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12-4


生温い風が吹いた。

いっそみっともなく泣き叫べるくらいに身を突き刺す冷たい風が吹いてくれればいいのに。出来れば音すら奪うくらいに激しく。

そう、思った。


そうすれば狂った哄笑も狂った悲鳴も、人が死に行く生々しい音も聞かず…"記録"せず済んだかもしれないのに。


鈍色の空、灰色の大地と、錆のようにへばりつく酸化した赤銅色。

季節や時間すら曖昧にする薄暗い世界には、それでも雨は降らなかった。


《いやぁぁぁぁぁ!!!お母さん!お母さん!!!》

《逃げろ!!》

《あなた!置いて行かないで!!この子がまだ…っ!!》

《うるさい!!お前はガキと心中すればいい!!俺は死にたくな…ぎゃあぁぁぁぁ!!》

《ひ、あ、あぁぁぁ!!!》


《…っう"》

"人は慣れる生き物だ"という言葉を、私は『ソノヒ』以降信じていない。

この地獄に慣れる日など来る筈がない。

…いや、少し違うか。

慣れてくれるなよ、と私は私を呪っているのかもしれない。


慣れた方が楽と知りながら、それでも。

だってコレに慣れてしまったら…


《hahaha!いやぁきったないナァ!…下等種が、オレの服を汚さないデヨ!!》

《ぁ、あ"ぁぁぁぁぁ!!?》

《うるさいナァ。オレの耳が穢れるデショ。黙れヨ》

《ガッ……!…!?…ぁ》


毬のように足元へ転がってきた頭はただ立ち尽くす私を酷く恨めしそうに睨んでいる気がして、懺悔する資格すら持たない己の手のひらに爪を食い込ませた。


《アハッ!一ノ世クンとこの能力者もいい働きするナァ!あっちはすっかり綺麗になっテル!…おい、キサマもぼうっとサボってないで、しっかりワレワレの革命を"記録"してロヨ》


あぁ、そうだ。慣れてなどやるものか。

この怒りだけが、憎しみだけが、悔しさだけが…私が私であるための砦であり、私がアイツらみたいな怪物ではなく人間である証明だから。


元々私は別の能力者の"記録"の為、相も変わらず無理やり立ち合わされていたのに…

この男、ハロルド・オルデバロンがいつの間にか乱入してきて好き放題しているのだ。


コイツと会う時はいつもこんな感じ。

良く分からないが、コイツ単身の時に連れていかれた事はない。

誰かが臆病者だと揶揄した通り一人では動けない小心者なのか…まぁどうだっていいけれど。


《やめ…もう、お止めください…!何でもします!何でもしますから!!御慈悲を、御慈悲をっ!!》


聞こえた声の方へ目をやってぎょっとする。

窶れた女が自分のものか他者のものかも分からない血にまみれた体を引き摺って、アイツにすがり付こうと手を伸ばしているではないか。


それは、まずい…だってその男は…!!


《何だ、穢らわシイ。ゴミの分際でオレに近付クナ》

《どう、か…!どうか!…っう"、…っ、ゴポ》


内臓を損傷していたのか、女は数度えづいた後にビシャリと鮮血を吐いた。

よりにもよって、アイツの靴へと。


踞った女をソイツは開ききった瞳孔で見つめている。

ソイツのわなわなと震える唇とカタカタ震える体から溢れだしているのは、怒気では済まされない。殺気だ。


《Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!汚い!!汚い穢いキタナイ!!汚いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!Screw you(ふざけるな)!!Screw you(ふざけるな)!!!》


