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9-2


NO side


ぽっかりと開けただだっ広い空間は自然豊かな森の中では極めて異質な光景だった。

上空から見たら緑の絨毯の中に茶色いテープをべとりと貼り付けたような有り様だろうが、認識阻害の結界装置に囲われたここは実際にはただの森に映るのだろう。


中心に頼りないフェンスを一直線に走らせた長方形の左側。

砂埃と熱気による蜃気楼で歪むそこでは、二人の人間による激しいぶつかり合いが起こっていた。


綴戯栞里は目を凝らしながらその二人、七尾晴樹と熊ヶ峰二菜の組み手を眺める。

そう、眺めてはいるのだが…その藤色の瞳はどうにも見当違いの場所をきょろりきょろりとさ迷っていた。


「お、追えない…」

「期待していませんから無理しなくて良いですよ。どうせ貴女、"見て"いなくても記録が出来るんでしょう」


にべもなく言い放つ三神聖に栞里は少しばかりムッとしたように眉を寄せたものの、別に間違えた事を言われたわけでもないかと諦めて小さく息を吐く。

彼女は存外に切り替えが早いタイプだ。


「ほほほ、休憩まで一時間でしたっけ。七尾さんの指導に耐えるには厳しい時間でありますでしょう。ね?」

「誰もフルで持つなんて思っていませんよ。僕は連続20分越えたらキツいです」


そんな外野の会話など気にする暇も余裕もなく、二菜は何度目かの横蹴りを晴樹へと放つ。

しかしそれはいとも容易く彼の太い腕でいなされ、ならばと次いで拳を繰り出すもそれはバチンと音を立てて晴樹の手のひらに吸い込まれた。

そして大きい手が小さな拳を飲み込み、そのまま腕が取れるんじゃないかと錯覚しそうな勢いでもって二菜は宙に放り投げられる。


「…っ、やば!?」


くるんと猫のように体制を整えて着地と同時に身を転がした彼女の判断は正しく、ドゴッと一拍遅れてそこには僅かなクレーターが出来ているではないか。

舞った砂埃の中で地面に突き刺さるように立てられた拳を引き、晴樹はゆらりと立ち上がる。


「休むな。来い」


短く告げられたそれにはしかし、総毛立つ程のプレッシャーがみっちりと詰め込まれていた。

殺気では無いにしろ実力差をありありと突き付けるそれに二菜は腹底から恐怖がこぽりとせり上がるのを感じたが、無理矢理に押し込めてぐっと地面を蹴り飛ばす。


二菜は良くも悪くも勇敢な少女である。

臆した時こそ立ち止まりたくないと足を前に出す彼女はそれ故怪我は絶えないし危機に陥る事だってあったが、気持ちで負けることは無く思考も止まらない。

だからこそ、その姿勢は活路を見出だすし何よりも当人に成長をもたらすのだ。


「ハァ!!」

「…フッ。さっきよりスピードを上げたな。だか、まだだ!!」

「…っ!!はい!!」

それを良く知るから、晴樹は彼女を追い詰めるように負荷をかけるのである。


右の二段蹴りからの左で足を払うような下段の回し蹴り、振り抜いた勢いを利用して裏拳を繰り出す…

流れるように足技と拳でコンビネーションを組んでいく二菜だが、元より徒手空拳のスタイルを貫いていく晴樹にしてみれば赤子同然とでも言うように悉く防がれ、いなされ、仕舞いには自分でつけた勢いのまま転がされる始末。


全く一撃入れられるビジョンが浮かばぬままに、けれど二菜は思考を止めない。

このままではただいたずらに己の消耗を進めていくだけなのは分かっている。


晴樹のように純粋にソレを極めた者と真っ正面から勝負出来る程の土台は、まだ二菜には備わっていなかった。


ならば、と彼女は唇を湿らせ、再び地面を蹴る。


助走を殺さぬままに右足を軸にして繰り出した後ろ回し蹴りは風を切るように晴樹に迫った。

いつもより間合いが近いなと巌のように落ち着いて分析をしながら、彼は蹴りに合わせて筋肉の隆起した腕でガードする。

瞬間、僅かに二菜が笑った。


彼女の足が当然のように腕に阻まれるその瞬間、二菜はその足をするりと器用に腕にかけると同時に軸足をバネのように跳ねさせたではないか。


予想の外を行く行動に晴樹がその深い青色を丸くするなか、曲芸師のようにくるりと体を跳ねさせた二菜の右膝が彼の横っ面に迫った。


が、しかし…


「遅い」

「なっ!?」


彼女の膝蹴りが入るよりも早く、晴樹の顔の前を横切った片手によって攻撃は阻まれ、彼女の無防備な体へ掛けられた足を振りほどいた手からの裏打ちがモロに入れられる。

いくら手加減されているとはいえ手酷いカウンターを食らった二菜の小柄な体は面白いくらいに吹っ飛んでいき、勢いを殺せないままに二三度体を地面に跳ねさせて何とか体制を整えた。


さて、何故彼女は武器である鉄球…と言うより能力を使わずに戦っているのか?

