8章:合宿1
合宿編スタートです。
栞里ちゃんと言うよりは能力者メインになります。かなり長いですが、お付き合いいただけたら幸いです。
7月の終わり。
吸い込まれそうなくらい深く美しい青の中で、まるでこちらを手招きするような白がむくむくと水平線から伸びている。
そんな風景に色を添えるのは生命力をそのまま映すような濃い緑色に染まった木々の葉と言葉通り雨のように降り注ぐけたたましい蝉時雨。
「…」(げっそり)
「い、至くん大丈夫?座っ…ても変わらないだろうけど、座る?」
「きゃはは!!至くんは毎年こうなので気にしなくていいですよ!」
二菜ちゃん、そんなベシンベシン叩かないであげてね。今の至くんすぐ折れちゃいそうだから。
私ですら五月蝿く感じるのだから耳の良い至くんには堪らないだろう。
そんな、『転移』するなり一瞬でHPを奪われたように窶れた至くんに驚きながらも、私はチリチリと鮮烈に網膜へ焼かれていく景色に感嘆の息を溢した。
長野県某所の山奥。
能力者の所有地らしいそこには生き生きとした自然と立派なロッジがある。
こんなところにいる理由…そんなの、1つしかないよね。
「こら、お前達。遊んでないでさっさと荷物置いてこい。合宿はもう始まってるんだからな」
「はーい!ほら、至くん行くよ!!」
「…」(…コクン)
そう!今日こそは皆が待ちに待った合宿の始まりである。
二菜ちゃんも至くんも凄くワクワクしながら指より数えてこの日を待っていた。
でもこれ、私が昔経験したようなのんびりで和気藹々な普通の合宿じゃなくて、戦闘強化合宿なんて物騒な名称の合宿なんだよね…
テストのご褒美でいつもよりメニューは手加減してくれると聞いていたけど…大丈夫なのだろうか。主に至くん。
フラフラな彼とは対称的に二菜ちゃんの方はいつにも増してハイテンションなんだけどね。
跳ねるように歩く姿はまるで兎のようで可愛らしい。うん、元気でなによりだ。
さて、のんびり二人の背中を見送っている私は荷物を置きに行かないの?って話なのだが、実はこれには深…くもない理由があった。
簡単に言えば私、今手ぶらなんだよね。
いや、勿論荷物はあったんだよ?ここに来る直前までは、だけど。
着替えもケア用品もちょっとした日用品もまとめて二菜ちゃんから借りたボストンバッグに入れて、いざ校庭で『転移』しようとなったその時…当たり前のようにそれは私の手からかっ拐われたのだ。
「綴戯くん、荷物は置いておいたからね。君は一番奥の部屋だよ」
「ありがとうございます。すみません東雲さん…」
にこにこと木々と共にマイナスイオンを出していそうなこの彼、東雲さんに。
なんかもう鮮やかというかスマート過ぎて反応出来なかったよね。
元々東雲さんの参加は予定に無かったのだけれど、急遽合宿の手伝いをしてくれることになったらしい事は昨日七尾さんから聞いていた。
詳しくは知らないが、少しでも大人の目を増やしたいとか…取り敢えず一ノ世の唐突な指示らしい事は知っている。
七尾さんが疲れで+五歳くらいは老けたような顔で言っていたからね。
東雲さんの事の他に急に合宿場所も変えられたらしく、あらゆる書類の書き直しや調整が間に合わず徹夜だったらしい。
毎度お疲れ様です。
とはいえ東雲さんは能力者側で製薬など医療を担う中々に重要な役職についており、一般人側とのやり取りが頻繁にあるため一日目だけの参加だそうだ。明日は大手メーカーとの会議と聞いている。
「ふふ、構わないよ。一日しかいてあげられないからね。存分に頼っておくれ」
「いえ…一日しかいられないくらいお忙しい人に頼るのは気が引けます」
「駄目だよ。無理して怪我したり倒れたらどうするんだい?」
「いやいやいや!本当に大丈夫ですから!」
にこにこ顔は変わらぬままに別ベクトルのマイナスな空気を醸す東雲さんに思わず顔をひきつらせた。
この間あのお偉いさんの家でやらかしたせいか、最近東雲さんの過保護っぷりが凄いのだ。
毎日レベルで健康診断ついでに生活調査が入って不摂生絶対許さないマンが爆誕し、普通の食事が食べられるようになってからはご無沙汰だった東雲さんプロデュースの栄養バランス完璧な食事メニューが再来し、たまたま掴んだ私の腕の細さに宇宙ニャンコになったと思いきや骨折シチャウ!と鳴いて赤ちゃん用プレイルームかな?って感じのふわふわ柔らかな部屋に図書室を改築しようとするモンスターなママンに進化しかけたり…
七尾さんが止めてくれなければきっと彼はヤバい道を爆走していたに違いない。
そのくらい私の"アレ"がショックだったって事は分かったし、悪いことをしたと反省もしたけれど…
それでもこれは予想の斜め上過ぎじゃないか?
