11-5
NO side B
森の一角ではただひたすらに無言の攻防が繰り広げられていた。
静か、というのは少し違う。
そこではキィィンと鼓膜を揺らし耳につく振動音とざりざりと砂が擦れるような音が絶え間なく響いており、音の中心には二人の男が向かい合っていた。
九重至は相棒たるソーチェーンのないチェーンソーを携えて、己の前に立つローブ姿の大柄な人物を胡乱げに睨め付ける。
視線に言葉を乗せるなら、なんだコイツといったところか。
というのもこの二人、双方が無口である為か開戦してから…否、する前からまったく会話が存在していないのである。
それ故に体格からして男だということだけは分かるが、それ以外相手の素性はまったくの不明。
至は自分の事を棚に上げ、変な奴だと思いながら相棒の持ち手を握り直して地を蹴った。
しかし棒立ちの男に高周波の『振動』をかけたガイドバーが届く間際、"何か"が二人の間に割り入るとジャリジャリガリガリと到底人体から聞こえるものではないだろう音をたてて森の空気を震わせる。
「…チッ」
至がまたかと思いながら苛立たしげに目を細めた先にいるのは、彼の武器をその体で受け止めている人の形をとった…土くれだ。
今尚肩を削られているにも関わらず痛みを訴えるでもなく暴れるでもない。
ただゆらゆらと影法師のように立っているそれは、言うなれば土人形と呼ばれるものだった。
至が攻撃する度にこうして邪魔をされているのだが、そろそろ限界なのかその体には無数にヒビが入っているのが見える。
それを好機と見た彼は力を強め、やがてぎゅいんとチェーンソーを振り抜いた。
すると今の今まで凶器を受け止めていた土人形の肩がごっそり切り取られ、片腕がボトリと地面に落ちる。
腕は元の砂に戻るでもなくふっと消えた。
相も変わらず男は黙したままで、顎で指示を出すのみ。
土人形も声無くそれに答え、バランスの悪くなった体を気にするでもなく残った腕を鎌のような形に変えて至へ襲いかかる。
見かけによらず早い動きで繰り出された一撃をバーの面で受け止め、その隙に至は土人形へ触れて『振動』を発動させた。
すると、やはり脆くなっていたのかすぐにボロボロと崩れていく。
それを横目にそのまま男へ向かおうと踏み出した至であったが、耳が拾った音に反応して咄嗟に横へ飛んだ。
瞬間、彼のいた地面には砂でできた槍らしきものが突き刺さり、それを投げてきたのだろう先程とは別の土人形がゆらゆらと覚束無い足取りでもってやってくる。
いや、その一体だけじゃない。
至は体勢を整えながらその目に写した光景に、分かりやすくうげっと顔をしかめた。
それはそうだ。ようやく邪魔な一体を崩したと思ったのに、同じような土人形が10を越えて森からずるずると現れたのだから。
どうやら事前に待機させていたらしい。
わらわらゆらゆらと顔のないヒトガタが蠢いている光景は軽くホラーであり、ここに熊ヶ峰ニ菜や綴戯栞里がいたのならきっもち悪い!と叫んでいたことだろう。
至はホラーもスプラッタも気にしないタイプなので非常にドライな目で現状を見ているが、相手の男がその土人形達に周囲をガッチリ守られている様子は普通に腹立たしいと思った。
余裕そうに腕組みしているのが尚更鼻につく。
そんな態度に対する不快感は勿論だが、至が何より気に食わないのは…こうも障害物に囲われていては彼の攻撃が本命たる男に届きそうもないということである。
見た目よりはるかに硬い土人形が高周波ブレード状態の武器を受け止めてしまうせいで道を開くことができず、能力者本人に直接触れられないどころか近寄れないのだ。
コレでは至の『振動』で攻撃することなど出来やしない。
"防御力"という点で防がれるとなると自慢の速さで解決する事も難しい。何せ男は常に自分を囲う壁のように数体を配置しており、その隙間を縫って行くのはさすがに至難の技。リスクが大きすぎる。
こうも分かりやすく相性が悪い相手にぶつかるとは思わず、至はこの状態に業を煮やす。
実は己の弱点を知られた上でわざわざ仕組まれたのでは?と勘ぐってしまい、尚更気分が悪くなった。
男が組んでいた腕を解き、言葉なく片手を至へ差し向ける。
ただそれだけで従順な兵隊の如くわっと一斉に動き出した土人形達に至は一度武器をしまい、回避へ集中する為に気持ちを切り替えた。
何しろ一体一体が土くれのわりに至の同期たる熊ヶ峰ニ菜より早いのだ。
一体だけならば彼にとってまったく脅威ではないものの、それが二体三体と数が増えた挙げ句に皆が皆バラバラな動きをしているとなるとさすがに簡単にとは言えない。
何より、避け回るにしては空間があまりにも狭すぎた。
土人形ひしめくそこは、デパートのバーゲンセールに集まる客の群れに放り込まれたかのような有り様なのだから。
あれは恐ろしいぞ。
