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7-4

修正のお知らせ

4-5より、時間のズレに関しての栞里の考察部分を少し修正しました。

大まかに、【約三~五年のズレ】→【約三年のズレ】と修正しています。


「綴戯、本当に大丈夫なのか?」

「平気ですよ。もうなんともありませんから」

「お…おぶります、よ?」

「大丈夫だからしゃがまないで祈ちゃん…!」


ずっとベンチにいるわけにはいかないし、いい加減帰らないと二菜ちゃん達を心配させてしまう。

そんな訳で北区を抜けようと森を目指して歩いているのだけど…二人の過保護さがヤバい。

いや、自分が撒いた種ではあるけどね…


かれこれ同じようなやり取りを既に十回は繰り返していた。全然進まない。

潰れた内臓は"戻っている"から本当に心配はいらないのに…


少しでも気を紛らわせるべく、私はお洒落な街灯が立ち並ぶ風景をぐるりと見渡した。

すっかり夜の帳は落ちているのに、感じるのは辛気くささや寂しさではなくきらびやかさ。と言うのも、街灯の灯りに頼らずとも爛々と光る邸宅の数々がその存在を主張するためだ。


高級住宅街もビックリな有り様は空に瞬く筈の星達すら逃げ出す程で、本部らしき塔やきっと研究施設のものだろう明かりも相まって天体観測には向きそうもない。


この辺りは緑も少なく、さっきの男の邸宅にあったような庭を除いたら自然なんて申し訳程度の茂みくらいしか…

と、すぐ脇の植え込みに目をやった瞬間、それががさがさと音を立てて揺れ肩を跳ねさせた。


直ぐ様警戒するように私の前へ出た二人の脇から怖いもの見たさでそうっと覗く。

何か動物?犬猫にしては揺れが大きいけれど、まさかこんな所に熊や猪は居ないと思うんだよね。


暫くごそごそしていたそれはピタリと動きを止め、突如ガサッ!と勢い良く飛び出した。

周りの明かりに照らされたそれは犬猫でもましてや熊でもなく…


「いやぁ!見つかんないね!!困ったなーどこ行ったんだろ!」


所々に黒いメッシュの入った赤髪を適当に跳ねさせ特徴的なアホ毛をひょこんと揺らすソイツは、そこかしこに葉っぱを付けながら全く困った様子もなくにぱっと笑っていた。


その黄色味の強い黄緑の虹彩に縁取られた私より明度の低い淀んだ紫の瞳が、パチリとこちらに向けられる。

ぎちりと心臓を締め付けるような不快感に私は半ば無意識で一歩後ろへと下がった。


「あ!七尾先輩じゃないッスか!!どうもッス!!」

「十三束…お前何やってんだこんなところで」


十三束、と聞いてやはりそうかと歯噛みしながら、あまりの異様さに鳥肌が立つ。

特徴的な髪型に二菜ちゃんとはまた違った溌剌さのある声、不気味なくらいパッチリ見開かれている目もいつでも笑っている顔も…見た目だけじゃない、雰囲気含めた全てが"'アイツ"と、私の知る"十三束(トミツカ)従道(ツグミチ)"と全く一緒じゃないか。

