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8-6

九章からはいつものペースの予定です。


「綴戯くん。くれぐれも戸締まりはしっかりね」

「あの、四恩さんそれ五回目です…」

「ほほほ、わたくしより一足先に耄碌してしまわれたのでしょう。ね?お可哀想に」


留守番を言い渡される子供のように幾度も注意事項…特に戸締まり付いて口酸っぱく言われながら、私はやたら煽る四葉さんと共に四恩さんの見送りをしている。


三神は七尾さんの説教でべしょべしょに泣き腫らした二年生達を元の合宿所に帰すべく付き添い、七尾さんは今日一日の報告書を早急にまとめあげねばいけないらしく挨拶とお礼を済ませて作業に入ってしまったのだ。


二菜ちゃんと至くんは…七尾さんから罰として追加トレーニングが出されて今再び屍になっているかな。


「ごめんね。本当は最後まで居てあげたいんだけど…」

「いえ!今日だけでも十分助けていただきましたよ!ありがとうございました」

へにょりと眉を下げる四恩さんに頭を振って真っ直ぐお礼を述べれば、渋々といった様子ではあるけれどそっか、と納得してくれた。


「四葉。彼女の事しっかり頼むよ。目を離すと無理をする子だからね。あと食事は…」

「兄さんは母親にでも転職されたのですか?ね?」

「私、25くらいにはなる大人なんですが…」

そりゃ体はもう少し若いけど…それでも22歳だぞ。そうは見えないという意見は受け付け拒否だ。


「兄さんいい加減帰ったらいかがですか?『転移』の方がずっと待っていらっしゃいますでしょう。ね?」


そう。準備も含めてかれこれ三十分くらいにはなるだろうか。

四葉さんの言う『転移』の能力者と思われる赤毛の女性が居心地悪そうに爪先で地面を擦りながらロッジ先の夜の森に立っているんだよね。申し訳ない。


「…とにかく、何かあったらすぐに誰かを頼るんだよ?あと、能力の練習は程程に。いいね?」

「Yes sir」

「発音は素晴らしい」


そう軽く褒めた後漸く手荷物をもって数歩離れた四恩さんと別れの挨拶をかわす。

彼はやはり心配で後ろ髪を引かれる思いなのか、何度もちらちら振り返りながら『転移』の能力で作られた扉を潜っていった。


完全に能力の気配がなくなった夜の静寂(しじま)。虫の声すらも今は聞こえない。

森の中故に街中よりはマシだろうけれど、それでも湿度を携えた生暖かい空気が僅かに私の額を汗ばませた。


やがてふうと隣からのため息がそこに混じって溶けていく。


「漸く行きましたね。あれが夫になったらさぞ面倒なことでしょう。ね?」

やれやれと言いたげに首を緩く振り、クスクスと笑う四葉さんに曖昧な笑みを返した。

たぶんだけどこの人も同じ事するぞ。


ロッジの中へ戻った私達は互いの部屋に戻るべく自然と足先が別々の方向に向いた。


「さて、兄さんではありませんが戸締まりはきちんとしてくださいね?ね?女性なのですから」

「あはは、ありがとうございます。気を付けます」

それを言うなら四葉さんの方が綺麗だし気を付けた方が、とは思いつつ私は気遣いを素直に受け取って了解を返す。


そのまま私は階段に足を掛けて二階へ向かい、四葉さんは一階の奥へと姿を消したのだった。


そう言えば私、荷物を四恩さんに運んでもらったから部屋をまだ見ていないな。

そんな事を考えながら教えられていた部屋のノブをガチャリと開けて、おお!と目を丸くする。


「意外と広いんだ」


ビジネスホテルのトリプルくらいはあるだろうか。一人で寝泊まりするにしては十分過ぎる広さだね。

あぁでも合宿用だし、元々は何人かで一部屋なのかも。


普段は馴染みのない暖かみのある丸太の壁と木の香りに、今更ながら旅行に来たような高揚感を感じて顔が綻んだ。


「って、いけないいけない。遅くなる前にお風呂に入らないと」

ぺちりと軽く頬を叩いて気持ちを切り替え、さて私の荷物はと彷徨わせた視線が見慣れないカバンを映す。え、何。不審物?…爆弾的な?