その理由は晴樹の教育方針にある。


「体術が鈍い。能力に頼りすぎだぞ、熊ヶ峰」

「ぐぬぬ…!すみません!」


彼は組み手を行う際、最初は必ず能力を使わせないし勿論己も使わないという、所謂素の体術を見ることにしていた。


二菜の『怪力』のように体に直接作用する能力の持ち主は特にそれに頼りがちになることを晴樹は知っているし、そのハリボテの強さではいつか必ずつまづく事だってよく知っているのだ。


何せ己の実体験なのだから。


武器が、能力が使用出来なくなるような有事の際に通用しなくなるような体術など、教え子に持たせるつもりは晴樹には毛頭無いのだ。


「あと五分は生身で食らいついてこい」

「はいっ!胸をお借りします!!」


能力の最中も使うことを想定した二菜の体術は蹴り技を主体としたコンビネーションが多い。

晴樹に肉薄した彼女は、突き出された右のストレートの風圧に威圧されながらも真っ向から後ろ蹴りで迎え撃ち外に逸らした。

そのままがら空きになった胴を狙うべく拳を握って繰り出すも、当然ながら晴樹とて大人しく受けてやるつもりは更々無い。

ほんの僅かな動揺も見せること無く、彼はもう片手で即座にフックを返した。


「…っ!」


二菜は攻撃を中断して頭を防御へと切り替えてなんとか直撃は避けたものの、体制を立て直すより早く追撃を受けて再び地面へ転がる。


「もう少し下を狙え。体格差すら利用してみせろ。もう一度だ!」

「くぅ…っ!はい!!」


鈍い打撃音を遠巻きに彼らを見守る森の中へまで響かせて周囲の野生動物達を驚かせながら、何度も何度も何度も蹴りと拳の応酬は続く。


それを断片的にしか見えずとも、栞里は正直目を塞ぎたかったし耳だって塞ぎたい気分だった。

訓練だと、必要な事だときちんと理解していても尚、一般的な感性を持つ彼女にとっては地面に転がる二菜の苦悶の表情も苦痛に漏れる悲鳴も耐え難いものなのだ。


それでも栞里は意識も、目も耳も逸らさない。

そんな彼女を東雲四葉は気遣うようにそっと声をかける。


「ほほほ、刺激が強くはありませんか?ね?無理はせずともよいのですよ?よ?」

「大丈夫です。私は…逃げたくないので」


握り拳は震えているし形の良い眉だって泣きそうに歪めながら、それでもキッパリ一文字に結ばれた口は強い意思を示していた。


九重至は凛と答える栞里を見て眩しそうに目を細め、級友の戦いに視線を戻す。

どうやら五分経ったようだ。


一度手を止め互いに向かい合いながら晴樹はいかにも教官らしく油断無くピシリと佇み、手を後ろに組んだまま口を開く。


「よし。今からは能力有りだ。今度は私からの手出しはしないがカウンターはするからな。気を抜くなよ。一撃でも入れてみせろ!」

「はい!絶対せんせーの頭かちわってみせます!」


いやそれはやりすぎだろうと栞里だけは素直に受け取って内心ツッコミを入れていたが、他の面々は二菜なりに気合いを入れただけだと分かっているのでスルーである。


二菜がするりと己の首に触れると、じゃらりと重たい鎖の音を響かせながら巨大な鉄球が顕現する。

丁寧に漆を施したようなつるりとした漆黒は、夏の日射しから暖かさすべて吸収した上で底冷えのする光だけを辺りへ反射させていた。


ぎしりと鎖を両の手で握りしめてふぅと小さく呼吸を整えたのち、二菜は巨大なそれの重さなど感じさせない…さながら風船でも浮かばせるようにしながら弾丸よろしく飛び出す。


「ハァ!」


上から下へアーチ上の軌道を描いて晴樹に叩きつけられた鉄球にはしかし手応えなど無く、舞った砂埃に揺れた影に反応した彼女はそこからぐるりと鉄球を振り回した。


ギィンと金属同士がぶつかり合うような鋭い音が衝撃波となって空間を震わせる。

二菜は鎖を伝って腕を襲う震動の重さに顔をしかめながら飛び退いた。

痺れた手から鎖が落ちそうになるのをなんとかこらえて彼女が前方を睨み付ければ、太い腕が一振で砂のカーテンを薙ぎ払う。


「ぅりゃあ!!」


晴樹の視界が晴れ、同時に悠然と立つ姿が丸見えになったのを見計らったように、いつの間にか再度距離を詰めて来ていた二菜が横薙ぎにぶぉんと低い風切り音を立てながら鉄球を振るった。


