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10章:合宿2【後編】


ロッジの周辺は不気味なほど静かなままで、今どこかで二菜ちゃんや至くんが怪異と戦っているなんて思えないくらいに森は平然とした顔で葉を弱い風に揺らしている。


私はそんな森を眺めながら玄関先に座り込んで皆の帰りを待っていた。

本当は中に入っていた方がより安全だろうけど、私だけが…よりにもよって死なない私が安全を享受するのはどうにも心が拒絶反応を示してしまう。


《何の用だ!ここは避難所だぞ!!貴様のような不死身の化け物が来るところじゃない!》

《そうだそうだ!出ていけ化け物!!》

《お前に安全なんていらねぇだろ!死なないんだからよぉ!》

《どうせなら外で壁にでもなりなさいよ!》

"あちら"で責め立てられた記憶が、"記録"が根を張ってるんだろうな。なんて。


「二菜ちゃんと至くん、大丈夫だよね。七尾さんもついているんだし…」

「ばうばう!」

私を励ますように体を寄せて鳴くみにばうくんにありがとうと溢して、その命らしい暖かさは無い背を撫でる。

すると、もっともっととねだるように必死なアピールをするものだから、健気で可愛くて笑ってしまった。


そうすれば嫌な気持ちは薄まって、心には少しばかりの余裕と落ち着きが出来たのである。

「君凄いね。実はセラピー機能も付いてたり?」

「ばう?」

首を傾げる私に合わせて体を傾けるみにばうくん。

いや、本当に可愛いなこの子。

断言するぞ。絶対セラピー機能付いてる。製作者が意図してなくても付いてる。


合宿終わったら貰えたりしないだろうか。

本物の犬じゃないから…いやコレを犬と称して良いかは分からないけど、とにかく図書室でも問題なく飼えると思うんだよね。

…まぁ図書室が更なるちぐはぐ空間になる気はするけど。


懐古的なアンティーク家具、時をとどめた書物、キュートでポップなぬいぐるみ、そこにプラスで近代的なロボット。

うん。とっ散らかった部屋って感じだ。

ぬいぐるみの時点で今更だし、楽しいから採用。


「みにばうくん。うちの子になる?…ふふっ!なんてね」

「あらん?ならアチシも立候補するわん♥️」

「ヒュ!?」


ふっ、と耳に息(?)を吹き掛けながら紡がれたCVオッサンのオネェ言葉に全身がぞわっと総毛立つ。

慌てて耳を手でおさえて声の主を見るべく体を捻ると、やはりというか…いや、何故!?と叫びたい気持ちはあったけれど、マリアンヌさんが決めポーズをしながらそこにいた。


尚、ムキムキボディを魅せるボディビルのポーズではなく、雄っぱいをぐっと寄せて谷間を魅せようとするグラビアでよくありがちなウフン♥️なポーズである。

いや、いらないなこの情報。落ち着け私。


「あの、マリアンヌさん…?」

「いやん!そんな他人行儀でつれないわねぇ!マリアンヌちゃん♥️でもマリリン♥️でもイイわよぉ♪シオリちゃん♥️」

「ひぇ…な、なんでその、ここにいるんでしょう?」


私が聞いた限りだとスリープ状態で空き部屋にてお眠りになっている筈なのに…

そう不思議に思って尋ねると、マリアンヌさんはギャルも裸足で逃げ出すだろうバッサバサなまつげに縁取られた目でばちーんとウインクをした。


いや、攻撃力たっかいな。

心臓の弱い人はご注意くださいってテロップ入れないといけないレベルだ。

みにばうくんが怯えたようにくぅんと鳴いて私の足に体全体をピタリとつける。

よしよしビックリしたね。


「晴ちゃんが…」

「晴ちゃん」

「そう、晴ちゃん♥️何かあったらシオリちゃんを逃がせるようにって、アチシにラヴを注入してくれたのよぉ♥️」

「あ、はい。電源を入れたんですね」

「ヤだわそんな可愛くない言い方!シオリちゃんの意地悪ぅ♥️」

七尾さんの気遣いは凄くありがたいのだけれど、私は彼のようにメンタルを硬質化出来るわけじゃないので精神的ダメージが凄い。というか晴ちゃんって呼ばれてるんだ…


視覚と聴覚の暴力のみならず、アンドロイドの筈なのに滅茶苦茶いい匂いするんだけど何このローズの香り。

服か?そのハートマークを使えば良いってもんじゃないんだよ!と突っ込みたくなるくらい柄が酷いピチピチのシャツの匂いか??

というか、昨日と服が違うんだけど…誰が着替えさせたのか心底気になる。


「ばうばう!」

「あらぁ?なぁに、おチビちゃん♪」

私が現実から逃げるべく森の向こうを見ていると、よじよじとみにばうくんが膝によじ登って来るのを感じた。


どうしたのかと目をやれば、まるでお猫様のように小さな手足をたたんで香箱座りをしながら、ふん!と得意気な様子で膝を陣取っているではないか。

ヤダこの子マウントとってる可愛い!

