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2-2


そこでは、相も変わらずざわざわと人が川のように止めどなく流れ続けていた。

奇抜な色合いのお菓子を手にきゃあきゃあ騒ぐ女の子達に、独特なファッションでポチポチ端末を弄る若者、その前を腕時計を気にしながらスーツの男性が早足で歩き去っていく。


日本の首都、東京。

その、当たり前の景色。


けれどそれが…その"当たり前"がどれ程尊い光景なのか、私は痛い程知っていた。


「はわわわわ!!やっぱ人、凄いです!!」

「熊ヶ峰、はぐれるなよ」

「…」


さて、その雑踏の中。

傍目からは間違いなくおのぼりさんに見えるだろう集団が1つ。

言わずもがな私達である。


大きな丸い瞳をこれでもかと輝かせる少女、熊ヶ峰二菜。

そんな彼女のマフラーをまるでリードのようにつかむ教師、七尾晴樹。

ヘッドフォンを耳に押し付けながら顔色悪くする少年、九重至。

そして…地面ばかり見る私。


全員眼鏡スタイルの私達は、チラリチラリと道行く人々からの好奇の視線に晒されながら立っていた。

まぁ熊ヶ峰さんは可愛いし、九重さんも七尾さんも整った顔をお持ちだし…そりゃ目立つか。


さて、何故このメンバーで東京にいるのかと言えば…事は数日前に遡る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あの、お姉さん!!!二菜とお出かけしましょう!!!」


熊ヶ峰さんの唐突な提案に、その場にいた者は皆困惑の色を見せた。勿論私もね。

当の本人は良いこと言ったと言わんばかりに清々しい笑顔なんだけど…


「熊ヶ峰さん、その、どうして?」

「だって、気分転換になりますし、必要なものだって沢山ありますよね!?女性ですし!!」


そりゃ、無いとは言わない。


衣類は勿論だし、"あちら"と違い今は誰かと顔を合わせるのだからきちんとスキンケアや化粧だってしたい。

欲を言えば傷みきった髪だって何とかしたいよ。

あとは、ほら、女性の月イチの用品とかも…一応。ストレスのせいで暫くご無沙汰だけど。


でもそんな贅沢言える立場じゃないし、何より…


「そもそも私、お金無い…」

「そこは二菜がばばーんと出します!!」

「いや、それはちょっと…」


さすがにそこまで親しくない、それも年下に貢がれる気はないかな。

私の即答にしゅーんと項垂れた彼女に苦笑を溢す。

ぽすぽすと九重さんに慰められてる姿がなんとなく子犬っぽくて、垂れ下がった耳と尻尾が見える気がした。


「あの、二菜は、その…お姉さんに、楽しいって顔、してほしくて…我が儘言ってごめんなさい」


しん、と部屋が静まり返る。

何か言いたいのに、言ってあげたいのに…胸がつまって言葉が出てこない。

ああもう、調子が狂う。

どこまで真っ直ぐなんだこの子は。


私の知る"アイツ"は…人を虫と呼ぶ程に嫌い、壊れ、狂っていた。

今目の前の彼女が元々の性格だと言うのなら、"アイツ"がそうなった原因は…一体何だったのだろう。


「…あの」

静寂にポツリと九重さんの声が落ちる。

彼は傍らの熊ヶ峰さんをチラリと見て、マスクをずらした。


「小生ら今度校外学習で本土に行く予定あってでも正直不安って言うか不慣れなんで経験豊富な大人である綴戯さんが一緒だと安心だし色々教えてもらえるかなって思うんですがどうですか」


相変わらずのノンブレス早口で理解がワンテンポ遅れる。

えっと、つまり、九重さんも熊ヶ峰さんに加勢してるって事かな。

その心遣いは純粋に嬉しいんだけど…とりあえず"経験豊富な大人"って表現は止めていただきたい。


話を聞いていた東雲さんはふぅと小さく息を吐き、ぎしりと椅子の背凭れを鳴らす。


「正直に言えば綴戯くんの外出は好ましくない。本土なら尚更ね」

「ど、どうしてですか!?」

「まぁ…私監視対象ですからね」

「一ノ世くんかな?またそんな言い方を…」


いや、その言葉を当て嵌めたのは私が先なんだけど…まぁいいや。

東雲さんは少しの間考え込むように瞳を伏せ、やがて仕方無いなと言いたげにへにょりと眉を下げながら小さく微笑んだ。


「…けど、君たちの言い分は分かったよ。何とかしてみる」

「え!?いや、なにもそんな無理にとは…」

「綴戯くん」


断ろうとした私の言葉を静かな、しかしきっぱりした声が遮る。

けれども、その声の主である彼は酷く優しい表情を浮かべていた。


「僕も、彼女達も…ただ、君に"当たり前"をあげたいだけなんだよ」


そんな風に言われてしまったら…断ろうという気持ちは、空気の抜けた風船のように萎んで、もうぺしゃんこになるしかないじゃないか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その後、東雲さんが一ノ世に話を通したところ、意外な事にあっさり許可が出たらしい。

