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9章:合宿2【前編】


木々がこそこそと風に揺れる。声を潜めながらおはようと囁く朝の森には薄靄が立ち込めていて、夏にも関わらずすぅと染み込むような透き通った涼しさに包まれていた。


森の奥へと目を向けてみれば白く寝ぼけた景色がゆらゆらと僅かな怪しさを煙らせているものの、細かな水滴に反射して帯をつくるように差し込む朝日で時期に目覚めて晴れることだろう。


そんな気持ちいい森と清々しい青空の下、合宿二日目の幕が開く。


「今日は軽い基礎トレーニングの後、対人にて訓練を行う」

「「うぇ~…」」


しっかりと地を踏んだ七尾さんの通りの良い声と反比例するように、二菜ちゃんと至くんの声はどんより沈んでいた。表情も心なしか元気がない。


「どうしたんだろう…体調悪いのかな…」

心配になって独りごつと、クスクスと擽るように笑う声がいいえ、と否定する。


「あの子達は単に寝不足でしょう。ね?」

「寝不足…ですか?」

「昨日は随分遅くまで声がしていましたよ」


はしゃぎすぎて逆に寝れなくなったといったところだろうか。

まぁ夕方頃に寝ちゃったせいもあるだろうけれど。


ちなみに、私も実は寝不足気味である。

一ノ世に殺される悪夢のオンパレードでね…寝た気がしないんだよ。

理由は言わずもがなあの非常識な電話だ。アイツ本当に嫌い。


「ほほほ、まあ寝不足じゃなくとも今日の訓練は厳しくて憂鬱でありますでしょうし。ね?」

「キツいんですか?」

「ええ、そりゃもう。何せ実力トップクラスである七尾さんや三神さんを相手にする訓練ですから。ね?相当しごかれますでしょう。しょう?」


あー…成る程。対人って事はそうなるのか。

私は能力者個人の実力に詳しい訳じゃないけれど、四葉さんの口ぶりから察するに七尾さん達は頭一つ抜けているような強さなのだろう。


となると今からの訓練はあれかな、アニメとかに良くある修行シーン的な…主人公が師匠にボロッボロにされたりする感じのやつ。

それなら確かに憂鬱にもなりそうだ。二人共情け容赦無さそうだし。


まぁ体調に問題ないならいいかなと私が結論付けていると、三神が呆れたようにこちらを見て鼻を鳴らした。


「だいたい、体調不良であんなにバクバク朝食を平らげる訳無いでしょう」

「あー…」


そう言えば二人共朝から景気良くご飯をかき込んでお代わりしまくっていたことを思い出す。


今日の朝食は寮母さん謹製の和食。

ちょんと大根おろしの乗った焼き鮭にはみょうがまで完璧に添えられており、小鉢にはしんなりと味の染みたきゅうりと大根、茄子のお新香。

美しい黄色が食卓に映える卵焼きはふわふわかつくどくない甘味を感じる絶妙な味付けで、そこにピカピカの白米と味噌の香りが際立つ豆腐とワカメのお味噌汁が添えられたらもう完璧だ。さすがに市販品だったけどお好みで納豆も付いていたのは神過ぎる。


そんなTHE日本の朝食と言うべきメニューは肉が無かったからか学生二人的には物足りなそうではあったけれど、私はどこかふんわりと心が包まれるような懐かしさに朝の一番から泣きそうになった。

お味噌汁って偉大だよね。


ちなみに、何だかんだ言って二人共限界までお代わりしていたよ。朝から胃がフルスロットルだ。


「今日の目標はいい加減お前達にも瞳色反転を会得してもらうことだ」

「「了解(ラジャー)!」」

「厳しくいくからな!!」

「「…」」

「返事!!!」

「「了解(ラジャー)…」」


コントみたいなやり取りをする三人を眺めながら、私は聞きなれない単語に一人首をかしげる。

「どーしょく…?」

「瞳色反転、ですよ。ね?」

漢字変換すら分からず呟いた言葉を笑顔の四葉さんが拾い上げた。


「知らないんですか貴女」

「えっと…うん。初めて聞いた」

"記録"を一瞬あさってもヒットしない単語に是を返せば、三神は仕方がないとまるで直接文字が書かれているくらい分かりやすい感情を作り笑顔の中に浮かべ、説明の為に薄い唇を開く。