顔はないけど絶対にドヤっとしてるよ。


「よし、今からここはみにばうくんの特等席ね」

「ばうばう♪」

「はー可愛いー!」

「ゴロゴロゴロ♪」

「まって君モチーフどっち?????」


毛はないけど気持ち的にわしゃわしゃとかき混ぜるように撫でれば、みにばうくんはご機嫌な様子で喉を鳴らす。

何この子、ワン様なの?ニャン様なの?


そう言えばマリアンヌさん静かだなと思ってチラリと見てみると、彼(?)は私とみにばうくんがじゃれ合う様子を微笑ましそうに眺めながら口に手を当ててクスリと笑っていた。

やってることは四葉さんと同じような上品さを感じる仕草なのに、見た目が色々ブレイクしているよね。


……


「でね!その男がアチシに言ったの…自分には好きな人がいる、君は愛せないって!!アチシを、アチシを弄んだのよ!酷い男でしょ!」

「ソーデスネ。クズヤロウデスネ」

「…ぐすっ、でも、アチシは、本気だっだの"よ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"!」

「くぅん」


特に何事もなく、マリアンヌさんとの衝撃的邂逅からしばらく経った。

私はといえば、未だ誰も帰ってこないロッジで本当にアンドロイドか?と疑いたくなるようなマリアンヌさんのドロドロな恋バナ(?)に適当な返事を返しながらみにばうくんを撫でている。

もうそういうバーのママとでも思えばいけるよね。

というか、エピソード豊富過ぎてビビるしマリアンヌさんの男運無さすぎ。


「…っ!?う"う"ぅ"!ばう!ばうばう!!」

不意に大人しく私の膝でリラックスしていたみにばうくんが跳ね起き、森に向かって唸り声を上げた。

「ど、どうしたの、みにばうくん?」

「…何か来たのかしらん。シオリちゃん、後ろにいて頂戴」


今までと一変。マリアンヌさんの表情がぐっと凛々しくなり、ピリッと走った緊張感に気圧された私は素直にこくりと頷いて広い背に身を隠す。

それとほぼ同時に、みにばうをが吠えた先からガサリ、という音と共に不愉快な羽音を響かせたソレが飛び出してきた。


ハエを大きくしたようなシルエット、しかし目らしきモノのない頭部にはにちゃりと開いた大きな口が一つ涎を垂らしながら嗤っている。

そして胴体部分からは夏の夜のホラーかと思うくらいに子供の手のようなものが大量に生え、それもまた嗤うようにワサワサと蠢いていた。


うっわ気持ち悪っ!…じゃなくて、まずい。

怪異だこれ。

"記録"で見る限り他の怪異と同じヶ所に固まってた筈なのに、どうやらはぐれた者がいたらしい。

二ツ星(引率者)め、ちゃんと連れ歩きなよ。


「シオリちゃん!逃げるわよ!アチシに掴まって!」

「はい!…って、あれ?」

ふと、側にいた筈のみにばうくんがいない事に気付いて慌てて辺りを見渡した。


【jiiiiiiiiiiii!!!】

「ばう!ぐるるる!!」

「んま!?あの子っ」


アブラゼミに似た怪異の声と吠え声にまさかと目を凝らすと、なんと怪異の下でびょんと飛び跳ねたみにばうくんがそのギラつく牙でもってブチリと怪異の手をむしり取っているではないか。


「みにばうくん!危ないからおいで!!」

「ばう!ばう!」

【jiiiiiiiiiiiijiiiiiiiiiiii!!!】

「きゃん!!」


私の声に大丈夫だと鳴いたみにばうくんはしかし、再び飛び上がったその小さな体に体当たりを食らって近くの木にふっ飛ばされた。


「みにばうくん!?」

「う"、ぅ"!ば…うばう!」

駆け寄ろうとした私を振り切り、またその小さな体で立ち向かう。

なんで、どうして、だって君はかくれんぼ用で戦闘能力は…


「…あの子も男の子なのね。好いた子を守りたいだなんて…ぐす、泣かせるじゃないの!」

みにばうくんオスなんだ、とか、その滝のような涙はオイルか何かですか、とかどうでも良いことが過りながらも戻るよう声をかけているけれど、みにばうくんは戻ってくれない。


【jiiiiiiiiiiiijiiiiiiiiiiii!!】

「ばう!?」


何回目かのみにばうくんの噛み付きを食らった怪異がけたたましい叫びを上げながら体制を崩してよろめく。

それにいけるかもと気を緩めた私は大馬鹿者だ。

怪異は苛立たしげに歯を鳴らすと、今までのように振り払うでもなく無数の手でみにばうくんの小さな体を掴んで雁字搦めにしてしまったではないか。


「みにばうくん!?」

「ばう!ばう!」

【jiijijiiiiiiiii!】

「ガ!?ギャ!ギャウ!!ギギ!?」


そしてにちゃりと私に向けて嗤い、ほら見ろと言いたげに顔の高さを飛ぶ怪異がその手でぎちぎちとみにばうくんを締め付け始めた。

苦しげに上がる錆びた金属のような悲鳴とひしゃげていく体。


馬鹿だ、とは思う。それでも…


「っ、やめて!!!」

「シオリちゃん!?」


私は耐えきれずにマリアンヌさんの背から飛び出し、近くにあった石を怪異に向けて投げた。

ピシッと軽い音ながら確かに当たったそれはかすり傷程度のダメージにもなりはしないだろうけれど、しかし確かに怪異の注意を私へ向けてみにばうくんの拘束を弛めることに成功する。