あの一ノ世ですら"あちら"とは違いがあったのに、これは一体どういう事だ。


「や、実は一ノ世先輩がこれから任務だってのに逃げちゃったんスよ!ヤダヤダって駄々こねて本当に精神年齢餓鬼ッスよね!」

「アイツはまたか…いやそれにしたってそんな所探しても居ないだろう」

「え?だって餓鬼とか猫ってこういうとこ隠れないっスか?」

「お前は一ノ世を何だと思ってるんだ」

「今言った通りッスね!!」


満面の笑みで毒を吐く所も変わらず、ならば中身もきっと変わらない。


「…っ」

そう察した瞬間、さっきの今で再び"記録"のフラッシュバックに襲われ、負荷に耐えきれず思わずその場にしゃがみこむ。

滲んだ汗が煉瓦貼りの地面に吸い込まれるより早く嫌な声が頭に響いてきた。


《あー…つまんな》

原型の分からないくらいに崩れた建物の残骸に腰掛け、アイツはつまらなそうに欠伸を溢しながら辺りを睥睨する。

その傍らには当たり前のようにソイツが控えていた。


《十三束。全部殺しといて》

《ふはは!先輩そろそろ運動しないと太るッスよ!!豚になっても知らないッスからね!》

《はー…うっざ。早く》

《了解したッス!》


満面の笑みで瓦礫の海へ飛び込んだソイツは、どれ程上手く身を隠していた一般人だろうと犬のごとく見付けて躊躇無く首を刎ねていく。

そしてその首を都度ボールのように持ち帰り、褒めて欲しそうに笑いながら一ノ世の近くへ並べていくのだ。


《ねぇ、"記録者"。なんかさ、面白い"記録"無いわけ?》

《…ない》

あまりにも凄惨な光景に吐き気を抑えるのに必死な私への無情にしてとち狂った要求に素っ気なく返せば、その満月はふいっとこちらから外される。


《あっそ。使えないね。十三束ー》

《ハイハイ!なんスか!》

《コレも殺っといて。どうせ死なないけどさ》

《人使いが荒いッスね!!ほいっと!》


そうして悲鳴の1つもあげられないまま、終始変わらない笑顔を最後にごとりと私の首はあまりにも呆気なく切られて落ちた。


そう、バカにしたような物言いはするがその実コイツは一ノ世の狂信者であり…彼の命で何でもこなす"狂犬"なのだ。


「んー?なんスかコイツ」

「…ひっ!?」

すぐ近くから聞こえた声に、ひきつった悲鳴を喉から溢して尻餅を付く。

いつの間にか二人の壁をすり抜けて私を覗き込んでいたソイツを見据えたまま、余韻に震える体を抱きしめて喘ぐような呼吸を繰り返す。

目を離せば、あっという間に殺されそうな気がしたから。


「だ…ダメです十三束、さん!つ…綴戯さんから離れてくだ、さい」

慌てて間に入ってくれた祈ちゃんの背に情けなくも安堵の息を吐く。


「綴戯…?ああ!一ノ世先輩のオモチャッスか!!」

「…っ」

「十三束!!」

「ふはは!だって本当の事じゃないッスか!!オレ、あんたの事嫌いなんだよね!」


ケタケタ笑う彼から叩き付けられる純然な悪意に、私だって大嫌いだよと漏れそうな言葉を奥歯でギシリと噛み締めて止めた。

一応その感想は"あちら"の奴に向けてだから控えたというのもあるが、何より今あの狂人と言い争いをするにはこちらの気力が足りなすぎる。

まぁ前者の気遣いは要らなかったかもしれない。こちらの十三束もたぶん嫌いだ。


「で?そんなオモチャがこんなとこに何の用?まさか一ノ世先輩に会いたくて来たとか?」

「それだけは絶対に無い」

「ふぅん?じゃあなんで?」


つい反射的に即答を返した私にギラギラと目を光らせ、十三束は変わらぬ笑顔を張り付けてカコンと首をかしげた。

どう答えたものかと視線を彷徨かせると、七尾さんが彼の襟首をヒョイと掴み上げて私から距離を取らせる。


「綴戯は松ヶ崎殿に呼ばれていただけだ」

「え、ソレ棺桶に片足突っ込んでるクセに一ノ世先輩に楯突く比嘉崎(ヒガサキ)じじいの手下じゃないッスか!!ふはは!あんたとんだ尻軽だね!」

「…は?」

「だって一ノ世さんの情報売ってご機嫌とりでもしたんでしょ?あんたなら"あの世界"で色々知ってそうだもんね?あーあ、こんなあばずれ拾っちゃうなんて一ノ世先輩は運がない!日頃の行いかな!」


漸く知れたあの男の名前などもはやどうでも良く、私は笑いながら投げつけられた悪辣な言葉の数々にぎっと目に力を入れて十三束を睨み付けた。

何故そこまで言われなければならないのか。

何故やってもいない事を責められなければならないのか。


私が一体何をしたっていうんだよ。

私があそこでしたことなんて…!