それを『怪力』でも無いクセに裏拳で弾き返すという、いくら『硬質化』しているとて人間離れした芸当を成してくる晴樹にも怯むこと無く、彼女は再度鉄球を叩きつける。


しかし今度は彼のアクションを待たずして、反動を利用して己も飛び上がったではないか。

そして、予想通り受け止められた鉄球に手を掛けて飛び越え背後に回ると、晴樹の首を刎ねんばかりの勢いで死角からの蹴りを繰り出したのである。


「…入った!?」

「甘い」

「げっ!?」


手応えは確かにあった。

しかしよくよく見れば二菜の足が捉えていたのは首でも頭でもなく…こちらを見ないままに回された晴樹の片腕。

本体へは足先僅かに届いていない。


あまりの悔しさにくしゃりと顔を歪めた二菜は今ので精気を削がれてしまったらしく、ぽーんと大人しく投げられた。


最低限の受け身だけとってそのままぐたりと大の字で寝転がる彼女へ晴樹は歩み寄り、しかし手を貸す訳でもなく腕を組む。


「決まる前に油断するクセをいい加減直せ。それと、やはりお前はまだ脚力が心許ないな。素早さにしろ蹴りの威力にしろ、近接には致命的だ」

「はぁい…」


返事をしながらも、二菜はうがーと思い切り己の頭をかきむしりたいような気持ちであった。


彼女とて自分の弱点は痛いほど理解している。性別の壁を抜きにしても、二菜の脚力は能力者としてかなり劣る部類なのだ。

それは所謂自業自得。自分で蒔いた種。


晴樹が担任となり指導するようになった去年よりも前、彼が言うように能力に頼りきっていた彼女は幼少期からこれまでろくに脚回りなど鍛えていなかった。

バトルスタイルも鉄球をその場で振り回すような単調なもので、それを持って走り回るなんて考えは捨てていたのである。


結果、高等二年の始業式その日に晴樹にボッコボコにされた。それはもう青空が目に沁みるどころか全身にぶっかけられた消毒液がそこかしこに沁みるくらいに。

彼女はあの日、振り回すだけのデカ物なんて当たらない現実を、懐に入られた途端に手も足も出ないという現実を、攻撃をかわす術がない現実をまざまざと見せつけられたのだ。


これまで彼女が生きていられたのは任務の采配と級友のおかげ。

気付いた、気付けた、それからの彼女は早かった。


二菜は別に今までが怠けていた訳じゃなく、鍛え方を知らなかっただけ。

現に元より鍛えていた腕回りやパンチ、鉄球さばきは晴樹にも合格点をもらえていたのだから。


つまり彼女は、連日晴樹に教えを乞いに職員室の扉をぶち壊すくらいには向上心に溢れる良い子だったのである。正座や説教の常習者を良い子と呼べるか否かについては気にしたら負けだ。


そうして鍛えるようにはなったのだが…勿論始めの頃に比べれば見違える程成長したものの、元々のキャパの問題かこの頃はどうにも伸び悩んでいた。


さて、二菜の『怪力』は脚には及ばないのか?と単純な疑問が出るところだが、身体強化系の能力の特徴として全身強化は基本的に不可能となっている。

制約と呼ぶほどのものでは無いものの、単純に必要とされる力が大きすぎて成しえないのだ。


何せ、晴樹のように纏う纏わせる力とは違い自己そのものを強化するこの能力には、人外の力に耐え得る状態へ体を一時的に組み換えるという工程(プロセス)が含まれる。

実を言うとそこにかなりの力を使うのだ。能力自体は単純なのに。


理論上腕だけ脚だけと強化部位を切り替えながらなら使うことは可能だが…血液のように体内を巡らせる力故存外繊細で、かなりのコントロール力が必要とされる。


二菜はお察しの通りそういった作業は不向きであるし、彼女で無くとも戦闘中に使えるレベルで出来る者などほぼいないのが現実だった。

だからこそ、身体強化系の能力者の最適解は強化部位以外を鍛え上げること。


しかし二菜はモロそこにつまづいている訳だ。

だからこそ、そんな現実を覆す可能性を秘めている瞳色反転をいち早く完成させたいし、勿論晴樹もそれを願っている。戦力向上と言うよりは、卒業後増えるだろう任務で彼女が生き残れるように。


「熊ヶ峰。お前の中に明確なイメージはあるのか。何の為に、何を求めるのか」

「えっと、二菜は…ーー(世界)を、守る為に強く…」

「守りたいのなら、どう守りたいのか。私のような壁役か?強くなりたいなら、どう強くなりたいのか。更なる筋力向上か?それとも速さを求めるのか?」

「うぐ…それは…」


言い淀む二菜には生憎、まだきちんとしたビジョンはなかった。

どうするのが正解か。正解だとしてどう能力を使えば可能になるのか。

何より、自分は何を思ってこの力をふるいたいのか。それすら曖昧で、だからこそ無難に"守る"という言葉を使う。


考えることが多過ぎてぷしゅうと頭から湯気を出しながら、二菜は地に正座をして晴樹を見上げた。

「質問です!せんせーはどうやって掴んだんですか!」


晴樹は張り詰めさせていた気を一度弛緩させ、記憶を掘り起こすように夏空を見ながら首に手を当てる。


「あー、当時の私はとことん不器用でな…鉄の拳で殴る以外の使い道なんざ考え付きもしなかった。だが…」


彼が思い出すのはある時、後の妻となる成宮大和との任務の事。

全身から棘を無尽蔵に打ち出してくる怪異に手も足も出ず、晴樹も『硬質化』させている腕以外を悉く負傷して絶体絶命かと思われた時…応援を呼びに行った筈の大和が突然何処かからか持ち出した甲冑を身に纏って現れたのだ。