校外学習に引率で付いていく教師の七尾さんに監視役をやらせればいい、と。

まぁそんな訳で今に至る訳なんだけど…


「やっぱアイツ、嫌い」


よりにもよって、というか…絶対わざとだろう。

何せ、この場所を指定したのは他でもないアイツだから。

人の気も知らないで、本当に最低な奴だと思う。

どうせ私がどんな反応してるか想像して楽しんでるんだろうな。そういう奴だ。


『転移』の能力者によって飛ばされた先は東京某所。

そこは私にとって『ソノヒ』が始まった場所であり…


親友が目の前で殺された場所だった。


「…大丈夫か。綴戯」

「なん、とか…」

「無理しないでいい」


七尾さんの休むか?という提案に否定を返し、口を覆っていた手をそっと外す。

瓦礫が見えたり綺麗な店が見えたり、死体が見えたり楽しそうに騒ぐグループが見えたり。

脳がバグったようなちぐはぐな視界をゆったりとした瞬きで落ち着かせ、少し先でぴょこぴょことはしゃいでいる後ろ姿を見つめた。


「…熊ヶ峰さん達に、色々教えてあげるって約束したので」

「…そうか」


能力者達は力の発現と共にあの島へ身を移すのだそうだ。

周囲の一般人と当の能力者…お互いの為に、ね。


特に学生身分の二人は、任務とやらがない限りは滅多に本土へは渡らないのだという。

だからこそ、こうして校外学習という形で一般人と本土の文化に触れるのはとても大切な機会であり、それこそが今日の目的なのだ。


たとえ私の意思に関係なく付き添いを任されたと言えども、こうして連れてきてもらえたことには一応感謝してるし役目は果たしたい。


それに…一ノ世の意地悪はさておいて、純粋に私の為に提案してくれた二人の好意を無下にしたくはないからね。

歩み寄ろうとしてくれた…それに、なんとか答えたいんだ。


「お姉さーん!あっちは何がありますか!?」


熊ヶ峰さん声でか…

周囲の視線をものともせずに私に手を降る彼女、メンタル凄いな。


「えっと、あっちはブティックが多いかな。確か熊ヶ峰さんに似合いそうなブランドがあった筈だから…行ってみる?」

「はい!是非!!!」


瞳の色を隠せるという眼鏡の効果でくりくりとした黒目になっている彼女は、本当に子犬そっくりだと思う。

小動物系にぴったりな可愛らしいブランドを頭に並べながら、先導するように一歩足を踏み出した。

と、街路樹の木陰で小さくなっている九重さんに気付いて手招きする。


「途中に休憩所があるから…九重さん、一回休む?」

「…」(コクリ)