武器をしまった事で随分身軽になった至は僅かな隙間も見逃さず縫うように駆けながら、通り過ぎざま土人形達に『振動』を発動させていく。
不意に土で出来た剣が目の前をかすめ、チリッと数本の髪が舞ったと同時に目の下にヒリつく痛みが走った。
どうやら避けきれなかったらしいと表情を歪めつつ、彼はやっとの思いで視界的にひらけていてかつ土人形が届かない木の上にその身を避難させることに成功する。
涙のようにたらたらと頬を伝うぬめつく血液を無造作に拭い、土人形達の様子を確認した至はがくりと肩を落とした。
片耳に辛うじて引っ掛かっていたマスクがヒラリと落ちる。
分かりきった事ではあるが、あのチェーンソーでも易々とは切れないような体にただ『振動』を使っただけでは大したダメージにもならないらしかった。何事も無かったかのようにゆらゆらと至を見上げるだけである。
ちなみに、人間であれば骨は砕け臓器は傷付き、何より心臓と脳へのダメージが笑えないレベルの…つまるところ普通に死ぬレベルの『振動』をかけていた。
足止め程度にはなるのだろうが、これで数は減らせない。
最初に砕いた一体のようにヒビでも入れられれば同じように崩せるだろうが…
まずヒビ一つ入れることすら容易ではないし、あの数を一体一体相手にするとなると至の体力が先に尽きることだろう。
結論。土人形の処理は現実的ではない。
そう思考から一度弾いた時…
「おい。お前」
今の今まで無言を貫いていた男が、どういう風の吹き回しか急に口を開いた。
七尾よりは若そうな、しかしそこいらの石のように抑揚も面白味もない平淡な声。
アンドロイドであるマリアンヌの方がまだ温度を感じる声だと、至は中々に失礼なことを考えながら次の言葉を待った。
彼の聞く姿勢を感じ取ったのか、ローブの中に隠されている目がひたりと向けられ…
「どこかで会ったか」
「………は?」
夏に似合わぬ乾いたような風がひゅうと二人の間を吹き抜ける。
至はモスグリーンに浮かぶ山吹に、ありありと侮蔑を乗せた。
「…(はぁ意味分かんないんだけど急に話し始めたから何かと思ったら何ソレ古代のナンパの常套句かよ気持ち悪いどっかの可愛い子にでもやっとけよっていうかただの質問にしたって今する必要ある??)」
「何も聞こえないが、何故かうるさい事だけはよく分かる」
声にこそ出ていないものの、表情やら雰囲気やらで至の心中にどばどばと濁流の如く溢れている言葉の圧を男は感じ取ったらしい。
彼は石のように動かない表情のまま、考え事をするかのように顎に手を添えた。
刹那、ぎゃりっと砂を噛んだ音が男の頭上で響く。
至の武器と男を守るように体を伸ばした土人形がぶつかったことでパラパラと削られた砂が男へ降り注ぎ、しかしそれは彼を汚す前に跡形もなく消え去った。
これでも尚、構えもしない。
至の事など気にも止めず、考え事を続けるつもりらしい。
その、眼中に無いと雄弁に伝える態度は相手にならないと判断されているような気がして、至はぎゅいぃと鳴く相棒の音の中に舌打ちを混ぜた。
このまま削り続ければあるいは届くかもしれないが、当たり前ながら周囲に蠢く他の土人形がソレを許さない。
ゾンビ映画さながらにゆらゆらと迫り、手、あるいは武器に変形させた腕がわらわらと伸ばされる様はどうにも、背に虫でも入れられたような気持ち悪さを感じさせた。
その、茶色くざらざらした手が至を掴もうとしたところで、彼は再び木の上へと避難する。否、避難せざるを得なかった。
一度でも地の利をとられたら…土人形ひしめく地面に落とされたら数の暴力で負けるのは目に見えている。
素早さを逃げの手段にしか使えない現実に不満を感じないわけではないものの、とにかく今は切歯扼腕している場合ではなく突破の方法を探る事が優先であると切り替えた。
まさか、三神聖との訓練時に危惧されていた状況に昨日の今日で陥るとは笑えない。至は己の運の無さを呪った。
「…(呪い…)」
煩いなど思ったこともない心地よい声の持ち主が語る声が、至の中で再生される。
その声に導かれるようにして昨日ひっそり掴んだ感覚。
それを思い出そうとしたところで、またも男が突拍子もなく口を開いて邪魔をしたのである。
「俺は上土師義造という。聞き覚えはあるか」
「ねぇよ」
わざわざパサリとローブを脱いで名乗った男…義造は、やや野生的な顔立ちをしていた。
短いチョコの髪はツンツンとハードワックスで立てられ、マドリッドの虹彩に囲われたオーキッドミストの瞳はどこか地面に転がる石のように無機質だ。
その瞳をゆっくり瞬かせながら本当に?と再度至に問う。
それに、とうとう至は耐えきれなくなった。
「ねぇよ知らねぇよ誰だよお前ホント何なの気持ち悪いんだけど勘弁してくんないって言うかソレを聞きたいが為だけにわざわざ名乗って顔さらすとかバカなの意味分かんないしそんなに認知してほしい相手なら間違えんなよ」