未だ笑顔で吐かれるメス犬やら節操なしやらの暴言に我慢ならず、無実を証明するために"記録"でも叩き付けてやろうかと思ったその時、私より先に別の人物が噴火した。


「とみ…!」

「十三束さんっ!!!!」


七尾さんを遮った祈ちゃんの声は彼女らしい気弱さなどまるでなく、触れたら切れてしまいそうな鋭さを孕んでいる。

さすがに驚いたのか十三束の口がきゅっと閉ざされ、信じられないものを見るようにぽっかり開いた瞳孔が彼女を捉えた。


「それ以上の侮辱は…許しま、せん!」


感激のあまりじわりと涙が浮かびそうになって、私は慌てて唇を噛む。

どんな理由であれ、今は一滴の涙すらアイツに見せたくない。


「…ふは、ふはは!あーあ、いい気なもんだね!守られてさ!一ノ世先輩にも守ってもらってるんでしょ?身の程知らずだよね!」


じいっと祈ちゃんを見ていたソイツはすぐにまた同じ笑顔を張り付けて私に攻撃的な視線と言刃を刺していく。

十三束は基本、アイツの言うことしか聞かないし響かないのだと私は良く知っていた。


と言うか、さっきからコイツ…


「十三束」


不意に七尾さんがアイツに声をかけたかと思いきや、殺気も感じさせず能力も纏わせない拳を彼の顔面スレスレに繰り出したではないか。

ビュンと重い風切り音と共にハラリと十三束の赤髪がいくらか舞った。

どうでも良いが早すぎて全く見えなかったことは私の心の内で"記録"しておく。


「…っ、ビックリしたッス!何するんスか七尾先輩!」

「いい加減にしろ十三束。守られたのは、私達だぞ」

「は?あぁ!息子さんとかの話ッスか!!それは…」

「違う」


先程発そうとした荒げた声ではなくのしりと重たい声が、心なしか周囲の明かりを一段暗くしたように感じられた。

相当怒ってくれているのだろう事は、自惚れではなく理解できる。


「綴戯は、制約違反をしてまで…あの"記録"を守ったんだ」

「せ、いやく…?いや、そんなの、守られるだけの腰抜けが出来るわけないじゃないッスか!あれは、時として命まで奪う…」

「だから!!綴戯は…!!」

「七尾さん」


だからこそ私は、七尾さんを止めた。

続くだろう言葉の先をコイツに知ってもらいたいとは思わないし、恐らく口にして傷付くのは七尾さん本人だろうから。


「…パーティーに遅れてしまうので、行きましょう」

「だが…!」

「ハッ!逃げるんだ?それとも一ノ世先輩にでもチクる?苛められましたーってさ!」


バカにしたようにケラケラ笑いながら吐かれた十三束の台詞にブツリ、と我慢していた堪忍袋の緒が切れた。


「さっきから黙って聞いてれば一ノ世、一ノ世、一ノ世って…」


私の復讐を成就させる為にはコイツとも向き合わなきゃいけない日が来るのかもしれない。だから適当に聞き流して穏便に済ませよう…なーんて考えていたけれど、いつなのか、来るのかも分からない日のために我慢するとかもう馬鹿馬鹿しい。

気力?怒りで大量のアドレナリンが出て滅茶苦茶ハイだよコンチクショウ。


私という人間は、元来性格も口もよろしくないのだ。


「五月蝿いんだよクソ犬!!!お前めんどくさい彼女か何かかよ!!!」

「「「は!?」」」

「まさかゴシュジンサマが取られるーとか思ってないだろうな?いらないわあんな事故物件!!」

「「ぶふっ!」」

「はぁ!?よくそんな酷いこと言えるよね!一ノ世先輩の凄さ分かんないとかあんた目悪いんじゃないの!?」

「お前よか正常だよ!!」

「ふ…二人とも落ち着いた方、が」

「そりゃ確かに精神年齢クソ餓鬼だし気まぐれな所はネコチャンみたいだしやる気ない日なんか週末パチ屋に入り浸るオヤジくらい使えなかったりするちゃらんぽらんな人だけど!!」

