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8-3

ストックが増えてきたので、八章はいつもより早いペースで投稿していきます。

八章:3


「お腹空きましたー!!」

「馬鹿程じゃないですけど小生も動き回ったのでそこそこにお腹が空いたというかエネルギー補給って大事だと思うので早急に満たすべきだと思うのですがどうですか」

「わかったわかった…」


獲物を狙う獣のように周りを彷徨く二菜ちゃんと至くんをしっしと追い払いながら、七尾さんはかろうじて人が歩ける程度に整備された道を迷い無く進む。

その後ろには私の他、彼らを微笑ましそうに眺めている東雲兄妹と呆れ顔の三神が巨大なバスケットやレジャーシートを持って続いていた。

尚私は申し訳なくも手ぶらである。

いや、勿論手伝おうと思ったんだけど…重いからダメ落とすからダメって触らせてもらえなかったのだ。

私合宿来てから子供扱いしかされてない気がするぞ。


さて、ただ今お昼真っ只中。午前中の鬼ごっこを終え、いざ昼食!となる筈なのだけど…

ロッジから離れてかれこれ十分ほど歩いているような気がする。


「七尾先生まだですかー!」

「腹ペコな小生達を焦らして楽しいですかまさか七尾先生にそんなドSな思考があったなんて思いませんでしたショックです」

「あ"ーもう!!うるせェぞテメェら」

「「きゃー!」」


終始纏わり付かれて限界なのか七尾さんの言葉遣いが乱れている。

私は苦笑を浮かべながら、少し先の二人に届くよう少し大きな声で呼び掛けた。


「二菜ちゃん、至くん」

「「はい!!」」

しゅば!っとワンコのように駆け寄ってきた彼女達が可愛くて、クスリと小さく笑みをこぼす。

八丸くんみたいな耳と尻尾が見えそうな勢いだ。勿論彼とは違って犬の、ね。ちなみに、彼のアレは狐らしい。


「まったく…元気で羨ましい限りですね」

「はい!ありがとうございます!」

「馬鹿今の皮肉だからほら見なよ三神さん困った顔してるしすみません三神さんうちの馬鹿が素直すぎて」


実際三神は真っ正面から返ってきた二菜ちゃん純真な反応にひくりと笑顔をひきつらせているけれど、たぶん皮肉だとずばり指摘する至くんに対して浮かべた表情でもあると思う。


スキップになりかけるように弾んだ足取りで少しばかり調子の外れた鼻歌をご機嫌に奏でる二菜ちゃんと、落ち着いて見えてその実ふかふかと空気を踏んでいるように浮わついた足運びで日向ぼっこをする猫のように目を細める至くん。