〈…テメェ、何だそりゃ〉

〈借りちゃった!変身ヒーロー的で良くない!?〉

〈遊んでる場合か!?〉

〈平気平気!だってこれなら…アンタを守りながら戦えるじゃん?〉

〈…は?〉

〈全身鎧なら攻撃食らわないし、アタシの影に隠れてればアンタも安全に…〉

瞬間、晴樹はふざけんじゃねぇと大爆発し、あまりの不甲斐なさに己へと憤慨した。


〈全身鎧なら、オレがなってやらァ!!テメェが引っ込んどけ!!〉


それが所謂、きっかけである。


「"世界"と心に決めた奴に守られるなんて冗談じゃない。身を呈して守るのは…私の役目だと強く思ってな」

「はわわわ!せんせーの奥さん、凄い人ですね!」

「ははっ!だろ?そういう…変わった視点や自分だけじゃ見えないことを吸収してみるのも良いヒントになる」


「だが…そのためにもまずは自分の可能性をしっかり見つめることだ。私はあの時、自分の能力の形を知っていたからこそ組み上げることが出来たんだからな」


拳に拘り過ぎたからこそ彼は己の能力が纏う密度や薄さによって威力も消耗も体への負担も違う事を常に比較することが出来、理解していた。

更にその纏い方のコントロールも、日夜消耗を抑える為にとギリギリまで形を体に寄せるようにしていたおかげでかなり身に付いていたのだ。というのも、実は『硬質化』という能力は非常に消耗が激しい。

何せ、能力を注ぎ込んだ分だけ固くなるのだ。鋼鉄レベルにするのさえ相当の力を必要とする。

故に、不器用だ何だと言っている場合ではないと悟った彼は繰り返し体に叩き込んだのだ。


そこまでの土台があったからこそ彼は守りと機動に力を入れるため薄く、しかし密度をとにかく高めた能力を纏う意識をし、それを鎧の形をイメージして己を包むことで瞳色反転を完成させるに至ったのである。


「…よし!立て、熊ヶ峰!続きだ!」

「…っ、はい!!」


晴樹の激と気迫ににびょっと飛び上がった二菜は、再び相棒の鉄球を振り下ろしたのだ。


栞里はそんな、師弟じみた二人のやり取りを映画のワンシーンでも見るような気持ちでもってじぃと眺め、"記録"していた。

心なしか潤んでいる藤色に若干引きながら、聖はさて、と体の向きを変えて至へ声をかける。


「見学はこの辺にして僕達もやりましょうか。あぁ、あんなアツい感じにはなりませんのでご安心を」

「正直三神さんの笑顔に不釣り合いなオーラをひしひしと感じている小生は不安しかありませんがよろしくお願いします」


至はまるで出荷される牛のようにノロノロとした足取りで、程々に整備されただだっ広い空間へ歩を進めた。


長方形の訓練場。栞里から見てフェンスで区切られた右面へと立った三神が晴樹に向かって叫ぶ。


「七尾先輩、勢い余ってフェンスぶち破って来ないでくださいよ」

「善処はする!」

「出たよ日本人特有のほぼ否定に近い返し小生不意打ちで来る七尾先生の襲撃にも備えなきゃいけないとかハードモード過ぎるんですけど」


どんより重い石を背負ったように背を丸めてしまった至に、栞里はあららと苦笑を溢しながら彼を元気付けようと手を控えめに振って声を張る。


「至くん!がんばってね!」


瞬間しゃきりと背が伸びた彼は単純であった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


NO side2


三神聖は適当な位置に佇み、サスペンスドラマの犯人役なんかでお目にかかれそうな真っ黒の革手袋を両の手にぎゅっ、ぎゅっと嵌め込む。


それをどこか落ち着かない面持ちで眺める九重至があれ、もしかして殺される?と誤解してもおかしくないくらいには、真剣故か別の理由か日頃ベットリ張り付けている笑みをさっぱり消した聖は恐ろしいものがあった。