それにホッとすると、ぐっと肩を引かれて体を後ろに下げられる。

そのまま両肩を掴まれてマリアンヌさんの顔面が目の前に…いや待って待って待って。怖い。


「んもぅ!おバカちゃん!!チャンスだったのに、何で注意引いちゃうのよぉ!」

心中穏やかじゃないのだろう彼(?)はくねりを三割増しくらいにして視覚に持続ダメージを与えつつ私を咎めた。

怪異ですら僅かに距離を取ったのが見えたぞ。


「チャンスも何もないですよ!だって、みにばうくんを返して貰わないと!」

マリアンヌさんの硬い腕を掴んでそう叫ぶと、彼(?)はふざけた様子も何もない…無表情で私を見た。


「シオリちゃん。あの子はね、機械なの。アチシもあの子も作り物。死んだりしないのよ。だって、修理できるんだもの。でもシオリちゃんは…」

幼子に言い聞かせるような科白。

それに急激に頭が冷えたような気がして、私はその腕を振り払う。


「なら、私だって変わらない」


ぐっと唇を噛んで、自分で言ったくせに傷ついてる愚かさを罰した。

驚いたようなマリアンヌさんの横をすり抜けて私は再び怪異と正面で向かい合う。

弱々しくもがくみにばうくんがごめんねと鳴いているのを否定するように私は笑ってみせた。


死が無いから他を優先して良いのなら、私だってそう振る舞って良い筈だ。

それに…みにばうくんとマリアンヌさんに死がない?笑えない冗談だよ。

仮に壊れたから修理して、それで?

その後の二人が、"二人"であると誰が保証できるというのか。

もし今私と話して、じゃれあった二人が消えるのだとしたら…そうしたら、それは死と何が違う?


「シオリちゃん。アチシ達はロボットなの。生きてるように見えても生きてはいない。心臓の鼓動もないし血潮もない。体温もないし、痛みも苦しみもない。あなたが情をもつ必要はないの。…ね?分かって?」

「だから、何ですか」

「…え?」


波立つ心とは裏腹に、口をついて出た言葉は静かで凍てつく氷面のようだった。

これはダメだと少し感情を吐いた息と共に散らし、気を取り直した私は腰に手を当てて怒ってますアピールをする。


「聞きますけど、今あなた方は無感情に命令で動いてるんですか」

「そ、れは…」

違う筈だ。ただのプログラムによる思考で動いているのなら…マリアンヌさんは問答無用で私を逃がすし、みにばうくんは戦いを挑んだりしない。

機械にも心が、なんて使い古された詭弁をのたまうつもりはないけれど、でも確かに二人には二人の思考が存在している。

ならば答えなんて単純だ。


「マリアンヌさんもみにばうくんも、ただのお人形じゃないでしょう。ちゃんとここに"在る"…生きてるじゃないですか」

「いいえ、いいえ…シオリちゃん、アチシ達が生命を名乗るのはお門違いなのよぉ」

「そんな誰が決めたかも分からない枠組みなんてどうでもいいです」

「な…っ」


生まれて、鼓動を刻んで、息をして、時に子孫を繋いで、朽ちていく。

それを生命の営みだというのなら、最後が破綻している私は何だというのか。

自分が既に枠の外なのだ。常識なんて知ったことか。


「私は今、目の前に"いる"存在を尊重します。あなた達が認めなくても、私があなた達を生きていると認めます。ちなみに、同じものが五万とあっても私と一緒にいてくれたマリアンヌさんとみにばうくん以外認めません」

「シオリちゃん…」

「大体、ロボット?ぬいぐるみ?人?関係ありませんね。私は、私が大切だと思ったものを…もう奪われたくなんてないんです」


私はみにばうくんを助けたい。

これは私の我が儘。

私が嫌だからそうするんだ。


何もかもが奪われた無力感を覚えている。

何もかもが私を置いていった寂しさを覚えている。

"存在"とは奇跡だ。

そこに"ある"ことそのものが奇跡だ。

だから、無駄と揶揄されたって私はその奇跡を捨てたくない。


あぁ、何というか、強欲でありたい。

分別のつかない赤子のようにあれもこれも頂戴と手を伸ばして、掴んだのなら取られないように、離さないように抱え込んでやりたい。赤ちゃんの握力って馬鹿に出来ないんだから。