と思ったが、七尾さん曰く東雲さんは目をかけている生徒や知り合いに関しては度々こういう暴走をするらしいのだから能力者の精神って改めてヤバいと思った。
まぁ私がとりわけ弱っちいのも原因なんだろうけど。
今は七尾さんの説得で何とか元の東雲さん&元の生活に戻れたが、それでも過保護さは未だに残っているんだよね。
別にボストンバッグ持ったくらいで骨は折れないぞ。
さて、そんな東雲さんの他にもう1人一ノ世に巻き込まれた人がいた。
チラリとそちらへ目を向ければジリッと走る赤いノイズと脳が焼かれるような熱を感じて気持ち悪くなるが、森の香りを肺に詰め込むことで何とか耐える。大自然のおかげで気分がいつもより穏やかだからか、幸いにも"記録"は出てこなかったのでホッとした。やはり精神の健康って大事だ。
深呼吸の後再度その、少し森に入った所の切り株の上でちんまり体育座りする人物を見やる。
「…」
「三神、気持ちは察するがいじけてないで戻ってこい」
炎どころかキノコ出しそうなくらいどんよりした三神がそこにいた。
彼の周りにだけ梅雨前線が残っているように湿っぽく鬱陶しいが、ここにいる経緯を聞けばそれを咎める気にはならない。
「三神くん、確か代理なんだってね」
「ええ。元々は一ノ世が来る予定でしたが、何かやらかして後始末やらに追われたらしく…代わりに」
「アイツはトラブルを起こさなきゃ死ぬ病にでもかかってるんですか?」
呆れ混じりに毒づきながらも内心ほっと胸を撫で下ろす。
一ノ世と合宿なんて楽しむどころじゃない。
二菜ちゃん達の戦闘強化合宿と同時進行で私のメンタル強化合宿が開始されるところだった。難易度がナイトメア級過ぎる。
三神には悪いが私は助かったぞ。
「僕のハッピー孤児院ライフの予定がっ…」
「は、ハッピー孤児院ライフ…?」
「丁度今頃に子供達とサマーパーティーを予定していたらしいぞ」
「ああ…それで落ち込んでいるんだね。なんと言うか…間が悪い子だ」
「久夜のとばっちり全部僕に来るのなんなんですかね」
「同期の宿命だな」
「オッケー司書さん、いい縁切りの神社教えて下さい」
「私はGogolじゃない」
王子フェイスなどクソ食らえと言わんばかりに顔をしわくちゃに歪め、ぶつぶつ一ノ世への呪詛を吐く三神は今にも近くの木に藁人形を打ち付けそうである。
「三神くん、苦労しているんだね」
「同情するなら暇をください!!」
「何言ってんのこの人」
「綴戯、そっとしといてやれ」
とは言えきちんと役目は果たすつもりらしく、文句を言いながらも七尾さんが打ち合わせをすると声をかければ渋々腰を上げ、キラキラな外見を裏切る負のオーラを背負いながらこちらへやって来た。
「大体、久夜は心配し過ぎではありませんか?司書さん含めて大人五人も引率につけるなんて」
「まぁアイツなりに思うところがあるんだろう。他の学年にも無理やり二、三人はつけてたみたいだしな」
私は五人という三神の言葉に首をかしげる。
えっと、今いる大人と言えば…七尾さん、東雲さん、三神、それに私の四人だけじゃないだろうか?
