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7-5


「では!今期のテスト終了と夏季休暇の到来を祝って…かんぱーいっす!!!」


『かんぱーい!!!』


私達は皆片手にジュースを持ちながら、瀬切君の掛け声へ一斉に唱和した。

グラスとは違う、缶や紙のぶつかり合う少し間の抜けた音を響かせながら、皆キラキラとした笑顔を浮かべてテーブルを囲う。


市販なのか寮母さんに頼んだのか分からない豪勢なケーキを中心に、鳥の丸焼きにフライドポテトやフライドチキン等パーティーの定番なラインナップ、あとはお菓子やらジュースで埋め尽くされたテーブルには人数分の紙皿と使い捨てのフォークが真っ白な面持ちをどこかワクワクさせながら並べられていた。


「お姉さん、本当に大丈夫でしたか?怪我とかいじめられたり…二菜、すっごく心配してたんですよ!!」

「あはは、大丈夫だよ二菜ちゃん。この通り何ともないから」


ピョコピョコ心配そうに私の回りを動き回る二菜ちゃんにほっこり癒されながら、しかし彼女の前に並ぶ皿に積まれたとんでもない量の食物に内心顔をひきつらせる。

もはや彼女用と言わんばかりに丸々置かれた鳥の丸焼きは勿論、器用にタワーを作るフライドポテトと唐揚げとポップコーンシュリンプにナゲット…


分かってはいたけど流石の大食いだね。しかもこれ、早くも二周目だと言うのだから驚き通り越して胃もたれしてきた。


「後から聞いたらあの男評判良くないらしくて小生もとても心配していましたっていうか本当に何もされていませんか何となく血の臭いを感じるんですけどどうですか」

「え!?至くんそれ本当!?」

「だだだ、大丈夫だって!あ!途中で"記録者"の子がうっかり怪我しちゃったからその時の臭いじゃないかな!?」


音もなく二菜ちゃんとは反対側の隣を陣取ったマスク無しの至くんはいつもより数段表情が分かりやすく、心配ですと直接顔に書かれているみたい。

しかし鋭い。血の臭いとは??

至くん聴覚だけじゃなくて嗅覚も鋭い感じ?


開示要求が込められていないことに安堵して誤魔化すようににこにこ笑いながら、私はごくりとお茶と共に緊張を飲み込む。

さすがに制約違反のあれこれを至くんや二菜ちゃんに悟られるわけにはいかないからね。

一回死んできましたなんて言った日には、自惚れでなく泣かせる自信があるもの。


と、両隣からの圧に困っていると、するりと二菜ちゃんと私の間に空色が割り込んで腕を絡めた。

「わ…私と七尾先生がいたんだから大丈夫に決まってるで、しょ」

「ぬぬ…それはそうですけど…」

つんと可愛らしく口を尖らせた祈ちゃんが二人を窘めるように見つめた後、ちらりと私を見てウインクをする。

ありがたい。そして可愛い。


「う…ふふふふふふ。つ…綴戯さんはいい匂いがし、ます」


そして怖い。

赤く上気したうっとり顔ですりすりされるとか、居たたまれない気持ちになるから止めていただきたいのだけど。


「あー!!五月雨先輩ずるいです!!」

「…」(コクコク!)

「つ…綴戯さんはあげない、から」

「取り敢えず皆落ち着こうか」


ついでに私を囲んでバチバチするのも止めていただきたい。修羅場かな???

と、コロコロと楽しそうな笑い声が聞こえてきて視線を向ければ、先ほどまでは三人で騒いでいたマオちゃんが門倉くんを引きずりながら此方へ来ていた。


「ほーんと先輩方は綴戯さん大好きにぇー?ま、アタシも好きだけどにゃ!」

にまーと悪戯気な、けれど子供っぽいと言うよりは艶を帯びた笑顔を私に向けながら、マオちゃんは小さく首をかしげる。


「にぇ、アタシにしとかにゃい?」

好いてくれるのは素直に嬉しいけど、マオちゃんさては面白がってるね?


「「ダメ!!」」

「…」(バツ印!)