なんて、根っからの日本人気質な元一般人には強欲って難しいんだけどね…自分の願望より先に他人の顔色見ちゃうし。

あくまでも願望だ。


「…んもぅ、困ったチャンね。いいわ。アチシが助っ人持ってくるから…それまで待っててねん♥️」

「…!はい!頼りにしています!」

「あらやだおネェさん張り切っちゃう!…本当に気を付けるのよ」


まるで七尾さんのように慈愛を込めて私を撫でて、マリアンヌさんはあの反則的なジェットを背中から出して森へ飛び込んでいった。

いやこっちにかかる風圧考えてよ。

今私マリアンヌさんにワンキルされるかと思った。


一瞬でボサボサになった髪を撫で付けながら、私は怪異と一対一で向かい合う。

マリアンヌさんがいなくなって警戒の必要はないと判断したのか、ニタニタ笑って距離を詰める怪異に舌打ちを溢した。

完全になめられている。

ムカつくけれどその判断は正しいし、私としても時間を稼ぎたいだけだから都合が良い。ムカつくけれど。

私は今の風で足元に転がってきた物を拾い上げ、ビシッと怪異に突きつけながら虚勢を叫んだ。


「みにばうくん、返してもらうから!」


さて、そう息巻いた私の装備がこちら。

武器:木の棒。

防具:布の服(ウニクロ産)、普通のスニーカー(ノーブランド980円)。

…いや、私、改めて見ると酷いな。これはダメでしょう。RPGの初期装備かな?


ま、まぁ勝つ必要はないんだし…何とかなるでしょう。

無理やり言い聞かせながら私は両手で木の棒を握りしめ、型も何もない乱雑な軌道でえいやと振り下ろす。

言わずもがなあっさり避けられた。


【jiijiijiiijiiiii!】

「笑うなコラ!!」


羞恥で顔が熱くなるのを感じながら、私はがむしゃらにブンブンと棒を振り回す。

気分はハエ叩きであるが、的が大きくともハエより早い怪異には掠りもしなかった。知ってたよ!


数分と経たずに息は上がり、それを待ってましたと怪異が羽ばたきを強めて突進してくる。

「ばう!!!」

「わっ!?」

【jiiiiiiiiiiii!?】


まずいと焦る私の耳に特大音量でみにばうくんの一吠えが届き、驚きと一瞬奪われた平行感覚にバランスを崩した。

おかげで怪異の攻撃は避けられたけど…心臓に悪いよ。


そこからは形勢逆転…いや、元々私のターンなんて無かった気もするけれど。

とにかく攻勢になった怪異の体当たりをひいひい言いながら避けることしか出来なくなった。

みにばうくんが切羽詰まったように鳴いている。捕まってる本人にまで心配されてるよ私。情けないな。

まぁそんな低レベルの攻防も長くは続かなかったけれど。


【jiiiiiiiiiiii!!】

「げっ、遊びは終わりって感じだわ…」


今までと違うビリビリと殺気を感じる咆哮に顔をひきつらせた。

嗤っていただけの口をくぱぁと開いた怪異は、赤黒いそこに並ぶ鋭い歯をガチガチと鳴らしながら羽ばたきを強めてこちらへ突っ込んでくるではないか。

あぁこれは齧られるなと腹をくくり、私はせめて頭は守ろうと腕をクロスさせるようにして身構えた。


【jiiiiiiiiiiii!!】

「ふしゃーーー!!!」


迫り来る怪異の声にぎゅっと目を閉じた瞬間、聞き覚えのある声と共に吹いた風が私を隔てるように割り入ったのを感じる。


「…え?」


痛みどころか怪異そのものが訪れなかった事に驚きながら顔を上げると、そこにはゆらりと黒猫の尾のような髪を一房揺らして私を守るように立つ背中があった。


「一ツ星ごときが、綴戯さんに近付くにゃ!!」

「ま、マオちゃん!?」

すっとんきょうな私の声に、両手の爪をそれこそ猫のように『変化』させた彼女は正解!と茶目っ気たっぷりにウインクをしてみせる。


「ばうばう!」

「わっ、あれ!?みにばうくん!?」


ドンとそこそこの勢いで胸に飛び込んできたみにばうくんにバランスを崩して、私は尻餅をついた。

目を丸くして怪異の方を改めて見てみると、先の一瞬で胴体に生えていた手の大半を切り刻まれたらしい。

傷口からぼたぼたと黒い体液を垂らして地面を汚していた。


怪異はそれでもふらふらと飛び、怒ったように奇声を上げて歯を鳴らしながらこちらを睨み付けている。いや、目はないけれど。

そして、不快な羽音を強めて再び突進を…


【jiiiiiiiiiiii!!jiiiiiiiiiiii!!!】

「はいはい、邪魔よぉ♥️」

【je!!?】


する前に、横の森から突っ込んで来た"何か"によってその体がぶっ飛ばされた。

そのまま怪異は近くの木に凄まじい勢いでぶつかり、ボトリと落ちて地に伏す。

何がぶつかってきたのか、なんて答えの分かりきった問いだよね。


「うふん♪戻ったわよぉ♥️」

「マリアンヌさん!…と、瀬切くんに門倉くんまで!?」

瀬切くんと門倉くんを小脇に抱えたマリアンヌさんが、きゅるんと効果音がつきそうな勢いで再登場である。


「「うっぷ…」」

「おみゃーら今吐いたら刻むからにゃ」

二人の顔色が酷い通り越して土色なんだけど…

果たしてあのジェットで酔ったのかマリアンヌさんにエンカウントしたショックによるものなのか。


と、マリアンヌさんのパッチリお目めが私をひたりとロックオンした。

「ハニー♥️寂しかったわよね!ただいま♥️」

「「「ハニー!?」」」

「ハニーではありませんがお帰りなさい」

あ、皆待って!?そんな顔でこっち見ないで!完全な誤解でしか無いからね!?