暴風のように吹き出すそれに当てられて足が震えているし、頭はやめろ無意味だと叫んでいるけれど…止まるためのブレーキを踏むにはどうにも遅すぎたらしい。


《やめて!!》


気付けば、女の前で腕を広げる私がいた。

正直私の足で間に合うとは思っていなかったが、頭をかきむしって発狂しているソイツはまだ剣すら構えていなかったのだ。


《…何してルノ。どいて。早くその汚物を、下等種を…目の前カラ、世界から駆逐しなイト!》


そう唾を飛ばして叫びながら、ソイツは女を庇っている私ごと一切の躊躇なく彼女を切り殺した。

女がしゃがみこんでいたせいか私は足を失っただけで死ぬことはなく、無様に瓦礫へ転がるだけ。


痛い。痛すぎて脳は焼き切れそうなほど熱いし、もはや声にすらならない。

けれど、それでも私はそのまま立ち去ろうとしたソイツの足をつかんだ。


振り返ったくすんだカーマインの虹彩は血走り、いっそう毒々しい赤に染まっている。


《どうして、殺すの。どうしてお前は、こんなに一般人を殺すの…!!!》


能力者なんて怪物を理解してやるつもりはないけれど、どうしてこうも理不尽に死をばらまかれねばならないのか。

そのくらいは知る権利はある筈だ。


どうせ死ぬだろう命をかけて、私は痛みを噛み殺しながらソイツを睨み付ける。

そんな私をソイツは何を言っているのか、と顔に張り付けて見下ろした。

まるでおかしいのは私の方だと言いたげに。


《優秀な種が劣等種を駆除して何が悪イノ?》

《…は?》

《キサマだってゴミは捨てるでショ。それと一緒。世界は生まれ変わるンダ。それなのに…嫌だろ、新居に劣等種(ゴミ)が転がってタラ》


軽々しく語られる言葉の意味が理解できず呆然とする。いや、理解したくなかっただけかもしれないが。


《…お前は、何がしたいの?》


エラーを起こしたままの思考を押しやり、私の口をついて出たのはただ純粋な疑問。

結局のところ能力者は…コイツは何を望んでいるのか、と。

それを聞いたソイツは一瞬きょとんと気の抜けた表情を晒したかと思えば、直後酔ったような顔に恍惚の色を乗せて答えた。


《ーーーーーーーーーーーーー》


聞いたところでやはり理解など出来ない。

けれど、確かに分かったことがある。


《…っは、はは!お前、馬鹿だよ》

《…は?》


良く言われる言葉で人間は地球のガン細胞とあるけれど…それならたかが数週間で生を悉く踏みにじり、世界を破壊していくコイツらは何だというのか。


コレが"優秀な種"?馬鹿も休み休み言ってほしいものだ。


《何が優れてる、だ。畜生以下の行いしといて、何が…!駆除されるべきは、能力者共(お前ら)だろ!》

《…何ダト?》

《だってそうじゃないか。何かを作り、生み出せる一般人と違って死と破壊しか振り撒けないくせに…!劣等種は…》


お前達だと続ける前に私の上半身はソイツお得意の見えない刃で切り離され、そのまま凄い勢いで蹴っ飛ばされた。


土台を失った胸像のように瓦礫の海で転がった私が意識を落とす間際、折り重なるコンクリートの隙間に季節外れの蝉の抜け殻を見つけ…カナカナと寂しそうなヒグラシの声が思い出の中で鳴いた気がする。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ざわり、ざわり。

ただ事じゃないぞと木々が噂話を風に乗せ、その異様な空気に本能が忌避を感じて怖じ気づいたのか生き物達の気配は遠退いていた。


あれだけわんわんと騒ぎ立てていた蝉達さえも口をつぐんでしまった森は晴れ空の下にもかかわらず影を落としたようで、寂れた廃墟の如くぼんやりと佇むのみ。


精彩さを欠いたその光景は瞬きをする度に"あちら"の幻影と入れ替わり、私の心を荒いヤスリで削るかのように容赦なく摩耗させていった。


「んー…女王サマは大人しい人なんダネ?いや、肝が据わっているのカナ?もっと泣き喚いたりするのかと思ったノニ」


すぐ横から子供みたいな顔をしてこちらを覗き込むカーマインと揺れる白髪が視界に映り、ぱちりと泡でも弾けたみたいに現実へ帰る。


捕まってどのくらいか…おそらく大した時間は経っていないだろう。

精神が防衛モードのおかげか発狂したり飲まれたりはしないものの、コイツに触れられているという嫌悪が見せた"記録(トラウマ)"のせいで私には酷く長い時間に感じられた。