「にゃはは!綴戯さんは好きだけど、ジョーダンですにゃ!安心してほしいにゃ」

彼女はクスクス笑って皿のポテトをヒョイっと口に入れた。

楽しげに細まった眼はその名に違わず猫を連想させる。


「熊ちゃん先輩と九ちゃん先輩、綴戯さんがいない間はずっとそわそわしてましたもんねぇ。おかげであんまり役に立たなかったですしぃ」

「門倉には言われたくないよ!!ずっと寝てたじゃん!!」

「…」(コクコク)

「ちょっとぉ存在しない記憶ですねぇ」

「あはは…寝てたからじゃないかな」


相変わらずのゆるゆる具合でくぁっと欠伸をした門倉くんの口へマオちゃんがぽいっと唐揚げを放り込み、彼は何を言うでもなくもぐもぐと咀嚼した。なにその連携。


「あ、そうだ!五月雨先輩、門倉あげるにぇ」

きゅぴーん!と思い出したようにそう言ったマオちゃんがまだむぐむぐしている門倉くんをずいっと前へ押し出す。

ごくんと唐揚げを飲み込んだ彼はえー、と不満気に声を上げるわりに一切の抵抗なく祈ちゃんの前に立った。


「酷ぉい。同期売るんだぁ」

「おみゃーのアレはさすがに無いにゃ!」

あー…うん。私もあれはダメだったと思うな。

まず気付かなかった事がそもそも凄いんだけど…たとえそうでも言っちゃいけないことってあるよね。


マオちゃんに差し出された生け贄(門倉くん)を前にするりと私から腕を離した祈ちゃんが、こちらからは顔が見えないけどたぶんにっこり笑って言葉を紡ぐ。

「か…覚悟して、ね!」

そして彼女はわきわきと手を動かすと次の瞬間門倉くんのほっぺを掴み、みょーんと容赦なく引っ張った。わー…よく伸びるね…


「ちょ!?いひゃいいひゃいいひゃい!」

さすがにのんびり屋な彼でもこれは相当痛かったらしく、目を真ん丸に見開いて珍しく声を荒げている。


「にゃははははははは!!やばー!!門倉お餅にゃー!!!」

「きゃははははははは!!五月雨先輩ー!もっといけると思います!!!」

「…ぷっ、くくくくく!」

「ふふっ!」

それを見て爆笑する他三名につられて、私も少しだけ笑ってしまった。

だって本当に門倉くんのほっぺお餅みたいに伸びるし、祈ちゃんが緩急つけて潰したり角度をちぐはぐに伸ばしたりで変顔状態なんだもの。


暫くして解放された彼の頬は真っ赤で、さすがに痛々しいなと冷凍庫から保冷剤を持ち出してタオルにくるむ。

席に戻れば今は彼1人で、皆は別テーブルで追加の食糧と飲み物をあさりに行っているみたいだ。


「酷い目にあいましたぁ…綴戯さんも笑うしぃ」

「あはは…ごめんね。つい。…はいどうぞ、門倉くん」

「ヤでぇす。綴戯さんが冷やしてくださぁい」

「ちょ!?」


のしりと私に寄りかかる彼はどうやら本気で拗ねているらしく、私は苦笑を溢しながらお詫びの気持ちを兼ねて保冷剤をそっと押し当てた。


「んー。ついでに傷心な僕を撫でてくださぁい」

「えーと…」


更に体重をかけてきた門倉くんに思わず笑顔がひきつる。

いや、彼に関するトラウマはないから触れて気持ち悪くなったりはしないんだけど…取り敢えず重い。

なんて思った途端、ふっと重みが無くなっておや?と瞬く。

よく見れば彼の後ろにはいつの間にか至くんが立っていて、肩に乗せた手でぐいっと私から引き離すように引っ張っているらしかった。


「綴戯さんコイツ甘やかすとコアラよろしく引っ付いて色々ねだってくるんで気を付けた方が良いですって言うか狡いから今すぐ離れろ」

「ちぇーざんねぇん。綴戯さん絶対優良物件なのにぃ。九ちゃん先輩気配消すの止めてくださいよぅ」

「ゆ、優良物件…」

「押せば行けそうって感じですよねぇ」

それはあれかな。チョロそうってことかな。

私はにっこり笑って至くんの横を見る。

まったく、本当に門倉くん…口は災いの元だよ。


「祈ちゃん」

「ま…任せてくだ、さい」

「げっ」

「よーし!二菜もやりますよ!!」

「にゃにゃ!?先輩はダメですにゃ!?門倉のほっぺどころか首が千切れますにゃ!!」

「うっわぁ急に物騒…」


けしかけた私が言うのもなんだけど、第二ラウンドだとわぁわぁ騒ぐ皆に他の人から苦情が来ないか少し心配になった。