そんなやり取りで肩の力が抜けたところに、ぶぅんと不快な羽音がして皆そちらへ目を向ける。

タフなことに怪異はまだヤル気満々といった様子でギリギリと歯を鳴らしていた。


うーん…相当にご機嫌斜めのようである。

なんて、当然か。私というご馳走に食らいつく前に邪魔をされ、お預けをくらったのだから。ざまぁみろ。


「んま、シツコイ男は嫌われるわよぉ♥️」

「へー、あれオスなんですねぇ」

「いや怪異にオスメスあるんすか?」


緊張感の無い会話に思わず自嘲気味にふはっと笑ってしまう。

だって、私一人では手も足も出ず気を張り詰めていた相手に、皆はこんなにも余裕綽々だなんて。

もう、自分の不甲斐なさを笑うしかないじゃないか。


「で?誰が殺るんすか?」

「面倒だしぃ、リンリンがそのままいけばぁ?」

「にゃにゃ、別に構わんにゃ。一ツ星、しかも一体にゃんて猫じゃらしで遊ぶくらい余裕だからにぇ!」


そう言ってペロリと唇を舐めたマオちゃんは弾丸のように飛び出して、本当に猫がじゃれて遊ぶように一方的になぶり始める。

さっきの私と逆になったみたいだ。

そして散々弄んだ後、あっさりと頭部を引き裂いて討伐してみせたのである。


「にゃふ!一丁上がりにゃ!」

「凄い…マオちゃん、ありがとう!」

「ばう!ばう!」

「にゃにゃ!綴戯さんの為ならお安い任務にゃ!」


感謝を込めてさらさらの猫っ毛に覆われた頭を撫でると、本物の猫のように気持ち良さそうに目を細めた。

腕の中のみにばうくんから羨ましそうな気配を感じたけれど、今は功労者たるマオちゃん優先だから我慢してね。


「あー!良いなぁ」

「ご褒美羨ましいっす!譲らなきゃよかった!」

「あはは…瀬切くんと門倉くんも、来てくれてありがとう!凄く嬉しかったよ」

「「いえいえー!」」


でも、どうして皆がここにいるのだろう。

マリアンヌさんが連れてきたからなのは間違いないだろうけれど、さすがのマリアンヌさんもこの短時間で向こうの合宿所から連れてきたってことはないだろうし。


私が疑問に首を捻るより先に、がさがさと森の向こうから人の気配がしてそちらを見た。

私を含め、誰にも警戒の色はない。だってきっと…


「綴戯さん!!凄く騒がしかったので小生滅茶苦茶心配しました大丈夫でしたかって言うかなんで二年がここにいるのいやまぁ声は聞こえてたけど聞き間違いかと思ってた」

「はぁ?二年?…本当だな。神出鬼没かお前達は」

「至くんも七尾せんせーも早いです!!ってあれ!?」


案の定現れたのは至くん、七尾さん、二菜ちゃんの討伐班。

私の無事にほっと肩の力を抜くと同時に、三人はいる筈の無い二年生達に目を丸くした。

きっと至くんには騒ぎが聞こえてるだろうと思っていたけど…何せマオちゃん達元気いっぱいだし、痛ぶられていた怪異も凄く鳴き喚いていたからね。


私は三人に怪我がないことを確認して、ホッと顔をほころばせた。

「皆お疲れ様です。二菜ちゃんも至くんも大丈夫だった?」

「勿の論です!!このとおりピンピンしてますよ!」

「よく言うよ二ツ星しか見てなくて油断した瞬間一ツ星に噛まれかけたクセに」

「うぐっ!それは…!い、至くんだってあの時…!!」


わぁわぁと言い争いを始めてしまった二人に苦笑をこぼし、七尾さんに向き合って頭を下げる。