近付かずにそろりとその黒いカバンを観察すると、東雲と筆記体で綴られた革製のキーホルダーが見えてホッと胸を撫で下ろした。

どうやら刑事ドラマの見すぎだったらしい。


四葉さんの荷物が混ざってしまったのかはたまた四恩さんの忘れ物か…

取り敢えずは四葉さんに聞けば言いかと結論付けた私は取っ手を掴んでカバンを持ち上げ…られなかった。


「…は??」


馬鹿みたいに重いのだけど、え、何が入ってるのこれ?

中から微かに聞こえるチャラリと金属同士が触れる音には聞き覚えがあるぞ。


「…よし。開けてみよう」

少しの迷いの後私は意を決してキィも何も無いファスナーに手を掛け、ジジッとスライドさせていく。

ほら、持てないからにはこの場で確認するしかないわけで、そりゃ好奇心がない訳じゃないんだけどね?

そんな言い訳にもならないような事をつらつら考えながら少しずつカバンの口を開けていった結果。


「ひぇ」

やぁ!と表れた中身にドン引きしたよね。


中にはみっちり詰め込まれた大中小の鎖と種類豊富な錠前の数々。

同封されていたメモ曰く、元々の鍵だけじゃ心許ないからこれでしっかりガードしてね、とのことらしい。

いや嘘でしょ私用の荷物なのコレ。


そんな理由でコレを用意するとかある?ならもういっそ元の鍵だけで済むようバージョンアップしてほしかったよ。下調べとかしたんでしょ。

能力者の発想が相変わらずトチ狂っていて頭を抱えた。


いくら安全を欲したとしても私には好き好んでセルフ監禁部屋状態にする趣味はないぞ。


しかも何が恐ろしいってメモ書きが東雲兄妹の連名ってところだ。

一人でお腹一杯だろ。東雲家は魔窟か?

そもそも、これを用意したであろう時はまだ私と四葉さん面識なかったよね??何故連名…?


私はしばらくカバンから覗く無機質な金属と睨み合いをした後、何事もなかったことにしてそっと閉じてお風呂に行くべく部屋を後にした。

見てない見てない。私は何も見ていない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「んー!気持ち良い…!」


白い湯気が誘うお湯に清めた体をそろそろと沈め、ざばぁと流れ出ていくそれに何となく罪悪感を感じながらも口から出たのは正直な感想だった。


温泉ではないにしても檜に囲われた湯船で伸び伸び浸かる湯はやはり最高で、今日の疲れを全て溶かしていくようである。

物語ではよくお風呂の描写で日本に生まれて良かったと台詞が入るけれど、その気持ちがよく分かるね。


二菜ちゃんやマオちゃん、四葉さんとも入れたら…そんな事を考えて一人頭を振った。

マオちゃんはまだしも二人に対するトラウマはまだ七尾さん達のように覆ってはいないから。

どうせなら心から望める状態で体を流し合いたいもの。


なんと言うか…あれって不思議な感覚なんだよね。

まるでそういう魔法にでもかかったかのように、ストンと恐怖心が消えるのだ。

まあ理由っぽいものは分かるのだけど…


滑らかな檜の縁に体を預け、頭の中にそびえる"記録"の図書館へ意識を飛ばす。

はっきりと気付いたのは最近なのだけど、そこにある"七尾晴樹"や"五月雨祈"の"記録"…どういうわけか二冊に分かれていたのだ。


情報量のせいではない。中を開けば一目瞭然で、"あちらの二人"と"こちらの二人"で完全に分かたれているのがわかる。

他の能力者は全て"あちら"から一続きなのに。


理由はさっぱりだけど、おそらくこの"記録"の分断のおかげで無意識下でも完全な別個体と認識出来ているみたいだ。

…そう、例えるなら双子。

同じ顔でもこっちは好き。こっちは嫌い。ってね。

相手が端から"二人いる認識"だから態度を混同したりしないって事。


しかし逆に分断されていないなら、いくら自己暗示で心を捩じ伏せようが"記録"が絶対に牙を剥く。

二菜ちゃんと至くんに触れたみたいに多少の無理は出来るけれど…今日も実は平気だったの最初だけで、途中からは頭の中でひたすら死がリフレインしていたんだよね。本人達には絶対言わないけど。