門倉くんがギブアップしてテーブルに突っ伏して少し経つと、まるで波が沖へ帰っていくように一度盛り上がった空気が冷めはしないものの落ち着き始める。


「あの、お姉さん…」

「ん?どうしたの、二菜ちゃん?」


それを見計らったように、二菜ちゃんがどこか言いにくそうな雰囲気を醸しながら控え目に口を開いた。


「他の"記録者"さんに会ったんですよね?どう、でした?」

「うーん。何か、大事にされてるんだなーって感じかな。私と全然違くてビックリしちゃったよ」

「大事に…全然、違う…」

同じ"記録者"であることを疑いたくなるくらい違いだらけだったからね。

能力もそうだけど…何よりメンタルが。


思わずアイちゃんのガチ泣きを思い出して遠い目をしていると、何故かしゅーんと二菜ちゃんが萎れていくのが見えてぎょっと目を剥いた。


「そ、うですよね。あの、やっぱり羨ましくなったり…しますっ…っよ、ね」

「え??」


思ってもみない言葉に食べようとしていたチョコレート菓子をポロリと落としかけ、慌てて受け止めながら彼女の不安そうに揺れる瞳を見つめる。

羨ま…?え、なんて???


どうして彼女がそんな答えに行き着いたのか分からなくて焦っていると、コップになみなみ注がれた感情が溢れるかのようにその桜色からボロリと涙がこぼれ落ちた。


「うぅぅ!い…嫌ですぅぅ!!お姉さん!二菜が、二菜が頑張りますから…!!ど、どこにも行かないでください!!」

「ちょ!?まってまってまって!!え、いきなりどうしたの!?お酒でも飲んだ!?」

「の"ん"でま"せ"ん"!!」

「えぇ…と、取り敢えず落ち着こう二菜ちゃん。私どこにも行くつもりないから、ね?」

今日私の周り涙腺緩くない??


ひとまず祈ちゃんの協力で二菜ちゃんを宥めて話を聞いてみると、どうやら私がお偉方の所や『叡智の鳥籠(ノークトゥアム)』に行ってしまうんじゃないかとずっと不安だったそう。


「うーん…正直なんでそんなに不安がられるのか分からないんだけどな」

「"記録者"の本来の待遇とかあの図書室での生活や扱いとは比べ物にならないですしやっぱりちゃんと穏やかに不自由なく暮らせる方が…その…幸せなんじゃないかって熊ヶ峰も勿論小生も思っ、て」


普段流れる水のようにさらさらと言葉を紡ぐ至くんが珍しく言葉をつかえさせながら言った台詞を頭でゆっくり反芻し、私は真っ直ぐ二人の目を見つめて苦笑した。


「…羨ましい、とはこれっぽっちも思わなかったかな」


二菜ちゃんや至くんのみならず、二年生達からもぎょっとしたように息を飲む気配を感じる。

いやだって一ノ世の推理のせいで覗く必要の無い闇を覗いちゃった気がするし、それがなくとも端から魅力なんて感じなかったのだけれど…そんなにおかしな事だろうかと首をかしげれば、マオちゃんと門倉くんは信じられないといった面持ちで私を覗き込んだ。


「"記録者"はどこに行っても最上級の待遇って聞きましたよぉ!?」

「そうだにゃ!欲しいものも手に入るし危険もにゃい!綴戯さんこの前凄い怪我したって聞いたにゃ!」

「怪異にだって会ってるんですよねぇ!?そんな、そんな怖い目に合わなくて済むんですよぉ?」


同調するように二菜ちゃんと至くんが頷く中、ただ祈ちゃんだけが凪いだ瞳を憂うように少し伏せて、静かに見守っている。

私は手に持っていたお茶を一口含んで喉を潤し、そっとそれをテーブルへ置いた。


「確かに、彼女達は優しくて恵まれた場所にいるのかもしれないね」

「なら…!」

「でも」


皆が私を心から思って言ってくれているのだと痛いほど伝わってきて…だからこそ私はきっぱりと首を横に振り、強く否定の意思を返す。


「どんなに快適でも、あんな狭い"箱庭(作り物)"での生活なんて…私はただ可哀想に思ったかな」

「にゃにゃ…?か、可哀想…?」

「えぇ…?楽なのにぃ?」

心底分からないと言いたげな表情の門倉くんやマオちゃんに無理もないかと笑いながら、私は絶対に曲がることの無い願いを口にした。


「だって私は…私なら、痛みを伴ってでも"生きた"場所にいたい」

「「「…あ」」」


二菜ちゃん達は何かを察したようにハッとなり、霧の中で立ち竦んだような迷いの顔で口を結ぶ。そんな顔をさせたかった訳じゃないけど、たぶんかける言葉を見つけられなかったのだろう。