そんなあまりにも楽しそうな二人に挟まれているせいか、オセロみたいに私もウキウキとした楽しさに染められていく。


だからこそ、今なら大丈夫だと思うんだ。


私はこくりと緊張を飲み込みながら震える手を一度強く握り、側に揺れていた二人の手をそっと掴んだ。


「「っ!?」」


瞬間、電流でも走ったかのようにビクゥ!と体を揺らして、首が飛んでいくんじゃないかと思う勢いで二人が振り向く。

驚いた私は慌てて手を離して、ホールドアップの姿勢をとった。


「ご、ごめんね!?いきなり嫌だったよね!?」

「違います違います違います小生達ちょっとうっかり心臓落としそうなくらい驚いただけで嫌とかじゃないっていうか嫌とかあり得ないですね」

「そうですよ!!二菜達はお姉さんが望むなら何本でも腕あげたいくらい嬉しいです!!」

「貴女方は妖怪か何かですか」


腕そんなにもらっても困るかなとか、ちょっとうっかり心臓を落とす衝撃とは如何程だろうかとか、二人の勢いに驚いて変なことを考える。


「でもでも!二菜はお姉さんに無理してほしくはありません!」

「そうですよ小生達じゃなく嫌なのは綴戯さんの方じゃないかと思うのですがどうですか」


そう言いながらまるで欲しいものを我慢する子供の顔をする二人の素直さに小さく笑い、私はキッパリ首を横に振った。


「嫌じゃない。これは本当。ただ、私の体はどうしても怖いって叫んじゃうけどね」

「なら…!」

「でも私は二人と手を繋いでみたかったから」


たぶん私は、七尾さんや祈ちゃんのように『ソノヒ』と決別を果たしたと思えた瞬間この呪いじみたトラウマから解放されるのだろう。

けれどそんなの…いつになるか分からないじゃないか。

だからずっとずっと支えてくれているこの二人くらいには、せめて自分から手を伸ばしたいと思った。


幸い今なら恐怖よりも勝る楽しさと心落ち着かせる沢山の自然が私を支えてくれているから…"記録"のフラッシュバックに負けない気がするんだ。


「見て?今日はね、震えていないでしょう?だからもう少しだけ、私の"訓練"に付き合ってくれないかな?」

木漏れ日をチカチカと乱反射する桜色と山吹色が見ているこちらが照れるくらいに喜びを弾けさせ、さながら瞳に花火を宿したようだった。


「「はい喜んでぇ!!」」


「くく、居酒屋みたいだね」

「え、兄さん居酒屋なんて行くんですか?ね?」

いや、居酒屋と言うかもはや付き合って下さい!と吹き出しが付きそうな程90度に腰を折り、ピンと伸ばした手を私に差し出しているのだけど…


私はもう一度深く深呼吸をして、そっと二人の手に自分の手をのせた。

なんとなく物語に出てくるプリンセスみたいな事をしている気分で笑ってしまう。

こんな血と怨嗟に染められた地獄のドレスを纏う姫がいてたまるものかってね。


「おい、お前達。置いていくぞ」

「「「はーい!」」」

私達はきゅっとぎこちなく手を繋ぎながら仲良く並んで七尾さんに続いたのだった。


そうして暫く進んだ先。

七尾さんが足を止めた場所を広い背の後ろから覗き見て、私は感嘆の声をあげる。


森がぽっかり空いたような、丸い青空の下。

差し込む日差しが辺りの薄暗さを帯のように裂き、それに照らされた緑の絨毯がまるで発光しているかのように輝いている。

そしてその一帯にだけは花畑のように色とりどりの花が揺れていた。


「何ここ聖剣でも刺さってそうっていうか七尾先生が何をしたいか謎なんですけどどうですか」

「先生!お花むしっても良いですか!!食べられる花ですかね!?」

「お前らな…」


情緒もへったくれもない二人に疲れたようなため息をついた七尾さんはチラリと私を見て頬をかく。

私に何か関係がある場所なのだろうか。


「ほほほ、今日のお昼は寮母さんお手製のサンドイッチでしたでしょう?ね?」

「え?はい。そう聞いています」

「ふふ、だから気分だけでもピクニックを味わうのはどうかと思ってね」

「七尾先輩に相談されていたんですよ。貴女に良い思い出を作って欲しいそうで」


ご飯だご飯だ!と、わぁわぁレジャーシートを広げだした二菜ちゃん達を横目に、私は藤色の瞳をアリウムの花のように真ん丸にして七尾さんを見る。


「あー…礼と言うのもどうかと思うが…五月雨にも頼まれていてな。綴戯を楽しまてやりたいって」

「そんな…もう十分良くしてもらってますよ!」

七尾さんにも祈ちゃんにも勿論他の皆にも、私は沢山気を遣ってもらいながら素敵な日々を貰っているのに…これ以上を求めるなんてバチが当たりそうだ。


気が引けてしまっている私に、四恩さんが出来の悪い生徒を宥めるような顔を作って人差し指を立てた。


「じゃあこうしようか。綴戯くん、これは楽しむ"訓練"だよ。だから沢山受けること。いいね?」

「ほほほ、訓練と言うには少し洒落た感じになってしまいました。ね?」

「まぁ僕もこういうのは嫌ではありませんし、どうせなら綺麗だったり楽しい事を"記録"した方が良いでしょう…子供達にも見せたいですからね」

「綴戯。気兼ね無く楽しんでくれ」


溶け消えてしまうんじゃないかと不安になるくらい、七尾さんも四葉さんも四恩さんも…あまりにも優しい顔をしていて。

三神は相変わらず読めない笑顔が張り付いた表情ではあるけれど、何となく雰囲気は柔らかい。


「…ありがとうございます!」

そんな彼らに返す言葉は、情けない程ありきたりなその十文字しか見つからなかった。


こちらで過ごす毎日が憤怒の灼熱と絶望の極寒しかなかった私の"記録(地獄)"に優しい光の世界を刻んでいく。

それがどれ程私を救ってくれているか、皆は知っているだろうか。

言葉にしたくてもどうしたって表せないくらいの、この泣きたくなる程暖かい気持ちを。


「久夜が手続き忘れてて払われていないらしい給料の代わりに、このくらいは素直に受けとれば良いんですよ」

「まってそれは初耳」

的確に感動をぶち壊すのは止めて欲しいし、私給料が出るなんて知らなかったのだけど?