「いや特に認知してほしいわけではない」
はー!!と盛大なため息をつき、容赦なく言葉を浴びせた至にも義造は対して反応するでもなく普通に言葉を返す。
しかし、どこか不思議そうに首を傾げて僅かに眉を寄せた。
「…やはり、その声」
「…っ!?」
ぼそりと呟かれた一言に至の動きがピタリと止まる。
その顔色は心なしかさぁっと青ざめ、怯えたように瞳孔を開かせたまま何度かはくはくと空気を漏らす。
しかしやがて気を取り直すように唾を飲み込んで再度口を開いた。
「ち、がう違う違う違うそれは小生じゃないお前の記憶違いだろそうだそうに決まってるっていうかだいたいこの世には同じ顔が三人はいるって言うんだから同じ声だって三人くらいいるでしょそうでしょ」
「お前滅茶苦茶喋るんだな」
一気に話して肩で息をする至は、触れて欲しくない部分に触れられたのかピリピリした気配をにじませる。
義造のやや見当違いな呟きを無視しながら、彼は細く息を吐いた。
「無駄話とか要らないからお前さっさと小生にやられてお縄についてくんない」
「そうか。すまないが、お前にやられてはやれない」
そう言って義造は一度目を伏せ、指をパチンと鳴らして森に響かせる。
すると、みるみるうちに土人形が近くの土人形と融合し始めたではないか。
わらわらとあれだけひしめき合っていた土人形達はあっという間に四体にまでその数を減らし、代わりに至より小さい程度だった大きさが最終的には二メートルは越えるだろうサイズにまで成長していた。
だが、至は怯むことなく、むしろ数が減ったのなら好都合だと迷わず地を蹴る。
大きくなったなら定石としてパワーが上がっているのは間違いないだろうが、当たらなければ関係無いというのが彼の考えであった。
しかし、その考えが甘かった事を至はすぐさま思い知る。
繰り出される腕や砂の剣、砂の槍、砂の大槌…。
それらすべてを潜り抜け、義造の前まであと一歩のところまで詰め寄った彼ではあったが、なんと瞬きにも満たない間に目の前を茶色い土壁…否、土人形の腕に阻まれたのである。
それはつまり、土人形の素早さもまた強化されているという事実を告げていた。
「…(普通図体がでかくなったなら動きが遅くなるのが定石でしょ何ソレずるい)」
声に出さずに毒づきながら至は薙ぎ払うようにふるわれた土人形の腕を転がって躱し、一度仕切り直そうと距離をとる。
しかし、直後後ろから聞こえた音に目を見開いた。
「俺の能力は『土人形』。召喚系の能力だ。そのサイズなら最大召喚数は…五体だな」
「…っ…!ぐぁ!?」
視界に入っていた四体のみを警戒していた至は死角からの一撃には反応しきれず、背が切り裂かれてビタビタと血が地面へ降り注ぐ。
いつの間に召喚したのか、そこにはもう一体の土人形が鉈のように腕の形を変えて佇んでいたのである。
その腕は至の血を吸って赤っぽく変色していた。
「最悪」
焦りからか視野の狭まっていた己に悪態をつき、すぐさま痛み止めと止血剤の混ざった水薬のアンプルをへし折り飲み干す。
「俺は自分の事を二の次にして『土人形』の成長の為能力も時間も注ぎ込んだ。だからソレは手強いだろう」
「威張ってんなよそれって自分磨きサボって能力ってか他人任せいや土人形任せにしてるだけだろ」
「そうだ。俺は自分の手を汚したくない。痛いのも御免だな」
さらりと言った義造に、今度は自分にではなく相手への嫌悪を込めて最悪と呟きながら至はチェーンソーを構え直した。
土人形の一体がふるったハンマーを相棒で受け止めた彼は、先程の失態で尖らせていた神経で背後からの気配と砂が擦れる音を拾うと一気に武器を支えていた腕を緩める。
ギシギシと軋む音が聞こえそうな程強く打ち込んだ後そのまま体重更にをかけていた土人形は、当然拮抗していた力が急に無くなったことでバランスを崩して前のめりに傾いた。
そこで至が潰されないようその懐を潜り抜けるように移動すれば、背後の一体が彼に向けて繰り出した剣の一撃がハンマー土人形の体を躊躇なく抉ったのである。
「なぁ。聞きたいのだが、何故お前は『学園』に縛られる?自由でありたくないのか?」
同士討ちの成功を喜ぶ暇もなく横から砂で出来た…しかし切れ味は抜群に良さそうな切っ先が光る鎌がふるわれ、至は服と皮膚の表層を切り裂かれながらもギリギリで回避した。
ヒリヒリとした痛みを無視して大将首を見据えるも、やはり状況は変わらず義造の前には残る二体がゆぅらりと陣取っている。
どうにも攻撃が届くビジョンが浮かばず、至はただ好転しない戦況に歯噛みするしかない。
何せ、ゆらゆらして無防備に見える土人形達にその実隙など見当たらないのだから。
「聞いてるか?」