彼女達は私のいた世界が"死んでいる"と言っても過言ではないと知っているから。


「私は、"この"世界を"記録"したい」


言葉や絵の具じゃ表せない透き通るような青空も、一枚として同じ色の無い生命力溢れる木々の葉も、炎より鮮烈に燃える美しい夕焼けも…浮かぶ月も瞬く星も横たわる海もただの道行く人間やにゃあと無く猫たった一輪の花すらも…全てが全て当たり前でないことを私は知ってしまった。

それらが奇跡の元に成り立っているのだと知っている。

そして、それらがあまりにもあっけなく失われる事だって知っている。


だからこそ"ここ"に来てから私の目に写る世界は…あまりにも尊くて美しい。


そして、何より…


「私はここにいる皆の事も沢山知りたいからね!…ちゃんと、向き合いたいんだ」

「ね、熱烈にゃー!!!」

「わぁ、これはぁ、さすがに照れるぅ…」


きゃあきゃあと純粋に喜んでくれる二年生達の向こうで、正しく言葉を受け取ってくれたであろう三人の能力者がまるで美しいものをいっぺんに見たかのように眩し気に目を細め、二年生のそれとは比べようもないいっそ暴力的な歓喜の色を滲ませて笑った。


…逃げないって意思表示のつもりでわざとキメた感じに言ったけど…なんか、返ってきた感情が強すぎて寒気がするのは気のせいだろうか。


"興味を持てば常人より遥かに心を注ぐ。それこそ、たかが1粒の硝子玉でも億を越える秘宝のように扱えるくらいには"


何故今思い出したのかは分からないけど、東雲さんの台詞が頭の隅を掠めていった。

それを深く考える間もなく私の腕は絡め取られるようにぎゅうっと抱かれ、まふりと柔らかな感触に包まれてぎょっとする。

私同性だからセーフかな!?豊満なのが当たってますけど!?


「な…なら私は綴戯さんに沢山知ってもらえるようお側にいま、すね。う…ふふふふ」

「あ!!狡いですよ先輩!!抜け駆けはダメです!!」

「というか先輩は大学があるからずっとこっちにはいられませんよね残念ですねまあ小生達はずっと側にいられますのでどうぞ先輩はご心配なくって言うかご家族と仲良くどうぞ」

「つ…綴戯さんも家族にする予定だか、ら。お…お父様もお母様も応援してくれてる、し」

「まってまってまって!?」


知らないうちに『結界』と違うもので囲われそうな事実に冷や汗が止まらない。

というか何GOサイン出してんのご両親!!


「にゃはは!綴戯さんいると本当先輩方愉快だよにぇ!」

「修羅場量産機だよねぇ」

「門倉くん??」

「あー僕トイレいってくるぅー」


門倉くんが三回目のお仕置きをくらい、それを皆に笑われているのを眺めながらふと思い出して辺りを見渡す。


「そう言えば瀬切くんは?」


開始の挨拶の後暫くは二年生三人で盛り上がっていたのを見ていたけれど、二人が私達に合流する頃から見かけていない気がする。

「「「「あー…」」」」

首をかしげる私に対して皆は訳知り顔で、何となくむずむずしたような表情のまま顔を見合わせていた。その反応は一体…


「気になりますかにゃ?」

「そりゃ、どちらかと言えば…気になるけど…」


首を突っ込んで良いことなのだろうかと迷いながら煮え切らない返事を返すと、何故かわっと食い気味に二菜ちゃんが瞳を輝かせ…


「あの!実はですね…!」

「おーい、クレア連れてきたっすよー!」


何かを言いかけたその時、ガチャリと扉の開く音と共に話題の中心人物が現れた。

彼の隣にはお人形のような女の子がおり、双方ほんのり頬に朱をさしながら固く手を結んでいる。

おや?と思いながらも小さく手を振ると、その女の子…水季(ミズキ)クレアちゃんは嬉しそうに破顔して手を振り返してくれた。


彼女はたった一人の高等一年生であり、テスト期間によく足を運んでくれた一人。会うとハグしてくれるくらいには仲良しになれた子だ。

よく本の整理を手伝ってくれたり手作りのお菓子やお気に入りの紅茶をプレゼントしてくれたり…とても気配りの上手い子である。


イギリス人の父をもつハーフで、スラリとした身長に肩甲骨くらいの綺麗なプラチナブロンドを揺らす彼女はまるでお人形さんみたいなのだけれど…どこの影響か型崩れの関西風な喋り方をするんだよね。最初は視覚と聴覚のバグで戸惑った。