曰く、瞳色反転とは能力者が持てる力を最高に引き出した時に起こる瞳と虹彩の色彩が反転する現象から名付けられたものらしい。

何故そんな事が起こるのかは未だ解明されていない…というかそんな事を気にする酔狂人な能力者はいない為不明なままだとか。自分達の体の仕組みにくらい興味もてと言いたい。


しかしそれを聞いて、私は祈ちゃんの事件があった時の事を思い出す。

あの、結界が見違える程に強化される直前…一瞬だけ見えた彼女の目は確かにいつもとは瞳と虹彩の配色が逆転していた。


「まぁ簡潔に言ってしまえば…少年マンガ的に言うところの必殺技ってところですかね」

そう締め括る三神に私はへぇと分かったような分からないような曖昧さを滲ませながら返事を返す。

いや、別の事が気になっちゃってね?


「三神もマンガとか読むんだね」

その王子フェイスのせいかどうにもマンガを広げる姿が想像付かない。

いやまぁ完全な偏見だろうけどさ。


「僕だってそりゃ…嗜む程度には読みますよ」

「へぇ。何派とかあるの?」

「ジャンポは毎週キッチリ…あぁいえ誤解しないでください。子供達との話題作りの一環として読んでいるに過ぎませんから。別に今週のツーピースが胸熱展開だとか思っていませんし、泣いてもいません」


うん。めっちゃしっかり読んでるしがっつり涙流したのは察した。誤魔化すの絶望的に下手くそかよ。

漫画、好きなんだね。把握把握。


と言うか、別に恥ずかしい事じゃないのだから誤魔化す必要ないと思う。

堂々とエロ本読んでるって日常会話のように言ってくるクズ二名に比べたら…アイツらこそ少しは気にするべきだろ。


「コホン。そういう貴女はやはり少女漫画ですか?」

「あー…単行本派だけど、小さな大人の探偵とかばっちゃんの名に懸ける探偵とか、サスペンス・ミステリー系かな」

「殺人の手法でも学んでるんですか貴女」

「偏見が酷いな」


と、微妙に脱線して漫画の話をする私達を余所に、二菜ちゃんが腕を入道雲が泳ぐ空へピンと高く挙げた。


「はい!七尾せんせー!お手本が見たいです!」

「毎年見てるだろう…まぁいい。三神、折角だからお前も来い」

名を呼ばれ、如何にも面倒ですと言いたげな気配を醸し出しながらも、相変わらず器用に笑顔を張り付けて三神は七尾さんの隣へと立つ。


少しばかり内心でワクワクしながら二人を見ていると、七尾さんが一歩前に出てふっと息を吐き…次の瞬間ぶわりと肌で感じる程の力が彼から噴き出した。

トラウマ克服が済んでいなかったら発狂レベルである。これはヤバイ。


力の奔流はみるみる七尾さんの全身に纏わり付いていき、やがてキンと甲高い音と共に彼の全身が『硬質化』した。

鈍い銀色の中ゆっくりと開いた七尾さんの眼は成る程確かに色が代わり、深い青の面積が増えたせいか普段よりどこか冷ややかに映る。


「凄い…」

「ほほほ、七尾さんの瞳色反転は全身に及ぶ『硬質化』…『全身硬化(フルスケイル)』と本人は呼んでおりますよ。よ?」


全身硬化(フルスケイル)』。つまるところ全身に鋼鉄かそれ以上の鎧を身に纏っている状態なのだろう。

重くないのかと思わなくもないが、ここから見る限りそんな素振りは感じられない。


「きゃはは!いつ見ても全身タイツみたいですよね!!」

「オイコラ」

「いやいや大丈夫ですよ先生小生には銅像的なアレに見えますっていうか台座に立っていたらもろ待ち合わせに使われる感じですよね」

「貴方フォローする気あります?」


二人の正直さは美徳だけれど、それは言っちゃ駄目な事じゃないかな。

至くんの銅像って表現が的確すぎて、全身タイツに対する笑いを堪えるべく稼働している腹筋に追加ダメージが入った。


「見た目はともかく、馬鹿みたいな強度ですのでほぼ無敵状態ですよ。爆弾に突っ込んでゼロ距離で食らっても無傷ですから」

「いやいやいや見てきたように語られるの怖すぎるんですけど」

「実際目の前でやりましたからねこの人」

「若気の至りってやつだな」


まるで鼻の下を指で擦りながらヘへッ!っと少年が得意気に笑いそうな台詞だけど…七尾さんやってること相当過激だからね?