「七尾先輩はあれで真面目なので色々考えて中身を組みますが、僕はそもそも教えるのが得意という訳でもありませんので最初から模擬戦形式でやらせていただきます」

「あっハイ小生最初から死ぬ気でやらなきゃさっくり灰になるって事ですね分かりましたどうかお手柔らかにホントお手柔らかにお願いします」


自分に『振動』でも使っているのかと思うくらいにガタガタと震える至に、聖はコトリと首を傾げる。

透き通るような金糸がサラサラと彼の色白な頬を撫でた。


「僕、貴方を怖がらせるような事しましたか?」

「いえあの今現在が怖いですねすみませんそんな無表情な三神さん小生馴染み無いのですみません」


至の言葉と視線にあぁ、と納得して聖は小さなため息を空気に溶かす。

手袋を嵌めた両手の指を組んで隙間を無くしながら、炎に似た色彩をもつ瞳が真っ直ぐモスグリーンを見つめた。


「別に笑顔でも良いですけどほら、締まらないかと思いまして。それに慣れていると言えど一日中だと表情筋も疲れますからね。丁度良いので休ませようかと」


前半は建前も良いとこで、後半がほぼほぼ本音である。

この人炎っていうか氷じゃね?と至は内心呟きながら、しかし表情には出さずにソウナンデスカと返す。


取り繕えていたのかは甚だ疑問ではあるものの、聖は別に気にした様子もなく左の髪を耳にかけるようにして上げた。

露になった耳朶にキラリと揺れるシンプルな丸いピンクゴールドの球体。そのピアスこそが聖の武器収納場所である。


「さて、お喋りはここまでにして…取り敢えず始めましょうか」

「お願いします」


最後の言葉が空気に溶けきるより速く、至の姿がその場から音もなく掻き消えた。

彼は足音から動きによる空気の揺れに至るまで己の存在を主張する一切を能力でコントロールし、居場所を悟られないようにしながら聖の背後へと素早く回り込む。


瞬間、至は人差し指に嵌めたシルバーのシンプルなリングを模した武器収納から相棒たる刃の潰れたチェーンソー…ではなく、ほんの小さなダガーナイフを取り出すと、小刻みに振動させたそれを最小のモーションでもって聖の首目掛けて投げつけた。


死角からの気配を消した一撃目。至からの初撃は基本このように一撃必殺を狙う奇襲である。

かつて綴戯栞里が忍者みたいと言った通り、彼は正面から対峙するより隠密方面の方が得意なのだ。

THE正面突破な熊ヶ峰二菜と組む事が多い分余計にその傾向が強くなっている。


「ふむ、そこら辺の偵察部隊よりかは能力の扱いが上手ですが…動きが丁寧過ぎますね。実に読みやすい」

「っ!」


しかし、そんな至の初手は聖に届くことはなかった。

至どころかナイフすら見ること無く弾き飛ばした聖の手に握られていたのは…所謂槍である。

炎を彷彿とさせる朱色の柄は太刀打ちに見事な装飾がなされ、穂先は上鎌十文字のその槍は聖の為に誂えられた特別製だった。


発見した能力者が"能力伝導性"と取り敢えず分かりやすく名付けた、その名の通りに能力を伝播させる性質を持つ特殊な素材で作られた槍の刃からは聖の能力である『炎』がチリチリと空気を焼き、熱で歪めながら揺らめいている。


本来なら武器へ能力をかける場合、接触面からすっぽりと能力の膜で包むようにする必要があるのだが…聖の能力でそんな事をしたら端的に言って燃えて終わりだろう。


ならば包まず穂先にだけ、なんて繊細な真似が必要なくらいならこんな武器を使ったりせず戦った方が良いに決まっている。

しかしこの槍は持ち手に流し込んだ能力の力を穂先に直で伝えて発現させられるのだ。


勿論素材は貴重だし相応に値は張るが、幸い聖には伝があったので割安で対応してもらえた。それでも給料二三ヶ月分は飛んだが。


カラン、と地面に落ちた半分程溶けてしまっているナイフと焔を揺らす槍を見比べながら至はうわぁと冷や汗を垂らし、しかし思考を止める事はせずに次の手に移る。

今度こそ相棒のチェーンソーを取り出してぎちりと握ると、彼はざっと砂埃を蹴りあげながら聖へと肉薄した。


「奇襲は一度きり。良い判断です」


素晴らしい、と口先だけで褒めながら聖はまるで棒高跳びでもするかように槍の石突を地面に立てて飛び上がると、あっさり至の攻撃をかわす。そして直ぐ様くるりと槍を回し、『炎』の吹き出る切っ先を容赦なく振り下ろして至に襲いかかった。


僅かに体を後ろへ引いたのはほぼ無意識で、あまりにもけたたましく本能が警鐘を鳴らしたからに他ならない。


ヂリッと、焦げた臭いのする毛先に至の体は恐怖から一瞬怯んでしまった。

その隙を聖が見逃す筈もなく…彼は至の腹を槍の柄でもって容赦なくぶっ飛ばしたのである。


「ッガハ!!?」


痩せ型とはいえそこそこの体格を持つ筈の至だが、その体はボールのように容易く飛んで地面を跳ねた。

元より体術に自信の無い彼はろくな受け身もとれないままに数度地を転がり、チェーンソーを地面に刺して勢いを殺すことでなんとか体勢を立て直す。


しかしながらケホッと空咳を溢す至など全くおかまいなしに、聖はその場に残像だけ揺らして彼に迫った。


「スピードが貴方の長所(ウリ)だと言うのならば、止まらないようにした方が懸命です、よ!」

「…ぅぐ!!」


細っこい武器からは考えられない程の重さで繰り出された突きの重撃をなんとか受け流し、至は痺れの走る腕を叱咤しながら素早く懐へと潜り込むと同時にけたたましい不快音を響かせながらチェーンソーの刃を細かく『振動』させる。

