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11章:合宿3【前編】


血臭に満たされた空間では既に己の嗅覚などバカになっていて、月面のように穿たれた地面に溜まる赤が本当に血なのかと現実味を失いかけている。

しかしその、絵の具だけでは表せない絶望を溶かし込んだ色合いは、ただの色水というにはあまりにも…あまりにも生々しすぎた。


《っう"、ぷ…オ"ェ…》


ビシャリと耐えきれず吐き出してしまった胃液が足下の小さな赤溜まりを一瞬だけ薄め、しかしすぐにとぷりと混ざりあって消えていく。


ここは日本ではないどこか。

能力者共はそこがどこであろうとも等しく壊し、私もどこであれ無理やり呼び出されるからか、いつしか外国…外つ国なんて概念は無くなった気がする。言うなれば、みな等しく"戦場"だ。


しかし…ここの場合はもはや、戦場だったとすら言えやしない。

瓦礫なんかより死体の方が多く視界に入る程にこの場所の有り様は凄惨で、唯人の抵抗がどれ程児戯に等しいおままごとであるかを示していた。

そんな一瞬で墓地に様変わりした場所で場違いに響く言い争いの声に、私は再度気持ち悪さを感じて吐き気を催す。


《一ノ世クン!何故ワレワレの同胞まで殺したンダ!?これじゃあただの皆殺しじゃナイカ!!》

《はー…面倒くさ。知らないよそんなのさ。ソコにいんのが悪いでしょ》

《何故、何故そんな事が言エル!?同じ理想を抱く仲間じゃナイカ!!》


能力者にしては珍しくお綺麗な事を叫ぶソイツだが、その足元ではバキリと一般人のモノだった足が踏み砕かれていた。

結局一般人にしてみればどちらも等しく災いに違いないのだ。

いつもいつもいつも…揃う度にこんな風に言い争いをするそいつらが心底憎くとも、睨むしか出来ない無力さに唇を噛む。


言い争いの原因は大概同じだ。

まずもって一ノ世にわざわざ絡みに来るのは"アイツ"の方。絡まれる側はいつだって無関心だ。

二人が何を話しているのかを聞いたことはないけれど、"アイツ"はいつも得意気に己の部下に先陣をきらせていた。


そうして一般人との争いが始まるのだが問題はその後の話。

一ノ世が適当な頃合いで介入し、虐殺の最中である"アイツ"の部下ごと平然と潰すのである。

"アイツ"はどうやらそれが看過できないらしい。

こちらとしては同士討ちしてくれるのならありがたい限りだが…


ちらり、と死体の群れに目を向ける。

今回のこの有り様もそうして生まれた為に、能力者だった者の死体も一般人に紛れて惨たらしく横たわっていた。


私は自分にうんざりする。

頭ではざまあみろと思うのに…心はどうしても素直に喜べない。

馬鹿みたいだ。聖人でも無いクセして一丁前に敵を憐れむつもりか。


そんな自分の人間らしさが、道徳が、倫理観が、いつだって苦しくてたまらない。

全て捨てて私も化け物であれたなら、こんな血反吐を吐くような思いを抱かずに済んだのだろうか。


《一ノ世クン!仲間殺しは重罪デ…》

《あのさ》


ぞわりと肌を撫でる殺気に息を詰める。

赤い血溜まりもそこかしこでざわつくように、風も無いのに揺れていた。


《誰が、誰と仲間だって?何も知らないクセしてさ、分不相応な事言ってんじゃねぇ。はー…うっざ》


一ノ世が決まり文句で締め括った台詞の直後、凄まじい打撃音が静まり返ったこの場に響き渡る。

そして、私よりも遥か後方でドンと鈍い音と土煙が弾けた。


見えてはいないが、おおかた蹴り飛ばされでもしたのだろう。

ズボンのポケットに両手を指だけ突っ込んだ一ノ世が足を振り抜いた形で止まっているのが見えたから、きっと。