自分の声すらも五月蝿いと言うくらいだから、この喧騒は相当きついのだろう。

もっとノイズキャンセルの強いヘッドフォンがあるかもしれないし…通り道にある電化製品の店を覗いてみるのもアリかな。

あ、確か隣に可愛い雑貨屋もあったし、熊ヶ峰さんに紹介してみよう。


つらつらと止めどなく回る思考に、思わず足を止めた。


「お姉さん?どうかしましたか?」

「…?」

「あ、ううん。大丈夫。…行こうか」


誤魔化すように首を降ってまた歩き出す。

動きを止めた理由は単純で、極自然に街歩きの予定を組み立てていた自分に驚いたからだ。


三年の時が違っていても殆ど私の記憶と変わらない街中は、遠い平穏を思い出させる。

今からどこに行こうかと友人達と顔を付き合わせていたあの頃を。


あぁ、よかった。まだ私は、"普通"を覚えている。

その事実を噛み締めてほんの少し安堵した。


片や雑貨屋、片や電気屋に姿を消した二人を見送って、私はすぐ側のベンチに腰を落ち着ける。


「さすがと言うか、やはり詳しいな。何度来ても私にはさっぱりだ」

私が教えたオススメ店のコーヒー片手に、七尾さんがどこかげっそりしながら苦笑した。


ここに辿り着くまでにもあちこちと店を見て回っていたから疲れたのだろう。

私でも少し疲れたからね。

若者二人の体力凄い…


というか、熊ヶ峰さんは予想してたけど、九重さんも好奇心旺盛だったんだよ意外と。

顔色は相変わらず悪いのだけれど、それでも色々と気になってしまうらしく、興味が引かれた店を見かけると毎回一通りは覗きに行くんだよね。


「…島には無いんですか、こういうお店」


見るもの全部珍しい!って顔をする二人を思い出しながら口を開く。

七尾さんはコーヒーを一口含み、肩をすくめた。


「まあな。最低限生活用品や食糧は一応買えるが…基本は通販頼りになる」


曰く、能力者に経営のノウハウを持つ者は殆どいないし、かといって一般人を島に入れたくはない。そして一般人側も能力者しかいない島と直接的な取引をしたくない。

結果、電子空間でやり取りの済む通販が主流になったのだそう。

まぁ、そりゃそうなるか。


「綴戯は行きたい店、無いのか?金なら一ノ世から出てるんだろ」

「正直…あまり使いたくありません」


確かにもらってはいるけど、何か裏が有りそうで気持ち悪い。

後で利子つけて返せと言われても驚かないってくらいには信用してしないからね。

まぁ実を言うと行きたい店もなくはないのだけど…


「いらっしゃーい。クレープはいかがー?」


ふと聞こえた明るい声に釣られ、七尾さんと揃って目を向けた。

移動販売だ。

その、ポップに彩られた車と客引きをする店員には見覚えがある。


店員は記憶より老いたように見えるし、車の色彩もくすんでいるけど…間違いないだろう。

昔私もここでクレープを買ったことがあったから。

"記録"の能力の弊害で記憶力には自信がある。


看板にデカデカと書かれた"トッピング全乗せ挑戦者モトム!"の文字にクスッと笑ってしまう。ここも変わらないんだ。

親友が挑戦して、味やらボリュームやらに惨敗してたのを思い出すな。

…あれ?でもそのクレープ屋って、確か…


〈〔ニュースを……で…異が…被…者は…〕〉


「クレープ…熊ヶ峰が喜びそうだな」

「え?あぁ」


いけない、意識飛ばしてた。

熊ヶ峰さんか…うん。確かに絶対喜ぶね。

尻尾がぶんぶんふられるような姿が目に浮かんで、ついクスクスと笑みを溢す。


「そうですね。教えてあげま…」


そう言って立ち上がった瞬間。唐突に世界が変わった。

活気に溢れていた景色は一瞬のノイズののち地獄の"記録"に差し変わる。


「…っう、ぐ!!っ」

「綴戯!?」

しまった。油断していた。

どうやら張っていた気が弛んでしまったらしい。


ベンチに逆戻りした私の目に飛び込んでくるのは…飛び散る一般人の四肢と紅。

助けてと叫ぶ悲鳴。

崩れ去る建物の轟音。

鼻につく焼け焦げた臭いと血生臭い香り。


それと、ぐちゃぐちゃになった彼女…


視覚だけじゃなく聴覚や嗅覚までもが"記録"の幻影に侵食されていた。

いや、もしかしたら今までが都合のいい幻影だったのか?

いや違う。違う。そう、分かっているのに…!!


「どうした!?おい、落ち着け!」


幸いな事に能力の暴走はしていないらしいと頭の奥底で安堵する。

こんなもの周りに見せていたら…想像したくもない。

けど、まずいな。気持ち悪さはどうにもならない。


「ト、イレ、に…」

「わ、わかった。なら…」

「…っ!!!!」


ダブって見えた凶悪な顔に、差し伸べられた手を反射的に払ってしまった。

あぁもう嫌だ。また私は、好意を無下にして傷付けた。


「…すまない。待ってる」

「すみ、ま、せ…」


痛ましいものを見るような瞳から逃げるように、私はその場から離れてトイレへ駆け込んでいく。


ビシャリ


「…う、ぇ…!!」


吐いて、吐いて、吐いて、吐いて…

ただただ泣いた。


楽しかった記憶は沢山あるのに。

今だって、ちゃんと楽しいと思えていたのに…!!

どうして塗り替えることが出来ないんだろう。

どうして私は、こんなに弱い…!!