そのままその凶刃を横薙ぎに振り抜…こうとしたところで、ヂリと肌を焼く熱に目を見開いて飛び退いた。


またしても感じた恐怖に従ったが故の咄嗟の行動ではあったが、どうやら正解だったようだと至は恐怖にひきつる顔で乾いた笑みを溢しながら自賛する。


なんと聖の前には虚空から垂らされた舌のように赤々とした炎がベロリベロリと燃え盛っているではないか。さしずめ炎の壁である。


至は暑さ故か緊張故かも分からない汗をポタリと落とし、地に落ちることなく蒸発したそれのように音にならない言葉を口の中だけで呟いた。嘘でしょ、と。


さて、聖のもつ『炎』という力は外界に関係無く能力そのものが燃える性質を持っている。

一ノ世久夜の『重力』なんかに比べれば珍しくも無い力ではあるものの、しかし聖は久夜と同等に周囲から一目置かれる存在だった。


理由はその並外れたコントロール力。


『炎』の能力は攻撃性はすこぶる高いが、その代償に暴れ馬のように荒々しくコントロールが難しい事で有名である。

その性質もあり、戦闘中に限らず日常ですら調節を誤って周囲を焼け野原にする…なんて事は日常茶飯事。

故に、『炎』の能力者は歴代を見ても大体が武器主体で、よくある魔法のように扱う者など…扱える者などほとんどいないのが現実だった。


しかし、聖はそんな常識を悉く嘲笑う並外れたコントロール力の持ち主だったのである。


例えば、ファイアボールなんてものがある。

ファンタジーなら初級程度に振り分けられる魔法だが、能力で行うならそうはいかない。能力の種類にもよるが、基本『炎』に限らず自分から完全に切り離した能力を"操作する"のがとんでもなく難しい為だ。

『結界』や『記録』のように張り巡らせた膜そのものや膜内部に能力を流すのとは訳が違う。


そりゃ自分の手を右から左に動かすのは容易くとも、例えば遠隔操作で機械に同じ事をさせるには動きの方向速度座標etc…沢山の指示命令が必要になる。

それと同じ話で、つまるところ複雑化して脳内処理が大変なのだ。


だからこそ能力で似たことをしたいなら、一部の例外を除いて縁日でお馴染みな水ヨーヨーみたいな形になることが大多数なのだが…


聖はその一部の例外。

己から完全に能力を切り離して尚暴れ馬な力を暴発させず、挙げ句ボールのみならずウォールにもアローにも形を変えて応用できる。

それを戦闘中でも可能だと言うのだから恐ろしい水平思考能力の持ち主だろう。


精巧無比な機械の如く一ミリも枠からズレない程完璧に、しかし人間らしく使い方は柔軟にを地で行く彼は正しく魔法じみた能力の使い手なのだ。


その力の在り方はあの久夜に言わせても化け物レベルと言うのだから異常さは想像に容易い。

栞里も似た異常さを持つが、彼女の無意識に対して聖は意識的に成し遂げている辺り日頃使うのと逆の意味で頭がおかしいのだ。


話には勿論聞いていたものの、直接己が目で見て改めて至はそのレベルの高さに…差に恐怖した。

しかし恐れで思考停止している暇もなく、炎の向こうから聞こえた僅かな…しかし至の耳には確かに届いた音にチェーンソーを握り直して構える。


瞬間、炎の壁を穿って伸びた槍の切っ先を金属同士がぶつかり合う甲高い音を響かせながらガイドバーで受け止めた。

と、それと同時に瞬きにすら満たない間に至はハンドルから手を離して聖の背後をとる。

そして形の良い頭を直接揺さぶらんと『振動』をかけようとして…


「残念。やはり分かりやすいですよ貴方は」

「な!?」


下からゴウと間欠泉のように吹き出た炎の柱に飲み込まれた。


「死、んだか、と…おも、た」

チリチリと己を囲う焔の真ん中で至はへたりと腰を抜かして震える息を吐き出す。

恐ろしい事にこの火柱は筒状になっており、至のいる中心部だけが上手くくり貫かれている状態だったのだ。

実戦なら確実に死んでいるという恐怖と、こんな複雑な形すら成す聖のコントロール力への尊敬がごちゃごちゃと混ざりあった複雑怪奇な心境である。


橙と白の混ざる灼熱の檻はやがて幻のようにすっと火の粉すら残さずに消え、その向こうでふむと顎に手を添えていた聖はへたり込んだままの至を見下ろした。


「貴方は能力の割にはリーチが短いですね。それをカバー出来る素早さは見事ですが…」


口端を上げてとん、と爪先で地面を叩いた聖の足元をぐるりと火の輪が囲い、一度だけゴウと彼を隠すように火が立ち上がって直ぐに消える。


「僕のように容易く近寄れない相手には打つ手無し…簡潔に弱点と呼ぶべき点です」

「…」(コクリ)


素直に首肯を返す他なかった。

至とて己の弱点に気付かなかったわけでも放置していたわけでもない。

鍛練を重ね、少しずつ能力のコントロール範囲は広がっていたのだが…ある時を境にぱたりと伸びが止まってしまったのだ。


それは単純に容量の問題だった。

九重至という人間が持ちうるスペックの限界ではないか、と保健医たる東雲四恩はかつて当人に告げている。


人間誰しも得手不得手が存在するし、可能性は無限にあれど限界ががないわけではないのだから。


体からおよそ30cmから1m。それが接点無しに至が遠隔で『振動』を確実に発動できる最大射程。

やろうと思えば3m近くまでは延びるが全く制御が利かない上に己の処理能力が追い付かず、能力の使用にしか思考が割けない為隙だらけになってしまうのだ。戦いにおいては使い物にならないと言って良い。