「綴戯」

「気遣いを無下にしたこと、すみませんでした」


そう、これは彼がわざわざ用意してくれた安全を放棄した事への謝罪。

私の身勝手で、私を思ってくれた心を無視した事への謝罪だ。


「…全く。お前は、決めたことにはとことん頑固なんだろうな」

そんな呟きと共にぽすんと頭に乗った大きな手にそろそろと顔を上げると、厳しく、しかし中心には安堵を宿した慈愛の瞳に晒されて、私は慙愧に堪えない思いにかられた。


「それで?どうして猫、瀬切、門倉がここに?」

三人が顔を見合わせるなか、私はおずおずと口を開く。

「えぇと、それはマリアンヌさんが…」

「そうよぉ♥️森で晴ちゃん…七尾ちゃん達を探していたらこの子達を見つけたの♪」

「化け物に遭遇したかと思ったっす」

「あ"ぁ"ん"?」


ちょっとマリアンヌさんの声帯(?)が不調らしくどえれぇ声が聞こえた気がしたけれど、気のせいだと思いたい。そのくらいヤバい声だったよ。

そそくさと私を防波堤代わりにして背に隠れる二年生達に乾いた笑みを浮かべた。


「そもそも、どうしてこっちに来てたのかだ。まだ訓練中の時間だろう」

「「「ぴぃ!?」」」

よもやさぼりじゃないだろうな、と眼光鋭く三人を射抜く七尾さんに悲鳴を上げて身をすくめた彼らだが、私に宥められながらもぼそぼそと経緯を話し始める。


曰く、今日の訓練途中で彼らの担任である槝木がどうにも不穏な言葉を口にしたのを聞いたらしいのだ。

「俺ら、先輩方は何してるっすかね?って話をしてたんす。そしたら…」


〈はんっ!今頃は怪異に食われてるかもな〉

〈縁起でもないですにゃ〉

〈擬似怪異に捕食機能なんてありませんよねぇ?齧ってはきますけどぉ〉

〈擬似怪異なら、な?だが…くく、とにかく楽しみだ〉


うん。確かになんかもう典型的な怪しい台詞と言うか…まるで本物が襲うことを自分は知っていますよ、と八割がた自供しているような口振りである。

その台詞に嫌な予感がした三人は自主練になったのを良いことにこちらへ様子を見に、そして槝木の発言を七尾さん達に伝えるべくやって来たのだった。


「でぇ、その途中でこの関わったら絶対ヤバそぉな、是非とも他人の振りをしたくなる奴にぃ捕まりましてぇ」

「あ"ぁ"ん"?」

「門倉お口チャックにゃ!えっと、綴戯さんがピンチって聞いて、超特急で馳せ参じたのにゃ!」

「「「以上!!」」」


いつも思うけど、二年生の皆は息ピッタリだよね。

声を揃えた三人に七尾さんは眉間を揉みながら深いため息をつく。

あちらの担任にほとほと呆れ果てているらしい。


「皆、改めてありがとう。おかげで私達は助かったよ」

「ばう!!」

私は三人の頭を軽く撫でて心からの礼を再度告げる。

皆がこちらを心配して来てくれたからこそみにばうくんは壊されず、私も齧られずに済んだのだから。

いくら死なないとは言え痛いものは痛いし…食べられる、と言うのは精神衛生的に良くない。発狂案件だ。


話の流れが一度途切れたのを見計らい、二菜ちゃんが酷く複雑そうな…難しい問題でも当てられたような顔をして私へと口を開く。

「あのあの!二菜わからないんです!どうしてマリアンヌさんがいたのにお姉さんは逃げなかったんですか?その、アレがいて逃げられなかった、なんてあり得ないじゃないですか」