服とか日用品はアイツがくれた初期費用を切り詰めながら買っていたけど、今後はどうしていけばいいか悩んでいた私の気持ちは一体…

アイツやっぱ嫌い。


寮母さんお手製サンドイッチがみっちり詰まったバスケットを囲うように、二菜ちゃんと至くんがひいてくれた特大のレジャーシートに皆で座る。


「いっただきまーす!!」

「いただきます」


漸くご飯にありつけた育ち盛り達がどんどんバスケットの中身を消費していく様は見ていていっそ気持ちが良い…んだけど…


「綴戯くん。しっかり食べないとダメだよ。はい、タマゴサンドは栄養がたっぷりとれるよ」

「肉は大事だぞ。ほら、カツサンドも食べろ」

「いけませんよ七尾先輩。子供の健康にはやはり野菜も必須ですから、このサラダサンドも好き嫌いせず食べてください」

「ほほほ、疲れた体には甘いものが一番に決まっていますでしょう。ね?フルーツサンドはいかがです?」

私は取り皿に乗った美味しそうなサンドイッチをおそらく死んだ目で眺めていることだろう。

いや、サンドイッチには一切の罪はない。寮母さんお手製なんだからどれも美味しい一択に決まっている。


だがしかし、この状況は納得いかないしこんなに沢山食べられない。

私の胃ではせいぜい2切れくらいがが限界なのに…そんな、食べるよね?って圧かけてくるの良くないと思うんだ。


「きゃはは!お姉さん、食育されてますね!」

やはりというか、二菜ちゃんにすら食育に見えているらしい事実に何とも言えない感情が渦巻く。

と言うか、三神に関してはガッツリ子供って言ったよな?


「そうだお姉さん!二菜専用の食べますか!?」

「二菜ちゃん専用?」

「はい!寮母さんに余った材料を使って作ってもらったんです!じゃーん!」

そう言って二菜ちゃんが得意気に取り出したのは、具材が少しばかりはみ出している彼女の顔より大きいだろう四角いサンドイッチだった。

いや、もはや何それ。サンドイッチで合ってる?まず、どこにそんなサイズの食パン売ってたのか大層気になるのだけど。

隣にいた至くんも顔をひきつらせる程のインパクトだよ。


「ちょっと待て馬鹿そんな握り拳より分厚い辞書みたいなやつ綴戯さんに食わせる気とか正気じゃないだろというか何入ってんのそれ」

「お姉さんの持ってる4種類プラス、チーズとかハンバーグとかタコとか色々!お姉さん!コレなら一齧りで全種類食べたことになりますよ!」

「わ、私頑張って自分の食べるね」

いくら課題が即クリア出来ると言っても、さすがにアレを齧る勇気はなかった。タコって何??


いただきますと呟きながら一番手前にあったタマゴサンドを一口齧る。

黄身はふわふわ、白身はプリプリな卵と少し舌を刺激するアクセントのカラシが絶妙だ。


思わず頬を緩めながら二口目を齧ろうと口を開くと、両手の空いた二菜ちゃんがペロッと唇を舐めながらにこにこ笑っているのが見えて固まる。

あれ、さっきのサンドイッチ(?)は??