遅れて舞う風が、追い付いたように私へまとわりつく。それに一瞬目を閉じ、次に開けた時には既にその長身はいなくなっていた。

アイツが居なくなったのなら私はもうお役御免で解放だろう。

どうやら今日は水溜まりの一つにならず済みそうだ、なんて。


とんだ夢物語。


《…っ…ぁ》

希望的な話ほど無意味で虚しいものはないと、知っていたのに。


後ろから()()()()()()に喉を貫かれ、傷口から口からボタボタと血が溢れだす。

焼け付くような痛みに悲鳴をあげようとしても、私の喉からはヒュウヒュウと意味を成さない空気が漏れるだけだ。


《クソ!クソ!!何でダ!何でダヨ、一ノ世クン!!》

後ろから近づいてくる足音に、アレを食らってすぐ動けるなんて随分丈夫な体だなと頭の片隅で思いつつ、急激に命を失っていく自身の体躯がぶるぶると震えるのを感じる。

体を伝う血が這う虫のようで不愉快だった。


《クソ!!》

《…っかは…!》

突き刺さっていた何かを抜かれた私は、力無く倒れ込むのすら許されずにすぐさま横っ腹を蹴られて吹っ飛ばされる。

骨の折れる音と内臓が潰れるような音が耳を通さず直接体に響いた。

蹴られた先は幸か不幸か更地で、壁に叩きつけられて死ぬというグロいことにはならなかったけれど…どのみち死ぬのは変わらない。

ゴロゴロと無様に転がった先で、私は誰のものかもわからない血の海に横たわり、その水かさを己の血で増やしていった。


何故、だなんて。笑ってしまう。

そんなの私が叫びたいくらいだ。

何故私は…こんな理不尽な苦痛を味わされているんだろう。


《キサマ、一ノ世クンが毎回連れ回してる小飼いダナ?》


朦朧とした私の目に手入れの行き届いた質の良さそうな靴が写り込んだかと思いきや、ガッと髪を無造作に鷲掴みにされて持ち上げられる。

揺らされた衝撃でコポリと溜まっていた血が口から溢れた。


《いつも連れ回されているが、気に入りカナ?》

白紙の上に一滴の血を垂らしたような暗く濁ったカーマインの瞳が私をしげしげと見つめ、すぐににぃっと細められる。


《ああ、ソウカ!なら、キサマを殺してやれば一ノ世クンもオレと同じ気持ちになるカナ?アハッ!それはイイ!彼はワレワレの作る社会において最大の禁忌を犯シタ!同胞殺しの罰を受けるベキダ!Punishment for (罪には罰を)sin!》

《…ヒュ…ふ、は…は》

怒りと狂気に満ちた哄笑を上げる"ソイツ"から吐き出された言葉に、思わず呼吸の中に嘲笑を混ぜた。


《…何がおかシイ》


あぁ、おかしい。可笑しいよ。可笑しいに決まってるじゃないか。

私の笑いに合わせてコポコポゴロゴロと喉元で血が転がる。


だって、人選ミスも甚だしい。

私?よりにもよって私を選ぶ?

馬鹿も大概にしてほしいものだ。

その目は節穴か何かじゃないのか。

そんな理由で、そんな目的で殺されるなんて…とんだ死に損だよ。


能力者達には皆私…というか、"記録者"の事を知らされているものだと思っていた。

仲が悪いだけじゃなく情報共有も不完全なんて、派閥でも違うのだろうか。

能力者も一枚岩じゃないのかもしれない。なんて。

そんな事どうでも良いし知りたくも、知る必要もない。


だって私から…否、一般人からみれば、"コイツ"も"アイツ"も等しく狂った怪物。同じ穴の狢というものなのだから。


笑う私に舌打ちをしてソイツはぱっと手を離し、何のためらいもなく私の首をはねた。


灰色の空の下、ガラクタのような体が赤に呑まれたのを最後にぶつりと意識が途切れて…私はまた死んだのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