「んま!アレ呼ばわりとは失礼しちゃうわ!」

「ヒェ」

「マリアンヌさんどうどう。…実はみにばうくんが怪異に捕まっちゃってね。助けなきゃと思って…」


みにばうくん?と皆の視線が私の腕に抱えられた黒光りする塊に向けられ、みにばうくんは居心地悪そうにもぞもぞと身動ぎをした。

ふむ、視線か気配か…機械でも何か感じるものがあるのかな。


「え"、まさかそのロボットの為って言うんすか!?綴戯さんはソレと違って取り返しつかないんすよ!?」

「えっとぉ、綴戯さん変な心配しなくて大丈夫ですよぉ。確かにそのサイズのバウワウくんは貴重かもですけどぉ、綴戯さん以上の価値はありませんからぁ」

「にゃにゃ!そもそも何かあっても直りますにゃ!最悪作り直せば良いだけで…綴戯さんと違って取り返しがつきますにょ!」


心配そうな顔が、瞳が、声が、彼らの本気を鏡のように映している。

二年生達の言うことはもっともで、間違っていない事くらい痛いくらい分かっていた。


皆は私の体質を知らない。だからこそ、一つしかない命の方が代えの利く"モノ"より大切であるべきと、そう考えるのが当たり前。

一部の物好きや変わり者はいるだろうけど、能力者も一般人も関係ないくらいの常識だ。

でもごめんね。私はその、一部の変わり者だから。


きゅっとみにばうくんを抱く腕を強めれば皆がまたぎょっと目を剥いて、再び何かを言おうと口を開く。

しかし、音が紡がれる前にマリアンヌさんが静かな声で割り入った。


「…あのね、シオリちゃんは"この子"がいいんですって。だから見捨てるなんて出来なかったのよぉ。ね?」

「…はい」

私にとってはこの命より、この子の方が代えの利かない一つだから。


心底理解できないと宇宙を背負ってしまった面々に気まずさからカサカサで中身の無い笑みが浮かぶ。

そりゃ一般人から見ても…能力者ならきっと尚更、愚にも付かない行動であっただろう自覚はあるからね。


「綴戯さん」

そんな気まずいような空気の中、至くんが真っ直ぐ私を見た。


「小生達には正直ソレの為に自分を危険に晒す心情なんてものは分かりませんが不思議と綴戯さんらしいと感じてしまいます」

至くんはただ真っ直ぐ、昨日見た川のようにさらさらと透明な彼自身の気持ちを私に注ぐ。

そして、ふわりと優しく笑った。

「だからあなたがそう思ったなら良いと思いますし何となく綴戯さんがソレを見捨てなかったことにホッとしました」


何で、そんな暖かい言葉をくれるのだろう。

何で、認めてくれてしまうのだろう。


何で、なんて…分かってるくせに私はズルいから認めたくなかった。

けれど、鈍感な振りをして防衛線を張りたいのに、それを許してくれないくらいに自然な音に鼻白む。


「でも…私の我が儘で皆に心配とか、迷惑かけちゃったみたいで、ごめんなさい」

「いえ!二菜も至くんと同意見です!そんなお姉さんが好きなんですよぅ!でもでも、危ない事はやっぱりして欲しくないです!」

「小生も熊ヶ峰もあなたの行動を咎めたりはしませんけど心配するのは許してくださいっていうか迷惑とかあり得ませんから、なので、その…あの…」


私を真っ直ぐ見ていた彼の瞳がうろうろと彷徨い始め、流暢に流れていた言葉もまた川が蛇行するように滞らせていく。

どうしたのかと戸惑う私の頭が急にわしゃっと撫でられ一驚を喫して目を丸くすれば、クツクツと意地悪そうに笑う七尾さんが私を覗き込んだ。


「綴戯、大丈夫だからその顔を止めてやれ」

「え?か、顔…ですか?」

「大事な物を取り上げられそうな子供の顔、だな」


え、待って、嘘。私そんな顔してたの?いや、してるの!?

指摘されて、想像して…火が出たように顔が熱くなる。二十も半ばくらいの精神しといてそんなの、恥ずかしすぎるでしょう。

思わずぬいぐるみよろしく強く抱き締めてしまったみにばうくんから苦しいと一鳴きされてしまった。ごめんね。


皆にはどこまでバレているだろう。

私が取り上げられたくなかったのは、一蹴されたくなかったのはみにばうくんだけではない。

私自身がもつ考え方なのだと。


理解は…されなくても良かった。

けれど、どうやら私は皆に己の在り方を気持ち悪い、馬鹿みたいだと一笑に付されるのが…軽んじられるのが酷く怖かったらしい。

うん。私って一ノ世が口癖で言うように面倒臭いわ本当に。でも…


「行動は褒められんが、お前は私達と違う考え方を誇って良いと言っただろう?大丈夫、受け止めるさ。懐に入れた存在に対する能力者の心の広さをなめないでくれ」


あぁ、受け入れてもらえて良かった、と心から安堵した。


「…ありがとうございます」

私の表情が緩んだのを感じたのかみにばうくんが甘えるようにすり寄ろうとして、ひょいとその体は二菜ちゃんの手の中へ。

手品かな?見えなかったんだけど。


「元はと言えばみにばうくんのせいらしいので反省しましょう!お姉さんに甘えるのしばらく禁止です!」

「くぅん」

金属の筈なのにしおしおと葉が枯れるようにしょぼくれてしまったみにばうくんにあらら、と小さく笑う。


そんなやり取りをしていると、がさりがさりと音をたてながら光方がどこか違う金色が二つ森から現れた。

「何でまたこんな大所帯になっているんですか」

「あらま、二年生達ですか。いらしていたんですね。ね?」

「「「お邪魔してまーす!!」」」


元気100%な挨拶に少しだけ相好を崩した三神だったが、すぐに笑みを消した厳しい表情で七尾に向き合う。

「…どうだった」

「どうも何も、結界装置の一つの電源が切られていましたよ。おかげで穴どころかろくに結界が機能していませんでした」


結界装置の展開には基本複数の装置が必要であり、点と点を繋ぐように装置間をリンクさせることで対象範囲を囲う必要があるらしい。四つなら四角く、六つなら六角形にってね。

で、そのうち一つがダメとなると…リンク先を失った両隣が機能しなくなり、対象範囲を囲えなくなった結界装置はただの置物と化すわけだ。つまり結界が消える。


「ほほほ、幸い装置は無事でしたので電源を入れ直しましたけれど…あれは人為的です。ね?」

「人為的…」

「ええ。装置が綺麗すぎましたもの。獣の類いではありません。ね?」


おっと今の空模様のごとく少しずつ雲行きが怪しくなってきたぞ。

人為的。だとしたら誰が?なんて…

二年生達の感じたグレーの不信感は間違いなく黒く塗り替えられつつある。


七尾さんが素の彼を滲ませながらチッと舌打ちすると同時にピコンと彼の端末がメッセージの受信を告げ、それをさっと確認した彼は更に人相を悪くして青筋をたてた。こっわ。

またしても私の背中に隠れた二年生ズがぎゅむっと服をつかんで怯えを見せる。

ところで誰か服に見せかけて脇腹ダイレクトにつねってるね?わざとかな門倉くん?