「いや十三束お前も大概酷い事言ってるからな…」

「強さとかマジで惚れ惚れするからね!あの人にかかれば怪異とか紙っぺら!あの余裕そうな後ろ姿にぐっと来ない奴とかいる!?」

「はーい私でーす」

「と…というか性格には触れないんで、すね」

「顔だってあれ!一級品だろ!!先輩モテモテだからね!!本土を彷徨けば女に不自由しない正に百人斬りでそのまま百人から平手打ちとか痺れるくらいクズの極み!!」

「いや普通にフラれてんじゃん!!しかも最後褒めてないし!!」

「はー!とにかく!あんた人生損してる!今からオレが一からプレゼンするから耳かっぽじって良く聞いてよ!!」

「いや一ノ世のプレゼンとか聞く気ないし要らないからさっさとその大好きなゴシュジンサマ探しに行けよ本当に面倒くさいな!!」


七尾さんと祈ちゃんが仲裁を諦めたように仏の顔になり、ギリィッと私も十三束も両者一歩も引かないまま睨み合っていると、突如近くの街路樹ががさがさと音を立ててた。

不本意ながら十三束と同じタイミングで上を見ればなんと、そこにはものすっごく不機嫌そうな色をした満月が夜空ではなく無駄に端正な御尊顔に浮かんでいるじゃないか。


「はー…うっざ。あのさ、俺間接的に滅茶苦茶ダメージ食らってんだけど君らなんなの?」


私と十三束の内心はたぶん一致した。

あ、ヤベ死んだかも、と。


ふわっと重力無視して地面に降り立ったソイツ…一ノ世は私と十三束を交互にジロリジロリと睨み付け、一先ず十三束の方へターゲットをロックした。

内心ガッツポーズだったのは内緒である。


「十三束」

「ハイ!なんスか先輩!!」

「お前さ、後で潰すから」

「え!?なんでッスか先輩!?オレホントの事しか言ってないのに!!」

「あ"?」

「ぐえ!?ちょ、せんぱっ…!!」


彼は一ノ世を怒らせる天才なんじゃないだろうかと思いつつ、私の体はすぐ側で感じた身に覚えのありすぎる力に反応して震えてきてしまう。

自分に向けられたものでなかろうが、どれ程大丈夫と言い聞かそうが…それはそう、パブロフの犬が如く植え付けられた恐怖に対する体の反射。

深すぎていつまでも塞がらない傷であり気持ちだけではどうにもならない…のだから、そんな拗ねた顔しないでほしい。反応に困る。


「はぁ…一ノ世。そんな顔するくらいなら能力を止めろ」


私を宥めるように頭を撫でながら呆れ混じりにそう言った七尾さんの声へ舌打ちを返し、一ノ世は十三束への能力を解除した。


「っはー!!先輩容赦無さすぎッスよ!!劣化した輪ゴムみたいにすぐキレるんだから!!」

「十三束は一回口を閉じておけ」

「ウス!!!」

奴は正真正銘の馬鹿かな??


ホッと肩の力を抜いた私に祈ちゃんがピタリと寄り添うと、一ノ世は七尾さんと彼女を見た後むっと口をへの字に曲げる。

いかにも面白くないと言わんばかりの表情はその作り方が本当に子供じみていた。


「はー…面倒くさ。栞里はさ、いつになったら俺に慣れるわけ?」

「それは…」

"あちら"と重ねるのは申し訳なく思いはするけれど、コイツばかりは本当に難しいのだから容赦してほしい。

勿論、ちょいちょい良くしてもらった気がしなくもない事もあったし、初日に向き合うって言った手前努力はしたいけどさ…そんな簡単に乗り越えられるなら、今頃二菜ちゃん達を平然と撫で回せてる筈だよねって話。


と言うか…


「トラウマはこの際仕方ないとして、普通にお前が嫌いだから難しいかな」

「…ぶはっ!あっははははは!!やっば!!君さ、俺を怖がってるクセにそんなハッキリ言う!?あはははは!傑作!」

「"記録者"なものでね。正直なんだよ」

「はー…ヤダヤダ。俺ってばめっちゃ良い子なのに可哀想ー」

「ちょっと待って納得できない。誰が良い子だって?」

「君さ、口だけじゃなく耳も悪いの?俺が、良い子」

「嘘だろお前本気で言ってる??」


東京&親友って地雷をピンポイントで踏み抜いてくるわ、ボロボロの私に貧相とか言うわ、怪我した私を容赦なく蹴っ飛ばすわ、エロ本の回収に行かせるわ…どこが良い子?

良い子の意味を辞書で引いた方が良い…と言うか私が開示してあげようか?


「つーかさ、さっき言ってたの本当?」

「どれの話だよ」


はい、すぐ話題に飽きるところもマイナスポイント入りまーす。

しかもほら、ご覧になって?察してもらえないからってすぐ不機嫌になるんだからどうしようもないよね。


「金魚のフン…あー…松ヶ崎の家でさ、その…」

「何?情報漏洩疑ってんの?」

「いや、それは七尾センパイがいたんだから心配してないけどさ」


じゃあ何だと言いかけて、いつかのようにはっきりしない表情を浮かべた一ノ世に思わず押し黙ると、少しだけ何か悩んでいるような空白を開けて彼は口を開いた。


「何しに行ったわけ?君さ、馬鹿じゃないんだしあっちの思惑ぐらい察せたでしょ」

「まぁそうだけど…波風立てたくなかったし、知りたい事もあったから」

「ほーん?知りたい事って何?」

「あ、そうだ。丁度良いから聞いて良い?」

「はー…面倒くさ。良いよ。その代わりさ、俺の質問にも答えて」


その条件に若干の不安要素を感じて迷ったものの、聞かれて困るような疚しい事も別にないかと思い直す。

どうぞとでも言いたげにヒラヒラと揺らされ手に心を決めて、私は小声で『開示(オープン)』と唱えた。これが一番手っ取り早い。


瞬間、私の傍らに現れた本が捲られると同時に、周囲の景色が夜の貴族街からポップな子供部屋のような様相へと様変わりしていく。


「わ!?なんスか!?」

「あっははは!相変わらず規格外の規模だね」

「規格外の規模…?」

「いいから続けなよ」


何となく腑に落ちない気持ちはあれどさっさと済ませたい思いが勝ったので、私は眉を寄せながらも"記録"のページを捲った。


そして現れる"五人"の人影。


皆一様に初老の男を見て蛞蝓でも見たような顔になる辺り、彼は随分と嫌われているらしい。七尾さんと祈ちゃんは屋敷にいる間かなり取り繕っていたんだね。


さて、この場面は松ヶ崎という名前だったらしい男がアイちゃんを撫で、まるで私の事を見下すかのような目でもって自慢話を語りだしたあの瞬間だ。何度見てもイラッとくるなこれ。