「に、二菜ちゃん?もう食べたの…」

「はい!美味しかったです!」

「ソッカァ…」

何も気にしちゃいけない気がして取り敢えず笑っておいた。


以外にもペロリと一切れ食べきれた私は、柔らかいキャベツとゴロゴロしたトマトがメインのサラダサンドを頬張りながら難しい話をしている大人勢をぼんやり見つめる。

四葉さんは席を外しているみたいだ。

そう言えば四恩さんと四葉さんって兄妹の筈だけど、何と言うか…


「わたくし達って似てないでしょう?しょう?」

「え!?あ!?」

「そんな顔してましたでしょう?ね?」

「すみません…」

いつの間にいたのか、午前中の約束を守って少し離れてしゃがんだ腿に肘をつき、両手で顔を支えるようにした四葉さんがゆったりと笑っていた。


「平気ですよ。ね?似ていなくて当たり前ですから。ね?」

「ああ、僕と四葉は実の兄妹ではないからね。僕は養子なんだ」


明日の天気を話すような気軽さでもたらされた事実にえ、と間抜け面だろう表情で二人を交互に見やる。

確かにあまり似ていないなと思いながら見てはいたけれど…成る程養子か。


「…少し意外です。こう言うのはアレですけど、能力者を養子にとるって…大変そうじゃないですか?」

「まぁ、もっともな感想ですね。僕もそう思いますから」


祈ちゃんの家を見た後だと余計に思う。

一般人にとって能力者とは良くも悪くも未知の存在なのだ。

それに、結局は離れて暮らすことになってしまうと思うと…中々引き取ろうと思える人はいないのではないだろうか。


「普通なら厄介な子供(能力者)に手を出す物好きはいないが…東雲の家は特別だ」

「特別、ですか?」

リスを見つけて追いかけ始めた二菜ちゃんと至くんを横目に…乱暴しちゃダメだよ?

首をかしげた私に四葉さんはゆったりと、しかし瞳の奥がぐっと底なし沼の如く深まったようなうすら寒さを湛えて笑った。


「わたくし達の家は能力者を輩出する一族なのですよ。ね?」


さぁ、と吹いた風に髪を散らされながらパチパチと瞬く。

「能力者って遺伝しないんですよね?」

「その通り。だから養子をとるんだよ」


一族、と聞くと立派な日本家屋に居を構えた由緒正しき血筋を代々繋いでいく…という排他的なものを想像するのだけれど、どうやら違うらしい。


「東雲の一族は能力至上主義なんだ」


曰く、東雲家は純粋な血統は確かに大事にすれど何より能力の有無を重視するお家柄で、その代に能力者が一族から生まれなければ何の躊躇いもなく能力者の養子を取るのだそうだ。

一応一族を名乗る建前として正当な直系の血筋も必ず残すようにしているらしいが、我が子(より)力有る者を地でいく一族なので基本可愛がられるのも当主を名乗るのも能力者である養子。能力が無いなら我が子にすら見向きもしないらしい。


「おかげで一族内での暗殺が酷い事で有名だよ」

「ほほほ、直系が妬みで養子を殺すなんてしょっちゅうですもの。ね?」


そりゃ実の父や母が…言い方は悪いが余所者を贔屓して自分は眼中に無しだなんて態度をとっていたら面白くはないだろう。

まぁそれで暗殺に行き着くあたり一般家庭じゃ無いんだな、と感じざるを得ない。


「なんか良家の闇を垣間見た気分です…」

「格式の高い家なんてそんなもんですよ」

いや、そりゃ多少の闇はあるだろうけど…暗殺騒動をしょっちゅう抱えるお家は現実にはそうそう無い、というかあってたまるか。

私にしてみれば漫画とか物語の中の話だよ。


「ふふっ、それでここからが僕達の話だ」


当代に能力者が何年も何十年も産まれず、養子に取られることになったのが能力者故に産まれてすぐ親に捨てられた四恩さんだったそう。

しかし、四恩さんがすくすくと成長して二歳になったある日…一族に奇跡が起きた。

なんと数百年ぶりに直系へ能力者が生まれたのである。


「それがわたくしです。ね?」


四葉さんは少しの重さも感じさせないような極自然な口振りで、さらりと水を流すようにそう言った。

いやでもこの流れで直系筋の能力者と言うことは…

表情が強張った私を見て悪戯が成功したように目を細め、四葉さんは言葉を続ける。


「ほほほ、御察しの通りわたくし東雲家の次期当主です。ね?」

「付け加えれば、僕が所属している篠ノ目製薬の社長だよ」

「ひぇ」


驚きと恐悚で思わず変な声が漏れ出てしまった。とんでもないお偉いさんじゃないか。

こんな、熊の着ぐるみで登場したり恋人監禁したり人に苺突っ込んだりフルーツサンドの生クリームを口端につけてふわふわ笑ってる人が、当主で社長…事実は小説よりも奇なりというけれど、見た目やイメージだけで人は測れないものだ。