キョロキョロと辺りを見渡してもそれらしい人影は他に見当たらず、代わりに東雲さんと目が合った。
「あの、もう一人誰かいるんですか?」
「ん?あぁ…そういえば見当たらないね」
「来る時いたか?」
「さあ?僕は気にしてませんでしたね」
「いや事前の確認くらいしましょうよ…」
誰一人気にしてないので分からないという圧倒的能力者クオリティにドン引きである。
人数確認は基本中の基本だし、そもそもメンバー少ないんだから見れば分かる筈でしょうに。
これ、遠足なんか行ったら絶対何人か行方不明のまま放置になるやつだよね。
うーん…能力者だから、で流せるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
と、連絡をしようかと端末を取り出す七尾さんの向こうでがさりと茂みが揺れ、瞬間皆にピリッとした緊張が走った。
何事かと目を白黒させる私は気付けば三神の背に庇われており、この空気に気圧されながらガサガサと揺れが激しくなるのを見ている事しか出来ない。
まさか怪異なのだろうかとごくりと生唾を飲み込むと揺れはピタリと止まり…次の瞬間ぬっとソレが姿を表した。
「…」
「え、と…?」
茶色くまぁるい頭部に同じく茶色の、少しすらりとした胴体。
頭には可愛らしいカマボコ形の耳がちょんちょんと乗っかり、顔には真っ黒でつぶらな瞳がツルリと艶めいている。
「く、ま…?」
「くまだな」
「くまだね」
「くまですね」
そう、その様相は誰が見てもくまさんだった。
うんうん、自然豊かだもんね…じゃなくて!!
"熊"じゃなくて"くまさん"。
あえてニュアンスを変える理由はその見た目の可愛らしさと言うかチープさと言うか…
つまるところソレは…着ぐるみであった。
本物の熊に遭遇した時とはまた違う系統の恐怖を感じるのだけど、何故か皆は警戒を解いて和やかムードに戻ってしまっている。
「あ、あの…アレ大丈夫なんですか?不審者とかじゃ…」
「あー、大丈夫だ。綴戯、たぶんそれは…」
七尾さんが何か言おうとソレに目を向け、私もつられるように再度視界に捉えたその時。
「…くま、お好きでない?ない?」
「…へ?」
質の悪い録音を再生したかのようなくぐもった声がゆったりとソレの動かない口元から発せられた。
「しゃ、しゃべった…」
「くま、お好きでないのですか?か?ピンクの小さなあの子と仲が良いでしょう?しょう?」
「いやあの、二菜ちゃんは好きだけどくまは別に…」
ただ名字に"熊"が入ってるだけで何故その解釈に至るのか甚だ疑問であるが、だからこそたぶんいや絶対能力者だと思う。
「あらま、わたくし失敗ね。ね?」
「と言うか中身はどちら様で…?」
「まったく…いい加減顔見せたらどうだい、四葉」
四葉。聞き覚えのある名前にまさかと思い、無意識に一歩後ずさる。
そんな私を被り物の奥で見つめ、心なしかしょんぼりしながらもくまは頭部に手を添えた。
「わたくし、あなたを怖がらせなくないのですよ。よ?」
「…え?」
「体、震えてますでしょう?しょう?」
「っ…」
指摘され、私は咄嗟に己を抱き締める。
確かに震えている体を自覚した瞬間、心の隙間に容赦なく入り込んだ"記録"が眼前に広がる緑の森を枯れ果てた死の世界にすり変えた。
そこには体が原型も分からないくらいぐずぐずに変形した数多の人だったものがうず高く山のように積まれている。
そんな見た目最悪なモノのてっぺんには、どこを見ているのかよく分からないイッた瞳をふんわりと緩ませる人影が一人だけ座って足を揺らしていた。
《ほほほ、今日もわたくしは沢山の人を救いましたね。ね?さすがはわたくしですね。ね?》
訳の分からないことをつらつら述べるソイツに酷い嫌悪感を感じて腹底でぐるぐると気持ち悪さが渦巻くが、両足を壊された私にはこの場からの退避など出来ようもない。