取り敢えず防御力がガッチガチであることは伝わった。


「ついでに、ほぼ無敵なのをいいことに某土管工がお星様とった時みたいに壁も障害物も関係なく突っ込んで体当たりしてきます」

「手っ取り早くてな」


七尾さんはもしや脳筋なバトルスタイルかと思いながらもあの銅ぞ…いや、全身鎧が突撃してくる様を想像してぶるりと身を震わせる。

だって彼は少なくとも一般人な私の目では追えないくらいの脚力の持ち主な訳で…その衝撃たるや、車と正面衝突するより遥かに破壊力があるのではなかろうか。恐ろしい。


「あの!三神さんのはどんな感じですか!?」

「そう言えば小生も三神さんの瞳色反転は知らない気がしますのでとても気になります」

キラキラと好奇心に煌めく二対の瞳に三神は笑みを深めて、能力を切った七尾さんと場所を変わるように立ち位置を変えた。


「まぁあまり使う機会もありませんからね。七尾先輩と違って、僕のは単純に攻撃力を高める方向ですよ」

少し離れてくださいと声をかけた彼に従い二人が三歩程距離をとったところで、三神はすぅと今まで浮かべていた王子スマイルの仮面を引っ込める。


その、笑みが無ければ冷ややかさすら感じる怜悧な(かんばせ)でもってそっと左手のひらを空へ向けた彼は、先程の七尾さんのように小さく息を吐いて集中力を高めた。


途端、その瞳がくるりと色を変える。

赤味の強まったそれは普段より更に苛烈な焔を想像させた。


しかし…七尾さんのようなとんでもない力の奔流に襲われることを覚悟していたのだけれど、拍子抜けな事に僅かなプレッシャーを感じる程度で留まっている。

いやそれでも十分私の体は拒絶反応でぞわぞわしてるけどね。

一人でむん!と気合い入れたのが馬鹿みたいじゃないか。


「ほほほ、三神さんはコントロールが上手な方ですからね。ね?」

私の百面相が面白いのかコロコロと笑う四葉さんがほら、と三神の付き出した左手を示す。

成る程確かに良く見てみれば、そこだけに濃密な能力の塊が感じられた。


「…七尾さんってもしかして雑な部類です?」

「もしかしても何も彼は相当雑な部類でございますよ。よ?一ノ世さんも雑ではありますけど、彼は出来るけどやらないタイプです。ね?」

「…でしょうね」


と、僅かな雑談の間に準備が整ったらしく三神がそっと口を開ける。


「『青炎(カエルレア)』」


静かな、しかしゾッとするような声が響いたその瞬間…彼の手からボボッと真っ青な炎が噴き出した。

一見すれば酷く神秘的で美しいと思えるものだったが、それは見た目だけに騙された情報にすぎないのだとすぐに悟る。


アレを正しく表現するのなら…恐ろしい、だ。


「あっっづ!!!!」

「うっわこの距離でも小生溶けそうっていうか耐火性の学園ジャージの端から煙出てるんですけどこわ」

「ふむ、これでも最大限威力を抑えるようコントロールしているのですが…」


嘘でしょこれで?語彙力死ぬくらいヤバイね。

二菜ちゃんや至くんよりずっと離れている私でさえ火山の火口にでもいるかのような熱気を感じるのだから相当だぞ。


そりゃ、青い炎って摂氏にして約1000℃以上だし…熱いどころの話じゃない。

因みに良く本人は無事だよなと思うところであるが、『炎』の能力者というのは"自分"の能力で生成した炎であれば燃えないらしいとは"あちら"の時代に聞いた事がある。

某有名なネコチャンっぽいロボット曰くのフグは自分の毒で死なないだろ、ってやつだね。


「綴戯さん、大丈夫そうでしょうか?ね?」

「あ…はい。最初は危なかったですけど」


炎が吹き出て三神の能力を取り分け強く感じ取った瞬間はやはりと言うかトラウマが刺激され、忌々しい"記録"が脳内で勝手に『開示』されてはいた。