寝すぎた時に似た倦怠感を、ハロルドに弱いところを見せるのは癪だという意地で覆い隠して小さく息を吐く。


「…意味がないことも、お前を喜ばせるだけだってことも知ってるからね。喚いてなんかやらない」

「アハッ!本当に気が強い…いや、違ウネ。震えテル。えっと…気丈って言葉で合ってるカナ」

「そりゃどうも」


そうだよ。大人しいわけでもなければ強くもない。

ただ感情が暴れてしまわないよう自己防衛として凍らせているだけ。

糸が切れないようにこちらは必死なのだ。虚勢と笑いたければ笑えばいい。


心の中が見せられるなら見せてやりたいくらいに、今の私が抱える精神は酷い。

何も考えずぐちゃぐちゃと下の絵の具が乾かないまま色を乗せ続けた絵画のような有り様だ。


そして虚勢の氷の中では、何もかもを焼き焦がさんとするマグマ(怒り)(怒り)と空が泣いているようなスコール(哀しみ)が溢れ出す時を待っている。


けれど、まだだ。まだ、その時じゃない。


「綴戯!!」


閑散としていた世界に焦燥をにじませた声と慌ただしい足音が響き、停滞していた時が動き出す。

ぱちりと瞬けば、まるで手品のように目の前へ七尾さん、三神、四葉さんがジャリッと地を踏みながら現れた。


それぞれが人を抱えながら私を上から下まで眺め、五体満足であることを確認したからか僅かに表情に余裕を見せたように思う。

次いで、彼らは視線だけで何でも切れてしまいそうな程鋭利な眼差しをハロルドへと突き刺した。


私もお返し…というのは変だけど、皆をまじまじと見つめる。


七尾さんは所々細かい怪我や衣服の乱れが見えるけれど大きな出血の跡はなく、本人もかすり傷だとでも言うようにピンピンしていた。さすがである。


三神も誰かと戦ったのだろう。服がボロボロだし、良く見ずとも赤く染まっているのが分かる。

そんな、どう見ても重傷を思わせる見た目に反して本人はケロリとしているし、どうにも顔以外怪我をしているようには見えない。

すでに治療を終えているということだろうか?


ついでに言えば、血が滲んでいる割には破れた服の隙間から肌の一つも見えないのが不思議すぎる。

実は全部返り血…?『炎』の能力はどうした。


四葉さんは門倉くんへ『回復』をかけ続けているせいか顔色が少し悪いように見えるけれど、外傷は負っていないみたいだ。

その門倉くんも随分安定したように思う。


「ヤァ、待ってタヨ!」


ザリ、と斜め後ろに立つハロルドが皆に向き合い、見せつけるように私の首へ剣を当て直す。

ヒヤリとしたその冷たさが現実的で、自分の身に死がないと頭で分かっていても痛みを想像して息が詰まった。


「交渉の前ニ…オレの仲間ハ?」

「全員生きてはいますよ」


炎を消した冷ややかな声で答えた三神は得意の笑顔だけは忘れずに浮かべたまま、ドサリと抱えていた人影を地面に下ろし…否、捨てたという方が正しいか。

ごろんと転がった細身の男と大柄な男はその乱暴な扱いに呻き声をあげたものの、気を失っているのかピクリとも動かない。

とは言え声はしたし呼吸もしているようだから、成る程生きて"は"いるのだろう。


そしてもう一人。七尾さんが私よりも10cmは小柄だろう女の子を一応は丁寧に降ろしていた。

縛られていて満身創痍といった(テイ)ではあれど、意識は明瞭らしくすぐに彼女は自力で移動して二人の男に身を寄せる。


三人の顔に見覚えはない。しかし背格好を見るにロッジで襲撃してきたローブの三人組で間違いないだろう。

彼らがお縄についているなら、追いかけていったニ菜ちゃんや至くんも無事な筈だ。

そう胸を撫で下ろしたのも束の間。

私は続けて七尾さんに降ろされふらついた至くんと、『回復』の手を止めた四葉さんが地面に寝かせたニ菜ちゃんの姿に目を剥いた。


「…っ!?ニ菜ちゃん!!至くん!?」

「おっと!危なイヨ!?暴れなイノ。…まったく、自分で首を切るつもりカイ?」


悲鳴に近い声をあげ、自分の状況も忘れて足を前に踏み出した私をハロルドが抑えつける。

自ら剣に押し付けてしまった首からつう、と血が伝うのが分かったけれど、こっちはそれどころじゃない。


「綴戯、今は落ち着け。大丈夫だ」

「…っ…!で、も…!」


七尾さんに諭されたところで、はいそうですか分かりました…なんて言えるわけないじゃないか。

だって…だって、二人とも無傷なところを探す方が難しいんじゃないかってくらい傷だらけなんだよ?