彼女と瀬切くんは本土にいた頃からのお隣さんで幼馴染みだと聞いてはいたけれど…この、なんともムズムズする甘さがふわりと空気に溶け出しているような感覚はもしや…

気になった私はそっとマオちゃんに顔を寄せ、こそっと尋ねてみた。


「ね、二人ってもしかして付き合ってる…?」

「それがですにぇ…まだなんですにょ」

「え"」


嘘でしょあの距離感とか表情で?

そっちに疎い私にだって互いの好意が見え見えなのに?

信じられない思いでさっと他の皆を見るも、全員あきれ混じりの笑みを浮かべているあたり本当なのだろう。


少し離れた場所でパーティーに加わるべく自分達の飲み物や食べ物を一緒に用意し始めた彼らをチラリと見て、はぁ、と門倉くんはため息をついた。


「毎回迎えだとか口実使って会瀬してまぁすよ。だからそっとしてるんですけどぉ」

「毎回…って、何で知ってるの?」

「「のぞいたから」」

当然と言わんばかりのけろりとした顔で言い切る二人にアハハ、ソッカァと乾いた笑みを返す。もー悪い子達め。


「ぬぬぬ…ここは瀬切がドカン!と決めるべきですよね!!」

「二菜ちゃん気持ちは分かるけどドカン!は止めようか」

効果音に爆死感があって何となく縁起が悪い気がする。


「何がドカン!なんすか熊先輩?」

「何って瀬切がドカン!と告白を…!っあ!?」


しん、と一瞬にして静まり返った空間にカラーンと誰かが食器を落とした音だけがこだました。


「…馬鹿ほんっとに馬鹿その口一回縫い付けた方が良いっていうか小生が今すぐにでもやってあげるよ馬鹿」

「い、今のは二菜が悪いけど!至くん馬鹿馬鹿言い過ぎだよ!!」

「ば…馬鹿なのは間違いない、よ」

「うぐっ!!」


あちゃー…二菜ちゃんやっちゃったね。

見ればマオちゃんは完全に宇宙背負ったネコチャン状態だし、門倉くんはフードを被ってきゅっと縛り色々シャットアウトしていた。


そして瀬切くん達は…


「え!?な、なんで知ってるんすか熊先輩!?」

「え、エスパーやんな!?」


…ん?え、なんて???知ってるって、何を…


「俺、さっき告白して…クレアと付き合うことになったんすよ!」

「え、えへへへ!」


呼吸音に至るまですべての音が夜に持ち去られてしまったような静寂がまるで永遠に続くかのように流れていく。

一分、二分…正確な時間は分からない。けれど、その空気は…


『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?』


我に返った私達の絶叫で木っ端微塵にぶち壊されたのだった。

メーデー、メーデー、メーデー!

これは一大事だよ!!


言葉にならない感情が血液に溶け出して全身を巡っているかのように痺れが走り、私はよく二菜ちゃんが陥るはわわ!な心境になっている。


「つつつつつ、付き合った!?瀬切と水季が!?」

「マジのマジかにゃ!?ドッキリじゃにゃく!?」

「ち、ちがうっすよちゃんと…ね?」

「せ、せや!うちら正式な…ね?」

「あ…愛が眩し、い!」


交わされる瀬切くんと水季ちゃんの視線は綿菓子のようにふわふわでくすぐったく、しかし確かな甘さを孕んでいた。

私は恋は知らずじまいだったけれど、友人に彼氏が居たことは少なくない。

でも、こんなに初々しくて甘酸っぱい"好き"の色は初めて見たよ。


「ねぇね、与武。告白の言葉教えてよぉ」

「っな!?」


門倉くんがにまにま笑いながら瀬切くんの肩に手を回し、幼子のおねだりみたいに容赦なくねぇねぇと詰め寄っていく。


「はい!!二菜も聞きたい!!」

「…」(コクコク)

