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11-3


趣味の悪い絨毯のように赤く染まった床を駆け抜けて一気に裏口までたどり着いた七尾さんは、勢いのままにその扉を蹴り開けて外へと飛び出す。

囲いで森と隔たれた裏のスペースにはこの時代では中々見ない薪と斧のセットが落ちていて、その向こうに倉庫だろう小ぢんまりしたログハウスがひっそりと建っていた。


それと…この場には不釣り合いな機械も一つ。


七尾さんに警戒を任せて四葉さんがそれに近付き、ポチポチと弄り始める。

軽やかに動く彼の指を見ながら爆発とかを警戒してひやひやしてしまう私はドラマの見すぎかな。

ほら、間違ったボタン押したらドカン!とか…なんて、冗談だ。


「ふむ、やはり断音装置です。しかしあまり詳しくないわたくしから見ても…『学園』のものにそっくりではあれど、似せただけの粗悪品ですね。ね?」

「難しいことは分かりかねるが…合宿地といい技術といい内部情報が漏れているのは確かですな」


本当に断音装置があったらしい。

本来なら、人の為す雑音がない山に悲鳴の一つでも響いた瞬間至くんが気付けたことだろう。彼が聞き逃すとは思えないからね。

しかし実際には、粗悪品だろうがなんだろうがこの装置のせいで音は遮断されていて…彼らのSOSに気付くことは叶わなかった。

至くんが気付けない音に気付く術なんてこちらにはない。

考えたら、途端にそのチェス駒のポーンにな似た武骨な機械が憎くなった。


もし今日の約束がなかったら…この騒動すら知らぬままに学園で彼女達の死を告げられた事だろう。

更に言えば、気付いた時には犯人も追えなかったかもしれない。

それのなんと恐ろしいことか。


"あちら"ではどうだったのだろう。この悲劇は起こっていたのかな。

能力者だけの話だから報道はされなかっただろうし、もし起こっていたとしても当時一般人の私には知る術もなかっただろうけれど…同じように、"あちら"のマオちゃん達の明日は奪われていたのかな。