どこか気持ち悪い、生臭いような朝だった。

端末を見れば時刻は後数分で五時といったところか。

早い時間にも関わらず既に窓から差し込む光は夏らしく白い。

少し体をずらせば真っ青な空と生い茂る木々が出来の良い絵画のように窓枠に切り取られて飾られていた。


そう、絵画。


美しい事に間違いはない。けれど、何もかもが張りぼてのように空虚で見た目だけの美しさに見える。

そう思わせるくらいに、見た目以外の…視覚情報以外の部分が最悪だったのだ。


雨上がりのせいかねばついた空気はまるで飢えた獣の吐息のようで気色悪く、体にまとわりついて肌を撫でる生暖かさと湿っぽさがただただ不快だった。

潮風だってこんなにべとつかないだろう。


そのまま森へ目をやれば、強い日差しに比例して生まれたのだろう深い影が木々の奥でぽっかり口を開けている。

入ったら帰れないかもしれないと、そう思わせる闇のそら恐ろしさに生唾を飲んだ。


どうしてだろう。体が何か、世界を拒絶しているみたいだ。

昨日までは本当に煌めいていて生き生きした姿に羨望すら覚えた風景なのに、今は太陽が沈んでしまったかの如く空虚に映る。


そう、まるで"あちら"みたいに。


「…っ」

そんな風に考えたくなくて、ぼやけた頭をスッキリさせたくて…

私は少しヒヤリとした木の床に裸足を乗せ、スリッパも履かずに足早に洗面所へと向かった。


「…は、はは。こりゃヒドイや」


すぐに辿り着いた洗面所。そこに備え付けられた鏡の向こうにはとても人に…特に二菜ちゃんや至くんには見せられない程酷く、青白い顔をした人間が一人本当にそこに在るのかわからないような頼り無さで立っている。


これは、自分の顔をした幽霊か何かだろうか。

そんな事を考えながら右手をそっと鏡面に乗せれば、左右反転しながらも丸きり同じ動きを返されたので私で間違いないらしい。


改めて言う。こりゃヒドイや。


本当にどうした私。本格的に変だぞこれ。

夜中にまたしてもかかってきた一ノ世からの電話による寝不足が原因かとも思ったけれど…あの後は珍しく悪夢のない穏やかな眠りだったんだよね。むしろ最近で一番質の良い睡眠だった気さえする。多少の寝足りなさはあるけれど、日頃より"よく寝た"と言える筈だ。