ふと、チリッとした痛みが頭に走る。


思い出すのは、親友とのショッピング中の何気ない1コマ。

〈あ、見て栞里!〉

〈何?製薬会社のインタビュー…?〉

〈あれ!あの人カッコ良くない!?〉

〈あぁハイハイそう言うことね。本当面食いなんだから。えぇと…〉


目線を向けた先。東京の街では珍しくない、ビルに嵌め込まれた巨大な街頭ディスプレイに映っていたのは…


「篠ノ目製薬…」

「おや、知っていたんですか?」

「え!?あ、うん。そりゃ有名だから。私も風邪薬買ったことあるし。…その時はまさか能力者の経営する会社だとは思わなかったけど」

「隠していますから当然でしょう。ちなみに、経営どころか社員にも能力者がちらほらいる筈ですよ」


意外な事実に驚きながら、私はそっと眉をひそめる。

"記録"ではないから絶対とは言えないけれど、私の記憶ではあの時ディスプレイに映っていたのは…


〈では、若くして社長の座につく東雲()()さんに色々お聞きしましょう〉


四恩さんだったと思うのだけど。


「でもわたくし達東雲家も一ノ世とその分家筋に比べれば可愛いものでしょう。ね?」

「…え。一ノ世!?アイツも良いとこの出なんですか!?嘘でしょ!?」

思考に沈みそうだった私は予想外の情報に瞬時に浮上し、おそらく顔全面に信じられないと張り付けて声を荒げる。


「良いとこどころか、血筋で言えば能力者で一番のお坊ちゃんだぞ一ノ世は」

「世も末ですね」

「それには僕も同意見です」


お坊ちゃん…アレが?ただの気分屋で自由人なアレが?

いやでも、あの我が儘っぷりは甘やかされたが故という事なのだろうか?


「あそこはまた別系統で代々続く正真正銘の能力者一族だよ」

「ほほほ、東雲より闇が深いどころじゃありませんけどね。ね?」


クスクスと笑う東雲兄妹がむしろ恐ろしくて、気になりはしたけれど私は深入りをぐっと思い止まった。

知らぬが吉な気がするし、その方が良いと言いたげな雰囲気を周囲から感じるからね。


「お姉さーん!」

私は二菜ちゃんの声にナイスタイミングだと思いながら、キラキラした声を辿って彼女を見る。


「見てください!至くんがリスを捕まえました!!」

「ねぇちょっとコイツ滅茶苦茶噛んでくるんだけど熊ヶ峰のマフラー嫌なんじゃない熊臭いのかもしれないあ違うかゴリラの間違いだよね」

「熊でもゴリラでもないし臭くもないよ!!」


二人は木にでも登ったのか頭に沢山葉っぱを付けながら、まるで獲物を捕ってきたネコチャンのように得意気な顔で駆け寄ってきた。

至くんの手に丸められた二菜ちゃんのマフラーの隙間から、茶色いリスが前歯で生地を噛み締めているのが見える。


かなり怒っているけど怪我はしていなそうだし、二人のキラキラした目を見ると…良くないのだろうけど叱る気力が萎んでしまう。


「ふふ、可愛いリスだね!見せてくれてありがとう。…もう十分だから離してあげて?」

「「はーい」」


苦笑を溢しながらそう言えば、二人は満足そうににまっと笑ってリスを解放してくれた。

この素直さは美徳だよね。

途端弾丸のように走り去る後ろ姿にこっそりごめんね、と謝罪を投げる。


「よし、そろそろ時間だな。戻って午後のトレーニングを始めるぞ」

「「えー」」

「ほぅ?そんなにメニューを増やされたいか」

「至くん!ロッジまで競争しよっか!!」

「お前が小生に勝とうなんて百年早いんだけど身の程を教えてやるからせいぜいひいこらついてきてみせなよ」


先程のリスのような素早さで元来た道を駆け戻っていく二人に、私は堪らず声を出して笑った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