「…本部に討伐された怪異について問い合わせていたんだが、先の怪異はここと二年の合宿所の間辺りを彷徨いていた個体らしい。依頼を合宿三日前に出され、更に討伐の報告書も受理されて処理済みの筈…だそうだ」


怒りを纏う地を這うような低音で紡がれた台詞に思わずドン引いた。

だって、それはつまり…


「んんん?どう言うことですか!?」

「つまりね、誰かがウソの報告をしたって事じゃないかな」

「え"!?」

「綴戯の言うとおりだ」


怪異の討伐は人命の安全に関わるものなのに、その任務で虚偽報告なんて理解に苦しむ話だ。

学校の課題じゃないのだ。自分一人の問題じゃない。

そも、今回は能力者が狙われたからまだしも一般人に危害が加わっていたら信用問題になる。

コレを知ったら皆の言うお上の人もお冠じゃないかな


七尾さんは睨み付けていた端末の画面を皆に見せるように広げる。

私は今一つ見方が分からないけれど…えぇと星の数、任務内容、担当者…は?

そこには"槝木"、二年生の担任の名前が記されているではないか。嘘でしょ一応教師なんだよね??


「いやいやいや何でこんなアホなことしてくれてんですかこの人振り分けたの一ノ世さんの筈ですし絶対潰されますって物理的に命知らず過ぎるでしょ」

「はぁ…久夜が割り振ったから、じゃないですか。むしろ」


ため息混じりに呟かれた三神の台詞にえもいわれぬ空気が流れた。

あり得ないと言えたらいいが、残念ながら昨日の様子を見るに…あり得てしまうんだろう。

私より付き合いが長いだろう皆を見れば揃って納得した顔だし。


「ほほほ、最初からこうするつもりだったのでしょう。ね?」

「何かもう、えっぐいですね…」

あまりの身勝手さに二の句が告げない心境だ。


一ノ世の命令には従わず、かつ結界を解くことで野放しにしておいた怪異にこちらを…アイツと関わりが深い七尾さんや三神、あとたぶん私を襲わせて嫌がらせ。

それだけに止まらず、おそらく自分を棚に上げて任務達成報告の確認漏れだと一ノ世を責め立てるまでがワンセットじゃないかな。

うん。普通に想像つく。きっとそう。


さすがは能力者というか…好き、興味があるものに対する心の注ぎ具合は見てきたけれど、嫌い方面の振れ幅もヤバい。

常識的に考えて、という言葉がこれ程意味を成さないとはさすがだ。


さて、思考が一般人な私でも行き着いた答えなのだから皆も当然察したらしく、頭を抱えてしまっている。

「きゃはは…二年の担任って虫けら以下ですね!」

二菜ちゃんの目が"あちら"を思い出すような冷徹さを帯び、喉の奥で変な音が鳴った。

トラウマは勿論だけど普通に怖いわ。


二年生達は皆の様子に肩身が狭そうに体を縮め、また昨日のように悪くもないのに謝罪を口にする。

「こら。皆は悪くないって昨日も言ったよね?それに私を助けてくれたんだもの、そんな顔も謝罪もいらないよ」

「ふにゃ!」

マオちゃんのシワがよった眉間をえいとつつくとパッチリした目が私を写し、つり目な彼女はへにゃりとたれ目にイメチェンした。


「綴戯さんの底抜けな優しさには敵わんですにゃ」

「それ褒めてる?貶してる?」

「褒めてますよぉ。ただ優し過ぎて詐欺に引っ掛からないか心配でぇす」

「同情を誘う手口もあるんすから気を付けるっすよ!」

「何の注意されてんの私。あと、詳しいね瀬切くん…」


わざとかどうかは分からないけれど、少し茶化したような三人の様子にヒリついていた空気はかき消され、皆の顔には微笑みが戻っている。

ムードメーカーのお手本みたいな子達だよね。


「まぁとにかく、だ。イレギュラーはあったがいい訓練にはなった」

「いやいやいや小生達にしてみたらただのはた迷惑っていうかかなり疲労が蓄積されたのでふざけんなって話でしかありませんが」


至くんのぼやきを華麗にスルーして、七尾さんはにぃっと熱血な体育教師と意地悪な悪ガキ二つの色が見えるどこか彼らしい笑みを浮かべて、学生達をまとめて見渡した。


「よし、まだ時間がある。二年込みで訓練を再開するぞ!」

「「「え"ーーー!?」」」

「「鬼!!!」」

「七尾さん…伸び伸びしてる」

「あぁ、もともとデスクにいるより体を動かしたい人ですからね」

「ほほほ、引率中は他の仕事は控えられますでしょう。ね?だから気が楽なのですよ」

成る程。草臥れたサラリーマンの皮は島に置いてきたってところだね。


皆の盛大なブーイングは森を揺らすように響き渡り、それにつられた草木がさわさわと笑った。


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