《あらま、どうしてそんな顔をするのでしょう?しょう?もう皆苦しまなくていいのですから、わたくしは素晴らしい行いをしたのですよ。ね?》
まるで褒めてほしいとねだる子供のように期待を滲ませるその口調と仕草に怒りを感じ、痛みを押し殺しながら吐き捨てるように言葉を絞り出した。
《…真っ先に自分の頭でも『回復』させるべきだね》
ぎゅるん、と虚空に向いていた両眼が私を確かに捉える。
光の灯らない砂色の瞳が、こちらを丸呑みにしようとするみたいに深い緑の中で開かれていた。
《何故?わたくしは優秀ですよ?よ?だってそうでなくてはいけないのです。だから立派でしょう?ね?そうだと言って?》
《…》
もはや言葉は無意味だろうと口を閉ざす。
どうせこの後の結末など何をしても変わらないのだから。
《可哀想に。あなたはおかしくなってしまったのですね。ね?なら、わたくしが何度だって救ってあげましょう。ね?》
《…っう"ぁ"!?ぐ…ぁぁぁぁぁぁ!!》
ソイツの手から漏れる優しげな能力の光はしかし、確実に私の体を蝕んで壊していく。
この『回復』の能力は傷へ直接作用して修復するのではなく、細胞の生命力を活性化させて修復能力を爆発的に上げるもの。
それが過剰に施されればどうなるか?
ぼこり、ごぽり、ぐちゃりと無秩序に増えた細胞が体を変形させ、そして次々とエネルギーを使い果たして死んでいく。最後は体全部のエネルギーが無くなって枯れ死ぬのだ。
他の能力者のように血肉飛び散るスプラッタではない。
しかし、全身をじわじわ破壊されていく苦痛と恐怖はいっそ早く殺せとさえ思うくらいには苦しかった。
「綴戯くん!」
「綴戯!!」
「…ヒュ!?ふ…はっ、あ…?」
両頬を包む手の暖かさと背中に添えられた手の安心感。そして私の名前を呼ぶ声に、"記録"の悪夢がかき消される。
どっと耳に入った蝉達の声が生きているぞと主張するように叫び、まるでしっかりしろと叱責されたようだった。
「す、みませ…」
「…落ち着いたか?」
「…はい。もう…大丈夫です」
「綴戯くんすまない。君の心の準備も待たずに僕が無神経な事を…」
泣くのではないかと思うくらいに眉を下げて悲痛な顔をする東雲さんを安心させるように、笑みを張り付け緩く首を横に振る。
そして今度はしっかり気合いを入れてからその人に向き直った。
「やっぱり止めましょう。しょう?わたくしはあなたを苦しめたくないのです。ね?」
「…いえ。大丈夫です」
カコン、と傾げられたくま頭にキッパリ否定を返し、両手で小さく握りこぶしを作りながらいっぱいに息を吸って思いを叫ぶ。
「一ノ世よりは、全然マシなんで!」
あれ、ちょっと台詞ミスったな。思わず本音が…
ぐわん、と広がった音はすぐに草木に呑まれ、ぽかりと穴が空いたような静寂が私達の間に流れたが、それはすぐに弾けるような笑い声に払拭された。
「んっくくく!!」
「っははは!!」
「っふ!!あなた、ふふ!久夜に噛み付かないと死ぬ病にでも罹っているんですか?ふふふ!!」
「…当たらずとも遠からずかもしれない」
「久夜相手にイイ性格じゃないですか!面白くて嫌いじゃないですよ、ふふふ!!」
あまり嬉しくもない評価をいただきながら、私は気を取り直して元々言いたかった言葉を言い直すべくこほんと誤魔化すように喉をならす。
「と、とにかく!きちんと向かい合わせてください。私、"こちら"では逃げたくないんです。お願いします」
真っ直ぐそう言い切ればくまさんは困惑の気配を着ぐるみの隙間から滲ませて、悩むように腕を組みながら体をくねらせた。
動きが若干気色悪いのは今指摘するべきではないだろうからぐっと堪えたよね。
「…うん。よし。分かりました。脱ぎましょう。ね?」