ならばこの、視界の端に虫でもいるみたいにざわざわした不快感はどこからくるのだろう。

頭を過った藁人形や呪いといった縁起でもない怖すぎる文字を振り払うように、私は水道が吐き出す冷たい水をバシャリと顔に当てた。


顔を洗って少しはスッキリしたものの、常に耳元でガラスないしは黒板を引っ掛かれているような嫌な感覚はなくならない。

あれは本当にゾワゾワするよね。スッゴく嫌いだった。


ぼんやりと思考を空回りさせたまま朝の仕度を終え、ほどほどの時間になったのを確認しながらドアノブをひねる。

今日一日の不安を背負い込んだままに私は部屋から一歩踏み出した。


途端。


「あ!お姉さん!!おっはよーございます!!」

「うっわうるさ朝から小生の耳ぶち壊す気かよ馬鹿あ綴戯さんおはようございます」

鐘を鳴らすように真っ直ぐ突き抜けた声と、それに抗議しながらも私に会えた嬉しさで素直に弾む声。


あぁ、私は本当に単純だ。

ただの挨拶だったのに、それだけで鬱屈した空気が払拭されて目の前が晴れたような心地になったのだから。

ようやく"ここ"で呼吸が出来た気がして、ホッと余計な力が抜けた。


うーん、何だろう。肩に乗っていた幽霊だとか取り付いていた悪霊がぱっと居なくなったらこんな感じじゃないかな。なんて。

分かり易すぎる自分の変化がおかしくて自然に笑みを溢しながら、私は今日になって初めてまともな表情が浮かべられた。


「おはよう!二菜ちゃん。至くん」


にまっと笑い返してくれる二人に心の底から沸き上がる感謝を込めて、自分がそうしたいと思うがままに二人の髪をさらりと撫でる。

とはいえ、撫でるというよりはゴミを払うくらいの一瞬かつ微々たる接触でしかないけどね。

不甲斐ないけれど、今はこれが限界だ。


「「はわわわわ!?」」

「ふふ!さて、早く降りようか」

「あぁ!?待ってくださいよぅ!お姉さん!」

「綴戯さん突然の供給とか容赦ないですが嬉しかったですバッチリ目が覚めました」

うん。二人は今日も変わらず可愛い。

森よりマイナスイオンを感じるよね。

おかげで、と言うと利用したみたいで気が引けるけれど…少し元気が出たのは事実だ。


二菜ちゃんと至くんに両脇を固められてさほど広くもない廊下を通行止めにしながら、まだぼんやりした頭を起こすように口を開いた。

「二人共、昨日は夜更かししないで眠れた?」

「バッチリです!!良い夢まで見ちゃいました!」

「良い夢?」

「はい!!たっくさんのお肉を食べて世界を救う夢です!!」

「なんて??」

ごめんちょっと意味が分からなかった。

それは…果たして良い夢、なのかな?未知すぎて判断つかないんだけど。

とりあえず至くんは宇宙を背負った。


彼女曰く、RPGで言う道端のスライム的な魔物が全て肉料理で、食べると倒した事になってレベルが上がっていくらしい。うん、斬新だ。

でも全部肉はキツくない?

たまには野菜とか挟んでほしいと思うのは私だけだろうか。

想像して胃もたれを起こす私を余所に、二菜ちゃんの夢物語は続いていく。


「…それでですね!波乱万丈を乗り越えてとうとう肉の王座に辿り着いた食の勇者二菜がいざ、魔王ス・テーキに聖剣(フォーク)を突き立てようとした瞬間…!」

「「ごくり」」

「…目が、覚めちゃいましたぁ!山盛りの高級ステーキがパァになっちゃったんです!気付いたらベッドの下に転がってました…」

「結局オチはそこな訳ねせめてクリアしろよちょっとドキドキしちゃったじゃん」

「二菜だって完食(クリア)したかったよ!」

もうショックで!と頬を膨らませる二菜ちゃんには悪いけど、夢さえも楽しそうなんだなと私は笑った。


そんな話をしながら階段を下りた頃には、もう朝の気持ち悪さはどこにもない。

勇者二菜ちゃんに食べられたかな。なんて。

「夢の中まで食い物一色な馬鹿は放っておいて綴戯さんの方は今日も寝不足に見えますがどうですか」


こちらを覗き込む山吹色にさすが鋭いと思いながら、別に隠す意味もないので愚痴を溢した。

「ご明察だよ。また一ノ世から夜中に電話があってね」

「え"ぇ!?二日連続ですか!?」

「そう!本当に迷惑だよ!面倒臭いかまってちゃんかって感じだよね」

「いやいやいやえっとちょっとそれはかまってちゃんも間違いじゃないとは思いますけどそれと言うよりは面倒臭いカレ…う"ぅ"

ん」


至くん喉大丈夫?最後聞き取れなかったんだけど…そんな噎せるくらいビックリしたんだね。

彼だけじゃなく二菜ちゃんもすごい驚きっぷりだ。

そうだよねそうだよね。ビックリするくらい非常識だよね二日連続とか。

思っていたより少しばかりオーバーだったけど、普通の反応がもらえて胸がスッとする思いである。

それ見たことか一ノ世!能力者から見てもお前がおかしいってさ!