頑張りたいと思っても正直努力じゃどうにもならない気がしてきた…呪いだよもはや。


確かに努力で"記録"への耐性は出来るかも知れないよ?実際こちらに来た当初と今では私の発狂に至るまでのキャパが段違いだからね。威張ることじゃないけど。

しかしどうにも…自分に向けた勝手な『開示』そのものを無くせる気配がない。


「あー!もう!!この、『記録』の能力って未知数過ぎない!?あと色々不便!!」


誰か解説書寄越せよと思いながら意識を現実に戻し、逆上せてきたのか熱を帯びた息を吐き出した。


やっぱり…祈ちゃん達みたいな"決定的な事件"を乗り越えないと私は二菜ちゃん達を存分に愛でられないんじゃなかろうか。

最悪だ。悲しい現実にぶち当たったぞ綴戯栞里。


"記録"に伴う諸々の痛みさえ耐えられれば良いんだろうけど…さすがにそれじゃ心からって事にならないもんね。


ああもう…!今日私がどれ程もどかしい思いをしたと思うのだ。

訓練後にお疲れ様って頭撫でたかったし、マリアンヌさんのキッスを拭いてあげたかったし、口の端についたご飯粒を取ってあげたり…


あぁ、そうだよ!私はもう、二人が本当に大好きなんだよ!

でもこのままじゃ…友達なんて胸を張って言えないじゃないか。


二年生が忌憚なく私に抱きついたりスキンシップするのを二人が羨ましそうに見てるのだって私は気付いていたよ。いや、それはずっと前…七尾さんの時から気付いてる。

それでも二人は何も言わずに私を待ってくれていて、それに卑しくも甘えているんだ。


やっぱり私はずるくて、弱くて、本当に嫌いだ。


行儀悪くも湯船に顔を半分沈め、諸々のふまや恨み言をブクブクと泡にして吐き出した。


これはますます『ソノヒ』の打破に気合いを入れねばならないな。

って事で、考察終了。結論、復讐継続!

なんて、今は目先の合宿を楽しむ方が優先だけどね。

皆との今を沢山楽しみたい。"記録"したい。


「あー…ヤバ、逆上せたかも」

ズキッと痛む頭に極楽から地獄に落とされた気分になりながら、私は考え事し過ぎた頭を冷やすように冷水のシャワーを浴びた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


誰もいない女湯を贅沢に堪能し、さっぱりした心地で部屋に戻った私は火照った体をひんやりしたベッドに横たえる。

そうすれば疲れた体はすぐに眠りへ…


「…いや、寝れないな???」


目を閉じること暫く。全く眠気が来ない事実に困惑した。

いや、眠いは眠いのにどうにも落ち着かないのだ。

ゴロゴロ体勢を変えてもダメ。

羊を数えてみてもダメ。

枕の高さをタオルや着替えで調整してみてもダメ。


どうしたものかと辺りを見渡して、あ、と無意識に音が口から漏れる。

理由に何となく検討がついたのだけれど…解決するためには東雲兄妹の言い付けを破らなければならない。

それは中々に後が恐ろしい事だった。


けど考えてみたら不眠は不眠で健康を損なうものだし…大目に見てもらおうかな。

バレなきゃ良いんだし、とフラグになりそうな事を考えつつ、私は腹をくくって部屋の真ん中に立った。


「『開示(オープン)』」


自分自身に向けてそう呟いたと同時に、傍らに現れた本から能力が流れ出る。

対象者たる私へ"記録"を見せるべく部屋を覆った力は、すぐさま辺りの景色を見慣れたものへと変えた。


ひっそりと本達が眠るように、しかし僅かな呼吸を感じるような寂しくない静寂。

明るいとは言えない前時代的な明かりが古めかしくも繊細な造形のアンティーク家具をやんわりと照らし、しかしカウンターには雰囲気を無視するようなぬいぐるみ達が鎮座していた。