だからこそ、至は速さを求めた。

生まれもったキャパシティを嘆くより、弱点をカバー出来るよう一瞬で距離を詰められるだけのスピードを。

聖が素直に褒めるレベルのそれは、彼の足掻いた結果なのだ。


しかしそれも隠密や奇襲なら通用するが、今のような正面きっての戦いとなると相性によっては手も足も出ない。つまり…


「貴方は、いつか容易く死にますね」

「…っ」


残酷なまでに、事実だった。


聖は厳しい顔の裏側で酷く冷めた心持ちのまま不運なものだと嘆息する。

至の能力の作用方法が他の『振動』と同じであったなら、彼はかなりの使い手になれただろうに、と。


今現在『振動』の能力者は至一人であるが、歴代の者達の記録を見るに皆"結界型"に分類される能力であったと思われる。


結界型とは能力で囲った内側に等しく効果をもたらすタイプのもの。所謂範囲攻撃で、久夜の『重力』や栞里の『記録』はこれにあたる。

このタイプなら能力の膜さえ張ればあとは難しい処理もなく、発動させれば距離など無視して内側すべてに作用するのだ。

ただし、必ず"囲う"というプロセスは必須だが。


しかし、至の『振動』は能力そのものが作用をもたらすタイプ…聖のように能力そのものが矛である独立型と呼ばれるものだったのだ。


違いは明確で、このタイプの彼らが膜を張って能力を発動しても膜を形作る力が燃えるか振動するだけで中に影響は出ない。

能力()()()()にしか作用しないとはそういう事だ。

威力は結界型より遥かに強いし能力の発動も当然速いものの、制御は至難の業というタイプだ。


「貴方の"世界"は存じませんが、死んでしまっては元も子もありませんからね。何を求めるのか、貴方が貴方でいるために何が必要なのか良く考えてください」

「…はい!」


聖はこれまで容赦なく現実を突き付けてきたが、厳しくとも真摯なそれは下手な甘さを与えられるより至を奮い立たせた。

折れずに見つめ返すモスグリーンに聖はふっと表情を和らげて口を開く。


「貴方の腐らない在り方は好感がもてますね。何かあれば答えますよ」


どうやら聖のお眼鏡にかなったらしい事…興味を引けた事を悟った至は嬉しさに体の奥を熱くして、そわそわと指を丸めたり伸ばしたりしながら言葉を転がした。


「あの小生よろしければ三神さんが瞳色反転に辿り着けたきっかけを知りたいんですけどどうですか」

「きっかけ…僕って結構弱点の多い人間なんですよね」


聖は自嘲気味にそう答え、ひょいと肩をすくめてみせる。


「『炎』の使い勝手は悪いし筋力はつきにくい。言いませんけど制約もありますし、屋外では自然の天候にすら調子が左右される…それでいて同期は"アレ"でしょう?自信も無くなるってもんですよ全く」


いつになく饒舌に語る言葉の端々には焦げ付くような苛立ちややるせなさが細く煙を立て、転がる口調とは裏腹に相当悩み心に燻らせたのだろう事が至には感じ取れた。


そして"アレ"こと一ノ世久夜の姿を思い浮かべて下手くそな笑みで同意を返す。

至なら彼が同期にいたら惨めすぎて一緒になんて居られない自信があったから。


「それで僕、焦った挙げ句思考が空回りに空回ってスランプに陥った時期があったんですよね」


当時の聖はとことん理詰めで、弱点一つ一つに答えを見出ださなければ気が済まない…なんとも損な思考回路の持ち主であった。


コントロールの向上にはどうしたらいいか?筋トレをどう見直せば成果が出るか?制約…は克服出来ない為、直面してしまった場合どう対処すればいいのか?雨の日、風の日、雪の日…立ち振舞いはどうしたら、どうしたら、どうしたら…


どうしたら…友人達の足を引っ張らず、並べるというのか。


そんな考えばかりに囚われて、答えが出ずに足が進まなくなったそんな時期。当然ながら彼は周りの級友達から一歩、二歩と差をつけられていったのだ。


「で、ある日それをよりによって久夜に指摘されましてね…」


〈最近のひじりんさ、ダッサくない?生理でも来た?〉


「うっわぁ…」

至は引いた。それはもうドン引いたし、当時の聖に心底同情した。

いくら能力者とて空気は読めるぞ、と。


当時を見ていない彼でもそんな最近のお笑いについて語るような軽さで聞く雰囲気では絶対なかった事だけは察せるし、実際聖の背負っていた負のオーラはとんでもないものだったのだから。


教室にいた稲荷田八丸やメイリー・フランベルク含めた他の問題児と括られる級友すら嘘だろお前と凍り付くくらいには、その時の二人の間に流れた空気は瘴気と呼べるレベルのヤバさだった。