「あぁもううるっさいなお前マジで空気読めよバカじゃないのいやバカなのか今小生悩んでるしどう見ても忙しいでしょその目どうなってんの宗教勧誘したいなら余所でやれってか話聞いて欲しいならまず攻撃止めろよ」
「不満が多いなお前は」
果たして義造は空気が読めないのか読まないのかは不明だが、至と土人形が必死に攻防を繰り広げる中平然と声をかけるくらいにはマイペースなのだろう事が窺い知れた。
今まで大して変えなかった表情をここに来てどこか拗ねたようなものに変えてきた事に至は更に苛立ちを募らせ、青筋を浮かべながら戦いの合間に言い返す。
「小生は今の生活で不満は無いっていうか最近は滅茶苦茶充実してるからむしろ現状維持がいいんで自由にとか気持ち悪い思想を押し付けられるのはノーサンキューっていうか他国勢がそんな考え持って真面目に怪異討伐しないからその分が日本勢に上乗せされてんだよふざけんな」
「…一般人の為に身を粉にして戦っているのだろう?腹立たしくは無いのか?俺には…耐えられん」
一般人、とその単語を口にした途端、平淡で置物のようだった義造が初めて人間になったと至は感じた。
感情の温度が声に込もり、敵愾心や嫌悪をありありと映して歪む表情はどこからどう見ても人間くさい。
それは醜く、しかし自然な姿。
今までの置物よりはましだなと至が鼻をならす。
どうやら義造は相当に一般人が嫌いらしい。
「どうだろう。『学園』という枷は捨てて、一般人を守るなどという無意味な偽善を捨てて…俺達と能力者だけの世界を作らないか?」
「あーそういう感じね無理興味ないっていうかそもそも小生一般人とかせいぜい幽霊程度にしか見てないから好きも嫌いもないしだから一般人駆逐してやる的なお前と同じモチベーションなんて絶対持てないし何より現状維持で満足って言ったでしょ」
至は土人形が放った砂の投擲槍を弾き飛ばし、呆れたようにため息をついてこう続けた。
「そもそも"一般人の為に身を粉にして"なんてお前の被害妄想が間違ってるんだよね」
「何?」
少なくとも『学園』の能力者は任務…つまり怪異の討伐を"人助け"だと、誰かの為だとは考えていない。
言ってしまえば、ただ給料がもらえるちょっと大きな"害虫駆除の仕事"に過ぎない。
人助けではなく"仕事"という点が重要だ。誰の為かと言えばそれは"自分の為"である。
つまるところ『学園』の能力者は、唯唯諾諾として割り振られた仕事をこなすサラリーマンに近かった。
不満が無いわけではないが逆らうのも労力の無駄。
別に己の尊厳や"世界"を害されるでもなく、仕事に見合った少なくない給料が出るのならそれで構わない。
悲しいかな、日本人の血は能力者においてもどこまでも仕事脳なのである。
昔から脈々と受け継がれるそれはブラックな労働の範囲をバグらせ、無駄な耐性を持ち、悟っているというか社会的に病んでいた。
結果、"仕事"なら嫌いだったり面倒なのは当たり前じゃね?くらいに思っている。
ひとえにこの考え方の差こそが余所の敵対組織と『学園』の溝の原因になっていた。
加えて日本の保守的なあり方も拍車をかけ、色々と拗れているのである。
「というかシンプルに後輩をあんな風に殺した奴についていくとかさすがに無いでしょだって自由とか言いつつ組織が気に入らない事するなら殺すって言ってるようなもんだしつまり誘い文句が破綻してて論外一昨日来やがれってやつ」
何より、と川の如く流れていた言葉を一度切った至は付け入る隙など一切存在しないときっぱり瞳に乗せ、たった一言を付け加えた。
「小生はあの人に嫌われたくない」
義造の語る理想は間違いなく一般人を害するものだ。
それを誰よりも嫌うだろう…否、嫌うどころではないくらいに負の感情を見せるだろう人物を思えば、至の天秤はピクリとも傾く筈はなく。
ここに来てようやく無駄を悟ったのか、義造は注いでいた視線を外して憐憫の情を吐息に混ぜて空気に溶かす。
「…そうか。残念だ」
やれ、と短く呟かれた命令が土人形達の様子をガラリと変えた。
今までより濃くなった殺気に撫でられた肌が一斉に鳥肌をたて、至は神経を更に尖らせる。
チェーンソーが『振動』によって奏でる不協和音の音量が上がったのを合図に、森の中で再び無言の応酬が始まった。
五対一という数のハンデを負いながらも至の動きは見事なもので、気配や音を消そうという意思を持たない土人形の動きを視覚だけではなく感覚全てで感じ取りながら猛撃をさばいていく。
一体の剣を弾き、すぐさま背後に回って蹴り飛ばせばバランスを崩した土人形へ至へ向けていた追撃の槍が突き刺さった。
そのまま地面にドシンと倒れた土人形の体から伸びる槍をかかと落としで更にめり込ませると、ビシッとそこへヒビが入ったのである。
「また同士討ちがはまるとか思考力は成長しないんだね可哀想に」