「一ノ世さんってお姉さんのこと…」

「止めろ馬鹿変な事言うな音にするな口は災いの元って言うだろ馬鹿」


立ち止まってヒソヒソし始めた二人に首をかしげながら行くよと声をかければ、誤魔化すような笑顔を浮かべながらまた両脇へ並んだ。

うーん?何を話していたのか気になるけど、可愛さに免じて誤魔化されてあげよう。


「あの、電話はまた悪戯だったんですか?」

「んー…いや、今回はちゃんとした用事だったよ?だから一応は真面目にやり取りした…筈。あんまり覚えてないけど」

正直最後の方は眠すぎて…というかほぼ寝落ちしていたから記憶はない。まぁ特に抗議とか来てないし、答えるべきことは答えたんじゃないかな。

まぁ、大して興味も無いし…わざわざ"記録"を見返すつもりはないけど。


「いやいやいやそれにしたって綴戯さんはもっと怒って良いと思いますっていうか心広すぎでしょ詐欺とか変な商法にひっかかからないでくださいよ」

「ちゃんと怒ったし本人に悪態もついたよ?…というか、どういう心配されてるの私?」


そんな会話を続けながらゆっくりと食堂を目指していると、丁度一階にある個室の方から四葉さんがやってくるのが見えた。

「あ!四葉さん、おはようございます」

「ほほほ、おはようございます。ね?」

白くしなやかな指で髪を耳にかけ、彼は小鳥のように首をかしげる。

朝日にキラキラ光りながらきめ細かい肌を流れる金糸も、ゆるりと優しげに蕩ける瞳も何も変わっていないけれど…


「わたくし、こういった服装も似合いますでしょう?しょう?」


今までより少しだけキィの低いアルトとテノールの間を揺蕩うような声はしっとりと響き、昨日までのいかにも女性的な服ではないゆったりとしたユニセックスの服に身を包んだ四葉さんがそこにはいた。

彼は少しからかうように、けれどどこか期待を込めているように目を細める。


傲慢と言うよりはねだるような響きを感じる声色に、なんとなく年下に甘えられているみたいだと内心失礼な事を考えつつ、私は力強く頷いてみせた。

「はい!とてもお似合いです!」

「ほほほ、それは安心しました。ね?いえ、照れると言うべきでしょうか…前の方が、と言われないか心配していましたけど杞憂でしたね。ね?」


私がぶつけたストレートな言葉に面食らった顔をした後、四葉さんは白い肌に薄らと朱をさして嬉しそうにへにゃりと眉を下げる。

これが男性だなんて詐欺だと叫びたいくらいには可愛いぞ。

今自分を鏡で見たのならすぐさまそれをかち割りたくなるくらいには勝てない。


「はわわ!四葉せんせーが照れてますよぅ!レアですレア!」

「お前ホント空気読みなよっていうか小生四葉先生の気持ち分かるよあんな真正面から綴戯さんに褒められたら溶ける」

「確かに!あーあ、二菜もジャージ以外にお洒落着持ってくれば良かった!!」

「ふふ!服関係なくそのままでも十分魅力的だと思うけどな。勿論、至くんも」

ジャージだろうが何だろうが、二菜ちゃんは可愛いし至くんは格好いい。これ不変。


そういえば能力者って総じて顔面偏差値高めだよね。なんて考えると親友と一ノ世の超ド級トラウマセットによる再現VTRが脳裏に浮かびかけ、慌てて頭を振って追い払った。


ところでなんか、静かでない?