「そ、それは!あの、えっと…」

「う、うちももう一回聞きたいんやけど?」

「っ~!!!」


まさかの彼女にまで悪戯気な顔で悪ノリされ、彼は可哀想なくらい真っ赤になりながらもごもごと口を動かした。


「く、クレアと幼馴染み以上を…こ、恋、人を…の、望んじゃダメっすかって…」


か細く転がされた言葉が可愛すぎて思わず叫びそうになったのを大人としての矜持で縫い止める。

まるで恋愛小説に入り込んだみたいな心地だよ。ドキドキして心臓が痛くなってきた。


「ひゅー!!!ストレートだにぇ!!」

「よ…よく言っ、た!」

かつーん!と程よく中身の減った缶どうしをぶつけ合い、皆が口々に瀬切くんを褒めそやす。

「で!で!なんて答えたのにゃ!?」

そしてそのテンションのまま次なるターゲットは勿論水季ちゃんに変わった。

瀬切くんの時点で自分にも来ることは覚悟していたらしく、彼女は気恥ずかしそうに頬をかきながらも潔く口を開く。


「うちにとってはもう、与武は"世界"やねんけど…それはアカン…かな、って…」


…えと、"世界"って能力者が一番依存するものって意味だよね?ならきっと凄く良いお返事なのだろう。

と、慣れない言い回しについて考えを巡らせていると耳に痛いくらいの静寂が横たわっていることに気づいた。


皆を見渡してみれば、先程の興奮を驚きでポトリと落としたような状態で呆然と彼女を見ているではないか。

え、何それどういう反応??


「ええと、オッケーの返事…なんだよね?」

「いやいや!!オッケーどころじゃありません!!」


私が一番近くにいた二菜ちゃんにこそりと尋ねると、彼女は一瞬きょとんとと目を丸くした後、すぐにふんす!と興奮で鼻息を荒くしながら拳を握る。彼女の持っていたポテトを取り分ける為のトングがバキリと壊れた。


「オッケーどころじゃない…?」

「はい!!"世界"になってくれって言うのは、能力者的にはプロポーズの台詞なんですよ!!」

「成る程プロポーズ…え!?プロポーズ!?」

流しかけた言葉を反芻し、慌てて聞き返す。


「きゃ!そないハッキリ言われると恥ずかしいやんなー!」

照れてる水季ちゃんは花丸百点で可愛いけれど、予想の斜め上な答えに私は大混乱だよ。

そんな、驚愕で目を丸くする私に至くんがクスクス笑いながら解説をくれた。


「勿論皆が皆本当の意味で言ってる訳じゃなくて"世界"と遜色ないくらいに愛してるって意思表示というか自分の"世界"と同列に扱うから結婚してくださいって言ってるようなものですね」


つまりさっきのは…好きです付き合ってくださいって告白したら、私はあなたと結婚したいと思ってましたって一足飛びの返事が返ってきた感じだろうか。

確かにそれは皆驚くのも無理はない。オッケーどころじゃない熱烈なお返しだ。


「いやぁめでたぁいよねぇ。おめでとぉ」

「め…めでたい、ね。お幸せ、に」

「おめっとさんにゃ!!ほんっと、めでたいにぇ!」

「…」(コクコク)

「はわわわわわ!すっごくおめでたい!!」

「「えへへ!ありがとう!」」


もし幸せに形があるのならば、今まさに花という形になって花園よろしく咲き乱れていることだろう。

そのくらいこの場は暖かな祝福と喜びに満ち溢れていて…このチープなパーティーの会場がまるで披露宴のセットに見えるくらいには、どうにも美しかった。

あぁやっぱり、"ここ"にいられる私は幸運だと思える。

だってこんな素敵な"記録"が出来たのだから。


「ふふっ!本当、今日は…めでたい日になったね」


だから私もおめでとう、と、とびきりの祝福を込めた言葉を一輪、溢れそうな気持ちでもってラッピングして送ったのだ。


私が二人と接したのなんて皆と比べたらあまりにも短い時間程度ではあるけれど…それでもこの気持ちに嘘はないし軽くもない。


本当に…これがお伽噺に出てくるお茶会だったらすぐに中止になるくらい、今日はめでたくて特別な日だな。なんて。


「んんんん!皆や栞里はんにまでおめでとう言うてもらえるなんて!うち嬉しーわぁ!!」

「おっと!」


クスッと笑みを溢せば、感極まったような水季ちゃんがぎゅむっと抱きついてきた。

慌ててぐっと足を踏ん張り私より色々スタイルが良い彼女を受け止めると、鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌な彼女の甘い香りが鼻腔を擽った。