…なんて。いくら考えたところで、真実は全て瓦礫の下に沈んでしまったのだけど。


でも確かに分かることが一つ。

門倉くんは、まだ助けられる。

〈〈〈また明日!〉〉〉

あの約束が、マオちゃん達の残した…残してくれたチャンスなのだ。絶対無駄にはしない。


四葉さんが消音装置の解除に取りかかるのを横目に、七尾さんは抱えていた私を降ろして倉庫の前に仁王立ちした。そして…


「…ハァッ!!!」


一切の躊躇戸惑いを排し、彼は正拳突き一つで倉庫を吹っ飛ばしたのである。

いや、えっと…。

七尾さんの事はそりゃ勿論信じているけれど、あまりにも豪快すぎるお邪魔しますに中にいるだろう門倉くんが心配になったのは仕方のないことだった。

まぁそれはどうやら杞憂だったようだけど。


「な、なお…せん……せ?」

か細くて今にも消えてしまいそうな灯火に似た声が、立ち込める砂埃の向こうから聞こえてきたのだ。


「あはっ!knockが強すぎやしないカナ?」

しかしホッとしたのも束の間。第三者のそんな台詞と共に煙が切り裂かれるようにして晴れた。


そうしてまず目に入ったのは…七尾さんが開けた大穴。

建物の前面を吹き飛ばした彼の一撃は座り込んでいたらしい門倉くんの横を貫通しており、その一撃ががむしゃらに放たれたものではないことを教えてくれた。


七尾さんは門倉の隣にいたのだろう"誰か"を狙ったのだ。

その誰かとは考えるまでもなく、穴を挟んだ反対側でローブをはためかせる人影だろう。


「ハッ!悪かったなァ!オレァ加減ってもんが苦手でね」

「haha!ピンポイントでオレを狙っておいてよく言ウネ!面白いjokeダヨ!」

その声に耳が、脳がぞわりとした。

決して、いい声…!となったわけではない。いや、世間的にはいい声だろうけれどそうではなく…


私はその声を"知っていた"。

顔がローブで隠れていようとも、その声が私に不審人物の正体を告げている。


「つ…づり……さ…ん?」

私を呼ぶ声に、思考から"ソイツ"をポイっと弾き出す。あんな奴よりこちらの方が重要だ。

「門倉くん!!…っ!?」

僅かに身じろぎした彼に表情を緩めたのは一瞬。

生きていた喜びよりもその体の、姿の悲痛さに悲鳴を飲み込むように喉をひきつらせた。


門倉くんはここからでも見えるくらいにおびただしい量の血を流して床に水溜まりを作り、その原因である左腕は…肩から先が失われているではないか。

残る右腕には手錠がはめられ、近くの柱に繋がれている。

殴られたのか頬を含めて顔は青黒い痣だらけで、片目は閉じたまま血の涙を流していた。

足は曲がってはいけない方に曲げられて、よくよく見れば踵…否、健まで切られているらしい。

これでは逃げるどころか動くことも抵抗することも出来はしなかっただろう。


何も出来ないと頭で分かっていながら、それでも四葉さんを待っていられずに駆け寄ろうとした私の前にざっと風をつれてローブが立ち塞がった。

「lady、近付いてはいけなイヨ?…おや?」

近くにいるわけではない。どちらかと言えば門倉くんの側にいる筈のソイツに一歩すら許されず牽制され、それだけで縫い止められてしまった己の足に歯噛みする。


ふっ、と耳に入る音がクリアになり、つまみを回したようにボリュームが大きくなった。

四葉さんが断音装置もどきの無力化に成功したのだろう。


私は、何も出来ていない。


「綴戯、下がれ」

「…っ、はい」


私は、なんて役立たずなのか。


門倉くんが呼んでくれたのに。

あんなに酷い有り様で、それでも私の名を呼んでくれたのに…!!