ニ菜ちゃんの脇腹にはおびただしい量の血が流れたのだと分かる程赤黒い染みが広がっているし、至くんは右腕が見るからにおかしな方向に向いていて血塗れかつ骨まで見えてる有り様だ。


眠っているらしいニ菜ちゃんも手をふって無事を伝えようとする至くんも、血を流しすぎて真っ青というか真っ白なのに。


どこが大丈夫だ。大丈夫なものか。甘く見ないでほしい。


その傷がどれ程の痛みを伴うのか、どれ程の苦痛をもたらすのか…私にはお見通しだ。

何せ私にも同じような傷に、怪我に覚えがあるのだから。"分かる"んだよ。


私の表情に困ったように笑った四葉さんがあたふたする至くんを呼び、ニ菜ちゃんと一緒に『回復』を施し始める。

どうやら門倉くんはもう峠を越えたらしい。…よかった。


「アハッ!やるなぁあの子達。まさかアイツらが学生に負けるなンテ。…予想外だよホント」


心底意外そうに、けれど余裕を崩すことなくハロルドは呟いてクツクツと嫌な笑みをこぼす。

そして、私の背をとんと押しながら一歩前へ出た。


「じゃあ、取引といこウカ!」


自信たっぷりの声が響けば辺りの空気はピンと張り、ピリピリと肌を粟立たせる殺気に近いものが漂う。

…場違いを承知で正直な感想を言わせてもらうけれど、どちらが悪か分からないくらいに七尾さん達の顔が恐ろしい。


「どうせお仲間の解放、とかでしょう」

「それは勿論!当たり前ダヨ!でもついでに…キサマらも皆オレの"お仲間"になってくんナイ?」


軽い調子でとんでもない要求をしてきたハロルドに、"殺気に近い"から明確な"殺気"へと空気が変化した。

自分に直接向いておらずともチクリチクリと針のように肌を刺すそれは恐ろしい。


なのに、そんなものを一身に受け止めているクセして良くもまぁ平然と笑っていられるものだよ。変に感心してしまう。


「テメェ…冗談も大概にしろよ」

「アハッ!怖いナァ!軽いjokeくらい許しテヨ。じゃあ…」

冗談…だったのか?いや、声は本気だった。

けど、今のやり取りで勧誘は見込み無しと判断し、リスクの高さも理解して取り下げたのだろう。


ついでに…私の利用価値も試したな。

あれだけの殺気を放ちながらも動きを見せなかった皆と私を見比べて、満足そうにしていたからね。


そう考えを巡らせていると、唐突にするりと頬が撫でられ全身に鳥肌が立った。

最っ悪だ。何しやがる…!!!

さすがに今暴れることはしないけれど、瞳だけを動かしてハロルドの横顔を嫌悪を煮詰めた眼差しで睨み付ける。

…ムカつくことに、私の威嚇などコイツは歯牙にもかけやしないのだが。


むしろ彼は嫌そうな私に気を良くしたのか、にたりと妖しく笑いながら私の耳元でチュ、とビズの真似事のようにリップノイズを鳴らした。


「この女王サマだけでいいからさ、頂戴?」

『はぁ?』


私が何かを言う前に、一ノ世が能力を使ったのかと思うくらいぐんと辺りの空気が重みを増して口をつぐむ。

そうじゃなくとも先程までの非じゃない濃密な殺気で喉が張り付いたらしく、声が出せそうにないけれど。


虎の尾を踏む、というやつだ。


そもそも何故ハロルドがそんな世迷言を陳ずるのか分からない。

私の"記録"を恐れて?いや、それなら殺せば良いだけだ。

まぁ本当に殺す事は出来ないので効果はないが、彼はその事実を知らないのだから。

とにかく、わざわざ仲間に引き入れるなんてメリットの薄いことをハロルドがするとは考えられないのだけど…一体どんな意図があると言うのか。


「アハッ!不思議そうダネ?実は思い出したんダヨ。最近一ノ世クンに気に入りの子が出来たッテサ!それって女王サマのことデショ?」

「…は????」

「惚けなくてイイヨ!戦力外の女王サマをこのメンバーに入れる意味なんて…守らせたいから以外に無いダロウ?」


確かに守ってもらってはいるけれど…そもそも私の同行は合宿の"記録"と監視目的の筈だ。

だいたい何?一ノ世のお気に入り?何だその不名誉な肩書きは。

というか、どうして今アイツの名前が出てくるわけ?