そう。ここは私の城。学園の図書室だ。


深呼吸をすれば記憶に違わぬ紙と僅かに残る紅茶の香り。さすがは私の"記録"といったところか、我ながら完璧である。


「はぁ…私ってこんなに寂しがり屋だったかな」


"記録"の範囲を弄りながら現実のベッドと向こうでベッド代わりにしているソファの位置を合わせ、ぼすんと体をマットレスに沈める。

先程まで波立っていた気持ちが笑えるくらいにすぅと凪いでいき、今ではもう鏡のような水面と称せるくらいには落ち着いていた。


まさか一日程度でホームシックになろうとは…私が一番ビックリしている。

なんだよ私。ここじゃなきゃ落ち着いて寝れませんってか。恥っずかし。

数ヵ月前までその辺の瓦礫重ねて寝てた人間とは思えないね。


今日は能力禁止令が出ているけれど寝れば勝手に切れるだろうし、少しくらいは良いだろう。

"記録"に映る見慣れた天井の木目をなぞっていけば、やがてとろりとろりと目蓋が落ちてきた。


ゴロリとうった寝返りの先にいる、今は抱き締めることの敵わない黒猫に少しばかり物足りなさはあったものの、私は漸くとぷんと穏やかな眠りへと落ちていったのである。


まぁ数時間後に悪夢を見る羽目になったんだけどね。取り敢えず一ノ世許さない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


NO side


草木も眠る丑三つ時。とは言え、『学園(エスクエラ)』本部には未だ仕事が片付かない者達が書類を持ってバタバタと走り回ったり机に齧り付いているため、夜を徘徊する幽霊の類いも逃げ出すくらいに騒がしい。

とある男がいる一室も例外ではなく、爛々と明かりが付いていた。


「あー…面倒くさ」


デスクに積み重なる書類の山を行儀悪くも机に乗せた足でもって、一ノ世久夜はげしりげしりと蹴り倒す。

真っ白な紙達が季節外れの雪のように黒を基調とした部屋を舞い、リノリウムの床に積もっていった。


「あーあーまたやったッスね」


備え付けのごそごそしたソファに座ってローテーブルで彼を手伝っていた十三束従道は、バサバサと頭に落ちてくる紙から自慢のアホ毛を守るように手で避ける。

が、彼の行動を止めるつもりはなく常変わらぬ表情でケタケタ笑っていた。


「ひまひまひまー!!!」

「ふはは!一ノ世先輩若年性アルツハイマーッスか!お仕事だらけで暇してる余裕も病院行ってる余裕もないッスよ!」

「つーか何で俺がさ、こんなコトしてなきゃいけないワケ?」

汚い雑巾でも摘まむように持ち上げられた書類は任務関連と学園周りを担当する久夜本来の仕事からは逸脱したもので、何故か本部関連や本土の方の仕事まで回され押し付けられている始末。


更には未だ星付けされていない任務を勝手に何十も割り振られ、勝手に護衛任務まで入れられ、元々請け負っていた任務も少なくない。

結果、それらの報告書もここ数日分でどっさり山を作っていた。


「十中八九先輩がお偉いジジイの傘下一匹プチっと潰した腹いせッスね!!」


久夜を野放しにしたら次は自分達が、とでも思ったのだろう。

一度灸を据えてやろうとの考えが見え見えであるが、この男にそれは逆効果であることを老いた狸共は理解していないのだろうな、と従道はまたケタケタと嗤った。


「はー…うっざ。今ならさ、栞里の言うソノヒを起こせるかも」


ぎぃぎぃと椅子の背もたれを鳴らしながら、当の彼女が聞いたら血の気の引いた顔で罵詈雑言間違いなしな不謹慎な発言をするも、それを咎める良心は残念ながらこの場にはいない。