無力な自分を引き裂いてやりたかった。これじゃあ、あの頃から何も変われてないじゃないか。


穏やかじゃない私の心境などお構いなしに、ローブの人物は私を隠す七尾さん越しにこちらを見ようと体を右へ左へと傾けていた。

「まさか…まさか"女王"カイ?これまたなんでこんな所二?」

「…ア"ァ?何だって?」

「いやでも違うのカナ?気配はするケド…君、何ナノ?」

「何を言ってるか分からないけど…そもそも不審人物に教えてやると思うわけ?」


言っていることはさっぱりだけど、私の何かに興味をもったらしいソイツに言葉を返す。

注意さえ引けるならそれでいいのだから。


「あはっ!つれないナァ!じゃあ、特別に自己紹介してアゲル!」

言うが早いか、ソイツはバサリと今まで着ていたローブをあっさりと脱ぎ捨て、その姿をあまりにも軽々しく白日の下に晒した。


夏の日差しをキラキラと反射させる白銀の髪が風に揺れ、熟したワインに似たカーマインに浮かぶ色が抜けたようなアイボリーがそのカーテンの隙間から私を見る。


「オレはバロン・イグニス。イグニス社を知ってるカナ?オレはそこで社長をしていルヨ!」

イグニス社と言えば、"あちら"でも聞き覚えのある会社名だ。

質の良い輸入雑貨を低価格で卸し、そのコスパの良さとデザイン性の良さで小さいながらそこそこ話題になった会社である。

まさか能力者…ましてこんな奴が社長だったとは、世も末だ。

なんて、その"世"は既に死んでしまっているけれど。


前髪を邪魔そうに後ろに撫で付ければ、その姿はやはり私の"記録"通りの男のものであった。

だからこそ、自信に満ちた立ち居振舞いを見ても尚私は怯むことなく口を開くことが出来たのである。


「うそつき」、と。


一瞬、場の時が止まった。


「…what?」

ブラフでも何でもない。

ただただ事実を告げただけの淡々とした私の言葉はしかし、相手からすれば余程予想だにしないものだったらしい。


その一瞬の動揺を、彼は見逃さなかった。


自然とは違う風が吹き抜けたのと門倉くんが視界から消えたのはほぼ同時。

しかし、彼の姿を見失っても私達に動揺はない。だって門倉くんは…

「ほほほ、綴戯さん。素晴らしいアシストでしたよ。よ?」

四葉さんが既に奪還したのだから。

彼はここに来るまでの間に、私と七尾さんにこう言っていたのだ。


〈もしも彼が捕まっていましたら…どうにか敵を一歩分彼から離して、一瞬の隙を作って下さいね。ね?〉


首をかしげた私と違い、七尾さんは訳知り顔だったけど…

「な!?キサマ…いつの間二!?」

「ほほほ、わたくし力は弱いですけどとても速いのですよ。よ?如何せん、能力的にも立場的にも狙われやすいものですから。ね?」

成る程こういうことか。


そう言えば、枕投げでも四葉さんは滅茶苦茶素早い動きを見せてくれていたっけ。

いや、今はそんな事より。

「四葉さん!門倉くんは…っ!?」

「大丈夫ですよ。いえ、大丈夫にして見せましょう。しょう?」


門倉くんを腕に抱き私達の後方まで瞬きの間に移動した彼は、『回復』を発動させながら柔らかく…しかし決意に満ちた瞳をのぞかせて笑った。

安心感でふっと力が抜ける。

七尾さんが奴を牽制してくれている隙に、私はよろけそうな足を叱咤して門倉くんの側に駆け寄った。

そして、まだ暖かさの失われていない手をきゅっと握る。


「つづり、ぎ…さん…」

「大丈夫だよ。四葉さんが助けてくれるから、大丈夫。遅くなってごめ…っ、ごめんね」

弱々しくとも確かに握り返された手に、私はありったけの希望を込めてもう一度先程よりも強い力で握った。


「頑張ってくれて、生きててくれて…ありがとう…っ」


まだ失われていない。その現実に感謝を溢せば、彼は僅かに目を見開いて小さく笑う。

苦しいだろうに、痛いだろうに…それでも私に見せてくれた笑顔に報いたくて、私は泣きそうなのを堪えて笑ってみせた。

きっと、さぞ不格好な笑みだっただろう。


そこで彼は気を失ったようにふっと眠りにつく。

慌てて四葉さんに目を向ければ大丈夫だと返されたので、私は浮かした腰を降ろした。


「あーあー、取られチャッタ。不粋な事しないデヨ。折角勧誘してたノニ!」

「勧誘、だと?」

「yes!オレ達の仲間になって?っテサ!『転移』の能力者は是が非でも欲しかったんダヨ!…でも、彼も彼のトモダチもみーんな聞き分けがなくテネ?残念ダヨ!」


酷く軽い様子だけれど男の瞳に光は無く、狂気で濁りきったそれはひたすらに薄気味悪い。

その瞳は私が嫌う"アイツ"と少しも違わないように見え、落ち着きかけていたノイズがまた酷くなるのを感じた。