いくら堅牢な物質物体であれど…いやだからこそ、一ミリでも隙間が存在するのならそこから崩すのは容易い。
特に至の扱う能力ならば尚更だ。
彼は刺さったままの槍を掴み、『振動』を発動させた。
すると今までは固くて歯が立たなかったその体は面白いくらいにボロボロと崩れ、土人形はあっという間に人の形を失って消えたのである。
この調子で削っていけば勝機が見えるかと思った至だが、手駒を一つ失ったにしては動じなさすぎる義造を一度視界に入れて眉を寄せる。
相も変わらず彼は腕を組んだまま、ろくな表情も作らず案山子のように立っていた。
チェスのキングもビックリなレベルで義造は動かないし、強固に守られている。
土人形に絶対の信をおいているのは間違いない。
だからこそ、その彼が大事な手駒を壊されて尚無反応なのは何故なのかという問いが至の中で渦を巻くのだ。
余裕か、過信か、それとも…
「…っち」
その答えはもっとも嫌な形で提示されることとなった。
なんと、土人形は少し目を離した隙に何事も無かったかのように再生したのである。
「…(はぁマジで最悪なんだけど百歩譲って最初の小さいのがポコポコ量産出来るのは良いとしてこの強化版すら軽々作り直せるとか狡すぎるでしょ)」
場に出せるのは五体。それは恐らく制約だろう。
しかし、"作り出せる"のが五体とは言っていない。つまり義造の能力にはまだ余力があるのだ。
彼がひたすらに自身の強さを捨て、能力だけを鍛えた結果が成る程確かにそこにあった。
至は迫り来る出来立てピカピカの土人形に舌打ちをしながらチェーンソーを思い切りふるう。
しかしやはりと言うべきか…ガキンと鋭い音を立て、その凶刃は土人形の表面を少しばかり削る程度で止まってしまった。
「…(生まれたては柔らかいとか実は見かけ倒しの張りぼてとか期待してたけどやっぱ強度は他と変わんないか)」
びくともしない手応えに至が引こうとしたその時、予想外の事が起こる。
突然その土人形の手がチェーンソーを掴み、至以上の力であろうことか自身へと更に食い込ませたではないか。
「…は?」
何してるんだと至は思った。思ってしまった事が命取りだった。
理解不能なイレギュラーを前にして、ほんの一瞬だけ思考を停止させてしまったのである。
瞬間、その意識の隙間を突くように土人形の腹から飛び出した砂の棘がドッと至を貫いた。
「…っぁぐ!?」
痛みに意識を飛ばしそうになりながらも、理性的な彼にしては珍しく本能が叫ぶままその場から離脱する。
移動の間、隙を見てまた一本アンプルをへし折った。
血を飛び散らせながら木の上に身をおいた至からは、効き目抜群の薬を飲んで尚少なくない血が流れ落ちている。
咄嗟に身を捩って腹に大穴が空くことだけは防いだものの外腿の上の辺りを盛大に穿たれてしまう事になり、動きに支障が出るくらいには深傷を負ってしまっていた。
至は嫌でも聴こえてしまう己から流れ出て落ちていく血の音に吐き気を覚えながらも、今の攻撃で一つ納得した事がある。
「猫の腹に大穴を空けてくれたのはお前なんだな」
後輩の一人、猫夜鈴の無惨な遺体にぽっかりと空いていた空洞。
一体どんな能力をその身に受けたのかと疑問ではあったが、今己の身をもって体験することになろうとは…至にとって実にありがたくない答え合わせだ。
「マオ…?女の餓鬼の事なら、そうだな。俺がやった」
恐ろしい女だったと義造は続ける。
「土人形達に囲まれ歯も立たず、その上腕を潰されても反抗的でな。ボスが要らないと言うから止めをさしたつもりだったんだが…」
〈アタシ、は…約束を、守…る、主義…なの、にゃ…!先輩に…つ、づりぎ…さんに…!おはようって…言っ〉
マオの生家は世界を渡る商人で、契約…すなわち約束事を重んじる家であった。
幼少のみとはいえその教えに浸かっていた彼女は、己の口から出した約束は絶対に守り通すことを"信念"としている。
もはや確認のしようはないが、それはマオにとって"世界"と呼べるものだったのかもしれない。
故に、彼女は死の間際にあっても尚その信念を曲げたりはしなかった。
彼女は、信じたのだ。
あと数分、いや数秒で尽きるだろう命でも、彼女が同期相手にも滅多に言わない"また明日"の言葉を…その約束を、己は果たすのだと。果たせるのだと、その可能性を。
「あの傷でまだボスに一矢報いようとして…首を切られた。そのまま死ねばキレイに死ねただろうに、愚かなものだ」
「あっそ猫らしいじゃんカッコいいと小生は思うねまぁ後輩がそんなに頑張ったなら小生もここで痛い痛い言ってる場合じゃないねよく分かったよお前は絶対ぶっ潰す今改めて決めた」
至は傷を抑えていた血塗れの手をビュッとふるう。
飛んだ血飛沫が義造の頬に付き、彼はそれを親指でおざなりに拭いながら首を傾げた。
「お前は"何に"怒っている?あの餓鬼共に心傾ける奴には見えんが」