《アイは記録の開示が長く出来る優秀な子でね。映像記録を連続で七分間も開示していられるんだ》

《ふふーん。『叡智の鳥籠(ノークトゥアム)』でもあたしに敵う"記録者"はほとんど居なかったからねー。皆五分でへばるんだからー。凄いでしょー》


二人が得意気な顔をしたその瞬間、私は"記録"の映像ををビデオの静止ボタンを押したかのように止める。


「これ、この子言ってる事って本当なの?」

そう尋ねながら私はアイちゃんをちょんと指差した。少し行儀が悪いけど本人じゃないから許してほしい。


「あー…ハイハイ。成る程ね。栞里はさ、"記録者"の事を知りたかったんだ?」

「そう。でもこれ開示要求じゃ無かったから本当か分からなくて…正直信じられないんだよね」

「はー?信じられないってどの辺が?ふつーっしょ!ね、一ノ世先輩!あ、凄すぎてって事?」


十三束の面倒な絡みを無視して、私は今更ながら失礼な事を言おうとしている事実に若干声のトーンを落としながらポツリと呟いた。


「いや、えっと、ショボすぎって事…」

「「「「…」」」」


一ノ世以外から何言ってんだコイツ的な沈黙をいただき、問いの答えを何となく察する。

あぁそっかぁ…やっぱりおかしいのはこちららしい。


「ぶはっ!あっははははは!!はー…君さ、さいっこうだね!!」

「嬉しくない賛辞をドウモアリガトウ」


ゲラゲラ笑い転げる一ノ世をしらけた目で見つめながらため息をつく。

どうでも良いけど『開示』対象外の人から見たら地面に転がってるヤバいやつだからね。

少しして落ち着いたらしいソイツは眦に浮かんだ涙を指で掬いながら、笑みの名残を引き摺った顔で口を開く。


「つまりさ、栞里は自分と他の"記録者"のズレが気になったんでしょ。なら君の危惧は大正解。ぶっちゃけさ、君の"記録"って規模も強さもその精度も異常なんだわ」

「うっわぁ…マジか…」


いや、異常のオンパレードじゃないか。あっぶな…

日常生活で下手に『開示』を使わないでいて良かったとしみじみ思う。まぁ使う機会なんてそもそもほとんど無かったけど…もしやそれが"記録者"として普通?