「うーん…キサマは聞くまでも無さそうダネ。でも、一ノ世クンの先輩カァ…」

「あ"ん?アイツの先輩だから何だってンだよ」

「アハッ!ならさ…遊んデヨ!」

そう言って男が腰のベルトから取り出したのは所謂短剣と呼ばれるだろう武器である。

腰に差していた割には小さい…開いた手くらいの刃渡りをもつソレを弄ぶようにくるりくるりと回すソイツに既視感を感じ、私ははっとなって叫んだ。


「七尾さん!!伏せて!!」

「…っ!?」

「…へぇ?」


彼の頭上すれすれでその髪を僅かに散らせたのは…不可視の"何か"。私が追えなかったという話ではない。

実際七尾さんにすら見えていない筈だ。


案の定、距離をとった七尾さんは何が起きたか把握しきれていないようだけど…それが当たり前だと思う。

今男が何をしたのかといえば、短剣を弄りがてら持ち具合を確かめるように軽く素振りをした。それだけ。

()()()()()()()()()()()()()()をしただけなのだ。


けれど現実、その動きの直後に丁度七尾さんの首があった位置を目に見えない何かが引いた銀線が撫でたのである。間合いから完全に外れていたにもかかわらず、ね。


「今の、は…一体」

「いやぁよく分かっタネ!第六感とかスピリチュアルな感じで躱されることはたまーにあったケド…初見でこうも完全に見破られたのは初めテダ」

口元では笑いつつ、触れただけでスッパリと切れてしまいそうな程鋭い視線が私の体を無遠慮に滑っていく。


そこに警戒が滲んでいるのを感じとり、私の口元もゆるりと僅かに上がった。

今この瞬間、よく分からないが女王だのふざけながらレディだの言って"私"を見ていなかった男が…正しく"私"という個を見たのである。

私という個を警戒したのである。


ならば応えてやろう。これは"記録者"流の憂さ晴らしだ。良い子はこんな陰湿な真似をしないことをおすすめするけれど、生憎私は良い子ではないからね。

私は、性格が悪いんだよ。それを思い知ればいい。


「『屈折』。光の道を無理やり能力でねじ曲げて、対象を"正しく視認させない"ようにする能力」

"記録者"による情報の開示。

それを悟った周囲の気配がガラリと変わる。


七尾さんと四葉さんは驚きの後に何かを理解したように苦々しい顔をして、男はあっさりと能力が晒された驚愕と同時に凄まじい敵意を私へとぶつけてきた。

そりゃそうだ。彼の力は知られていないことが最重要だと他でもない本人が言っていたのだから。


"アイツ"と同じ気配に震えそうな己を律するために、私は門倉くんの手をきゅっと握り直す。

そうだ。彼にこんなことをした奴から逃げてたまるものか。

戦慄いた唇を一度噛み、再度口を開いた。


「自分と同サイズまでの非生物にしか作用させられない制約付きで、一部からは目眩まし程度にしか使えない地味な力だと揶揄されていたけれど…」

物凄く嫌で吐き気がするものの、私は決定打を打ち込むためにそれを押さえ込みながら…"アイツ"が口癖のように語っていた言葉を開示する。


「曰く、《能力は使い方ダヨ!僅かな見え方のズレが戦場では中々どうして侮れナイ。地味だからこそ厄介なノサ!》…そうでしょう?"ハロルド・オルデバロン"」

「…ッ!!?キサマ!!!」

「行かせるかよ!!」

私がその名を口にした途端、激昂してぎゅんと瞳孔を開かせた男…ハロルドがこちらに足を踏み出そうとして七尾さんに止められた。


響いた固いもの同士がぶつかる音と何もない空間に拳を付き出したまま止まる七尾さんを見るに、彼の『硬質化』させた腕の向こうではハロルド愛用の蛇腹剣がそれを受け止めているのだろう。


その重さに顔をしかめつつ、蹴りを放ちながら七尾さんから距離をとったハロルドが得体の知れないものでも見るような顔で私を睨み付けた。

「クソッ!!!何だキサマは!何故知ってイル!!」


名前だけならまだしも、能力や気に入りの台詞まで白日に晒されたからか誤魔化してやろうという意思は感じられない。

意外と潔いんだね。


四葉さんから下がるよう背中に声がかけられたけど、私の足は下がろうとしてはくれなかった。

蛮勇?否。そんなかっこつけじゃない。

怒りに任せた虚勢だけでギリギリ立っている為に、動く余裕がないだけである。

つまるところ、怖じ気づいている。

一歩でも動いたらあの獰猛な殺意に狩り殺されてしまいそうで怖いのだ。


だから心中で四葉さんに謝りつつ、私はそのまま勢いに任せて口を開く事にした。

「私は"記録者"。お前らみたいな裏でこそこそ動くネズミにとっての厄介者だよ」

「"記録者"ダト…?あの引きこもり連中と同じもの、ダト?バカな…それこそどうしてこんな所に!?ここは外ダヨ!?」


驚くところそこなの?