「…っ」


ブツリと思い切り唇を噛んだ。我ながらすっごく痛い。

口に血の味が広がったけど、その痛みに意識を向けて無理矢理"記録"を振り払う。


浅い呼吸を整え、正常に戻った視界と悲鳴の消えた静寂に安堵した。

あぁ、もう大丈夫。


「…戻ろう」


早く合流しないと皆に迷惑をかけてしまう。

よろりと壁を伝いながら立たせた体は鉛を抱えたように重たい。

手洗い場の鏡に映る私は死人の如く酷い顔をしていて…思わずパシンと両頬を叩いた。


トイレを出て、私の心境など知らぬ存ぜぬと人と時間が流れていく東京の街に眩暈がしてくる。

勝手に取り残されたような気がしてしまい、私は早足で皆のもとへと向かった。


「あれ?」


ふと、一軒の空きテナントを見て足を止める。

がらんどうで何もないそこは当たり前のように暗くて寒々しい。

しかし私は、昔幾度もここに足を運んだのを覚えている。

行きたい店はないかと七尾さんに問われて、真っ先に浮かんだ場所だ。


落ち着いた照明の店内、物静かな壮年のマスター、控えめに流れるジャズ、ふわりと満ちる珈琲や紅茶、それと自慢のパンケーキの香り。

課題や本を持ち込んで一人でよく居座っていたカフェ…があった筈なんだけど。


と、丁度隣の店から箒片手におじさんが現れたのを見て、私はついつい声をかける。


「あの、すみません。ここのカフェって閉店しちゃったんですか?」


皺の刻まれた顔をきょとんとさせて、おじさんは首をかしげた。


「カフェ?…ここにカフェが入ったことはないと思うよ」

「え?あ、そうなんですか?」

「俺はずっとここにいるからなぁ…間違いない。あぁでもそういや…」


ショックで肩を落としそうになったけど、おじさんがおもむろに指差した先を辿って目を丸くする。

そこには1枚の張り紙があった。


「今度入るらしいから、それの話かな?」


近日オープン!の文字。

そのチラシには見知った店名がお洒落な字体で大きく書かれていた。


「…そう、ですね。早とちりしたみたいです。ありがとうございました」

苦笑と共にお礼を告げて、また早足でその場から立ち去る。


一体どういう事なんだろう。

私のいた世界では…今より三年前らしいのあの世界では、既にカフェはオープンしていたのに。

世界が違うから?いやまぁきっとそうなんだろうけれど。

でもなんだろう、この言い様のない違和感は。


「あ!お姉さん!!!」


ぐるぐると思考に沈みそうになっていた私を明るい声が掬い上げる。

見れば、泣きそうな顔をした熊ヶ峰さんと心配そうな九重さんと七尾さんが先程までいたベンチの側に立って待っててくれていた。


「だ、だだだだ、大丈夫ですか!?」

「ごめんね大丈夫だよ」

「本当に本当ですか!?あの、無理してませんか!?」


嘘も偽りもなく、ただ私を案じて潤む瞳に胸が痛む。

私はこの子を悲しませてばかりだ。

笑った顔の方が、似合っているのに。そう分かってるのに。


手を伸ばせば届く小さな頭。

その髪を撫でて、大丈夫と言ってあげられたら良いのに。

そう腕を伸ばそうとして、耳の奥に響いた鎖の音に断念する。


きつく握った手の痛みを隠しながら、私は彼女の向こうのクレープ屋を見た。

そうだ私、熊ヶ峰さんに教えたかったんだっけ。

そうすれば喜んでくれるかなって思ったから。


はくはくと音にならない口パクを何度か繰り返し、一度深呼吸。

そして聞こえた明るい客引きの声に背を押してもらいながら、私はもう一度息を吸って…


「ね、クレープ…一緒に食べよっか」


こぼれ出た言葉に、自分が一番驚いた。

え、今…本当に私が言った?私が、言えた?