「オレはね、一ノ世クンが一番欲しいんだ」

「趣味悪」

「貴女のその反応速度は何なんですか…」

三神に呆れた顔をされてしまった。こればかりは脊椎反射みたいなものだから許して欲しい。


おそらくは私のせいではあるが、切れてしまいそうな程に張られた糸に僅かな余裕が出来たのを感じ、今ならば萎縮せず話が出来そうだと息を吸った。


「…お前は、何がしたいの?」


それはそう、いつかの瓦礫の海で"アイツ"に尋ねた台詞。

あの時と同じく考えるより先にするりと口をついて出た音に、誰より驚いた己を誤魔化しながら言葉を続ける。


「仲間になれとか一ノ世がどうとか言うけど、お前の目的は結局どこにあるの」

「Ah…それは」

「ボス!どうせ時間稼ぎだし。無視するし」


ハロルドの声を遮った少女は口をへの字に曲げてこちらをじっと睨んでいた。

私は傷付かない範囲で首を横に降り、彼女へ否定を返す。


「別に。ただの知りたがりだよ」


これは本心だ。

私はただ、この"ハロルド"という人物を知りたいだけ。念のために言うが"理解"ではない。"知りたい"のだ。

彼が何故マオちゃん達を殺そうと思ったのか、何故こんな事をするのか…その根幹を。


その根は、"アイツ"にも繋がる筈だから


「んー…嘘ではナイネ。うん!イイヨ!女王サマの言うことはもっともダシネ!」

「はぁ…ボス、ちょろいし」

「だっテサ、オレの理想を聞いたら気が変わるかも知れないダロ!それに…どうせ時間を稼いでも援軍は来ナイ」

「…ええ、悔しいですがその通りでしょうね。合宿期間は朝晩の報告でしか本部と繋がっていませんから。通信が出来ない以上夜まで向こうは気付きませんよ」

「その通り!だから通信妨害装置だけは模造品じゃなくソッチから買った純正品ナンダ!さすがに質がイイネ!hahahaha!」


嫌そうに吐き捨てた三神を煽るように彼の意見を肯定して笑うハロルドに、成る程と内心独り言つ。

私というカード(人質)が手元にあり、かつ外からつつかれる心配がない。

つまるところ、絶対的な優位を確信している。だからここまで余裕でいられるのだろう。


「どこから話すのが良いカナ…ねぇ女王サマ、日本の能力者が"仲間外れ"なのは知っテル?」

「仲間外れ…?」

「ありゃ、箱入りダッタ?日本と他国の能力者が不仲なのは常識ダヨ!」


それは一般人をしていた私が知らなかった世界の話。


彼が言うには、日本以外の国々では能力者達が社会的優位な立場にあるのだそう。

五月雨さんのように能力者であることを理由に疎まれたり、バッジや眼鏡を使ってこそこそと姿や瞳を隠して肩身狭く生きる者はいない。

むしろ道を歩けば一般人が端に寄り能力者に譲るのが普通と言うのだから驚いた。


そんなこと、全然知らない。

諸外国もわざわざウチは能力者中心だ、なんて表明をしているわけではないし、外交や会社を担うのはやはり一般人であるから気付かなかったのは勿論だけど…

おそらく、日本ではそんな話が入らないようある程度の情報操作がされていたのだろう。だって…


「特にオレの国は顕著ダヨ!なにせ能力者の"女王"が国を治めていらっしゃるかラネ!」


そうでなければ、他国のトップが能力者だということすら知られていないのはおかし過ぎるもの。


「それに比べて日本の能力者は…"弱い者(一般人)を守りましょう"?"共存"?アハッ!きっもち悪いヨネ!しかも馬鹿みたいに謙って…この世は弱肉強食!弱い奴や劣ってる種を守る義理なんて無いのにサァ!」