どうやら国籍の違う彼から見ても、"記録者"…『記録』の能力者は引きこもりらしい。

海は越えても部屋の扉は越えられなかったということか。


「それ以前に、漏れる筈のない情報をどうして温室育ちが知ってイル!!」

「おあいにく様。私、ぬるま湯よりマグマが似合う女なの」

ふんっ、と悪女の如く鼻で笑い挑発するように目を眇めれば、ハロルドの目が座る。

ギラギラした光は更に増し、自分で撒いた種のクセに私のメンタルがきりきりと悲鳴をあげていた。足の震えがそろそろ誤魔化せない。

我が事ながら心底アホだと思う。一ノ世相手の時といい、どうして私は恐れを誤魔化すために前に出てしまうのか。


「…危険ダナ」

ポツリと低く落とされた声と共に何故かハロルドは片手をサムズアップの形にすると…その立てた親指を指相撲でもするようにパタンと倒した。


勿論そんな可愛い意図である筈もないが。


「…っ!?」

ヒュンと風を切る音が耳元で聞こえたと思いきや、そのまま頬がぱっくりと裂けてひりつく痛みを訴える。


矢なのかナイフなのかは分からないけれど、どうやら『屈折』で見えない状態にされた"何か鋭利なもの"が掠めていったらしい。

ならばあの行動はさしずめボタンか何かを押した動きだったのだろう。

思いの外傷が深いのか、心臓がそこにあるように脈打ちながらぬるつく血が後から後から流れていく。


「綴戯!!」

「おっと行かせなイヨ!次は頭を撃ち抜いてあげよウカ?hahahaha!!」

私に駆け寄ろうとする七尾さんはアイツに邪魔をされ、四葉さんは門倉くんの『回復』に集中している。


ダメだ。私、完全に邪魔になってるわ。

これじゃあ(てい)の良い的だ。

仮に頭を撃ち抜かれても死なないけれど、二人には嫌なものを見せてしまうことになる。

どうしたらいい?どうしたら私は…彼らのお荷物にならずに済む?


「ソレ、二発目ダ」

「…くそっ!!逃げろ!!」

そんな考え事をしている間にも、七尾さんと攻防を繰り広げていたハロルドの笑うような声が響いた。


一回目はわざと分かりやすく動いたみたいだけれど、あれは脅しのためのパフォーマンス。

動きを隠されてしまっては、どこにあるかも分からないボタンの操作を防ぐなどさすがの彼でも難しかったようだ。


ごめんなさい七尾さん。

避けろと言われて即避けられる程の反射神経は持ち合わせていません。


しかし、来る衝撃に備えて強く目を瞑る私をヒュンと何処かから聞こえたその音が刺し貫くことはなかった。


それはそうだろう。

ソレは、私を包むように抱き込んだ何かに阻まれて…キィンと甲高い音を立てて地に落ちたのだから。


「うふん♥️大丈夫、シオリちゃん?ダーリンが来たからには安心して頂戴♥️」

「ま、マリアンヌさん??」


見た目は筋肉なのに実際は違うカチカチボディを手で押して抱擁から逃れるように上身を反らせば、チュとルージュ艶めく厚ぼったい唇を突き出してウインクをサービスしてくれているマリアンヌさん御尊顔があった。

意外すぎる人物の登場に狐につままれたような心地になりながらも、私は分かりやすく首をかしげてみせる。


「す、スリープモードだったんじゃ…」

「やぁだ、愛の力があればあんなもの障害にならないわよぉ♪おチビちゃんはまだまだバブちゃんだから寝たままだけどねん♥️」

「えぇぇ…そんなバカな…」

「ハニーのピンチとあれば、アチシは何をしてでも駆けつける一途なオトメなの♥️」

ハニーだのオトメだのいろいろと破綻している台詞はさておいて。

つまるところ、無理矢理モードを解いてこんなところまで来てくれたという事だろうか。


そんな事が可能なのか、いや可能にしてしまって良いものかと悩みどころではあったけれど私の体は正直で、緊張の糸がふつりと切れたようにマリアンヌさんへ倒れ込む。

何の危なげもなく受け止めてくれた巨躯へ、七尾さんが顔も見ずに声を上げる。


「丁度良い!マリアンヌ!!そのまま綴戯を連れて逃げろ!」

「任せて頂戴♪アチシはそのために来たのよぉ♥️」

言うが早いか、マリアンヌさんはこちらが何か言うより先に素早く私を抱き抱えて地面を蹴る。


ちょ、うそでしょ。まって。

私今ゴリマッチョオネェ(アンドロイド)っていう濃すぎる方に姫抱きされてるんですけど??

鮮やかな手際ですね、じゃなくて!

今まで感じていたのと別方向の恐怖が背を震わせたのは気のせいであって欲しい。


「Huh!?今度は一体何ナノ!?キサマら、よくもまぁ引っ掻き回してくれるもんダネ!!」

「ハッ!退屈しなくて良いじゃねェか!オレも退屈はさせねェからよ!ッラア!!!」

背後でアイツが悔しそうに叫ぶのと七尾さんの鋭い気合いの声を聞きながら、私はドドドドドとエンジン音のような音と共に走るマリアンヌさんと森へ飛び込んだのである。

とりあえず、ロケットを使わないくらいの気遣いはしていただけたようでなによりだ。


遠退くロッジを眺めて逃げるしか出来ない己の無力を呪いながら、七尾さんや別れて敵を追いかけていった皆の無事を今だけは信心深い神官の真似事をしてただただ祈った。



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