海外の血が入っているためか水季さんは一等スキンシップが激しいんだよね。

彼女もまた"あちら"では見たことがない能力者だから精神的には大丈夫なんだけど…生粋の日本人には少しばかり気恥ずかしいものがある。


それに何より今は…


「はー!栞里はんちっさくてええ匂いでホンマ可愛ええー!」

「えと、落ち着いて…」


なんか気まずい!!さっきの今じゃ浮気してる気分になるんだけど!!


「クレア!」


なんて思ってしまったのが悪かったのか少しむっとした様子の瀬切くんがずんずんと近付いてきて、水季さんをベリっと私から引き剥がす。

慌てて弁明をと思った瞬間、何故か私の手をぎゅむっと彼が握った。


「ずるいっすよ!綴戯さんクレアばっかり!」

「…ん?」

「こらぁ与武、何すんねん!」

「独り占めはよくないっす!」

「自分は今日買い物一緒やったらしいやんか!ならうちかて良い思いしてもええと思わん?」

「…あの?」


思っていた状況と違うぞ?

どうしてラブラブなお二方が私をめぐって言い争っているのか皆目検討もつかず、宇宙ネコチャンを背負っている。

どこからか修羅場製造機って聞こえたけど門倉くんだね?後で覚えとけ。


ところで、言い争いを続ける彼氏彼女の二人にそれぞれ手を繋がれて両サイドを固められたけど、私の居場所絶対間違ってる。


「こらー!狡いよそこのカップル!お姉さんの独占は禁止!!解放!解放!」

「「ちぇー」」


二菜ちゃんの抗議運動により解放してもらえた私は、きゃらきゃら楽しそうに笑いながらどこからか台車を持ち出してきたマオちゃん達に目を向けた。


「にゃははは!今回のパーティーは本当に楽しくておめでたくて最高だにゃ!!」

「やっぱりぃ、綴戯さんってラッキーパーソン呼んだおかげでぇすね」

「いやそんな大層なものじゃ…というか、何を持ってきたの?」

「にゅふふ!盛り上がってきましたし、ここは1つ!ゲームといきましょうにゃ!」

「ゲーム?」

「やっぱり王道でビンゴゲームでしょお」


そう言って台車に乗っていた箱のような何かにかかっていた布をバサリと門倉くんが取ると、そこには場に似つかわしくない無骨な檻が鎮座している。

そして私の腕より太い鉄格子に囲われたその中にはツルリとした黒のボディを鈍く光らせる…


「バウバウバウバウ!!!」


なんか、中型犬くらいのホッチキスに似た形ものがガチンガチン牙を鳴らしていた。いや何これ。

明らかにビンゴゲームと関係ないソレに、持ってきた当人であるマオちゃん達もはて?と首をかしげた。


「にゃにゃ?」

「持ってくる台車間違えたぁ?」

呑気そうな彼らとは裏腹に、謎のブツを見た上級生組はさぁっと顔色を悪くする。


「ええと、何あれ…」

「ば…バウワウくんです、ね」

「バウワウくん…?」


困惑する私に音もなく近付いてきてきた至くんが、嫌なものを見るような眼差しをソレへ向けながら教えてくれた。


「あれは能力者の訓練用ロボットっていうか標的を永遠に追い回し続ける鬼ごっこの鬼的なモノなんですけどお世話になる度に小生達をボロボロにしてくる憎きアイツ的な感じです」

「追い付かれるとめっちゃ噛んできます!!」


それはとても危ないのではないだろうか。

訓練用と銘打つ以上は死ぬほどの危害を加えることは無いだろうけれど…


「バウバウバウバウ!!」


無い、よね?でもあのガチガチいってる牙スッゴク鋭くない?

檻にも体当たりしているし…


「早く職員寮の倉庫に戻してこよぉ」

「ちょ、ちょいまち先輩方!?と、扉!!」

「「扉??」」

「…あれ?それ…鍵がロックされてなくないっすか!?」


見れば扉を止める倉庫錠の片側が空いていて…あぁ良くあるよね、ガチャンと最後まで押し込み忘れて浮いてること…って、え??