「っはーまったく何故何何でって質問の多い奴だな本当に面倒くさいってか鬱陶しい」
今度は学習でもしたのか土人形達への攻撃指令を緩めてまで聞いてくる義造に、至はわざとらしく特大のため息を吐く。
守備に関しては一切緩めないところが尚更ムカつくポイントだろう。
ただ、義造の疑問はもっともだった。
確かに至は二年生達を可愛い後輩だと思っていたし、その死に怒りも悲しみもした。
しかしそれは復讐をしてやる、無念をはらしてやる、といった少年漫画にありがちな熱い激情を伴うには至らないのである。
こうして目の前に犯人が現れなかったのなら、死を弔ってすっぱり終わっていただろう。
事実、減っていった己の同級生達もそうして見送って来たのだから。
薄情に見えるだろうが、能力者としてはその感情が普通だった。
仲間として大事であれど、自身の懐に入れる入れないはまた別問題なのである。
仲の良い友人でも家には上げたくないというタイプの人がいるだろう。それと同じようなものだ。家族や彼氏彼女、己が定めた"身内"にだけ許せる領域というものがある。
彼がきちんと懐に入れて大切だと言えるのは学園では二菜くらいだろう。いや、だった。
「お前達のせいで二年が死んで果たせなくなった約束があってさそれを滅茶苦茶悲しんだいや悲しむって言葉じゃ足りないくらい傷付いた人がいるわけ」
もう一人、今の至には心を傾け、一般的に見れば勘違いされそうな重さで大切に思っている人がいる。
つまり、至の怒りの源は…
「小生にとって楽しいと思えていた時間を壊すだけじゃ飽き足らず綴戯さんまで傷つけたお前らに怒りを覚えない理由とか能力者にあるわけないでしょ」
その二点。
彼は己を自己中心的だと断じる栞里に負けず劣らず自己中心的な男であった。
義造は話を聞き終えて目を伏せる。
引き込む以前に何らかの地雷を踏み抜いていたらしいと知り、成る程と納得した。
つまり最初から計画は破綻していたのだ。聞く耳持たずで当たり前。
あわよくば、の望みは今この時義造から完璧に消えたのである。
「よく分かった。お前は…ちゃんと殺す」
そう宣言して目を開けた義造に感じた違和感。すぐさまそれを理解した至はひくりと顔をひきつらせた。
何故なら義造の瞳と虹彩の色彩が…反転していたのだから。
「瞳色反転『巨大土人形』」
それは、単純にして一番"らしい"形をした能力だった。
五体いた中型土人形がさらりと形を失って溶けたかと思いきや、その砂は消えるでもなく男の周りで渦を巻き、やがて森の木々よりも大きな土人形を一つ形作る。
巨体の外見はRPGで見かけるような四角いブロックを積み上げたものでも、今までののっぺりした人型でもなく…まるで城の一角にそびえる塔のようなものだった。
チェス駒で言うところのルークに手足が生えていると表現するのがピッタリだろう。
至はその巨大土人形の側に義造の姿が見えないことに眉をひそめたが、耳を澄ませて納得する。
彼はどうやら"中"にいるらしい、と。
肌でビリビリと感じ取れる能力の圧は重く、この力で形作られた土人形の強度が先程までの比じゃないだろう事は火を見るより明らかだ。
ならばその内部程安全な場所はないだろう。
「…(一昔前のロボットアニメかよそんなのSFの中だけにして欲しい攻防一体とか狡すぎるでしょ)」
攻撃にベクトルを変えた事で手数が減った分守りが薄くなるのかと期待した至は、内心でそう毒づいた。
「というか見えてんのそれ窓の一つもないじゃん」
「元は砂ではなく俺の能力だからな。マジックミラー仕様に調整するくらいは出来る…さて、抵抗はしない方が良い。そうすれば苦しませず終わらせる」
「…」
「…それが、答えか」
無言のまま武器を構え直す至に嘆息し、義造は短くキッパリと命じる。
「殺れ」
口の無い土人形から獣のような咆哮が上がったかと思えばずるりとその体から左右二本づつ新たな腕が生え、元々の二本と合わせ計六本の腕が至へと一斉に"伸びた"。
「いやいやいや機動力どうすんのかと思ったらそう動くとか狡いっていうか気持ち悪すぎるでしょ」
鞭のようにしなる砂の腕は周囲の木々をへし折り、同じく砂で出来た武器を振り回しながら岩を砕いて地を抉る。
あっという間に場は蹂躙され、広くはなったものの…地上は土人形が一歩踏み出す度にズシンと大きく揺れるため満足に動いていられない。
ただでさえ深傷を負って動きの鈍っているところへの追い討ちである。逃げ回るにしても限界はすぐに訪れるだろう。
風切り音をひゅんひゅんと連れながら無秩序に見えて確実に至をじわじわ囲うように追い詰める腕は、一本一本がとにかく速い上に文字通り手数が多い。
鎌状の一本をいなせば二本三本と背後から横からと隙をつくように別の腕が伸ばされる。