口に指を這わせて呆然とする私に、目の前の少女も桜餅に似た色の丸い瞳をこぼれそうな程見開いていた。

しかし彼女はすぐにその瞳をゆるゆると蕩けさせ、両手できゅうっと首もとのマフラーを掴み…光が弾けるように笑った。


「…っ!はい!!是非!!!」

「………!」

「わかってるよ!至くんも一緒ね!!お姉さん、行きましょう!オススメ教えてください!」

「え、あ、うん」


あぁもう、本当に元気だな。

感動に浸る間もないじゃないか。

二人に急かされて一歩踏み出し、チラリと後ろの七尾さんを見る。


「ありがとな。綴戯」

「っあ、の…さっきは…」

「気にするな。ほら、行ってこい」

「七尾先生ー!先生の分も買ってきますからね!!」

「いらん、いらん…」


しっしと手を振られ、それ以上言葉を重ねられずに私は熊ヶ峰さんと九重さんを追いかけた。

だって七尾さんが、とても優しい顔をしていたから。


ちなみにこの後、熊ヶ峰さんはまさかの全乗せを七尾さんに渡し、面白がって止めなかった九重さんと一緒に拳骨を食らっていた。

痛そうだったな、あれは。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「東京ってやっぱり凄いですね!!とっても楽しいです!!!」

「あはは、ソッカァ…」


ルンルンと上機嫌に歩く少女に苦笑を溢す。

後ろを歩く負のオーラを背負った男ニ名との差が酷い。


「あ!!見てください!虹色のわたあめがあります!!!」

「あの、熊ヶ峰さん?まだ食べるの?」

「はい!!二菜は燃費が悪いので!!」


クレープで味を占めてしまったのか、彼女の興味はショッピングから食べ歩きにシフトチェンジしてしまったらしい。


そう言えば、当時は余裕がなくて気にも止めていなかったけれど…"記録"の中の彼女もドンパチしてない時は常にもぐもぐと何か食べてたっけ。

燃費が悪いとは言え…この小さい体のどこに入るんだろうか。不思議である。


「至くんと先生の分も買ってきますね!!お姉さん!行きましょう!」


背後から止めて、勘弁してと泣きそうな声が聞こえた。

彼らの台詞はもっともで、熊ヶ峰さんは常に二人の分も忘れず買ってくるんだよね。それも毎回大量に。

本人は完全な善意なんだろうけど…その、二人は一般的な胃の持ち主だから…


ちなみに私は自分が付き添うことで回避している。

とはいえ二人の分までは止められないから、ごめんね。強く生きてほしい。


「ーー!待った?」


少し離れたところから不意に聞こえてきた声に、まるで脚が地面に縫い付けられたように動かなくなった。


「十分の遅刻だよー」

「ごめんって!寝坊しちゃってさ」


忘れられない。忘れたことなんてない。

その声を何度夢に見て、何度絶望して、何度もう一度聞きたいと願っただろう。

暴れる心臓を抑えながら、ゆっくり声の方へ目を向ける。


あぁ、やっぱり、親友だ。

間違いない。彼女がいる。

生きて、そこにいる。


懐かしくて、嬉しくて、込み上げる感情のまま名前を呼ぼうと口を開いた時、パチリと目があった。


「…?」

「何?どうかしたの?…知り合い?」


不思議そうな彼女と、怪訝な顔をするもう一人。

そのまま時間が止まったような錯覚。

しばらくして、彼女は私のよく知る顔に困惑を張り付け…ふいっと視線を外した。


「ううん。知らない人。何か目が合っちゃっただけ。行こ!走ってきたから喉乾いちゃった」


去っていく姿が人混みに消えて、私はようやく呼吸を思い出す。


「…そっか」

指先が驚くくらい冷たくて、何かもう感覚がない。


「…そっか」

あの瞬間。知らないと言われたその時、立っている筈の地面が消えたんじゃないかと思った。


「…っ、そっ、かぁ……」

理解した。いや、させられた。

彼女の隣には、私じゃない友がいる。


"ここ"に、私はいないんだ、と。


「…っ」

「………」


熊ヶ峰さんと九重さんが、私と同じように呆然と彼女を見送っている。

あぁ、そうか。二人には私の過去、見せてしまっていたんだっけ。なら分かっちゃったよね。参ったな。


何故だろう。不思議と気持ち悪さはない。

ただただ、悲しい。寂しい。虚しい。

けどそれ以上に…生きててくれて良かったって、心から思えるから。

…だから、私は私に蓋をした。


「…熊ヶ峰さん。行こう。売り切れちゃうよ」

「あの、でも…!」

「私ね、正直大丈夫では、ないんだけど…だからこそ、お願い」


あぁなんて狡いんだろう。

未だに怯えを払えず、彼女を拒絶してるクセに…折れてしまいそうな心を無理矢理繋ぎ止めるためにすがろうとしてる。

何より私が気持ち悪いじゃないか。


「…小生と綴戯さんと馬鹿の皆で違う味買って食べ比べましょう並んだらカラフルで見栄え楽しい感じになると思いますやりましょうそれでその後はゲームセンターに連れていってください遊び尽くします小生ゲーム得意なんで見ててください」


