鑑識等の専門知識も無い能力者側は悲惨である。

もとより、仲間とはいえ他者の復讐に燃えるような心を持ち合わせていないのが能力者だ。手掛かりが無い時点で打ち切るのが常だった。一応警邏だけは仕事として動くが…その程度なのである。


《けどさ!これで泣き寝入りとか…有り得ないでしょ!?》

《…すみませんが、久夜》


ふーふーと荒い一ノ世の呼吸だけが満ちる中、聖がまるで小さい子供を諭すように静かにゆっくりと声をかけた。


《僕達は、貴方と同じ感情を共有出来ません》

《…ッ》

「えっ…」


分かっていたように唇を噛む久夜と違い、栞里はただその明確になされた線引きに戸惑いを見せる。


《勿論悲しくはあるのヨ。ムカつきもする。でも…そこまでなのヨ。個人的に犯人に興味はあるけどね、わざわざ躍起になる程じゃないのヨ。おじじも"時には諦めも肝心"って言ってたのヨ》


同意するように頷く面々を見渡し、栞里は改めてあぁコレが能力者か…と渋い柿でも食べたような顔をした。


八丸や聖の顔に悲しみや怒りがあるのは間違いないのだ。ただ、それは深いところまで根を張ることはなく、栞里でいう憎しみのようにより強い感情へ転化されることもない。


確かに他人と言えば他人だ。

それでも、仲間と呼ぶ存在への態度にしては酷く寒いものだと彼女は思ってしまう。

普段なら有り得ないことながら、この場で久夜が一番まともに見えるくらいにはショックを受けていた。


《わ…るかった…俺さ、部屋…戻るわ》

《は?ちょ…!これから任務ですよ!?》

《そんなのさ、二人で行ってくんない?…今の俺、日本の地形変えるよ》

《…はぁ、分かりましたよ》


一気に機嫌が急降下した久夜はしかし、誰を咎めることもなくその場から足取り荒く去っていく。

この場では自分がおかしいのだと分かっていたから。


《これは…しばらく拗ねますね》

《って言うか、二人って…オレサマ任務じゃないのヨ》

()()()頑張りましょう、ね?逃がしませんよ》

《最悪なのヨ》


久夜が退出した直後から遠ざかっていく景色。ガラスのようにひび割れて崩れていく"記録"の世界。

どうやら『開示』が終わるらしいと悟りながら、栞里はその場にしゃがんで膝に顔を埋める。


コレを見るまで、栞里は"もしかしたら"の想像に苦しんでいた。

もしかしたら、今回の悲劇は自分が好き勝手に動いた皺寄せ…所謂バタフライエフェクトだったのではないか、と。

別に彼女は過去を変えているわけではない為当てはまらないのではと思うものの、複雑怪奇な状況だけに有り得ないとは言い切れなかった。


もし、仮にそうだった場合…学生達が死んだ一因は自分にあるのではないか。

一度首をもたげたその思考に栞里は怯えていたのだ。


しかし、今見た"記録"はそうではないと告げてきた。嫌な言い方をすれば、運命だったのだ、と。


「…ずるい言葉。"運命"なんて」


その言葉で少しばかり気持ちが軽くなってしまった自分を、逃げようとする自分を嘲笑う。

今まで得意気に七尾晴樹や五月雨祈の"運命"を否定してねじ曲げといて、今更何を都合良く受け入れているのか。

栞里は自分自身に吐き気がした。


「ごめん…ごめんね。私には、皆の『ソノヒ』を変えられなかった…っ。私、は…!」


自惚れていなかったとは言えない。栞里は"知っている"というアドバンテージに頼りすぎていた。

確かに栞里の"記録"は強力な武器だ。しかし、それだけでは足りなかったのである。


だって彼女は、ただの人なのだ。


救世主でも神でもない。

ただ復讐を胸に抱いて生きる醜くて小さな人間なのだ。

一人で抱え込んで出来ることなどたかが知れている。

もっと踏み込めば変えられたかもしれない。

もっと誰かを頼れば違っていたかもしれない。