己が"アイツ"の炎に包まれてじわじわ焼き殺されるそれに胸が絞られるような息苦しさを覚えたのだけれど…それは何故か普段よりも酷くはなかったのである。


「たぶん、私…あの炎で殺された事が無かったから大丈夫なんだと思います」

確かに幾度と無く三神に焼き殺されている身であるけれど、今青空に紛れるように揺らめく炎は私の"記録"には無い。


だから感じる恐怖はどこか現実味を欠いていて、いつものように"記録"と現実を混同する程囚われるには至らなかったのだ。

私的には負担が少なくて何よりだよね。

もう常にそっち出せば良いのにって勝手ながら思うよ。


けどやっぱり…三神に限らず瞳色反転なんて"あちら"では見ていないな。

"アイツら"は本気すら出さずに世界を壊してくれた訳だ?

事実その必要なく滅んだけど…それはそれで腹立つ話だよね。


「御覧の通り僕の『青炎』は…とにかく熱いですね」

「いや説明雑かよ」

「他に言いようが無いでしょう」


思わず突っ込んだ私へつんと開き直るようにそう返す彼に、傍らにいた七尾さんが苦笑しながら補足するように口を開いた。


「三神の『青炎』は灰一つ残さない…それこそ純粋な攻撃力ならトップレベルだ。危なすぎて島では使用を規制されるくらいだからな」

「消費の激しさ相応ですよ。分かりやすく奥義って感じですから」


確かにゲームとかを見ると奥義と名の付くコマンドは消費するポイント桁が他と一つ違っていたりする。きっとそういう事なのだろう。まぁ私も詳しい訳じゃ無いけれど。

私はRPGよりのんびり島を開拓したい派だ。


「ちなみに、証拠隠滅にはもってこいらしいぞ」

「人を犯罪者みたいに言わないでくださいます?」

「事実一ノ世との悪戯の証拠消してたのはどこのどいつだ」

奥義の使い方が最低すぎて台無しである。

折角凄い力なのに何してんの。


三神はとぼけるような笑みを張り付けながら、まるで幻であったかのようにシュ、と炎を消した。

しかし辺りに残る夏の暑さとは別物の熱気が、アレは確かに本物だったのだと告げている。


私はふと気になって隣の四葉さんに顔を向けた。

「四葉さんの瞳色反転はどういったものなんですか?」

「ほほほ、広範囲にわたる『回復』でございます。ね?過去に似た力を編み上げた方の記録では『広域回復(エリアヒール)』と呼んでいたそうですよ」

「また一気にRPGっぽく…」


きっとゲーム好きな人だったんだろうな。

四葉さん曰く一日一回というやや重い制約はあるものの、半径約500mの味方へ一気に『回復』をかけられるらしいそれは戦場ではとんでもなく恐ろしい力じゃなかろうか。


ちなみに仲間と言ったが、厳密には"過去に能力を使ったことがある対象か否か"で能力が勝手に判断するそうだ。便利。


「瞳色反転は"こうありたい"と個人が強く思い描いて作り上げるたった一つの切り札だ。私なら…この身を呈して守りたいという思いだな」

「僕はまぁ…嫌なものを視界から消し去りたい、でしたかね」

三神の思いが物騒すぎる気がしないでもないが、成る程確かに反映されているらしい。


どうやらこの瞳色反転なる技は決まった型というものが存在せず、個人が自分の能力と向き合いながら"こうしたい"と描いたものを自力で組んでいくものみたいだ。


だからこそ同じ能力を持つ者同士でも全く違う瞳色反転を編み出すのがほとんどだとか。四葉さんは珍しい例って事かな。


それに、例え同じような効果にしてもその構成は必ず違ってくる…例えば同じ図形を作るにしても、手本や制限が無いのなら中に嵌めていくピースは形も場所も個人でバラバラになるだろう。


弱点を補うのも良し、更なる強さを求めるも良し…ただし編み出せる力は一つと決まっている為後悔の無いように自分と向き合わねばならない。そこはやはりお決まりと言ったところだよね。