突然の流れるような言葉の羅列に、思わず振り返る。

そこにはマスクをずらした九重さんが年相応にやんちゃな顔で微笑んでいた。


「…あの!二菜もゲームたぶん得意なので、ぬいぐるみいっぱいとります!で、お姉さんにプレゼントします!!」

「いやいやいやゴリラはゲーム以前に絶対機械壊すっていうかボタンとか陥没させる未来しかないから止めた方がいいと思う大人しく小生のプレイ見てた方が懸命だって」

「酷い!!またゴリラって言った!!二菜手加減…出来るもん!!」

「ダウト一瞬の間が物語ってるし目が泳いでるから無理なことはしないが吉でしょ小生がお前の分まで無双してあげるし綴戯さんの為にぬいぐるみ取りまくるから安心していいよ」

「ずるいずるい!!こうなったら絶対に二菜がやれば出来るってとこ見せてやるんだから!!」


わぁわぁと言い争いをはじめてしまった二人に目を瞬かせる。

いや言い争いというか…完全に熊ヶ峰さんが言い負かされてるけどね。

だって九重さん言うことが的確な上、文字数の暴力が凄い。


「っぷ、あはははははは!」


とうとう、我慢できなくなった。

こんなの笑うしかないじゃない。まるでコントみたいなんだもの。


いつ以来だろう、声を出して笑うなんて。

この体に、この心にまだそんな機能が残っていたなんて…驚いたな。


あぁでも、何でだろう。

私は笑ってるのに、頬を濡らすこれは…涙だ。

指で掬っても次から次に溢れてくるし、全然止められない。

もう、情緒滅茶苦茶だな。


「…綴戯」


目の前に四つ折の端が揃っていない藍色のハンカチが差し出された。

誰か、なんて見なくても分かる。

おずおずとそれを受け取り、未だ止まらない涙を瞳に溜めたまま顔をあげた。


「早く行ってこい」

「…はい!」


沢山の優しさを糧に、私は無理してでも歩く。

ただただ今は折れてしまわないように。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


七尾side


教え子である熊ヶ峰と九重。

二人に挟まれ、両手一杯のぬいぐるみを抱える女性を見てつい眉を寄せる。


彼女はどこまでも痛ましい。

先程の件で吹っ切れた二人に振り回され、今は楽しそうに振る舞っている綴戯。


楽しんでいるのは、確かだろう。

だが彼女は…処置しきれない程の傷口から目を背け、無理矢理前を向いたのだ。

それは心を守る自己防衛だろう。


間違いだとは言わない。

だがやはり、酷く痛ましい。


綴戯栞里。

別の世界線?とやらからやって来た女性。

別の"私達"が作り上げた地獄からやって来た女性。


あの日、熊ヶ峰達の組手を指導していた私に突如もたらされた"記録"の映像は…筆舌に尽くしがたい程凄惨なものだった。

蟻よりも簡単に死んでいく人間達に、雨のようにそこら辺へ水溜まりを作る夥しい量の紅。

そして理不尽に巻き込まれた続けた彼女。


あんな光景を作り出したのが、他ならぬ仲間達と自分自身なんて冗談だと思いたかった。

叶うならその場に飛んで、自分含めて馬鹿野郎共!とボコボコにぶん殴りた…あぁいや、こほん。何でもない。


とにかく、あまりにも酷すぎて私は気持ち悪くなり…耐えきれずにあの日何度も吐いた。


人によって見え具合に差があったらしいが、不運なことに私は彼女が『ソノヒ』と称した1日をほぼ丸ごと見てしまっている。


だから、この校外学習の話をされた時…私は反対だったんだ。


ーーー…


「一ノ世」

「あー…ハイハイ。やっほーセンパイ。どしたの」


東雲さんから渡された校外学習の書類片手に声を掛ければ、常変わらぬへらりとした態度で向き直る後輩に眉を寄せる。