それを確かに痛感して、けれど、と栞里は真っ暗な世界で涙をぬぐう。


「…私は、まだ止まれない。息をするために止まれないんだよ」


失ったものばかりだった。

しかし、だからこそ栞里は自分を戒めるように声にして宣言する。

忘れないよう刻み付ける為に。


「だから、もう間違えない。自惚れない。私は無力でちっぽけで、それでも思いだけは一丁前な…自分勝手な復讐者なんだ」


自分勝手な復讐だから一人でやるべきと無意識に背負っていた思いを放り捨てた。

自分勝手な復讐だからこそ、使えるものは何でも使うべきなのだから。

それこそ、好き勝手吹き荒れる嵐のように。


「もっと色々考えないと…うーん、誰か相談出来れば違うのになぁ。他者の意見は有益だから…。とにかく、まずはヒントを見逃さないよう気合い入れないとね」


だから、と栞里は黒い天を仰ぐ。


「今だけは、前に進むのを許して欲しい」


勿論ですにゃ!

行ってらっしゃいっす!

応援してるわぁ♥️


都合のいい幻聴か、はたまた別の何かか。

ただ栞里は耳に響いたその声達を一生忘れないだろう。


ぐっと意識が下に引かれるように一気に襲って来た眠気。それにバランスを崩し、彼女は尻餅をついた。


夢の中で寝るって何?と突っ込みながら、抗えそうにない波に任せて体を横たえる。

微睡みの中で何故か思い出されたのは久夜の事。


「…まるで、逆鱗に触れられた竜…だったな」


そう形容出来るくらいに凄まじい感情の発露であった。

それは"こちら"の彼よりはるかに強く、だからこそ不思議でならなかったのだ。

犯人が捕まったから?否、そんな筈はない。


《殺してやる!犯人ってのを、惨たらしく潰してやらないと気が済まねぇ!!》


あそこまで怒るのが仲間思いな一ノ世久夜の本質であるならば、"こちら"の彼もやはり怒り狂ってないとおかしいのだ。

"あちら"の犠牲者より少ないとはいえ、十を越える命が失われたことには違いない。

比較しないのであれば十分な悲劇だ。


栞里は殺気には敏感だ。たとえ隠していても、久夜の気が立っていれば直ぐに気付ける。

その彼女が…そんな久夜と"穏やかに"鎮魂歌を奏でていられるわけがない筈なのに。


「…違う…でも、何が…?」

確かに違和感は感じるのに、その原因は皆目検討もつかない。

ただ、"あちら"と"こちら"の久夜に何か決定的な感情の差があることだけは確かだろう。

それはまだ栞里の中で彼を二分するには至らないが…


「…もっと、ちゃんと…知りたい…な」

少しだけ、久夜への思いが変化したのは間違いなかった。


やがて栞里は深く深く本物の眠りに落ちていく。

それと引き換えるように傍らで目を閉じていたソレが目を開けた。


「ホゥ。確か…これは一番はじめの()()()()だったのぅ」

懐かしむよう目を細め、ソレはふるりと体を震わせる。


「ここであ奴と周囲に生じた小さな溝が、その後あ奴から"気付くための切っ掛け"を奪っていった。それ則ち崩壊の序文じゃ。…しかし、此度は違う」


くるぅりくるりと首を回したソレは酷く真剣な眼差しで眠る栞里をひたりと見据え、宝物でも触るようにそっと羽で涙の後が残る頬を撫でた。


「ホゥホゥ。"変革者"と"破壊者"は出会った。叶う筈の無かった奇跡がここにある。だから…どうか妾に、見せておくれ」


ソレが愛おしそうにキスをすると、まるで最初から何も無かったかのように暗闇の中へ溶けて消える。

ただ一枚の羽を、栞里の枕元へ残して。


(ふむ…ズレはおよそ()()といったところ、か。ならばこの世界のタイムリミットは…あと二年程かのぅ)


月夜のどこかでホゥと物悲しい声がした。


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