結論が出たらしく動きを止めたくまさんは、肉球と爪を模した飾りがついた両手で頭部を挟むように持ち…
「ぷは」
それはもうあっさりと脱ぎ去ってぽーんとくまさんヘッドを森へ放り捨てたのだった。
不法投棄反対。
ついでに森の中にくまさん(頭部のみ)が転がってるのだいぶ怖いぞ…後で回収しとこ。
逸れた注意を戻してその人を見れば、緩くウェーブのかかったイエローの髪をポンパドールにした私の知る姿そのままで…
「改めまして、わたくし東雲四葉です。あまり顔は出せていませんけど一応は中等部の養護教諭です。よろしくお願いしますね。ね?」
しかし私が知る"アイツ"よりもずっと落ち着いていて柔和な雰囲気を持つ…綺麗な人だった。
「大丈夫でしょうか?ね?」
遮る物も無くなってクリアに届く声は特段高くも低くもないしっとりとした音で、どこか夜露に濡れる森を思わせる。
同じく森を連想させる深い緑色と砂色の色合いを持つその瞳は淀んでおらず、きちんと真っ直ぐに私を映した。
あぁ、"アイツ"とは違う。
木にぽっかりと空いた虚のように空っぽな声でも瞳でもない。
それだけでも"違う"と分かれば十分で、私は緊張をほどくように細く息を吐いてから微笑みを浮かべて頷いた。
「…はい。大丈夫そうです。私は、ご存知でしょうが綴戯栞里といいます。あの…以前『回復』で傷を治していただいたみたいで…遅くなりましたがありがとうございました」
漸くあの、ナイフ男につけられた傷を治してもらった時のお礼が言えたよ。
ずっともやもや燻っていた後ろめたさの薄霧が晴れたような心地のまま頭を下げる。
「気にしないでください。わたくしが…あんな酷い怪我を見ていられなかったのですから。ね?あれから体は大丈夫でしょうか?か?」
「あー…ははは」
つい最近死にましたとは言えず、曖昧な表情を張り付けて返事を濁した。
東雲さん…ややこしいな。四恩さんと七尾さんから漂う空気がまるでドロリとした液体のように重く冷たいから、この話題は極力避けたいのである。
二人のただならぬ様子に不思議そうな顔の三神は何も知らないのか知ってて関心が無いのか…まぁどっちでもいいのだけれど。
「と、取り敢えず!今後ともよろしくお願いします」
「…ちっさいね?」
「ん??」
再度ぺこりと頭を下げた私の頭上に中々に失礼な呟きがポトリと落ちる。
姿勢を戻してみれば、いつの間にか少しだけ距離を詰めていたらしい四葉さんが口元にくまさんハンドをあてながらまじまじと私を見つめていた。
どうでもいいけど美人所々くまさんな視覚情報がややこしい。
「最初の"アレ"を見た時も傷だらけの時もわたくし余裕がなかったので気付きませんでしたけど…兄さんが気に掛けるのがよく分かります。ね?」
「そうだろう?どうにも目が離せないんだよ」
「私は子供ですか」
別に私って特別小さいわけじゃないと思うのだけれど…むしろ一応女性の平均値くらいだし、二菜ちゃんよりは少し大きいぞ。
「貴女は筋肉の付き方も他方面も控えめですし、子供体型ではありますよね」
「は????」
「こら、三神くん」
絵に描いたような笑顔をぺたりと張り付けて私を頭から足先にまでさっと目をやった三神は、ある部分で薄く開いていた目に若干馬鹿にするような光をちらつかせてそう言った。
自意識過剰でなければコイツ、人の胸元見て笑ったぞ?いや、嗤ったぞ??
「おや、失礼。気にしていましたか?僕からすれば視覚的女性要素が少なくていいと思いますよ。んふふふふ!」
「…最っ低!!!」
くふくふと笑みを溢す三神にぎゃん!と怒鳴りながら、さすがは一ノ世の同期だと思う。
類は友を呼ぶって言うよね。
まぁ、性格が悪いだろうことは初対面の様子や"アイツ"の雰囲気で察していたけどさ…
と言うか、一ノ世も八丸くんも三神も同期全員で私の胸をからかってくるのなんなの?