そう思って皆を改めて見ると、耳まで赤くしたまま揃って口を片手で覆い静止している二人と、そんな二人をやや憐憫のこもった笑みで眺める四葉さん。


「まったく、罪なお人ですね。ね?」

勢いよく彼に同意する二菜ちゃん達に苦笑する。

照れられたのは分かったけど、さすがにそこまでとは思わないじゃん。何かごめんね。

一般人社会にいたらいくらでも言われてるだろう言葉だけれど、無関心がデフォかつ周り皆レベルが高い能力者の中じゃ言われ慣れていなかったらしい。


「朝から元気ですね貴女方は…」

「綴戯、四葉さん、熊ヶ峰に九重もおはよう」

お喋りに夢中で足が止まっている間に部屋から出てきたのだろう七尾さんと三神も合流する。

こんな廊下で全員集合してしまった。


「おはようございます。七尾さん、三神」

「「おはようございます!」」

「ほほほ、おはようございます。ね?」

と、四葉さんをまじまじと見た三神がおや、と片眉を上げる。

「もしかして、バレたのですか?四葉さん」

「ええ、昨日うっかり」

コロコロと笑う彼に、二菜ちゃんと至くんが得心のいった顔をした。


「何となく違うとは思っていましたけど成る程いつもの四葉先生に戻ってたんですね」

「えぇ。その通り。実は男湯から出たところを丁度見られてしまったのですよ。よ?さすがに言い逃れは出来ませんでしょう。しょう?」

「おや?四葉さん、確かバレないようにとわざわざ遅くに入っていましたよね?何故そんな時間に貴女が…?」


じとりとした三神の視線に内心う"っと唸って狼狽える。

というのも、このロッジお風呂は建物の突き当たりに位置していて、近くに人が出入りするような部屋もない…つまるところ、通りすがりと言うには完全に無理がある。


だから今現在私は、用もないくせにお風呂場に足を運んだ不審者ということになってしまうのだけど…

ちらりと四葉さんを見るとニコニコ笑ったまま助け船を出すつもりは無いらしい。


いやむしろわざとだなこの状況。

わざと聞かれてもない経緯を語り、私の話を誘導している。

少し考えた後、どのみち説教ルートは確定している事実に観念して腹をくくった。

「えっと…き、気分が悪くて意識が朦朧としてまして…気付いたらそこに」

「ほぅ?それは私達に無断で能力(広域記録)を使ったことが原因だな」


腕を組んで私をひたりと見据える七尾さんの何と恐ろしいことか。

疑問符を付けずに言い切った彼が怒っているのは見ただけでも分かった。

見ずともオーラでビシバシ怒気を感じるけれど…

やっぱりこうなったと肩を落とす。

四葉さん、策士だなぁ。


「貴女も馬鹿ですね。あれだけ口酸っぱく言われておきながら何故使おうと思ったのやら」

呆れてますと雄弁に語る王子フェイスに返す言葉もなく、私は酸っぱい梅干しでも食べたようなくしゃくしゃの顔をしているに違いない。


「あ、あの、ええと、ほら、昼間怪異が出ましたし、哨戒のつもりで…」

「ほほほ、範囲がロッジの建物内だけだったのにですか?か?」

「すみません嘘つきました」

苦し紛れにそれっぽい理由を付けてみようかと思ったけれどあえなく失敗した。

というか、そんな広げた範囲までバッチリ悟られるんだねアレ。

どうやらこっそり使うには向きそうにないらしい。


「はわわ!お姉さん、力つかったんですか!?ダメですよぅ!二菜はぐっすりで気付かなかったですけど!…あれ、至くん?どしたの?」

「…"広域記録(サテライト)"?」

視界の端でそう呟いて顔色を悪くした至くんにそう言えばと思い出し、私は迷いながらも意を決して口を開いた。


「至くん、あの…ごめんね。昨日外にいた、よね?」

「え、あ…」

「…何?」

キロリと七尾の鋭い眼光が私から至くんへ流れて彼を突き刺す。

至くんには申し訳ないけれど…それから解放されて少しだけホッとしてしまった。

とはいえ別に彼をスケープゴートにしたかった訳ではなく、一応引率者として必要な告発ではある。だって…