そう考えたら"あちら"での私って…


興味深いのかうろうろと記録の中を歩きながら、手本のように顔をひきつらせているだろう私をにまにまと楽しそうに見つめて一ノ世はゆらりと人差し指を立てた。


「まず規模。普通の『記録』の能力者が開示を映せる範囲ってさ、せいぜいテレビ程度ね」

「は?じゃあ綴戯のこれは…!」

「ちょ、嘘ッスよね!?これテレビなんて規模じゃないじゃないッスか!」

「と…というか私達が初日に見た"記録"の広さっ、て」

「あー…たぶん校庭丸々くらいは入ったんじゃない?」


ポカーンと魂が抜けたような表情で私を見る三人からそっと目をそらす。

範囲の大きさって…だってそれは…


《は?こんなちっさいやつさ、見えるわけなくない?》

《で、でも…!》

《口答えすんなよ。はー…面倒くさ。あ、暇潰しに良い事考えたわ。俺が満足出来るレベルになるまで『重力』で潰し続けるからさ、頑張って範囲広げてみせなよ》

《…っぐ!?…あ…ぁあ"…!》

《俺が飽きるのが先か君の成長が先か…どうせ死なないんだからせいぜい長く楽しませろ!あっははははは!!》


「…」

「は?何さその顔」

「べっつにー」

これは"あちら"のお前に育てられましたって文句言ってやりたくなったけれど、何となくそれはそれでムカつく事実だから止めた。

釈然としないような顔をしながら一ノ世は人差し指の隣…中指も立てる。


「強さは…さっきの発言で本人が察してるでしょ。初日に視たのは暴走状態だったからノーカンとして…実際のところ君さ、『開示』どのくらい続けられんの」

どのくらい、と問われて正直戸惑う。

"あちら"において時間とか気にしたこと無かったけれど、アイツらが満足するまではエンドレス上映会だったしな…


「少なく見積もっても、30分はたぶん余裕」

まぁ私のメンタルはいつも開幕数分で死んでいたわけだけれど…それは割愛する。


「の…『叡智の鳥籠(ノークトゥアム)』の最高責任者で10分じゃ無かったでしたっ、け」

「あ、ああ。私もそう聞いているが…その三倍が最低値とは…」

「う、嘘に決まってるッスよ!!一ノ世先輩に良いとこ見せたいだけで…!」

「いやそれだけはないわ」

「即答かよ。はー…うっざ」


とはいえ、これに関しては私にも分からないから"記録者"としては断言出来ないし、好きに解釈してもらうしかないかな。

そもそも別に信じてもらわなくてもいいのだ。

だって私は力自慢がしたいのではなく、自分の安全の為のボーダーラインが知りたいだけだからね。

とりあえず『開示』の維持は五分を心掛けよう。


1人決意を固めている私の視界の端で相変わらず彷徨いていた一ノ世はアイちゃんのパソコンを覗き見る。

その辺現実じゃどっかの敷地内っぽいから離れて欲しいのだけど…

そんな思いが通じる筈もなく、いやむしろ通じたからかその場から動かなくなった一ノ世はじっとパソコンを見つめたまま三本目…薬指も当たり前のような気軽さで立ててみせた。


「皆さ、おかしいと思わない?」


唐突な問いかけに私達はパチパチと瞬き、まるで間違い探しでもするように皆で辺りを見渡していく。

おかしい…?一体何がおかしいと言うのだろう。

きちんと"記録"した通りの部屋で間違いない筈だし、松ヶ崎もアイちゃんも七尾さんも祈ちゃんも私もどこも変じゃない筈だ。


と、不意に十三束がぎゅん!と音がつきそうな勢いで私に顔を向け、そのかっ開かれた瞳でまじまじと見つめてきた。トラウマ云々抜きで普通に怖い。


「…なんであんたの"記録"に、あんたがいるんだ…??」

「「…!?」」

「え?」

「"記録"はあんたが見たものを映すんでしょ?ならあんたが映るわけがない!!これも、初日の"アレ"もだ!!」

「た、確かに理屈はそうだけど…だって自分の目線見せるとかなんか恥ずかしくない?」


再び何言ってんだコイツという視線が三者から突き刺さり、私は居たたまれなくなってしょぼしょぼと身を小さくした。

これに関しては完全に盲点だったよ。


「はー…面倒くさ。君さ、これいつ出来るようになったわけ?」

「さ、最初から…」

「ほーん?成る程ね」


初めて『開示』を使った時から既に"こう"だったから、そういうものなんだと思っていた。

だから意識なんてしたことないし、むしろ私の主観見せる時の方が意識しないと出来ないくらいなのに…


「ふ、普通は出来ない感じ?」

「俺が知ってて出来る奴は1人。言わずもがな『叡智の鳥籠(ノークトゥアム)』のトップね。しかもさ、かなり大変って聞いたよ」


一ノ世が聞いた話曰く、この所謂"第三者の視点(サード・アイ)"は己の視覚情報だけで"記録"するのではなく、能力を周囲へ満遍なく張り巡らせる事であらゆる角度から"記録"し、それらの情報を組み合わせて映像に再構築…言ってしまえば能力というカメラで周囲をスキャンして、さらにその画像を処理して組み立てている状態なのだとか。

立体映像の構築に近いかもしれない。


「能力を張り巡らせる…か。それは、消耗が激しくなりそうだが…」

「し…しかも再構築とかパソコン並みの精密なコントロールが必要です、よね」

「あー…ハイハイ。お察しの通り大変なんだって。しかもさ、それを無意識とかヤバいからね」

「あんた化け物かよ…」

「誠に遺憾」


まさか私だってそんなヤバいことしてるなんて思わなかったし…というか、今現在もやってるって事だよね??

さっぱり自覚は無いけれど、ちらりと"記録"を覗いてみればきちんと第三者視点ですねありがとうございました。


「って訳でさ、君マジで気を付けた方が良いよ」

「肝に銘じた」


というか、なんで私はこんなスキルを最初から持っていたのだろう。

そう考えて、驚く程あっさり答えが分かってしまった。


「そっか…私、"アイツら"に私の視界なんて共有してやりたくなかったんだ」


だから無意識で第三者目線を作り上げた…これは私のちっぽけな、しかし確かな拒絶の結果だ。

「…綴戯」

「ぶはっ!あっははははは!君らしいじゃん」


…あれ、良く良く考えたら私の異常な能力ってほぼ全部"あっち"で磨かれた成果では?