三神side


「…変な女性」


午後のトレーニングメニューが開始され、相変わらず容赦のない七尾先輩のしごきに彼の生徒達は息も絶え絶え。

その合間をさながら運動部のマネージャーのようにタオルやドリンク、果てはカウンターやストップウォッチを持って走り回るその人を目で追いながら、僕はポツリと言葉を落とす。


「綴戯くんの事かい?」

「ほほほ、確かに変わった子ですよね。ね?」


背後から聞こえた声に笑顔の下でしまったなと思いながら、僕は当たり障りのない態度で肯定を返しました。


「よく分からないんですよね。あの人」


本当に。

久夜のお気に入りみたいですから、上辺を取り繕いながら僕にしてはまともに接していましたけど…接すれば接する程に分からない。


「どうして…"ここ"で笑っていられるんです?あの人にとって僕達は…毒じゃないですか」


それこそ僕にとっての女性と同じ。

トラウマ、とでも言えば良いですかね。近くにいるだけで苦しい存在の筈です。


僕は女性が嫌いです。

ろくでもない母親から始まって、その後の人生においても僕にとって毒にしか…害悪にしかならない存在でしたからね。

いえ、過去形は相応しくありませんか。今なお、ですね。


厚化粧で隠された面の裏側にはいつだって毒蛇を飼い慣らし、幸福を腐らせる毒を垂らしながらこちらを飲み込まんと醜く大口を開けている。

僕は産まれてからずっとそのおぞましい生き物に人生を食い潰されてきたんです。


能力者を怪物だと言う輩をたまに見かけますが、僕にとっては女性こそが怪異すら凌駕する怪物に他なりませんよ。


無秩序にクリームを塗ったくったような甘ったるい声も、吐き気を催すほどの欲を孕んだ媚を売る視線も、虚飾にまみれてぐちゃぐちゃしたドブみたいな言葉も、這いずる虫のように拒絶すら意味を成さず皮膚を爛れさせる指も。