お前らには別に不都合無いじゃないか。
切実にそっとしておいてほしい。
ここでよくある呪文、まだ成長するから!が使えたらどんなによかったか。年齢的に厳しいのも分かってるし、ほら…不老不死のシステム的な問題がね…チッ。
ところで七尾さんが慰めてくれるのは大変ありがたいのだけど、このタイミングで子供にするように頭ポンポン撫でるのは止めていただきたい。更に三神の笑いを誘う結果になってるから。
と、私が奴の言葉にムッとしている間にも観察するように周りでうーろうろと体を動かしていた四葉さんがうーん、と難しい顔で呻いた。
「見れば見る程心配になりますね。ね?日常生活大丈夫なのでしょうか?ね?転んだら折れちゃいますでしょう?パキッて。ね?」
「いやそんな骨粗鬆症じゃないので…」
どこのおばあちゃんかな??
皆想像の中で私の骨を小枝のように折るの止めてくれないだろうか。
そりゃ、あのナイフ男に蹴られた時は確かに折れてたけれど…あれは私じゃなくても折れただろう威力だった。
つまるところ、私の骨の強さは一般的の筈だ。
「ふむ。やはり四葉もそう思うかい?」
「ええ。兄さんも日々心配で心配でたまりませんでしょう。しょう?」
「あの…」
「うん。だから安全な場所に閉じ込めたほうがいいかと常々思っているんだよ」
「わたくしは賛成ですね。ね?兄さんは色々と道具も持っていますし」
「ちょ…まっ…」
「勿論常備しているけど、場所がね。さすがに学園の保健室は心もとないよ」
「そうだ、丁度使っていない東雲の屋敷が学園近くにありますでしょう?ね?」
「あぁ、あそこはいいね。セキュリティも…」
「ストップストップストップ!!この話止めましょうか!ね!!」
物騒極まりない会話を失礼承知でぶった斬る。
息ぴったりで流れるように監禁計画組み立ててくるじゃん何この人達こわ。
と言うか四恩さんの常備してある色々な道具って何??あの引き出し…手錠と鎖以外に何が入ってるのだろうか。
深淵とこんにちはしそうだから絶対覗かないけど。
「ふふ、冗談ですよ。たぶん」
「ええ、たぶん冗談ですね。ね?」
「まったく説得力無いんですけど…!」
雰囲気はどこか違えど、同じようにニコニコと笑みを浮かべる二人にひくりと口の端をひきつらせた。
助けを求めるように七尾さんへ視線を向けると、彼は困ったように視線をうろつかせて頬をかく。
「あー…綴戯、実は四恩さんも四葉さんも恋人監禁してフラれるタイプでな。と言うか実際二、三回やらかしてる」
「うっわぁ」
アウトー!
まさかの前科ありで、しかも一回じゃないという衝撃の事実に全私がドン引きである。
この人ら肩書きどっちも保健室の先生なんだよね?色々大丈夫なんだろうか。
「所謂束縛系ですね、ふふふ。司書さん、御愁傷様です。ふふっ」
「変なとこ似ないでほしい…と言うか三神、面白がってるでしょ」
「当たり前じゃないですか」
なにそのキリッとした表情腹立つな。
そんなところだけ王子フェイス使わないでよ。
取り繕うつもりすらないいっそ清々しい性悪をジトリと睨むと、三神の向こうでぴょこんと跳ねる人影を見つけて思わず表情をぱっと明るくした。
「お姉さーん!ただいま戻りましたー!」
「待ってたよ二菜ちゃん至くん!!!」
やったね救世主が来てくれたよ!