それを足の痛みを食い縛りながら転がって避ければ、ズシンと大きく揺らされた地面に立ち上がろうとした体勢を崩されてしまった。
待ってましたとばかりに何も持ってはいない腕が迫る。
狙いなど分かりきっていたため、至も冷静にそれを受け止めるべく武器を構えた…が、ここで一つ誤算が生じた。
「…っ!?」
「取った」
バキリと嫌な音を立てて、チェーンソーが砕けてしまったのである。
元々彼の能力自体が物体を酷く磨耗させるため脆くなりやすいのは確かであるが、当然それを見越した強度や構造にされている。
しかし今回、スピード勝負が主体の至にしてみれば珍しく何度も攻撃を受け、それを受け止めていたからこそ予想より早く限界に達してしまったらしい。
防ぐ術を失い無防備になった至の右腕をさらうように掴み上げた土人形は、そのままゴキリと容赦の欠片もなく握り潰した。
「…っあ"ぁぁぁ…!!?」
ブラリと空中に吊られた状態で噛み殺しきれなかった絶叫をあげる至を感情も目もない顔で見つめた土人形は、要らないオモチャを捨てるかのようにポイとあっさりその手を離す。
痛みでろくに思考が回らない中、それでも受け身をとると共にその場から飛び退いた彼の判断は正しかった。
何せ、本来踞っていただろう地面には残りの腕によって剣山よろしく数多の武器が突き立てられていたのだから。
「まさか逃げるとは。痛いだろう?次で楽にしてやる」
「…っは…ぐ…っ、ぅるせぇんだよふざけんな小生は死んでやるつもりなんて更々無いんだっての」
強がって牙を剥く至ではあるが額には大量の脂汗が浮かび、足の傷口からは未だに血が流れ落ち、武器も片腕の機能も失っている。
大して義造の方は彼自身も土人形もまったくの無傷。
誰が見ても勝負はついたようなものだった。
「最初、お前を知り合いと勘違いしたが…すまない。確かにお前は別人だ。アイツの方が強かったからな」
「だまれ」
義造にとっては何気無い言葉のつもりだったが、その一言はどうやら至の琴線に触れたらしい。
痛みに喘いで苦悶を浮かべていた筈の顔からはすとんと感情が削ぎ落とされ、山吹の瞳だけが夜道で出くわした猫のようにギラギラと光っていた。
「小生は小生だ"アレ"と比べるな一緒にするな同じ土俵に乗せるな虫酸が走る"アレ"は小生じゃない小生は"アレ"じゃない混同するな重ねるなお前の相手してんのは小生なんだよそれから…小生は劣ってなんかない」
ぶつぶつと支離滅裂に呟かれた負の感情満載の言葉はあたかも呪詛のように響く。
しかし音は義造まで届いてはおらず、彼は至のおかしな様子に首をかしげながらも止めをさすべく指示を飛ばそうとして…
「…っう"ぁ"!?」
急に腕へ走った激痛に目を見開いた。
慌てて腕を見れば、攻撃をされた覚えなど毛頭無いにも関わらず見るも無惨な有り様…ズタズタになっているではないか。
至はその場から動いておらず、そもそも土人形に全方位守られている彼を攻撃するなど結界型であっても難しいというのに、だ。
驚きと混乱のまま呆然と至を見つめていた義造は不意にひゅ、と息を飲む。
気付いてしまったのである。…彼の瞳の色彩が、反転していることに。
「小生本当はお前に血を一滴でも流させてやりたくて頑張ってたんだけどもう無理そうだしどうせ小生のこの腕使い物にならないからじゃあコレを使えば良いって思ったんだよね」
「お、まえ…何を言って…?」
至は義造の理解など知ったことかと己の、何故か先程より状態の酷くなっている腕へ無事なもう片手を添え…なんと、迷いもなく『振動』を発動させたではないか。
その、頭がおかしくなったような行動の意味を、義造は間を置かずに理解する。否、させられる。
「っあ"ぁぁぁ!?い"、ぁ"…!なん…何だ!!何なんだこれはぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!」
至の腕がぐちゃぐちゃと凄まじい『振動』によって痛め付けられるのと連動するように、義造の腕も同じく『振動』の効果をくらっていたのだ。
細かく激しい高周波の『振動』は組織を壊し、骨を砕き、筋肉繊維を千切っていく。
今まで触れられなければ大丈夫と高を括っていたその力は、生身で受けるには凶悪すぎる威力でもって義造の腕を蝕んでいった。
「何故だ!!!何故、届く…!?」
ズタズタな腕から滴る血と顔中から吹き出した汗が自慢の土人形に吸われていくのをうつ向いたまま見つめ、義造は取り乱したように声を裏返しながら叫び散らす。
同じく見るに絶えない有り様の腕をぶら下げて、苦し気ながら不敵に笑う至とは大違いである。
なにぶんこの男、常に安全に身を置くあり方故に痛みにはめっぽう弱かった。
「小生の作り上げた瞳色反転は『共鳴』」
至の語るその原理は栞里辺りが聞けば、ん?と首を傾げただろう。なにせ、どこかで聞き覚えのあるものだったのだから。