そりゃ奥義が10や20あったらこれじゃない感凄いもの。ゲームなら所謂クソゲーってやつだよ。


一通りの説明をふんふんと真剣そうな顔付きで聞き、二菜ちゃんはピシッと腕を耳の横に付けるように真っ直ぐ手を挙げた。

「はい!せんせー!コツはありますか!?」

「気合いだな」

「いやいやいや七尾先生去年とおんなじアドバイスなんですけどって言うかそれぶっちゃけアドバイスになってません」


至くんのもっともな指摘にそうか?と首をかしげ、少し言葉を探すように視線を空へ泳がせた後仕切り直すようにコホンと軽く咳を払う。


「大切なのは自分と向き合うことだ」


瞳色反転は"何か"を成したい…理想を叶えたいという強い思いが作り上げる能力の形とは先に説明された通りである。

だからこそ真っ先に必要なのは自分の心に向き合うこと。七尾さんなら守りたい、三神なら消し去りたいといった具合に"叶えたい理想"を見付ける為だ。

そして、それを叶えるにはどんな力が必要なのかを明確イメージするためにも、土台として自分に出来る範囲を己の実力に向き合い知っておくことがまた重要らしい。

全てのピースが揃えば後は思いの強さに能力は応えてくれるみたいだけどね。


「まぁ奥義なんて格好良く言いますけど、普通では手が届かない場所に無理やり届かせる…所謂裏技みたいなものですからね」

「三神、孫の手みたいに言うな」

「チョイスが古いですよ七尾先輩」


三神が台無しにしたところへ更に七尾さんが無意識の追撃を決めた。

孫の手なんて、私久しぶりに聞いたよその単語。

痒いところに手が届く…って、案外間違えた例えではない感じだけども。


「とにかく、だ。短所を補うにしろ長所を伸ばすにしろ土台の実力があるに越したことはない。勿論その為の訓練でもあるからな」


他に聞いておきたいことはないかと七尾さんが尋ねると、先程の二菜ちゃんとは違っておずおずと至くんが手を挙げる。


「すみませんこれは疑問というか純粋な興味なんですが七尾先輩と三神さんが瞳色反転同士でぶつかり合ったらどうなりますかどうですか?」


つまるところ、リアルな意味で高火力な三神の炎と爆弾すらものともしない七尾さんの鎧、どちらが強いのかを問うているのだろう。

至くんの質問はアレみたいだね。

故事成語にある最強の盾と最強の矛のお話みたい。うん。私も気になる。


けど、そもそも七尾さんの『硬質化』は金属的なものなのだろうか。

もしそうならやはり高温に溶けて…という考えになるが、三神はというとじっと悩んだ後困り顔で降参と言いたげに両手を顔の高さに挙げた。


「恐らくは先輩の硬さが勝ちますね。能力の練度が違います。元より僕は先輩のように前に出るよりは後ろからの支援に回るタイプですからね」

どうやら能力も使い続けていけば強くなっていくものだそうで、前線でガンガンに使い続けた七尾さんの方がスキルレベル的なものが上回るみたいだ。


なんて、なんかもう恥ずかしいくらいにゲーム的な解釈に頼ってしまっている。

私にとっては未だに能力というものは理解が及ばない未知であり、馴染みの無いフィクションじみたものだって事だね。


まぁ"あちら"では能力って何?なんて考える暇無かったのだから、事実私の解釈レベルなど赤子程度だ。


「支援というか、三神は頭脳派だな。ついでに性格が悪い」

「後半単純に悪口ですよね」

悪口ではなく正論だろと思いながら七尾さんにうんうんと同意していると腹黒王子がピクリと柳眉をあげたので、そっと顔を背ける。

目敏いな。


これ以上の質問は無いみたいだったので、二菜ちゃんと至くんはまず体を温めてこいとランニングに駆り出された。

森に消えたその背を見送って七尾さん達はこちらへと合流する。


「そう言えば、貴女は使えるんですか?瞳色反転」

何気なく三神に問われて私は首を捻った。

そんな、必殺技みたいなもの『記録』の能力にあっただろうか。

というか、想像つかない。だって『記録』だよ?