私は迷わず二人の方へ駆け寄ると、そのぽかぽかした雰囲気にホッと胸を撫で下ろす。
夜の森で道に迷っていたのを救われたような気分だ。
「はわわわわ!お姉さんに熱烈歓迎されちゃいました!!えへへー!」
「…」(ニコニコ)
二人揃って学園指定の青いジャージの袖でにやける口元を隠しながらぽこぽこと花のエフェクトを飛ばす。可愛い。
ちなみにこのジャージの生地は特殊らしく、こんな普通の見た目に反して防刃防弾仕様という軍隊も真っ青な代物だ。
制服にも使われているそうだけれど、本当に能力者の技術力が謎過ぎる。
きっと研究が"世界"っていう変わり者がいるのだろう。
と、癒されている私の背後で不穏兄妹のやり取りが聞こえてきた。
「おや、フラれてしまったね。残念だ」
「ほほほ、ドンマイですね。ね?兄さん 」
「おや?何自分は無傷って顔をしているんだい?四葉も同類だからね」
「はて?」
「うん?」
えーと…なんか急にピリピリしだしたぞあの人達。
そっと振り返ればどちらも微笑を湛えてお互いを見ているが、その実目が笑っていない。
七尾さんと三神が苦笑の中にまたか、みたいな呆れを滲ませているところを見るに珍しい事じゃ無いのだろう。
仲良いのか悪いのかよく分からない人達だな…
七尾さんが切り替えるようにふぅと小さく息を吐き、東雲兄妹を放置したままこちらへ歩み寄る。
どこかピシリと緊張が走ったような空気に、二菜ちゃんと至くんがさっと横並びに並んで姿勢を正した。
何かあるのだろうと思い三人から数歩離れると、七尾さんが草臥れリーマンな見た目からは想像つかない真っ直ぐ力ある声を山全体を揺らさんばかりに響かせる。
「これより、夏の戦闘強化合宿をはじめる!準備はいいな!お前達!!」
場所が場所なら山びこになって返ってくるだろうそれに二人はピッと綺麗な敬礼で応え、負けじとばかりに声をあげた。
「はい!!」
「…」(コクリ)
「九重!合宿中はきちんと声を出せ。それも訓練だ」
「…はい!!」
そんな感じで、合宿一日目は始まりを告げたのである。
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NO side
日本の某所。
街中には夏休みを謳歌する人々が行き交い、一歩歩く毎に鳥達が一斉に飛び立つようなざわめきが鼓膜を揺らしていた。
そんな明るい世界の中に、ぽたりと一滴の墨を落としたかのような黒がゆったりと人の波を避けながら揺蕩っている。
色も確かに黒いがそれだけではなく、滲むような気味悪さがかさこそと這う虫のようにそこにあるのだ。
「いやぁ、酷い人混みダネ!南極海より泳ぎ難イヤ!」
「ジョークのつもりなん?そも、南極海泳いだら死ぬよん」
「…酔った。気持ち悪いし」
「確かに死にそうだ」
「haha!自分の故郷ナノニネ!」
いかにも怪しい集団ですと言わんばかりにローブに身を包んだ彼らだが、誰一人としてそれを気にする者はいなかった。
当然だ。周囲の皆には"見えていない"のだから。
「しっかしこの"バッチ"は凄いよん。こっちの技術力も馬鹿に出来ないよん」
「…こっち、共存のためだし」
「いやぁワレワレにはない発想ダヨネ!」
「だが、コレは試作品なんだろう?大丈夫なのか?」
「触れられなきゃ大丈夫ダヨ!」
「…フラグ立てんなし」
泳ぎ慣れた魚のように器用に人を避けながらそう酷く楽し気に会話を交わしていたその集団は、ふとビルに掲げられた街頭ディスプレイに目を向ける。
そこでは程よく名の知られたアナウンサーがここ数日世間を賑わせているニュースを感情を廃した声で読み上げていた。
〔次のニュースです。未だに犯人の捕まっていない無差別連続殺傷事件に新たな被害者が出てしまいました。場所は…〕
集団が揃って顔を見合わせてパチパチと瞬いていると、すぐ近くを女子高生くらいだろう年頃の少女達が写真に映えそうなキラキラした飲み物片手に通り過ぎていく。
「こっわ。今度の現場すぐ近くじゃん」
「つーかこれで何人目?警察ちょー役立たず」