「お前、どういうつもりだ」

「どう…って何さ。俺何かしたっけ?あ、センパイの靴に接着剤入れたこと、バレた?」

「あれはテメェだったのか…!こほん、いや、違う。しらばっくれるな」


危うく流されそうになった。

コイツは昔から変わらない…悪い意味でな。

接着剤の件は後で問い詰めるとして、今問いただしたいのは別件だ。


私の視線に一ノ世はひょいと肩をすくめ、壁に寄りかかった。

どうやら話をする気にはなったらしい。

それを確認して再度口を開く。


「日付の変更はまだ良い。だが場所は…元々京都の筈だっただろう」


書類のとある箇所を空いている片手でピシッと弾く。

校外学習実習地…東京某所。

それだけで嫌な予感がしたのに、現地に下見に行ってみればそこには酷く既視感のある光景が広がっているときた…物申したくなるのも当然だろう。


「お前…分かってるだろう。あそこは…」

「はー…面倒くさ。知ってる知ってる。『ソノヒ』の始まりってやつでしょ」


やはり、と言うか…場所の変更も一ノ世の仕業か。

"記録"を視ただけの私ですら下見で気分が悪くなったというのに、本人からしたら冗談じゃないだろう。


どれ程の負担になるか、なんて…想像すら恐ろしい。

だというのに、同じ光景を視た筈のそいつはさも平然と笑いながら書類を指差した。


「それさ、アイツがどんな顔すんのかって、好奇心が半分。…で、親切心が半分ね」

「お前が親切心…だと??」

「あっはははは!!!なにそれそんな顔するとかセンパイひっど!!」


そりゃ、一番似合わない奴からその言葉が飛び出してきたら…気持ち悪いだろうが。

人の顔を見てケラケラと笑った一ノ世はしかし、すぐにその笑いを引っ込める。


「現実見せてやろうって親切心だよ」


そう言った後輩の瞳に見えた色に、思わず片眉を上げた。


「"ここ"が違う世界だって現実ね。中途半端にするよりさ、手っ取り早く突き付けて…早いうちに認識塗り替えた方がいいと思うわけ」


ペラペラと普段よりどこか饒舌な一ノ世に、珍しいと思いながらため息をつく。

こういう時のコイツは…あまり良くない。


「お前のそれは…独り善がりだな」

「は?」

「言いたいことは分かる。…だが、お前は、きちんと彼女を見て考えるべきだ」


ぽっかり浮かぶ金色の瞳がきゅうっと細まる。

重くなった空気に、能力制御の手綱が緩いのは相変わらずだなと嘆息した。


やろうと思えば完璧な制御が出来るのに、コイツは機嫌が悪いとすぐにそれをサボる。

その方が早々に相手が引いて都合が良いからだ。

だがまぁ、私は慣れている。この程度で済むなら手は出して来ないだろう。


「…何それ。もっと気遣えとか言いたい訳?ヤだよ。面倒だしさ、超気持ち悪い」

「なら聞きたいんだが、そもそもお前は何故彼女に構う」

「…は?」


一ノ世久夜という後輩は、かなり強い力を持つ能力者だ。

だがその反動か、人間味がとりわけ薄い人間だというのは仲間内では周知の事実。


私は能力の発現が遅かったから、奴が中学生くらいからの付き合いになるが…昔は喜怒哀楽なんてまるで見せないし話もしない。

気に入らないなら無言で押し潰してくるようなクソやろ…こほん。問題児だった。


その頃から考えれば今はまだマシになった方だ。

学園生活で色んな奴と接するうちに、"仲間"にはきちんと人間らしい態度をとるようになったからな。

ただそれ以外には…絡むどころかまともな会話すらしないんだ。下手すれば認識すらしない。本来なら、な。


それが、綴戯にはどうだ。


誰よりも先に話し掛けたのは?

誰よりも先に行動したのは?