いるのは久夜に唯々諾々と付き従う狂犬だけなのだから。


本気で機嫌が最底辺らしい久夜は温度の無い表情で散らばる書類…彼にしてみれば紙屑を睥睨した。

彼が部屋ごと燃やそうかと本気で考えたところで一枚の書類が目に入り、瞬間殺気はあっさりと霧散する。

代わりに不満を顔に張り付けて唇を尖らせた久夜の気分屋っぷりは時間関係なく絶好調であった。


「あーあ。今頃はさ、俺もひっさびさの合宿楽しんでる筈だったのに」

「引率する気ゼロ過ぎて痺れッス!いや先輩精神はガキだからされる側ッスもんね!」

ポイと無言で久夜が放ったペンが従道の頭上から凄まじい勢いで床に刺さる。

器用にもペンにだけ強烈な下向きの『重力』をかけたのだ。


「危ないッスね!ダーツの的にするなら、お偉方の禿げた脳天にした方がいいッスよ!」

慣れと並外れた動体視力でもって平然と避けた従道が笑うのを無視して、久夜はダラリとデスクに溶ける。


「ひじりんさ、ズルくない?一人だけ合宿楽しむとかさ」

尚、これは前日に突然引率を丸投げした男の台詞である。人間の心が家出したまま帰ってこないようだ。いや、初めからインストールされていたかも怪しいが。


三神聖からすれば大好きな孤児院でのイベントを、突然久夜にサッカーボールよろしく軽い調子で蹴り飛ばされたのだからたまったものではなかった。


「ふはは!今頃はきっと先輩の写真貼った藁人形に釘打ち付けて楽しんでるッスよ!」

「は?何で?」

「マジトーンなのドン引きッスね!」

ちなみに蛇足ではあるが、聖の荷物には一式入っている。それはそれでドン引きだ。


「つーかさ、合宿って俺何やったっけ?マリアンヌ潰したり山を焼いたのは覚えてるけどさ」

「オレが先輩から聞いて覚えてるのは…全員の部屋の扉を接着剤で固めたり、担任の食事にその辺で採ったキノコ入れて病院送りにしたり、平和なのだと合宿全日程バックレて観光したってのもあったッスよ!」

「あぁ、千葉ん時ね。デステニーランドがさ、めっちゃ楽しかったんだよ!」


もはや何しに合宿しているのか不明である。

一つ確かなのは、間違いなく担任にとっては滅茶苦茶な試練だったということだ。

今でこそヘビーな訓練に生徒が嫌がるイベントだが、久夜達の時代は教師が嫌がるイベントであり、彼らの担任は合宿前後で五キロくらいは体重が減る程だったのである。

そのストレスは計り知れない。


「ちなみに、あっちは今日カレー作りして花火もやったらしいッスよ!」

「は?何ソレめっちゃ楽しそう。つーか、何で俺が知らないのに君が知ってんのさ」


ジトリと睨みつけながら、アイツらの事で自分の知らない事があるの嫌だ気に入らない、と面倒臭い彼氏のような事を言い出した久夜に従道はきょとんと首をかしげた。


「まさか先輩、報告見るの面倒って言ってオレに任せたの忘れたんスか?もはやクソガキどころかクソジジイッスね!」

「潰す」

「何で!?」


有言実行と言わんばかりにじわじわと『重力』をかけながら、久夜は目の前にあった書類に落書きを始める。

ちなみに、彼が今日討伐した任務の報告書だったので書き直しが確定した。


「ひじりん達に比べて俺はさ、こんなトコで仕事じゃん?はー…可哀想」

「そ、れを、言ったら…うぐ、付き合わされてるオ、レも、可哀想、ッスよ!うぎゃ!」

とうとう立っていられなくなってべしゃりと床とキスした従道に満足したのか、久夜はさっと能力を解いてダレていた上半身を椅子の背もたれへ戻す。


「んで?他にはさ、何かあった?」

「あ!それなんスけど…」


従道が続きを口にする前にコンコンと扉を叩く音が会話を遮り、久夜はまた不機嫌に逆戻りしながら入れば?と促した。

ガチャリとノブを捻って現れたのはまだ年若いだろう青年だ。


「失礼します。お仕事の邪魔をして申し訳ございません一ノ世さん」

「あー…ハイハイ。そういうの良いからさ、君誰だっけ?」

下げていた頭をばっと上げ、何言ってんだこの人と雄に語る表情をさらけ出した青年に従道が堪らずといった様子で吹き出す。


「ふはは!さすがは人でなしッス!この人、高等二年の合宿に付けてた人ッスよ!」

「ほーん?で?それが何でここにいんのさ」

如何にも興味無さそうな反応を返した久夜はしかし、ヒタリと青年を真っ正面から見据えて満月の浮かぶ目を鋭く細めた。


青年は全方位から剣を突き付けられたかのようなヒリつく殺気に緊張感から口の中が砂漠のような有り様であったが、それでも何とか喉を震わせる。


「実は、二年の担任が…」


報告を簡潔に要約すれば、青年ともう一人の付き添いを担任に拒否され帰らされたとの事だ。

しかも運悪く『転移』の能力者が全然捕まらずコンタクトが取れなかったために、原始的な交通機関を乗り継ぎながら丸一日かけて帰って来たらしい。彼は実を言えばもう満身創痍である。