「九重、本当か?昨日は全員に()()()()を言い渡した筈だが」

そう、怪異騒動やら二年担任の不審な行動への警戒を考慮して、マオちゃん達を送り出した後ロッジ外へ出ることは禁じられていた。

にもかかわらず"ロッジ内の能力者"を『索引(サーチ)』した私の能力には至くんがヒットしなかったのだ。

それはつまり、彼が約束事を破った証拠に他ならない。

まぁ、私が言えた義理でないのは百も承知だが…


これがつまみ食いとかそのくらいならそりゃ私だって黙っておくけれど…至くんを守るためのルールを犯したのなら、甘い顔をする場面ではない筈だ。

なので、私と一緒に怒られましょう。


「え、えっと…はい、その、自主練をどうしてもしたくて、ですね…すみません」

普段の流れるような口調は鳴りを潜め、至くんは歯切れ悪く言葉を紡いだ。

そんな彼と私を七尾さんの凍てつく視線が撫で、慌ててピンと背筋を伸ばす。


「二人共、後程説教だ。覚悟はいいな」

「「はい…」」


七尾さんの背後に見えちゃいけない般若が見えた私達は、壊れたおもちゃよろしくカクンカクンと首肯を繰り返した。

とりあえず今は朝食が優先ということになったらしい。

嫌なことの先送りではあるけれど、ついついホッとしてしまう。

だって七尾さんめちゃくちゃ怖いのだもの…


「至くん…なんと言うか、巻き添えになっちゃってごめんね」

「いえ小生が悪いのは事実ですしバレたのも自分の修行不足っていうか綴戯さんと一緒なら説教も役得なレアイベントなので気にしてません」

「ほほほ、あなた実は全然反省していませんね。ね?」

「はぁ…とにかく、いい加減立ち話を止めて朝食に行くぞ。熊ヶ峰が限界だ」

七尾さんの言葉に二菜ちゃんを見ると、成る程確かに彼女のお腹の虫は限界だったらしく中に怪異でも飼っているような音を立て始めたものだから皆で笑ってしまった。

当の本人は耳まで赤くして頬を膨らませてしまったけど。


『いただきます!』


今日の朝食は昨日とはうってかわって洋風…パンが中心だ。

雰囲気はビジネスホテルで提供されるような朝食のメニューに近い。簡易バイキングになってるアレだ。

様々な種類のパンがごっそりと容赦なくバスケットに入っており、オーブントースターとジャムやバター等が自分のお好みに仕上げてくれと言わんばかりにテーブルにバッチリ用意れていた。


勿論それだけではなく、付け合わせにソーセージやベーコン、ハムの他サラダが食べ放題の形でトングと共に置いてある。

その定番具合に、受験期等に良くビジネスホテルでお世話になった記憶が甦って懐かしくなった。

私が泊まった所はだいたいどこもこれに近い感じだったな…

ただしこちら、量だけは完全に二菜ちゃんを意識した超特盛である。

まだおかわりがあるらしいけど、考えたら朝から胃がもたれそうだ。


しかし、量もさることながらもうひとつおかしな事があった。


「えっと…能力者って皆生卵飲む系??」

そう、何故かオムレツにするでも目玉焼きにするでもなく卵だけは生オンリーで提供されていたのである。

今収穫しましたと言われても納得いくような状態でバスケットにゴロゴロと入っているそれの異質さよ。


私の言葉にきょとんと目を丸くした皆は顔を見合わせてぷは!と笑った。

「きゃはは!違いますよぅ!二菜は生でも好きですけど!」

どうやら直飲みするわけではないらしい。

いや、ならば尚更疑問なのだけど。

調理が間に合わなかったにしても生卵をそのまま出すなんて結論には至らないだろうし、皆が疑問をもたずにいる事も不可思議だ。

むむむ、と首をひねる私にクスクスと笑い声が届く。


「卵問題はデリケートでございましょう。しょう?」

「卵…問題??」

優雅に口端についたケチャップをナフキンで拭きながら…って今凄くお茶目な一瞬を見てしまった気がするのだけれど。何それ可愛いかよ。

と、それは置いておいて、四葉さんは聞きなれない単語を口にした。卵問題って何??