不意に一際強い体当たりが鉄格子の扉を揺らし、反動で錠前が傾いたと思った瞬間。


カシャーン


「…にゃ、ヤッベ」


きぃ、と軋んだ音を立てて開いた鉄格子の向こうで…ロボットの筈のバウワウくんがにたりと笑った気がした。


「バウバウバウバウ!!!」


「うぅわぁぁぁぁぁぁ!!!退避ぃ!総員退避っすぅぅぅ!!!」


幸せムードの花畑に突如ヤベェ狂犬(?)が解き放たれ、談話室は一瞬にして大混乱に陥った。

私は即座に祈ちゃんに部屋の隅に連れていかれ、『結界』に守られたけど…


「あーれぇー…ちょ、いだだだだだだだ!!!」

「やっば!門倉先輩が食われとるよ与武!?」

「尊い犠牲ってやつっすよクレア!!」

「バカ言っとらんで助けたり!!そんな薄情な与武なんて…き、嫌いになっちゃうさかい!」

「なっ!?おれ…おれクレアに嫌われたら生きていけないっすぅぅぅぅ!!!」

「こらそこ痴話喧嘩しにゃい!!」

「くっ…合歓!今助けるっすよ!!うおおおおお!」

「つ…突っ込んでいった、ね」

「おお!!凄い度胸ですね!!尊敬します!」

「いだだだだだだだ!!」

「いや普通に食われてるしただ犠牲者増えただけじゃんっていうか次こっち来るんだけどさっさと逃げるよ馬鹿」


そういえば乾杯の音頭の少し前、私は何故いつもパーティーを催すのかを何となく二年生の皆に聞いていたっけ。


〈だってぇ騒げる時に騒がないとぉ〉

〈そうっすよ!楽しんだもん勝ちっす!〉

〈にゃにゃ!常に今こそが最高であれ!だにぇ!!〉

〈明日も馬鹿できる保証はありませんからねぇ〉


明日が保証されないからこそ今を楽しむ…その気持ちには痛いくらい共感できたのだけれど…

でもそれにしたって…弾けすぎだよ!!!


これだけぎゃあぎゃあ騒いでいれば当然ながら…


「くぅおらテメェらいい加減にしやがれ!!!今何時だと思ってんだクソガキ共!!!!!」


案の定、扉をぶち破る勢いでやって来た七尾さんに私以外全員頭にたんこぶをこさえたまま正座で説教を聞く羽目になったし、私は…


「綴戯くん」

「ひゃい!?」

仁王立ちでおかんむりな七尾さんと横一列に並んでしょんもりしている皆をおろおろ眺めていた私の肩にとん、と乗った重みと聞こえた声に、錆びたブリキのようなぎこちなさで振り返る。


そこには白衣ではなく柔らかそうなガウンを羽織った東雲さんが、底知れない笑みを張り付けていた。


「聞いたよ?また無茶をしたんだよね?取り敢えず、保健室行こうか」

「え…と、その…」

「ん?」

「喜んで行かせていただきます」


だからそのポケットから覗く不穏な手錠はしまってくださいお願いします。というかなんで持ち歩いているのだろう。怖いから聞かないけれど。


結局私も東雲さんに今日の無茶をこんこんと説教され、絶対安静の名のもとに翌日軟禁状態となったわけだけど…


「やはり僕が生活を管理してあげた方が良いですか?そうすればこんな事にはなりませんし、君の健康が損なわれることもまして死ぬような事もありませんよね?」


取り敢えず滅茶苦茶怖かったとだけ記しておく。

物騒な拘束具はナイナイしていいけど、ハイライトをナイナイするのは良くないと思うの。


それと、もう1つこの騒動がもたらした余波があったのだけど…


「一ノ世先輩に謝れって言われたんで仕方なく来てやったッスよ!!」

「いらないから帰れ」

「ふはは!許してもらえるまで帰るなって言われてるんで!嫌がらせ込みで居座ってやるッス!!」

「謝る気あんのお前」

「ないッスね!!」

「さっさと帰れ!段ボールに突っ込んで捨てんぞクソ犬!!」

「いい年して動物虐待ッスか!恥ずかしい大人ッスね!!」

「うっざ!!」


面倒くさい奴に絡まれるようになったの本当に解せない。


「はぁ…また綴戯の周りが騒がしくなったな…」

「ふふ、彼女の魅力かな。見ていて飽きないけど…心配もつきないよ。やはり…」

「四恩さん、鎖はしまいましょう」




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