何もかもが僕の人生を踏みにじり、息の根を止めんと絡み付き、まるで壊して人形にでもしたいかのように心にヒビを入れていったんです。


あの人にとっての僕達能力者だって、大差無いでしょう。

たった数分、あの能力の暴走の中で見せつけられた"記憶"は…アレが現実だったなどと考えたくない程に惨いものでしたよ。

不幸を比べる気はありませんが、主観を抜いて客観的にアレに敵う禍事などありますかね。


「はい!二菜ちゃん、至くんストップ。一分のインターバルだよ」

「うぅぅぅ…死んじゃいますっ!!!」

「これ本当に手加減されてるのか疑問なんですけど絶対嘘でしょむしろ午前のアレといい今年の方がヤバイような気がします」

「あ、はは…あ、ドリンク飲む?」

「「ください!」」

「ほら次、スクワットだ!準備しろ!」

「ふ、二人共頑張って!」

「「頑張り"ま"す"」」


ですがあの人は…そんな己を蝕む毒の真ん中で今当たり前に立って笑っている。理解ができません。


「…確かに、僕達には分からないね。トラウマに向かい合う、だなんて殊勝な精神は持ち合わせていないから」

「ほほほ、0か100の二択でものを見る能力者からすれば嫌悪を感じる存在など切り捨てて当たり前ですもの。ね?」


僕達能力者の懐は基本的に小さく、自分にとって大切な存在や仲間がいさえすればそれで完結。そんな狭い視界だけで十分なんですよ。

余計なものや嫌いなものは早々に切り捨てて眼中に無いのですから、無理に触れるなんてあり得ません。

まぁ…大人である以上仕事の付き合いは仕方ないですけど。


「でもわたくしは、彼女がそんな"変わり者"で良かったと思います。ね?」

「良かった…ですか?」

「ええ。おかげで助けられた方もいますし、皆どこか明るくなりましたでしょう?しょう?」


確かに、彼女がこちらを拒絶するでもなく向かい合うという姿勢だったからこそ七尾先輩の件も五月雨さんの件も好転しました。

それは誰もが、勿論僕も認める彼女の功績です。


加えて明るくなった、というのも成る程改めて振り返ってみれば納得ですね。

懐いている生徒達は勿論、七尾先輩もご子息に対して吹っ切れたからか生き生きしていますし、五月雨さんなんかは見た目からして別人のようですしよく笑うようになりました。

八丸も護衛に付いていた頃は楽しそうに彼女の話をしていましたし、何より…久夜の変化が大きいですね。

最近の久夜は背中を蜘蛛が這うような気味悪さがありますよ。


「司書さんは…一体何がしたいんでしょうか」


自分のトラウマと同じ形をした僕達を何故助けるのか。生活や待遇を良くしたいが故かと勘繰りましたが、そんな欲はまるで感じません。

僕はそういうものに人一倍敏感な質ですけど、いっそ気味悪いくらいに…こちらに何も求めていない。


まるでそう、"自分の為"のようにこちらへ介入するんですよね。


「うーん…正直そこは僕にも不思議だよ。お礼を言うと逆に不思議そうな顔をされるしね」

「如何なる理由でも、わたくしは彼女の真っ直ぐな姿を美しく思います。ね?…欲しくなってしまうくらいには」

「四葉」

「ほほほ、例えですよ。よ?兄さんだって思いますでしょう?ね?」

「はぁ…無い、とは言わないけど、僕は心からあの姿を守ってあげたいだけだよ。最初こそ同情と興味だったけどね」


この束縛系兄弟に目をつけられた事に関しては憐れに思いますが、まぁ久夜の興味が向いている間は大丈夫でしょう。

彼、玩具を取られるの嫌いですからね。

大暴れするのが目に見えているのに行動を起こす程この人達は愚かではありません。


「とにかく彼女の事は難しく考えず、ただ見守ってあげたら良いと思うよ。僕は」

「見守る、とは…僕にとっては難しい事を軽々しく言いますね」


人当たりのいい笑顔を浮かべながら、しかし声も瞳もこちらを深く見透かすような色をしている。この人は相変わらず食えない人だ。


「ほほほ、そうでしょうか?ね?」

いえ、この人()は、ですね。


「彼女を見る目。いつも女性に向けるソレとはまるで違いますでしょう?ね?」

「それは…」


僕だって、驚いていますよ。


〈おや、残念ですね。仲良くしたいだけなのですが〉

〈そんな気微塵も無いクセに、よく言う!相っ変わらず薄気味悪い…っ〉


初めて会ったあの日、そう言って歪められた司書さんの顔は深く重くマグマのように煮えたぎる負の集塊を湛えた表情で…まるでいつかの日に鏡を睨み付けた先にいた自分を見たような気分だったんです。