「まぁ、あんなぬるま湯に浸りきった連中と綴戯では経験の重さが違う、か…」

「…戦場育ちと温室育ちの違いッスね」

「お…温度差凄いです、ね」


私の思った事を察したように、七尾さんも祈ちゃんも、何故か十三束までもがいろんな感情をぐるぐるとかき混ぜたような難しい顔でこちらを見て意味深に頷いた。何か凄い納得されたな…


とりあえず、能力を使う際は全力で注意する。これ絶対。

きゅっと小さく拳を作った私を見ながら数度瞬きをした一ノ世は、不意にストンと表情を削ぎおとしてくあっと欠伸をした。


「つーかさ、もう質問はいい?俺喋んの飽きた」

「あ、うん。…ありが、とう」


さっきまでのような気安さが消え、つまらなそうに冷めた金色に思わず体をこわばらせる。

彼の浮き沈みの激しさがフリーフォールやジェットコースターに等しいのは知っているし、だからと言って"こちら"の一ノ世がその気まぐれで私を手にかけたりしないのは分かっているけれど…その情緒不安定具合はやっぱり怖いって。


そんな私の心境を気に留めるでもなく、彼は手を頭の後ろに組んで軽口を溢した。


「はー…面倒くさ。俺ってば超親切。やっぱり良い子じゃん?」

「ふはは!先輩が親切とか良い子とか…明日未曾有の災害でも起こりそうッスね!!オレ避難セット用意するッスよ!」

「潰す」

「あれ!?」


十三束のアレが素なのかわざとなのかとわりと本気で悩みながら"記録"の『開示』を止めようと傍らに浮かぶ本を手元に移動させ、ああ丁度良いからついでに…と思って止めていた"記録"を再開させる。


急に動きを取り戻した世界に皆何事かとざわついたが、口を開いた松ヶ崎の幻影から発せられた音声に面白いようにピタリと動きを止めた。


《ふむ、一ノ世くんは中々に難しい人物だが…そんな彼が気に入る君の事はどうにも興味深いね。君の何を買っているんだい?何か特別なのかな?それとも…弱みでも握っているから危なくて手放せない?どうだい?私にこっそり秘密を教えてくれたまえよ》

《さぁ…正直、()()()()()()()()()()

《…そうか。残念だ》


パタンと本を閉じて消してしまえば同時に溶け消えていく"記録"の景色。

元通りの夜に戻った世界で私はそれ見たことかと少しスッキリしながら、間抜け面を晒す十三束に視線を向けた。


「…で?誰が尻軽だって?」

「ほ、本当にやって…!?あんた馬鹿じゃないのか!?」


私の"記録"は録音でも録画でもない。匂いや衝撃を"記録"出来るのと同じように、私が感じた情報開示の要求…松ヶ崎の言葉に乗った力をも"記録"として写し取っているのだ。だからこそ、本当に開示を拒否したのが分かっただろう。