「僕だって年相応、クソガキと呼ばれるに相応しい人間でしたから…まぁ喧嘩(戦争)になりました」

「なんかもう色々と処理が追い付きませんし突っ込みたいことも多々ありますが取り敢えず学園無事だったんですかそれ」

「んふふ、かねてから打診があった校舎の建て直し案が即日通ったみたいですよ」


学園の校舎は当然一般人のそれより丈夫に出来ており、事実至と二菜が能力有りで喧嘩した時だって爪の先程度のヒビで済んでいる。


それが、建て直しレベルとは如何程の強さでやりあったと言うのか。

至は聞かなきゃ良かったなと思いながらきゅっと口をつぐんだ。


「その時にもう僕頭がぐちゃぐちゃになりまして、八つ当たり兼ねて久夜に全部ぶちまけたんですよね。まぁ所謂黒歴史ってヤツです。そしたらアイツ…なんて言ったと思います?」


〈ほーん?じゃあさ、弱点も俺も消し炭に出来る火力でも出してみたらそれでよくね?はー…面倒くさ。ハイ解決解散ー〉


「うっわぁ」

「全く、軽々しく言ってくれたものですよね」


それは悩みも何もかもバカらしくなるくらいに単純明快にして脳筋的な力こそパワーな極論であった。

しかしこれがあながち良いヒントになったのも確かである。


近接戦に持ち込ませない程圧倒できれば、天候に左右されない程苛烈であれば、弱点すら蒸発させられる力があれば…


考えて考えて考えた末に打ちのめされた聖はもうどうにでもなれと不毛な思考を放棄した結果、火力というきっかけと嫌なもの全てを消し去りたいという思いを『青炎』へと昇華させたのだった。


結局のところ"考えるな、感じろ"というありがちな台詞は正しかったのである。

至は参考になったのか否かと微妙に頭を悩ませたが、一先ず行き詰まったら二菜に声をかけてみようかと考えるくらいには参考になったと思うことにした。


「まぁ貴方にもいつかきっかけが落ちてきますよ。それまでは僕とぶつかり合いながら技術でも盗んでごらんなさい」

「…お願いします!」


聖がとんと槍の切っ先で地面を叩いた瞬間二人の間を蛇のように炎が這い、至を囲んでとぐろを巻く。

それを切り裂くように薙いだチェーンソーで彼は空気を震わせた。


どのくらいの時間が過ぎたのか。

二組のやり取りは時折ボロボロになって二菜や至が転がる時を除き、ただひたすら続いていた。

実際は長くない筈だろうに、感じ取れる密度の濃い時間に栞里はやや胃もたれを感じたようにかふりと息を吐く。


彼女は両方の様子が"記録"出来る位置にて訓練を見続けている。

見る必要など無くとも、ろくに追えていなかろうとも…栞里には目を離すという選択肢は頭に無かった。


片方はいかにも師弟感溢れる正当な訓練風景。

もう片方はこちらまでひりつくような緊張感に満ちた訓練風景。


似ても似つかぬあちらとこちらを見比べながら、栞里は眉を八に寄せる。


「ほほほ、どうかしましたか?か?」

「いえあの、良くは見えていませんけど…至くん達の方普通に戦ってませんか?どんどん激しくなってるし…大丈夫ですかね?」


晴樹と二菜のやり取りだって大人しいとは言わないが、栞里から見た感覚はどこかキレイでスポーツ的なもの。

一方で、攻防が途切れる度にズタボロの至が転がっている様は栞里の胸をざわつかせ、合間に聖の『炎』が揺れるものだからどうしても"あちら"での嫌な光景がちらつき重なってしまうのだ。端的に言えば怖い。


そんな彼女の不安を宥めるように優しげに笑う四葉。『回復』の彼が動かないならば怪我は大丈夫らしいと分かるだけ栞里の気分というか心の余裕が違うのは幸いである。


「三神さんは理論派な方ではありますが、それを人に説明するのは苦手なのです。ね?」

「そうなんですか?それは…なんか意外です。頭良さそうなのに」

「頭が良いからこそ、ということもあるのでしょう。しょう?」


そう、確かに聖は理論派だが…己の中で話が完結しているせいか語らせると話の流れが飛び石状態になるタイプなのだ。

しかも説明の穴を尋ねると何故分からないのか?と笑顔で首をかしげる始末。

つまるところ、自分と同程度の理解を相手に求めるタイプである。


あぁそれは厄介だなと栞里は納得した。

彼女の人間関係にもそういう系統の友人はいたので想像はつくのだ。


「ですので、語るより自分から盗めというスタイルなのですが…どうやら彼が気に入ったのでしょう。ね?」

「あー…熱が入って、ってやつですか」


澄まして見えて、そう言うところは熱血なんだと栞里は小さく笑う。

とはいえ、それに付き合わされる至はやはり痛々しいが…一瞬見えた瞳に嫌々やっている色はなく、むしろヤル気に満ち溢れていた為栞里は口を閉じて見守ることに…


「あ…すみません四葉さん!『回復』いいですか?」

「わーーー!?至くん!?」

「あれま」

「きゃはははは!!至くんの丸焼きだー!」

「三神…お前なぁ…」


して良いものかと疑心に溢れながら、彼女は四葉と共にぷすぷすと煙を吐く至の元へと走ったのだった。



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