全部コイツだ。


昔からの知り合いは皆驚いたんだぞ。

十三束なんて天変地異だと騒ぎながら防災セット担ぎ出して当人に潰されてたが。


「…そりゃさ、ムカつくからだよ」

「…そうか」


そう思う時点で関心があると認めてるんだが…気付いてないんだろうな。こりゃ。


「それに…なんか、放っておくのも気分悪いし」

「は?」

「そりゃ俺はなーんもしてないけどさ…"俺"は最低だったじゃん」

「…まぁな。あれは無い」


最低なんて言葉じゃ言い表せないくらいだろう。

人の命を軽んじて、その運命をも弄ぶ。

彼女はそんな"一ノ世久夜"に全てをねじ曲げられた最たる被害者なのだから。


だが…それにしたってコイツがそれを気にするとはな。

"あっち"の事なんか関係無いね、とか言いそう…と言うか絶対に言う筈なんだが。


「だからさ…あー…尻拭いっつーの?まぁ生きるオテツダイくらいしてやろっかって思ったわけ。はー…俺ってば超いい子」


あぁ、成る程理解した。これは面倒だな。


「…手助けしたいなら、尚更彼女の気持ちを考えてやれ」

「は?なんで?別にご機嫌とりたい訳じゃないし。恨むんなら恨めば?って感じ」


コイツはまだ綴戯を"仲間"だとは認めていない。

だが、興味を…関心を持ってしまった。

"仲間"にしか抱いたことのない感情を持ってしまった。


だから何かしらそれらしい理由を表面上に当て嵌めて、自分らしくない行動を正当化しようとしてるんだ。無意識下でな。


綴戯に"何かしてやりたい"という気持ちに嘘はないんだろうが…今は自己満足の域を出ないせいか相手の負担までは頭が回っていない状態だ。

本人は良かれと思ってるだろうことに頭が痛い。


まったくもって…不器用すぎる。


こちらに来てさえ一ノ世という人間の身勝手に巻き込まれる彼女に同情は禁じ得ないが…


「ま、そーゆー事だからさ、場所はそこで決定ね。じゃ、よろしくセンパイ」


話は終わりと言わんばかりに、さっさと背を向けた後輩を見送る。


アイツは…後々どうするつもりやら。

今は綴戯からどんな感情を向けられても、それこそ憎悪や恐怖でも然程気にならないんだろうが…いや、ムカついてはいるのか。

だが、そのうちきっと負の感情以外が欲しくなる。我が儘な奴だからな。


そうなったら大変だぞ。


何せ私達…特に一ノ世の印象は最悪も最悪だ。

一部分の"記録"だけでそれは察せるし、実際接することで見せる怯えを見れば嫌でも分かる。

私が名乗った時は何故か不思議そうな顔をされた気もするが…それはまぁいい。


とにかく、その印象を覆したいなら塗り替えるだけの誠意を行動で示すしかない。

何せ彼女の視た姿もまた…間違いなくその人物がもつ側面の一部なのだから。


そんなの自分じゃない、と口で言っても説得力が皆無だ。

アイツは特に…"あちら"の片鱗がこちらでも見え隠れしてるからな。


つまりだ、一ノ世は綴戯の心を開かせるの…絶対苦労するだろうよ。


まぁ自分で蒔いた種だ。

今回のでまた印象悪くなるだろうが、知ったことじゃない。大人なんだから自己責任だ。


おそらく辛い思いをするだろう綴戯のフォローを考えながら、書類の端を僅かにくしゃりと潰した。


ーーー…


近くに教え子達が居ないのを良いことに、私は大きくため息を溢す。

ああ、思い出したらまた頭痛くなってきた。


「しかし…まさか彼女の親友との邂逅までぶちこむとは…本当に性格悪いなアイツ」


日付の変更にも意味があったのだと理解した時には既に遅し。


無理矢理現実を…己が存在しない別世界だというそれを突き付けられて…

心を壊さない為には、無理をしてでも乗り越えるしかなかったのだろう。


笑いながらボロボロと涙を流す姿は…あまりにも、苦しすぎた。


まったく…やることが性急すぎるんだ。

もう少し彼女の心を回復させてからにして欲しかった。


「お姉さん!!このくまさん私がとったんですよ!!どうですか!?」

「………」

「うぐ…!そりゃアドバイスは至くんにもらったけど!最後にとったのは私だもん!!」

「ふふっ!ありがとう熊ヶ峰さん。九重さんも。凄く、可愛いね」

「…!!はい!どういたしまして!」


本当に、熊ヶ峰と九重に感謝して欲しい。

あの二人がいたから綴戯は折れずに済んだんだからな。


それにしても…教え子達は余程彼女を気に入ったらしい。

熊ヶ峰も九重も元々素直で一見人付き合いが良い奴らに見えるが、嫌いな人と一緒に居られるほどお人好しじゃない。

能力者とは総じて己の懐が狭いんだからな。


大切そうにくまを抱き締める彼女に目を細める。

あらゆるものを踏みにじられ、地獄の中を孤独に生きて…それでも何かを慈しめるのか。


あぁ。きっと私も、あの子を気に入る気がするな。

いつか教え子達にするように、彼女の頭を撫でてやりたいものだ。


よく頑張ったな、って。



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