ちなみに、一ノ世のようにわざわざ"記録者"として答えろと定型文を言葉にせずとも能力者でありさえすれば開示は要求出来る。

"記録者"に与える強制力は変わってくるけどね。

言葉に能力の流れというのかな?とにかく文字通り力を込めればそれでいいのだ。"記録者"は勝手にそれを感じ取る。まったく不便な事だこと。


「なんでそこまでして一ノ世先輩やオレらを…」

「勘違いしないで」


狼狽える十三束にピシャリと言い放ち、私は腹に渦巻く嫌悪感をそのまま言葉に込めて吐き出した。


「私はもう二度と…好き勝手に利用されるのは御免なんだよ。勿論皆に世話になってるって恩もあるけど、それが一番の理由。誰が、あんな能力者の言いなりになるものか」


我ながらとんでもないド低音が出て、あ、ヤベ八つ当たりしたなと思ったけれど、まぁ相手は十三束だし良いかと開き直る。

自分の能力を見つめ直す為とは言え、"あちら"の事を思い出しすぎて実はかなり機嫌も気分も悪かったのだ。許してほしい。


「ぶはっ!あっははははは!成る程!俺さ、"記録者"が守られているだけじゃなく、甘やかされて飼い慣らされてる理由がよーく分かったわ!はー傑作!!」

「一ノ世、痛いから背中を叩くな」


ベチンベチンと七尾さんの背中で小気味良い音を鳴らしながら、一ノ世は私を不躾に指差して冷たい氷のようにゾッとする笑顔を浮かべた。


「栞里みたいなのが、一番怖いからだ」


その笑顔の先は私を見ているようで実際は違うのだと思う。

だって、そりゃ顔はおっかないけど…圧とか殺気的なものは感じないから。

彼のその、感情…凄まじい侮蔑の矛先はきっと松ヶ崎含めたお偉方だ。


「…逆らわないように、という事だな」

「そ。栞里みたいに強いとさ、使い勝手が悪いんだよ」

「あれ、私貶されてんの?」

「褒めてる褒めてる」


使い勝手、ね。

確かに、欲しい"記録"があるのに私のように私情で開示拒否する"記録者"なんてさぞ面倒だろう。

だって今日の男のように…"記録者"の付く嘘なんて疑えないのだから。

開示要求を拒否されたかどうかなんて向こうには分からない。

悪用されたり謀られたらたまったものじゃないだろうね。


腐った考え方。でもそれが"記録者"達にとっては暮らしやすい環境となり、進んでその状況に、立場に甘んじているのだから皮肉なものだ。

相互利益が成り立ってしまっている。


「アイちゃんを基準にするとするなら、"記録者"の中に制約違反する度胸のある人はいないんだろうね。…私以外は」

「うん。…そうだろうね」


と、未だにショックからか私の前で見開いた瞳とデフォルトの笑顔のままピシリと固まっている十三束をげしっと蹴り飛ばし、一ノ世はまるでのっぺらぼうみたいな無の表情でこちらを覗き込んだ。

僅かに近付いたお綺麗な顔に、悲鳴を上げ損ねた喉がひくりとひきつる。


「…ねぇ、さっきの交換条件で聞きたいんだけどさ。"記録者"として答えて」

ビリビリ体を走る感覚に唇を噛む。あぁ、容赦のない開示要求だ。する気はないけど、拒否したら即死レベルで力が強い。


「…わ、かった…な、なに?」

「君さ、死んだ?」

「…っ!?」


あまりにもストレートに尋ねられた言葉に、私の口からはくり、と空気が漏れて小さく舌を打つ。

七尾さんと祈ちゃんもヒュッと息を飲んで顔色を悪くする。


まさか…それを確認されるとは思ってもいなかった。しかし気付いても後の祭りで、どうあがいたって今はこの話題に関する嘘をもう音に出来ない。

結局私に出来たのは、諦めて息を吐くだけだった。


「…本当にデリカシーがない」

「あー…ハイハイどうも。…本当なわけね」


ガリガリと癖っ毛をかき回しながら一ノ世はあっさりと私から離れ、ぴんぴんしてるから変だと思ったんだよとぶつぶつ独り言のような呟きを重ねていく。

おそらく東雲さんから不老不死の仕組みは聞いていたのだろう。


お通夜みたいな沈み様の二人と、もはや石像か?と思うくらいに固まっている約一名に気まずさを感じながら、この空気どうしてくれるんだと一ノ世を睨もうとして…その表情に言葉を失った。


…なんでお前、そんなに悲しそうな顔するんだよ。


「…知らない所でさ、死んでんじゃねーよ」

「…え?なに?何て?」


もごもご小声で紡がれた台詞をその衝撃で聞き逃してしまい聞き返すと、彼は何でもないような顔に戻ってしっしっと面倒そうに手を振る。


「はー…うっざ。何でもないよ。つーかさ、さっさと帰れば?」


そう一ノ世が言うとタイミング良く祈ちゃんの端末が鳴り、画面を確認した彼女は口元を隠しながらあ、と声を漏らした。


「つ…綴戯さ、ん。ぱ…パーティーもうすぐ始めるみたい、です」

「あ!?そうだよパーティー!!うわ、間に合うかな…」

「私が綴戯抱えて走るか?」

「え"、いやそれはちょっと…取り敢えず急いで帰りましょう!」


いけない、すっかり話に夢中になっていた!

わたわたと慌てながら走ろうと一歩地面を踏んだ私の視界に、にまぁと嫌な予感しかしない笑顔が映り込む。

瞬間、身に覚えのある感覚が体をフワリと包み、2歩目は地面を踏むことなく空を蹴った。


「おま…!」

「君じゃ夜が明けるしさ、手伝ってやるよ」


反論するより早く私の服の襟首が捕まれ、嫌悪感やら恐怖を感じる暇もなく…


「そー…れっ!!」

「ぅひゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


私は、容赦なく夜空にぶん投げられた。


「お、方向も力加減も良い感じ。はー…俺ってば優秀優秀」

「一ノ世ぇぇぇ!?テメェ何してやがる!!!」

「つ…綴戯さぁぁぁん!?」


遠退いていく声を聞きながら、どうすることも出来ない私は飛ばされていき…やがて見覚えのある建物の前にふんわり落ちる。

暫く放心状態で座り込んでいた私はパタパタ近付いてくる足音ではっと現実に返ると、夜空で笑うように浮かんだアイツそっくりの色をした下弦の月を憎々しげに睨み付け、校庭をダァンと殴りながら叫んだ。


「アイツ!!!やっぱり嫌い!!!!」


「はわわわわ!?お姉さん!?どうしたんですか!?」

「…」(オロオロ)

「窓から見えてまさかとは思ったけど、本当に綴戯さん!?どっから降ってきたにょ!?」

「これはアレっすね!親方!空から…もご」

「それ以上はぁ、たぶんダメかなぁ」



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