「マジそれな。あ、でもさ。怪異事件って噂もあるっしょ?」
「なら能力者、だっけ?怪異倒してるとか言うよくわかんねー連中。早く動けっての」
「もう誰でもいいから犯人捕まえて」
そんな会話を繰り広げ、しかし次の瞬間にはその話の跡形もなく流行りの店の話題に移った彼女達。
ざわざわとした雑踏に消えた後ろ姿を見送りながら、集団は肩を震わせた。
「いやぁ、怖イヨネ!」
「I totally agree!とっても怖いよん」
「…めっちゃ怖いし」
「怖い怖い」
言葉とは裏腹にケラケラクスクスと馬鹿にするように笑っていたのがいけなかったのか、一人にドン、と何かにぶつかったような衝撃が走る。
よろけはしなかったがふぁさりとフードが取れ、中から透けるような白の髪ときょとんとした顔が姿を見せた。
「チッ。前見て歩けよ」
ぶつかった男が睨みながら吐き捨てるようにそう言えば、彼はへにゃっと柳眉を下げて謝罪を口する。
「sorry!ごめんなさイネ」
ふん、と鼻を鳴らした男はふんぞり返りながら、一歩、二歩、彼とすれ違うその刹那。
ス、とその突き出た中年腹に一本の線が入り、上半身がずるりと"ズレた"。
「…は?」
「haha!そっちこそ前見て歩かナイト…死ぬよ?」
一陣の風が吹くともうそこに彼も他のローブ集団もおらず、残ったのは立ち尽くす男のみ。
そんな男に道行く誰かがとん、と軽くぶつかると、まるでスローモーションのように上半身は傾いていき、夥しい量の赤がまるで湧き出るようにびたびたとこぼれ落ち、そして…
「き、きゃああああああああああ!!!」
絶命した男がばちゃりと己の血の海に横たわった時には、街は恐慌状態に陥っていた。
それはまさしく今しがたニュースで騒がれていた無差別連続殺傷事件の、新たな被害者が現れた瞬間だったのである。
逃げ惑う人々の豪雨のような足音とサイレンのように響き続ける悲鳴。
それをまるでBGMよろしく聞き流しながら、いつの間にか怪しげな集団はじめじめした暗い路地道を悠々と歩いていた。
「はー疲れたよんFucking boss。いい加減給料増やせよん」
「haha!助かっタネ!Thanks!」
「…爆速でフラグ回収すんなし」
「嫌な予感はしてたがな」
「いやぁやっぱり触るとダメだっタネ!」
あれだけ惨たらしい非日常を生み出したとは思えない気楽な声がまたもケラケラクスクスと嗤い、弾むような足どりで薄暗がりを踏みつけていく。
「あーあ!全く日本は鬱陶しいヨネ!わざわざワレワレが避けてやらないといけないなんテサ!」
はだけたフードはそのままに整った顔立ちを晒した彼が不満気に文句を言うと、彼をクソ上司と罵った人物が仕方ない奴だと言いたげにひょいと肩をすくめた。
「そういうアトラクションとでも思えば良いんだよん」
「障害物競争みたいだな」
一際がたいの良い人物が平坦な声でそう呟いた言葉にそれなら楽しそうだと返しながら、白髪の男は一番小さな人物を覗き込む。
「こんな所で育ったらそりゃ大きくなれないヨネ!」
「…私を見て言うなし。まだ伸び盛りだし。ダイナマイトボディになるし」
ぼそぼそと紡がれた言葉にその場にいる皆が頑張れ応援してるとからかい混じりに声をかけて、その小さな体を更に縮める勢いで頭を撫で回した。
そんな、周囲の喧騒とは別世界にいるかのように和気藹々としていた面々だが、ふっと笑みを消した白髪の男にピンと緊張の糸を張る。
「で?奴からの情報ハ?」
「バッチリだよん」
奴と言う単語に小さな人物がローブの下で分かりやすく顔をしかめた。
「…アイツ嫌いだし。辛気臭くて」
「身バレ防止だろう」
「…情報信用できるの?」
「勿論。裏もとれてるよん」
ふんす、と自信満々に鼻を鳴らしたその人物の言葉に白髪の男は酷く酩酊したような正気じゃない表情で狂ったような哄笑を上げ、獲物を前にした獣のようにペロリと舌なめずりをする。
「次のターゲットは…雛鳥達ダヨ」
そうして彼らは路地に一陣の風と不気味な静寂を残し、その街から姿を消したのだった。