「…思いあたるものは無い、かな?」

「何故疑問系何ですか…自分の事でしょう」


無茶苦茶言わないでほしい。

瞳色反転なんてものを知ったのは今さっきの話だし、そもそも"あちら"では瞳の色の変化なんて確認のしようが無かったのだから。


何せ、鏡やガラスなんてものはリサイクル前かと思うくらいに木っ端微塵だし、水面だって濁りきっていて色なんて識別出来ないレベルだったからね。


「昨日の…広域記録、だったか?それは違ったのか?」

「少なくとも現段階では瞳に変化はありませんでしたでしょう。ね?」

私も考えたが恐らくアレは違う。

確かに消費はエグかったものの、一ノ世の口振りから察するに特別な力というものでは無い筈だ。


「そもそも綴戯さんには難しいのかもしれません。ね?」

「私には…ですか?」

苦笑する四葉さんに首をかしげると、彼女は魔法でも使うかのように立てた人差し指をゆぅらりと揺らした。


「過程の話を致しましょう。瞳色反転には強い思いが必要と言いましたでしょう?しょう?」

「えっと、はい。"こうありたい"と強く思い描く…でしたよね?」

覚えたての内容を私が返すと、四葉さんは出来の良い生徒を褒めるように顔をほろりと綻ばせる。


「能力者が何か一つを強く思う…その根底は何だと思いますか?ね?」


例えば、漫画の主人公なら仲間の為とか誰かを守れる力が欲しいと言うのだろう。

例えば、アニメの悪役なら己の為とか何者にも負けない絶対的な力が欲しと言うのだろう。


賛否両論、十人十色あるにしてもそういうのが一般人が思い描く覚醒イベントのトリガーだと私は思っている。ベタだなと思われるくらいにはありふれた理屈だろう。


しかし、能力者はどうか?