日本は保守的な国であり、かつ出る杭をあまり良しとしない国でもある。

そんな場所で生まれ育ち、お国柄に染まった上の人々はいくら能力者的な精神を持とうともその血が継いだ性質は変わらなかったのだろう。

だからこそ根底に恐れがあったのかもしれない。


きっと彼らは…"他者と異なる"ということを誇れなかったのだ。


他大勢(一般人)とは違う存在であり、少数たる能力者達。それ即ち"出る杭"に他ならないから。

故に保守的な彼らは打たれてしまわないよう…爪弾きにされて迫害されないように下手にでて、良き隣人アピールを欠かさない。

私が聞いた限りの"お上"の印象はそんな感じだ。

勿論その腹の中は知る由もないけれど、表面はね。

そうして出来たのが今の形…というわけである。


能力者に限った話ではなく、日本のそういう姿勢は他国から怪訝な顔をされやすいけれど…


「まさか、ただ気に入らないから日本(こっち)を攻撃した訳じゃないよね」

「haha!違う、とは言えないカナ!まぁ簡単に言うと…邪魔なノサ」


笑みの中にナイフの切っ先が混ぜ込まれたような冷たさを感じ、文句でも言おうとした口を閉じる。

そんな私の様子を気にすることもなく、ハロルドは興奮気味に鼻息を荒くした。


「オレは、オレ達は能力者中心の社会を確立させたいんダヨネ!人類は進化すべき時ナンダ!能力者こそ、次なる人類に相応しいんダヨ!だって、優れた種に置き換わっていくのは自然の摂理ダロウ?」


気持ち悪い。陶酔した表情をするソイツが未知の生命体みたいでおぞましい。

不快感を言葉にしなかった私を賢明だと誉めて欲しいくらいだ。


「けど、こんなに素晴らしい考えナノニ…受け入れてくれない奴がイル。日本の能力者は特にそうなンダ。それだけでも度し難いノニ、他国の中にも日本の思想に感化されて一般人と助け合いを…なんて言う奴が現レタ!こんなのは間違ってイル!!」


唾を飛ばす勢いでイかれた思想を並べ立てたハロルドはそこで一度言葉を切ると、虹彩を飲み込むのではないかと思う程開かれた血染めの瞳にドロリとした狂気を詰め込む。

そして、口裂け女と張り合うつもりかと問いたいくらい口を三日月に歪ませたのである。


「だから、オレが正さなイト」


静かで、しかし燃えるような声だった。


「不要な劣等種(一般人)も間違った考えの連中も、皆消すンダ!いつかあの人やオレ達が作り上げる世界に、歪みもゴミも必要無いカラネ!」


…あまりにも、あまりにも理解不能。これは逆立ちしたって分からないだろう。

どこかのTRPGのように正気度とやらを計った方がいい。

尚もだらだらと続く理想論に耐えきれず、私はそれを聞き流す作業に移行した。


とりあえず理解出来たことといえば…彼が常軌を逸した能力者至上主義であるということ。

それにそぐわない存在の代表格である『学園』が目障りだということ。

そして、"あの人"という別口がいること。


そこまで思考を回し、あれ?と内心で首をかしげる。

講釈を垂れるハロルドに辟易していた私は、つらつら流れる言葉の川を塞き止めるように

その疑問を投じた。


「…一ノ世ってお前の話のどこに関わるわけ?」


アイツはあれでも『学園』の上位役職についているそうじゃないか。

ならばハロルドにしてみれば、目の上のたんこぶの一つである筈だけれど…


「あぁ、一ノ世クン…良いヨネ!!彼は実に能力者()()()、オレの理想ダ!彼はね、『学園』に縛られているだけナンダ!…そうじゃなきゃ、一般人を守るようなタイプじゃないデショ?」

「そ、れは…えっと…」


どう思う?と問うように七尾さん達を見ると、皆してそぅっと目を反らした。

ちょっと皆、その…確かにそうだと言いたげな顔しないで。


「だから目を覚ましてあげようと声をかけてみた事もあるんだケド…」

〈何、いきなり気持ち悪っ。はー…うっざ〉

「って言われちゃったヨネ!」


脳内再生どころか表情すらも予想出来てしまった自分に複雑な気持ちになった。

きっと道端のゴミでも見るような顔をしていたのだろうな。


「いやぁ、あの目にはゾクゾクしちゃっタヨ!」

「ボスのそういう所、マジでキモいと思うし」

「え!?」


まさかアイツの身内である彼女が私達の気持ちを代弁してくれるとは思わなかったけど、本当に気持ち悪いと思う。

もはや十三束みたいな一ノ世ファンなだけではなかろうか。


「オレは献身的ダヨ!?彼を解放してあげるために愚か者を死体にして、時々彼の目に留まるようにしてあげたンダ。こんなゴミはキミの仲間じゃないでしょって教えるためニネ!」