露骨に顔に出ているのだろう私に七尾さんが片手に持ったフランスパンを食い千切りながら説明しようとして、四葉さんに行儀が悪いと窘められた。

もごっと狼狽える彼に代わるように渋々といった様子で三神が口を開く。


「卵料理は焼き加減やらかけるものやら個人の拘りがやたら出ますよね?」

「あー…目玉焼きにソースか醤油か、卵焼きは甘いか出汁か、オムレツは半熟かかっちりか…ってこと?」

「ええ。合宿三日目は大体この朝食スタイルなのですが、まぁ三日目となると皆疲弊とストレスがマッハでしてね。それで例年卵料理に関して寮母さんへの文句や要望が絶えず、果ては戦争が起こりまして…数年前にキレた寮母さんが各々好きにしろと丸投げにした次第です」

「うっわぁ…」


気持ちは分からないと言わないけど、果ては戦争って何だよ。そんな大乱闘起こす程の議題か?

根深い戦いであるきのこたけのこ戦争でももう少し穏和だよ。

まぁ人には譲れない何かがあるってことか。

能力者なら尚更なのかもしれない。

私は特に拘りなくどの状態でも美味しくいただいて終わりってなるけど。


思い返してみれば、昨日の卵焼きは確かに甘いのとしょっぱいのが両方用意されていたっけ。焼き加減も中間くらいで、固くはないけど卵汁まではしみてこない絶妙な具合だった。寮母さんの気遣いが感じられる。

昨日のはお弁当の一品程度だったけど、バイキングの量となるとそこまで気を遣うのは大変だろうし、たぶんそれでも文句があって"こう"なったのだろう。


心の中でお疲れ様ですと呟きながら、私はカタリと椅子をならして席を立った。

「私、目玉焼き作ってきますけど…希望があれば皆さんのも焼いてきますよ」

目玉焼きくらいなら私でも要望に答えられるだろうし、失敗もしないだろう。したらしたで自分で消費すれば良いからね。


じゃあお言葉に甘えて…と口々に寄せられる注文(成る程確かに皆細かい)を"記録"していると、ハムスターのように頬をパンパンにしていた二菜ちゃんがごくりとパンを飲み込んでしゅば!と手を上げた。

「ハイ!お姉さん!二菜のもお願いします!」

「ストップお前は自分で作れ絶対量が多すぎて迷惑だしもういっそダチョウの卵でも使えば良いと思う」

「いや九重。そうなるとおそらくダチョウが絶滅するぞ。食い尽くされてな」

「皆ひどい!!!」


確かに二菜ちゃんならここにある卵食べ尽くしそうと思ったのはそっと笑顔で隠す。

きゃんきゃんと子犬のように至くんと言い争う合間に半熟でとだけ注文を受け、私は取り敢えず三個くらいならと皆の分と合わせて卵を両手に抱えながら調理場へと移動した。


しっかりと手を洗い、フライ返しを装備し、フライパンに油を引き、さて誰の分から始めようかと思った瞬間…

「…っ?」

えもいわれぬ不快な感覚が肌を撫でた気がして、私は反射的に窓の外へと視線を向ける。


そこには当然ながら何もない。

深い夏空と同じく深い緑が広がっているだけだ。

別に長い髪を振り乱した白装束のヤバい幽霊様がへばりついているとか、白い仮面にチェーンソーを携えた奴がいるとかそういう類いではないらしい。


ない、けれど…何か良くないものがにじり寄ってくるような、言葉で表現するには難しい不安や恐怖に似た感覚はそういったホラー映画に出てくる登場人物達が感じるものに近いかもしれない。なんて。


「綴戯?大丈夫か?」

「…え?あ、いえ!今日も良い天気だなと思って!…目玉焼き、焼いちゃわないと」

空になってしまったらしい醤油差しを持ってやって来た七尾さんに誤魔化すような笑みを向け、そのまま顔をそらすようにフライパンに向かい合った。


私の体が何を感じて何に反応しているのかは分からないけれど、良くない予感が頭の中で沼底の泥のように溜まっていく。

どうかこの予感が杞憂であってほしいと信じてもいない神に都合良く願いながら、私はカツンと卵の殻にヒビをいれた。


同時にどこかで何かがひび割れたような気がした。




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