「はー…面倒くさ。ま、アイツに嫌われてんのは知ってたけどさ」

「それで、どうするんスか?」

「どうもしないけど?」

「「え?」」

あっけらかんと言ってのけた久夜に青年だけでなくさすがの従道も驚いたように声を上げた。

てっきり今からもう一度行ってこいと鬼も真っ青な指示が飛ぶものだと思っていたのに。


「いいんスか?」

「知らね。仲間はそりゃ大事だけどさ、拒否したのあっちじゃん。どうせまた送っても同じだろうし、別に一から十まで守ってやる義理もないワケ」

久夜の仲間思いは本物である。

じゃなきゃわざわざ他の能力者の任務をいくつも自分が請け負ってスケジュールを空けさせる、なんて面倒をする訳がないのだ。


だからこそ、らしくない努力をするからこそ、それが踏みにじられた時には一気にストンと落ちる。


久夜はとりわけ精神性が異常な能力者だ。

仲間と括っている限りは何とか人間的な体裁を保つが、見限ると道端の雑草以下の扱い…つまりは人を人と思わないレベルにまでに成り下がるのである。


どうやら件の担任はその地雷をとうとう踏み抜いたらしい。


「し、しかし…一緒にいる子供達が危険に晒されるのでは?」

「そう思うなら君さ、ノコノコ戻って来ないでいれば良かったんじゃない?」

「うっわ、一ノ世先輩が正論とかヤバイッスね!気持ち悪!」

それは…と押し黙る青年に、久夜は飽きを隠しもせずに盛大なため息をついた。


「あー…ハイハイ。じゃあさ、望みの言葉を言ってあげるよ。…お前、さっさと二年の合宿に戻れ。合流しなくても良いからさ、ちゃんと見張っとけ」

「りょ、了解!」

「はー…面倒くさ。解散解散」


しっし、と追い払うように手を振る一ノ世に青年は慌てて一礼をして、手と足が同時に出るようなぎこちなさで去っていく。

バタンと閉まる扉へ、再度久夜はため息を投げつけた。


「あー…うっざ」

「先輩にしては優しい配慮ッスね!」

「仕方ないでしょ。学生に罪はないからさ。担任は後で潰す」

「殺さない程度にしてくださいッスよ!」


当然久夜とて世ノ守零人の世話になるのは御免なので一応は配慮するつもりだ。一応。


「はー…気分悪。あ、そうだ!」

急にバっと椅子の上に立ち上がって声を上げた久夜はデスクに放られていた端末を手に取ると、そのままデスクに腰かけて上機嫌にポチポチと操作し始める。


従道がチラッと覗けばそれは通話の画面で、彼には見覚えのない数字が並んでいた。

それは学園の備品である連絡用端末の番号。


幾度かのコール音の後酷く眠そうな声がどちら様…?と応え、その声に従道は常時かっ開かれている目を更にぎょっと見開く。


「やっほー!栞里ぃ、元気?」

〔あ"?〕

「寂しがってるかと思ってさ。はー…俺ってば超やさ…」

〔くたばれ〕


眠いからか普段よりドスの効いた声の後ブツンと無慈悲に切れた端末を眺め、久夜はふるふると肩を震わせる。

あまりの扱いに怒ったのかと思った従道の予想はしかし、続く笑い声に覆された。


「ぶはっ!あっはははははは!!聞いた十三束?ほんっと栞里ってさ、俺に怯えるクセして面白い反応するよね!」

「オレはあの罵倒で喜んでる先輩のヤバさが面白いッスね!いや、むしろ気持ち悪いッス!」

「あ"?」


従道はこの後また潰されたし、書類は全くもって進まなかったとか。



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