曰く、『共鳴』は離れた物体同士をリンクさせ、対象に直接触れずとも『振動』の能力を届かせる力であり、物体同士が似ていれば似ている程その効果は高まるという。
「小生"似たもの"って滅茶苦茶嫌いなんだよねだから視界に入るとどうしても片方壊れちゃえば良いのにって思うわけ」
それこそがこの能力の根底。
それほどまでに思う何かが、彼の"世界"に関わっているのだろう。
しかし今はまだその"何か"を知るすべはない。
「まぁただで能力は発動しないんだけどね制約では無いけどリンクさせるために必要な要素があるから」
その、能力に必要なトリガーは…血液。
それを告げて、至はにんまりと凶悪な笑みを浮かべた。
「おかしい…!!おかしいぞ!なら発動する筈がないだろう!俺は血など流していない!!」
「確かにお前の血は無いけど忘たの小生の血は"付いた"よね」
とんとんと頬を指差す至に、義造は青ざめた己の頬に触れる。
そこには適当に拭ったせいで残った至の血が、赤黒く乾燥した状態でこびりついていた。
指が触れた部分がいくらか剥がれ、ほろほろと落ちていく。
「まさか、コレを狙って…だと?」
「本当は嫌だったよ自分を媒体にするとかめっちゃ痛いし最悪じゃんお前の血さえあったら適当な人形とかですんだのに」
さらっと言っているが、その痛みとは想像を絶するものだ。
それを承知で、いくら既にボロボロとはいえ己の腕を犠牲に能力を発動させるなど義造には…死を背負う痛みも戦いの痛みも全て土人形に押し付けてきた彼には考えられない行動であった。
「ところで気付いてる?」
至の静かな声が近くから聞こえた気がして、痛みから逃げたいといっぱいいっぱいな思考のままに外へ意識を向ける。
向こうからは見えていないだろうが、土人形を隔てたすぐ目の前に彼は立っていた。
「この土人形には今お前の血が染み込んでるよねいや小生見えてはいないけど絶対に」
義造の血が染み込んだ人型の土人形。
血を目印に効果をリンクさせる能力。
至の言いたいことなど考えるまでもない事であり、それ故に義造の顔色は死人と見紛うほど蒼白になったのである。
「や、やめ…!!!」
「…るわけ無いだろクソ野郎さっさと沈めよ」
土人形に添えられた彼の手から慈悲もなく発動させられた『振動』は、義造の全身を容赦襲った。
強制的な脳震盪に始まって、全身はミシミシと砕けそうに軋み、五臓六腑は闇雲にかき混ぜられているよう。
このまま続ければ確実に心臓に影響が出て死ぬだろうところで、何者かが土人形に触れていた至の手を掴んで止めた。
「そこまでにしてください。殺されては困ります」
まったく困っていないだろう笑顔でそう言ったのは、小柄な少女の首と手を繋ぐようにロープで縛り、その端を引く三神聖である。
とんでもなく犯罪臭漂う絵面に、至はドン引きですと顔に張り付けたままに心内で師と仰いでいた人物をまじまじ見つめた。
「そういう趣味があったとは知りませんでしたっていうかまぁ性癖なんて人それぞれでしょうし偏見は持たないつもりですけどさすがに社会的にヤバイとは思います」
「誤解しないでください。燃やされたいんですか」
「…誤解するなって方が無理だと思うし」
場に漂っていた殺気は霧散し、至も気が抜けたのかその場でドサリと座り込む。
気付けば土人形も消えていて、彼の目の前には泡を吹いて失禁しながら気絶している大柄な男が一人伸びているだけだ。
聖はそれを道端のゴミでも見るように一瞥し、すぐに至へからかい混じりの視線を向けながら一本の薬を差し出す。
言わずもがな、とんでもなく痛いが効き目はピカイチのアレである。
「派手にやったものですね。ほぼ自傷でしょうけど」
「まぁそうですけどっていうかそれを知ってるとかいつからいたんですか三神さんまったく気付きませんでしたよ」
「貴方が自分の腕に『振動』を使った所からですよ。何事かと思いましたが…いつから完成していたんです?」
聖は至の瞳色反転が今さっき作り上げられたものではないと見抜いていた。
そもそも瞳色反転は自ら形を作り上げるものであるが故に、実戦中のピンチにいきなり閃いたりぶっつけ本番で使ったりといった王道展開がザラにある。
しかし至の扱っていたそれは初めてというには手慣れている…というより、使い方を知りすぎている印象を受けたのだ。
薬の痛みで上がるうめき声を手で抑えつつ、ばつが悪そうに視線を彷徨わせた。
「綴戯さんとの会話でアイデアが沸いて居ても立ってもいられなくなったのでその…昨日の夜に、少し…」
「成る程それで。気持ちは分かりますが、今後勝手な行動は慎んでください」
朝の話を思い出しつつそう注意を述べた聖はさて、と木々の隙間をに見える空に視線を向けながら、もう一人の学生を思い浮かべた。
「あちらは上手くやっているでしょうか」