彼らが根底に"ただ一つ"を置くのであればそれは、他者でも自分でも綺麗事や身勝手な思想でもなく…


「…"世界"、ですか」

「ほほほ、ご明察です。ね?」


つまり彼ら彼女ら能力者は、"世界の為にどうありたいのか"を軸に瞳色反転を組み上げるのだと四葉さんは言った。


成る程私に難しいとはそう言うことか。だって…


「…あぁ、僕らが"世界"に対して抱く思いは一般人からすれば逸脱したものなんでしたっけ。なら、貴女には縁のない感情でしょうね」


そうだね。何せ私は元々一般人。

"世界"を持たない不完全な能力者だ。


通常運転な能力者の感情の機敏にさえ戸惑うような私が"世界"を理解するのは…うん、自信ないどころか絶望的である。

失われたら"ああ"なる程の感情なんて持ち合わせていないもの。


まぁそんな、神様お願い!程度の気持ちで奥義が生まれるなら世の主人公勢はデモ騒ぎを起こすところだろうからね。


「綴戯に分かりやすいよう私の言葉を正しく言い直すなら、"世界(大樹)"をこの身を呈してでも守りたいという思いで掴んだ力、だな」

「一応教えて差し上げますと、僕は"世界"を害するものを塵一つ残さず完全に世界から消し去りたいから、ですね」

「こっわ」

満面の笑みで滅茶苦茶に殺意の高い動機を述べないで欲しいものだ。

三神の"世界"は知らないけれど、それに手を出した愚か者でもいたんだろう。


ふと、七尾さんが何色が混ざっているのか分からない絵の具のように曖昧でぼやけた表情を浮かべながら私をじっと見つめた。


「…正直、私は綴戯なら使えるんじゃないかと思うがな」

「え?」


七尾さんの呟きにどうして?と問うべく開いた口が音を紡ぐ前に、ひいこら帰って来た二人によって私への個人講義は終わってしまった。


離れていく広い背中を見つめながらふと思う。

"世界"が瞳色反転の習得に必要なトリガー、その力の根底なのだとしたら…

"アイツら"は使っていなかったのではなく、"使えなかった"のかもしれない。


七尾さんと祈ちゃんの経験からの憶測だけれど、"アイツら"はきっと皆"世界"を失って壊れた成れの果てだと思うのだ。

ならば、"世界"を根底としたその力も…同時に失われてしまうものなんじゃないだろうか。

…まぁ今となっては知る宛もないし、知る必要も無いことだけれど。


ランニングのその後、七尾さんから腕立て腹筋スクワットetc.…それぞれを100回程課された二菜ちゃんと至くんは、既に大量の汗を流しながら座り込んでいた。


これでまだ訓練が始まってもいないのだから恐ろしいよね。

こんなハードな準備運動(?)なんてしたら、それだけで私は向こう一週間はベッドの住民になることだろう。筋肉痛で。


そんな事を思いながら、私は小さなカゴに荷物を入れて二人の元へ足早に向かった。


「二菜ちゃん、至くん。今日は暑いから水分補給はこまめにね」

「はわわ!お姉さんありがとうございます!」

「綴戯さんがいるだけで小生達のヤル気が上がりますし回復しますありがとうございます」

「飴と鞭ってやつですね!!普段は鞭しかありませんから!」


人聞き悪い、とムスッとしている七尾さんに苦笑をこぼし、粉から作るタイプのスポーツドリンクをそれぞれカゴから出して手渡す。


「あ!冷やしたタオルもあるよ」

「「ください!」」


嬉しそうな顔をしてくれる二人に少しでも手伝えているような気がして、私もほくほくと嬉しさが滲んで口元がにやけてしまう。

単純?何とでも言うがいい。

この可愛い年下ちゃん達を前にしたらこんな反応にもなるだろう。


これを機にもういっそ専属マネージャーでも目指そうかと図書室で見た心得本を"記録"から引っ張り出そうとして、パンパンと響いた手を打ち鳴らす音に意識を向けた。


「よし、基礎はここまでだ。今からは二組に別れて組み手を行う。体術メインで戦う熊ヶ峰は私と、能力がメインの九重は三神とだ」

「「了解(ラジャー)!」」

ビシッと背筋の伸びた三人を見ながらカッコ良いな、とのんびり考えていた私だけれど、ふと思ったことに首をかしげる。


「三神が代理だとしたら、本来は一ノ世に頼んでたって事??」

「まさか。僕だからこれ幸いと頼んできたんですよ」

「だよね。良かった…」

危うく私の中で七尾さんが鬼教官になるところだったよ。

まぁ当たり前と言えば当たり前だけど、どう逆立ちしてもアイツが教える姿は想像つかないもんね。


「ほほほ、気が乗らないからやらないならまだしも、もしやるとなればわたくしの『回復』では足りなくなりますでしょう。ね?」

「病院に来てもらうほかありませんね」

「手加減をご存知ない??」

「久夜の思う手加減は時に手加減になり得ませんから」


うん。一ノ世が来なくて本当に良かった。

七尾さんが頼まなくても勝手にアクション起こしそうだし。


「ではこれより訓練場へ移動するぞ」

「訓練場なんてあるんだ」

「ここでやり合ったら久夜でなくともロッジが吹っ飛びますよ」


成る程と思うと同時についてこい!と七尾さんの声が響き、瞬きの瞬間にぶわりと周囲から風が舞った。

いやにしんとして、蝉時雨だけが取り残されたような感覚を覚えてあれ?と思い、衝撃で閉じていた目をそっと開く。


誰も、いない。


「いや、え???」

うっそだろ私置いていかれた??

留守番だった?いや、確か私って訓練風景を"記録"して欲しいって言われていた筈だ。


だけど…残念ながら私には皆が前後左右どこに向かったのかさえ分からない。

知ってるぞ、これは詰みってやつだ。


"広域記録(サテライト)"を使って探してみようかとも思ったけれど、この力はあくまでも広い範囲から対象を探して"記録"をするだけ力であり、場所を直接知ることは出来なそうだから止めた。

ついでに言えば後々が怖いからね。


下手に動き回っても仕方がないので私はやむなくロッジの入り口に腰掛け、ぼんやりと風景を"記録"する。

気分は家の鍵が開いてなくて入れず待ちぼうけをくらう子供のようで、木々が慰めるように枝先の葉を揺らすもののこのポツンとした虚しさは拭えなかった。


結局、目的地についてから私の不在に気付いたらしい七尾さんが大慌てで戻って来るまでそうしていた私が少しばかり拗ねたのは仕方の無いことである。

私もやっぱり少し鍛えようかな…



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