ごめん十三束訂正するわ。

お前よりたちの悪い過激かつ迷惑ファンだったよ。

この時ばかりは一ノ世に同情してもいいと思った。


ひとしきり語りたいことは語ったのか、興奮を引き摺りやや荒んだ息を整えながら彼は私達を眺めて笑う。


「どう?一緒に来てくれる気にナッタ?」

『…』


んな訳あるか、と皆の心が一致した。

ヒュウ、と夏なのに寒々しい風が吹いた気がする。


曲がりなりにもイグニス社のトップとして会社をそこそこ繁栄させている人物だろうに、もっとまともなプレゼンは出来なかったのだろうか。

仲間である女の子も、もう知らないと虚無顔になってしまっている。


でも、そっか。


そんな下手くそなプレゼンでも、私が答えを得るには十分だった。


「…つまり、お前はいずれ能力者の世界を作りたいんだよね」

「That's right!」

「改めて聞くけど、その理想の為に…世界を、一般人をどうするつもり?」


《…お前は、何がしたいの?》

いつかの私が"記録"の中で問いかける。


私の問いに、こちらを覗き込んでいた瞳がきょとんと瞬く。そしてハロルドは僅かな間をおいてその言葉を口にした。


「《今までの世界を壊して作り直すノサ!一般人なんてゴミを綺麗サッパリ皆殺しにしてね!》」


"アイツ"は、ハロルドは…そう言ったのだ。


「そっか」


私の心がしんと凪いで、時が止まったかのように波が消える。つるりとした水面はきっと鏡のようだろう。


「…そっか」


世界から音が無くなっていく。私はその静寂に飛び込むべく目を伏せた。


知りたいことは知れた。

途中語られた能力者達の考え方だとか対立だとかは、無知な私にとって知識としてはありがたかったけど…正直どうでもよくて。


"あちら"の一ノ世がハロルドを拒絶していた理由も今なら分かった気がするよ。

彼は"あちら"においても一ノ世と仲間などではなく、世界を壊し始めた一ノ世を勝手に仲間認定して付きまとっていただけ。


仲間であろう筈がない。

だって、少なくとも"アイツ"は、一ノ世久夜は…能力者だけの世界を望んだわけじゃなかったんだから。


《じゃあね!》


そうじゃなきゃ、あんなに良い顔で"仲間達"と共に自害を選ぶものか。


いつの間にか閉ざした瞼の裏側は瓦礫の灰色に覆われ、そこにハロルドと"あちらのハロルド"が立っていた。勿論、私が描く幻影である。

そして私がじっと見守る中、二人のハロルドは"重なった"。


「…女王サマ?眠くなっちゃっタノ?」


ぺちぺちと頬が叩かれる不快感に目を開け、私を覗き込んでいたハロルドを見つめ返す。


「…あれ?…女王サマ、目が…?」

「ハロルド・オルデバロン」


怪訝そうに私を見るその顔も、目も、まとう空気も、考え方も…私の中に"記録"された"アイツ"と相違ない。

ハロルドという人物は、世界の違い問わずにどこまでも記録通りだったのだ。


ならば彼は私にとって…いや、世界にとって破壊者であり()()()である。


「私はお前が心底憎い」

「んー?あぁ、もしかして今日殺したガキと仲良かったトカ?それとも、壊しちゃったロボットの方カナ?」

「勿論、それも憎いけど…違うよ」


答えながらゆるりと微笑み、先ほどの仕返しをするようにハロルドの頬をつぅと指の腹で撫でる。


ビクリと震えた彼も、視界の端に映る七尾さんと三神と至くんに四葉さんも皆、吹っ切れてしまった私の変わりように驚いて固まっていた。

それが堪らなくおかしくて、つい笑みを深めてしまう。


「お前と"アイツ"は同じだ。既に枝の分かれた後であり、一直線。だから…」


あぁ、ほら、氷が…毒々しい感情で融けていく。

地獄に引きずり込むように、腹底のマグマの中で憤怒と憎悪に焼かれる亡者の声でこう告げた。


「いつか来る未来の…"復讐"を、させてもらうね」

「ハァ?気でもフれたノカ?思い上がるナヨ"記録者"。キサマに何が出来る。」

「ねぇお前、死んだことはある?」

「…は?」


問うような呟き一つで世界を一気に塗り替える。

敵の少女や至くんは驚きと警戒でキョロキョロ忙しなく辺りを見ているけれど、七尾さん達やハロルドはこれが何かを瞬時に理解したらしくピクリとも動揺を見せない。さすがである。