あんな顔をした女性を僕は始めて見ました。


嘘も打算も下衆な下心もなく"お前は嫌いだ"と本気で告げるように、すっぴんのまま真っ正面から叩き付けられた感情。

理解ある仲間は例外として、見栄えよく整えられたその下で醜悪な欲を垂れ流す人しか知らなかった僕にとって相当な衝撃でしたね。


ですから、生理的な嫌悪はあれど心から突き放す程でもなく…仲間以外の女性と合宿という普段なら役目を放棄して逃げるだろう状況でも、こうして様子を見ていられるのです。


しかしそうして見れば見る程…僕が守る孤児院の子供を見ているような気分になって落ち着かないんですよね。

大人に怯え、憤り、孤独に震えながら、それでも温もりを求めて寄り添わんとするあの子達に。そして何より、僕自身に似ているようで。


だからどうにも分からない。

嫌いですけど放っておけないのです。


少なくとも、他の女性に思うように目の前から消え去れとは思えなくて、むしろ目で追う始末。そんな自分に戸惑うばかり。


あぁもう。とにかく、調子が狂うのですよ。

久夜達とするような軽口を叩き合うくらいにはどうかしているんです。


「ふふ、焦らなくて良いんだよ。彼女だって時間が必要なんだしね」

「わたくしは早くあの美しいものをぎゅっとしたいですけど。ね?」

「四葉」

「腕に閉じ込めるくらいは許されますでしょう?しょう?」


またバチバチと睨み合うお二方から目を逸らし、10分間のプランクという地味に辛いトレーニングをする生徒達へエールを送っているあの人をぼぅっと見つめる。


駆け引きなど知らぬ存ぜぬで、喜びも怒りも嫌悪も感謝も包み隠さずこちらへぶつける彼女の…


〈ぷっ、あははははは!!〉

〈…ありがとう〉


あの笑顔は、悪くありませんでしたね。


「九重!体下がってるぞ!!」

「きゃははは!至くんださーい!」

「ぐぅ…!小生がこの体力馬鹿と一緒のメニューとかおかしくないですかどうですか」

「綴戯、応援してやれ」

「え!?あ、至くん!頑張って!」

「頑"張"り"ま"す"…」

「あー!ずるい!お姉さん二菜にもお願いします!」

「あはは…二菜ちゃんも頑張ってね!」

「はわわわ!頑張ります!」


賑やかですね。本当に。

庭ではしゃぐ犬でも眺めるように表情を緩ませていた四葉さんが、ふとゆるりと首をかしげて四恩さんを見る。


「ほほほ、彼女も一緒に参加させてはどうでしょうね?ね?」

「ダメだよ。絶対に無理はさせられないんだから」

「過保護過ぎませんか?」


いやにキッパリ否定する四恩さんにさすがにどうかと思いながら眉をひそめると、彼は苦々しい表情を浮かべながら額に手を当て、深く息を吐きました。


「…彼女はね、ブレーキが壊れているんだ」

「ブレーキ、ですか?」

「例えばさっき、彼女は自分が相当な無茶をしたことに気付いていなかっただろう?普通の能力者なら死ぬ、と本能が警告するけれど、彼女にはソレがなかったんだ」


確かに自分の限界を感じ取れない能力者などいませんね。

能力を使いこなせない子供にだって踏み越えてはいけないラインくらいは察せますから。

いや、それは一般人も変わらないのでは?

だって例えば水中で息を止めていたら苦しい、これ以上は無理だって分かります。

能力の枯渇だって似たような感覚なんですから…そうだ、本当におかしい。


四葉さんも僕と同じところに行き着いたのか、ぐっと細めた瞳に険を宿して四恩さんに続きを促しました。


「彼女にとって、死は止まるべき障害にならないんだよ」


ひゅ、と嫌な音をたてながら空気を飲む。

そんな馬鹿な話と笑い飛ばせない場所に彼女はいたのだという現実を思い出し、暑い筈の夏の空気がまるで幽霊でも通ったような冷たさでもってすぅ、と背を撫でます。


一度死の門を突き破ってしまったあの人のブレーキはきっと、その血を浴び続けて錆び付くしかなかったんでしょう。


「七尾くんの件で傷だらけになって帰って来た時も感じてはいたけれど、決定的だったのは先日の開示拒否だ」

「開示拒否ですって!?兄さんそれは本当ですか!?ね!?」


僕も、初耳なんですけど…

"記録者"が開示を拒否するなんて、それ即ち制約違反の筈です。場合によっては死に至るレベルのペナルティがあるそれを、やったんですか?あの人が?


「彼女は、一度死んだそうだよ」

「「は?」」

「彼女は自分の思いを完遂するためなら死すら通過点にしてしまうんだ。…そうあるしか無かったんだろうけどね」

「…恐ろしい子です。ね?」

「…意味分かりません。能力者より精神おかしいですよ」


やたらと四恩さんが気に掛けていた理由が分かりましたし…最近異常に久夜の機嫌が悪い日があった理由も分かった気がします。

あの日は名前呼んだだけで殺されそうになりましたからね。事実肋骨2本秒で折られましたけど。


「ほほほ、ちなみに…理由は何だったのでしょう?ね?」

「あぁ後々七尾くんに聞いたら…」


まったく頭が痛いと苦笑する四恩さんから放たれた言葉に思わず四葉さんと揃って顔をひきつらせながら、僕はわぁわぁと騒がしい…しかし日溜まりのようにほのかに暖かく眩しい集団を見つめました。


「…本当に、とんでもなく変な女性だ」


でも、ああ、成る程。

久夜が気に入る訳ですよ。これ程面白い存在はいませんからね。

僕も少し興味が湧いてきました…なんて、言ったりしたら皆ひっくり返るでしょうかね。

同期連中は反応が大層面倒くさそうですし、十三束に至っては避難セットを持ってくるでしょうから言いませんけど。


まぁ、今後は"女性"というレッテルを少しばかり剥がして見てみることにしましょうか。

司書さん、いえ、綴戯さんを。



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