…そして、好都合でもある。


「まれ、大丈夫ダヨ。これは"記録者"の『開示』。攻撃性はゼロ!…随分と規模はデカいケドネ」


少女を落ち着かせながら彼はグッと剣を私に押し付け、プツリと首が少し深く切られた。

だらりと生暖かいものが溢れ、鉄臭い香りが鼻につく。

七尾さん達から焦りを感じたけれど、私の方は至って冷静だった。


「女王サマ、本当に自分の状況を分かってなイネ。下手な事すると殺しちゃウヨ?」

「短気だね。これはただの"お礼"だよ。お前が理想を語ってくれた事への、ね」


少しも動じない私がつまらないのかムカつくのか、ハロルドは汚いスラング混じりに舌打ちをこぼす。また少し刃が皮膚に沈んだが、私はにっこりと笑顔を張り付けてやった。


「それと、もう一つお礼を言っておくよ。私をナメてくれてありがとう」


ハロルドは私なんかよりも当然皆を警戒している。

その為、七尾さんと別れてすぐロボットのエネルギーを温存すべく待機モードにしていたのを知っていた。

万一戦闘になった時に備えたかったのだろう。

おそらくスイッチの一つでそれらはすぐにでも再起動する。けれど…私の異常行動を前にしても、それはついぞ押されなかったのだ。


そうしている間に辺り一帯は暗くじめじめした風景…私の"記録"したとある地下牢へと様変わりした。


私の傍らでパラパラとページがめくられていた本が静まったのと同時に、私の体に巻き付いて拘束していた腕がだらりと力無く解け、突き付けられていた剣がカランと乾いた音を立てて地面に落ちる。


「…な!?何だ、コレ!?どうして…どうして動かせナイ!?」


喚くハロルドを無視したまま晴れて自由の身となった私は浮かぶ本に手を添えて、コンビニにでも行くような気楽な足取りで七尾さん達の方へ歩を進めた。


誰もが状況を飲み込めずに呆然とする中、私は振り返って真っ直ぐハロルドを見る。

何もないのに、まるで"何かに縛られている"ように両手や両足を揃えて座り込むソイツ。

自由の利かない四肢に焦りと困惑を色濃く滲ませる彼を視界の中心に据え、私はとうとう…凍らせていたマグマを噴火させたのだ。


「マオちゃんや瀬切くんを無惨に殺して、門倉くんに酷いことして、マリアンヌさんも私から奪った。それだけでも胸糞悪いのに…一般人を皆殺し?今までの世界を壊す?…ふざけるなよ!!!!!」


突沸と呼ばれる現象を知っているだろうか。

十二分に煮えた液体にポンと何かしら刺激を加えるとたちまち沸騰し、水蒸気で一気に吹き出すアレだ。

今の私は正しくそんな状態だった。


前後左右も上下すら分からない程の激情が、耳をつんざくような怒鳴り声となって口をつく。


負の感情に身を任せるのはきっと良くないのだろう。それでも私は、保っていた堪忍袋の尾を自らで引き千切ったのだ。

それはまるで身を引き千切るような痛みを伴っていたけれど。

甘ったれの私が泣いている。誰かを傷付けるのを恐れている。

けれど、そんな綺麗事が今ばかりは邪魔で…私は知らない振りをした。


「お前の望む世界は、私にとって到底許せないものだ!だから…ここで折る。折らせてもらう」


分かっている。これは酷く身勝手な行為だ。

私は神様なんかじゃないくせに、一人の運命をねじ曲げようとしている。なんて傲慢だろう。

でも今さら咎が一つ増えても変わらないよね。

だって、どうせこの役立たずな身には数え切れない咎がある…元より天に向かえるなどとは微塵も思っていないし、望んでもいないもの。


私はハロルドを捕らえようと身動いだ皆に待ったをかけて、開いた手のひらで本を掲げた。


「お前がしてきたことをお前に返すよ。お前は私。今ここに、私の"記録"を語って聞かせて教えてあげる」


私はそこで言葉を切り、大きく息を吸い直して宣言する。


「ほら、良く見ておけよ、大嫌いなハロルド・オルデバロン。この"記録"は亡者の返礼であり、私からの純然たる復讐でもある」


これは、私達の痛みの話。


罪の開示(ネメシス)



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